The Real Friends! The Real Friends! Sit back,relax and come enjoy! The Real Friends!
Reel Friends in TOKYOにようこそ!
この番組は、話題の新作、黄年の名作、謎を聞き削からぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理・宗教・歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。
お相手は、パーソナリティのマコと
この間サウナでスカシップした奴、反省してください。
オーマです。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
何の話やねん。
僕、スーパー戦闘が好きでさ、定期的によく行くんですけど、家の近くのサウナに行ったわけよ。
おそらく誰かスカシップしたんやろ。
それがさ、ちょっと狭めのサウナなの。大トロ流のね。
大トロ流なんていうのが今時、風が出るわけ?
風が出るっていうか、そのサウナは水をわーってやって、蒸気でバーって感じのやつ。
それをやってくれるところで、ちょうどスカシッペのタイミングと大トロ流のタイミングが重なって、
大トロ流のこの熱気の波に、わーってなってスカシッペの湯がバーって充満して、
オートホーヒーが充満してね、すげー人数出てきて、わーっつってきて。
きついっすね。
最低だったよ。泣いちゃって、それで帰ったよね。
裸でいる場所で泣いちゃったとか、やめてほしいんですけど。
えぇ!?
でもまあ確かにね、施設によっては狭いもんね、サウナのあれは。
まあ広くても締め切ってますからね。
そうなんですよ。締め切ってるし、空気がある程度循環してるじゃないですか。
そうそうね。
すぐこう、わーんってなるじゃん。
いやでもさ、スカシッペしたやつって言ってるけど、別にスカシでなかったらセーフかって言ったらそんなこともないのよ。
オープンででもやらない。
そもそもヘオするなって話ね。
そう、例えこっちはさ、サウナ入るときにさ、おじさんASMRを我慢しながら入ってるわけよ。
あーってやつでしょ。
あいつらなんか必ずSに入るんだよね。
よし!みたいなさ。
謎だよね。出ちゃうんですよあれは。
出ちゃうんですよ、Sなんですよ完全に。
もうゲームのさ、剣振った時と同じくらいのS。
ちょっとあんまりあれですね、体験したくなるようなあれではないですね。
でもサウナ行ったら必ずASMRあるし、スカシッペは酷かったな。
いやダメですね。
でもさ、サウナ自体俺もうあんまり行かなくなりましたね。
あ、そうなんだ。
なんでこんな辛い思いをしなきゃいけないんだろうっていう。
はっきり言って体にも悪いからね。
シンプルにさ、なんでこんな自然界に存在しないような温度のところに入らなきゃいけないんだろうみたいな。
そういう気持ちになってしまって。
これから先ものすごい熱い惑星に遊びに行くわけでもねえのに、一体何をしてるんだろうなって気持ちになってしまってちょっとダメですね。
単純に汗かくのが気持ちよくてさ。
運動してたもんね。幼少期から。それはあるかもしれないと思いますけど。
でもだよ、でもだよ。だったら夏にさ、腹っ端で寝転がって汗かいた方がいいんですよ俺は。
俺ちょっとお肌弱いからさ、すぐさ赤くなっちゃうのよ。
あとはね、もう一個あって、僕もともと匂いに弱いんですよ。
これも本当に何度もこすってきた話なんですけど。
幼少期にですね、親父の仕事の関係でタイに毎年行って1ヶ月ぐらい滞在してた時期があるんですけど。
いかんせん、やっぱり暑いんですよ。腐臭がすごいんですね。
今でこそもうね、バンコクあたりなんかものすごく開けてきたと思うんですけど。
やっぱり観光ってさ、アユタエ遺跡とかね、そういう結構離れたところに行ったりとかしたんですけども。
世界遺産アユタエ遺跡に行った時もですね、ちょっとね、腐臭がすごくてですね、物が腐ってしまってる匂いとか。
あとはですね、近くに象に乗れるエリアがあって、象に乗ったんですよ僕も、象に。
やっぱりいかんせんですね、あの巨大な生物はですね、めちゃくちゃうんこするんですね。
モリモリモリモリって。それでたくさん人が訪れる場所ですから、象がものすごいいっぱいいるわけ。
動物園の日じゃないわけですよ。10匹以上ずらーってアジア象が並んでて、そいつらがですね、モリモリモリモリってするわけですよ。
もうだからね、ただでさえそもそも果物とか、あるいは車に轢かれちゃった野生動物とかの死骸の腐敗した匂いとかが充満している中、
象さんのうんこの匂いも混ざってですね、もう僕は車降りた瞬間気持ち悪くなってしまって、そのコンディションのままアユタエ遺跡を歩くわけですよ。
それを吐くわな。
世界遺産にゲロかけて帰ってきましたっていう。子供だから許されたかもしれないけど、今やったらとんでもないよなっていうふうに今でもすごい反省してるんですけど。
いやもう粛清だよ。
本当に辛かったんですよ。多分当時の時点で僕もそれなりに色々関心が強いタイプだったから、その腐敗してる遺跡の感じとか見て多分いっぱい感動できたはずなのに、
もう全然集中できなくてっていうのがあって。とにかく嗅覚がすっごい強いんですよ。だからね、サウナも本当に管理機届いてるところならあるいはって思うんですけど、
入った瞬間に複数人の汗の匂いが入り混じってるじゃないですか。それは俺、ダイレクトに感じてしまうんですよね。
あー。
だからもうね、その時点でダメになっちゃって。きついんですよね、本当に。
まあしかもスカシッペがあったりしたら大変なことになりますよ。
まあまあそうですね。今日一体この話からですね、一体どうやって僕が今までの人生で最も敬愛しているアーティストの話につなげていいか全くわからないんですけどね。
まあでもおじさんがさ、ASMRでさ、こう、アーッとかさ、アーッとか言うようにさ。
キュッとかね。
ASMRでキュッキュッとかね。
もういいよ。一緒にしないでくれる。おじさんのASMRと彼の体の中から湧き起こってくるこのテンプのリズムを。一緒にしないで欲しいな。ちょっとな。本当にやめて欲しいわ。
というわけでですね、僕の愛するあの人がですね、ちょっと怪我される前に本日のエピソードに進んでいきたいと思います。というわけで本日も参りましょう。
ということでね、本日のテーマは映画マイケル。以上です。
新しいの来たね。
あのね、もう本当にね、マイケルに関して、どうこう、これがああでこうでなんてね、言える立場にない。ということで、今回ですね、マイケル私見てきましたということで、驚きですよね。
リールフレンズイントーキョーは最新作についても取り扱うんだっていう番組だったっけって、今ちょっともうリスナーびっくりしてると思うんですけど。
あともう一つ謝んなきゃいけないのが、先週じゃあジャイアントピーチやりますって言って、やってんのマイケルだからね。ジャイアントピーチちゃうの?予習してきてたのに。
そうですよね、本当に経験のあるリスナーの皆様には本当に申し訳ないんですけれども、とりあえずジャイアントピーチの記憶はどっかその辺にしまっておいて、早速スマホを取り出してマイケルのチケットを予約していただいて、お休みの日に見に行くとか、お仕事などレイドショーで見に行かれるっていうふうに切り替えていただきたいなと思います。
そんなわけでですね、マイケル見てきました。
どうでした?
本当にここのところですね、私Xの方でお気持ちをいろいろと投稿してきたんですけれども、
今日はそのあたりのですね、私が抱えているこの複雑な思いみたいなものを、なるべくここで言語化して吐き出しておきたいなというふうに思っております。
どのくらいの尺になるかは全くわからないですし、正直何にもまとめていないので、この思いをどこからどうやって手をつけていいかわかりませんから、オーマーはそもそも見てないので。
僕の方でいろいろ言いますけど、その上でオーマーから聞きたいことがあったら是非口挟んでもらおうかなというふうに思っております。
今日もタンデの話をしたいね。
はい、ということで。
じゃあどうします?2分間チャレンジは。
一応するか。
してみる?
はい。
じゃあいきますよ。
いきますよ。
用意、ドン。
はい、ということでですね。映画マイケル見てきました。
マイケルと言われたらもうこの人っていうぐらいですね。
世界的に有名なキング・オブ・ポップという愛称で呼ばれている、マイケル・ジャクソンを扱った電気映画となっております。
本作はですね、なんとマイケルを演じるのがマイケル・ジャクソンの兄、ジャーメイン・ジャクソンの息子、ジャファー・ジャクソンということで、
彼がですね、マイケルのバッドツアーまでですね。
ジャクソン5としてデビューしてから、ソロとしてバッドツアーを展開するまでを描いた作品になっております。
したがってですね、マイケル・ジャクソンの繁盛ですね、いわば、を描いた作品となっているんですけれども、
鋭意ですね、続編を制作します的な雰囲気が今漂っているので、
今後ですね、マイケルの後半生について扱うことがおそらくは予期されているというふうな状況ですね。
描かれるのはですね、ジャクソン5としてデビューするまでにマイケルが幼少期どのように生活してきたのか、
そしてデビュー後ですね、父との角質もある中ですね、ジャクソン5としての活動も展開しつつ、
彼自身は自らのコンプレックスと対峙しながらですね、
ソロとして自分が本当に表現したいものを追求していくために、
様々な人の力を借りながらですね、最終的にはソロとして独立をしていくといった、
そういった右を曲折を一応描いた作品にはなっているのですが、
ほぼほぼ常にですね、マイケルの楽曲がひたすら流れ続けているような映画ですので、
マイケルファンの方はですね、映画館の音響でマイケルジャクソンの曲が聞きたい、
もうただそれだけの思いだけでも全然オッケーなので、映画館に足を運んでください。
もうね、最高のプロモーションビデオと言ってもいいかもしれない。
『This Is It』を超えましたか?
『This Is It』はドキュメンタリーですからね。
いやでもね、『This Is It』も俺はいろいろ思うところがあるんですよ。
そうなの?
あれはね、マイケルがいかに死に追いやられたかを追っかけているようなドキュメンタリーですからね。
まあまあそっか。
もともと10公演しかやる予定ではなかったマイケルがですね、プロモーターからの無許可の延長によって、10公演の拍手が50公演に増やされてですね。
あ、そんなだったの?
そうですよ。もともと50公演なんていうこと言ってないですからね、マイケルは。
最後のカーテンコールとして10公演やるって言って、それがいつの間にか50公演になってるという。
要はね、爆速で売れすぎたんですよね。これはすげえ金になるぞっていうふうに多分思ったんでしょうね、連中は。
で、マイケルの許可も待たずにですね、追加40公演ですよ。
すげえな。
あり得ないプレッシャーですよ。
追加ってレベルじゃないよね。
そう、あり得ないプレッシャーですよ、マイケルからしたら。それでさ、失敗は絶対できないわけですよね。
当人の財政的なところもあって、それがもしもこけた場合にはまたね、不採を抱えることになるかもしれない。
でも彼本当にファンのことは本当に愛してくれた人なので、ファンを幻滅させるなんていうことは彼の選択肢には絶対にないんですよ。
完璧な公演を50回絶対にやるつもりで彼はいたはずなんですよね。だからもう決まっちゃった以上は。
やっぱりでもそのプレッシャーにですね、晩年の彼が耐えきれるはずもきっとなかったんでしょうよ。
なんせね、全然実のないですね、終文が流れた結果ですね、彼自身やっぱり薬に頼らざるを得ない部分もあって。
そういった中でやっぱりこう、鎮痛剤の過剰摂取によって死に至るわけですよ。
そんでね、直接的なというか間接的なというかなんて言っていいかわからないですけど、原因作った側はですね、やっぱり資金回収のためにその経緯をドキュメンタリーにまとめたのがThis Is Itみたいなところですから。
見るときはですね、マイケルの最後の姿を本当にファンとしてはもうあれを見る以外に手段はないわけですから、やっぱり見たいし見るんですよ。
やっぱり彼が本当に得意な存在だったんだなっていうことをそれを見てすごく感動するんですけど、でもその公演のドキュメンタリーを見ることっていうのはなんかちょっとすごく複雑な気持ちになるわけですね。
これを見たお金は誰の懐に入るんだろうっていう。
確かにね。
なんかちょっと嫌ですよねっていうのもちょっとあったりして、ただやっぱり本当にマイケルの最後の優勝を見れるのはあれなんですが、あとはムーンウォーカーですかね、マイケルの映画といえば。
ムーンウォーカー俺見たことないんだよね。
マジっすか。ムーンウォーカーは必見ですよ。あれはですね、ミュージックビデオの寄せ集めです。
あ、そうなんだ。
言ってしまえばね。一応メインストーリーはちゃんとあるんですよ。ただ例えば大間が大好きであろうスムースクリミナルのプロモーションビデオあるじゃないですか、白いジャケットの。
大好き。
あれムーンウォーカーの一部です。
えっ?
あれムーンウォーカーの一部です。ムーンウォーカーっていうのの一部。
本当に言えたの?
いないけど。
えっ?兄は出てこないの?
出てこないです。兄は出てこなかったと思う、さすがに。
誰を心配してんだよ。
ストーリーの中で急に、急にというか、ミュージックビデオに繋がっていくっていう。
そういう感じ。あのミュージックビデオのオープニングなんかよくわかんないけど、路上からマイケルが出てきてさ、ドア開けてビューって風吹いてキラキラキラーってなって。
それは兵の向こうから子供たちが見てるじゃん。あの子供たちは主人公だから、ムーンウォーカーの。
えっ?
ある意味ね。あの子たちも主役なんです、マイケル含め。あれはムーンウォーカーです。ムーンウォーカーの一節なんです。
そうなんだ。スムースクリミナルはさ、ドブ川のほとりでiPodでマコジャンに見せられて以来、それで熱くダンスについて語ってもらった覚えがあるんだけど、それ以来ちょこちょこ見るよね。
いやあれはね、よく出来すぎてるんだよ本当に。本当によく出来すぎてて、マイケルのスタイルが本当に完成している感じがありますよね。
バッドもかっこいいんですけど、やっぱり象徴的な白いジャケットにちょっと垂らしたジリカールの髪の毛、前髪とか。そして程よく力の抜けたダンス。でやっぱりもう本当に目を見張るゼログラビティですよね。
はいはいはい。前ツンのメリティですね。
あとはムーンウォークもさりげなくしてますしね。
確かに。
基本といえばシグネチャームーブがあるわけじゃないですか。ムーンウォークだったりサイドグライドだったり、ゼログラビティだったり、特に奇抜な動きにこそ目が行くんだけれども、やっぱり彼の動きの極みはスピンにあるんだろうなという。
あれはね、ありえないスピンです。本当にYouTubeでマイケルのスピンだけを集めたみたいな。
そんなのあるんだ。
あるんですよ。動画があるんですけど、もう本当に軸のブレなさと回転数と、本当にやっぱり動とせいですよね。しかもねやっぱりね、回り始めは本当に全然動いてないような状況からいきなりトップスピードまで一気に加速していく。
そこからビタ止まりしてのつま先立ち。
ちなみにスムースクリミナルのPVを大人しで見ながら喋ってます。
かっこいいんですよね。やっぱりね、影のかっこよさはね、あと表情の作り方にもあるかなと思っていて。
なんだろうな、やっぱり音楽、それも特にね、ステージ上でこそ目立つのかなっていう気がするんですけど、
歌を歌っている時に作る表情っていうのは、考え方はいろいろあると思うんですけどね、舞台演劇と同じだと思うんですよ。
要するにセリフは使えないわけですよ。歌ってるわけですから。歌の歌詞以上のことは言えないわけですよね。
でもその上で見せないといけないですよ。なぜなら彼はパフォーマーだから。
ってなった時に、やっぱり表情っていうのは大げさであればあるほどいいんですよね。
スイクンの言葉を借りれば、見栄みたいなもんですよね、歌舞伎の。
スイクンが言ってたじゃないですか、ターミネ、ターミネたちのね、ミュータントタートルズのね、おもちゃのポージングと表情は見栄だっつって。
過剰に演出することでかっこいいみたいな話をしてましたけど、マイケルもそれですよねっていう。
唇を突き出してみたり、歯をむき出しにしてみたりだとか、そういう本当に一つ一つが全部表現の一部なんですよ、全身で。
彼が本当にエンターテインメント界を極めたっていう風に言える理由の一つは、そこも含まれてるんじゃないかなって気がしてますね。
ここまででまだ映画マイケルの話一つもしてないんですけど大丈夫ですか?
何分だったかな?
わかんないです。あとね、そんなわけでムーンウォーカーもぜひ見てくださいね。
はい。
キャプテンイオーがディズニーランドに帰ってくるかもしれないっていう期待。
キャプテンイオーって何?
ええ、マイケルジャグソンが前世紀にディズニーランドでアトラクションになっていた時があるんですよ。
ええ、マジで?なんか出てきた。
80年代だったかな、キャプテンイオー。
なんかいる。
スターウォーズの世界観でマイケルがお友達の宇宙人たちと一緒に何とか隊みたいな感じでいるんですよね。
それで邪悪な心に支配されたどっかの星の女王みたいなのとその神鋭隊と戦うんですけど、当然ダンスの力で戦うんですよね。
なるほど。ダンスバトルで世界を救うわけだ。
で、マイケルがビームみたいなのを出したら、女王様が解き放たれて美しくなってハッピーエンドっていう、本当に中身すっかすかのストーリーなんですけど。とにかくマイケルがかっこよすぎてね。
でも多分これ無理じゃないか。今キャプテンイオーのポスターとか画像を見てるんだけど、明らかにC-3POのパクリの劣化版みたいなやつと、
あのモグワイのちょっともじったやつと、R2-D2の形だけ真似したミニな像みたいな。ちょっとスターウォーズすぎん?
それはスターウォーズと連携してるでしょ。
連携してるんだ。
してるでしょ。
あとアルフみたいなやついるじゃん。
逆にしてないの?ディズニーにあったのに。してないわけなくない?
その時代だってディズニーって…
スターウォーズあるでしょ。
スターウォーズあるか。
制作組織ジョージ・ルーカスだよ。
ルーカスやってんだ。
怒られるわけないじゃん。ルーカスが関わってんじゃん。
本当だ。確かに。
しかもコッポロさんもやってるな。
そうですよ。フランシス・フォード・コッポロス。
地獄の黙示録の。
あとね、マイケル・ジャクソンが関わってる映像作品っていうのは、一流の監督しかつかないから。
それはそうか。
マジで。だってあれだよ?BADのミュージックビデオ。あれはショートフィルムって言った方がいいかもしれないですけど。
はい。
あれスコセッシーですからね。
スコセッシー監督なの?
そうだよ。だからもう一流の仕事しかしてないんですよ。
えー、そうなんだ。スコセッシーだったんだ。全然知らなかった。
とにかくキャプテンEOもスターウォーズの世界観の延長で作られているので、ある意味もしもスターウォーズにマイケル・ジャクソンという人間がいたらみたいな世界線が見れるわけですよ。
80年代、それこそBADツアーの頃のマイケルですから、僕が一番大好きな時期のマイケルなんですね。
マコちゃん的に一番脂が乗ってる時期?
一番脂が乗ってるんですよ。動きの洗練具合で言ったらまだまだ成長の伸びしろを残している状態。
正直ヒストリーあたりとかになってきた時の方が、もう動きが完成に近くなってきていて、そっちの方が技術的な面では洗練されていると言っていい。
けどBADの頃はとにかくエネルギーがすごいんで、ライブでの声の明瞭さ、ありえない動きのパワーを感じるんだからね。
すごいパワーを感じる。それが本当に一番極まってた時期かなっていう時のパフォーマンスが3Dで見られるわけですよ。
これ以前僕3Dテレビについてものすごく批判をしていたんで、もう一度言わせてもいただきますけど、いわゆる家庭用3Dみたいなものと、ディズニーランドでアトラクションで使われている3Dはもう技術レベルが全然違いますから。
まあまあまあ、そっか。
飛び出具合が全然違うんですよ。
なんかすごいって言ってたもんね。
そうです。本当にきますからね。一応言っておくと、マイケルが亡くなった時もキャプテンEOは再演されてるんですよ。
へえ、そうなんだ。
マイケル追悼ということで期間限定でキャプテンEOディズニーランドでもう一度上演されることになって。
僕はその時も言ったんですけれども、また行きたいなということで、ぜひよろしくっていう。
びっくりしたんだけど、キャプテンEOのキーホルダーがアマゾンに売ってたんだけど、なんてことないキーホルダーなんだけど、プレミアム価格で7000円になってる。びっくりしちゃった。
まあちょっと欲しくなりますもんね。いいなあ。
額縁付きのアートパネルが16500円。
買えるなあ。
コミックが108000円。
コミック。コミックあるんかい。
コミック紙って書いてあるよ。
へえ。
これ、一、十、百、千、何十、十万八千七十円。
うわ、すご。
ちょっといいかな。そろそろ映画の話して。
はい。ごめんなさい。すみません。
そんなわけで、まさにその油が海苔に乗っている時のマイケル・ジャクソンに到達するまでの道のりが今回の映画になっている。
ほう。
なんか聞きたいことある?
雑。
いやまあでもね、時系列で追っていくと、一番初めがね、そのね。
ちょっと一応さ、事情を説明しておくと。
僕マイケルの曲は好きなんです。
よく聴きます。
けど、マイケルの追い立ち云々、彼のヒストリーに関しては。
ヒストリーね。
ヒストリーはヒストリー。
ヒステージを起こしてないから、マイケル。
ちょっとヒッヒーって言ってるよね。
そのヒストリーに関してはね。
はいはい。
俺、びっくりするくらい知らないと思う。
だからなんでジャクソン5のお父さんが、なんで息子たちを、
あれほどまでに必要にアイドル化させたかったのかっていうのもよく知らないし、
ああ、なるほどね。
なんか厳しく育てられたっていうことは知ってるけども、
それの裏話みたいなのは全くわかってないのよ。
だからなんでバットをやりたかったのかとか、その辺からも全然ちょっとよくわかってないから。
じゃあその辺も含めてね。
含めて。
っていうか、今言ってくれたようなオオマみたいな人にこそ見に行ってほしいですよね。
ほうほうほう。
っていうのも今回のこの作品は、いろいろ賛否両論分かれたっていうのはよく言われていますし、
実際僕は見に行って、確かに分かれる理由は分かるなという感想です。
この作品は多分楽しみ方が何層かあって、そのうちの一層はマイケル・ジャクソンの老いたちをおおむね知れるという。
だからある意味ではマイケル・ジャクソンってそもそもどういう人だったのか全然知らないわぐらいの人が見に行ってみると楽しいっていうのがあると思うんですよ。
一方でマイケル・ジャクソンについてある程度当時の熱量とか、好きだから知ってますよとか、そういう人が見に行くとそこまで深いドラマではないなという。
もっと突っ込んだドラマを見たかったって思う人がいるのも無理はないなって思ったわけ。
これもね、Xとか見てるとマイケルの映画について、もう少しドラマ性が欲しかったな、ドラマ性薄かったなみたいなことを言ってる人に対して、
もうあんた本物のマイケルファンじゃないだろうみたいなことを言うマイケルファンがいたりするんですよ。
僕はそれは間違ってると思ってて、僕も正直、本作はドラマ性はちょっと薄いなって思ったんですよ。
でもそれはね、マイケル・ジャクソンの人生が薄かったってことではなくて、むしろ割とさらりと描かれていくそれをもっと深められるほど、マイケルの人生ってものすごく深いんだよっていう。
だから逆にそのさらっと触れていくいくつかのエピソードをもっとピックアップして深く描いてほしいわけ。マイケルが大好きだからこそね。
でもそれをやったらたぶんシーズン3とかになるんですよ。エピソード12単位でシーズン3まで余裕でいくんですよ、たぶん。
もう男は辛いよね。
そうそうそうそう、そういう世界線になってきてしまうからおそらく制作人ももろもろ鑑みて、何をしたいのかっていうのを詰め込んでいく段階で、そういうところをちょっと軽い描写にしたのかなという気はします。
だからある種仕方のない部分はあるなというふうに思いましたね。それだけむしろ電気映画だからこそ演出をして、むしろドラマを作り出さなければならない。
シーズンよりも演出によって起伏を作らなければならないのが本来的な電気映画の構造だと思うんだけれども、マイケルの人生が濃すぎて逆に薄く見えるんですよ。
ああ。
っていうのはあると思う。
それは多分あるんだろうなと思ってさ、僕は多分その人の歴史だけで言うと、マイケルよりも多分クイーンの方が詳しいのよ。
ボヘミアン・ラブソルティーを見た時にも、ここってもうちょっとあるやんとかさ、クイーンが盛り上がってきた時の流れでいろんなバッシングを受けたりとか、
フレディがめっちゃいろんなはっちゃけたことをし始める時期とかっていうのがいろいろあったんだけど、その辺っていうのはわりとスポイルされてさ、ダイジェスト的にファンファンファンって流れていったけど、
でもあの省略の仕方はしゃーないよなと思って、話の中心に持ってきたかったのはここの軸で、そこに乗せるためにはどうしても削んなきゃいけない部分が出てくる。
で、大団円をバンドエイド、エイドバンド? バンドエイドね。あれはライブだからライブエイドなんですけど。
ライブエイドか。ライブエイドに持っていこうとしたらいい加減なんか覚えなきゃいけないね。
あの流れでむしろ綺麗にまとまったと思ったのよ。これ以上深めちゃダメだよって逆に思ったんだけど。
でも、だからこそあの映画がすごく面白く感じれたし、知りたい人にはもっと知りたいっていう余白を残してくれたっていうところはすごく良かったと思うから、
たぶん同じような作りにマイケルの映画もなってたんだろうなっていうのはなんとなく想像できた。
だから刺さる人によっては刺さるし、だからもっと知りたいなと思ってくれる人が増えたらそれはそれでマイケルファンとしては嬉しいし。
だから本当にマイケルをある程度自分ではもっとこういう風に描いてほしいって思いがあればあるほどちょっと薄くは感じる部分はあるのかもしれないなっていう感じですね。
あともう一個気になった批判というか、あれはマイケルの曲作りの描写が少ないみたいな。
それこそクイーンの時にはみんなでいろいろ創意工夫しながら、新しい音を作るんだとか、面白い音を組み込むんだとか。
やってる映像が結構続いて、面白そうだなとか青春だなとか、彼らってすごいクリエイティブな集団だったんだなみたいなことを感じれるシーンがあったと思うんだけど、
今回のマイケルでは、マイケルがプールで浮かぶクッションかなんかに乗りながら、兄弟に言われたら何やってるんだ、チャンネルリングしてるんだみたいな。
空から降ってきたメロディーをちゃんとキャッチしなきゃみたいなことを言ってるみたいな。
それぐらいなんですよ。
一応言っておくけど、これ事実なんですよ。
これは記録が残ってるんですけど、マイケルは一度楽曲の盗作疑惑みたいなので裁判を起こされてるんですよ。
とあるミュージシャンが自分の楽曲を盗まれたみたいなことで、マイケルに対して訴訟を起こしたっていうそういう裁判があって、裁判の記録映像も残ってるんですけど、
マイケルが証人関門で、証人関門というか民事裁判だと思いますけれども、問われるわけですよね。
ヒューターにどうやって音楽を作ってるのか説明してくださいみたいな。そしたら、空から降ってくるメロディーを僕がキャッチするんだみたいな。
音楽は僕が作ってるんじゃなくて、僕は媒体だから、降ってきたメロディーを自分が受け取って、それを外側に向かって発信をしているみたいなことを言うんですよ。
それを受信をしたら、急いで僕はレコードの方に走って行って、すぐに録音ボタンを押して、そこからそのまま降りてきたリズムを収録するんだみたいな。
こんな風にねって言って、みたいなことをやるんですよ。そのまま歌い始めるんです、その場で。裁判所で。
その間、原告が電話して、オブジェクションって言ってるんだけど、無視して普通に歌い切るっていう。
もうね、マイケルは企画外の人間なので、それは時に我々みたいな何の才能もない連中から見ると不自然に見えるし、奇妙に映るかもしれないんですけど、それがマイケルなんですよ。
問われたことを答えてるだけですから、本当にね。どうやって作るんですかって言われたから、空から降りてきた音を自分が受信してやってるんですよ、こうやってやってるんですよって言って、その場でものすごいビートを刻んで歌っちゃうわけですよね。
そうだね。それだけ聞くとさ、前にも多分話したと思うけど、アスター艦隊のゴードン大佐が受信した金星マスタリーのチャンネルリング理論みたいなさ。
分かんないから。
僕が知ってるけど、マコちゃんは多分一回どっかのなんかで説明した、リルヴォルで触れた気がするんだけどな。
2021年に宇宙の旅かな。たぶんその辺で行った時に、半笑いでフフッ何言ってんだこいつっていう風な目線で聞いてたと思うんだけど。
マイケルとしてはその世界観があるんだよね。けど俺らはそれを感知できないから、フフッ何言ってんだあいつになっちゃうっていう。
そうなっちゃうんですよね、結局。でも彼の創作スタイルっていうのは本当にまさにその通りで、彼自身は別に楽器はできないんですよ。
え、そうなの?
よく同時期に活躍したプリンスとマイケルが比較されることあるんですけれども、彼らの芸術的なセンスは全然別ジャンルに伸びてますんで。
そうなんだ。
プリンスはこの世に存在するすべての楽器を演奏できると言ってもいいような人間でしたので。
自分でギター作っちゃうぐらいでしょ。
イカれた人間でしたけど彼も彼でね。マイケルは本当にその才能のすべてをリズム感と歌唱力とダンス、あとは奇抜な発想力ですよね。
そこら辺りに全部フリしてるわけですから、その上で彼の中には音楽がずっと流れているわけですね。
それをキャッチしてすぐに出力したくなる。そんな人だったようで。
だからまあね、素敵な人だったんだなっていう。
とにかくね、そういう彼ってどんな人だったのかっていうのが、なんとなくたくさんヒントとして提示されていくような映画なんですね。
その一方であらすじでも説明したように、とにかくずっと音楽が流れていると言っていい。
たまに静かなシーンはあるんだけれども、だいたいそういうシーンは全部父親との画質が描かれていきます。
でちょっとその辺も説明をしておくと、非常に貧しい家庭だったんですね。
非常に貧しい家庭で、お父さんも工場の労働をしていました。たぶん食っていくために。
音楽家じゃないの?
バンドもやってました。けど別に食っていけるほどではなかったので、別に工場で労働していたんですね。
11人家族だけど家に2つしかベッドがないって。
ということ?
だからそういう家庭です。非常に貧しかったんです。
とても小さな家に11人で過ごしていって、ベッドは2つしかない。
そういうところでも、マイケルがネバーランドに恵まれない子供たちを呼んで、好きにベッドで寝かせていたのも、ある意味では自分の幼少期の経験からあるかもしれないね。
子供たちにベッドを分け与えるってすごく大事なことなんだと。
これはクソみたいな、この世に生み落とされたドキュメンタリーの中で最もクソなマイケル・ジャクソンの真実っていう、真実でもなんでもないドキュメンタリーがあるんですけど、
その時にもマイケルは言いがかりをつけてきたインタビュアーに対して、ベッドっていうとすぐ性的なものと結びつけるけれども、そこにはそんな意味なんてないんだ。ベッドはベッドでしかないんだと。
子供たちをベッドに寝かせて、そして毛布をかけてあげたり、本を読んであげたり、そして時には温かいミルクをあげるんだみたいな。
それこそが愛じゃないかみたいなね、そんなお話を彼はするんですけれども、まさに彼の幼少期のそういう環境だったり経験っていうものが、
そういう彼自身の幼少の子供たちに対する愛につながっていっているのかなというふうなことは、なんとなくその辺から見えてくるかなと思います。
さっき言ってましたけどね、父親のジョセフは、なんで彼らをっていう話なんですけど、彼自身が音楽はやっていてっていうのもあるし、これは映画の中では触れられないんですけれども、そもそもジョセフが仕事してる間に子供たちが勝手に彼のギターを触ってたみたいなんですよね。
でもお父さんめっちゃ厳しいから秘密でやってたんですけど、
でもその後にジャクソン5でギターを務める人が弦を切っちゃうんですよね。で、お父さんにバレると。
で、ブチギレられるわけですね。それに対して、いやでも僕だってちゃんと弾けるんだよみたいな感じで必死で弾いたら、あれこいつらちょっと才能あるんじゃね?ってそこでお父さんピーンって来ちゃうんですよ。
やるやんってなっちゃった。 楊 そうそうそう。やるやんってなって。で、そこで活路を見出したわけですよね。このままこのエリアにずっと住んでいく。
で、そのまま人生を送っていく。そしたらきっと子供たちは自分と同じように安い労働力として使い潰される人生を送るかもしれない。
でも芸を身につけてのし上がっていく。そこにはアメリカンドリームがあるわけですね。そうすればこの暮らしから脱出することもできるかもしれないというふうに彼は考えたんじゃない?
で、そこからは厳しい指導の下、ジャクソン5っていうバンドができていくわけですよね。子供たちにより。で、当初はマイケルはメンバーじゃなかったんですよ。小さすぎて。
小さすぎてね。マイケルの妹のジャネットもまだ生まれてないぐらいなんじゃないですか。
最近神戸に来てたみたいですけどね。つい最近というか今週来てましたよ。神戸に。
とにかくマイケルはめちゃくちゃ小さかったんでバンドに入ってなかったんですけど、お母さんがマイケルの才能を見出したわけですよ。
で、この子はめちゃくちゃ歌えるからバンドに入れてあげてって言って、マイケルは入ってリードボーカルになったわけです。
ただやっぱり指導はめちゃくちゃ厳しくて、これはマイケルジャクソン自身も後のインタビューで語ってはいるんだけれども、練習の時によくベルトで殴られたと。
とにかく厳しかったと。彼の目を見るのも怖かったみたいな、いろんなことを言ってるんですよね。
その時のインタビュー映像とかも今でも見ることができるんですけど、また別のドキュメンタリーかインタビューに出てくるんですけど、
マイケルのその時の語りは非常に痛しいというか、辛いものがあって。
しかも語った後に彼は言うんじゃなかったって言うんですよ。それもまたちょっと辛いんですよね。
マイケル自身もおそらくはこれは多分僕らには本当に想像することしかできないし、完璧に理解することもできないと思うんだけれども、
彼自身幼少期本当に辛かったろうし、一方で父ジョセフに対して憎しみしかないかというとそんなことは全然なくて、
家族をすごく大事にする人でもあったから、お父さんの日っていう、ジョセフジャクソンデイっていうのを作ってですね、
毎年その日には家族で集まってパーティーを開くみたいなこともずっとやっていたそうですし、
やっぱり彼自身の成功のスタートを握ってるのは父親なわけですから、
だから世界中の人たちを幸せにするっていうようなね、彼のその夢の本当に入り口がそこにある以上は感謝もきっとあったろうし、
非常にここはね、多分簡単に整理できる感情じゃないという、おそらくはっていうのはあったと思うんですよね。
ただね、本当に本作はベルトでマイケルを殴るシーンが出てくるんで、要注意です。本当にしんどかったです。
逆によくそれ映画にちゃんとしたよね。
そうね。やっぱりそこは向き合わないといけないところだとやっぱり判断したんじゃないでしょうかね。
だから本当にきついシーンだったんで、でもこれも本当に毎回出てくるかなと思ってすげえ怖かったんですけど、
まあまあまあ複数回出てくるんですけど、やっぱりちょっときつくて、ちょっと僕悲しくて泣いちゃいましたね。
本当に辛かったですね。
ただその象徴的なのが、彼らがステージを終えて帰ってくるんですよ。
当時まだ土砂回りしてた頃は、マイケル8歳とかそのぐらいなんですよね。
そんなちっちゃかった?
そんなちっちゃいですよ。
そんなち3日なんだけど、夜のバーとかでバンド演奏をして家帰ってくるわけじゃないですか。
で、みんなしっかり盛り上がってそれなりに満足して帰ってくるんだけど、そしたらお父さんが
練習だって。練習だっつって。
で、今日は結構上手くできたからもう終わりにしようよっつって。
マイケルが言ったらベルトでぶっ殴られるわけなんですけれども。
もうね、徹底した技術の向上に対する一切の妥協を許さない姿勢とか。
でもそれを見た時に僕が感じたのは、その後のマイケルの完璧主義ってひょっとするとこの辺りから始まってるんじゃないのかっていうね。
内面化された習慣というか、っていうのがたぶんあったんだろうね。
それがある意味呪いだけれども、ある意味彼を伸ばす一員となったっていうアンバランスさみたいなのがあるんだろうね。
そうですよ。これも前お話したかもしれないですけど、マイケルが初めてムーンウォークを披露したモータウンの周年イベントのステージですけど。
あの日によるマイケルが家に帰って上手くできなかったって言って泣いてるわけですから。
悲しくて泣いたらしいですからね。
横浅になって、あのステージがすごく良かったよっていうのを気合いするフレッド・アステアからの電話で知ったみたいなことをインタビューでも語ってるんですけれども。
やっぱり彼は本当に全く常々自分のパフォーマンスに対して一切の妥協を許してないですね。
ちょっとでも上手くいかなかったことだったら、それはもう全て反省に繋がるし、それが彼の異常とも言わしめるほどの練習量とこだわりっていうものを形成しているのかなという。
僕らが普段スポーティファイだとかね、アップルミュージックとかで聞くマイケル・ジャクソンの音源なんかも、あれもありえないテイク数を取ってるみたいなんですよ。
そうなんだ。
それを本当に細々全部聴き比べてですね、最も良いテイクっていうものを選択していくみたいな。
しかもマイケルの頭にメロディーが降りてきちゃったりした日には、深夜でもスタッフ呼び出されて、そのアイディアを録音させられるわけですよね。
しかもそれも一発じゃオッケーには絶対ならないわけですよ。
つらっ。
無楽です。
でもやっぱりその降りてきたものを今この場で形にしないという思いが多分すごいあったんでしょうし。
マイケル・ジャクソンってそれなりにそれなりというか、地球上で最も成功したエンターテイナーですから、彼の謎に包まれた部分はいっぱいあるんだけれども、
結構今までの映像記録として残っている彼の制作に関する記録映像みたいなのが、わりと今ネットの時代に出てきたりしてるんですけど、
それこそそのテイクを選んでるシーンとかもね、じゃあ次19番と20番聞き比べようみたいなことやってるやつとか。
もうそんなレベルなんだね。
多分素人が聞くと何が違うねってなるんですよ。
でもマイケルは違いがわかってるし、あとはマイケルの曲を何百回何千回と聞いてるマイケルフリークもこれ音源のやつじゃないってわかるっていう。
すげえな。
っていう面白いやつがあるんですけども、そういうのもぜひこれを機にマイケルに興味持った方はいろいろと見ていただけるというのかなと思いますが、まだ幼少期の話なんですけども。
そんなわけでジャクソン5として最終的にはレコード会社に目をつけていただいて、モータウンっていうね、レコード会社に目をつけていただいて、ジャクソン5としてデビューを飾ると。
当時もう10歳なんですけれども、そんな若くサバ読んだ方がいいって言われて、8歳って言ったりとか、そういういろいろな史実に基づいたエピソードが挟まれながらいくわけですけれども。
一方でやっぱりマイケルのマネジメントはずっと父親がやってたんですね。
だから基本的にはマイケルジャクソンの興業に関する決定権はジョセブンにあったみたいなところがあって。
そのままだんだんとマイケルは大きくなっていくわけですよ。
だんだん大きくなっていくわけ。その中で彼はいろんな苦しみを得るんですよね。
要するに一つは友達がいない、幼少期の記憶っていうものが練習とステージだけっていう。
彼は友達が欲しいんです。
でも友達はいないんですよ。
これすごく悲痛なことに、スリラあたりの時代のインタビュー映像とかも残ってたりして。
友達いますかってインタビュアーに聞かれるシーンがあるんですけど。
シーンがあるって映画にはないですよ。
インタビュー映像に残ってたりして。
それに対してマイケルめっちゃ顔を曇らせながらグーッと詰まって、答えた名前がクイーンシー・ジョーンズなんですよ。
クイーンシー・ジョーンズは。
クイーンシー・ジョーンズの人だよね。
仕事仲間です。
彼が友達と呼べる相手っていうのが実にいなかったわけですよね、ずっと。
僕はいる、家族はいる、信頼できる仕事のパートナーもいると。
ただし、友達同世代のくったくもなく遊べる友達っていうのはずっといなかったわけですよね。
だから周囲の人たちは貴公っていうふうに判断するような彼の極端な動物好き。
キリンだったりチンパンジーだったりね、いろんなものを飼ってたわけですけれども。
それは結局彼が自分を特別扱いしない話し相手っていうのがただ欲しかっただけ。
なるほどね。
友達が欲しくて会いに行っても結局彼に会うと、え、あのマイケルだなってなってしまうっていうね。
だからそれをずっと抱えながら友達と仲良く外で遊ぶこともできずに大人になっていった時に、
彼がやっぱり外で満足に遊ぶことができない子供たちにずっと手を差し伸ぶ続けたのも、ある意味では自分を重ねていたのかもしれないし。
そうだね。
だから外側から見ると奇妙に映っていたものっていうのが、実際は彼自身のおそらく世界中の誰も体験していない人生のスタートラインにその理由があるよねっていうことがこの映画を通して多少なりでも伝わればいいなと。
マイケル批判する人たちは、いやそんな幼少期に遊べなかったからってとか、ちょっとスターだからって言う人はいるかもしれないけど、いやいやちょっとスターだったっていうレベルじゃないんですよっていう。
そうですよね。
マイケルと同じ人生を送った人なんてほぼほぼいないわけですから。
まれにさ、スーパーアチビックが現れるとか、天才キーズとか言ってもてはやされる人は、まあポツポツ出てきますよ。
そのうちのどこにその後、世界のトップレベルまでずっと走り続けた人間がいるかって話なんですよ。
そうだね。しかもそこまで縛られてないだろうしね。
そこなのよね。幼少期にビルボードの1位を10歳で取ってですよ。
その後また20代になってから、アルバムの曲が1位取った曲ばっかりみたいな、そして世界で最も売れたレコード、スリラーを出すなんて。
これは漫画の世界ですかマジで。そんな人いないよ本当に。
日本で言ったら誰だよっていうね。天道義美ぐらいですかね。わかんないですけどね。
どう頑張っても無理ですねやっぱりね。そんな人間はいないんですよ。
だからそんなどこにもいない人間の精神状態、心理状態っていうものをどうやって外から見て理解しろって言うんじゃっていう。
それを勝手にこちら側で聞こうっていうレッテルを張るのがいかに愚かしいのかっていうのを何となくそこら辺りから感じられるといいのかななんてことを思いながら、
僕はこの幼少期パートを見てちょっと一人涙していましたね。
あとはですね、だんだんと大人になって彼自身やりたいことが増えていくんだけれども、でももっと自分で新しいものを挑戦したいと。
この辺はあんまり描かれてなかったけど、ジャクソン5でデビューしてからまだまだ声変わりとかも迎えてきて、
マイケルは結構コンプレックスも増えていくんだよね。
でもレコード会社、モンタンはずっとジャクソン5をアイドルリストし続けて、
彼らがセルフプロデュースしたいとか、自分たちでもっといろんな曲を書いて自分たちでやりたいっていう意見は結構ずっと封殺されてきてたのね。
そういうこともあって、ジャクソン5はエピックレコードに移籍をして、
ちょっとイメージを刷新してやっていこうみたいな。
そんな中でマイケル自身も自分一人でやりたいことも増えていくみたいなところがあったりするんですよ。
ただ、それに対して非常に否定的だったのが父のジョセフなんですね。
なんで?
彼はマイケルのソロ活動に対してはあんまり心よく思っていなかった。
ここも映画をパッと見た感じ、父ジョセフに対してすごくイラたちが勝ってしまう人もいるだろうし、
あんた子供が一生懸命頑張ろうって言ってるんだからいいじゃねえかとか思う部分もあるかもしれないんですけど、
おそらくは彼は他の兄弟のことを心配していた節はあるんじゃないかっていうところがあるのかなと思うんですね。
マイケルがいなくなったらってこと?
そう、マイケルがいなくなった時に、そのジャクソンファミリーのジャクソンブランドってどうなるんだっていう。
結局ずっとジャクソン5でやってきましたよ。ジャクソン5が出てくるテレビ番組とかも持ってましたよとか。
そのジャクソンファミリーっていう一つのパッケージとしての価値がそこにはあったんだけれども、
マイケル個人の光がどんどん強くなっていくにつれて、いよいよソロ活動します。
もうジャクソンズ、ジャクソン5にはもう出ませんっていうふうな形になっていったら、
他の兄弟たちは結局一人でやっていけないんじゃないのかみたいな、そういう不安もあったのかもしれないと。
そういうふうに思うと、彼がファミリーというパッケージにすごくこだわって、
マイケルのソロ活動に全く応援をしなかったっていう、そういう姿勢もわからなくもない節はあるかなという気はするんだよね。
そういった対立の中で、少しずつマイケルは自分の意見を通せるように弁護士を雇ったりして、
少しずつ自分に寄り添ってくれる人を増やしていって、最終的に父からの鑑賞に脳を突きつけていくと。
完全に彼が解き放たれて打ったソロツアーっていうのが、バッドツアーなわけですよ。
そういう歴史があったんだ。
そしてそこでバッドっていうね、これも言ったかもしれないですけれども、ずっとジャクソン5のちびっ子リードシンガーとして出てきて、
そしてジャクソン5のパッケージの中ではずっとアイドル扱いでずっときて、かわいいかわいいリトルマイケルのイメージっていうのがきてしまったと。
それはある意味彼の中では、父ジョセフによってマネジメントというコントロールの中でしか動けなかった自分自身のイメージっていうものと、
多分重なるところがあったんじゃないのかと思うんですよ。
だからある意味では彼はそこを脱皮したくてしょうがなかったわけですよね。
で考えると、そこから脱した時に彼が見せるビジュアルっていうのは、もういい子のかわいいマイケルじゃなくて、
もう自分の主張を通していくバッドなマイケルだったんじゃないのかっていうふうに僕は勝手に思うわけですよ。
主張に髪型もね、服も非常にワイルドな感じで、バチェッと決めて出てきたわけですが。
ある意味反抗期を迎えたマイケルの、すごいチープな言葉になるかもしれないけど、
一つの反抗の形だったのかもしれないな。
そうだね、っていう感じはあるね。
だからスコゼッシュが撮ったバッドは十何分あるんですけど、
序盤はひたすらドラマなんですけどね。そこでも結構感情的に喧嘩をするマイケルとか見れたりとかしますんで。
あったの?ピークってさ、どんなんだったっけな。なんかダンスのシーンしか覚えてないんだよな。
あれはね、本当に最後です。前段は普通にただのドラマをひたすらやってますね。
あれもですね、黒人の青年が喧嘩に撃たれたか何かの事件に心を痛めたマイケルが企画したショートフィルムなんで。
彼は常に社会の動きだったり、そういうものにものすごく関心だったり主張を持ってた人なので。
ただ彼のすごいところは、それらを必ず歌で出していくっていうね。
はあ、すげえな。
いや本当にすごいよ。彼の歌ってね、全部社会へのメッセージなんですよ。
彼は歌で戦い続けていますから、歌詞を今見るとですね、本当にしょうもないゴシップとかに悩まされながらも、
ずっと非常に振る舞って戦ってきたマイケルが感じられて、俺はね、どのナンバーでも泣けますね。
なんかあれだけ知ってるんだよな。
結婚したとか何とか、妻だとか何とかっていうののアンサーソングとして何かを作ったっていう。
結婚したの?妻だと?何だの?っていうののアンサーソング。問いが見えなくて何のアンサーかわかんないんだけど。
何だっけ?
お前は俺の恋人じゃないみたいな曲なかったっけ?
お前は俺の恋人じゃないはビリー・ジーンね。
あ、そうビリー・ジーン。
ビリー・ジーンって何か裁判になったんだよね。子供がどうのこうのとか何とかって。
ビリー・ジーンはストーカー的なフォロワーみたいな。
ストーカーファンに対するアンサーソング的な感じで作られたみたいな。あれはあったと思いますけど。裁判まであったっけ?ちょっとごめんそこまで詳しくない。
なんかあのごめん、僕の乏しい知識で言ってるから勘違いかもしれない。
そんなあった?隠し語裁判。
隠し語だったっけな。なんだっけな。
自分の子供を妊娠したって言われる話で裁判はなさそう。
裁判ではなくそういうゴシップかな。
かもしれない。
マイケル・ジャクソンは本当にゴシップにひたすら悩まされてきてますから、ゴシップ全体に対する一つの主張として、Leave Me AloneっていうのがBADに入ってますから、それこそまさに。
ほっといてくれって歌なんですけど。
あのプロモーションビデオにはマイケルに関して出てきた数々のありとあらゆるゴシップ記事が引用されてますんで、見てて面白いですよ。
そして嗅ぎ回る記者たちを思いっきり直接的に犬に例えてプロモーションビデオで出してますから、そこら中に探偵みたいな服着た犬が出てくるんですよ。
彼は遊園地の飛行機みたいに乗って進んで行ったりするんですけど、そこら中にマイケルのクソみたいなゴシップが貼り付けられてたりとかするっていうね。
マイケルがエレファントマンの骨を買ったみたいな、よくわかんない記事とかもあって。
それに対する皮肉的な感じでマイケルがエレファントマンの骨と一緒にダンスしてるとか。
すっごい面白いですよ。楽しませながら、そういう社会に対してメッセージをひたすら出していくっていうマイケルのスタンス、すっごいかっこいいなって。
思えばですね、本当にマイケルは何もかも全て歌で答え続けてるんですよね。
肌の色に関してもクソみたいな色んなゴシップ流れた時も、彼はブラックとホワイトを出してるわけですよ。肌の色なんかで争ってる場合じゃねえだろうと。
そんなもので生きるか死ぬかを決めるなんてありえねえぞというね。
とにかく彼の歌には全てのメッセージが込められていますんで、ぜひともですね、あらゆる曲を聴いていただきたいですね。
そういう辛いマイケルの人生っていうのをひたすら描いてはいるんだけれども、とにかくマイケルはエピソードだらけなので、それらを軽く触れる感じで進んではいきます。
結構しっかり描いたなって思ったのは、鼻の整形に関する部分ですよね。
幼少期のマイケルに対してジョセフがデカッパナっていうね、ビッグノールスって呼ぶんですよ。
彼はずっとそれがコンプレックスだったんで。
オフザウォールの後に美容整形を受けに行って鼻を小さくする。
帰ってきたマイケルのその顔を見た父親がゼックするっていうね、シーンがあって。
あそこはちょっとね、言葉を失った父に少し、うまく表現できていない息子を思う気持ちが出てきてる感じがしてすごくいいシーンでしたね。
マイケルって俺、鼻高くしたのかと思ってた。
幅を狭めましたね、明らかにね。
オフザウォールまではナチュラルなままで来てたはずです。
そこで鼻の幅を狭めましたね。
今と違って当時はやっぱり美容整形に対していろいろネガティブな印象っていうのがすごく強くあったので。
マイケル自身は父に対して、お前それどうしたんだって言って、鼻を通すためだみたいな、鼻の通りのためだよみたいなことを答えていたりするんですけど。
実際ね、彼は本当にいろんな病気も抱えることに後々なったので、そういった中で鼻の形っていうものもですね、何度か変わっていますんで。
おそらくは当時の技術的にメンテが必要だったんでしょうねっていう気はしますけどね。
まあそうでしょうね。今みたいに5年10年持つような手術って多分できなかったろうからね。
っていう感じで、そこもちゃんと踏み込んでちゃんと描きましたし。
あとは彼の体に白斑が出始めている描写もちゃんとしてましたし。
これもね本当にマイケルが肌を脱色してるんじゃないのかみたいな自分でね。
そんなゴシップは本当にまことしやかにささやかれてましたし、日本でもね、そんなことはよく言われてましたが。
もう実際にね手法解剖で、彼が白斑広がっていくよっていう病気ね、持ってましたっていう。
それはもうはっきりしてますし。
でもそれに関してすごくさ、僕マイケルをね、すごいなと思ったところがあってさ。
白斑が出てくるとさ、なんて言ったらいいんだろうな。
一部分が綺麗に真っ白になったりっていう症状の出方の人ももちろんいるんだけれども、
大概が真ダラになっていくわけさ。
だからそれをどっちに合わせるかっていうので、ファンデーションを使ったりとかっていう風にしていく方が多いんですよ。
で、この時にマイケルが白を選択したっていうのも、なんか俺はすごいなと思ってて。
元々の肌の色が黒じゃないですか。
で、そこから白斑が出始めて、
白にしたっていうのも、ある意味その白斑っていう病気自体を自分が、
自分を商品として売り出すときに、
どういう理由があったのか全然俺はわかんないけれども、
自分の元来の違う肌の色を選択したっていうのが、あの時代に対してすごくセンセーショナルな話だと思うし、
それによって出せるメッセージみたいなのが、多分あの当時には絶対今よりもパワーがあったと思うから、
それを選択した彼のパフォーマンスとか、あるいはそのメッセージっていうところに対する
自分の意思の捨て方って言ったらあれだけど、ものすごいなって思ってるんだよね。
彼はね、その肌の色が変わっていくことについて、
それは変かなと、誰なんだって変わっていくんだみたいなことをインタビューで答えていましたけれども、
変わりゆく自分の姿っていう、それも自分だっていう強い認識があったんでしょうねっていう。
彼はやっぱりずっと一貫して、自分が黒人になることに誇りを持っているし白人になりたいと思ったことはないっていう話もしてますし、
彼はあくまでね、本当に病気になって肌の色が抜けていって、抜けた新しい色も自分自身っていう。
すごいなー
そこも全部受け入れてたんじゃないでしょうかね。
そうやって変わりゆく自分自身を出していったんだけれども、皮肉にもそれに変わってほしくない人たちが脳を突きつけ続けて、
しょうもないゴシップをばら撒いたというふうに考えると、やっぱり悲劇ですよねっていう。
それに負けずに新しい自分の新しい姿っていうものをひたすらずっと出し続けていたマイケルっていうのもすごいなという。
やっぱり人情じゃないんですよ、本当に彼っていうのは。
すごいよね。
そんなわけで、そういう色々が描かれて、あとペプシ事件も描いてたんですよ。
当然マイケルの前半期を語る上では全然あれを削るなんてありえないんですけど、
これも彼の晩年の鎮痛剤依存の開始と言ってもいいのかもしれないんですけれども、
ペプシとスポンサー契約を結ぶんですよね。
これも引っ張ってきたのはお父さんなんですけど、
ジャクソンズとして、遺跡号はジャクソンズなんでね、ジャクソン5じゃなくてね。
ジャクソンズとして契約を結んで、ペプシのCMの撮影を始めるんだけれども、
撮影の時に、ライブシーンみたいなのを撮影するときに、
マイケルが壇上から降りてくると火花がバーって散るんですけど、
その火花の火が彼の頭に燃え移っちゃうんですね。
なんか言ってたね。
そうです。当時は黒人のヘアスタイルも流行があるんですけど、
ディスコシーンでアフロが流行った後に出てきたのが、
ジェリーなんちゃらなんですよ。
パルプフィクションでサミュエル・エル・ジャクソンがしてる髪型ですね。
ジェリー・パーマ?ジェリー・カール?
ジェリー・カールだ。そう。
ジェリー・カールだったと思います。
アフロが長いみたいなやつね。
アフロが長くて濡れ髪っぽい感じでちょっと垂らしてるみたいな感じの髪型なんですよ。
これが流行ったんですよね。
ただ当時の生発量はアルコールが多くて、あるいは油性だったりするのかな。
とにかく印化する可能性が高いんですよ。非常に印化しやすかった。
そこに火薬を大量に使って火花が散って、マイケルの頭に燃え移ってしまったんですよね。
当時の記録映像が未だに見ることはできるんですけれども、まさに彼の頭が燃える瞬間を。
マイケルは初めに全然気づいてなくて、頭燃えたまま壇上から降りてくるんですね。
踊り始めたあたりで気づいて、そこでまたスタッフたちも気づいて、
火花を大当ててマイケルの頭を覆って消化するというと言いたいらしい事故の映像が未だに残っていて見れるんですが、
結果彼はレベル3の大火傷を頭に覆うんですね。
3度まで行ってたんだ。
3度です。
いやそれはすごいね。
3度というと、1度がだいたい軽い火傷もしくは日焼け程度。
2度が表皮を通り越して神秘まで届く。
3度っていうのが内組織の筋肉とか骨とかそこまで火傷が浸透するっていう状況なので、
3度まで行くと深い2度になった時点で戻ることはできません。
だからケロイドになったりとか食肥をしたりとか、そういうことが必要になってくるレベルの火傷をしたってことだよね。
そうです。
彼の髪型っていうのは後々ですね、そもそも頭皮伸ばしてね、健康な方の頭皮を伸ばして、
火傷したところに移植するみたいな計画とかもあったりとか、本当に長い期間治療とかもしてたんですけれども、
彼の頭は常に一部剥げてる状態だったんでしょうね。
とんでもない激痛がずっと襲ってる状態、神経にも到達しているので。
そういった中で彼はものすごい身体的な痛みをずっと抱えたまま、ずっとステージにその後も出てきていたわけですよね。
これも最近見られる映像なんですけど、頭を火傷して病気療養中のマイケルがダンスの練習してる映像が入れるんですけど。
すごいよね。
もうね、わけわからないですよ、彼は本当に。
そういう時にも最終的に一体どんな姿を見せるのかっていうことをずっと考えていたんでしょうし、
必ずファンの前に感爆するぞっていう思いはあったんでしょうね。
ただもちろん事故の直後は本当にとんでもなく激痛がずっと走ってる状態だったようですけれども、
今回の映画で描かれたのはやっぱりその際に彼がその火傷の治療センターの中にいる子供たちを疑問するんですよ。
自分も火傷して療養中だけど、そんな中全身に火傷を負ってるような子供たちのところを回って勇気づけたりお話をしたりっていうことをしていく中で、
自分も大変だけど同じように苦しんでる人たちがいるんだって。
そんなわけでペプシから渡されたその賠償金を全額火傷の治療センターに寄付するっていう。
すげえ。
彼はマイケルなんですよ。
マイケルなんだね。
そうなんですよ。優しいんですよじゃなくて彼はマイケルなんですよ。
もうスケール感が違うもんね。
スケールが違うのよ、彼のそういうところって。
本当にマイケルなんだなっていうのがよくわかると思いますけれども、そういった状況の中で本当にいろんなものに苦しみながら、ありとあらゆる常人が超えられないハードルをどんどん超えて、そして最終的にバッドツアーへと繋がっていくという。
で、いよいよ最後の最後でそのバッドツアーの曲を長尺で見て、マイケルの旅はまだ始まったばかりだって終わるんですよ。
そんなジャンプみたいな終わりがつくの?
ガチでジャンプエンドでした。
ここで終わんねえやってなったっていうのは事実です。
いやでもそれが事実だとすると、マコちゃんにとっては悲しい事実かもしれないけどさ、ジャンプでそのパターンって打ち切りのパターンなんだよね。
確かに確かにそれは怖いわ。それはちょっと勘弁で書いてますね。
僕がすごく嬉しかったのが、エンドクレジットね。誰も立たなかったんですよ、席を。
だってエンドクレジット中ずっとマイケルの曲流れてるんだもん。誰が席立てるんだよって話。
それ聞きに来てるんだよってばかりに誰も動かなかったんですけど、ただ一つだけ言っていい?
日本人ってほんとすごいよねっていうお話が一個あって、よくあれだけ爆音でマイケルの曲流れてるのに首一つ動かさないで聞けるよなっていう。
俺は無理だったよ。見渡す限り前の人たちもシーンと聞いてるんだよ。俺だけだよこれって。もう一回アイソレーションしちゃって。
後ろの人が見てイラっとしてたりするんだろうな。
絶対してると思うけど、申し訳ないけどね、ビートっていうのは止められないんですよ。
なるほどね。
すっげえ感動したのは、エンディングで流れていく曲の中にハートブレイクホテルっていう曲があったんですね。
ハートブレイクホテルはジャクソンズの時の曲なんですけれども、後々同じタイトルの曲が出てきたことで問題になったとまでは言わないけれども、
ディスプレイスホテルっていうタイトルに改題されていたりするので、時期によって呼び方が異なる曲になってしまったんですが、
このハートブレイクホテルって僕はあえて呼ばせていただきますけど、これ結構大好きな曲でめっちゃかっこいいんでね。
これ歌詞をマイケルが書いてるんですよ。
ジャクソンズ時代から少しずつね、そういうセルフプロデュースというか、自分たちで自分の曲を作ってっていうことができるようになってきたんで、
ハートブレイクホテルではマイケルが歌詞を書いてるんですけどね、歌い出しがね、
Living is a sin
Living is a sinなんですよ。
生きることは罪って歌ってるんですよ。20代ですよ。歌い出しでそんな歌詞を書くんですよ、彼は。
いや20代なんてさ、生きること楽しかったもん
彼自身の才能がすごいっていうのは間違いないんだけれども、
才能にありえない努力が乗っかった上で、そこにさらにありえない逆境がどんどんやってくるっていう、
そういうありえないを超えたありえないを生きてきた彼だからこそ書ける歌詞だったり、作れる音楽っていうのがあるのかなっていうふうにすごく僕は思ったので、
本当に大好きな曲が聴けた喜びもそうなんですけれども、もう二度と彼に会えないんだなと思いながら僕はオープニングでもう泣いてたんですよ。
早いね。
エンディングでも泣いたんですけど、オープニングも実に優れていて、まさにそのバッドツアーの始まるよっていうところから始まるんですよね。
始めいくつか配給会社のロゴとか出るときにも、Wanna be starting somethingが流れてるんですね。
Wanna be starting somethingっていうね、あれが流れて。
あれの前奏が流れてる時点で、あれの前奏が流れてる時点で、もうマイケルファンとしてはもうライブが始まると思ってるんですよ。
あれもうライブの始まりの曲なんですよ、定番の。
あ、そうなんだ。
ライブの始まりもあれなんですよ。だからもう映画を見に来たんだけれども、あ、ライブが始まるんだと思ってるんです、こっちは。
だからその瞬間、ある種もう夢が叶った気持ちになるわけ。
ああ、マイケルのライブこれだっていう、そういう感動の嵐で涙がブワーッときたと思ったら、
ああ、でももう本物に会えないんだっていう涙も一緒に出てくるっていう。
つら。
もうダブル涙ですよね。右と左で喜びと悲しみの涙が出てるみたいな、そんな状況になるんですね。
ただ本当に感謝申し上げたいのは、やっぱりジャファー君ですね。
ジャファー・ジャクソンさんには本当に素晴らしい、よく頑張ってくれたなっていう。
彼は今まで演技経験がないんですけれども。
え、ないんだ。
ないですよ。
へえ。
演技経験はないんですけれども、その2年間の猛特訓で演技しつつ、マイケルのパフォーマンスもしっかり仕上げてきたと。
ただ1つ言えるのは、めんどくさいファンからしたら、それはいくつか、ここはもうちょっとこれっていうのはあるんですよ。
でもそんなことは正直どうだっていいんだよ。
再現を見たわけではないんですね、正直ね。
まあそうだよね。
本物がいくらでも見れるから。
ただそこにやっぱりマイケルへのリスペクトを感じるから嬉しくて、ずっと見守っていたくなるわけですよ。
ある種、そこにストーリーを見るわけですよね。
当時のおじの輝きを幼少期に見ていた老いっ子のジャファーが、今おじへの敬意を持って、スターダムへの人生を演じているんだと思うと。
ダンスも含めね。そこにやっぱり感動するっていう構図がそこにはあると思うんです。
完成度は確かに素晴らしかったし、同時にマイケルが好きであればあるほど細部の違いみたいなものには目がつくかもしれないけれども、それに対してどうかを言うつもりには一切ならないのは、やっぱりそこに自分と同じか、むしろファミリーゆえにそれ以上の愛がそこにあることが伝わってくるから、
それでも十分すぎるほどお釣りが来るというか、とにかく感動しました。そこが何より嬉しかったですね。
ちょっとこれ見に行きたいな。 本当に見に行きたいんだけど、ジャファー君は今回ダンスのパフォーマンスの再現度がすごい褒められてるんですけど、そこじゃないだろうと僕は正直見て思って、マイケルの話す時の話し方と声、そっちの再現度の方がはるかに高いですよ。
あ、そうなんだ。 マジで。あの感じ。ニコニコしながら。
インタビュー動画とか見ると、ジャファー・ジャクソンの声全然そんな声じゃないんですよ。 樋口あ、そうなんだ。
そう、表情も全然違うんですけど、表情の作り方、喋る時の表情の作り方と、声がもう本当に再現度が異常に高くて、すげえと思った。
本当のマイケルを見てきたからできるっていうところもあるんだろうね。 そうだよね。そこにそもそもイメージがあるからね。
マスコミとか表舞台に出してないマイケルを知っているっていうのも一つの強みだよね、彼にとってはね。