2025-07-02 1:01:38

【Replay】映画「#ラヂオの時間 」三谷幸喜の最高傑作、実はラヂオの時間なのではないか [Replay] Is “Welcome Back, Mr. McDonald” Actually Koki Mitani’s Greatest Masterpiece?

“我々がいつも自分の名前が呼ばれるのを満足してきていると思ってるんですか、何もあんただけじゃない。私だって名前を外してほしいと思うことはある。しかしそうしないのは、私には責任があるからです。”


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編集をサボりがちな男、パーソナリティのまこです。今回は #ポケ沼 からオーマを迎えての収録です。テーマは #ラヂオの時間。なぜ、今なんだ。

初めて観る人には「何の話?」となるかもしれませんが、組織の中で働いたことがある人ならきっと共感できる部分がある作品かもしれません。ぜひご鑑賞ください。

それにしても、牛島さんのセリフが身にしみます。見進めていくうちに人の見え方が変わっていく。この感覚は、映像作品の登場人物に限らず、現実社会の私たちの人間関係にも通じるものがあります。色眼鏡を外して、改めて“ひっかるあの人”を見つめてみると、意外な一面が見えてくるかもしれません。

さて、このポッドキャストは名前を出しても恥ずかしくないものになっているのだろうか……。

#ラヂオの時間 #映画 #三谷幸喜 #舞台 #ラジオ局 #効果音 #オヒョイさん #中間管理職 #脚本 #原作者 #生放送 #バーター #芸能界 #しがらみ #夢小説

podcasterのまこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(#ポケ沼)では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組『#よもやまこばなし』(#まこばな)にて展開された映画談義が、ついに専門チャンネルに。語りたい映画なんて尽きることがない!エピソードの公開は毎週または隔週となります。

ご感想はぜひ #リルパル #ReelPal でツイートをお願いします。いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。
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これからも番組をよろしくお願いします。




"Do you think you’re the only one who’s always satisfied to hear their name called? You’re not alone. There are times when I wish my own name wouldn’t be mentioned. But the reason I don’t ask for that is because I have a responsibility."


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Hey, it’s Mako, your host who’s always slacking off on editing. This time, I’m joined by Oma from #PokeNuma. Our topic is #WelcomeBackMrMcDonald. Why now?

If you’ve never seen the film, you might find our talk confusing, but if you’ve ever worked in an organization, I think you’ll find something to relate to. I really encourage you to check it out.

That line from Ushijima hits home. As the story unfolds, the way you see each character starts to shift. And honestly, that’s not just true in movies—it happens in our real-life relationships too. If you take off your “colored glasses” and take another look at those people who get under your skin, you might just discover a whole new side to them.

Now, I wonder if this podcast is something I wouldn’t be embarrassed to put my name on…

#WelcomeBackMrMcDonald #Movie #KokiMitani #Stage #RadioStation #SoundEffects #OhyoiSan #MiddleManagement #Screenplay #OriginalAuthor #LiveBroadcast #Barter #EntertainmentIndustry #WorkplacePolitics #FanFiction


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This is Mako (@_macobana), your podcaster. All the movie talks I couldn’t fit into the main channel, “Pocket ni Numa wo” (#PokeNuma), have been spun off into my solo podcast, “#YomoyamaKobanashi” (#Makobana), and now, those movie discussions finally have their own dedicated channel! There’s no end to the films I want to talk about, so new episodes are released weekly or every other week.

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Reel Friends in TOKYO Back Number 過去のエピソードをプレイバック!
はい、ということで、本日のテーマは
本日のテーマは、三谷幸喜の最高傑作、実はラジオの時間なのではないのか、ですね。
またこう、やりにくいやつ持ってきたね。
三谷幸喜の最高傑作と呼ばれて、何を思い浮かべるのかということですよね、皆さんは。
何でしょうね。それ舞台も含めて?
舞台とか含め始めちゃうと、僕みたいな映像大好き人間からすると、もう全然お手上げなんで。
でも実際一般的には、皆さん舞台上がりであることは知っていながらも、三谷幸喜のどちらかというと多分映像作品をたしなんでらっしゃる方ばかりだと思うんですよ。大多数がね。
まあそうだね。それこそさ、三谷幸喜という名前を知らなくても、全国のおじいちゃんおばあちゃんたちが新戦組見てるもん。
新戦組もね、面白かったですね。
大河ドラマを初めてではないけども、あんだけがっつりで見たのは、引きこもり時代に見たの、三戸孔門と三匹が斬る以来ですね。
三匹が斬る、めっちゃ面白いよね。
大好きだな俺、あのね、仕込みやりの人が好きで。
え、春風邸じゃないか?小浅だよね。
そうそうそうそう。
小浅さんってどこだっけ?
分かんない。
安波の元旦那ですよね。
そうそうそうそう。
小浅と役所工事と高橋秀樹ですね。
満国と、戦国か。増えちゃった。
戦国、殿様?
なんだっけ?名前とか覚えてないよ。
しかもあだ名でしかないんだよね。
そうそうそうそう。
成り上がって戦国の領主になるって言ってる戦国と、なんかよく分かんないけど後期っぽい雰囲気が漂ってるからお前殿様みたいな。
実名って出てきたっけ?
いやどうなんだろうね。ほんとに俺も小学生で見てたくらいだから、全くと言っていいほど覚えてない。
風車投げるさ、久野一。
いたっけ?スカウンテン。
風車。
誰だっけ?
たまにしか出てこないんだよね。しかもその久野一確か。
おー、いたかな。全然覚えてないな。
03:02
三匹がキルキャスト。
スギタカオルか。
スギタカオル?
じゃない?
じゃないんじゃない?
違うかい?
風車投げてくるのってあれじゃないの?水戸公文の方じゃないの?
あ、じゃあ混じってるな。
混じってるよ絶対それ。そんなやついなかったと思うんだけど。ちょっと分かんないけどね。
あ、やっぱその殿様だ。八坂平志郎だって。殿様。
戦国とタコか。
あとタコだね、タコ。
そうだね。
でもなんか繋がるというか、新戦組に近いものはあったかなと思うんですよ。
時代劇でありながら、いわゆる時代劇にありがちなセリフ回しじゃなかったじゃん。
非常に現代的な言葉遣いで掛け合いがあってみたいな。
いわゆるその時代劇っていうものが徐々に大衆娯楽から乖離していこうというところで、
いやいやいや、時代劇の面白さってあるんだからもっと親しみやすくしていこうよみたいな。
多分そういうムーブがあったんだろうなって気がするんですよ。三匹が斬るあたりから。
その中で新戦組に三谷幸喜に白羽の矢が立ったみたいなところも多分あるのかなという気がするんですよね。
確かに確かに。
ただ残念ながら、もう時代劇は完全にもう切られたよね。今や。
もうBSでしかやってなくね。BSと大河だけだよね。
NHKですらやってないよね。
大河でしかやってない。大河ドラマですらもはや明治期とか扱うようになりつつあり。
映画でもここ数年タイガー系の映画って出た?
日本映画でもポツポツやってる印象あったよね。
ちょいちょいジャニーズさんの、ジャニーズって言っただけでセンシティブになるような感じがしますけど。
もう某芸能事務所の方を起用してみたいな流れあったじゃないですか。
木村拓也さんとか岡田純一さんとかそこらへんを起用してさ。
でちょっとちょんまげ言わして、で時代劇映画を撮るみたいな流れはあったと思うんだけど、それも何かちょっと途切れた感もあるのかもしれないですね。
そうだよね。だって僕が思い出せる範囲だとルローニキンシンが最後の気がするよ。
ああ、時代物って言ったら。まあ時代物でもないんだけどさ。
極限は時代物って言っちゃうと、ちょっともうなんかね。
なんでもありになっちゃうよ。
もう台頭したらそれだけで時代劇みたいになっちゃう感もありますよね、正直。
まあまあまあまあ。
まあそうですね、確かにね、なかなか見なくなりましたよね。
まあちょっとこの頃あたりで思いっきりね、力発でグイッと戻しますけど。
06:00
はいはいはい。
今日はラジオの時間について語りたくて。
はい、これ1993年に上映された演劇を元にした映画になるわけですね。
だから93年に演劇が上映されて、97年、4年後に映画として出てくるという。
映画だったんじゃない、舞台だったんだね、これ。知らなかった。
三谷幸喜が手掛けた演劇です。
で、それを映画版に起こすっていう、そういう順序ですね。
なるほど。
三谷さんも結局だから、映像の方でだいぶ当たっていくようになってからは、その逆パターンも多分出てきてはいるのかもしれないんですけど。
基本やっぱり売れ始める時はどっちかと言ったら演劇で叩き上げですから、そっちの輸入のされ方だったのかなっていうふうに思いますけど。
はい。どうですかね、このラジオの時間。とりあえずあれですか。
なんですか?
あらすじを説明した方がいいんですか?
そうですね。やりますか。
ただね、問題は、ちょっと見たの1週間以上前なんで。
でもそれでもやらなきゃダメじゃん。
そうですね。がんばります。
時間2分か3分か選ばしてあげるよ。
でもね、長く喋ってもどうせ全部は伝わらないから、短くサクッといきましょう。
2分で。じゃあ、よーい、ドン。
はい、ということでラジオの時間三谷幸喜の手がけた映画でございます。
舞台はラジオ局で、話が始まってラジオ局の中で完結していくような、固定されたロケーションでの作品となっています。
流れとしては、ラジオ局が公募した脚本をラジオドラマとして生で配信をするっていうような、そんな企画がまず作られるんですが。
そこにですね、パチンコ店のパート処分の律子が投稿した脚本が採用されるところから話が始まっていきます。
ところがそもそもですね、応募作品が彼女のものしかなかったなど、後々いろいろな事実が発覚していく中で、
決して良い出来とも思えないようなその脚本を、主役を演じる女優さんのわがままに振り回される形で少しずつ作品に改編を行っていったところ、
いよいよ取り返しがつかないほどの物語が立ち行かなくなっていき、
ラジオ局でたくさんの演者たちと、そしてそのプロデューサーとがともに苦悩しながら、
自分たちで落とし所を考えてリアルタイムでラジオドラマを作り上げていくっていうような、そんな話の流れになります。
09:01
最終的にこのラジオドラマは無事放送終了までたどり着くのか、また目の前でどんどん自分が作り上げたものを改編されていってしまう、
そんな脚本家を夢見るパート主フリッツ子の心の行方は一体どこに向かうのか、また改編をひたすら行っていかざるを得なくなった
プロデューサーの心の模様は一体どういう状況なのかというのを、中間管理職になろうとしている男たちに強く訴えかけるような作品になっております。
皆さんもう一度ご覧ください。こんなもんですかね。説明しにくいよこれ。
これはちょっとね、なんて言えばいいんだろうな。要はショーマストゴーオンなんですよね。
生で配信をするっていうような状況だから、決められた時間にどんどん放送していかないといけないわけですよ、ラジオって。
もちろん収録っていう形式は取れるんだけれども、それをあえて生で行きましょうっていうようなところで、実はこの企画っていうのが動いていてっていうようなお話も、
作品始まってから語られるんですけれども、要するにラジオの現場って多分そういうものだと思うんですよ、大半が。
ほとんど収録ではなくリアルタイムに配信をしていくっていうような、そんな現場だと思うんですけれども、
多分三谷幸喜はそういうぶつけみたいな現場がやっぱり好きなんでしょうね。
たぶんね。
演劇畑だと余計にそうなんだろうなって思うんですよ。
多分そこを重ね合わせてるというか、その動き出したものは止められないっていう中で、でもやっぱり人に届けないといけないっていうようなそういうプレッシャーの中で、
みんなが苦悩しながら、何とか落とし所探していくみたいな、そういう時の人間っていうのが多分好きだからこういう作品を作ったのかななんていうことを思ったんですけれども、
一番初めどういうことの起こりだったか覚えてますか?
千本の子が、
名前、なんだっけ、主人公の女の人の名前が、
主人公の女の人の名前が元彼の愛人の名前だったんだっけ。
かなんかでしたね。
そうそうそうそう。
でなんか変えようと思っていろいろ案を挙げたんだけど、結局もう外人がいいよって言ってなんかジュニアローバーツみたいな名前にしたんだよね。
メアリー・ジェーンですね。
あ、メアリー・ジェーンだ。
で、まあそこから始まって、いや、だったら俺もこうするとか。
12:05
毎月だ。
どこが格好どうだらと。
はい。
ドナルド、マクドナルドだよ。
とかね。
まあそもそもこの主演女優である千本の子さんっていうのが、
嫌がらせがしたかったみたいな話もありましたよね。
そうね。
もともとその千本の子が出演したきっかけっていうのも、その千本の子の事務所の後輩がスケジュールが合わないからって、
本来先輩にあたる千本の子に、やるよこの仕事って投げてきた仕事の一つっていう話だったもんね。
なんかね、バーター的なね、ラジオ局のキャンペーンガールを事務所の若手の売れっ子がもらって、
じゃあのっ子も代わりに仕事をやってくれよみたいな感じの。
で、もともと売れてたのっ子からしたらプライドが許さないみたいな。
そこら辺も多分芸能界あるあるみたいな感じなんでしょうね。
売れていた人がオッチ目になって扱いにくくなって現場であまり腫れ者扱いされるとか、
あるいはそういったオッチ目な人っていうのを何度か仕事につなげようとする事務所のねじ込みによって、
まあ歪みが生じる現場とか、そういうところなんでしょうね。
だからなんかそのあたりで見ていくと、結構まあ特殊な職場だとは思うんですよ。
芸能だったり、あるいはテレビ局、ラジオ局みたいなメディアの現場っていうのは。
でも所々やっぱ仕事している身としては、これ分かるみたいなところなかった?
いや、そりゃあるよ。
例えば専門の子で言うとさ、昔は売れてたけど今売れてないみたいな扱いだけどさ、
同じような扱いの人としてはさ、仕事できねえけど年数だけ稼いでる先輩とかさ。
そうですね。
こいつに何の仕事もさせられないけど、やたら偉そうにはしてきて先輩数をふかすんだけど、
そいつには何も任せたくないし、一緒に仕事はしたくないみたいな人だったりとか。
その場にいる人と頑張ってうまくやろうとした結果、他の人と組まされた時に整合性が合わなすぎて、
八方美人がバレて大変なことになる人とかさ。
15:03
ありますよね。
あのね、この作品を見始めた瞬間っていうのは多分、観客の多くは夢を抱いてラジオドラマの脚本を書き上げ、
それは選ばれ、これから自分の夢の第一歩が目の前で実現するんだなっていう希望を胸に抱いて現場入りした主婦の宮子に、
みんな感情移入して、なんてかわいそうなんだって思うはずなんですよ。
だって目の前で自分が心血注いで作り上げたものを、よく知らないけども偉そうなね、主演女優の千本のっこのわがままによって、まず歪みを生み出されるわけじゃないですか。
アタミが舞台の、すごくなんかこう等身大の作品みたいな感じで書き上げたものの主役をメアリー・ジェーンに変えられたことによって、舞台はニューヨークになるわ。
仕事もパチンコ店のパート従業員じゃなくて女弁護士になるわっていうふうに、自分が思い描いたものと全然違うものに作り変えられていくっていう、それを止めることもできない立場にあるみたいな。
いや本当つらいみたいなさ。
イメージで言うと三丁目の夕日の脚本を書き上げたら、いつの間にかタイタニックになってたみたいな。
いやタイタニックだったらいいよ。
タイタニックじゃないか。
三丁目の夕日の脚本を書き上げたと思ったら、スターシップ・トゥルーパーズに変わってたみたいな感じですよ。
もう夕日夜だよね。
そういうことなんですよ多分。
確かに宇宙も出てくるしね。
どういうことっていう感じになるじゃないですか。
だからこそね、三谷子さんに感情移入しているからこそ、当初は番組のプロデューサーですか、彼何でしたっけ。
名前がわかんないけど。
西村雅彦さんがやってたやつ。
ネズミ男みたいな人だよね。
そうですね、牛島でしたっけ、牛島さん。
牛島さんは当初、観客からすると明確に敵に見えるんですよ。
みんなに調子のいいことを言って、当初三谷子さんに対してラジオってこういうものだと思うんですよね、みたいな夢を熱く語るわけですよ。
三谷子さんも心を打たれて、この人と一緒にものを作れるんだったら、みたいな気持ちになるわけじゃないですか。
ところが蓋を開けてみたら、結局わがまま言ってる主演女優に対して強く言えないし、結局全員にペコペコした結果、
18:08
全く三谷子さんの主張が水に流れていってしまう、みたいな。
こいつみたいな感じになるんだけど、見進めていくとだんだん、この牛島さんに対して、
いや、牛島わかるよって。
お前の気持ちわかるよってなっていくのが、これ多分三谷幸喜の狙ってるところなんじゃないかなって僕ちょっと思っちゃったんですよ。
いや特になんか営業職とかやってる人とかってさ、こうなろうなと思うんだよね。
例えばその、何だろう、取り扱い先じゃなくて、取引先?取引先の人にはさ、こう納期三日にしてくれよみたいな。
いやちょっとそれどうですかねとか言いながら、じゃあわかりました、私が何とかしてみますって言って、技術とに三日でやれ。
やるんだ!みたいなやつだ。
いろいろ文句言われて、部長とかにはお前三日で無理だろって。
そうですよね。三日じゃ無理だと思ってました。何とかしてみます。
方々にパワーをさ、バランスをやんなきゃいけない、この間に挟まれた仕事の立場の人の独特の苦しさというか苦悩みたいなのであったりとか。
他のキャストさんたちにもさ、やっぱりその、ディレクター?
ディレクターの苦悩もいますね。若手の河沢さんがね、河沢俊明さんが演じてましたけど。
そいつとかもさ、仕事にドライな風だけど、実は一番プロフェッショナリズムを徹してるとかいうところもあったりとか。
でもこういう人もいるけど、こういう人もちょっと仕事って一緒にはやりにくいよね、とかっていうのもあったりとか。
わかる。
いろんな人に共感できる部分が絶対できてるね。
だから変な話なんだろうな、もちろんやっぱり作品の中でいろんな性格を持ったキャラクターっていうものを配置していかないと、やっぱり劇が単調になるから、
いいと思ってやってると思うんだけど、一方でどれも仕事をする人の心の中に全員いるよねっていう。
だから全部共感できちゃうわけ。
例えばだけど、仕事を始めた瞬間の自分、要するに社会に一歩踏み入れて、よっしゃこれから俺の人生変わるんだっていう社会の歯車になるんだとか、
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この組織で一歩一歩頑張っていこうみたいな風に思った時の自分って限りなくミヤコだったと思うんですよ。
でもいざ仕事に直面してみると、あれ思ってたのと違うがいっぱい出てきて、その当初頭に思い描いてた青邪心がだんだんかき変わっていくわけですよ。
あれ?っていう。でその初めの一歩がまずとんでもなかったりするわけじゃん。
あれ?みたいな。こんなことをやらされんの?みたいなのがだいたい一番初めにみんな感じると思うんだけど、
それが言うなれば、メアリー・ジェーンなのかなって気がするんですよ。
そうだね。
え?っていうさ、あるじゃんそういう時期って。
あったよ。
そこからおーおーおーみたいな感じでガラガラガラガラ変わっていく中で、気づいたら駆動になってる時期があるんですよ。
あるね。そうだね。
僕の中ではやっぱり仕事に慣れ始めた頃って駆動だったなって気がするんだよね。
確かにこう2年目3年目ぐらいの時駆動家だった気がする。
そう、なんかもう都だった自分をちょっと認めたくない部分もあるわけ。
はいはいはいはい。
やっぱりそこに適合してうまくやっていくっていうことが多分今の自分の最適解だろうなって思うし、
そうするとやっぱりミヤコを徹底的に否定しないと今の自分が保てない部分はあると思うんだよね。
だってミヤコにそのあり方でいいよって言ったら、今なんかいろんなこと分かったふりして諦めきってる自分っていうのを否定することになるじゃん。
理想の追求とかいいからみたいな、とりあえず目の前の仕事をしっかりと形にしていくっていうことが自分に与えられている役割だし、
組織の中で自分の力を最大限に生かすためにはそれこそが一番大事だみたいな風な、そういう時期ってあると思うんだけど、
僕はもう本当に特にこれまでの人生のその社会の中で中期は駆動になってた自分をすごく感じるから、
駆動を見てるとわかるんだよねって思うんだけど、今の自分は若干やっぱ牛島なんだよね。
僕はね、100牛島。
そうなんだよ、だからこれ宮古と駆動と牛島はこれ、同じ一人の人間のその社会におけるそのなんだろうな、
成長が要するにこうゼニガメ、カメール、カメックス的な感じだと思うんですよ。
分かんないよ、どれが最終進化なのか分からないけど、だから最適解がどれかっていうことはないんだけど、この3つはどこかで繋がる部分はすっげーあると思う。
24:06
ブラス堀野内もじゃない?
堀野内ね、堀野内はね、あれはね、あの多分特殊進化かな、通信必要なやつだと思う。
外部組織との通信が必要なやつだと思う。
ユンゲラー的なね。
風鈴的なね、風鈴海陸的な。
あそこに落ち着いちゃう人もいると思うんだよね。
ちょっと意味わかんないけれども、仕事の立場的にはすげー高いんだけど、何の仕事をしてるのか全然わかんないみたいな。
調子のいいことを言って結局全部下に投げる人ね、いますから。
そういう進化系もあるけど、牛島がそっちに落ち着くかどうかっていうと、終わり方からすると違うかなっていう期待を持っちゃうね。
どうかな。
僕はね、完全にね、牛島はね、今堀野内になると思ってて。客なると思ってるんですよ、僕は。
そうなんですね、なぜ?
っていうのもね、僕このドラマを見てて、あ、こいつ結局根本的なこと何の改心もしてねえんだなって思ったセリフがあって。
それは一番最後の最後のセリフなんだけどさ。
あのー、なんだ、トラックの兄ちゃんがやってきて。
やってきましたね、渡辺。
ワンワン泣いて、でその後にじゃあ帰りますかみたいな感じになった時に、スイリック療養者って設定はどうだみたいなことを言い始めたじゃない。
あ、こいつ何の反省もしてないな。
結局こうひっかき回して、そこに何が原因で何が悪かったとかっていう。
そういうなんかトラブルシューティングっていうかさ、そのPDCサイクル回すことを完全にやめたセリフじゃない。
今回オールオッケーっていうところで終わったっていうことは、結局はその場その場しのぎで、他の人にどんどん投げていくってことをこいつはやめねえな。
なるほどね。
っていう感じだから、やっぱりね最終進化系は堀野内よ。
僕ねでもね同じセリフから全然違う印象を持ってる。
あ、そうなの?
うん。あれは多分その牛島さんが、牛島さんのハートが多分若い頃に戻ってってんのかなっていう期待があったんですよ。
27:05
駆動寄りになったってこと?
駆動寄りに。っていうかもう変な話、結局牛島は自体をなあなあでまとめたかっただけじゃないですか。
まあそうだね。
だから別に自分から何かを提案してないんですよ。はっきり言って。誰かのわがままを代わりに通す役ぐらいしかしてないわけ。
でもそれを結局今回のこのラジオの時間の中で作った配信の中で、自分も作ってる一員なんだなっていうのを強く認識し直したんじゃないのかなっていう。
まあそれはあるかもしれない。それはちょっと納得するんだけど。
自分は初めにやっぱり物を作ってる我々はみたいな話をちょっと熱く言ってたんだけど、あれって多分すっげえ空っぽの言葉だったと思うんだよね。
で、頭では思ってるんだけど、実は内実、全くそういうことができてない。
結局自分が作ってるこういうものを届けたいんだみたいなことを言ってるんだけど、でも蓋を開けてみると彼がやってる仕事っていうのは結局ただの間取り持ってるだけで、
作劇に関しては自分の面白いものを作ろうっていうようなそういうロマンはどこかに多分捨ててきちゃってるっていう。
それに自分でも気づいてるのか気づいてないのかも分かんないみたいな。
理想は持ってるから自分はそのために頑張ってるんだって思ってるんだけど、でも全然違うことやってるってことに気づくことすら多分できてないんじゃないのかなっていうような。
ところがそれがこの一夜のいざこざを通して、自分もやっぱり作り上げてる一員だし、作品作りをどうしたら面白くできるのかみたいなことを自分でも考えていこうって思ったのかなっていう。
心が若返ったのかなっていう、そんな思いが僕はねあそこでしたんですよ。
その部分に関してはちょっと納得したけど、それを踏まえて僕の意見もミックスするとすると、牛島悲しい結末にしかならないと思うんだよ。
そういうと。
だから結局僕の意見としては何にも反省をしてない、振り返りをしてないからダメだよっていう話だったじゃん。
でもまこちゃんとしては過去の自分の意見をクリエイティブにしていこうっていうようなことをやる自分に立ち返るっていう話だったじゃん。
これをミックスするとだよ、PDCAを回さないのにアイディアだけ放り投げて出してきて、余計に現場をしっちゃかめっちゃかにするクソみたいな社員が出来上がるっていう。
30:15
それ堀の内じゃん。
そうだよ。やっぱり、今の話聞いてすごい納得したんだけど、牛島が過去の宮古だったり駆動だったりっていうところに立ち返ろうとしても、そこまで進んでしまって染まってしまった人間って決して立ち返れないんじゃない?
っていう、一番最初に持ってた情熱だったりとか、プロフェッショナルに対する思いみたいなのって、二度と取り返せないっていう三谷幸喜の痛烈な皮肉だったんじゃないかなっていうのをちょっと思ったんだよね。
まあでもね、それは。
やりそうじゃない?
そうね。そんな考え方はそういう人はいないと思いますけど。
でもそれはね、実社会においてはまとおいてるよね。どんなに気持ちを若く保とうとしても、やっぱりね、保てないというか、組織に染まるとやっぱりね、ゼロベースで考えられなくなる。
組織の常識っていうのが自分の思考の本当に根底にあるせいで、なんか当たり前?外から見たら当たり前だと思うことが、全然実は思考の外側に放り投げられてしまって、全くその視界に入ってこないみたいなことってすごいあるからね。
自分たちにもすごいあると思うんだよね、やっぱ。専門職であればあるほど多分あると思うから。
しかも僕もマコちゃんも割と和形師に接することが多い職業の一つでもあるじゃない?
だけどその和形師に交じれないじゃん。決して。
悲しいぐらい頑張っても、もうあの頃には立ち返れない自分っていうのを頑張ろうとすればするほど感じるっていう。
そうね。
切ないじゃない?
めちゃくちゃそうね。でも同時にすごい思うのは、若い人たちと接する機会が多いと、しかも結構大量のね。
せいぜいだから何かしらの繋がりで一人二人と知り合いましたよ、その一人二人の話を聞きましたよとかじゃなくて、
本当にすごく多くの若い人たちと関わり合いを持つっていうような機会を持ってると、意外と若い子たちのことを本当に解像度高く把握してる人って、
33:01
マジでいねえなっていうのをすごい感じるのよね。なんかテレビとかでうんぬんかんぬん言ってるのいっぱいあるけど、全然そんなことないじゃんみたいなのすごいいっぱいあって。
特にそのテレビでやってる流行り物って、流行ってないぞって思うことすごい多いんだよね。
なんか2週遅れてることとかも普通にあるし、それ2年前までですよねみたいなのとか、
いやなんかもう今の若い子たちこんなに変わってますよみたいなこと言ってるけど、いや全然そんなことないですけどみたいな。
目的な部分は僕らの時と一緒みたいな。
なんかね、びっくりするぐらい全然的外れなこと言ってるみたいなことってすごいいっぱいあって、やっぱりこうなんだろうな、
なんて言えばいいんだろう、やっぱり本当に立場によって見えてる世界って違うんだなっていうのはすごい感じるね。
だからそういう意味で言うとやっぱりラジオの現場に染まりきってたら、多分外から見たらあり得ないだろうっていうことが常識的に行われてるみたいなことは全然あり得て、しかも
多分三谷幸喜はその辺りのズレみたいなのもやっぱり今回絶対に描きたかったろうから、だからもうそのロケーションが徹底してラジオ局の中だと思うんですよ。
この世界、もうそのラジオ局の中という、その世界だけで物語が展開していくことで、本当にエンディングでようやくね、
演者たちが外に出ていってっていうようなところを吊り込んでくるわけじゃないですか。
なんかあそこで初めてさ、ラジオ局の中と外が繋がったイメージがあるんですよ。
確かにね、それまで外って一切出さなかったし、出そうともしなかったもんね。
その辺りのなんだろうな、外に、外の世界とは隔絶されている特殊な環境であるということ。
しかもそれがだから、最後に渡辺謙がトラックでウェーンってきて、おいおい泣いて、そこで初めて外との繋がりを中にいた人たちもようやく実感するわけじゃん。
あの辺りもすごく仕掛けとしては面白かったなっていうふうに思います。
なるほどね、そういう読み取りもあるね。
でもね、なんか本当にいい作品だったなって思うのは、これどんな作品にも言えるんですけど、やっぱりロケーションを絞ると刺激が減るじゃないですか。
それでもあれだけの起伏を持たせることに成功しているあたりとか。
36:05
そうだね。
だからそれこそ、一番最後に外に出て初めて、マジでラジオ局の中でだけで作品が動いてたんだなってことに、そこで初めて気が付かされるぐらいの起伏だったなって思って、そのあたりが上手だねっていうのをすごい思いましたね。
うーん。
なかなかに職場の特殊な環境って、特に本当に専門職であればあるほど、SFっていうかさ、でもSFに近いんだよ。
本当にやっぱりドラマにされるとかさ、映画にされるっていうような社会っていうのもあるし、自分がついたことがないとか経験がない職業って基本的に多分、空想の世界でしかないじゃない。
まあそうだね。
そうそうそう。一会社だったとしてもさ、オフィスでどんな仕事をどういうふうにやってるのかってさ、例えばオフィスだったとしてもさ、新聞会社とさ、IT系企業とさ、全然仕事内容も違えば飛び交う会話も違ってくるじゃない。
し、ラジオとかさ、例えば病院だったりとかさ、あとはなんだろうね、テレビ局とか、っていうところでもまた全然仕事の内容っていうのが変わってくるからさ、そこの内部で見えない世界っていうところで、どういうごちゃごちゃがあったりするのかって、わかんないよね。
いや本当にね。だからこそなんだろうな、お仕事系のドラマって多いんだろうね。やっぱりいっぱいあるじゃないですか。もういよいよネタ切れなのかわかんないですけど、その仕事に焦点当てるんだみたいなさ。
結構いろいろ出てきてるじゃないですか、それで具体的な職名を出すと、いやそんなマイナーな仕事じゃねえよみたいなことになっちゃうと嫌なんで。今、なんか聞こえますか?
なんかあの、木魚みたいなのが聞こえるんだけど。ポンポンポンポンポンって。
え?こっちには聞こえてるよ。
まあ単純にエアコンなんですけど。
びっくりしたよ。やめてくれよ。音が音だからさ、怖えよ。
お坊さんが、お坊さんの霊がみたいな。
もういよいよこのさ、なんかもう、このマコちゃんがいるところでこの音が鳴るってことはさ、もう今度はディスコードが呪われてるみたいな話になるからさ。
すぐね、俺を心霊と結びつけるのやめてほしい。何なんでしょうね。俺の存在が実はフィクションなんじゃないのかみたいな。
39:08
恐ろしいね。
まあやっぱこう一番のオチはね、収録お疲れって言ったら、昨日収録なんてした?みたいなね。それが一番よくある怖い話になりますけど。
よくあるやつですね。怖いやつですね。
まあまあまあ、戻しましょうね。でも実際その何だろうな、特定の仕事っていうものに焦点を当てて作品を作るっていうのは、正直何でもうまくいくとは思うよね。
ただ三谷幸喜のすごいなっていうところは、ラジオ局のお仕事っていうのを題材にしながらも、ちゃんと誰でも共感できるようなお仕事の辛さだったり、あるいは面白さだったりっていうところを見事に劇の中に盛り込んで、
で、しかもその固定されたロケーションで起伏のあるコメディを作ってるっていう。これはね、やっぱなかなかできないよねっていう気はするね。
でもそう考えると三谷幸喜の作品ってさ、結構このパターン多くない?
ああ、かもしれないね。
例えばそのステキな金縛りとかさ、あとは…
あれじゃない、なんちゃらホテル。
うちょーてんホテル。
そう、うちょーてんホテルはまさにだったと思いますよ。
あとそのコードブルーじゃなくて、ブルーモーメントじゃなくて、マジックアワー。
マジックアワーね、はいはいはい。
ちょっと後はずれるかもしれないけど、でもキオス会議もある意味これだよね。
そうかもしれないね。
記憶にございませんもん、このパターンだし。
ああ、記憶にございませんもん、あるっしょね。
政治という場の…
まあでも舞台はコロコロ変わりますけどね。
まあまあ、あの世からこの世まで。
まあでもなんだろう、やっぱそのパターンというか、なんて言えばいいんだろうね。
やっぱボタンの掛け違いが好きなんですよね。
多分ね。
一個掛け違えたことでどんどん話が転がっていくというか、当初予定していなかったところへと話が進んでいっちゃうみたいな。
でもそういう中で、ひしこいてる人って面白いし応援したくなっちゃうよねっていう、多分そういう人間愛が詰まっているのかなって気がするんだよね。
だから結局最終的に、当初主人公は宮子さんだと思ってたんだけど、牛島じゃんみたいなことになるじゃん、この作品も結局。
42:00
主人公って誰って聞かれたら、多分10人中8人は牛島って言うと思うんですよ。
そうだね。
やっぱそこが本当にこの作品の面白いところだなっていう。
あんなに始まった直後、大っ嫌いだった牛島が、なんかちょっと好きになって終わるっていう。
これは上手だねって思っちゃいましたね。
でもちょっとね、好きになる一方でね、俺ちょっとね、牛島にイラッと思ってた。
牛島嫌い、あの残り2人の方ね。10人中8人じゃなくて10人中2人の方ね。
あんまり牛島ちょっとっていうね。
牛島がちょっとっていうね、最大の理由がね、こんなにクソ野郎なのに可愛い若手の女がつくんだなっていう。
そこが、そこがなんだろう、その日本のね、社会あるあるじゃないですか。
牛島自身が結婚してるとか結婚してないっていう話は全く出てこない。
出てこなかったっけ?普通に不倫じゃないのあれ?
結婚してんの?不倫でいいんだっけ?不倫か。
不倫不倫。なんか奥さんのこと言ってなかったっけ?牛島が若い子に。何の子だっけあの子。
えーと、のっ子じゃなくて。
のっ子ではない。
バッキーさんじゃなくて、えー、ほーりのうち。嬢のうち。
嬢のうち?
長井住子。
奥…奥…
長井住子。あ、長井住子さんね。はいはいはい。
奥田香?奥抜き香さんが演じる。
はいはいはい。え、これ違うのかな?恋人とか書いてあるけど。
えー、不倫じゃなかったっけ?
不倫だっけ?
まあまあまあ、さておきね。
さておきはそう。
すごい若い子に手を出してますからね。
ねえ、ちょっとあれのイラッと感で、僕は牛島は最終的には応援できないなって。
そこかい。そこはんかい。
だって羨ましいじゃん。
でも牛島も結局、なんだかんだであそこまで登り詰めてるわけだから、バイタリティあるんですよ。
まあまあまあそうだね。
バイタリティある人って旗からというか、同性から見てどんなにイラッときても若干モテるじゃないですか。
ねえ。
そう、そこってやっぱあるんだよね、たぶんね。何かの方程式が。
うーん。
ムカつくやつほどモテるみたいなのあるじゃん。男社会の常識に。
うん。
これ一体何なんだろうねっていう。
ねえ。
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何なんだろうね。
滅びればいいの?
まあね、本当にね、同性からも好かれるやつだけがモテてくれたらそれでいいんですけど。
残念ながらそうはトニアが下ろさねえみたいな感じで。なんであいつがみたいなのはやっぱあるんですよね。
でも、でも、でもだよ、でもだよ。でも、まあいいよ100歩譲ってね、牛島さんのことを認めたくないと。
はい。
それはよしとしましょう。でも、三谷子さんに対してもちょっと思うところなかった?
えっとね、ちょっとその、僕の方からちょっと話題転換してもいい?
いいですよ。
あの、今回ね、この映画を見て、誰が原因でどれが悪かったのかっていうのをね、こう映画を見ながらずっと僕は分析をね、してたのよ。
はいはい。
三谷子も含め全ての人間が自分のことしか考えてねえっていうのが、全部の原因だと僕は思ったのよ。
で、三谷子も、その、三谷子も三谷子で三谷子のことしか考えてないじゃん。
まあね。
いかに自分の作品を忠実に、一切のどんなに悪いところがあったとしても、面白くなかろうと面白かろうと、台本通りにやれと。
で、それはこういうふうにしたら良くなるよとか、こういうふうにしたら改善できるよっていうことすらも聞かないじゃん。
しかも、変えられたらふてくせられるだけで、そこはこういう意図があるから変えられませんっていう意見すら言わないっていうのは三谷子の一番悪いとこだし、僕が一番仕事をしたくないタイプだね。
でもね、ここ難しいなってすごい思いましたね、僕は。やっぱり原作者とクリエイター集団じゃないですけれども、メディアとの関わり方についての世論がだいぶ盛り上がった時期があったじゃないですか。
今こそラジオの時間を見てみると見え方変わってくるんじゃないのかなっていうのもちょっとあって、ラジオの時間見てみたんだけど、原作者が原作に込める思いっていうのは不可侵領域だよねっていう。
そこはね、そこは僕も原作者が原作にどういうふうな思いでやっていくかっていうところはすごく大事だと思うし、そこを変えたくないっていう気持ちはすごくわかるんよ。だったらふてくされるんじゃなくて意見をしろよと。ディスカッションしなさいよと。
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だって自分の作品がどんどんどんどん壊れていく様をただただ見てただけじゃん、あの人は。それって自己責任じゃない?
それはね、宮子さん主婦だから。たぶんこの宮子さんが主婦で、まんま自分の妄想を文章に起こした夢小説と呼ばれるものらしいですけども、最近覚えた言葉なんですけど僕は夢小説みたいなものを書き上げて持ってきましたよっていう設定は、
なすすべなくただ見守るしかない業界の常識を知らない外側の人間として配置するための多分そういう位置づけだと思うんですけど。
なんだろうなやっぱり、さっき言ったことはね、別に大間の言ってることを反対するとかじゃなくて、原作者が原作に持っている愛や思い入れっていうのは旗から見ると全く見えないものだよねっていうことなんですよ。
だって、ここまで露骨にね、宮子さんみたいに露骨に自分自身を重ねてね、まんま夢小説みたいなものを書き上げてきたら、はいはいってあなたの理想をそこに詰め込んだんだから変えられたくないようになるのかもしれないんだけど、
結局いろんな演曲を使ってやっぱりプロの人たちは自分自身の頭に思い描いているさ、名文化されないところにいろんなこだわりが詰まってるわけじゃない。それってやっぱり旗から見てると全くわからない部分もあるよねっていう。
でも一方で、それを何か別のメディア媒体にこう新たに書き起こす、あるいは形にするってなると、当然関わる人たちはより良いものって考えるから、そういった明確になってない部分っていうのをある程度無視せざるを得ない。
無視するつもりはなくて、必死に組んでいるつもりなんだけど、原作者サイドから見ると完全に無視されてるって感じる部分もおそらく出てくるよねっていう。だからこれってある意味では絶対に埋めることのできない溝だよねと思うわけ。
そうだね、しかも書に関してはちょっと僕はわかんないけどさ、僕も一応物書きの端くれではあるからさ、自分が書いてこう表現したかった部分っていうのがあって、でもそれを他の人に任せると、ここカットねってガッサリ削られたりすることがあるわけよ。
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そこで、いやいやこれに関してはこここういう理由があって、こういう根拠があってこういうものを書かなきゃいけないんですって説明しても、いやここがあることで全体の流れが悪くなるからとか、ここを入れてしまうとここが目立ってしまうから他が見れなくなるからここカットねみたいな。
いう話ってやっぱり出てくるし、もしかしたらこれちょっと箱べら読んだ方がさ、多分わかりやすいのかもしれないけど、この見せ方としてうまく見せる方法っていうのと、原作者が忠実にやりたい内容ってまたこう表現の仕方が変わるから、必ずしも同一し絶対並行性になっちゃうんだろうなぁとか。
何て言うんだろう、漫画でもさ、漫画の一コマですごく大事なやり方っていうのと、それを映像化した時にそのコマを入れるかどうかっていうのはまた別の話になってくるじゃん。
その見せ方、こないだのスラムダンクでもさ、左手を添えるだけをカットしたわけじゃない?でも漫画としてはもう絶対喋ってる話だし、でもあれをそれを映像化した時にどういう表現にするかっていった時にカットをするっていう演出をするってなると、まあでも忠実には無理だよねって思う部分はちょっとどうしてもあるんだよね。
だから軸足が違うから考えてる。それはやっぱりどうしてもあるよ。
媒体が違えば評価基準も変わるわけで、あるいはその人たちがものを作り上げる時に優先している価値基準が一体どこにあるのかっていうのも人によって違うから。
だからそういうところで当然疎合は起きるよね。その疎合と疎合っていうものをぶつけ合って限りなくゼロに近づけていくのか、あるいは全く新しい視点に基づいて作品をかじ切りしていくのかみたいなところも多分それは互いがね、それを認め合っていれば容易にできることではあるんだけど、
まあ往々にして現場ではそれがなされないまま納期があるから。
納期があるから走り出したらもう止められなくなる。結果として誰かが我慢する苦渋を。
っていうようなことがやっぱりあったんだね。昔からみたいなのをすごく感じて。
これは喜劇だから、ある種宮古っていう人物も所々で、あなたそこはみたいなさ、誰しもに感情移入できるような構図にはなってるんだけど、
でもやっぱり原作者が抱えているものっていうのは、やっぱりこうね、よそ様にやっぱり理解されるのは非常に難しい部分もあったりするわけだから、
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意見をぶつけ合っても、ぶつけ合って新しいものを作るんですよっていうような、そういうことに対する合意形成がどこまでものづくりの初期段階でできているのかっていうのはすごい大事だなっていうことだと思うんだよね。
本当にそれ。
だってさ、誰もさ、台無しにしてやろうと思ってるわけじゃないわけよ。強いて言えばノッコぐらいですよ。台無しにしてやろうと思ってるのはノッコぐらいなんですけど、
ノッコに対抗意識を燃やしてるね、ジョーさんもいるけど、ただやっぱり少なくとも作品を作り上げよう、より良いものにしたいっていう思いはきっとみんなあったはず、でもこういうことになってしまうっていう。
それってやっぱり一番初めに何を作ろうとしているのか、どこを大事にしたいのか、あなたは何者なんですかみたいなことが結局、
ああいう現場ではしっかりと擦り合わせられないまま、納期に従って動き出していってしまうのだという、その辺りなんじゃないのかなっていう気はしましたね。
いやー、でも色々さ、仕事についてとかさ、自分の職業の立場っていうのを年数重ねるとどうなるかとかさ、あるいは依頼主とそれを受託する側の仕事の内容とかってさ、結局はやっぱり仕事をする上で誰しもが抱える問題じゃない?
そうね。
で、前にスイ君がスタンドアップコメディで話してた内容だけどさ、喜劇にしてそれを笑うことっていうのが自分に全部返ってくるよねっていう話あったじゃない?これもそうだよね。
まあ、要は逆に三谷幸喜が、キャラクターを通して自分を笑えって言ってるんだと思うんですよ。
なるほどね。
そうそうそうそう。多分やっぱり人が好きだから、なんかこう、裸から見てて愚かに見えるような行為を、やっぱりしてしまう自分たちのことも愛そうっていうような。
あー、そっちのラグの方向にね。
うん、多分そっちだと思うんだよな、この人がやってることっていうのは。
それもひっくるめて、人間だよねっていう。
そうそうそう、そういうことだと思うんだよね。だから継承ではないんだよ、この人がやってることっていうのは。
やっぱりあくまで対等な立場から語ってくれてる気がするから嫌味がないんだと思う。
なるほどね。
だってこれをさ、いわゆるなんかこう、これだからやっぱりものづくりっていうのは最新の注意を払うべきなんだよ。君たちはできてるんですか?みたいな。
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そういう視点の作品だったら多分、こんな流れらしく愛される作品にはなってないよ、絶対。
時代が変わればまた価値観も変わってしまうから、なんとなくなんか積極性なってみんな思って終わってしまうような作品になりかねないんだけど。
でも元流として、誰しもそういうとこあるよねっていう。だからなんだろう、ミヤコに対してもやっぱりプラスもマイナスも両方感じるわけよ。
多分なんかそういうメッセージしたかったらミヤコが絶対的に正しいみたいな書き方するじゃない。
でもミヤコがやってることっていうのも、やっぱりこうすごく子供じみた部分もあったりして、でもそういう面って僕らも持ってるよねっていう。
だからなんか許せちゃうというか。
どの人にもそういう視点を持って描くことで、多分やっぱり見てる人たちがそれを笑うときに自分自身のことも同時に笑い飛ばせるようなね。
自分自身のこれまでの行いっていうのを、いろいろとそういう部分あったなっていうふうに、恥ずかしいことも笑い飛ばしちゃおうよみたいな。
だってみんなそういうもの抱えてるじゃない。みたいなのを僕はすごく三谷作品から感じるのよ。
なるほどね。
だから好き。だから好き。
で、こうも感じるようになったのはやっぱり年取ったからなんだろうなっていうのをそこが感じてて。
これだから97年の作品ですよね。
だからそれこそなんだ。まだ見たときなんでね。小学校中学校ぐらいの頃だったと思うんですけど。
そのぐらいで見たときはやっぱりおひょいさんが花火の音を出すときに頭バシーンってファイルで叩いて、体バタバタバタってやってるところで爆笑してたぐらいなんですよ。
でもそれはいわゆる喜劇のジャブぐらいであって、この三谷喜劇の本質的な笑いとは全然また違う部分なんですよね。
そのビジュアルの重さと素晴らしさだけどもね。
そういう部分で子供としては笑ってたけど、今見てみると全然違うところでグッときたり笑わされたりするっていうのが、やっぱり良かったな年取ってって思った。
またこれが10年後とかになって、俺らの職位というか立場がまた変わったら見方がまた変わってくるんだろうね。
変わってくれたらいいけどね。変わってくれたらいいんだけどさ。でも俺堀の内にわかるわかるって思いたくねえな。
いやーわかるよねーみたいな感じになりたくないね。
でもさ、それって駆動的視点じゃん。
そうね。
だからもしかしたら堀の内になった時で堀の内の苦悩みたいなのが、あ、そうなんだよね。これヘラヘラしてるんだけど、これって辛いんだよみたいなことがもしかしたら出てくるのかもしれないよね。
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かもしれないね。ひょっとするとね。実は表ではこういう態度だけどみたいなのがひょっとしたらあるのかもしれない。それがまだ僕らにはまだ気づききれてない可能性もあるね。
まあそうだといいですけど。
まあそんな感じでね。どうですかね。今回のテーマ、三谷幸喜の最高傑作、実はラジオの時間なのではないかということで話してますけど。
何かこう異論というか、話し残したこととかあったりしますか。
僕はね、三谷幸喜作品で一番好きなのは、ダントツでオケピです。
オケピの何にそんなに惹かれるんですか。
オケピの中のね、ミュージカル舞台なんですけど、歌が好きで。
そのうちの一つがね、千本の子さんが歌ってる歌があるんですよ。が出てて。
歌の内容がね、サバの缶詰が好きって。
それだけの内容を歌った歌があって、僕はそれが大好きです。
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