2025-11-30 1:48:00

#Netflix #ホラー #ヒューマンドラマ 映画『#フランケンシュタイン』父と子の正しいコミュニケーションのあり方 #Netflix #Horror #HumanDrama “#Frankenstein” – Fatherhood, Creation, and the Communication We Fail to Teach

"There was silence again. And then... merciless life."


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毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。


今現在私の住処である集合住宅で大規模な通信障害が発生しており、恐ろしいことに定期的に完全に通信が遮断される事態となっております。


しかもこれどこかの誰かがループ通信をしているという完全な人災だそうで・・・。


いつ通信が途切れてもおかしくない中、戦々恐々としつつお送りするのはギレルモデルトロの『#フランケンシュタイン』!!


生命とは何か。そして生命の作り手に求められる責任とは何か。

死とは何か。私たちは死から何を得るべきなのか。


単純なホラーではなく、ヒューマンドラマとして人の生きる意味に正面からぶつかっていく傑作SF。


皆さんは怪物の目に何をみましたか?


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podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。

語りたい映画なんて尽きることない!

エピソードの公開は毎週or隔週となります。


ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPalツイートをお願いします。

いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。


公式noteもやってます。

https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5


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⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠


これからも番組をよろしくお願いします。



"There was silence again. And then... merciless life."

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Hey everyone, it’s Mako — your resident film-talk podcaster.

Right now, the apartment complex I live in is suffering from a massive network outage.
And the terrifying part?
Every now and then, the internet just completely dies.
Gone. Zero. Silence.

Apparently someone out there created a looped network storm, so yeah… a full-on man-made disaster.

So here I am, recording in constant fear of the internet dropping at any second —
and today’s topic is Guillermo del Toro’s “Frankenstein”!!

What is life?
What responsibility does a creator have toward the life they bring into the world?
What is death?
And what are we supposed to learn from it?

More than just horror, this is a piece of human drama — an SF masterpiece that stares straight into the meaning of being alive.

So tell me…
What did you see in the monster’s eyes?

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This is Mako (@_macobana), and over on my main show #ポケ沼 (Poke-Numa) I never have enough time to say everything I want —
so all the overflow, the deep dives, and the tangents now live here on our dedicated channel #よもやまこばなし (Yomoyama Kobanashi).

Movies to talk about? Endless.
New episodes drop weekly or bi-weekly.

Share your thoughts on Twitter with #リルパル / #ReelPal —
we might feature your comments on the show!

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Thanks as always for tuning in — and stick around for more.

00:16
この番組は、ネットワークを利用しています。
おつかれさまです。
おつかれさまです。
おつかれさまです。
おつかれさまです。
おつかれさまです。
03:17
おつかれさまです。
おつかれさまです。
おつかれさまです。
ほう、これマコちゃん読んだことある?
あるんだけど、読んだのってそれこそ、なんか一回映画化しなかったっけね、あの生田トーマスさんがやってた気がしますけど
その時にちょっと話題に上がって、どんなもんかなーって思って、当時連載されてたところぐらいまでは読んだ気がするぐらいなので、全く覚えてないですね、だから。
そうなんですかね、最後の方、8割ぐらいになるところまでで、このトドロキ州法っていうね、会長がいて、そこをいつを逮捕しようっていう風な流れがあって
で、そこまでの鉄板ネタとして敵キャラが、なんていうの、主人公のやつの説得っていうかさ、なんかそういうのに施されて
味方になったりとか、悪いことやめますみたいなことを言うっていうのが鉄板の流れは流れだったんですよ。
そこまでは良かった、そこまでは良かったんだけど、途中8割以降、トドロキ州法をいよいよ逮捕しようとした瞬間、巨大クルーズ船で逮捕しようと思ったら失敗して
トドロキ州法と主人公と若頭の3人で巨大クラゲに乗って、巨大クラゲの中で踊り狂いながら遭難するっていう話になり、そのあたりがおやおやってなったんですけど、
そしたら謎の洋館にたどり着いたんです。そしたら軽いミステリーホラーみたいな話が入って、それが解決しましたと思ったら、プロレスが始まりました。
ヤクザNo.1を決めるプロレスを今やってます。
どこに向かってるの?
分かんないのよ。本当に分かんないよ。俺は潜入捜査官の話を読んでたつもりが、いつの間にかヤクザ対潜入捜査官のプロレスを見てて。
06:07
しかもプロレスが今まで出てきたキャラクターたちが改めてプロレスをしようだったらまだ100%ずってわかるんです。
9割新規キャラなんですよ。
ジャンプのバトル漫画でトーナメント戦が始まるみたいな、もう分かりきっている引き伸ばしだけどなんだかんだで楽しいみたいな。それすらないね。
ない。
引き伸ばしたくてしょうがないんだろうけど、9割くらい新規キャラでやってるんですけど、俺のなんとかかんとかみたいな感じで回想が入るんですね。
毎回毎回敵キャラというか、プロレスをやってるキャラクターごとの過去の壮絶な虐待エピソードだったりとか、そういうのが毎回長尺で挟まれるわけですよ。
すごいな。
いよいよ本当に何読んでるかわかんないの。そして僕は読むのをやめました。
そうなっちゃうよね。
本当ね、やっぱ長期連載ってなるとどうしてもそういう時期というかなんかあるんだろうねっていう気がするんですよ。わかんないですけど。
ワンピースとかもそうじゃん。いまだに大人気ではあるけど、やっぱり離れていった読者さんもいるわけじゃないですか。
僕なんかは毎回1年おきに読み返すんですね。
2年おきかもしんない。そこらへんスパンはちょっとはっきりしてない。下手したら3年4年おきかもしれないんだけど。
読み返して連載に追いついてやめるっていうのを繰り返してますけど、結局それだけだから本当にかなりの回数読み返してるんだけど、
覚えているのは一番初めに離れた空島編までしか覚えてないんですよ。
どうしてもやっぱりそこから先の展開でついていけないなって思ってしまった自分のその感覚っていうのがずっと残ってるから、
結局何回読み返して、ああそうそうこういう流れだった、そうかそうかこういう展開になってるんだって読み返してるのに、
やっぱり自分が初めて離れた瞬間からはもう絶対に更新されない。その先の記憶が。
ピンとこないところってやっぱり作品長く追いかけてるとあるんだよね。どっかで離れちゃうっていう。
だからそれを考えるとやっぱり作品ってある程度まとまった形でいい熱量で終わってほしいっていうのが正直僕の意見なのね。
09:02
だからワンピースもやっぱりその辺で終わってほしかったんだよ。正直多分。
僕なんか空島編もいらなかったと思ってる。
分かるよ。
原田さん編で終わっていいと思ってる。
分かるよ。俺もそれは分かるよ。結局その辺だもんな。空島であんまりピンとこなくて、ようやく終わったなで離れたから、
やっぱりちょっと違うなって思った感はあるんだよね。別にそれを大好きだって人がいることを何も否定はしてないんだけれども、
やっぱり作品としてのまとまりってすごく大事なんだろうなって思ってしまって。
それで言うと鬼滅の刃とかは早めにしっかりとまとめて終わってくれてよかったんだろうなっていうのはすごく思うし、
それが今一応ヒットして、早く終わったとしてもちゃんとお金につながるっていうことを、
某出版社が理解してくれれば、これを契機にね、理解してくれれば、今後も少年誌で連載されてたのに、
作品読み終わる頃には、少年たちがクソジジイになってるっていうこの残念な展開をですね、改めてくれるんじゃないかっていう気はしてますね。
そうだね。やっぱり死んだものが生き返るとか、無理に長生きさせようとしたら、やっぱりどっかが破綻が生じるんだと思うんだよね。
だから引き伸ばし引き伸ばしだとか、命に挑戦していくようなね、本来的な寿命っていうものを無視するようなのが良くないのかもしれないねということで、
今回は、そんな生命にまつわる作品をリトークしていこうと思います。
露骨だよ、お前。パスが露骨なんだよ。
そんなわけで、本日も参りましょう。
はい、ということで本日のテーマは、ネットフリックスホラーヒューマンドラマ映画
ランケンシュタイン 父と子の正しいコミュニケーションの在り方でございます。
はい。でもさ、この瞬間になってさ、思ったんだけどさ、2分間チャレンジどうやんの?
2分間チャレンジどうやんの?あ、確かに。いやでもだからなんとなく、なんとなくやるよ。こっちで2分間を。
あのーなんだ、時計。俺も時計を見ながら喋ればなんとかなるんじゃないかな?
じゃあ、僕の用意どんに合わせて用意どんしてね。
そうなるか。ちょっと待って。よしよしよしよしよし。今ちょっとiPad miniを出しましたんで。
はいはい。
じゃあ用意どんって言ってくださいね。ま、まだだよ。まだまだまだ。
あ、まだまだまだまだ。
12:02
はいOK。はい。
いつだよ。用意どん。
はい、ということで今日はギレル・モデルトル監督の映画、ネットフリックスフランケンシュタインについてお話しいたします。
物語は1800何年くらい、50何年くらい、北極の氷に閉ざされたとある船から始まっていきます。
氷の上で瀕死の男、ビクター・フランケンシュタインが救助されますが、そこに彼を引き渡せと叫びながらとんでもなく大きな怪物が襲いかかってきます。
なんとか怪物を追い払ったものの、今度は船で救助されたビクターが、あれを作ったのは私だというふうな告白が始まり、そこからビクターの過去の過去編に進んでいきます。
名家の異種の家に生まれたビクターは、母の死をきっかけにして、命、特に死に対して強く惹かれるようになり、命を作っていくような研究に冒頭していくことになります。
そしてとある協力者を得たビクターは、ついに命を生成することに成功、後にクリーチャーを作り上げます。
ただ、自分が作り上げた命に責任を持つことということを全く考えていなかったビクターは、結局クリーチャーを放棄してしまいます。
そこでまた現代に戻って、今度はクリーチャーの過去編に移っていきます。
生み出されたクリーチャーは様々な葛藤を人々と出会いながら、言語を手に入れたり思想を手に入れたりして、ようやく自分が人間では何でもないことに気づき、
やがて作り手であるビクターに対する怒りを表にしていきます。
クリーチャーはビクターに再会し、自分の伴侶を作るように迫りますが、ビクターはそれを拒否。
その流れの中でビクターの大切な人をクリーチャーは命を奪っていってしまうというふうな流れがあります。
最終的に二人は言論でもってぶつかり合うわけなんですけれども、
二人が最終的に到達した答えは一体何だったのか、皆さんもぜひご覧になって考えてみてください。
まあまあいいことにしよう。
ちょっと止まらないんだけどこれ。
あーよし。ピロピロです。
ちょっとねこれ言ってね3時間の作品でしたねこれ。
僕気づいてなかったんですけど、これもうね1回目見たときね面白すぎて、
わーって見てたら気づいてなかったですよ。これ3時間ぐらいあって。
いやもう時間溶けたよね。
いや本当に引き込まれ具合が尋常じゃないんですわっていうね。
もうなんかこの間見たの某宇宙映画の3時間と全然違う。
某ね。
全然違う。
某有名なんちゃら映画。ただ作品性で言うともう真逆ですから。
結局あの向こうがさ、2001年宇宙の旅ですけど、
15:01
本当に絵と音楽だけで表現しようとするフェーズが多くて、
こっちは比較的本当に確信の部分を言論で表現しようとしてるところは多かったよね。
ただもちろん後々触れるけれども、色彩的なところでも本当に絵作りは素晴らしいので、
絵で手抜いてるわけではなく、とにかくまるで舞台下のようにセリフの一個一個で
こっちを考えさせてくれるっていう感じはありましたね。
そうですね。
ちょっとね、何何何?
絵作り良かったと言いつつ、一個ね、描く死体の再現度の低さはちょっとね、
もうちょっと金かけても良かったんじゃない?って思った。
死体ね。
作り物感半端ね。
まあ、それは仕方ないんじゃない?
例えばさ、死体描きさばいてる時の鮮烈な赤とかもさ、
多分ビジュアル的なね、本当に絵画的な表現のアプローチとしての赤だと思うんだよね。
だから本来的にはもっと黄色い死亡のブヨッとした感じのやつとかもさ、
ブリブリ出てくるしさっていう、
考えると本当はもっとそんなに鮮烈な赤ではないはずなんだけど、
その辺りも多分あくまで絵として表現したいのかなって気はしましたよ。
なんかこう死体の感じもどっちかというとね、
標本みたいな。
そうそう、ちょっとね、後で語りたいことに繋がってくるからさ。
あんまり言いたくない。
もうなんかね、一個だけ用意して。
この映像を見てね、昔高校生ぐらいの時に何回か行ったね、
人体の不思議展をすごく思い出しました。
ありましたね。あれ闇深いですね。
闇深いの大人になってから知ったけど、当時はものすごく面白くて何回も通いました。
そうなんですね。何回もってことは後半の方は闇深のやつですね。
闇深のやつですね。
これは多分ご存知の方はもうあれですけど、知らない方は是非人体の不思議展で調べてください。
当初ね、日本に上陸した時の開催団体が途中からですね、切り替わっていて、母体が変わってですね、どうも展示されていた人たちがですね、っていう話があります。
現代に伝わるミステリーホラーですね。
そうですね、本当に。本当にあった怖い話的な感じになりますね。
いやマジですごいよね。
本当にね、いろいろ嘘だろっていうぐらいのお話なんで、是非ちょっと気になる方は調べてください。
18:03
陰謀論が現実になった的な。
本当だよね。でまぁちょっと今回ね、フランケンシュタインについて語る前に、いくつか整理をしておきます。
まず最低限知っておいてほしいのは、このフランケンシュタインという作品が1800年代ですね、1818年に刊行された、当時女性作家によって書かれた政府作品なんですね。
メアリー・シェリーという小説家になります。
当初は女性画というところもありましたし、当時の観点で言いますと、女性がこういうゴアホラーみたいなものを描くっていうところにも多分世間の受け入れ方もあったろうし、
そういった面で匿名で出版されたっていうふうな、そんな背景もあったりするような作品になります。
このフランケンシュタインの小説版に関してはですね、現代に至るまで映像化も何度もされていますが、この詳細な話に関しては青空文庫で読めますから。
あ、本当だ。Kindleで0円って書いてある?
もちろんです。だって1800年代に書かれてるわけですから。
それですか。
現在、著作権、作者の4,5,50年から70年に延長されましたけど、70年なんて余裕で経ってますんで、0円で読むことができますので、ぜひお読みください。
ただ読むのも時間かかるなっていう方はですね、ローテナントラジオさんでですね、ムムサノピーノさんがフランケンシュタイン小説版について既に語った回がございますので、
そちら聴いていただければサクッとわかるんですけど、結構いろいろ面白くて、後に夫になる方と一緒にですね、
あともう一人、その専属医とか、もろもろ仲間たちと一緒に旅行に行った際に、旅行じゃないのかな、わかんないですけど、
旅行に行った際に、すごい雨が記録的に長く降り続いた時期があって、ずっと外に行けないような状況、要するにずっと建物の中に閉じこもっているような時期があって、
その時にもうちょっと退屈だし、みんなでそれぞれ1本ずつ作品でも書こうみたいな感じになって、それぞれにちょっと執筆をしてお互いに読み合うみたいな、
そんな遊びをしたらしいんですよ。その時にメアリー・シェリーが書いたのがこのフランケンシュタインで、後々彼女はその時に書いたものをベースにですね、それを膨らまして、最終的にこのフランケンシュタインを書き上げたという。
そういう記冊だったんだ。
そうなのよ。だからね、この作品の中には小説版ではね、結構エディンバルとかイギリスのすごく綺麗な街並みについての記述がかなり充実して書かれたりするんだけど、それもそのはずで、そもそもそこに遊びに行った時に書かれたものらしいので、ある種自分が体験したものもそこにしっかり組み込んで描いているっていうところがあるみたいですね。
21:16
もう一個面白いのは、この現代がですね、フランケンシュタインをモダン・プロメテウスなんでね。
プロメテウスじゃん。
そうなんですよ。フランケンシュタインあるいは現代のプロメテウスっていう現代で、これまさしくですね、エイリアンシリーズのプロメテウスっていうのは、これフランケンシュタインのこの副題にもちょっとつながってくるのかなって気がしますよね。
確かにね。
そう。まさに人造人間ですから。
まあ確かに確かに。
これは合成人間とフランケンシュタインのクリーチャーっていうものを結びつけて語ってるってところもありますね。
へえ。
あとは、これはローテナントラジオさんの方でも言及されてましたが、一応やっぱり多く知られている誤解として、フランケンシュタインに出てくるみんながフランケンシュタインだと思ってるのは、フランケンシュタインが作った怪物であってフランケンシュタインではないという。
それ面白いよね。
面白くてしょうがないんだけど、フランケンシュタインと呼ばれてるものはフランケンシュタインじゃないですっていうね。フランケンシュタインの怪物クリーチャーですよということですね。
あるいはモンスターとか。
僕はフランケンシュタインってずっと伯爵だと思ってたんだけど、バロンだったんだね。
ダンシャクなんですか?
ダンシャクって呼ばれてたの?
言ってましたね。そこら辺も。
ずっと伯爵だと思ってた?
伯爵だと思ってたっていうケースは今初めて聞きましたが、博士だと思ってる人が多いっていう。でも博士でもなんでもないです。
モンスターフランケンシュタイン。
博士じゃないんですね。博士号は取ってないですね。
博士号は彼は取ってない。
取ってない。
PhDじゃないね。
この辺も結構いろいろあって、元より今我々がフランケンシュタインって言われたときに想像する、頭が四角くてぬぼーっとしてて。
ボルトが刺さってて。
ボルトが首、頭に刺さってる、額に刺さってる、米紙に刺さってるって思ってる人多いんですけど、そうじゃないんですよね。
そうじゃないっていうのも変な話ですけど、そもそも電極が露出しているっていう演出は、1920年代かなんかに作られたフランケンシュタインの映画。
はいはいはい。
どこは出してたんだっけな。
有名なやつだよね。
最も有名な1931年の映画。
そんなに古いんだ。
ですね。ユニバーサルですね、商標は。ユニバーサルさんから出てるものなんですよ。
このときに登場したフランケンシュタインのビジュアルが首元に電極が刺さってて、頭がぺったんこにへこんでいるというか、まっすぐな頭四角形みたいな。
24:11
バケツかぶったみたいなね。
そうそうそう。そんな感じのフランケンシュタインで、これが後々めちゃくちゃヒットした結果、
フランケンシュタインっていうこの映画タイトルがフランケンシュタインっていうタイトルだったことからも怪物の名前と公認されたまま現代に至ってるっていうふうな経緯があるということなんです。
これもローテナントラジオでムムサノピーノさんがもうすでに語っちゃってたんで。
行きましたね。
そうちょっと負けてらんないなと思って、俺この1931年のフランケンシュタインも見ました。
見たの?やるー。やるねえ。
これも見ましたよ。もうこの一点でちょっと勝負したいなと思って。
そしたらね、予想以上にアプローチが違いすぎてびっくりして。こっちはメインじゃないのでサクッといきますけど、まず1931年のこの映画はもう娯楽全振りですね。
ある種初期の映画、要するに映画がいわゆる芸術分野として成熟していく前段階において、見せ物小屋的な悪趣味なものをこっそり覗き見るみたいな文化圏における楽しみ方としての作品っていう感じがしました。
グレイテスト・ショーマン的な。
まあそうだね。だからオープニングも変なおっさん出てきて急に、これから見せる物語はみたいな弁士が語るようなことを言い出すのね。
あまりにもおぞましくて、心臓の弱い人には困るかもしれませんみたいなことを言いながらスタートしていくっていう風な感じなんです。
しかもいろいろと原作改編があって、その改編がすごく変な改編なんですよ。
ビクター・フランケンシュタインっていうのが原作小説においても、今回見たギレル・モデルトロのフランケンシュタインでももちろんのこと主役なんですけれども、
本作においてビクター・フランケンシュタインは人造人間を作りません。
えっ!?
これマジで意味不明で。何してんの?
マジで意味不明で、ビクター・フランケンシュタインが何をするかっていうと、弟のヘンリーっていうやつが出てくるんですよ。
その、リハ星。
その弟のヘンリー・ハセではないですね。
27:06
じゃなくて、その弟のヘンリーの美しい妻をくどいてます。
🌵主な働きは弟の妻を口説くことです
🖥そいついる?そいついる? 🌵なんと人造人形を作るのはビクターの弟のヘンリーというこの新キャラで
🖥あの出てきた今回の作品でも出てきたあの弟とはまた別の弟と言うの? 🌵全然別です別ですそんな子出てきません
🖥笑 🌵小説版でも結局ビクターは家族皆殺しにされるんですよ怪物に
🖥はいはいはい 🌵けどそんなこともなくですね
🖥よくわかんないけど弟ヘンリーという優秀で完全にどう見てもマッドサイエンティストって感じの弟が人造人形を作るわけですね
🖥もうなんか一人でこもって変な研究してる弟を心配しながらも君のような美しい女性に云々みたいなことを言いながら
🖥そのヘンリーの妻に言い寄る男がビクターです 🌵ただのクズじゃん
🖥シンプルなクズじゃん 🌵でしかもそのヘンリーという男の助手が出てくるんですよ
🖥おーまた新キャラ 🌵それがフリッツって名前でそいつがねノートルダムのカネ
🌵あるじゃないですかノートルダムの背虫男みたいな背中がもう背骨売却してしまってて背中に大きなコブがあるみたいな感じの
🖥即番ショーみたいなやつですね 🌵はいそうですそうですそれがなぜか助手として出てきて
🖥天候盛りだな 🌵えへへみたいなえへへって思うみたいな
🌵それこそ語尾にデゲスって言いそうな感じのムーブでヘンリーのお手伝いしてるんだけど
🌵こいつはこいつがフランケンシュタインが作った神像2人に対して無知で撃ってる時に
🌵なんだろうやり返されて殺されますね
🌵もうなんかね色々カオスで最終的にみんなでこの怪物殺そうぜ的なテンションになって
🌵最終的に風車小屋にたどり着いてヘンリーは自分で作った怪物を何とかしようと一人で突っ込んでって
🌵代わりに風車小屋の上から落とされて重傷を死にはしないけど死にはしないんだ
30:06
🌵その後風車小屋は街のみんなから火つけられて多分死んだねみたいな感じになるんですね
🌵でなんかねもう一個面白かったのは怪物が脱走した後女の子と知り合うんですよ
🌵ちっちゃい女の子ねでちっちゃい女の子があなた何誰に何してんのみたいなこっちで遊びましょうって言って
🌵で女の子が花を摘んでてその花をポイって湖に投げるんですよ
🖥あーマジ花摘みね 🌵お花摘みね普通の花摘みね虫っ子じゃなくて
🖥はいはいはい 🌵花摘んでピーってやってそれが湖に浮かぶと
🌵で怪物がそれ見てうわぁ面白いみたいな感じのリアクションで自分も一緒に花投げるんですよ
🌵そしたら花が湖に浮かんでお二人してわははははってやるんですけど
🌵そしたら怪物が思ってた花がなくなっちゃってそしたら何を思ったかわかんないけど怪物は花の代わりに女の子投げて溺死させるっていう
🌵なんかこう何その知能が追いついてなくて起きてしまった悲劇みたいな悲しい描写をしたいのかもしれないんだけれども
🌵あの前後の描写が雑すぎてなんか 🖥ギャグでしかないな 🌵ギャグでしかないし
🌵なんかこうこの話をどっちに持って行きたいんだろうがわからないわけね
🌵あとは印象的だったのは本来は健康な脳みそをこの怪物に詰めるはずだったんだけれども
🌵フリッツっていう人が間違えて健康な脳を落として壊しちゃったから代わりに犯罪者の脳を借りて持ってきた
🌵でその脳を入れられたから邪悪になっちゃったみたいな
🖥あー 🌵だから完全に現代の犯罪心理学とは全然違うアプローチで
🌵当時のいわゆるその変な話優先しそうじゃないけれども悪いことする人は悪い脳の状態にあるみたいな
🌵なんかこういわゆる骨葬学とかさそういう方向性の思想も結構入っていてだいぶ時代を感じる表現とありましたね
🌵結論から言うと悪趣味なものを覗き見る喜びみたいなものを本当にエンタメとしてのホラーを作ったっていう感じの印象でしたね
🖥あー 🌵それが結局この作品というかフランケンシュタインのいわゆるビジュアル面の
🌵アイコンを作った作品として3000とこの映画史に残っている中でギレル・モデルトルが一体何をしたのかって言ったら全然違うよねっていう
🖥いやーヒューマンドラマですからね 🌵ちゃんとヒューマンドラマだし
🌵しかもそれが原作小説のテイストをしっかり守りながら一方で3時間という尺の中に収めるために
33:04
🌵いくつか登場人物の生鮮をしたり背景を書き換えたりする中で物語の展開をきれいにまとめつつ
🌵現代的なテーマに落とし込んだなっていうところで結構感心しましたよという話です
🖥いやー今回の映画は素直にめちゃめちゃ面白かったっすよ 🌵面白かったよね
🖥本気で面白かったびっくりしちゃった 🌵今急に君の声が小さくなったんだけど大丈夫かな
🌵え、なんで?そんなに小さくなってる? 🌵分かんない、ちょっとマイクから離れた?
🌵いや離れてない、ちょっとゲインを少し上げるねじゃあ こんなもんでどう? 🌵そうそうそんな感じ
🌵なんだろうね 🌵じゃあちょっとジャブしていこうか
🖥はい 🌵じゃあどうぞ 🌵一個いいですか?
🖥フランケンシュタインが着ると服も強くなる説 🌵それはインクレディブルハルクに言わなきゃダメなやつです
🖥これね同じようなところで言うとドラゴンボールも同じ説があるんですよ 🌵そうなんですよね
🖥特に下半身、ドラゴンボールに関しては 🌵特にチンコね
🖥ははは 🌵そこだけは絶対破けないんだよね
🖥破けないね 🌵だからあれはさ、軽装体みたいなさ機能なんじゃない?
🖥だってみんな強そうじゃんハルクも悟空もクリーチャーも 🌵そうだね
🖥やっぱり完全に封印するためにそれなりの強度作られてるんじゃないですか?強度と伸縮率と耐熱性みたいな 🌵そうだね
🖥まださ街頭が燃え切らないって残るのはまだわかるのよ 胸の前でさダイナマイトを仕込んでたわけじゃない?
🖥悟空はせめて前は爆散するんじゃない?って 🌵そうねそうならないんですよね
🖥しかも彼の指の強度どうなってるのってちょっと思ったけどね 🌵指すごいよね
🖥あれもう一回生えてきたとしか思えないぐらいじゃん 🌵だからやっぱもう一回生えてきたんでしょ
🖥もう一回生えてきたのか?もう一回生えてくるとするとさあいつ永久効くんだよね 🌵もう一回生えてきたのか?もう一回生えてくるとするとさあいつ永久効くんだよね
🖥そこも今回のデルトロの改編だよね 不死の怪物ではなかったはずだから 🌵いやだからそうなんだって
🖥うんうんうん 🌵それを不死の怪物っていう形に置き換えることで
🖥はいはいはい 🌵怪物の絶望みたいなものをより大きなものにしたみたいなところがあるのかなって気はしますけどね
36:02
🖥確かに 🌵僕からもジャブ一個いいですか?
🖥はいはいちょっと交互にいこうあと3個あるから 🌵あのーあの人いるじゃないですかクリストフバルツ出てきたじゃないですか
🌵タランティーノ映画の常連のジャンゴにも出てきたおっさん 今回はフランケンシュタインの協力者として出てくる人ですけれどもね
🖥うん 🌵なんで昔の力のある人って水銀飲むんだろうね
🖥風呂縁になりたいのよみんな 🌵ね面白かったなぁ 梅毒で水銀飲むっていう
🖥あれ本当にあったのかね昔 🌵あった可能性はあるよね 水銀ってやっぱ不思議だからさなんかあるだろうって思うんだろうね
🖥しかも杖に仕込んでるってどういうことって 🌵おしゃれじゃん いつでも持ち歩くわけだから
🖥隠し武器でも取り出すのかと思ったら水銀じゃんみたいな 🌵でもね水銀梅毒で検索すると
🖥あ、なんか出てくるんです 🌵水銀治療がありますみたいなこと書かれてますね
🖥蒸気を吸う蒸剤でのえぇ 🌵病で言うと明治の段階でも梅毒治療の主流としてあったらしいですよ
🖥うーん 早期の梅毒であればペニシリンの注射で治るらしいですね
🌵そりゃそうですね ただ確か抗体が形成されて罹患した事実だけは絶対に消せないらしいですね
🖥あ、そうなんだ 🌵そうそうそう
🖥へー 🌵梅毒なんかは非人道的な実験とかもかつてアメリカでありましたし
🖥ありましたねー びっくりですよ 🌵まぁちょっと恐ろしい病気だなという風に思うんですけど
🖥うん 🌵まぁ今日本でも増えてるという
🖥特に神奈川県のごく一部の地域でね増えてますね 🌵わかりやすいですね
🖥じゃあ次どうぞ 🌵じゃあ次僕いいですか
🌵ラッパジュー最強説
🖥かっこいいねやっぱラッパジューってね 🌵いやーラッパジューロマンあるしさ
🌵いいね あの強さとさ あのギミックなにあれ
🖥いやースチームパンクっぽくてかっこいい 🌵キリキリキリパンキリキリキリパン
🖥たまんねーよあれはほんとに 🌵たまんねーよあれはほんとに
🖥何光景なんだろうねあれ 🌵わかんないけどでもさ
🖥あれを生み出す能力があってまだたまご飯器かよっていう そこのギャップもいいね 🌵そうなんですね
🖥そういういびつな技術発展ってやっぱスチームパンクに通じるものがあるじゃないですか 🌵やっぱそういういびつな技術発展ってやっぱスチームパンクに通じるものがあるじゃないですか
39:05
🖥そうですね 🌵いびつゆえにかっこいいんですよ
🖥うんうんうん 🌵ね
🖥ラッパ中はロマンありましたわ 🌵ありましたね
🖥はい 🌵あとあの科学者ってお風呂でひらめかなきゃいけないんですかっていう
🖥wwww 🌵ゆりーか的な
🖥なんだろうね多いよね 🌵ね
🌵なんかそういう生まれたままの姿になると何か降りてくるのかなっていう ちょっと面白かったなという気がしました
🖥アインシュタインもそんな逸話なかったっけ? 🐼アインシュタインあったっけ?
🖥なんかなっけアインシュタイン 🌵いやアルキミネスじゃないの
🖥アルキマイスやゆりかでしょ? 🌵アインシュタインもなんか
🖥違うアインシュタインは風呂嫌いだ ただの風呂嫌いだった 🌵wwww
🖥というね 🌵絶対ありえないじゃん
🖥なんだなんだ? 🌵はいはいはい
じゃあ僕いいですか 女の人ブレすぎ問題
ブレすぎ ブレすぎ
ていうと? ちょっとあのヒップが軽すぎやしませんかね
ヒップ軽いですか? 軽くはありませんか?
あのあれよ 蝶々捕まえてすげえって言ってた人
え? 蝶々捕まえてすげえってヒロインですか?
弟のヒロインです 全然でしょ
全然でしょ 弟
まあまあこれ戦略性結婚かもしれんけど 元々別にね弟のこと好きでもなんでもないわけですよね
で兄貴といい感じになり そうですよねビクターの追求心というものに共鳴を得たからですよね
はい 最終的にあのクリーチャー? そうですね
クリーチャーあなたしかいないの?みたいな話になってくるじゃん そうですよ
ちょっとブレすぎじゃないですか? どこがよ
なんで? だってビクターそこもさだからさ
なんで欲しいなぁ お前はね女の子の気持ちを何にもわかってない
ごめん お前本当に女の子の気持ちを何にもわかってないよ
ごめん だからさ別にあの後のお話にも連なるかもしれないけど
ビクターに対して結局彼女が求めていたのは自分とさ同じような思いを共有できる人なわけじゃない
でもビクターは違ったんだよね 結局彼女が求めていたのはその自然の美しさだったり
42:04
その非常に有機的なものというか その何かを克服するではなくて
あるいはその何かを支配するではなくて そこに秘められた神秘に触れてそれをこう理解することの喜びなわけじゃない
だから彼女は生命にひたすら興味を持ち続けるわけだよね
例えば人体の解剖みたいなものを見ても彼女が臆することがないのはそこの美しさに気づいているからなわけだよ
だから彼女から見たらビクターもまたその人体というものを知り そしてその神秘っていうものを追求するという喜びを共有できる相手だと思ってたんだよね
思ってたから惹かれてたはずなんだけれども でもその実彼がやろうとしていたことっていうのは
自然をあるべき自然にすることではなくて むしろ自分の支配下に置こうとする行為だったわけだよね
まして自分で作り出した命に責任を持つことすらしない それは生命の神秘というものに何よりも強く惹かれる彼女からしたら
全くの冒涜であってそんなことをする彼に惹かれるはずもないんだよ
なるほど だからあなたってこんな人だったのねっていうふうに気づいてしまったから
彼に対する興味関心というものがあっという間に引いていくし さらに言えばこれから世の中のすべてに対していろんなことを知っていこうとしていて
なおかつその目にするものすべてに驚き関心し分かろうとしている姿勢を見せているクリーチャーっていうのは
まさに生まれたままのような目で物事を見ている エリザベスからすると自分と同じ喜びを共有できる相手なわけじゃない
だから私が本当に共有したかった思いっていうものを持ってる人って誰なのって言ったらそれはビクターでもなんでもなくてクリーチャー
まさにあなたでしょって話になるわけなんですよ 単にちょっとやれそうだからビクターの方に来たとかじゃなくて
全然移り気とかじゃなくて だからビクターを誤解してたわけだよね言ってしまえば
そこに多分エリザベスの何よりも絶望があったわけだよ彼女にも彼女で
自分の思いを共有できる相手だと思ってたら全く違う立場の人間だったっていうことを その彼が目的を達成した時に分からされてしまうわけですから
っていう風に考えるとねエリザベスはすごく悲しい女性なんですよ もっとだから女の子の気持ちわかってよ
ごめん ごめんなさい
いいよ もう二度としないで
ちょっとそこは確約できないかもしれない というわけでね
45:02
そういうことね そうで あのまあこれはあくまで僕が見たエリザベスさん何度も言えないですけどね
あのプラスじゃあちょっと僕もまだまだジャバあるんで言いますけど
あの塔あるじゃないですか実験に使われた塔
あの証拠資料を燃え残りすぎ問題っていうのがあります
あんだけ燃えてるのにな あの油の量とあの大爆発であんだけ燃え残るって何っていう
いやーなんか特殊な加工されてたとしか思えないよね 本当にそれだし あんなに残るんだったらあの初めから爆発させないで
あのちまちま焼いた方が確実ですから 絶対そうだと思う
やってることがちょっと大味すぎるんだよなーっていうのはすごい思いましたね
あの手紙丸々残ってると思わなかったね 全部残ってるからね
確かにあれはなかったなぁ そう
普通に雪積もってたけど雪が降った だからあれ爆発して雪が降って埋まるまで
ずっと風にも飛ばされずにあそこに資料はそのまま散らかってたわけでしょ
そう あっこは無風地帯だからカームベルト的には 無風で誰も来ないっていうね
そうそう なんかねちょっとそれは違うやだろうさすがにないだろうと思いましたねあそこは
確かに じゃあ僕からの最後なんですけど
物理法則無視すぎ問題 特に船とクリーチャーの絡みなんですけど
まずクリーチャーは足で立ってますよね どんなにでかいとしてもまあ30センチのぐらいの足だとしましょう
まあ10センチだとして30の10の まあでもそんな表面積は大きくないじゃないですか
型よね鉄製の船ですよ何十トンあるかわかんないような船なんですけど
あの力込めて動かそうとするじゃない 氷の強度的に沈むのはフランケンシュタインであるべきなんですよね
まあ氷が割れるよね 動かそうとしてフランケンシュタインがどんどんズブズブ氷が割れて下に行くっていうのしか
ありえないはずなんだけど なぜかこうグルングランできるし
もうましてやこう押し出すまでできるってちょっとなって まああれじゃないですか
大いなる力じゃないですか ああ
そういう系ね そういう系ですよ
もうなんでもあるね 奇跡ってやつじゃないですか
48:01
まあ確かにあいつが奇跡みたいなもんだからね そうそうそう奇跡だから
まあだからそれはまあなんていうのあの クリーチャーだからね
そうね 何やってもおかしくないよっていう温かい目で見てあげて欲しいんですけど
僕どうしても温かく見れないところがあって ビクター射撃下手くそ問題
あの距離であの配置であの状況で
それはエリザベスに当たるだろうっていう 逆に当たるだろうっていう
しかもなんかねあのなんて言うかなその 技術的な下手っていうよりはその
思考的な下手 なんかもうエリザベスがやめてって言って タイミングとかそういうのじゃないのね
エリザベスがやめてって言っててエリザベスがいくらでも入り込めるような余地があって
その状況で目の前で射撃したらこうなるだろうよ 思うし
その後もあの去っていくクリーチャーを走って追いかけて射撃するんだけど 逆にあのあの遠さだったら当たるわけないのよ
だから絶対当てちゃいけない人に当たる距離で射撃するし絶対に当たらない距離から 当てたい相手に射撃してるから
こいつ一体どういう判断基準で動いているのかな ちょっとよくわからなかったっていうのがありますね
まあそこはあれですよ あのボンボンだから
雑に集まってられたボンボンですから
そのぐらいにしといてやりましょう そうですかね
じゃあ今日どっちから行きます? どうぞ いいですか
今回ねあの割と真面目に考えちゃいました いいんじゃないですか
真面目ヘビー系です なので寝ないでね
今回なんですけど… 早い早い早い
どうぞどうぞ 早い早い
フランケンシュタイン 虐待の無限連鎖説
やっぱそうなるよね なるよね
お願いします
まあでもねこれ被ったりとかそうなるよねってなるだろうなと思いつつ
ちょっと僕としてはこれ外せないテーマだったので そのままちょっと言っちゃったんですけども
このNetflix版のこのフランケンシュタインを見て これ怪物映画じゃないなっていうふうに思ったんですよ
でこれ完全に虐待家庭の物語になっていて ビクターがその虐待する親の典型だし
怪物っていうのは虐待された子供の典型で何より怖いのが その怪物が怪物になる前にビクターが怪物を作られていたっていうようなところ
51:02
だからそのフランケンシュタインがこのどんどんどんどん連鎖している虐待っていうところが描かれていたっていうところで
ちょっと今日話していくんですけども まずね
怪物の方なんですけれども この怪物の行動を一個一個だったり反応を一個一個よくよくつぶさに観察していくと
全て非虐待児の典型例とすごく一致するんですね
でいくつかちょっと例をピックアップしていくんですけども 例えばなんですけども愛着飢餓っていうような状況が起こり得るんですけれども
見て欲しいとかわかって欲しいとかっていう象徴としてのこの歩み寄りっていうのが起こっていくっていうのがこの
愛着飢餓っていう状況なんですけども 映画の序盤とも怪物がこうヨロヨロ歩きながら最初にビクターの地区を作ろうとするシーンであったりとか
なんだかんだでビクターのところに寄って行ったりとか 指示に従おうってするシーンがあったりとかして
でなんか怪物の見た目だけをこうやって見ていくと なんかすごく攻撃的にも見えたりもするんだけれども
最初の関係づくりをしようとしているんですね よくよく怪物の方を見てみると目は怯えてるし動きは不器用で
でもあなたを求めていますよみたいな気持ちだけはちょっとはっきり見えていくような
でこの典型例でいうと非虐待児が殴られた相手に寄って行って
なんていうの被害を得ようとするみたいな 拒絶された親の気持ちを読み取ろうとして寄り添おうとするみたいな
この逆折的行動が起こるんですけれども それと本当にもうかぶって愛されなかった子供っていうのを
愛を求める対象っていうのはなかなかうまく選ぶことができなくて 自分がセーフティーである愛っていうものを得られるっていうところに
うまく選べなくて そこの目の前にいる相手に向かっていくしかないっていうような状況が起こり得るんだけれども
まずここから怪物の行動がすごく虐待児の子供たちの状況にすごく一致するなと思って
他にも価格性とか衝動性っていうところなんですけども これ何かというと暴力じゃなくてこのSOSとしてのパニック反応のことを指すんですけれども
映画の終盤のその結婚式の招待客たちに取り込まれてうわーってなるシーンとか あるいは老人の友達が狼にやられた後の
なんて言えばいいの 狩人って言えばいいのかな 狩人のこの顎をプションって取ったりとかするシーンがあるんだけれども
これらの暴走って冷静に見ると誰かを積極的に傷つけに行くっていうよりかは 怖いとか苦しいとか痛いとかっていうのの価格性反応そのものなんですよね
54:12
トラウマを抱える子供が見せるこの戦闘とか闘争とか 氷付きで動けなくなっちゃうっていうような混合反応っていうところに匹敵するようなところで
なんか暴れたくて暴れてるんじゃなくて 恐怖で体が勝手に動いてしまってる状況っていうのが出てきたりする
あとはよくまた別の話で 鏡を見るシーンとかっていうところがよく出てくるんだけども
鏡を見たりとか水を映る自分だったりとかっていうところで象徴しているその自己否定みたいなところ
鏡とか何とかを見たときに必ず何かを対象物を別のものを見たりする
例えば枯れた葉っぱであったりとか壁のあれなんだろうね メデューサみたいなやつ
あの秘密の部屋のあれみたいなさ
とかを見間違えて 見比べていってこの美しいものであって見にくいものみたいなのを
交互に交互に見ていくことで自己否定をずっと繰り返すみたいな
だからその自分というものそのものに対して怒るでも誇るでもなく
戸惑いと実行嫌悪をただ繰り返してしまうっていう
だからこれが非虐待自得の自分の存在そのものが間違ってたんじゃないか
生まれてきたのが間違ったんじゃないかとか あるいは誰も受け止めてくれないとか
自分はこの世界に居場所がないっていうような思考に陥りがちなんですけども
それがもう丸ごと詰まってるような状況
しかもビクターからお前は見にくいとか失敗だみたいなことを
レッテルを貼られた経験があるから
自分の顔を見ること自体がこの否定の再生
ずっと否定をすることを繰り返してるっていうような状況になっていて
なんかこのすごい虐待された子に本当によくある行動で
なんかちょっとこの辺はかなり胸が痛くなったっていう感じですね
あとはこの社会的スキルの欠如っていうところなんですけれども
言語を学ぼうとするシーンで
やっとこさ安心な場所みたいなところを見つけて
不器用ながらに何か文字だったり言葉だったりっていうところを学ぼうとするシーンがあるんだけど
これなんか完全に親がいないまま社会性っていうものを必死に独学しようとする虐待児と同じような行動があって
ここで一番わーってなっちゃったのが
狩人たちに見つかって拒絶される瞬間だったんですけど
やっぱり怪物さっきも言ったように大混乱に陥って暴力的な行動に走るんだけれども
57:04
これが心理学でいうところの愛情の再破綻というところがあるんですけども
その期待して希望を持って破綻するっていうことが
前のその期待する前の状況よりも悪い心理状況になっちゃうっていうようなところがあるんですけど
だから前々から自分は拒絶されていると思っていたけれども
再破綻が起こることでより自分の心理的に悪い方向に向かっちゃうっていうところがあって
怪物まとめていくとその愛情渇望だったりとか恐怖の反応だったりとか自己否定だったりっていうところを繰り返していって
怪物が怪物になってしまったのって結局はその社会的なスキルの欠如から
来るものなんだけれどもその社会的スキルの欠如っていうのはビクターから学べる機会がなかったから
結局その怪物が怪物らしく振る舞ったのではなくて怪物にされてしまった子供が
取れる唯一の生き方をしているだけっていうところがすごく辛い
状況だなっていうところに怪物の非虐待児の行動特性っていうところがあったと思っております
ここに重ねるようにビクターなんですけれども
ビクターっていうのも典型的な虐待親の行動特性と心理をしていって
例えば
期待と拒絶をすごく交互に繰り返していく
作っている時はすごくハイテンションでできた瞬間なんかちょっと違うぞってなったら見捨てたりとか
暴力性に走っていくっていうところで
なんで虐待をする親が虐待に走るかっていうとこのパーフェクトベビーシンドロームとかって言ったりするんだけれども
自分の子供がすごく完璧なもので何もかもができるっていうような理想の子供の幻想を見てるっていうような状況があったりもして
それが崩壊していくと同時にすごく嫌なものに思ってしまって暴力に走るっていうのがよくあったりとか
あるいは子供を生化物として扱うような
さっきも言ったような完成品じゃなきゃいられないような精神っていうところで
生化物としてコントロールできる扱いだからできなければ本当にいらないよってなってしまうっていうような態度をとってる
さらに親としての責任を絶対に取らないこと
怪物がこういろんな問題を起こすとそれをビクターに関してはお前こんなはずじゃなかったとか
お前は失敗作だ制御不能だったとかっていうような被害者のようにずっと語っている
1:00:05
結局は自分がしっかり育てなかったし自分が愛情を与えなかったからこそそういう行動になっているのに
それを怪物自身が持つ欠陥として扱っている
虐待の親がよく使う子を育てにくい子だったとか
あいつは元から問題児だったとかっていうような語りと全く同じような構造になっていくと
ちょっと被るけれども愛情もケアもゼロのままクリーチャーを放置している
だから育てないけれども勝手に子供が全て完璧な状況に育つと
よくわかんないことを思っている親と同じしくずで
怪物がどんなに混乱したりとか恐怖を覚えていてもビクターを絶対に助けようとしないし
なんでお前こうなるんだってずっと逆切れしている
これが虐待家庭でいうと何も教えないし与えないし何も関わってないのに
お前はなんでできないんだっていうふうに起こり出すみたいな状況がある
でここがすごいなと思ったところなんですけれどもこの映画の
じゃあなんでビクターは虐待をする親になったんだっていうところまでちゃんと描いているんですよね
そうですね
でこの映画の核心のところになってくるんじゃないかなと思ったんだけれども
ビクターを虐待する側ではあったんだけれども誰かに虐待された側の人間でもあった
つまり彼は怪物の親であると同時に自分も最初の怪物だったっていうところがこの映画の一番すごいなと思ったところで
よく描いてくれたなと思ってます
例えばお父様が幻覚すぎる父で支配と暴力で彼を育てていた
で威圧的で声を荒げながら大罰をして尋問のように追い詰めてくるっていうような教育的指導をやっていたけれども
その典型的な恐怖支配の虐待家庭っていうところでも見えてくるし
それによってビクターっていうのは人との関係っていうのは恐怖で作られるものとか威圧で作られるものっていう学習をここでしてしまってるんだよね
だからよくよく見ると父親から受けていた教育方法そのまんまをビクターは再現しているに過ぎないわけさ
しかもビクター自身も見にくいとか
その黒髪黒目っていうものが見にくいとかお前には価値がないっていうところを言葉を浴びせるシーンが冒頭で挟まれてくるんだけれども
これを同じようにビクターは怪物に対してお前は失敗したくないお前には価値がないお前はなんでできないんだっていうところを繰り返す
だから自分が受けたことをそのまま投影して返している
1:03:01
これはちょっと投影はしてなかったけれども
兄弟間の露骨な格差があったりとかあるいはそのお母さんの喪失があったっていうところで
セーフティーっていう安全基地がなくなってしまったっていうところがさらに重なっていくことで
ビクター自身も愛された方だったりとかケアのされ方っていうところも
あとは人との健康な関係の作り方っていうところも知らないまま大人になってしまったと
そんな人間が創造主として親になったらどうなるかっていうと
どういうふうに育てていいかわからないから自分の父親がしたのと同じような方法で教育しようとする結果
虐待の連鎖が生まれると
そこを丁寧に丁寧に描いてくれたなと
これはもう心理的によく言われてることなんだけれども
非虐待児っていうところがケアがしっかりされなかった場合
加害者側に回ることがよくあるっていうことがやっぱり言われていて
その愛着形成の歪みだったりとか他者を信じられないとか自分を否定していくとか
あとは自分の情動感情のコントロールがなかなか難しいとか
あるいはこの支配をしていけば安心するっていうような学習をしていくっていうことが起こったりとか
いうことでその連鎖が生まれていくし
このケアがされないからこそ怪物が怪物を生んでさらに怪物を生んでっていうところの連鎖が生まれていくっていうところがある
だからその虐待っていうものに関わるときに
僕らはどうしてもその虐待をされた子供側に目を向けがちなんだけれども
実は先に同時にその虐待をした側もケアしていくっていうことがすごく大事なんだなっていうところが
この映画からすごくよく見て取れると
なんでこのフランケンシュタインっていうところを今この虐待の目線っていうところでリメイクしたのかなっていうところをちょっと考えてみたんだけれども
やっぱり世界的に今虐待の件数っていうのは過去最多になっていて
しかも孤児の育児だったりとか産後打つだったりとか
親のメンタルっていうものもどんどん脆弱になってるよっていうところも言われている
だからある意味このビクター的な汚名っていうのは今珍しくもなくなってきてしまっている状況もあったりとか
それはさ俺ちょっと見方違ってそれは顕在化してきただけっていうか見える数字に多分なってきただけでいじめの認知件数増量と同じだと思うんだよね
昔は何かある意味そういうのが閉じた家庭の中であるいはもう社会全体がそれが子育てだと思っていた地域もあったから
1:06:04
今そういうところがいやそれって問題なんだよそれって子供にとってすごいストレスだよねそれによって子供の人格形成ってかなり阻害されるよねみたいな話がちゃんと表立ってされるようになってきたっていうことだと思う
だからなんかこう今の方が昔と比べて増えてきたっていうよりはちゃんと認知されるようになってきたって言った方が語弊が少ないんじゃないかなって気がするわ
確かにね可視化されたっていうだけだなそうだね確かにそれはその通りだわ
で続き言うとこだっけ
あれどこまで言ったっけまあいいやまとめちゃおう
ビクター自身がまとめるとビクターは虐待をする親である以前に非虐待児であったと
で怪物は非虐待児の発達過程の宿図みたいなところを丁寧に描かれている
ケアがなければ虐待を連鎖して誰でも怪物になることが発生する
だからこのネットフリックス版ていうのはその怪物映画としての怪物をただ描きたいんじゃなくって
虐待というもの自身の物語っていうものを紡いでいたんじゃないかなと
だからその怪物は生まれた瞬間から怪物だったんじゃなくて怪物にされてしまってるんだよ
でそれをどう捉えますかっていうところがこの映画として描かれているところ
なのではないかなと考えましたというところで最後に一言なんですけども
前にも言ったと思うんですけれども虐待の通報チャンネルっていうものがありまして
110とか119と同じように189という番号を皆さん必ず覚えて
ポッドキャストでは皆さん189をちゃんと知ってるよっていうのを
全国5000万人のリスナーの方々は覚えましょう189
一早く
はい
一早くです
いやあの
ビンゴですね
僕はもう絶対にオウマはこれで来るなって思ってました
っていうかそれだけなんていうのかな本当にギレルモデルトロは明らかにこれを
もうメインテーマに組み込んでいるというかむしろそれを描きたくてこれ書いてるっていう節はあるねっていう
ぐらい
ど真ん中だったよね
本当にど真ん中で描いてきてこの作品は誰がどう見ても誰がどう見てもね
怪物が悪い奴だなんて思うようには描かれてないわけですよ
まして下手したら怪物はなんていうのかないてはいけないものだとも言ってない
1:09:05
むしろその怪物はなぜ怪物になってしまうのかという
そこになんか本当に正面から取り組んだ感じがしてますね
だからなんかこうまさしくヒューマンドラマであってホラーでは全然なかったなというのはすごく感じましたし
何だったらそれこそねそれこそ小説版もやっぱりそういうところを大事に描いている作品なので
だからなんていうのある意味ではその映画史に残る傑作ホラーとしてフランケンシュタインがあるんだけれども
小説のフランケンシュタインの持っているこの物語性テーマ性っていうものをちゃんと映画でも描きましょうねっていう
その上で現代にもつながるようなテーマにもしっかり落とし込んでみましょうねっていう風なアプローチが本作だったんじゃないのかっていうふうに考えると
いい仕事してますねっていう
いや素晴らしい作品でしたよしかもこれあのもっと言うと
あのハッピーエンドにしてないのがすごいなと思って
僕はこれあのバッドエンドだと見たんですね
あのハッピーエンドに見せかけたでなぜかというと
最終的に和解したというように見せかけた
状況になって怪物がこの朝日に向かって立って終わるんですけれども
でも怪物自身のもしかしたら自己否定の部分は消えたかもしれないけれども
人間関係の構築の仕方であったりとか
その浄土のコントロールっていうのは今んところ何も学んでないんだよね
これがそれから自分は愛されることができるようになったんだっていうところのみに主眼を置いて生きるとしたら
この怪物のこの後の人生ってかなり荒れるだろうなっていうところが見て取れるとすると
これは壮絶だなって
まあ壮絶ですよね
ただまあそこに一つの答えを与えるのが僕の説であることを願っています
ほうほう
はい
と申しますのもですね
私の説はこちら映画フランケンシュタイン多重構造聖書説です
今回も聖書ですね
これも完全にキリスト教的な思想とモチーフが使われてるなというふうに思いました
1:12:07
あごめん危ない言いそうになった
言いそうになった
あのごめん大丈夫
まあと言うのもねその父と子の物語ってやったらまあ確実にそれはね神と人類の話になるんですよっていう
お話なんですよね
まあこの今回フランケンシュタイン目線で物語を見ていくとやっぱりまずトリガーとしてあるのは母の死なわけですよね
で彼にとっての生き甲斐は母だったわけで
まあその母が亡くなるというこの瞬間っていうのはまさにですね彼にとっては言ってしまえば神に見放されたという意識を持たざるを得ない状況なわけですよね
その自分の大切なものが奪われる神は与え神は奪うというまあそういう思想がありますけれども
なぜ奪わなきゃいけないんだと
でまあここで彼はその神に対するその理不尽神の理不尽に対する怒りっていうものをそれをそのまま父親に転化するわけですよね
そうだねはいで父との確執っていうのはそれはそのもうこの作品においてはそのビクターにとっては神との確執でもあって
当時最高峰の下界である父厳しい教育をしてくる父っていうのは彼から見たらまさしくもう全知全能の神みたいなものなんですよ
まあ僕ら子供も結局その実態を知らないからその自分の身近な親っていうものはきっと何もかもできるはずだと思って
なかなかこう逆らうこともできないっていう風な構図はあるわけですよね
ある種厳しい父からの厳しい教育も人間に試練を与えてくるような神みたいなそういう記号としての父像っていうものが
ビクターの中にはあったわけだっていうふうに考えるとその万能であるのにもかかわらず母を救うことができない父
それはきっと見放したに違いないっていう風な彼なりのロジックが構築されるのもあんまり無理はないわけで
だからその後の彼の死への熱狂ねどうやって死を克服できるのかっていう風な彼の興味関心っていうのは
それは命を奪う神そして母を救わない父に対する反抗の現れになってるわけだよね
彼がこれだけ母を奪われることに対してものすごい強い怒りだったりエネルギーを発するのもある種とエディプスコンプレックス的なものもおそらく重なっていて
彼の発達段階におけるものすごいストレスがその後の人生の生き方を大きく揺らしてしまうっていうのは
この序幕において非常に重要な描写だったんじゃないかなというふうに思いました
さっきオウマが言ってくれたところはもう全くその通りだと思ってて結局その息子に知性のみを求める父と
1:15:07
クリーチャーに知性が芽生えないことをきっかけにクリーチャーに冷たく当たるビクターってのは完全に表裏一体なわけですよね
彼は結局父とは異なる手段で神へと到達しようとしたわけだけれども
結局やってることはやっぱり同じなわけだよね
ちょっとまあその聖書をモチーフにした描写は結構多くて本作は
特にクリーチャーを救った場所ってどこだったかっていうふうに考えると
あれ別に塔である必要ないですよね
そうだね
でも塔なんですよ
なんでですか
バビルの塔でしょ
バビルですよね
あれは結局神に到達しようとするそのビクターの行為っていうものは
それはすなわちですね
旧約聖書で描かれるところのバビルの塔と一緒なわけですよね
しかもその崩壊する塔が崩壊する発端になったのは
クリーチャーと言語での対話ができなかったことなわけですよ
バビルの崩壊の物語とここもピッタリ合致していて
まあその明らかに聖書を意識して本作が作られているのだろうなっていうのは
この辺りからもすごく想起されるなというふうに思いました
で色彩もジャブですごい褒めたんですけど
ここもすごいよく語ってるなっていうふうに思っていて
母のイメージからは赤なんですよね
赤っていうのは情熱の赤でもあり人間の血液の赤でもあるわけですよね
ある意味では今作においてはこの赤っていう色は生命の
生の方のエネルギーの符号として使われてるんじゃないのかなというふうに思うんだけれども
血っていうのはやっぱり二面性があって
その躍動する血っていうのは生命の本流をイメージするんだけれども
流れてる血っていうのはいずれ失われる命のモチーフとしても描くことができて
その命の生きるエネルギーっていうものの揺らぎだったり
その不確かな部分っていうものもすごくそこには込められてるのかな
どちらとも取れるみたいなね
父はというと対照的に黒い服で描かれていて
まあそれはビクターから見るとその父という存在が人を救う立場にありながらも
結局何よりも愛してる生きる目的でもある
ビクターから見たら生きる目的にもなっていたような母を傷つけている父っていうのは
ビクターからするとまさに死の象徴に見えていたんじゃないのかと
だから結局彼がその死を克服して
生命の神表に迫るんだっていうふうに死を超越することをしていたのも
1:18:01
やっぱり死の象徴に見えていた父を超えること
父殺しをすることへの執着としてのイメージが
そこにあったんじゃないのかなっていうふうに思います
そんななんか視点でビクターを見てみると
ビクターのイメージカラーも結局黒なんだよね
常日頃から黒じゃないですか
でも手袋だけは赤いんですよ
たしかに
ここにそのビクターの二面性っていうものがまさにそこに詰まっていて
その生命を作り出すっていうことを目的としている彼の手が赤色であるっていうのは
生に焦がれる彼の思いっていうのが
その手袋に現れているのかなっていうふうに思うんだけれども
結局彼自身はというと明らかに父と重なるようなパーソナリティを確立してしまっていて
だからそのビクターの揺らぎのある二面性ね
生命を作り出すっていうふうにそこにエネルギーを持ってるんだけれども
その実結局死を克服するっていう死に対する意識の方が
明らかに強くなってしまっているような彼のその何ていうのかな
矛盾じゃないけれどもその表裏一体の二面性っていうものがその色彩で表されているんじゃないのかなっていうふうに思いました
この辺もやっぱりこう色をどうやって配置していくのかっていうところのこだわりを感じさせるようなポイントでしたね
重要なのは彼にとってのクリーチャーっていうのがやっぱりあくまで道具に過ぎなくて
彼にとってはそのクリーチャーを生み出すっていうことは彼が死を超越し
すなわち神を超越しさらに言えばその神を超越する彼にとっての神っていうのはこの母を奪った父だから
父を超越したっていう勲章に過ぎないんだよね
だから結局彼は決してクリーチャーに名前をつけないんだよ
で創世紀ではアダムがその動物たちにこれは何と呼ばれるっていうの名を与えていくんだよね
あれ
あ、帰ってきた
そう創世紀ではアダムが動物に名を与えるんだけれども
やっぱり名をつけるっていう行為はその他者と関係を結ぶことだったりあるいは責任を引き受けることにもやっぱり繋がると思うんだけれども
ヴィクターは決して名を与えないんだよね
だから彼はその結局父になることを拒否してる
父が彼に求め続けていた知性っていうものはクリーチャーが持たないわけだから
彼からしたらその勲章っていうのは不十分で
だから彼のその自分の被造物であるクリーチャーに対する愛情っていうものが結局憎しみに転化していく
生み出した直後はものすごい興奮しているのに一瞬で興味を失っていくその過程っていうのは
まさにクリーチャーをただの勲章としてしか見ていないところにあるのかなっていうふうに思うんですけれども
まあ聖書においても神って人間を生み落としつつも何かっていうと責め苦を与えているので
1:21:00
ある意味その神の無慈悲さみたいな部分が結局その神を超えようとしていたはずの
ヴィクターがその再演をしてしまっているっていうところの皮肉が効いているのかなっていう気がしました
対してクリーチャー目線に第二幕から変わっていくんだけれども
まさに彼の憎しみの原点は救いのない世界に生み落とされたことへの憎しみなわけですよね
それって結局さっきもオーマンも言ってたけど
ヴィクターがかつて抱いた神への反抗心とも結局合致してしまうんだよね
ヴィクターは結局救われぬ自分の手で救われぬものを生み出すっていうものすごい大きな過失を犯してしまうんだけれども
一方で彼は流れ着いた先の彼はっていうのはクリーチャーね
クリーチャーは流れ着いた先の山小屋で一つのものを手にするわけですよ
これは信仰なんですよね
老人との話の中でわかるんだけれども彼らが読んでるのは旧約聖書です
明らかに旧約聖書を読んでいて
中でもですね、失落園も読んでるわけですよね
だから結局彼が反慮の必要性みたいなものをヴィクターに訴え出るのも
彼が結局パラダイスロストを読んだことによって神が人が一人でいるのは良くないと言って
アダムにイーブを与えるわけなんだけれども
支え合う相手がいなければ僕は人間になれないんだっていうのを
すごく理解するっていうのは
これ彼が信仰を手にしたからっていうふうに見ることができるのかなっていうふうに思うんですね
そういうことだったのか
あそこはね完全に信仰の獲得を描いているっていうふうに
読んでいいのかなっていうふうに僕は思いました
でなければ読んだ本の内容をそれとわかるようにですね
セリフに組み込まないだろうというふうに思っています
だからクリーチャーは善人だったんだけれども
善人こそが悩み苦しむっていうのはですね
聖書の世界の人間像で当たり前なので
そのあたりもですね非常に聖書を思わせるような展開だったなっていうふうに思いました
対してエリザベスはどうなのかなっていうふうに思うと
彼女は生命に対する徹底的な肯定的な関わり方
神秘を神秘としてたとぶみたいなそういう姿勢を持って
科学っていうものをその対話なんていうか
自然とのコミュニケーションツールとして扱うような女性なんだけれども
ある種彼女こそがですね
ビクターが唯一世界とまともに繋がる最後の手がかりだったんじゃないのかなっていうふうに思うんですが
結局彼は自分の狂気的なですね
死の克服という目的を優先することで彼女とたもとわかってしまったわけだ
1:24:06
エリザベスが死んだ時にですね
ウェディングドレスが真っ赤に染まっていく描写があったんですけれども
あれは完全にビクターからすると母の死の再演なわけですよね
真っ赤のドレスで死んでお葬式する母と
ウェディング真っ赤に染まったドレスで亡くなった
ミアゴスじゃなくてエリザベスですね
それっていうのはビクターにとっての彼女っていうのが
目の前で失われていく大切な人の命っていう
自分を最も傷つけるものに変わってしまった瞬間で
結局ビクターはクリーチャーに固執して
クリーチャーを亡き者にしようということを
これからの自分の人生の目標にすげ返るわけですよね
出ないと自分を保てないからなんですけれども
それで自分がやったことがなかったことになるはずはないのに
それに固執するっていうふうな形で
ここで見事に憎しみがループ状態に陥るわけですね
今まではクリーチャーの一方的な憎しみだったんですけれども
ここで完全にぐるぐる回るようになっちゃってるっていう
でここで一番大事なのが最後のシーンなんですけれども
クリーチャーとビクターは互いを許すという行為を選ぶんですよ
許さなきゃダメなのって思いますよね
一番空虚なシーンに見えたよ
でしょでもここがめちゃくちゃ大事なんですよ
これめちゃくちゃ大事ですっていうのもね
僕はたびたびNetflixドキュメンタリー作品大好きですというのを言うんですよね
で何が面白いってやっぱりそのアメリカの人々っていうものが
その事件を通してですねどのような思いになったのかみたいなことを見たり
あるいは社会ではこういうことが起きていて
その度にこういう課題が見えてきてみたいなのを楽しむんですけれども
それだけじゃなくて向こうの人たちって許すんですよ
これね不思議なくらい許すんですよ
これ何かっていうとその例えばとんでもなく利己的な理由で
例えば娘さんや息子さんが殺されると
でその判決が下るわけですよ
死刑だったりあるいは懲役何千年とかね
何千年までいかないけど100年後とかありますからね
それで遺族の方たちが記者会見とかあるいは囲み取材とか受けて
そういう映像が流れたりするわけですよ
ドキュメンタリーだから当初ね
決まってとまでは言わないけど
よく出るフレーズがあるんですよ
これ正義はなされたっていうふうなフレーズと
もう一個が私は彼を許しますっていう
1:27:07
正義がなされたから私は彼を許しますって言うんですよ
これね日本人的な感覚からするとそんなこと言う必要ないだろうって思っちゃうわけ
っていうのもだって許せないじゃん
無理だよ
許せないじゃん
絶対に許される行為ではないって言いたいし
私は一生彼を許さないとか
一生彼女を許さないだろうみたいなことを言っていいし
言うじゃん日本だと
でもアメリカの遺族って不思議なくらい彼を許しますって言うんだよね
許さなきゃダメなのっていうところのこれ理由が
結局許しって神の本質なんだよね
でここから新約の話になってくるけれども
結局新約聖書では神は罪を許す方で
例えば十字架に竹に書されているイエスが
自分を処刑している人々に対して彼らを許しくださいって祈るっていう
すごいシーンなわけですよ
今自分殺そうとしている人たちの罪を許してくれっていうふうにお願いをするっていうふうな
シーンが差し挟まれるわけで
また信者に対しては敵を愛し迫害するもののために祈りなさいと
許しなさいっていうふうに命じる
つまり許すっていうことは許せたらいいよねみたいな行為じゃなくて
結局神がするように我々も人を許さなければいけない
罪や責任っていうものをはっきり認めた上で許すっていう構造は
これは人間が与えられている使命であるっていうふうな考え方
だから人間はそもそも原罪を抱え罪を犯す存在だし
誰もが神の前で責任を負うっていう発想が強いから
だから悪は悪として告白して悔いを改めることは前提なんだけれども
その一方でそれを認めたものに対しては許さなきゃいけないよねっていう
そういう発想があるんだよね
だからこの一方で当然個人の内面と社会制度に深く根付いている
このキリスト教的な理屈っていうのは個人レベルでどうしても許せないことに悩み続ける人を
多く生み出すようなところはあると思うんだけれども
でもそれは向こうの人たちが常に抱える葛藤なんだよね
よく日本は本音と建前がどうのこうのって言うけど
アメリカだって当然のことはキリスト教的な価値観と個人の内面的な事情っていうので
1:30:01
ものすごい本音と建前が混在しているような社会だと思うんです
それで言うと特にこの許すという行為っていうものは向こうのキリスト教権においてはめちゃくちゃ重要な行為だから
あの許し合うということを仮にそれが建前だったとしても
あそこで互いに確認し合う行為によって今我々は人間になったってヴィクターとクリーチャーが確認し合うわけですよね
クリーチャーがそこで今私たちは人間になったんだっていう言葉は
まさにクリーチャーが信仰によって自らを救ったっていうことを少なくともクリーチャーは信仰を手にしたから
彼を許すという行為を通して自分も人間なんだっていうアイデンティティの獲得をそこで成し得たんだよね信仰の存在によってっていう
またヴィクターも結局生きる糧を失ってもう最後の生きる糧はそのクリーチャーを殺すっていうことだけだったんだけれども
クリーチャーを許すまあ彼の場合は犯した罪の方が何倍も大きいけれども
けれどもそのクリーチャーの存在を許す存在を許すっていう行為を通して
自らの犯した罪もまた許されるっていうふうな構造を得て安心して死んでいくことができたという
本作は当然さっき大間が言ったような虐待の再生産っていう悲劇
そこに対する課題意識っていうものを社会に向けてバーンと打ち立てるような作品ではあるんだけれども
そこにキリスト教的な価値基準においての信仰を獲得することによって我々は人として人と関係を結び直すことができる
憎しみ合いの中から許しというものを得て改めて関係を結び直すっていう
その超越的な判断ができるようになるんだっていうふうなところを描いてるんじゃないのかと
ただ一方でねデルトロはやっぱり不死のものを描くっていう点においてはピノキオもそうだったと思うんだけれども
その不死の生命っていうものが持つ孤独永久に続く孤独っていうものを
ドーンと作品の中心に置くことによってよりその失われる命の悲しみっていうものを
コントラスト強めて訴えてくるっていうふうな構造は多分好きでやってるんだろうと思うんだけれども
それは見事に機能してるなというふうには思いましたが
なんかこう理不尽に満たされているこの世の中において時に我々は互いに憎しみ合うんだけれども
許し合うことで初めて我々は人間でいられるんじゃないのかっていうそのキリスト教的な
最も重要な許しっていうものを最後の最後に持ってくることで訴えてるんじゃないのかなというふうに思ったということでございます
なるほどね
いやなんかね面白かったですよだから
多重構造みたいな話をしましたけれども
さっきオウマが言ったようにそもそも虐待という意味においても多重構造になってるんだよね
1:33:03
父から子へ、そして子から人造人間へっていうふうな構図があるんだけれども
さらにその上のもう一個大きなその次元のところで神と人間っていうその構図と
そして人間と人間によって作られた人造人間っていうこの
別の軸がそこにもう一個存在してるっていうふうな構図
それが本当にこの作品の見事なところで
なんかこうなんていうの
二次関数みたいな
いや三次関数みたいな
X軸Y軸と別にZ軸も実は存在してるよねみたいな
そんなね非常に立体的な物語で面白かったなというふうに思いました
本当にでも良かったね
なるほどね、聖書か
プロットもすごいけどやっぱりね映像もすごいんだよ
色彩もそうだし
ロケーションもそうだけどさっきあのバベルの塔との関連の話したけどさ
あれもそうなんだよね多分オーマがさっき言ったその
ベルサイフじゃなくてなんだっけあの
ゴルゴンだっけ
メデューサ
メデューサもあれも非常に象徴的だよねっていう
メデューサってもともとゴルゴンの3姉妹ですよね
そうですね
もともと美しい女性だったんだよね
そう
で自分たちの美しさっていうものが人から褒められて
美の神よりも美しいんじゃないかみたいなこと言われて
なんかその気になってたら
神の怒りを買ってですね
超絶ブサイクにされたっていう
そういうお話なんですけど
それって結局神に対する傲慢を働いた結果
醜い形で生み出されてしまうっていうのは
これ完全にそのクリーチャーの状況とも重なってくるんだよね
ああそういうことか
そうビクターがその自然の摂理というものを
傲慢な思いで傲慢な態度で超えようとした結果
美しく生まれるはずのものだったんだけれども
目にするのもおぞましいような怪物として生み出されてしまった
っていうのはあれもまさにメデューサと同じようなコースだろうなっていうふうに思うと
あそこにメデューサ像っていうのその顔がバーンって出てきてるのは
その象徴になってるんじゃないのかとか
はーなるほどね
映るもの全部に意味があると言っていいのかもしれないという
そんな気がしてしまうね
1:36:01
こだわりを感じますだから本当
確かにね
でも他にモチーフとか拾ったら何かいくらでもありそうだね
いくらでもいけると思うよね
何だったらもうそれこそオープニングというか
クリストフ・バルツの最初登場シーンなんか
アトリビュート講座みたいなこと言ってたじゃん
桃はーみたいな
サンが言った真実みたいな
何回言ってたの桃は云々か
なんか変なこと言ってたね
言ってましたよね
やっぱりこうデルトロもまさにアトリビュートを扱ってるわけですね
映像の中でね
このそれぞれのモチーフに意味を持って画面内に収めてくるっていうことを
しっかりやってくれてるなというふうに思うので
見る側もなんかそういう意識で追っていくと
作品への理解というか
こういう意味を含めてたんだなっていうのは
なんかより鮮明に見えてくるような気がしますね
確かにね
お見事です
いやー久しぶりになんか本当になんかすごい映画見たなって感じだったな
それがですね劇場に足を運ばずとも見れてしまうというね
しかも何回でも見れるからね
恐ろしいです
やったぜ
はい
もうちょっと僕はこんなもんですわ
いやもう僕も出し尽くしたよ今日は本当に
ねえ
いやいい作品でしたね本当にね
いい作品だった
そして二人ともやっぱりなんかこう真面目な話になったし
そうだね
とんでもろんを引っ張ってくるのはちょっと良くないなって思っちゃって
非常にこう遊びのない考察をしてしまった
そうだよねそうなっちゃうねっていう気はしますね
まあでもそれでいいんじゃないのかなという気もしますけど
じゃあそんなところでいいですかね今回は
いいですか最後
何か言いたいこと残ってたらどうぞ
そうですね遊びのない考察をした後に言うのは何なんですけども
この映画を見て僕がちょっと一番ね学んだところっていうのを最後共有して終わりたいんですけど
睡眠不足は良い仕事の敵です
趣味について語る一時間ポケットに沼をこのポッドキャットでは
ミンパースナリティハコベラがあるいる趣味に余ってしまう
沼に見ることスワンプーマンを月間にメディアなスポーツからマイナーな食品に寝てるまでゆっくり語りましょう
それしょっちゅう眠くなる僕への批判ですか
ええ
まあそうね
だってビクターだってさ結局さフランケンシュタインを作り上げた時なんかもう何日も寝てねーみたいなさ
言ってたわけじゃん
1:39:01
まあだからそれはねーよくないよ
そういう時に限ってうわぁ閃いたっていう風になるんだけど
それって眠すぎて結構初歩的なことを見逃してるから一見成り立ってそうって思っちゃってるだけなんだよね
あるんだよなぁ
あるのよ
うわぁひらめいたってなるんだけどそうじゃなくて単純に短絡思考に陥ってるだけっていうのはよくありますんで
注意が必要だなという気がしましたね
しっかり休んだ方がやっぱりクオリティはいいよ
そうですね
じゃあちょっとそんなわけでねちょっと今日はお便り紹介したいと思います
あーそうですね
まず一つですねあのちょっと番組の感想が1個届きましたんでまずはプンチャンさんですね
プンチャンさんありがとうございます
プンチャンさんからこんばんは
こんばんは
先日はグレムリンリクエストにお答えいただきありがとうございました
いえこちらこそ
ありがとうございます
模具合の設定のゆるさには見るたびに笑ってしまいます
具体的なシーンの指摘を聞きながら
頭の中で太陽の光を振る虫しながら動き回るモグダイたちが相当できて笑いました
まあ振る虫でしたね
振る虫でしたね
模具合のいたずら姿大人が恐れるティーン像説
ペットに対するエゴ説
どちらも大納得でした
私も動物が好きで以前まではよく家族と一緒に飼育していましたが
もしかすると彼ら動物にとっては
飼育者ではなくただのご飯を運んできてくれる手下でしかなかったのかもしれないですね
まあそうよね
多分お互いにお互いのことしたと思ってる可能性ありますから
モコちゃんなんてあの僕が呼んでも気はしませんから
モコちゃんって呼んでもこう耳だけ傾けることもあれば
耳すら傾けずにはぁみたいな感じで
なるほどね
そのくせおやつのシーバー持ってくるとすぐにぃーって近づいてきますね
それがたまんないんでしょ
たまんない
やがましいわ
そしてトワイライトゾーンがグレムリンの基盤になっているというお話や
タワーオブテラーのモチーフが日本とアメリカで違っているという話も初耳で
それぞれとても興味深かったです
そうですねタワーオブテラーのモチーフに関してはね
ディズニープラス契約されている方は
ドキュメンタリーありましたんで確か
ぜひ見ていただけたらと思います
それこそタワーオブテラーの向こうではタワーオブテラーってそもそも名前じゃないんですけど
それを開発する時の小話とか実際の動きがありました
結局エレベーターという設定ですから
縦横無尽に動き回るエレベーターを作りたいということで
エレベーター会社に相談に行くわけですよね
エレベーターをすごくいろんな方向に動かして落としたいんですって言ったら
1:42:04
いやうちはエレベーターを落とさないために頑張ってるんですって話をされるっていう
至って当たり前のお話でした
それそうですよ
今回も素敵な時間をありがとうございました
どういたしまして
ありがとうございました
インフルエンザが流行っておりますのでお体にお気をつけてお過ごしください
また来週も楽しみにお待ちしていますということでした
ありがとうございます
ありがとうございます
いつも応援してくださってありがたいことなんですけれども
実はまだたくさんお便り届いてますんで
いくつか紹介をと思ってるんですけど
まだ紹介してないところで
そうですねものすごく
じゃあこの辺にしようかな
いっぱい書いてくださってるやつをピックアップしますね
お名前ということでムムサノピーノさん
ピーノさん
ピーノさんですね
いつもめちゃくちゃ影響を受けています
エイリアン見たことないのに全部聞きましたし
アダムスファミリーもこれから見るリストに入れました
なんも見てへんやんけ
言うたるなよ
仲いいからって言葉をきつくしないといけないよ
極めつけはオウマさんがたびたび口にするチルチル未知る説を確かめるべく
現在メーテルリンクの青い鳥を読んでいるところです
そっちはすぐ読むね
読む方は結構フットワーク軽めみたいな感じします
そんな僕も数兆人のリルパルリスナーの端くれとしてリクエストしたい映画があります
このお手紙書いた時は数兆人だったんですね
今もう何十兆人や何百兆人ぐらいになっているんです
それはスイスアーミーマンです
きたー俺大好きこの映画
前僕ちょっとノートにも書きましたね
書いてなかったっけ
わかんない
書いた気がした
今の妻と出会う前のこと年下の女性と見に行った映画ですが
たぶんデートでチョイスしてはいけないタイプの作品でした
でしょうね
たぶんじゃねえんだよたぶんじゃないなこれ
たぶんじゃなくて普通にデートでチョイスしちゃいけないタイプの映画なのよこれ
巻割りのシーンとかちょっとね
ダメですか
いやいやあれでしょ包囲磁石のシーンでしょ
包囲磁石がピーってね
いろいろネタにされますが
案外そんなに悪くない内容だったのではないかとも思っています
僕の感動はただの思いで補正だったのか
それとも正しい受け取り方だったのか
判断をお二人に委ねてみたいと思います
よろしくお願いしますということでした
やりましょう
ございますね
まあスイスアーミーマンもやりたいですね
やりましょうよ
1:45:00
ちょっとまだ他にもいっぱい届いてるんですけれども
今日はこのぐらいにしておこうかな
そうですね
あれですね
じゃあ次回はスイスアーミーマン
ちょっと待ってスイスアーミーマン見れるのか
見れんちゃう
スイスアーミーマン
でも課金かもな今
前ネットフリックスあったんだよね
前あったんだけどね
もう多分切れてるよね
アマゾンプライムで
吹き替え版は課金ですね
吹き替えじゃないやつはあるのか
吹き替えは見ないぞ俺
セールしてますね
440円でございます
はいじゃあ見ておきましょうかね
まあでもなんかあの今ね
その大間がこれも見たいって言うんで
細田守監督作品ですか
そうですね今ネットフリックスに
細田守監督が山ほど出てるんですよ
まあ新作のプロモーションでしょうね
あ何新作なんすかあの人
もう今上映してるんですけれども
あそうなんだ
多分そのプロモーションで
今までのやつ全部見れるようにしてるんだと思いますよ
そういうことか
じゃあやりたい
細田作品もやりたいということなので
じゃあスイスアーミーマンもやりつつ
どっち扱うかちょっとまた来週迎えたところで
こっちねってなっていただければいいかなと思います
細田守監督作品に関してはたくさんありすぎるんで
何について語ってほしいかっていうのも
一応募集しておきますんで
細田守監督作品なら
これを語れっていうのがある人は
ぜひそちらのリクエストも入れておいてください
数で勝負して一番多かったやつを語らせていただきたいと思います
そんなところでいいですか
ですかねはいじゃあ締めますね
はいはいということでお聞きいただきました
リールフレンズイントーキョー
今回はなんだ
ネットフリックスホラーヒューマンドラマ映画
フランケンシュタイン父と子の正しいコミュニケーションのあり方でした
番組では皆様からのご感想をお待ちしております
エクスニタハッシュタグリルパルをつけてポストしてください
なお公式エクスアカウントはリールフレンズで検索
どしどしフォローしてください
簡単な統合フォームを用意しておりますので
そちらにもご感想いただけると幸いです
この番組はアップルポッドキャストをはじめとする
主要なポッドキャストアプリで配信しております
本日のお相手はまこと大間でした
それじゃあまたねー
リアルフレンズイントキヨー
where movie lovers from around the world come together
01:48:00

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