2026-02-14 2:27:57

リスナーリクエスト「映画『#帰ってきたヒトラー』歴史はコメディに落とし込めるのか」

"私が怪物だとすれば、私を選んだのは君たちだ。"

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毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。

今回は2015年のドイツ映画 #帰ってきたヒトラー(原題:Er ist wieder da)をご紹介🎬

もしヒトラーが現代に蘇ったら?――この設定だけ聞くと完全にコメディなんですよ。実際、序盤はめちゃくちゃ笑える。ヒトラーがYouTuberになってバズるとか、もうツッコミどころしかない😂

でもね、観てるうちにだんだん笑えなくなってくる。これがこの映画の恐ろしいところ。「あれ、これ今の社会そのものじゃない?」って気づいた瞬間、背筋が凍るんですわ🥶 コメディの皮を被った超ド級の社会風刺。#デヴィッド・ヴネント 監督、やってくれましたね。

笑ってるうちに足元すくわれる感覚、ぜひ体験してほしい。観終わったあと、しばらく真顔になれます。いや、なります。これは保証する💀

#LookWhosBack #ドイツ映画 #風刺映画 #コメディ映画 #映画レビュー

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podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。 語りたい映画なんて尽きることない! エピソードの公開は毎週or隔週となります。

ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPal でツイートをお願いします。 いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

公式noteもやってます。 https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5

テーマトーク投稿フォームはこちら↓ https://forms.gle/4PT2GBA7TY8vAoCx7

直接のメッセージを送る場合はこちらまで↓ ⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠

これからも番組をよろしくお願いします。



"If I am a monster, then you are the ones who elected me." ― From the film Look Who's Back

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Hey there! I'm Mako, your movie talk host.

This time, I'm covering the 2015 German film #LookWhosBack (original title: Er ist wieder da) 🎬

What if Hitler came back to life in the modern world? — Sounds like a straight-up comedy, right? And honestly, the first half is hilarious. Hitler becoming a viral YouTuber? You can't NOT laugh 😂

But here's the terrifying part: the longer you watch, the less you're laughing. The moment you realize "Wait… this is basically our society right now," it sends chills down your spine 🥶 It's a nuclear-grade social satire wearing a comedy mask. Director #DavidWnendt really pulled it off.

I want you to experience that feeling of having the rug pulled out from under you while you're still laughing. After the credits roll, you'll be sitting there stone-faced for a while. Trust me on that one 💀

#ErIstWiederDa #GermanFilm #Satire #ComedyFilm #MovieReview

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Podcaster Mako (@_macobana) brings you movie discussions that spun off from the solo talk podcast "#Yomoyamakobanashi" (#Macobana), where he rambles about all the things he couldn't fit into the main channel "Pocket ni Numa wo" (#PokenNuma). Now, the movie talk has its very own dedicated channel! There's never a shortage of films to talk about! New episodes drop weekly or biweekly.

Please share your thoughts with the hashtags #ReelPal — we may feature your tweets on the show!

Check out our official note page: https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5

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For direct messages, reach out here ↓ ⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠

Thanks for supporting the show — stay tuned!


00:17
The real friends, the real friends, sit back,relax, and come enjoy the real friends.
Reel Friends in TOKYOにようこそ。
この番組は話題の新作、往年の名作、謎を聞き削ったらぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。
お相手は、パーソナリティのマコと
オーマと
1年ぶりの登場、ローテラントよりムムサノピーノです。
よろしくお願いします。
1年経ちました?
あのー、マコバナ時代のリング以来です。
そうですよね。
いやー、そっか、あの頃はまだマコバナの延長でやってたんだ。
なんで、あのー、はい。
えっと、リルパルは初出演です。
あ、ようこそ、おいでなさいまして。
はい。
で、リルパルリスナーさんに向けては、スイスアーミーマンのリクエストをした人です。
そうですね。
あの、最悪なチョイスをしてデートをしたという噂が。
デートにスイスアーミーマンはね、いないです。
たぶんね、日本全国探してもピーノさんだけなんじゃないかな。
ああ、レアキャラ?レアキャラ、いや、よくないんですけど。
可能性ありますよ、だって。
当時の彼女さん、どんな気持ちであのー、陰景レーダーを見てたんだろう?
いや、えっと、なんか詳しく話すと、そんなに付き合っている深い仲の彼女ではないんですけど。
だからこそ一緒によかったのかって話でもあるし。
逆にですよ、逆に。逆にもうなんかね、付き合ってちょっとまあ、数ヶ月も経ちまして、もう半年とかね。
まあそのぐらいで、ちょっとこう見てアハハなの分かるけど。
でね、彼女とはね、仲良くなりたてぐらいの、ちょっと映画見に行こうよで、スイスアーミーマンですからね。
すごいなあ。
いや、知らなかったから。どんなのか知らなかったから。
いやいやいや、知らなかったとしてですよ。知らなかったとして。
まあだって、あれ見る前に入ってくる情報としては、ダニエル・ラドクリフが死体をやるっていう。
この時点で、ちょっとアート系のアプローチの、ちょっとまあ解釈も必要な感じのやつだろうな。
何だったらちょっとこう、なんか映画好きじゃなければ、ちょっと忌避すべきようなラインかなっていう判断が多分できると思うんですけど。
よく踏み込んだなあという。
今思い出したんですけど、その人と3回映画行ってて、もう一個が、ドン・トブリーズ。
ああ、あれもさあですよ。あれもさあじゃないですか。
いやそうなんです、そうなんですよ。あれきついです。
あれきついですよね。
で、3つ目がオリエント急行殺人事件。
03:01
ああ、はいはいはい。急に急に良くなりましたね。
それが一番まともなのが、ポワロさんっていう。
ポワロですし。あれ初回ですからね。ジョニーレップも出てますしね。
そうそう、ジョニーレップのやつです。
ライトな映画ファンも入りやすいみたいなところありますんで。
で、しかもその相手がオリエント急行の原作知らない人だったから、より楽しかったっていう。
あ、それは、あ、そっかそっか。なんかね、こう、ダメですね。
あの、オリエント急行のネタなんてみんな知ってると思ってるから。
ダメですダメです。そんなの、みんながみんな映画チャンネルやってるわけじゃないですから。
そっかそっか。いや、なんだったらやっぱミステリー好きだったんで、子供の頃から。
ああ、そうですね、ポトさんは。
アガサ・クリスティなんかはもうやっぱ読み漁ってましたから。
オリエント急行なんて小学生の時に読んでね、やっぱり小学生なりにやっぱそれありって思いましたからね。
そうですよね。
そう。そこなのよ。
あれは古いミステリーだからやっていいやつで。
そうそうそうそう。っていうね。
まあ大丈夫。
ちなみにまだ読んでない。
読んでない。
しみてない。
じゃあこの番組やってください。
そうですね。オリエント急行やりましょうか。
オリエント急行からポアロ三作やってください。
ポアロ三作ありますからね。ナイルにシスもありますからね。ぜひ見ましょう。
いやあ、いいですよ。アガサ・クリスティはいい。
何でもそうですけどね。ジャンルの開拓者っていうのはやっぱりいろいろやってますねっていう。
そういうのすごい感じますし。あれはいいですわ。
で、それからローテナントで扱ったフランケンシュタインもリルヴァルでやってくれたじゃないですか。
やりました。やりました。
対マンバトル。
対マンバトル。
バトりましたね。
ローテナントどうですか?なんかリルヴァルがガチすぎて。
いやいやいや。
2人とも全然茶化さないじゃん。
いや、結構茶化してないか。あんまりジャブしなかっただけ。
ジャブはね。
ジャブはありましたよ。服強くなるみたいな話してましたけど。
股間だけ残るって。
そう、絶対に股間だけ残る服とかね。フランケンシュタインとか。
いやあ、でもあれですよ。やっぱり一歩我々譲る勘がありますよ。
だって原作を通読してないですから。そんな精査に。
そんな深め方はできないです。本当に。
本当にちゃんとピーノさんというのは僕の中で読書をしっかりされる方というイメージがありません。
本当にそれイメージだけですからね。本当に。
よく言ってるんですけど、本当に僕、家族や友達とかからもよく読むよねって言われるんですけど。
読んでる本をいっぱい喋ってるだけ。
読んだものをしっかりとアウトプットするという。
読んでる本を言ってるだけで、基本読んでないって。
でもやっぱりピノキオしかりそうですけれども、原作をしっかりと抑えるから見ることによってやっぱり見え方が変わるって絶対あると思うんで。
06:02
しかも原作がそれぐらい有名だったらやっぱり当たりたいなっていうのはありますね。
やっぱりその辺考えるとそこは見習わなきゃなと思いながら全然見習われてないところなんで。
そこはもう完全にお任せした上でですね。
まこさんは映画好きとして1931年の古い方のフランケンシュタインを見たって言ってたじゃないですか。
そうなんですよ。これも完全にローテナントに対抗しましたから。
ピーノさんが本読む。いや本俺も抑えたいけど厳しいかなってなった時に、いやいやこれ見れるやんみたいな感じになったんで。
見させていただきまして。
でもやっぱり本当に同じ物語でも多分光の当て方が違うから描き方も変わってくるっていうところがあって。
だから本当に全然別物でしたね。良くも悪くも。
だから両方見てみることによってテクストがどういうふうに変化していくのかみたいな。
あるいはどう分岐していくのかみたいなものが見えた気がして。
結構面白かったですやっぱり。
ギレルもデルトロのメイキングも見たんですけど僕。
あそこではフランケンシュタインの古い1931年バージョンとその続編、フランケンシュタインの花嫁っていう2作をまとめたみたいなことを言ってて。
その続編のフランケンシュタインの花嫁っていうタイトルで、前作にもあるんですけど怪物が花嫁を作ってほしいっていう展開。
なのにこのタイトル、フランケンシュタインの花嫁にしちゃったところからフランケンシュタインが怪物っていう印象に定着しちゃったっていう話がある。
そこが一応トリガーなんですね。
そうみたいですね。
もちろんインパクトはあったんですけどそれにさらに花嫁ってついちゃったことで、この絵がフランケンシュタインねっていう世界中の思い込みが始まったっていう。
そういうことだったのか。
でもやっぱりね、このビジュアル含めてね、もうみんなそれだと思ってるっていうのはすごい面白いですよね。
日本だと怪物くんの影響もあるのかなって思いますけど。
確かに確かに。
ポップに広めた感じはありますかね。
やっぱりビジュアルのキーアイテムってやっぱどっかしらにね、絶対残ってくからね。
そうなんですよね。
そうなんです。
そう、まさにそうなんですよ。ということでね、今回の。
ピーヨさんまだオープニングでしゃべっておきたいと思います。
そんなフランケンシュタインの怪物って映画もそうだったんですけど、死体から作られたじゃないですか。
はいはいはい。
死んだはずが生きてたんですよ。
なるほど。
ということで今回は。
今回の。
09:00
そんな感じのね、死んだはずの男が来るという、そんなお話をしていきたいと思います。
はい。
そんなわけで本日も参りましょう。
はい。
ということでね、毎回このオープニングからどうやって本題つなげるのかというところでね、その場任せでやっているんですけども。
ちょっと大間がね、しっかりパスを出したんですけど。
ピーノさんもしっかり準備してくれていたということで。
パスが二重になって、俺どっちのボール拾っていいかわからないみたいな感じで。
ごめんなさい、大間さんのボール僕全然見てない。
大間はなんかあれね、その人物と結びつくキービジュアルみたいな。
あーそっか。
それ引っ張ってよかったのか。
そんなわけで、今回はチョビヒゲニシチさんみたいな。
そんなキービジュアルを持った、死んだはずの男が出てくる作品ということで。
じゃあ今回のテーマを発表いたします。
本日のテーマは、映画帰ってきた人ら、歴史はコメディに落とし込めるのか。
ちょっとタイトル、歴史はコメディに。
落とし込めるのかというね。
はい。
どうなんですかねっていう。
そんなお話をしていきたいなと思いますけれども。
はいはいはい。
そんな、早いですね。
もうタイマーの準備をしてる男がいますね。
2分間。
2分間でまずはどんな作品だったのか、ザクッとお話ししていきたいと思います。
いきますよ。
ということで今回見たのは帰ってきた人らですね。
ドイツ映画2015年公開の作品となります。
物語はですね、1945年。
自ら命を絶ったはずのアドルフ・ヒトラーが2014年のベルリンにタイムスリップして現れます。
当時のままの軍服姿で街を徘徊するアドルフ・ヒトラー。
それをですね、人々は完成度の高いコスプレをしている人間がいると思い込んで気軽に記念撮影を始めます。
そこにですね、時を同じくしてリストラされたテレビマンのザバツキという男が現れて、
彼を見てですね、あ、これはいけると。
自分が復帰するための足掛かりにできるんじゃないかということで、
彼を連れてですね、ドキュメンタリーというか映像作品作りを始めていきます。
テレビ出演をですね、そういった流れで遂に果たしたヒトラーはですね、
長い沈黙の後に演説を披露します。
そのですね、過激でありながら真理をつけた演説が見事にですね、視聴者の心を掴んで、
瞬く間に大人気となっていきます。
ただ、この時点で誰も彼が本物のヒトラーであるということに気づいていませんでした。
この映画はですね、随所にですね、モキュメンタリーという形で、
12:01
ドキュメンタリーの形をしたような映像が差し込まれるんですけれども、
実はあれモキュメンタリーでも何でもなくて、実際に完全なドキュメンタリーで
道行く人にですね、実際にヒトラーが質問をして、
それに対して回答をするという形で撮影をされたそうです。
さらにですね、最終的にはヒトラーは現代のインターネット技術に触れてですね、
インターネットを活用してバズりまくりですね、
徐々にその影響力はドイツ社会全体に広がっていく。
物語終盤にですね、テレビマンのザバツキは彼が本物であるということに気づくのですが、
結果的に彼は精神病院に隔離されてしまい、
一方でヒトラーはですね、若者たちへの影響力もさらに強めて、
親衛隊のようなものも組織し、
いよいよね、野望に向けてまた一歩進んでいくといったような形でございます。
果たして現代においてもヒトラーは、
蘇るのか!
本当はね、肉体だけでなくその精神すらも蘇ることができるのかって言いたかったんですけどね。
よく見たらタイマーがもうギリギリだということに気づいたんです。
本当すごいですね、これ毎回思う。
いやーしんどいですね。
これでも本当に、僕もこれ見終わってちょっと調べてわかったんですけど、
随所に差し込まれるヒトラーが最近なんかこう、
難しいことないか悩みはないかみたいなことをさ、
町の人に聞いて、
それに対して本当に移民が多くてとか、
それにちょっとフラストレーション溜まっててとかいう話とか、
あとなんかサッカーの会場の外でなんかちょっと暴動みたいな感じで起きてて、
あいつ痛めつけろみたいなこと言ったりしてやってるあれ、あれガチなんですね。
そうです、思い知らせてやれって煽るシーンがあるんですけど、
他者たちがドイツくたばれって言ってる人に対してね。
あれも本当に本当にやってるっていう。
マジか、大丈夫なの?
エキストラじゃない。
だからいくつかの顔に目に線が入ってたりとか。
そうそう、たまに最後のところがそうですよね。
こういうのね。
そうそう、あれはガチ。
基本全部ガチなんですよ。
演じたさんが言ってるところ以外は。
だから本当にその当時2015年公開当時だから2014年の
ドイツの国民のリアルなリアクションっていうものを
本当に映像作品の中に閉じ込めて公開したっていうふうな作品なわけですよね。
だからそのあたりをちょっと考えると相当攻めてるし、
またそれを分かった上でもう一度見返すと見え方が変わってくるというか、
15:02
どう見せたいかというよりは本当に切り取ってね、
今の社会ってどうなんだっていうものを見せようとしてるっていう。
そこら辺は非常に驚きが勝ちましたね。
何よりドイツではディズニーのインサイドヘッドを超えて工業収入1位だったという。
そうなんですね。
爆烈にバズってますからね。
っていう作品なんですよ。
これがなんとyoutubeで無料で見れたというね。
実に素晴らしいです。まだ見れますよね。
もう終わったんじゃないですか。
もう終わっちゃいましたが。
2月12日で見れます。
そっか、じゃあもう終わったんですね。
ということでまだ見てないリスナーの皆さん残念でした。
お金払って見てね。
いや良かったわ。
以前には見たことありました?
僕は見たことありました。
お金払って。
お金払ってみました。お金払ってみて、今回無料で見返したという形ですね。
大間さんもですか?
いや僕オールフリーで見ましたね。
初めて?
今回初めて。
今回初めて。
そうなんですね。
僕当時劇場で見てるんですよ、これ。
すごいね。
劇場で見ても良かったし、
その後僕原作本も読んだんですよ。
出ましたよ。
出た。
出ました。
僕原作本読んでたんですよ。
持ってる。
しっかり持ってますね。
ここで分かったのが、ピーノさん帯とっとく派なんですね。
帯とっとく派。
いやこの帯はとっとくでしょ。
そうですね。
それはもうとっとくしかない帯ですね。
その後Netflixに一時期入ってたことがあって。
入ってましたね。
作品が。
その時に実家でいとこの兄ちゃんと一緒に見たんですよ。
それっきりいとこの兄ちゃんに会う度に、
お前なんかヒトラーの映画見せてきたよなみたいなことをすごく言われる。
たまたまあの日あれを見ただけなのに。
それだけインパクトが強かったというね、可能性ありますからね。
毎回顔見る度に思い出しちゃうっていうぐらいの。
はいはい。
本当にでもね、一度見たら忘れられない映画のうちの一つだと思いますよ本当に。
確かにね。
そうですね。
やっぱり印象に残るというか。
なんでしょうね。
これいつも僕は思うんですけど、
ヨーガって言うとハリウッド映画ばっかり見るんで誰しも。
異国語で見る。
今回同一映画なので同一語なわけなんですけれども、やっぱりそれだけでもね、
ちょっとなんかいろいろと情緒が違うなという感じがして、
またなんか新鮮な気持ちで見れるっていうのがあって。
それこそドイツのリアルな風景が映ってるのがよりそうですよね。
18:02
なんかこうおーっていう感じがして、すごく楽しかったですし、
そこにそれに加えてね、やっぱストーリーとか演出の妙があるんで、
本当に見事だなというふうに思いましたんで。
ちょっと今回はね、しっかり深掘りしながらいきたいですけれども、
まずはちょっとジャブの方から。
なんかありましたら。
今思いついたジャブですけどいいですか。
真子さんの話を受けて、ドイツの映画とかドラマを見てもそうですけど、
名前覚えにくくないですか?
ザバツキって言ってもらって。
全然ブリンクって言って。
全然ブリンクは本当なんかね。
全然ブリンクは全然頭に入ってこない。
コメディ映画だからふざけた名前にしてるのかなって一瞬思っちゃうんですけど、
どうなんですか?
いるんですか?当たり前に全然ブリンクは。
全然ブリンクは聞いたことないですけど。
全然ブリンクは全然いない。
繰り返すの?
全然いない。
繰り返す名前ってある?
繰り返しはあるんじゃないですかね。
タオパイパイぐらいしか知らないもんな。
ドラゴンボール君。
日本であるかなそんな名刺。
なんか2回繰り返す名前。
キョンキョン。
いやいやそれは違うでしょ。本名じゃないでしょ。
全然ブリンク相性じゃないでしょ。
そっか。
キキキリン。
キキキリン。だからゲー名でしょって言ったから。
あれ本名だと思ってるやついないのよ。
そっか。
なんとかようは。
なんとかよう。
全然かぶって繰り返してない。
なんでなんとかようって。
女優さん。
吉田よう。
全然なんも関係ないじゃないか。
なんの関係もないじゃないか。
なんの話が始まったの。
なんなんだこれ。
でも確かにね海外の作品は名前入ってこない現象はわからなくもないんですよね。
それで言ったらハリーポッター読んでて一番めんどくさかったのは
マルフォイのお父さんがすげえ極悪人で
そいつの名前がルシウスって言うんですよ。
主人公ハリーの名付け親で結構いい人的に描かれる人の名前がシリウスなんですよ。
シリウス。
ややこしいね。
わかります。それは思ったことがあります。
ややこしいね。どっちの話してんねんって途中で思うんですよ。
ハグリットってさフルネームなんだっけ。
ハグリットなんだっけ。
ハグリットなんかルシウスっぽい感じじゃん。
絶対違う絶対違う絶対違う。
え?急にハグリット?
絶対違う絶対違う。
なんか俺の頭の中にルシウスハグリットって言ったじゃないか。
あ、ルビウスだ。
ルビウスハグリットね。
ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら。
確かに。
だからカタカナで見ると確かにみんな並ぶんだ。
そうわかんないんすよね。っていうのはありましたね。
21:01
はいはいはいはい。
あとなんかスイ君が言っててあ確かにってなったの。
ロシア文学に出てくる人の名前が訳わからんっていう。
あ、言ってましたね。
そうそうなの 楊 そう 相性とかも混ざってきたり
とか なんだっけ なんか父方の なんか性が関係ある呼び方 いろいろ
あんねん 一人の人間を指すのに いろんな呼び方があるから ちょっと
何のことかよくわかんないみたいな 言ってました 立場によって
呼び方が変わるから 同じ人なのに 違う呼び方みたいなの言ってました
そうそうそう だからやっぱ 文化に触れる行為なんでしょう
ね そういうところも込みで
全然ブリンクはノリが良くて いいですよ
楊 全然ブリンク徹底なっちゃいますね
あっこだけ肝心変換されちゃう 脳みその中で
楊 全然になっちゃうね ブリンクだったら瞬きしない人
なのかなとかちょっと思っちゃう じゃあいってもいいですか
あのね CMを挟むタイミング 考えてほしい
楊 それYouTubeの仕様の話だ ああそっかそっか無料で見た人
あのなんかすごいのめり込んで きたぞのめり込んできたぞっていう
ときになんとかかんとかのガチャ は100連発みたいなことがガーン
ちか一番腹立ったのが一番 ラストのシーンで私は何度でも
蘇るのちょっと前の足がスッて 出てきた瞬間になんとかかんちゃん
100連発みたいなのがガーンと出て きて今じゃねーよみたいな
楊 ジャグって映画の外の話して いいんですか
楊 何でもありです何でもありです そのCMの後でヒトラーが何度でも
蘇るって出てきたのでガチャで 引き当てた感じになりますね
確かにヒトラー
楊 SSレアみたいな
でもね映画を見るときに広告 を見たくないっていうのはすごい
ありますねでも確かにAmazonプライム が仕様変更してね追加金しない
とCMが途中で入るようになっちゃ ったんですよね
それ辛いですね
そうすごく嫌ですね
しかもちょっとあれイラっと するのがこの後はCMを挟むずに
お楽しみいただけますみたいな 余計な一言入れるから
そうそうそう
ああもうお金払ってねえよ って
気にするならそういう気の 使い方するなら初めから入れる
のよみたいなね気持ちになります からね
なんか最初と最後に入れて くれればよくないみたいな
そうそうなんならねなんなら そうしてくれたほうがいいかな
という気がする途中がほんとに イラつくかな
24:00
ムカつくんだよねあれ
じゃあちょっとね映画の中の ジャブ言わせていただいてよろしい
ですか
はいはい
あの犬射殺するシーンが好き 過ぎますね
おおそこ行く
あれ好き過ぎますね
好きやどういう好きなんですか
あのなんだろうなそのコメディ ってあるこれも結構多分映画賞
振り返ったらどこか区切りがある と思うんですけれども映画の中で
死がコメディ化するっていう現象 がやっぱり起きてきた背景があるん
ですよね
はいはいはい
そうあの驚々しいものを描く 作品っていうのはいくらでもあったん
ですけれどもそれはあくまで怪奇 映画とかで人を怖がらせるだとか
あるいはディスガッシーンみたいな 気持ちが悪くさせるための演出
だったものがそのポコポコ人が 死ぬっていうのをギャグとして
扱って描いていくっていうふうな 映画も登場していくようになる
わけですねちょっと具体例が出て こないなまあいろいろあります
よね
まあまあ言ってしまえば正直 アクション映画前世紀なんかまさに
そういう系はあったと思うんですよ ねシュワルツェネガーはアクション
スターの中でもっとも人を殺した 男ですけれどもあくまで映画の中で
そうなんだ
実際当時はシルベスタスタローン とシュワルツェネガーは劇中で殺した
人の人数でバトってましたからね そうです新作出る度に何人プラス
されたかっていうダービーがあった ぐらいなんで最終的に大差をつけて
シュワルツェネガーが勝ちました けれどもそれはどうでもいいと
してやっぱりそういう形で映像 作品の中でなら人が死んだとき
って要するに命が失われたとき それが笑いに変わっていくっていう
ところも出てくるようになって きてだからあのシーンはまさに
本当に俺は爆笑したんですよ散々 犬をどう扱うかっていう話を打ち合わせ
てる後ろ側で犬と虎ぶって殺す っていうそのなんか倫理観の欠
除っぷりとかそのなんかもうあっ さり感ねそれに笑かされるんだけ
れども果たしてだからねそういう 倫理っていうものを笑ってていい
のかっていうそういう最終的な 問いに実はあのシーンも繋がって
くるんじゃないのかっていうそう 考えると車の中で犬の死体使って
遊ぶヒトラーっていうギャグシーン もあるんだけれどもあそこも
まさに事故とその事態の命の重 さの認識が違いすぎるっていう
そういうところを描いてるのかな みたいな見方もできるなと思って
あそこはねすごく好きなシーン でしたね
なるほどなるほどあのシーン ってめっちゃcgじゃないですか
27:00
そうですねちょっと荒めの そうそうそうで映画の中で犬
が死ぬことを極端に嫌う勢がいる のわかります
ほうシーシェパードとかの 人ですか
いやそうじゃなくて本当に 一般の視聴者で映画作品の中で
犬が死ぬと嫌だから見たくない みたいなこの映画犬が死ぬかどうか
をジャッジするサイトがあるんですよ 日本ではドクゴーンっていうサイト
があって海外にもだずだ独大っていう サイトがあるんですよ犬が死ぬ
映画を見たくない人はそのサイト をチェックしてこの映画私見れる
みたいな感じでいう文脈があるん ですけどすごいなんか僕はあまり
理解できないというかつまりこの 原作では実は犬を殺すシーンは
ないんですよ
へえそうなんですね
帰ってきたヒトラーの原作 では犬を殺すっていう展開はないん
ですけどでもこの映画をやるにあた っては犬を殺すシーンはこの後
ヒトラーが炎上するっていう展開 を作るためには必要じゃないですか
そうですね
だから意味がちゃんとストーリー 的に意味がある犬を殺すシーン
だからそれについてしかもCGだし あーだこうだいうことが何もない
と僕は思っちゃうんですけど一方 で犬が死んじゃう姿を見たくない
でも犬の感動物の映画ってだいたい 死なないですか
そうなんですよ中堅8コーナー ってただ死ぬだけですから
待ってる待ってる
待って死ぬだけだからなんか なっていうでもあれですよねいろんな
背景ありますから飼ってた犬死ん じゃいましたっていうので見る
と辛くなるみたいなそういう切実 な人もいるかもしれないけどそういう
背景もなくねやっぱ犬好きだから 死んだら嫌だって言ったらそれ
を理由にしていろんなものも失 ってそうな気はしますよね
そうですね作品を入れてない っていうのもあるかもしれない
そこはもったいない気は確か にしますけどねそうなんだそういう
層もいるんですね
そうなんですよねで犬だけ なんですよ
それがおかしいですよねだ ずはキャット大もあっていいし
だずはフィッシュ大でもいいよね そうそうそうそうそうそう
ゴート大もあってもいい
ゴート大もあってもいいね もちろんもちろん
何があってもいいんじゃない かねそれはちょっと悩んでる気
がしますねはいなるほどじゃあなんか ジャブ
僕いいですか
はいどうぞ
座罰器なんですけど
30:00
座罰器
座罰器
目綺麗すぎん
いや思ったよ俺も思った
こんなにさ澄んだブルー の瞳俺初めて見たんだけど
思ったねあれは
そう
すーごい綺麗だよね
あれはなんのでもキャラに合ってる
んですねあの目は
合ってますね間違いなく
すっ あの綺麗な目があるおかげで最後のシーンがめちゃめちゃ映えたなと思って
なぁ 精神病棟のあのクッション部屋の中で
あの本人もちょっと顔面蒼白みたいな感じで目だけがかっきり青くて すごい目立って見えて
すごいあのシーンで あー綺麗ってなっちゃった
引き込まれちゃったの? 引き込まれちゃったんだ
なるほどね またエース見たくなっちゃう 勘告実験ね
じゃあなんかピーノさんあります? えっと
古い別のヒトラー映画の 名シーンの再現がされているの知ってます?気づきました?
え?なんすか?
これですよね? あそうそうそうそう おうまさん知ってんだ そっち知ってんだおうまさん
これ見た? ヒトラー最後の12日間っていう映画の
日本では相当お怒りのようですっていうフレーズでちょっと あのニコ動でかなりバズって
あーそうなんですね 胸部がすごく揺れる様を
なんだ空耳で言ってたりとか 嘘吹き替えみたいなのですごい流行ってた
ヒトラーが報告を受けてブチギレて
ここが名前を呼んだ者以外部屋から出ろって言って
で部屋に残された4人に向かってバーって怒り散らして 部屋の外にいる人もなんか下向くみたいなそういう一連のシーンがあって
今はそれ野球ファンの間でなんか変な弱点負けしたとかそういう時に 変な字幕つけられて
相当かっかがお怒りのようですっていうネタミングにされてるっていう シーンを見て
ヒトラー最後の12時間を僕は以前は知らなかったから
それを知った上で今帰ってきたヒトラーを見直した時に あれやってるんだって全然ブリンクがブチギレてるシーン
そういうことだったんだ
あれは僕はニコ動で初めて見て この映画なんだって言ってちゃんと見たのが
そうなんですね
ニコ動の方から入っちゃった
33:00
本当の映画の中で言うと一番の見せ場の ガツンてくるシーンなんだけど
緊迫するんですよねこっちまで緊張感が
ポホッてなるシーンのはずなのにニコ動から入っちゃったもんだから ちょっとエゴイシーンになっちゃう
なるほどね
ベタベタになっちゃう
嘘字幕が頭に浮かんじゃうよね
なるほど
いやーなんか俺今回ね あんまり笑えるジャブじゃないジャブしか出てこないんですけどいいですか
いいですいいです
ザバツキの服装なんですけど
はいはいはい
あれマーティーマックフライですよね
いやそうです
確かに
ザバツキの自宅の部屋 自室の部屋のバックにバックトゥーザフューチャーのポスターがあるんですよ
完全にマーティーマックフライの服装をしてるんですよ
でこの作品自体も完全に時間旅行を描いてるわけなんですよね
はいはいはいはいはいはいはい
でその軸を越えてきたのヒトラーなんだけれども
ある種マーティーはバックトゥーザフューチャーの中でずっと現代のことを考えてるわけじゃないですか
昔に行ったりだとか
あるいは時に未来にも行ったりしながら現代に帰ってくるみたいな
そうやってずっと現代で今の時代をどう守っていくのかっていうことに必死になるわけですよ
このままじゃ未来が大変なことになるから現代で何かを
あるいは現代がむちゃくちゃになってしまったから過去をちゃんと戻すみたいな
だからそういうこうなんていうかな
歴史を正しい形にするために必死になる男なんですよ
っていう風に考えた時にヒトラーによって歴史が今書き換えられようとしている中で
奔走する男として座罰機はあるしこの作品におけるマーティーマックフライ的な役割を果たしてるなっていう風に思ったんですね
確かに確かに
そこら辺はなんかこう上手に当てがあったのかなっていう風に見ながら思いましたよ
そうかそうかマーティーである意味をそこで考えてなかったしね
そうちゃんとあったんだ
なるほどね
多分そうなんじゃない
マーティーだとしか思ってなかった
服装だっさみたいな
いやいやあの服装を見たらマーティーだってなるでしょうよ
なったよなったけどなんでって思う
いい歳したおっさんがさ
いい歳したおっさんだからこそマーティーになりたいのよ
思い返すと僕の父があれと似たようなあの袖なしのダウンの
救命鳥
救命鳥みたいなやつ昔持ってたんですよね
あれバクティとフィーチャーリスペクトだったのかな
じゃない?
じゃない?
昔のアルバム見るとよく着てんだよ
36:00
じゃあそうだね
時期的にはそういうのあったんですかね
本当にそれあれ大丈夫?その時代のパパ?
分かんない未来から来たかも
別の時代から来たかも
写真の痛み具合の割に若いみたいなのあるかもしれない
旅行してきてる可能性あるかも
あぶねー
映画のラスト僕意味が分からなくて
ヒトラーが書いた本が売れて
その本が映画化されたっていうシーンなのに
怪物を選んだのは国民だっていう会話を
自分で言うかねっていう
そうですねでもあれじゃないですか
結局炎上はしてるわけですから
インターネットがある時代においては
炎上している事実は隠しようがない
反対意見っていうものが表に出てくる時代だからこそ
それを潰すためにそういう映画を出すっていう風に考えれば
説明できるかもしれないですね
私を怪物と呼びたい奴は呼べばいいと
ただ私を信託したのは国民なんだっていう
だからそれは正しいんだと
私は怪物である意味があるんだと
でもその怪物を求めてるのは国民なんだからいいじゃないかっていう
あれは僕は映画をうまく終わらせるためのシーンじゃないかって思っちゃった
僕原作の小説読んであのシーンはないんですよ
原作の小説は途中で似たようなシーンは入るんですけど
クレマイアっていう黒い服の女の子いたじゃないですか
あの子がヒトラーの秘書になるんですよ
ですごくクレマイアの働きぶりに関心示すんですよ
なるほど
ただ見た目がちょっと暗いから
国家社会主義っていうのはちょっともっと明るい
人生を肯定するような人の方がいいよねみたいなことを言って
服を着替えてくれって言うんですけど
クレマイアはずっと黒服なんですよ
でそうやってちょっと原作の話しますけど
テレビ出演が何回か続くんですよね
で支持者がどんどん増えていくっていう中で
ビルト市っていうヨーロッパのタブロイド市
ゴシップとか載ってるような雑誌から
連日批判知事が出るんです
それが中身ないんですよ
レモネードの瓶が横に置いてあるだけなのに
ヒトラー昼間から酒盛りかみたいなこと書かれたりとか
でクレマイアと一緒に扉を出るときに
扉をちょっと開けただけなのに
寄り添う謎の女は誰だみたいに書かれちゃうんですよ
39:00
全然中身ないんですよ
それでクレマイアが顔も名前もアカウント名も特定されて
炎上して苦しむんですよね
ただヒトラーはクレマイアすごい仕事してくれると思ってるから
カバーるんですよ彼女を
でクレマイアもヒトラーを信用するようになって
ヒトラーはクレマイアからザバツキーと付き合ってるってことを聞かされるんですよ
なるほど
映画ではザバツキーからなんか相談を受けたりとかしたじゃないですか
君結婚はみたいな話して
そういう話ザバツキーとは全然しないんですよ
クレマイアとだけするんですよ
でビルドシエの反撃にして反撃がうまくいって
よりヒトラーがバーっと盛り上がっていったところで
ある日クレマイアが泣くんですねもうここでは働けませんって言って
それ何でかって聞いたらおばあちゃんに会って
おばあちゃんに自分がヒトラーの秘書をしてるんだってことを
言ったら猛烈に怒られた
あのおばあちゃん映画にも出てたおばあちゃん
おばあちゃんあれは風刺なんだよもう二度とああいうことが起こらないためにやってるんだよって
コメディやってるんだよって話すんですけど
おばあちゃんは昔もそうやってはじめは面白かったんだっていう
その後おばあちゃんが持ってた1943年ぐらいの家族写真が出してきて
全員この写真の直後に殺されたんだっていう話をヒトラーにするんですよ
お願いあなたほんの一瞬でいいからヒトラーをやめてって
住み戻ってほしいんですよクレマイアは
ヒトラーと思って本当のヒトラーって知らないから
ヒトラーは本当に辛いだろうがあの空襲はチャーチルの仕業でみたいに話すんですけど
クレマイアは空襲じゃなくてガス室で殺されたっていう
これも映画でちょっとあったじゃないですか
ここでおばあちゃんがユダヤ人で手を赤されて
どうしてあなたひどいことだって言わないの
あなたは当時ナチスがどんなにひどいブタだったか伝えるために今やってるんでしょってそこまで突っ込むんですよ
でヒトラーは実際当時は民主的な方法で私が選ばれたって
つまり国民全員がブタだったもしくは全て民族全員としての意思だったかもどちらかだって言って
いやそんなこと冗談でも言っていいわけがない
おばあちゃんの家族が国民の意思で殺されたなんて
ヒトラーはだからこそ我々は過去から学びつつ行動しなきゃいけないんだ
過ちを犯したら二度と繰り返さないようにすればいいんだ
だから家が火事になったらメソメソ泣くんじゃなくて
次の家を建てるために働く私の役割は建築家だって言うんですよ
それなんかうまいこと丸め込むんですよ
肝心なのはいい本に書いてねって
あんなことを二度とないようにしてねみたいな言うんですよ
そうそれこそが我々の目標だって言って
42:01
クレマイアの怒りを収まって
仕事は辞めるつもりでいるから
じゃあ私がおばあさんを説得しようってなるんです
ただおばあさんと対峙する場面ないんですよ本には
ないんですね
ないんです
でもこの後クレマイアは仕事に残ってるし
最後ザバツキと結婚もしてるので
説得はしたんじゃないかっていう
そんな感じなんですね
ここなんですよしかもこれがまだ
上司官下官の真ん中らへんなんですよ
あの後も結構続くんだ
クレマイアがユダヤだっていうことを
原作のヒトラーはどういうふうに表しているんですか
仕事ができる人だから最初はショックを受けてるんですけど
仕事ができることの方を良しとする
原作本の面白いところポイントのすごい大事なところなんですけど
原作本って完全にヒトラーの一人称なんですよ
最初から最後までザバツキ視点とかないんですよ
ヒトラーのつまり独り言としてずつ書いてるから
いちいち起きた出来事に対して
ヒトラーの周辺にいた人物の名前を挙げて
例え話に出してくるんですよ
それが作者がすごい調べ上げてるところで
だからクレマイアのことを認めたのも
当時ヒトラーの側近の中に
ユダヤ人の人がいたみたいな話があるんですよ
ユダヤ人であれば全員ではないっていうことなんです
仕事ぶりを認めたユダヤ人は近くに置いてたっていう
のがあったりもうちょっと例を出すと他に
例え話に出してるのは朝早く電話が鳴ったシーンで
こんな時間に起こしてくるのはヨードルではないのは確かだ
みたいに言うんですよ
ヨードル誰って思うんですよ
注釈のところで国軍の作戦部長にアルフレイドヨードルっていう人がいて
彼はイギリス軍がノルマンディ上陸やってきたっていう知らせを受けても
寝ているヒトラーを起こさなかったっていう逸話があるんですよ
そういうのをいちいち一言一言入れてるんですよ
これ普通に読んでたら全然わからない知らないことばっかり出てくる
その辺は多分映画だと難しいから結局
例え話に出てくるのはゲッペルスとか
わかりやすい誰でも知ってる側近の
話とさっきの鉱石の話になりましたけどね
テレビ出演の時もゲッペルスとか知ってる名前しか出さないでくれって言うんですけど
まさにそれを本から映画の時に起こってるっていう
45:03
なるほどね
もう一個原作本の面白いところはドイツ語ジャグが入ってること
最初のキオスクであそこの店主にお世話になるじゃないですか
その時にお前みなりがちょっとぐちゃぐちゃだぞって言われて
鏡はどこだって聞くんですよ
そこにあるよっていう会話があるんですけど鏡ってドイツ語でシュピーゲルって言って
そこにあるよって指差した先が雑誌のシュピーゲルっていうタイトルの雑誌があるんですよ
時代を映す鏡って
鏡的な名前の雑誌ですよね
ドイツ語ジャグを入れてる
それはでも分かんないですね
キオスクってドイツ語なんだ
キオスクは世界共通じゃないですか
そうなんですかもともとドイツ語なの
僕イギリスかどっかでもキオスク見た気がしますよ
響き的に英語ではないな
キオスクってどれくらい通じるんだろう
日本だけのものかと思ってました勝手に
キオスクって言うのは書いてない
日本にはいてはない
物品名とか羊とか猿とか
タバコ屋とかそういうジャンルじゃなくて
キオスクっていう社名なのかと思ってた
会社だと思ってた
キオスクはトルコ語って書いてます
だからヒトラーはトルコ人がいっぱい
ドイツに入ってきてるってことを
映画でも原作でも言ってますよね
もう一個ヒトラーが
NPDドイツ国家民主党とか
本部に行ったりするじゃないですか
NPDの党首と喋るじゃないですか
ビルネさんって書いてあるんですけど
仮名でビルネさんは
原作はアプフェルさんなんですよ
アプフェルさんは本当にそうなんですよ
本当に党首アプフェルさんと会ったって書いてあるんですけど
アプフェルってリンゴのことなんですよ
ビルネはヨーナシなんですよ
そういう名前の変換をしてるっていうのが
気づいたら面白いポイント
そこはもうピーノさんしか気づけないってことだな
分からない
多分だけじゃないと思うけど気づいてる
ここではね
この3人では誰も分かんない
えー面白い
最後なんかすごい
クソどうでもいいジャブ挟んでもいい
48:02
ドイツ人って意外と
ウインナー食わないのかなって
ちょっと思ったよ
あれ今回食べてなかったっけ
いやあの
宴会場みたいなシーンで
ザワクラフトってウインナー来るかと思ったら
テーブルの上に乗ってないんですよ
なんかパイみたいなのと
なんかこう
芋はあったんですけど
ウインナーねえじゃんと思って
あいつら就職じゃねえのって思った
えーと
うん
そんな
ウインナーブルストって
言うんですけどドイツ語で
なんだろうブルストを
メインの料理にしてる
店っていうのがちゃんと決まってるから
してない
店では出さないかもしれないですね
そういう特別な料理的な感じなんですか
言い切るのは難しいんですけど
なんか日本で言う
寿司屋みたいな
寿司屋以外であまり
寿司って出さないじゃないですか
もちろん
道端の屋台にも売ってますよ
ブルストは
しかもカレーソースかけカレーブルストって
ジャンクフードにもなってるし
あの
なんだっけ
屋台みたいな売店のおばちゃん
みたいにしてるシーンあったじゃない
あの人ブルスト売ってなかったですか
カットした
ソーセージみたいな
あれそうなんだ
ちょっと見直さなきゃわからないけど
あれそうかもしんない
だから長い
おばさんが期待してるやつ
じゃない
こんな長いのとかぐるぐるのやつとか
そうそう
長くてぐるぐるだったり
太くて短かったり
いろいろあるんですよ
白いのもあるし
白いのね
皮むいて食べるやつありますよね
皮をナイフで切って
皮むいて
ふわふわなんだよ
痛えとか言うな
あれはね
すごく不思議な気持ちになりますね
何の嵐やねん
なんかふわふわなんだ
白いやつは
食べてると硬くなるんじゃないの
ならねえだろ
何が言いたいの
この映画撮影されてた頃
多分2014年ぐらいじゃないですか
僕その時ドイツにいたんですよ
そうなんですね
すごいこの映画撮影
だからブラジルワールドカップのシーンがあるって
言ったじゃないですか
あれはドイツが優勝した回ですけど
僕ドイツ人と一緒にあの優勝見てますもん
そうなんすね
もしかしたら坂瀬はピーノさんがどっかに映ってる可能性あるの
映ってる可能性あるの
可能性は否定できないよね
否定できない
ここに線入ってる可能性あるけど
51:03
あんなかの一人やったら
じゃあ逆に言わないと思って
言えない
当時本当に本屋に行くと
原作本並んでたんですよ
売れてた
そうなんですね
その後2015年にメルケルが難民受入を始めるっていう
流れになっていくんですけど
長年ドイツに住んでる知り合いが
毎日乗るバスに外国からの移民が増えて怖いっていう話をしたことを
すっごい覚えてるんです
その空気感があの時代本当にあったなっていうのは
理解できるっていう
なるほどね
シリアの内戦とか
シリア情勢ですね
グワーっと入ってきたっていう
あれもねだから
まさしく
かぶりますよね
現代日本であるいは
現代アメリカで
さんざっぱな持ち上がっている
移民難民問題みたいなところ
世論の重なりをすごい感じる
ところだなと
外国人とどう受け合っていくのか
もう一個
映画でメールアドレス作る時にアドルフヒトラーは
使われていて使えませんっていう
あれ小説は
ちょっと違って
アドルフヒトラーは禁止されていますって言ってるんですよ
使えない言葉になってる
はいはいはい
そっちの方がメッセージ伝わりやすいなって
いう気がしますね
そうですね
日本にいると
本題入る前に聞いておきたいなと思ったんですけど
日本にいると
アドルフヒトラーっていう
人の行動自体は
良くないよねっていう
多分一般的な教育
っていうところされてると思うんですけど
ドイツの教育の中で
アドルフヒトラーという人は
どういう風な立ち位置で教育されてるのかなっていうのが
どうなのかなと思って
ドイツ人の人たちはヒトラーのことを
どう認識してるのかなっていう
あの映画の中で
言ってたのが
大体の人の意見なのか
それとも肌感覚として
あれはちょっとパロってるとかっていう感じなのか
どうなんですか
僕が知ってることも
少ないんですけど
ただよく言われるのは徹底して反省してるっていうのがあるじゃないですか
ドイツの教育として
ああならないようにっていう風に
それが
この本の
解説文にも
ちょっとあったんですけど
ヒトラーとかナチスっていう言葉が
もうダメって
54:00
なりすぎてて
もうダメだよねっていう
ことが強くなっちゃって
なぜそれがダメだったかがもうわからなくなってる
世代があるっていう
ダメなものはダメっていう
人の仕方を
されちゃって
なんかね変な話
行きすぎた性教育に近いようなものを僕は感じてますよ
確かに確かに
結局見せないことが正義みたいなものに
近いような反応に見えてしまって
結局僕も別にドイツには行ったことがないから
わかんないですけどやっぱちょいちょいなんかこう
ネット記事とかで見るもの
だとやっぱ鍵十字に見えるもの
全てをなくしていくみたいな
なんかこう
パスタの断面が鍵十字に見えるとかで
販売禁止になるみたいな
それ本当かわかんないですけど
早茹でパスタのね
あれはなんかどっかの石畳の石の並べ方
レンガの並べ方が
鍵十字に見えてて問題になるとか
だから
何としか思わない
それがそう見えたからなんだ
っていう話でしかないんだけれども
結局そういうもの全てに
蓋をしていく
確か俺
本作の中でも言われていたけれども
我が闘争は手に入りにくい
みたいな
国内では手に入りにくい
日本だったら別に我が闘争探したいくら
古本屋にも全然並んでますけれども
結局だからそういう
禁書扱いにされる
わけですよね
ヒトラーの著作物っていうのが
それを読むことによって
あれ書かれたのが
確かヒトラーが
クーデターに失敗した後
投獄されている間に書き始めたんじゃなかったっけ
はいはいはい
本当死ぬ何年か前みたいな
だからそれを考えると
学ぶことは逆にあると思うんですよ
いかにして彼が国民感情っていうものを
刺激して
独裁政権を築くに至ったのか
その人物の思想に
触れることですから
でもその思想に触れること自体が
危険なことであるっていう判断で
結局それを読むことすら叶わない
っていうような状況を
作ってしまっていてこれこそまさにだから
知らないままね
突き進んでいくわけですから
それはいけないことだ知ってはならないこと
でもいけないこといけないことって蓋をしていった時に
でも結局それは
好奇心は刺激されるわけだから
これって結局
エッチなことはいけないと思いますっていって
散々こうさ
抑圧されていって
逆に関心が湧いたところに
バーンと触れてしまうと
逆に本来知っていれば
何が良くて何が悪いみたいな
そういうところを判断できた子も
判断できないまま衝撃を受けて
そのまま飲み込んでしまう可能性だってあるよねって
考えると割と結構
かえって良くないんじゃないのっていう
議論は
されていいと思うし
57:00
おそらくそういうことを本作も
言いたいんだろうなっていう気がして
僕は見てましたね
まさにそうやって
今回の映画もそうですけど
本物が現れて
しかもちょっと自分の生活に寄り添ってくれるような
発言をした時に
え?これなんでダメなの?ってなっちゃうんですよね
そうやって
面白がって一緒に写真撮ろうぜ
アイラブヒトラーっていう人が本当に現れたりするわけじゃないですか
ネットフリックスで別の
ドキュメンタリーというか作品
暴君になる方法っていうのが
ありますねあれクソ面白いですよね
本当にヒトラーとか
フセインとかカダフィー
スターリンみたいな
人たちがどうやって暴君になったか
でそれを皆さんで学びましょう
暴君になりましょうみたいな
あくまでね
暴君になるために
みんな
なんていうの
教育ビデオみたいな感じになってるんですよね
テキストブックみたいな感じで
まず第一に
そうそう
彼らはこうやってやりましたみたいなことが
ステップ1みたいな感じで
あれもすごい
いい面白さですね
そうですね本当に
大変興味深いし
それをライトに楽しみつつ
学べるっていうところはありましたね
ぜひ大間さんも見てください
暴君になる方法とあとシリーズで
カルト競争になる方法もあります
見ました
マリリーマンソンが違う
チャールズマンソンから見ましたね
ギャングに
ギャングのボスになる方法っていうのもあるみたいですよね
色々ありますね
シリーズが
見たことあるギャングがいっぱい並んでる
これ見よう
ぜひ見てくださいね
カルト競争になりたいな
やらなくていいです
ヒトラー関係は
ドキュメンタリーは
どれを見ても
本当に興味深いので
やっぱり
定期的に何か
見ちゃいますね
そして定期的に何か出てくるんですね
そうなんですよね
それだけ
近現代史において
特筆すべきですね
出来事の
一つだったんだろうな
感じるところですね
そんなこんなで
もう1時間経ちますんで
そろそろ
節に進んでいこうかなと思いますけれども
ちょっとみんな
思い入れ強く
色々と準備してきたと思うけど
一人頭25分で
納めましょうね
最大で
僕短いです
それ何?ディスカッション含め?
ディスカッション含め
マジか
今大間さんそのポーズ
入るヒトラー
1:00:00
これぐらいだったらいいから
あのオープニングの
コント好きですね
ドイツで授業受けると
手まっすぐ上げないですドイツ人は
そうなの?
必ず発言するときは人たち指1本を
上げますね
発言するとき
社科じゃん
上下
ドイツ人は社科だったのか
社科だった
誰からいきますか
じゃあ僕いきます
お願いします
ドイツ式
すごい短いんですよ
短いしちょっとバカバカしいことも
ちょっと言いつつなんですけど
映画帰ってきたヒトラー
ドン・キホーテそっくり説
これは多分大間さんとまこさんは
持ってこないだろうと思う
持ってこないなこれは
ドン・キホーテですか
ドン・キホーテ
ローテナントで聞いた知識しかないっす
でもいいですよ
ローテナントでドン・キホーテをちょいちょい読んでて
僕まだ途中ではあるんですけど
読んでる途中すごい長いんですけど
終始真顔で周りの想定外の発言をするんですよ
ヒトラーは
ザバツキはどちらかというとそれに付き合うだけ
サンチョパンサーですか
そうドン・キホーテとサンチョパンサーの
関係をずっとやってるんですよこの2人
最初にお世話になったキヨスクの店主がいるじゃないですか
彼が26ユーロ請求するんですよ
飲み食いしたものの26ユーロ払ってくれって言ったら
君は祖国に貢献した
孫の代まで誇りに思えって言って支払わないじゃないですか
そうですね
あれもドン・キホーテのやり口なんですよ
なるほど
旅に出た最初の宿屋で
騎士堂物語に出てくる騎士たちは
人民の生活を守ってるのだ
支払いはしないって言い切るんですよ
なるほど
かぶりますね
ものすごいドン・キホーテをやってます
でも確かにな
そう言われてみたらそうか
最初ヒトラーのモノマネ芸人みたいな感じで
人々は面白がってるじゃないですか
その後ヒトラーが犬の剣で炎上して
本を出版して名声を取り戻して
より大きな反響を生むじゃないですか
ドン・キホーテも最初の旅
前編後編があるんですけど
前編はもう騎士だって名乗っても
誰もまともに受け止めてくれないんですけど
後編は実は
前編が世に出版されて
世の中の人みんな
ドン・キホーテのことを知ってるって話なんですよ
1:03:00
徐々にいろんな幸運もあって
本物の騎士として
名前が知れ渡っていくんですよ
この時代に騎士が
本当に現れたみたいに
あがめられるんですよ
なるほど
すごい
ヒトラーとドン・キホーテ
道のりがなぞってる感じがするんですよ
そうですね
ドン・キホーテ自体がそもそも
騎士なんてもんがもうないぜっていう中で
騎士の物語に憧れて
自らを騎士だと思い込んで
騎士として振る舞う男ですから
ヒトラーも結局
過去から現代に来て
その時代
違う時代で
全体主義的な思想が
封殺されつつある
社会の中で
それを自ら率先して
演じるというか
そのままなりきるというか
彼の場合は彼自身だからですけれども
本当にどっちも
そういう人いるはずがないのに
なぜか彼の説得力が増していくんですよ
そうですね
みんながその存在を認めていく
っていう展開があって
ないものなんじゃないですか
騎士なんていなかったし
総統なんていないはずなのに
多くの人が
同じことを信じ始めたことで
ないものがあるものになっていくんです
これ
ゆらるのははなびの
サピエンス全史
サピエンス全史ですね
人間が持ちうる
得意な能力
物語を共有することですね
ないものを想像する物を
あるものとして理解していくことで
普通の生き物は
150ぐらいしか
一緒のものを信じられないんですけど
命令に従えないんですけど
それ以上の人数が
納得するのは人間だけっていう
一つのものを信じることができるっていう
それを
ドン・キホーテも
ヒトラーもやってるっていう
その最後の最後に
あれもしかしてってザバツキが気づくとこまで
含めてですよ
三丁パンサも
あれもしかして
この人ってなるシーンが何回もあるんですよ
三丁パンサは
もしかしてどうなるんですか
もしかして
こいつやべえやつなのかっていうふうに
やべえやつだとは思って
最初は島がもらえるって
信じてるんですけど
島がもらえるって信じて
旅をお供するんですけど
途中から
自分がちょっともう
ごまかしきれなくなって嘘つくんですよね
そしたらその嘘も
あれドン・キホーテ信じるなって思って
これいけんぞみたいな
そうそうそうそう
1:06:02
なってくるので
この二人は関係性も含めて
全部ドン・キホーテです
そうですね周囲から滑稽だと思われている
スタートライン
乗ってるものも
あれですよね
花屋の車ですし
そうそうそうそうそこもちょっと思いました
そこもそうですよね
ロシナンテに乗ってるような感じがする
ロシナンテが
いわば花屋の車という
なるほどですね
なるほどね確かにそうだな
いや面白いですね
これは誰も言ってないじゃないですか
多分世界で誰も言ってない
いや素晴らしい
これ親切ですね
これだよこれ
これをねやっぱスイ君見習ってほしいんだよな
そういうことなんだよな
次こそは多分
そうね
親切ドカーンと
出していただいて
本当にね
鋭いことを言ってるなと
思うし
物語ですね
ないものをあるものとして
認識してしまう
伝え聞くことができる
それを信じ込むことができる
これね
僕も触れようと思ってたところなんで
じゃあマコさんお願いします
いいですか
ちょっと待って僕もちょっと被りそう
大丈夫大丈夫
大丈夫だって
大丈夫だって
どうしよう
ちょっと待って
マコちゃん映画の読み解きをする
映画の読み解き
そしたら俺先にしていい
じゃあ映画の読み解きじゃない
映画というよりか
嘘つきじゃん
違った違った
嘘つきじゃん
ざばつき
お風呂スキーみたいになってる
大丈夫
安心して
本当
ここのやりとりで25分経った
いいすか言っちゃって
お願いします
というわけでね今回私が持ってきた説
こちらです
映画帰ってきた人ら
人類の精神構造
無神化論
戦国映画説です
ちょっと難しい気がする
難しくないです
要は人間って
もうこれ以上変われないんじゃないのか
っていうことを
世の中に知らしめようとしている
作品なんじゃないのかという
ことですね
ちょっと少しずついきますけど
ポピュリズム批判だとかあるいは
メディア風刺みたいな
面白がってリスクを考えずに
報道しちゃうみたいな
そういったところの
メッセージも多分に含まれている作品
だとは思うんですけれども
やっぱりこの作品っていうものが
1:09:00
2015年に出されたっていうところを
考えるとさっきピーノさんも言ってくれてたんですけれども
欧州難民危機
っていうのが起きていて
シリア難民100万超える難民が
ヨーロッパを押し寄せてくる中で
作品の中にも出てきましたけど
メルケル首相が
受け入れるわけじゃないですか
これ
ヴィアシャフェン出すですか
我々はできるって
We can do it
そんな言葉をですね
宣言がありまして
がっつり難民受け入れをしたんですけれども
結果的にドイツ国内の世論っていうのは
めちゃくちゃ割れたんですよね
僕も調べていくといろいろと
出てきてですね
2014年
ドレス伝
ドイツ東部ですね
僕が持ってるカメラもドレス伝製のありますけれども
ペギーダっていう
運動があったらしくて
これピーノさんご存知ですかペギーダ
知らないです
イギータしか知らなかったんですけど
ペギーダっていうのは
西洋のイスラム化に反対する
欧州愛国者っていう
略語らしくて
移民難民の理由に反対する市民運動
ピーク時には25000人参加
みたいな
排外主義的なデモ活動っていうものが
盛んに行われたのも
この時期
政党の中でも
AFDっていう
オルタナティブ
フュアドイツランド
っていう政党が
ドイツのための選択肢
ドイツのための選択肢っていうやつです
当初は結局
全然違うマニフェストを
掲げてたんですけれども
難民危機をきっかけにして
反移民反イスラムっていう姿勢を取ったことで
市場を拡大したみたいな
そんなこともいろいろと起きていたようなんですね
そこら辺を考えていくと
本作が一体何を
提示したいのかっていうのがよく見えてきて
ドイツはもう散々
過去の歴史っていうものを
反省します
なおかつ
ナチスヒトラーっていうものを
徹底的に
封殺する形で
歴史を
反省の姿勢をずっと
教育の面でもやってきたんだけれども
結果的に目の前で起きている出来事を
前にして
灰外主義的な姿勢っていうものが
グワッと立ち上がっていく中で
ヒトラーナチの
政策っていうものに対して
それに共鳴するような
世論っていうものが立ち上がりつつある
っていうことが
本当にひしひしと感じられて
きているような時代だったんでしょうね
ということがこの辺から
見えてくるんじゃないのかなという
1:12:01
結局この作品が
本当にドキュメンタリー
モキュメンタリーですらなく本当にドキュメンタリーの形で
ヒトラーの紛争をした男が
市民の声を聞いたら
市民が本当に
灰外主義的な発言をし
それに寄り添うヒトラーに心を
開いていくっていう姿が本当に取れちゃうわけで
それは本当にだからそれがまさに
この時代のドイツのリアル
その実態っていうものはある意味では
現代にそのまま連なってるわけなんだよね
その一方で
アメリカでも同様に
移民に対する姿勢
っていうところで大きく世論が分かれて
現代に連なっているわけで
そういったところを考えてみると
本当にこの2014年から
今26年ですか
ここに至るまでの
この数年間っていう中で
まさにこう
世相っていうものはそういう状況にあるんだ
っていうのをもうもろに
2時間の中に収めたのかなというふうに思うんですけれども
ここから本題に入っていきますが
人類はもうこれ以上
進化しないんですよね
これは僕の自論
なんですけど
この映画もそう言ってるように僕は見えてしまうんです
で、まず
一つ目として
ダンバースっていうのがあって
これはさっきピノさんも
言ってくれたんですけれども
ユヴァルノブ・ハラリの
サピエンス全史でも
触れられてるんですが
霊長類の脳の大きさと群れの規模の
相関を調べると
人間が安定的に社会関係を
維持できる人数の上限は150人
っていうふうに
算出できると
これは実は旧石器時代の
集落の平均人数と同じなんだよね
ってことは我々の脳みそは
結局150人程度の
顔の見える共同体を前提に設計されていて
それ以上を
安定的に維持することっていうのは
正直すごく難しいんだよね
それを維持するためには結局物語を信じるしかない
完全な
実態のある信頼っていうものではなくて
物語の中でそれを信じ込むっていう
形でしかできないわけなんだよね
SNSのフォロワーが仮に1万人いたとしても
結局脳みそが
本当にこの社会的な関係っていうのを
完全な形で処理できるのは
結局150人程度が
限界なんだよね
っていうふうに考えると結構今の世の中というか
人間社会っていうのは
ものすごい大規模な人数が
一つの社会っていう大きな
生き物の中で生活している
っていうのは当たり前になっているし
国家っていうものもものすごい人数で
ものすごい規模感で動いてはいるんだけれども
その実人間の脳みその
限界値っていうものは正直ずっと
変わらないまま来ているんだよね
さらにですね
進化心理学
レダ・コスミデスと
ジョン・トゥービーって人がいるらしいんですけど
これもね
僕の言いたいことに合わせて
調べたら出てきたんですけどね
1:15:02
人間の心理メカニズムも
結局
後進性
260万年前から1万年前までの
時代の環境に適応したまま
ずっと変わってないんじゃないかっていう
説があるんですね
これは一体何なのかっていうと結局
集団で
人間っていうものはずっと
そのワイルドの中で
生き延びてきたわけだよね
もちろん人間にはいろんな
機能が備わってはいるんだけれども
結局その集団を維持するために
必要な心理っていうものは
結局強いリーダーに従うっていう
行為は絶対に必要なんだよね
なぜなら
強調しなければ
結果的にこの集団が壊滅するで
集団が壊滅したら自分も結局死ぬ
わけだから
集団の中で強いリーダーに
突き従うっていうことは
必要な心理的な作用だったと
だから外的に対抗するためには
迅速に意思決定できるリーダーが必要だし
それと同時にその迅速に
意思決定できるリーダーの下に
結束するっていうそういう心理的な
機能っていうものがないと
生き延びられないし
そうやって生き延びてきた連中が
子孫を残していったからこの回路っていうものが
ずっと維持されてきた
わけだっていうふうに考えると
今現代に生きてる僕らの
心理機能の中にも当然のことながら
外側からの脅威に対して
強いリーダーを求めるっていう反応は
当たり前のように残っているっていう
ふうに考えることができる
ここで考えてみるとじゃあヒトラーって
一体どうやって出てきたのかっていう
話になってくるんだけれども
これもね
ナチスの研究されてる
方で有名な方がいてですね
有名な方がいてっていう
もう死んでますけど
ヒトラーが対等できた理由って
二つあると言われています
一つが社会的な要因
環境的な要因と
個人的な要因の二つなんです
個人的な要因っていうのはわかりやすく言えば
結局
ヒトラーで言えば演説が爆裂に
うまいだとか結局人を
たらし込む力が
確かにあったであろうと
ただしかしそれだけでは結局
ナチは政権は取れなかった
はずなんだよねそこに
もう一個乗っかってくるのが環境的な要因で
これが一体何かって言ったら結局
ワイマール
体制の中でそれなりに
一応やれてはきたんだよね
振り返ると1919年の
ベルサイユ条約で
一時体制の責任を問われ
結局ものすごい額の
賠償金を請求されたドイツは
経済的にはほぼ完全に
破綻をしていたわけださらに言えば
植民地も全部取られて
ほぼほぼ
自分国の領土しかない
状況の中で
どうやってやっていくのか
っていうところだったんだけれども
一応一度民主化してワイマール
体制になった中で
アメリカから教育の融資を受けて
一応経済は立て直しの最中には
あったんだよね
自由を謳歌する人々も
ありワイマール共和制の中では
今でも残ってる映像が結構
1:18:01
都市部は
にぎやかにやれてたんだよね
ところが1929年
世界大恐慌が起きるわけだ
ここで結局経済的に
体制している先進国たちは
何をしたかっていうとブロック経済とか
植民地を経由することで
うまいこと経済を回していったんだけれども
ドイツは植民地全部ないから
さらに内陸国だし
結局うまいこと立ち回るが一切できない
そんな中でアメリカからの融資も
打ち切られるわけだよね
そうなってくるとどうなるかっていうと
経済が完全に破綻して
パンを買いに行こうにも
買えないもう札束持っていっても
買えないみたいな
薪を買うよりも紙幣を燃やした方が
安易に弾が取れるみたいなそんな
伝説がいっぱいありますけれども
そういうガチに完全に崩壊していって
そういった中で
じゃあどうするんだってなった時に
どうにか国民として
自国に誇りをもう一度
取り戻したいと
さらにこのどうにもできない状況
誰かになんとかしてほしいっていう
まさしく強いリーダーを求める環境
っていうものがこの当時のドイツにはあったんだよね
そしてそこに
まさにこの後進制の時代から
ずっと変わってない人間の真理っていうものが
完全にピッタリと合致してしまった
っていうのがナチが態度した理由の一つ
っていう風に言われている
二つ目に
行くけれどもここで同調と複重
っていうお話になりますけれど
一つは
なんだっけ
エクスペリメントの時に触れた
ミルグラムの実験ですね
愛秘マン実験とも呼ばれている
例のあれです
電撃流すぞ実験
電撃実験ですね
愛秘マンは結局
ドイツでホロコーストの実務を取りしきった男で
その後
裁判にかけられるわけだけれども
命令にしたかっただけだよ
っていうことを裁判では
主張したわけだよね
そもそも普通の人間って
どこまで権威に服従できるんだ
っていうのを実験で確かめたのが
このミルグラムの実験で
被験者が
何役って言えばいいの
電撃流す役と流される役
に分かれるんですよ
ちなみに
流される役は実はサクラなんですね
でもそれを
流す役の人は知らないんです
問題に
間違えるたびに電気ショックを
流していくんだけど
電圧が15ボルトから始まって
間違えるごとに15ボルトずつ上げていくみたいな
最大450ボルト
もちろん
実際に電撃は流れてないんだけど
被験者は全くそれを知らない
で別室からは
電気を流すたびに流された人の
悲鳴が聞こえるんですよ
やめてくれとか
心臓に持病があるとかいうことを言う人も
いたらしいんですけど
それでも結局
1:21:00
反応もちゃんと
いろいろ決められてて
300ボルト超えると何も聞こえなくなる
もう意識を失ってるんじゃないかみたいな
演出はあるんだけれど
ここにはもう一個仕掛けがあって
被験者要するに電気を流す側の人が
当然そんなことやってると
ためらい始めるんだけど
ためらったところに
薄意を着たなんかちょっと
偉そうな人が来て
指示を出す
実験を続けてくださいと
あなたには責任はありませんよ
という
選択肢はありませんし責任もありませんからみたいな
実験をひたすら続けてくださいみたいなこと言ってくる
結果的に被験者の65%が
最大電圧まで上げたっていう
結局
自分に上の人がいて
その人の判断でこれが行われているんだ
っていうふうな状況になると
人間はいかにそれが残酷な行為であろうとも
それを突き下がってしまう
っていう
そういう心理実験がありました
もう一個僕が
今回まだ触れてないというか
今までリルパレで触れてない実験で
これも僕は実験の動画を
見たことがあるんですけど
ASHの同調実験
っていうのがあって
これが
1951年のアメリカの心理学者
ソロモン・アッシュっていう人がやった
実験なんですけど内容が
被験者を
7から9人ぐらい10人ぐらいの
グループに入れるんです
ただ被験者以外は全員桜なんですね
このグループに対して
長さが明らかに異なる
3本の線を見せます
そこに基準線を見せて
この中でどれが基準線と同じ長さですか
みたいなそんな質問をする
パッと見て誰しもが簡単に分かる問題なんです
幼稚園児でも分かるぐらい
そんな問題を出す
答えは一目瞭然なんだけれど
桜全員が揃って
全く違う答えを言うんです
何が起きるかっていうと
初めのうちはえ?みたいな
リアクションするんだけれども
被験者の約75%が
その実験何問も出すんですけど
少なくとも1回は明らかに間違った答えに
同調するんです
絶対に違う
誰でも分かるような問題なのよ
全体の回答のうちの約3分の1が
目の前の事実に反して
多数派に合わせた回答になるっていう
というわけでね
だからまあ
何事もなかったよ
心のようにつなげようとしてるね
すいませんね
ちょっとね
SDカードがいっぱいになったんでね
2,3分
もうすでにお二人は聞いた話を
聞いてますから
ちょっと繰り返しになっちゃいますが
リスナーの皆さん大丈夫?
というわけで結局
明らかに目の前で
正しいものが何なのかが
分かっていたとしても
人間は周囲の
1:24:00
大多数が
正しいと言ってる方に
付き従ってしまうっていうそういう性質を
持ってるわけですよ
へえ
いやじゃかましいね
結局このミルグラムの
腹中実験そして
アッシュの同調実験っていうもの
これが複合的に見ていくと
結局その権威と
多数派に弱い
これはまさしく
ヒトラーが
えーとまあ
社会の中で
どうやって受け入れられてきたのか
っていうところを証明しているんじゃないのかな
っていう風に思うわけです
ここで俺
ヒトラーが政権
取った二つの要因話したんだっけ
環境因子と
個人はもっと前で喋ったんだっけ
もっと前もっと前もっと前 じゃあ大丈夫だね
じゃあそれを受けてですね
さらに最終的に
えーと
僕が言いたいのは
政選択と経質の保存の
話なんですけれども
散々ね
なんでね
僕らの脳みそだったり
真理っていうものが変わってきてないのか
っていうところのお話きたんだけれども
その核心としては
結局ダーウィンの
進化論があるわけですよね
あれは経質っていうものがどのようにして
変化し
そして分岐していくのか
っていうところの話になってるんだけれども
あれは要するに
キリンの首はなぜ長いのか
ゾウの鼻はなぜ長いのかみたいなお話になってくるんだが
あれはまあ
祈ったからそうなったわけではなくて
まあ
要するにそういう経質を持った
突然変異体が生まれたときに
そいつの方が生存に
適していたから
残ってきたと
環境によって選別がされて
そしてなおかつその生殖に
より有利なものっていうものが
残っていく形がそこにあるから
結果的にどんどん
経質っていうものが
一つの形へと進化していく
っていうふうな仕組みなんだけれども
だとしたら
人間ってもうこれ以上進化しなくねっていう
お話になってくるわけ
人間の配偶者選択って結局
多軸的で一つの基準で
相手を選ぶっていうふうな社会では
まずないわけですよね
そんなことできるわけがない
だからめちゃくちゃ
めっちゃ顔がいいとか
めっちゃ性格がいいとか
めっちゃ頭がいいとか
めっちゃ走るの早いわ
小学生だとして
めっちゃ社会的な地位があるとか
めっちゃユーモアがあって
いつも笑わせてくれるんだとか
好きな食べ物も
服も同じでさみたいな
いろんな軸があるからある意味では
結局その人間が持つ魅力っていうのは
個人によって
違うし当然どこに魅力を感じるかも違うから
人間って
ここから先はどう頑張っても
一つの形質になっていくってことはまずありえないんじゃないの
っていうふうに言える
だとすると人間の形質
っていうものが一定程度方向性を
1:27:01
持って選別されているのはいつなのか
ってなったら結局
遡れば後進性あたりに
戻ってきてしまう
そのときは一体何が必要だったのか
それは例えば外敵から襲われたときに
それに攻撃し返す攻撃性
あるいは権威主義的な
強いリーダーに
突きしたがっていくっていう
そういう協調
同調力みたいなところがあったかもしれない
っていうふうに考えていくと
ある種そこからはみ出たら
死んでしまうわけだから
そういう形質だけが残っていく
だとすると
今の我々人類の
なんていうのかな
持っている形質のうちの一つに
そういった心理的な形質っていうものも
まさにそのまま息づいてるんじゃないか
っていうふうに考えることもできなくはないよね
だとすると
ヒトラーに従う素質を持った人間っていうのは
どう頑張ったって今後も
主として永久に一定数は存在し続けるし
なんだったら
僕らも同じそういう人間のうちの一人
なはず
ドイツで
政権を取ったヒトラーっていうのは
結局何が得意なのかっていうと
選挙で選ばれてる
ここは本当に
特筆すべきところで
ヒトラーがこの映画の中でも
私を選んだのは国民だみたいなことを
言うんだけれどもまさにその通りで
僕らもあの時代にあの場所にいたら
おそらくはヒトラーを
支持している可能性が
なくはないんだよね
その辺を結局考えていかないといけない
この映画っていうのは
同じことが全然2015年
現在でも起こりうるよということを
主張しているし
それはある意味では今回僕が言ってきた
背景を考えると
当たり前のことなのかもしれないと
ここでやっぱり
考えておきたいのは歴史って結局反復しますよね
っていうお話でこれまでの戦争
っていうのもある意味では
やっぱり集団が対等していくと
当然のことならそこに摩擦が
生まれてそこで
武力の衝突があって
最終的にどこかしら落としどころを見つけていくと
つかの間の平和を味わったら
また戦いが起きる
そういった流れの中で僕らは
第2次大戦後の世界を生きているんだけれども
結局今僕らが享受している
なんとなく生きているこの毎日っていうのも
ある意味ではただの
余白の期間に過ぎないかもしれないし
僕らが持ってる形質っていうのはどう頑張ったって
この組織の中で
何かしら
何かに突き従っていくっていう
ピクミン的な要素をずっと持ってるから
僕らはピクミンでしかないんだよね
っていうことをちゃんと理解した上で
世の中を見ていかないといけないんじゃないのかと
そういうことをね
僕は言いたいんですね
つまりこの帰ってきた人らって
ポピュリズムを風刺するような
コメディの皮を被ってはいるんだけれども
ある意味では
人類そのものの使用書になってて
僕ら人類はずっと変わらず
変わらない形質で
今まで生きてきてるから
どんな場面においても
どんなに歴史から学んだっていう
気になっていても
結局それを超えた何かしらの動機によって
1:30:02
簡単に権威に
コロッと転がされてしまう可能性が
全然あるんだよ
っていうことをちゃんと理解しとかんと
いかんぜよと
これは今後も変わらないんだぞと
そこを
通列に描いてきてるんじゃないのかなっていう
だから人間が変わってないからこそ
ヒトラーが帰ってきたら
僕らも戻ってしまうっていう
その恐ろしさっていうものを描いてくれているんじゃないのかな
ということで
僕からの
プレゼンは終わりでございます
なるほどね
ちょっとね
たぶん立て続けにいったほうがいいかもしれない
はい立て続けにどうぞ
はいじゃあどうぞ
いいすか
なんとか説っていう
ところじゃないんですけど
今回僕はね
この多次元構造で読む
集団心理の問題っていうところを
やってきたんですよ
さっき
お二人も言ってもらったように
風刺だよねとか現代批判として面白いよね
っていうところを行きながら
その
彼の言葉とかっていうのが
スッと入ってくるような
瞬間であったりとか
共感しちゃうような瞬間
っていうところがちょこちょこたぶん挟まれてきてる
と思うんですよね
なので今回ちょっと僕が何をしたかったか
というのは
このヒトラーという人物に関して
人格としてではなくて
心理学的な構造として
彼を読み解いたら
この映画はどう見えるのかっていうところを
ちょっと見ていこうかなと思ってます
でさっきまこちゃんも
ちらっと言ってくれたように
ヒトラーを説明しようとするとよく出てくる言葉として
カリスマがあるとか洗脳だとか
あるいはその独裁者としての
この引っ張り方が非常に
長けているみたいなところを
言ってるんですけども
どれも間違ってないけれども
どれか一つで説明するようと
何か足りない部分がどうしても出てくる
実際にはこの複数の心理メカニズムが
同時に動いている状況
っていうのをうまく作ることが
無意識にできていた
あるいは意識してできていた
人だからこそ
あこまでの時代を
作ることができてたんじゃないかと
これをね今回ちょっと
現代にも関わるような
問題としてピックアップしたときに
4つ挙がってきます
この1つは単純化欲求
2つ目には
感情の
先取り
3つ目には我々と
彼らを分けるっていう心理
4つ目には
自分は騙されていないという
錯覚
というこの4つでちょっと
実際のヒトラーっていうところを
読み解いていこうかなと
歴史上のヒトラーから
言うとまず単純化欲求
っていうところでは
第一次世界大戦後のドイツは
特に先ほど
まほうちゃんが詳しく説明してくれたように
1:33:00
経済は不安定だし失業者は
多いし国として
ズダボロの状況になっている
こういう状況で人々は何を求めるか
分かりやすい説明
っていうものを求め始めるような
心理が働く
なんでこんなことになったのかとか誰が悪いのか
どうすればいいのかっていうところを
ヒトラーはこの問いに対して
極端にシンプルな答えを出した
原因は一つである
敵はあいつである
こうすれば全てが解決する
っていう非常にシンプルなところを
投げかけ続けた
これっていうのは心理学用語で言うと
不確実性
不耐性
不確実なものに
耐性がないよとか
あるいは認知的閉鎖欲求っていって
これという答えしか
今求められません
っていうような
いうふうに呼ぶ
だから人が曖昧なまま考え続ける
っていうことに対して
非常に人間って弱くできていて
多少乱暴でも
これって言われたほうが
人間気持ちいいっていう心理がある
あとはこの感情選考の話で言うと
ヒトラーの演説
っていうのは論理的に
正しいかどうかで評価していくと
映像とか
実際に残った文献とかを見てみると
かなり荒いらしいんですね
僕実際にちゃんと見たことはないんだけども
でも感情的には
この怒りのところでは
怒りをしっかり出す
屈辱を受けたぞっていうところでは
その表情だったり
とか
その感情をしっかり出す
我が誇りみたいなところの誇りだったり
とか鼓舞するようなところ
っていうところではその感情をうまく
引き出す
これを心理学では感情
ヒューリスティック
とか
人っていうのは論理的に考えた上で
感情が出てくるっていうことではなくて
まず
キモいか
気持ちいいかで分けた上で
そこに論理が
乗っかっていてほらやっぱり気持ち良かったね
ほらやっぱり気持ち悪かったね
っていうような
状態になっていく
だから実は自分が
判断しているという前に
理性的な判断よりも
先に感情論として
区別は処理が
終わっているっていうような
心理学の考え方があると
理性はブレーキじゃなくて
結局は結論の
理由付けとして使われるっていうのが
感情ヒューリスティックってやつ
あとはよく使うのが
我々バーサス彼ら
っていう言葉を多分
ヒトラーはよく使ってたらしいんですけども
ドイツ民族と裏切り者とか
敵とかっていうところ
この構図ができた瞬間
人は考えなくて良くなるんですね
我々という大集団
だから自分が
弱かろうと集団としての強さがあれば
それでいいと
いうところになると
もうその集団に属している
自分というものが強者になれる
1:36:01
から安心できる
だからこれを社会心理学では
社会的アンディティティー論と言われるんですけども
自分が所属する集団は正しい
外の集団は
見当不要で疑わしい
もしくは敵である可能性が
非常に高い
敵を作るっていうことは憎しみを作ることではなくて
あいつが
間違っているはずだから
我々は正しいはずなんだっていうような
思考を省略することになってくる
最後なんですけども
騙されないって
思ってる錯覚
ちょっとこの辺
歴史に全然明るくないから
わかんないけども
映画のほうでも語られていたように
初期の支持者たちの多くは
彼は過激だけども
利用できるとか
あるいはまだ暴走したら止めればいい
っていうような完全に
ヒトラーに倒水しているような
人たちっていうところは
まだそこまで多くはなかったらしいんですね
だから
それが
自分は騙されないっていう錯覚
っていうところに非常に似てるんですけども
これを心理学用語で
言うと第三者効果とか
バイアスモーテっていうように言われて
他人は
気づかないだろうけど
自分は大丈夫だと思うっていうような
心理学の
俺じゃなきゃ見逃しちゃうねってやつ
おそろしく早い
人をね
そうそうそうそう
あれが
恐ろしく早い人が
バイアスモーテンっていうやつ
映画の中で言うと
映画の中で出てくるヒトラーっていうのは
実は何も本質的には変わってなくて
変わったのが社会の環境
っていうところで
現代社会も不確実性になっていて
政治不審だったりとか
将来の不安だったりとか
誰をリーダーにしていいか分かんないとか
っていうところがインタビューでも
実際に
ドイツ民の声として出てくる
そこで断言する
原因はここだ問題はここだとか
内容がどうとかっていうよりかは
断言してくれる気持ちよさ
自体に安心する
っていうような構造になっていた
感情選考の
話で言うと
映画のヒトラーは
最初は面白い
ギャグでやってるジョークでやってる
笑ってしまう
なんでずっと今日いいこと言ってるんだ
っていうことが起こってしまって
笑いが起こる
しかもこの笑い
っていうのは見下した笑いからスタートしていく
から
非常に警戒を解きやすいんですね
だから
日本の芸人さんとか
見てるとよく分かると思うんですけれども
タレントのことは
何々さん
って呼ぶんだけども
芸人は呼び捨てにする
これなぜかっていうと
芸人同士の間で
突っ込み役と
ボケ役っていうのが決まっていて
突っ込まれる
とかボケるっていうことで
笑いを取るだから瞬間的に
その人を見下す構図になるっていうのが
1:39:02
実は日本の
笑いでもよくあるんですけれども
同じようにこの映画の中でも
1回は
ヒトラーのことを見下して笑う
だからそこで警戒が解かれて
面白い率直
キャラが立ってるみたいな形で評価を
し始めるだからその時点で
内容の精査というよりかは
こいつなんか面白い
興味の方でどんどん物語が
進んでいっちゃう
映画で
我々彼らっていうところも同じように
言ってて
政治に関して無能であるよねとか
エリートたちは何も分かってないから
みたいなことを
本人たちの口から
うまく引き出そうとしている
しかも結局
それを喋らせることで
本人たちは自覚せず
割と曖昧のことを
喋っているんだけれどもそれを
ヒトラーがあいづちという形で
そうなんだよあいつらの
エリート層っていう奴らが
この政治をダメにしているんだ
っていう曖昧から具体に
いきなり引き出すっていうのが
この会話の中でされていた
だから我々は普通の国民で
今政治の敵としているのは
分かってない側の彼ら
っていう大きな
抽象的な塊っていうところで
境界線を引くっていうところで
また同じような手法が
使われている
あとは観客側の
騙されない錯覚っていうところで
言うとこれは風知だな
とかあるいは
自分は理解してこれを
笑いとして見ているんだみたいなところが
あったんだけれども実はそこの
自覚こそが一番危なくって
この映画の中で
この
ヒトラー実験
でも言いましょうかねこの映画と
それの
実験対象であったりとか
被験者っていうのがヒトラーじゃなくて
観客自身になっているっていうところに
誰も気づけていない
その気づける
瞬間があったとしたら
一番最後の最後の
精神病等に入った
なんだっけ
ビゴツキじゃなくて
ザバツキ
愛着リュウ
愛着リュウ
の瞬間
見た瞬間にあやべ自分のことだったんだ
っていうそこで初めて気づく
今までこの映画のことと
ヒトラーの実際のことっていうところを
読み解いていって
これらの構造って
じゃあ昔やられていて
今がないかっていうと
実はものすごく今
ショートショートの
映画であったりとか
あるいはYouTubeのショートだったり
TikTokで全く同じような
手法っていうのがすごくあふれていて
1:42:00
ショート動画と
TikTokの動画っていうのが
非常に象徴的になっているんですけど
これ単純化欲求の
最たる例なんですよね
短いスパンで
強い言葉を連続的に投げかけることで
それがなぜ
そういう風に起こったかっていうことは
さておきとして
なんか言いまかした気持ちになれて
気持ちいいぞ
なんか面白いっていう気持ちになれて楽しいぞ
っていう浄土だけを振り回す
ようなシステムの
娯楽っていうのが
非常に今
盛んにされている
さらに同じようなこと
でいうと
その拡散を決め
炎上だろうと
良いほうの拡散だろうと
事実として
正しいかどうかっていうことが
拡散されるかどうかっていうのを
決めているわけではなくて
怒りとか恐怖とかあるいは
共感できるかどうかっていう
炎上が先に立った
投稿っていうのが結局は
バズるし伸びるっていうのが
今の現代社会で
実際に起こっていること
さらに属性で人を分ける
例えばその人種問題っていうところも
確かにあるし
あとはその
よくTikTokだったりとか
ショートで出てくるのって
何かをやらかした
人たちとか
を取り上げて
こいつらが報復されたみたいな
動画を見るときに
日本人はこうだよねとかあるいは
こういうことをする人たちじゃ
私たちはないよね
でもやつらはやるんだみたいな
完全な単純化の構造っていうのが
繰り返し出てくるような
手を返しない
こう出てくるし
それを見たときに
いや自分はこれを冷静に見ていて
定着とは
違うから
この動画を見ることで我々は
より賢くなれる
とかより
我々側に立てる
っていうような感覚を持てて
一番操作されやすい
状況になっている
だからこの映画を通して
いくことでこの今の
一番流行っているメディアである
インターネットメディアの動画メディア
っていうところが非常に操作的で
心理学的に
人らと同じような構造を
持ったものを人々が楽しみ始めている
っていうところが
実はあるんではないか
っていうところで
もし
この話を聞いて
やべえかもしれないなと思ったら
実はこの4段階のうちの
どこかでもしかしたら
あなたは引っかかっているかもしれない
というお話でございました
いやでも本当にその通りだと思いますよ
ショート動画の流星と
あと昨今の
1:45:01
選挙における
SNS戦略なんかもそうかなっていう気が
してますけどね
ある意味でだから
それらが結局
何よりも早くゲンベルスは
理解してやってしまっていたっていう
たぶんそこが
先進的で恐ろしかった部分なんじゃないのかな
っていう気がしますね
本当にゲンベルスが言ったのかどうかよく分からないけど
ゲンベルスが言ったとずっとされている
言葉に
嘘も何遍も言ったら本当になるみたいな
ああよく聞く音ですよね
よく聞きますけどどの文献に
どういう風に書かれているのか全く
誰も知らないっていう
そんなこと
言うわけないし 一人殺したらなんちゃらでみたいな
それはゲンベルスが言ったの?
ゲンベルスって
ドイツの言葉じゃなかったっけ
一人殺したら犯罪者だけど
100人殺したら英雄だみたいな
それはナポレオンについての言葉
ナポレオンか
まあ
とかくやっぱり
ナチがやってきたことっていうのは
イメージ戦略ですね
あと
それこそね
ヒトラーの演説
今YouTubeで気軽に見れますから
一度
本当に見てみて
検証してみたほうがいいんじゃないのかな
っていう気はしますね
僕なんか本当に
もうナチの
ドキュメンタリーを見る度に
やっぱり
もう一度見てみたいと思って
見るんですけど
全然見せられてるわけじゃないんですけどね
単純にやっぱり
上手いことは確かなんですよ
その盛り上げ方とか
なんたったらその前座で話してる
総統就任の
首相就任か首相就任演説とかも
見れますけど
前座で喋ってるゲッペルスですら上手いですから
煽り方とか
それはだから別に
何を語ってるかじゃないんだよね
正直ね
いかに大衆を
鼓舞したりだとか
敵を作って
敵を嘲笑って気持ちよくさせるか
っていうところが
本当に巧みで
やっぱりその当時の民衆たちが
本当に心の底からね
楽しい気持ちになってるのが
伝わってくるんですよ
そこって
すごく大事なところだと思っていて
本当に不況で
どうにもならない状況の中で
大衆が
仮にそれが虚構だったとしても
みんなが楽しい気持ちになって
一体感を感じられるんだとしたら
それはあの状況下の
ドイツにおいては非常に意味がある
時間に彼らは感じていたんじゃないのか
っていうこと
あとはやっぱり
ワイマール共和制の中で
社会の変化についていけなかった人たちが
やっぱり一定数いたはずなんだよね
都市部は一気に民主化していった
そして経済も
仮染めではあるけれども
一応流勢をして
一気に近代化が進んでいく中で
結局農村とかで暮らしている人たちの中には
保守的な生活を続けたかった人たちも
1:48:01
当然いたわけだ
女性の社会進出っていうものが
ぐわーっと湧き起こっていく中で
いや私は今まで通りの
生活がしたいんです家庭の中にいたいんです
って思っていた女性もいたわけで
そういうところにすっと
入り込んできたのがやっぱり
ナチスのヒトラーの言葉だったわけだよね
女は
家を守るそして男たちは
国を守るために死結をね
敵に向かって
一段階として戦っていくんだと
それがドイツ国民の
力の見せ方であるみたいなことを
結局バーンと言っていく中で
そこにグッと惹かれた人たちも出てくると
やっぱり寄り添う
っていう
それはある種利用するにもなるのかもしれないんだけれども
結局民衆たちが
根っこの方で抱えていた
なんかちょっと
私は社会に参加できているのだろうか
っていう
そういう
国の一員なんだけど
国の一員足りてないんじゃないのか
みたいなところを
上手に政治の方向に引き込んでいく
あなたもドイツ国民だし
あなたも必要なんだっていう風に
うまいこと取り入れていった
そしてやっぱり分かりやすい言葉で
時には嘘を本当にしながら
ですよ
やっていったと
未だにだってその嘘に騙されている人
いますからね
ナチの嘘に
ナチは
ナチもいいことしたって本当に信じている
人たちいますから
失業者数を減らした
みたいなことも言ってますけど
そもそもね
アウトバーン建設は
ワイマール共和制の時点で
もうすでにワイマール政権の中で
決まってたことですから
ナチが進めた事業じゃない
し何だったら
ヒトラーが演説の中でも引用する
失業者数の減少っていうのは
あれ結局ヒトラーが
女子供を
働かせるなんてありえないっていう
女性っていうのは家庭にいるべき
だからっていうことで結局
女性の失業者をカウントしてないんですよ
それは減るわっていう
分母が減ってんだからっていう
国民車フォルクスワーゲンも
結局積み立てた分のお金は
全部戦争に使われて結局
国民に車は届かなかったし
いろんなことをやりましたよって
言ってるけど結局ほぼほぼ実現してないし
実現できたのは
ワイマール政権下で
決まったことだけっていう
そういう状況っていうものが
結局あったにも関わらず
いまだに結局それらがさも美談化のように
語られ続けている
っていうのはある意味では
さっきねオウマが
言ってくれたような
人間が陥りやすい
真理っていうものをうまいこと
突き続けてきたからなんだろうなっていうのは
すごく思うし
ある種騙されてしまった人たちっていうのは
騙されたってことを認めたくない
わけですから
自分は大丈夫だって思い続けるっていうところも
当然あるわけですよね
なんかくもゆき怪しいぞって
1:51:01
思っているけれどもそれを認めること
っていうのは結局
自分が突きしたがったリーダーを認めない
つまり自分を認めないことになってしまうから
それはやっぱり許せないっていうところで
最後まで突きしたがるしかなかった
ところもあるのかもしれないと
諸々考えるとですねやっぱり
なじを考える
っていうのはやっぱり人間を考える
ってことにもなると思うから
蓋をして見ないふりをするっていうのは
やっぱり反省の形ではないぞと
いうふうにすごく思いますね
まさにこの前作
帰ってきたヒトラーの著者の
ティムールベルムシさんっていう人が
インタビューに答えてて
そのままヒトラーが
タブーしされ続けるだけ
さっき言ったように
その中で今まこさん言ったように
ヒトラーにはやっぱり人を引きつける力が
本当はちゃんとあったわけだから
ってそこはちゃんと描かなきゃダメでしょ
っていうのが入り口なんですって
書き始めた
そのカリスマ性が現れる人が
カリスマ性がある人が現れると
いけいけそろそろ
ってなっちゃうんですけど
そういうことを自分で疑う力
というか
ここはいいけどここは違うよね
みたいな見方を常に意識したいよね
ってことを書いてあって
この本の
解説文のとこに
ドイツの議論番組
テレビ番組の話が書いてあって
この帰ってきたヒトラーの
本が売れたことを受けて
その番組で扱って
どこまでヒトラーを笑うことが可能か
っていうテーマがあったんですって
その中でヒトラージェンを
実際にやってたコメディアンが出てきて
ヒトラージェンは
ずっとマスコミ関係者も
別に問題ないよって言ってくれてた
なのにある一人の有名な
社会評価が
ものすごいバッシングをしたんですって
批判してきた
すると
急に
世論がそっち側に傾いて
そうだよヒトラーなんてやっちゃダメだよ
ってなっちゃって
一番恐ろしかったのは
今まで何も言ってこなかった人が
さも昔から僕を問題視してたかのように
言い始めたっていう
これってさっきマコさんが言った
多数と権威に
そうですね
一人とが従って
それって前に
みんながユダヤ人許さないってなったのと
同じこと今やってないみたいなことを
この人は
実体験として感じたっていう話で
やっぱりあるんでしょうね
そういう
群衆心理
とか
まさにその
典型例だと思いますし
そんなことって結局
ここ日本でも
大なり小なりいっぱいありますからね
別にそんなこと
どうでもよくないみたいなことに
何かしらの
1:54:00
批判が上がると
そうだそうだになってしまうっていう
あのね
本当にこれは
思ってたことなんですけど
さっきドイツでは
ナチスとかヒトラーがダメって言ったじゃないですか
日本でもっと怖いなと思ってるのが
政治ワードそのものを避ける
ところがある
タカとかハトとか
右とか左とか
そうそう
帰ってきたヒトラーの作中で
クラスアルターっていうコメディ番組があるわけじゃないですか
あの番組自体は別に下品だし
別品を食ってない
コメディなわけじゃないですか
でもテレビで政治ネタをするってこと自体は
ドイツには浸透している
っていうのはなんかわかるじゃないですか
見てたら
それに比べて日本のバラエティ番組が
政治ネタどころか
政治ワードすら
身構える感じ
でちょっと触れただけで
それって言っていいの?みたいな
とかお笑いを政治に使うなみたいな
SNSで書かれたりとか
せっかく何も考えずに楽しんでたのに
っていうのを
例の年末の
座漫才でウーマンラッシュアワーがネタをすると
必ず出るじゃないですか
そうですね
賛否両論あって放送後何日か経っても
ずっと言われたじゃないですか
ただこの前
2025年末の座漫才
ウーマンラッシュは出てなくて
放送された後
結局誰も話題になってないんですよね
ほー
そんな
見た人が
何も覚えてない
翌日何が話題になったか
知ってますか?
わかんないっす
画面の端にスポンサーの朝日ビールのロゴが
出てたんですけど
他社の飲み物のCMをやっている
芸人の時だけそのロゴが消えたっていうことが
話題になったんですよ
しょうもない
なるほど
作り手は
ここに注目されるくらい中身つまんなかった
ってことに危機感を持った方がいいんですよ
あー
そうですね
で、もう見る側も
お笑い番組は面白いと思って見てないじゃん
っていう
確かに
これめちゃくちゃヤバいことだなって僕は思ってて
うんうん
いやーなんだろうな
それ結局どこに起因してるのかな
っていう風に思うと
うーん
まあ
戦後教育はある種あるのかなって
気はしますけどね
なんか
思想を持つということそのものが
近畿であるかのような形になって
しまっていて
それが結局
その延長線上に今の
我々の現状があるんじゃないのかな
って気はしますね
うん
1:57:00
それこそなんかあれですよ
あの
こやぶさんいるじゃないですか
はいはい
が政治について
語ると
思想が強い
っていう
定番のツッコミがありますよね
はい
そういうネタになっちゃう
そうそうそうそう
だから思想が強いということは
要するにボケって結局ずれのことですから
はい
思想が強いということは
国民性からのずれであるっていう
集団的な認知がないと成立しない
ボケとツッコミなんですよね
はい
っていう風に考えるとやっぱり我々の中で
思想を持つということそのものが
すでに近畿になってしまっている
だからそれは散々僕が今までドイツで
ヒトラーに蓋するのは良くない
って言ってきたけれども
ここ日本においては
思想そのものに
蓋をし続けてしまっている現状がある
っていうのはあるのかな
じゃあそれは一体どこから来ているのかって
天皇制の中で
天皇を中心とした
祭りごとっていうものを
教育の中でしてきた
それは良くなかったよねっていう形で
やっぱり蓋をしてきた結果の今なのかな
って気はしますね
そこはね
同じ構図なのかもしれない
そう考えると
戦後教育の
結果ですよね
そこでどうやって
向き合っていくのかって言ったらやっぱり
教育が変わるしかないんじゃないの
っていう話になるのかなって気がしますけどね
そうなのね
でも教育をどう変えていくかだよね
どんどん触れていけばいいじゃん
触れてはいいっていう
そうなんですよ
どう触れさせるかっていうのも
かなり難しいなぁ
と思うんだよね
だから結局教育者側に
が中立でいないといけない
っていうところが難しい人たちいっぱいいますからね
そうね
そこは難しい
逆に中立であるのが
難しいのであれば
役割分担で
させちゃえばいいのかもしれないけどね
そうね
右左に分かれる
そうそう
あなたは右派です
あなたは左派です
じゃあ右派というのは
こういう意見を持つ人々の役です
左というのは
こういう意見を持つ人たちの
集団です
じゃあそれぞれを
主張して議論をしてみましょう
とか
そしたら教師が
どういう思想を持ってたとしても
なんとかなるでしょう
というところがあるかもしれないね
勝敗を決めるわけではなく
そこでさっきの大間さんの
我々と彼らに分ける
っていう話になる
2:00:02
っていうところで
右の人が
左を敵視したりとか
ネット上ですごくするじゃないですか今
左から右もそうですし
僕はそうじゃないんだよ
と思ってて
なんだろう
みんな
国を良くしたいわけじゃないですか
その中で
右の意見も左の意見も
必要なんですよね
それを
敵視して
さっき大間さん言ったような
向こうの相手ら間違ってる
こっちが正しいんだっていうのが
強くなってバランスが
すごく悪くなるじゃないですか
相手も
自分がここにいる限り
相手は反対側に必要っていう
イメージを
みんなで共有
できないかなと思ってます
分かりますよ
分かりますし
なんかね
衆院選挙あったじゃないですか
本当に今それを言おうと思いました
その後ねX見るたびに僕はね
心が痛くなるんですよ
情けないなって
本当に
僕が情けないなって
思うことのいくつかは
政党の得票率がおかしいから
不正選挙があったんじゃないか
みたいなことを
言い始める人たち
そして
議席数が
伸びなかった政党
その理由はSNSのせいだ
っていう風に
たった一言で語ろうとする人たち
さらに
言うにことかいて
特定の政党の支持が
伸びなかったのは民衆が
愚かだからだと
一定数優秀な人たちが
力で
革新的なことをやっていかなきゃいけないんだ
みたいなことを言う人たち
虚しい
本当に虚しい
本当にわかります
出てくるので
やるせなくなるのが
今の
自民党になったこと
っていうのがいかに素晴らしいことだったのか
みたいな
プロパガンダのような
SNSの
ショート動画が出てきたりとか
あるいは
議席数を減らしただったりとか
大きく交代してしまった
政党に対して
自民党がいかに
うまく彼らを
批判をして出し抜いたのか
みたいな
こう言ってやったから
スカッとしたぜみたいな
しょうもないところをピックアップして
いる
っていうところが結局
結果だけを見て楽しんでいる
ところっていうのが
選挙のタービー化だよね
2:03:00
そうそうそうそう
どっちが勝つの
頑張れ勝ったみたいな
一番北西なんちゃら
二番なんちゃらかんちゃら
三連単はなんちゃらかんちゃら
全く同じ構図になっちゃってるし
どこが勝つかを
予想して
どうしてそうなったんでしょうね
大谷がどういうプレーをしているかよりも
大谷がホームランを打ちましたの方が
バズってしまうっていう
同じようなね
いかに素晴らしい
いいプレーをして
今回のゲームをどう盛り上げたかよりも
何本目の
ホームランになっちゃう
その試行を
していったりとか
日本での教育って
僕に議論だったり
とか
議論と
討論
授業であったりとか
練習っていうのは非常に少なすぎるな
っていうのをすごく思っていて
その後輩と
立ち集めて
これについて議論してみてみたいなことを
ちょっとさせると
絶対に討論になるんですよね
討論してみてって
言うと誰も喋んなくなるっていう
結局白黒をつけることしか
あるいは
お互いを尊重し合っている振りをして
何も喋らなくなるかのどっちかしかできない
いいとこを取って
アウフヘイベンを
することができないんですよ
出ましたね
アウフヘイベン
アウフヘイベン
昨今正しい意味で
アウフヘイベンってそもそも
自分も
違う相手も違う
だから相手の意見と
自分の意見を使って議論を
していく上で
全く新しい
未知の正しい
かろうもろをつくっていこう
っていうのがアウフヘイベンの概念なんですけど
これが日本人
とかく下手くそすぎるなっていうのを
自分がうまいかって言われたら
うまくもないんですけど
そんなことないよ
教育して
ありがとう
そうね
議論をするために
賛成派も反対派も
必要だし右も左も必要だし
高橋さないが
好きとか嫌いかでも関係なくって
なんかそう
与党と野党が
バランスよく存在しないと
塾議ができないんですよ
塾議ないまま法律ができちゃうんです
3分の2取っちゃうと
だから自民党が勝つのは
別にいいんですけど
勝ちすぎちゃったら
議論が起こらなくなる
っていう話
あって
内分に耐えられなくなっちゃう
っていうのが怖いなと思ってるんです
今回の自民党の
勢いに
2:06:00
ただ乗りして
当選はしたんだけれども
現政権に
協力する気は全くなくって
内部分裂あるいは
内部批判みたいなのを繰り返す人たち
っていうのは多分これから出てくると思うんですけど
高橋さんの
一枚岩じゃないからね
そう
だからそこになった時に
自民党内で意見が統一されなかったら
いくら高橋さんが
素晴らしいことを
やろうとしてたとしても
通らないし
逆に高橋さんが
お前らの
自民党内の派閥の意見っていうのは
っていうところを抑えきれなくなる
ってすると
あんまり今回の対象って
喜ばしいものでもないんじゃないかな
って
なるほどね
僕は自民党に入れてないんですけど
自民党の対象については
特に何も思ってないです
そうなんだ
これも民意の在り方だから
だから
今この局面においては
自民党が議席を増やしたということには
意味が当然あるし
それはだから変な話なんていうのかな
それが国民の民意なんだから
仕方がないじゃないかっていう
仕方がないというか
そうでしかないわけで
だったらやっぱり自民党はやるべきことは
それに応えることだろうし
当然それがうまく立ち行かなかったら
次は議席が減るだろうし
っていうだけの話だと思う
僕は一番許せないのは
許せないのは
自民党の対象が予想されるから
バランスを取って
他のところに入れたっていう人たちが
一番信じられない僕は
わけのわからないことをすなって思う
お前の意見に
一番近いところに入れろよと
それで結果的に民意が反映されるんだろうと
余計だなんか
我朝廷者なるみたいなわけのわからないことをすなと
俺じゃなきゃ
見逃しちゃうねって
そういうのいらない
っていうふうには思いますけど
だからそう
ヒトラーが言ってるのと同じなんですよ
国民が選んだから答えは出たことで
それを今僕らは
自民党が公約で言ってたことを
やってるかってことと
言ってなかったことをやってないかってことを
見守るってこと
見続けるってことで
見た上で結局次の選挙に向かって
行くわけだし
ある種非常に今回の
選挙
面白かったのは
議席を減らさなかったところは
一体どこなのか
国民民主なんかは
減らなかったわけですよね
ある種は現状維持
普通に考えたらあんまり嬉しい
結果ではないかもしれないけど
今回の情勢においては十分な成果だったと
言えるんじゃないのかっていうふうに
玉木代表も言ってましたが
彼らは結局
対決より解決みたいな
スローガンでやってきて
ある意味ではそれがひょっとすると
響いた人たちがいるかもしれない
2:09:00
もう一個面白かったのはチーム未来だよね
チーム未来も面白いのは
右左ではなく未来っていう
面白いスローガンを出していて
これもある意味では
対決をしないっていう
スローガンなんだよね
っていうふうに考えると
そういうふうなアプローチをした
人たちがこの自民党の高市
先鋒に耐え抜いた
あるいはその中で伸びたっていうふうな
結果を見るとまた少し選挙の
情勢っていうのも変わってきてるなっていう
ふうなのはすごく感じたので
今後どういうふうに各政党が
選挙に乗り出していくのか
本当は選挙じゃなくて単純に日頃の
活動の中で
民衆の心を掴んで
欲しいんだけれどもこれから先は
おそらくそこら辺の選挙の
戦い方っていうのがまたその辺で
変わってくるんじゃないのかなっていうふうには
ちょっと思いましたね
話しましたね
結構今回は
熱かったね 熱かったね
激熱でしたね
最後に今回の
テーマ
歴史はコメディに
落とし込めるのか
これは多分ピードさんが
言ってくれたところなんですけど
つまり歴史って笑っていいのか
っていう話なんですけど
どうですか
ピード 僕は
ドイツに行った時に
ドイツのテレビ番組も日本みたいに
くだらないのすごいありますよ
ただその中で
教えてもらったコメディで
メルイケルとプーチンの
その当時のやりとりを知らないと笑えないジョークとか
あったんですよ
そういうすごい根底の
知識を要求するような
僕前からスタンドアップコメディ好きって言ってますけど
それこそドイツは
ナチスの反省を受けて
権力を信用しない
っていう前提があるらしい
そういう政治家を
笑いのネタにできるっていうのは
民主主義が育っているっていうことだと
イコールにされる
だからその笑い者にできない権力者が
現れたらそれ自体が危険っていう
危険信号が見えるらしいんですよね
って考えたら僕は
政治家に限らず身の回りの
立場が上の人を
笑っていけばいいんじゃないかって思ったんです
だから
自分の働く会社の
上司とか社長を
笑ってやろうっていう
でもどうしても日本社会で
そういうのを避けがちというか
そこが深刻になりがちなところで
特に
人を傷つける笑いは良くないとか
言うなっちゃうじゃないですか
誰も傷つかない笑いを良しとするんですけど
さっき大村さんがちらっと触れたような
見下す笑いみたいなことを
最近嫌われがちなんですけど
上のパンチは
2:12:02
否定しないでほしいなって思う
なるほど
それが風刺として
ユーモアとして生きていける
っていうところは
多分貴重ですよね
確かに確かに
僕の今の会社の
社員は社長のことを
すごく笑っている
それを
社長はどう捉えて
会社という船を
どう漕ぐかっていう
そうそうそうそう
当然尊敬もあり
笑い
こういうとこはくすぐっていいみたいな
両方ちゃんと持っているっていう感じですね
それが一番
良い関係性なのかなって思う
大間どうですか
僕はね
プロセスを笑うのは
あり
切り取りを笑うのは
価値がない
なるほど
だから歴史を見ていったときに
豊臣秀吉が
大工って死にました
だせえ
っていう笑いにはあまり価値がなくて
家康じゃなかった
大工って死んだの
ごめんねちょっと歴史に本当に
太いもので
そういうような
例えばナポレオンがどうのこうのとか
坂本龍馬は結構
名古屋島でお寝床していたとか
そこを切り取って笑っても
しゃあないわけで
こういうプロセスでこうなった結果
完全に失策になるんだよね
っていうそのプロセスを理解した上での
比喩した意味というよりかは
教訓としての笑いは全然ありなのかな
と思うんだけれども
そこを切り取って
茶化すだけにするんだったら
別に歴史を笑いものにはならないかな
っていう気はしてます
いいこと言うね
だろ
なるほどね
いいこと言っちゃうんだ
まあでもやっぱり
それもさ
なんだろうね
SNSで
過激なことばかりがバズるのと同じでさ
意外なことしかバズらないからさ
だからこう
意外な事実みたいな感じで
切り取った情報ばかりが
バズってしまうんでね
そういうものばかりに人間は興味を持ってしまうから
だから僕はすごく思うのは
批判的にものが考えられる
国民というか
人間でありたいなと
日本社会において批判という言葉がね
2:15:00
相手を否定するというか
マイナス評価をするという意味合いで
ばかり使われてしまっていて
多角的に観察をし
そのものの価値評価っていうものを
改めて見つめ返して
本質的な理解をするみたいな
批判的な思考っていう
そういうクリティカルみたいな
意味合いでの批判が
なんかちょっと欠けてるよね
っていう気はするんだよね
もっとだからこう
物事を本質も含めて見ていかないといけないな
という風に思うので
歴史がコメディに落とし込めるのか
って言ったら
そうですね
その歴史を通じて
自分を笑う覚悟があるやつだけは
笑えばいいんじゃないかなと
石を投げることができるやつだけ
私を笑えと
石を投げることができるやつだけ
私を笑える
石を投げること
ことができるやつだけ
私を
罪を犯したことがない人だけが
石を投げる
全然なんか
言葉がいっぱい入れ替わってきて
もう訳が分からなかった
要するに
歴史を笑う
歴史って結局現代に通じているわけで
また歴史の中に出てくる人間っていうのも
やっぱり人間という意味では
自分も同じなんだよね
おそらくだから環境が整えば
自分自身もそこにいてそうなる可能性はあるわけだから
歴史を笑うっていうのはすなわち
人間を笑うことで
人間を笑うことっていうのはすなわち
自分自身も笑うことになるんだなと
そこをやっぱりちゃんと理解した上で
笑いたいなっていう気がありますね
だからまさに今回の映画が
それをしてくれたなという風に思うんですよ
歴史でもって
笑わせた上で
その笑っている対象は
自分でもあるんだぞっていうことが
今回提示されたっていうのは
ものすごく意味があることだなという風に
思いましたんで
すごくいい
経験になったなと
思うんですね
ピーノさんも
上を笑っていく
パンチをしつつ
いずれ自分が上に行ったら
下からパンチが飛んでくるっていうことを
確保してるわけじゃないですか
そういうことなんですよ
笑いっていうものの力を
やっぱりずっと僕らは持っていたいけど
その笑いはいずれ
自分にも向いてくるんだっていうことも
ちゃんと理解しておくことで
多分それこそちゃんと
歴史を学ぶことにも繋がるのかな
っていう気もするんでね
すごく面白い
映画でした
だからすごいですよ
前リングに出たときにここで
僕結婚指輪を
なくしたって話したじゃないですか
はいはいはい
結婚指輪を探すために朝晩
結婚指輪を落としたらしい
落ち葉のところに
探しに行くんですよ
毎日朝早く起きて出て
2:18:01
夜もうちの4歳の息子ジュリエムが
寝る頃に
探しに行ってくるわみたいな感じで
何日か行って
ローテナートで喋ってますけど
見つけるんですよあるとき
その翌日に
見つかったよって言って
よかったねってなった後
じゃあ僕は
お父さん今から仕事行くねって言ったら
指輪探しに行くの?って
ジュリエムが言って
いじってくるんですよね
こいつやるなって思って
下から上からパンチはありますよ
もうすでに受けていた
じゃあ締めますかね
そうですね
オウムは言い残したことある?
そうね
なんか
冒頭の方でもちょっと出てきちゃったんだけど
この映画見て
一番面白かったのが
相当はお怒りですわ
一回見てからこの映画見ると
見方変わります
いや俺見てねーんだよ
見てよ
そうなんですね
見てねーんだよあれ
さっきからずっとヒトラーモノちょくちょく
見てるって言ってるのに
あれは見てないっすよ
どっちかって言えばドキュメンタリー
引かれちゃうから
そうなんすよ
ドキュメンタリーに引かれるんだったらニコ動のやつだけ
見ればいいよ
あれもね
スルーしてたんだよな
ニコニコ動
なかなかいいよ
見てみますよ
じゃあ僕も
もう一回CMの前やってもいいですか
あるんすか
ください
ヒトラーが
ネットでドイツの現状を調べるシーンがあるじゃないですか
はいはい
前作本の方は
ドイツのことはだいたいわかったと
ここから他国の状況を徹底的に
調べようと決意したが
急ぎの仕事が入った
軍事上の問題を解決してほしいという依頼で
私は急いで決断し
それから3時間半ほど
地雷撤去に勤しんだ
ほう
マインスイーパー
楽しんでるな
楽しんでるな
ヒトラーエンジョイしてるね
3時間半
やってんすよ
やるよ
2:21:01
初めてのマインスイーパーは
いくよそのぐらい
ちなみに僕も
大学時代マインスイーパーめっちゃやってて
上級99個のやつ
クリアまで100秒切ります
すご
あれでもさ
右左クリック同時押しの裏技
知らなかったからさ
何それ
右左同時クリック
あれ知らなかったから
すごい時間かかってたんだけど
中学入った時に
友達に教えてもらって
あそこで世界が変わったね
同時クリックってどういうこと
旗つけるじゃん
地雷確定のところ
その地雷確定のところの
数字で
両方の
マウスの右と左を同時にクリックすると
その旗以外のところ
全部開けられるんですよ
それで一気に速くなる
それ世界変わるね
ちょっとやりたくなってきたでしょ
3時間ぐらいやっちゃうんじゃない
やめてよこれから俺仕事やんなきゃいけないんだから
いいですねそういうネタも入ってるんですね
そうなんです結構面白いですね
原作の方が
このネタが結構多い
読みたくなってきたわ
あとまこさん
あれ
ストレンジャーシンクス見たんですよね
全部見ました
大間さんは見ました
第1話見ました
ビルバイアスの失踪ね
エピソード版
この前最終回が公開されて
絶賛された後に
海外のドラマ好きの中で
再評価されたドラマがあるんですけど知ってます?
ドラマですか?
ストレンジャーシンクスが終わって
大団円っていうのをみんな見終わった後で
いやストレンジャーシンクス良かったけど
これもいいよねってなったのが
ネットフリックスのダークって言うんですよ
ダーク?
ドイツのドラマなんですけど
なんか失踪の話?
そう男の子の失踪から
物語が始まるから
ストレンジャーシンクスと被るところがあって
これもいいよねって評価が上がってて
これがドイツ人が好きそうなややこしい話なんですよ
これもシーズン3で完結してます
このダークに
帰ってきたヒトラーで
ヒトラーを演じた俳優
オリバーマスウッチっていう人が出てます
しかもこのキャラクターは
タイムリープします
2:24:02
もう見るしかないですね
見るしかないですねそれは
見るかぁ
見ますね
これは見ますね
ほんと面白いです
これ
僕見ようと思って見てないやつでした
あそうですか
良かった良かった
ちょうどいいです
僕これ
ケーブルテレビで見てたんですよね
そうなんすか
まだ3シーズンまでしか見てないんですか
3シーズンの終わりですよ
続きやってて
109シーズン目かな
109?
よくローテナントラジオに聞いてくれてます
転生してきた
三柱さんかな
楽しい嬉しい
ダメですよそんな
ローテナントラジオが勘違いされないですから
ダメですよそんな勝手に
他の番組の小ネタを引っ張ってきたら
謝罪あんたに謝罪
おうま謝罪してください
いやぁすいません
謝罪ね謝罪のコーナー
いやぁ
じゃあちょっと見させていただきますこれは
いずれはちょっとね
多分どっかで増えるかもしれないんで
じゃあ来週の
まこちゃんクイズはどうしますか
まこちゃんクイズ
ないです
ないですか
ないです
これってワイズですかともやりませんから
やりません
じゃあなんかもうね
せっかくなんでちょっと
ローテナントの宣伝ぐらいして
終わりますか
ありがとうございます
ローテナントラジオというポッドキャストをやっております
人があまり思いつかないような
話をたくさんしてます
ヒトラーがドンキホーテなんじゃないか
みたいな話をしてます
今回はヒトラーが偽物だと思ったら
本物だったみたいな話じゃないですか
逆に
もし人々が本物だと
信じているものが偽物だったら
っていう話をした回もあります
ローテナントの217回で
そういう話もしてたりします
ぜひ聞いてみてください
リルパルが好きな人はローテナントも多分
面白いと思ってくれるはずです
まずは2個絶対に聞いてください
ということでぜひ
このまま検索して
一気に聞いていただければな
というふうに思います
じゃあ
ということで
今回は映画
帰ってきたヒトラー
歴史はコメディに落とし込めるのか
でお送りいたしました
またゲストとして
ローテナントラジオより
2:27:00
ムサノピーノさんをお迎えしての回となりました
番組では投稿フォームを通じて寄せられた
感想やリクエストを実際に
番組のテーマや構成に反映しながら
制作しております
面白かったここは引っかかったなと
短い言葉でも結構です
ぜひ皆さま声を届けてください
あわせて
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ありますのでぜひあなたの声を
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