2025-08-28 1:15:21

リスナーリクエスト第2弾 古代ローマ歴史スペクタクル#映画 『# グラディエーター』 〜死と救済は表裏一体なのか……〜  Listener Request #2 – Ancient Rome Epic #Gladiator: Are Death and Salvation Two Sides of the Same Coin?

I will have my vengeance…in this life or the next.


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どうも、パーソナリティのまこです。

今回は「菜の花からしあえ」さんのリクエストにお答えして『グラディエーター』について語らせていただきました。


最高に素晴らしい作品なので、愛を込めてツッコミましたよ。


オーマは病み上がり、まこは仕事疲れ。

なかなかにカオスな現場でしたが言いたいことは言えたかな、といったところです。


ラッセル・クロウの名演しかり、圧倒的な映像美で蘇るローマ帝国しかり、間違いなく名作。


未視聴の方はぜひご覧くださいましたうえでお聞きください。



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podcasterの まこ(@_macobana)が、メインチャンネル『ポケットに沼を』(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#ポケ沼⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ )では語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。

語りたい映画なんて尽きることない!

エピソードの公開は毎週or隔週となります。


ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPalツイートをお願いします。

いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

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⁠⁠yomoyamakobanashi@gmail.com⁠⁠


これからも番組をよろしくお願いします。



“I will have my vengeance… in this life or the next.”

Hey, it’s Mako, your movie-talk buddy.
This time I’m answering a listener request from Nanohana Karashiae and diving into the epic Gladiator.

It’s an incredible film, so of course I had to throw in some loving jabs along the way.
Oma was just recovering from being sick, I was wiped out from work… the recording session was total chaos. But hey, we still got to say what we needed to say.

Between Russell Crowe’s legendary performance and the jaw-dropping recreation of the Roman Empire, this one’s a true classic.

If you haven’t seen it yet, definitely watch the movie first—then come back and join us.

🎙 Hosted by Mako (@_macobana),
Yomoyama Kobanashi (#まこばな) is my spin-off podcast born from all the movie rants and rambles I couldn’t squeeze into the main show Pocket ni Numa o (#ポケ沼).
There’s never a shortage of films to talk about!

📅 New episodes drop weekly or every other week.

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📨 Or drop me a message: yomoyamakobanashi@gmail.com

Thanks for listening, and stick around for more movie talk!


00:15
The Real Friends, The Real Friends, Sit Back, Relax and Come Enjoy The Real Friends!
Reel Friends in TOKYOにようこそ。この番組は話題の新作、往年の名作、謎おき奇策からグッドグリー級映画まで、あらゆるフィルムを倫理・宗教・歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。
お相手はパーソナリティのマコと……
足裏パック、やってみました。オーマです。よろしくお願いします。
お願いします。
曲が止まったよ。
曲が消えましたね。何が起きたのかな?
これは収録し直しですか?
いいえ、そのまま進みますよ。
オッケーです。
はーい、何が起きたんですかね。
これ嫌だよ。またあの音声が起きる。
多分なんですけど、音声をスマホで出してるんですよ。今ね、イヤホンのイヤーチップが落ちてたから、付け直したらイヤホンに音取られましたね。
そういうことですね。なるほどね。
すいません。で、足裏パックですか。
この間、マコちゃんが足裏パックやったみたいなこと言ってたじゃん。
買って、やってみましたよ。
ちょっといい?
何なんですか?
死ぬんですか?
今日のお相手はゾンビなんですかね?
ゾンビです。
得意魔法は闇魔法。
やかましいわ。
味方魔法は生属性オウマです。
回復魔法を当てると逆に死んじゃうみたいなね。
エリクサーで一発。
辛いですね。
辛いですね。
夏風邪ですか?
なんかもらっちゃいましたね。でも流行ってるらしくて。
昨日、医者に行ったんですよ。
一応、熱が一通り下がって、割と体自体は元気なんですけど、
生体が炎症を起こしてるみたいで、結構精一杯なんですよ。
そういう最悪なコンディションでも構わず突き進んでいくのが、レイルフレンズイン東京です。
はい。
オウマがこんな感じでなんとか僕は引っ張っていかなきゃなと思いながらやらせていただきますけど、
以前ね、表番組のポケ沼のグループラインというのがありまして、
そちらで足裏パックなるものを僕がちょっと紹介したんですよね。
03:05
何かっていうと、薬液が浸っている謎の袋みたいなのに足をつけて、
1時間置いてから足をよく洗ってしばらく経つと、
3日4日ぐらいで足の皮が全部剥がれるというやつです。
拷問ですね。
はい。だから1週間は人に足裏を見せないというね、
そういう環境をまず構築しておくという。
そうね。あとなんか結構さ、家の中でも靴下履いとかないとさ、
角質落ちたやつボロボロさ、家の中散らかるわけじゃん。
うちカメックスっていう自動掃除機がいるから、たぶん翌日には吸ってくれると思うんですけど、
でもなんかね、うちのモコちゃんが食べちゃったらね、おいしいなんですね。
いいんだよ、その味を覚えさせておけば。今後ペロペロ舐めてくれるかもしれないでしょ。
ほんと?いつか食われるぞ、これ。
昔の拷問みたいな。
足の上にハチミツとかなんか塗っといて、ヤギに舐めさせ続けるみたいな。
まあでも、そんななんていうのかな、無意識で剥がれるというよりは、
なんかベロって剥がれたんだろうなーみたいな感じですから、
その辺に放置していくことはないと思うんですけどね。
ただ、今回大間に紹介した製品は安いから紹介したんですけど、
あんまり効かないんですよね、僕に。
マジかよ。
ベイビーフットとかいうやつがあって、そっちの方が効いた気がするんですよね。
ベイビーフット?
そっちはもう本当に、我々の足のサイズ、30センチまでは対応してくれるみたいな。
ギリションやん。
ギリションですけどね。
ジャストよ、俺。
っていうのがありますんで、一応だからそっちの方がひょっとするといいかもしれない。
これ男性用ベイビーフット、メンズっていうのがあるね。
そっちなら余裕もあるかなと思いますし、
なんかそっち使った時の方が向けたかなって気はしますね。
だから今回やってみて、あんまりだなって思ったらぜひそちらも試してみてください。
そうですね。これって期間どのぐらい空けたらいいんだかね。
それね、結構ね、僕も気になってるんですよね。
まあ1ヶ月ぐらいでいいんじゃない?わからないけど。
玉ねぎじゃないけど、なんか気づいたら足なくなってるみたいな。
なんかそんな妖怪いましたよね。
いるっけそんなやつ。
なんか足舐めるとかさ、そういう系の妖怪いなかった?
赤舐めな?赤舐めもそれもどっちかって言ったら、風呂場の赤を舐めるんだから基本的には。
06:03
基本はあんまり人間に害はない気がしますけど。
とにかくね、爽快です。剥がれると。
ほー、ちょっと楽しみですね。
足の裏が本当に赤ちゃんレベルになるんで。
僕の足結構すごいよ。
ゴリゴリになってるんだとしたら、自分に合うやつを見つけたほうがいいかもしれないけど、
かかとなんかが綺麗になるとほんとすっきりするんでね。
ほんと面白いです。
楽しみっすわ。
そんな話をですね、ポケ沼ラインでしたら、オーマーも2つ返事でポチッとなってきたんですけど、
メインパーソナリティのハコベラが、僕は足に確実がないみたいなことを言い出して。
あいつの足綺麗だったね。
しかももよさんっていうね、我々のポケ沼仲間のもよさんもですね、
お二人もパートナーになりましたから、一緒にどっか行ってたらしいんですけど。
本当にこの人の足の裏、確実全くないんだけどとか言い出して。
ほんまくびり殺したろかと思って。
抜けた確実集めて送ってやるかな。
もうね、なんなんだろうね、この感じ。
なんかもう絶対やらせたいもん。
絶対はいはい抜けたって言いたいもん。
絶対あるからねと思って。
もうどうする?抜けた瞬間血だらだら流れ始めたりとかしてさ。
でもそれはそれで俺の流音が下がるからそれでいいよ。
それはそれでいいよ、もう全然問題はない。
どっちにしろ俺の流音が下がるから大丈夫ですね。
何が何でもやらせたいなっていうふうに今思ってますんで。
とにかくですね、そんな感じで。
やっぱりね、時には血を流さなければ流音が下がらないみたいなこともあるんじゃないのかと。
そう思うわけなんですよ。
人間の心情というものは時としてですね、暴虐性、ブルータリティーみたいなものに支配されることがありますから。
今回はですね、そういったテーマに迫るような作品を語っていくことになるんじゃないでしょうかね。
今日なんか俺、ナイストスじゃなかった?
ナイストスじゃないよ。レシーブだから常に。俺のレシーブ力だから。
いやいやいやいや。今日はいいアシストしたよ俺。
こういう見にくい争いね。人間の見にくい争いみたいなものもですね、描いてくれている作品になりますので。
よろしいですかね。
はい。
というわけで本日も参りましょう。
あっ、来ない音が。
09:01
Real friends in Tokyo.
ちょっとね、今日は余裕がないですね、なんか。
え、もう今のでいいんじゃない?
今のでいいの?今のでオッケーにする?
え、でも出るの?出るんだったら出して欲しいけどさ。
まあそうだよね。ちょっとな。
出ないんだったらもう、しゃあないからさっきまで。
来ました来ました。
いややっぱそろそろあれですね、我々も音声さんを雇わないといけないですね。
そうですね。
もう本当にいよいよですね、日本政府も我々の番組を無視できないような、そういう存在になってきてるんで。
音声さんの一人ぐらいはちょっと飯かかえないといけないんじゃないかなと。
そうですね。
誰かいないですかね、無料。無料とは言わない。10円ぐらいでやってくれる人。
いると思うよ、多分。リスナーの方なんてもう本当によだれ垂らして飛びついてくるよね。
やらせてください!
お願いします!みんなもう泣き叫びながら、泣き喚きながら、近寄ってくる同じリスナーたちをちぎっては投げしながら来ますから。
というわけで、そんな熱狂的なファンをお待ちしております。
というわけで本日のテーマは、古代ローマ歴史スペクタクル映画、グラディエーター。
死と救済は表裏一体なのか?でございます。
祭は表裏一体か。どうなんでしょうね。
そんな感じで。今回はですね、いろいろと反省しまして、自分でもちゃんと考えてないことでサブタイトルにしましたんで。
よろしくお願いします。僕も一緒に考えたいなと思って。
考えよう一緒に。
じゃあ、いつも通りあらすじの障害からいきましょう。
はい、じゃあ、よーいドン!
はい、ということで本日紹介する作品は、グラディエーター、リドリー・スコット監督の名作映画となっております。
舞台はですね、世紀180年頃のローマ帝国と見られます。
主人公はですね、将軍マキシマス。忠実そして勇敢な彼は皇帝マルクス・アウレリウスから強い信頼を獲得しています。
マルクス・アウレリウスはですね、もうだいぶ年老いていて、いよいよ自分の終わりが近いことを予期していながら、
最も信頼しているマキシマスに帝国は元老院に戻していく、要するに共和制へと戻していく意向を伝え、
そのちょうど過渡期にあたる役割をですね、マキシマスに任せたいという風に願いを託します。
しかし、その息子コモデスは権力欲に駆られ、父を殺害し、マキシマスの家族をも処刑してしまいます。
12:07
すべてを失ったマキシマスはですね、処刑される寸前に逃げ出すのですが、その後奴隷となり、やがて剣刀士グラディエーターとして戦うことを強いられます。
彼の心にはですね、新皇帝に対する復讐と正義の炎が燃えていました。
競技場ではですね、次々と勝ち抜き、観客の心を掴んでいく。
そしていつしか彼はスペイン人というあだ名で呼ばれ、再びローマの中心へと戻ってきます。
いよいよですね、コロッセオにおいて宿敵コモデスとの運命の対決の時が訪れ、
満身創痍のマキシマスは最後の力を振り絞って皇帝コモデスを撃ち倒し、皇帝の座を元老院、権力を元老院に返すという約束を果たし、
そして彼自身も深い傷に倒れ、夢に見た妻子との再会を、あの世かな、で果たすといった物語です。
正義と家族の愛を貫いた一人の男の壮絶な人生を皆さんも追体験してください。
今日は伸びたね。
いや全然そんなことないですよ。
いやいや。
レイテンシーの話を俺は何度もしている。
こっち基準で録音してんだから。
こっち基準で録音してんだよ。
でもやっぱり聞き直してもちょっとやっぱり遅いよってとこあるよ。
なことないよ。
見にくいねほんとにもう。殺すようで一回殺しちゃった方がいいですね我々ね。
やり合いますか。
でもちょっとリアルになんかこうスポーツちゃんからやってみたくなるね。
スポちゃんね。
スポちゃん。
スポちゃんはちょっとね確かに気になりますよね。
やったことないです。
今度ポケモンマンメンバーでやってみる?
どこでできるの?
結構なんかね、地区センターとかでできるとこあったりするんですよ。
あ、そうなんだ。
そうそうそうそう。
なんだったらね、僕が高校時代マンモス校だったんで、男子だけで1000人以上いるんですけど。
すごいよね。
学年でですよ。学年で1000人以上いるっていうそういうマンモス校だったんですけど、
たまに表彰みたいなのがなんか集会とかでされるんですよ。
当然人数多すぎて誰を表彰してるのか、名前聞いたって誰もピンときてないんですけど、
ある日ですね、スポーツちゃんばら全国1位のやつが表彰されてて、
誰だよってなってみんな結構興奮したっていう、そんな出来事ありましてね。
そんなやつもいるんだなというね。
とりあえずですね、今回はグラディエーターということで、もう孫をことなき名作中の名作と言っていいんじゃないでしょうか。
そもそもね、この作品を取り扱うことになったきっかけがですね、寄せられたメッセージですよね。
15:06
はい。
菜の花からしあいさんです。
からしあいさん。
からしあいさんありがとうございました。
ありがとうございます。
重厚で切ないドラマ何度見ても胸が熱くなりますということですので、なみなみならぬ思い入れがある作品だと思いますから、
まあちょっと失礼のなきようにと思いますけれども、
まあ我々のことだからそんなことも気にせずですね、諸文庄と聞いていく可能性はありますんで、
一応心して、投稿した以上は心して聞いてくれという。
そうですね。切られるのもかく。やっぱりこのローマは諸刃の刃ですから。
そうですよ。僕も切られるし、からしあいさんも切られると。
そうです。その覚悟なくしてね、闘技場に足を踏み入れてはならないというわけですよ。
そうですよ。
じゃあとりあえずジャブ的なところからいこうと思いますけど、なんかあります?
一個ね、冒頭からがっかりしたんですけど。
冒頭から?
冒頭から僕はだいぶがっかりしました。
監督のね、戦への知識が低すぎる。
森で騎馬戦やんねえよ。
なるほどね。
馬を無駄にするだけだ。
あんなアップダウンの激しい場でですね、まず陣を構えるかという話もありますしね。
相手がなんか山道みたいな感じで、山を拠点にした部族的な感じに描かれてはいたんですけれども、
どうもちょっと規模が小さく見えてしまう節もありまして。
ちょっとなんか最終決戦だっていう割に、
戦をしている範囲が狭すぎる上に、森からの恐襲だって言って、
騎馬であんな木々が茂っていて、
鬱走としてしかもアップダウンがあるところに、馬を全力疾走で走らせるんですね。
だいたい馬こけますよあれ。
そうですね。
これは僕の勝手な意見というわけじゃなくて、
これはもう日本でもそうだし、世界でもそうだし、
騎馬戦っていうのは基本的に平野だったりとかっていうところでやるんです。
で、足利義満とかがすげえって言われてるのは、
絶対あんなことやんねえだろっていうような足利義満じゃないっけ。
源義満ですよ。
義満だよ。
足利義満はそうですからね。戦わないです。
戦わないですね。
源義満がすげえって言ってんのは、
18:01
鹿しかいかねえような崖を馬で降りて戦ったっていう、
あいつバカじゃねえのっていう、そういうすげえですからね。
でもまあ義満に言わせれば、鹿が降りてるんだろ?
なら馬でも降りられるはずだっていうね。
鹿は牛鹿ですから。馬は馬かだから。別の動物ですから。
それが義経イズムですから。
いやいやいや、あいつ頭おかしいよ。
そうですね。
だから基本的には、森でね、電霊とかを走らせるってことはよくあったらしいんですよ、森でも。
やっぱり急がなきゃいけないから。
でも基本的にはそういう騎馬戦を、
あっここにいきなり冒頭でやってきたから、
おーっつって、ちょっとイラっとしちゃったなっていうところから、
ちょっと僕がスタートしてしまったってことをここでお話ししておきたい。
うん、なるほど。
まあ、その辺はしゃーなしじゃないですか。
しゃーなしですよ。
本当にね、歴史映画っていうのは非常に難しいですよ。
踏み込むと。
いろいろと史実ありきで語ったらつまらなくなるし、
で、だとしたらね、再現ドキュメンタリーみたいな形になっちゃうしさ。
もう今回やりたかったことはそうじゃないのははっきりしてるわけで。
だから言い出したらもうだってそもそも、
コモデスがマルクサウレリウスを殺すシーンとかもさ、
はいはいはい。
いやいやいやっていう、もう史実がんむしですからね。
うん、めっちゃ変わる。
俺未だにあれどうやって殺したのかよくわかってないんだけど。
抱きしめ殺ですね。
抱きしめ殺ですね。
窒息みたいなやつ?
窒息ですね。抱きしめ殺です。
よく漫画でさ、巨乳のお姉さんのところにさ、
頭行って息ができないよバタバタみたいなシーンよくあるけど、
ありますね。
あれで殺したってこと?
そうそうそう。
だからつまりコモデスは巨乳です。
なるほど。
コモデス巨乳説で今回いいですかね。
親切に。
親切、それでいいじゃないですか。
だとしたらマルクス・アウレリウスもそれなりに本望だったかもしれないから、
マキシマスが恨むのは逆恨みってことでいいですかね。
かもしれない。
だってBL界隈でもさ、男性の胸筋のことを男のオスと書いてオッパイと呼ぶらしいですからね。
ほんとさ、ほんと余計な知識だよねそれね。
オスのパイでオッパイという。
姉から教わりました。
お姉さん大丈夫かなっていうね、ちょっと気になっちゃいますけれども。
マルクス・アウレリウスはそもそも検定で知られることは確かなんですよ。
21:01
本当に皇帝ながら非常に哲学を愛した。
作品の中でも父は本ばかり読んでいたみたいなセリフがコモデスから語られるんだけれども、
実際本当に鉄人だったわけですよね。
非常に物事を深く洞察するような検定であったと。
ただ一方で彼は積極的にコモデスを自分の後面として継がせてるんですよね。
本当にコモデスがまだ若い時から、コモデス以外の息子たちが全部死んじゃってることもあり、
本当に自分の後面を継げるのはコモデスだけっていうところもあったので、
若いうちから副皇帝だとかなんだかわかんないですけれども、権力の罪に自ら据えていますし、
マルクス・アウレリウスは明らかに史実としてはコモデスを後に据えるつもり満々だったと。
これがまさにローマ帝国の悲劇の始まりというか、
それまでローマ帝国っていうのは徹底して能力主義だったわけですよ。
皇帝に据えられる語源点は全部基本的には能力のある人が、
接種ではないんだよね。
接種ではない。にもかかわらず、マルクス・アウレリウスはコモデスを据えてしまった。
そしてコモデス自身は父親とは本当に正反対な人間として記録されていて、
実際自ら殺すようにで戦うみたいな。
意味わかんないよね。
いや意味わかんないよ。意味わかんないけど、
多分本当にそういうマッチョイズムの塊だったんじゃないの?
1個考えられるとしたらさ、皇帝出るじゃん。
万が一にも皇帝殺させるわけにいかないじゃん。
すげー簡単に俺杖できて気持ちいいだろうね。
それは絶対にあったと思うんだよね。
コモデスが何をしたかったのかって言ったら、
皇帝の権力、力っていうものをわかりやすい武力、筋肉に落とし込んで、
民衆に見せて俺杖して、我にひれ伏せがやりやすいようにするみたいな。
そんなことまで考えてなかったかもしれないけれども。
ただの自己権持力の塊だったのかもわからないけれども。
だとしても奴隷と戦うっていうイメージがわからないので、
せいぜい弱らせた矛銃とかを用意して、
そいつをブスッと刺して、皇帝バンザーイしてから、
このお題も始まりますよ、みたいな感じでやってたのかな、
そういう想像はつくんですけれども。
とにかく結構ぶっ飛んだ奴だったことは確かだし、
戦場にもちゃんと自ら赴いてたらしいですしね。
そうした結果、祭りごとに関しては本当に無関心だったというところもあり、
24:02
結果としてローマが滅びていく、本当に始まりですよね。
後悔の足音が聞こえてきた期間っていうのがコモデュス期になるわけなんですけれども。
だからその辺はコモデュスの愚かしさみたいな、
その具体としてのコモデュスっていうところをより鮮明にさせるためにこそっていう演出ではあるけど、
結構マルキス・ワイルリースを美化し、徹底してコモデュスを下げるっていう風な演出をしているので、
だから早い話が細かい歴史演出はぶっちゃけどうでもいいと。
割とフルスイングで捨ててますよね。
もうそういうのはいいから、ドラマを描きたいんだと。
歴史ドキュメンタリーではもう全然ないんだよっていうのを、
ある種一番初めの戦闘シーンでも見せてたのかもしれない。
だからあそこは単純にマキシマスなんか強そうでかっけえみたいな。
で、周りの連中に慕われてるマキシマスみたいな。
それが出来ればいいんですよ。始まりはね、完全に。
ワンちゃんの意味がちょっとよくわからなかったんだよね。
ワンちゃん飼ってたね。
あの子何なの?
犬にも慕われるマキシマスみたいな。
犬を蹴しかけるシーンってなんかかっこいいじゃん。
またわかるよ。
バット・ボーイズ・トゥーバットでも警察犬がギャンギャン言ってるところとか結構かっこいいもんね。
それで言うとね、またしてもタランティーノ作品をあげて申し訳ないんだけど、
クエンティン・タランティーノのOnce Upon a Time in Hollywoodの本当にラストシーンで、
我らが敬愛するプラットフィットはですね、犬を蹴しかけるシーンがあるんですけど、
マジでかっこいい。
とんでもない。
とんでもないかっこよさで。
たぶんね、見たらね、やばいですよ。鼻血が止まる。
湿菌する?
ほんと湿菌する。
マジかよ。
俺も本当にだって電車の中で湿菌したもん。
ほんと?
もう水たまりができた。
じゃあ俺パンパン履いてから見るわ。
いやその方がいいかもしれないっていうぐらいかっこいいんで。
やっぱり犬を蹴しかける男性っていうのも、ある種マッチョイズム的な要素があるのかもしれない。
確かにね。マッチョイズムと言えばもうね、全体的にね、筋肉っていいなって思った。
結構序盤で、検討士たちの戦闘能力テストみたいなのを行うマッチョいるじゃん。
27:01
ランク分けのやつね。
お前黄色、お前緑みたいな。
ランク分け担当に任命されてる検討士がいるんだけど、あのマッチョいいよね。
あのマッチョいいよね。
すごいちょっと偉そうだし、嫌味っぽい表情を浮かべてて、しょうもないやつだなというか。
こいつだいたい早めに死ぬんだろうなと思ったら、びっくりするほど長生きするんだよね。
しかも後半になればなるほど、すげー味出てくるの。
めっちゃちょい役で、すぐ終わると思ったら、スープのシーンとかちょっとほっこりちゃったもん俺。
ちょっとムードメーカーみたいな。
で、深夜のギに行きましたみたいな感じで、何こいつ両キャラじゃんみたいな。
何あの初登場人の嫌味っぽい感じみたいな。
花より団子のあいつ、道明寺だっけ?
道明寺?塚沢?
うん、みたいな感じで。最初最悪だったけど、ちょっと好きになっちゃうみたいな。
やっぱゲツク主人公的な味がありましたね、あいつ。
日本人受けはあいつ良さそうだよね。
良さそうだよ。あいつ良かったな。
あいつ良かったな。
あとやっぱりね、筋肉って言えばね、黒人さんたちの筋肉のつき方って俺大好きなの。
俺無駄にアメリカとかの黒人さんたちが県衰したりとかさ、県衰なんだか県下げなんだかよくわかんないような県衰の仕方してたりするじゃん。
重力無視みたいなね。
そうそうそうそう。
こう言ってこう言ってみたいな。
あるねあるね。
ああいう動画を見るのが好きなんだけど、なんか俺変態っぽいな、やばいな。
いやでも、やっぱりこう生命力みたいなものの擬人化みたいなね、そこにほとばしるパトスを感じるわけだから、別に何もおかしいことじゃないと思う。
でも本当に綺麗なんだよね、筋肉がすごく。やっぱ手足も長いし、骨格筋のつき方がやっぱり人種によってちょっとずつ変わるじゃない。
その中でもやっぱり黒人さんたちの筋肉のつき方ってすっごい美しいなって思うんだよね。
そうね。
本当にそれだけなんだけどさ。
何の膨らみもしない話なんだけど。
でも黒人さんもいいキャラクターでしたよね。
いいかったね。
なんかちょっとした狂言回し的な感じで彼を、なんだろうな、マキシマスを導く存在として描かれてたなという。
30:08
奴隷への道もそうだし、ラストもそうだし。
いいエッセンスとして、お話のエッセンスとして彼の存在っていうものはうまく機能してたんじゃないかなという気がしますけど。
エッセンスといえばさ、全然話めちゃめちゃ逸れるんだけどさ。
ちょっと気になってることがあって、見直してもよくわかんなかったんだけどさ。
最初、連れてかれてるシーンあるじゃない。
どこに?
奴隷少年家に。
その時にウジを肩につけてもらいながら、見下ろされて喋ってるシーンあるじゃない。
ありますね。
あの時のあいつずっとクッチャクチャ食ってんだけど、何食ってんのかなって思って。
すごい気になったっていう、それだけなんだけどさ。
あれはマキシマスの肩に湧いたウジを噛み砕いて、マキシマスの肩に塗ってんじゃないの。
そういうことか。
わかんないけど。
わかんないよ。全然わかんないよ。
でもなんかわかんない。本当にそれはわからない。
でもなんか射血みたいなセリフがあったじゃん。
結構後半だと思うんだけれども、ローマもなんか射血しないといけないみたいな。
まだ射血っていう言葉が出てくるってことは、射血がまだ有効に働くとされていた時代だから。
ただ、ウジ虫に傷口にウジが湧くっていうのは、ウジがその傷口から出てくるその悪い部分中の何かしらを吸い出してくれるみたいな。
そういう発想で、ウジは取るなみたいな。傷にいいみたいなことをあいつは言ってたんだろうから。
だから割れたウジをグチャグチャして戻す。どういうことだよ。
でもちなみに言うと、ウジ治療はガチで現代医療の西洋医学としてあります。
あるんだ。
あるあるある。
全然射血はもう否定されましたけどね。
射血はもう頭おかしいやつなんですけど。
実際に今、傷口の治療として医療用のウジを使うっていうことは、日本で認可されているかどうかは僕ははっきり言って知らないけど、諸外国ではやっているところもあるよっていうことは知っている。
サナダムシダイエット的な。
あれはよくわかんないね。
33:01
でも西洋医学も一本やりじゃないですから、西洋でも各国において長らく民間医療として親しまれていたものは割と認可されていたりとか、他国に行けばそんなことはなかったりみたいなのはやっぱりある程度ファジーな部分があるので、
でもウジに食わせるっていうのはありなんすかね。
ありらしいよ。
ずっと寄生させてるわけじゃなくて、海とか腐敗物みたいな傷のぐちゅぐちゅした部分をウジをつかせて食ってもらって、また出てきたらまたウジつけて食ってもらって、そういうふうに治療していくみたいな。
洗えばいいじゃんって思うんだけど。
不思議だなって思っちゃいますけどね。
あと何かツッコミどころありますかね。
僕でもそんなもんかな。
俺はね、一個あるな。
マキシマスが結局最後クーデターを起こそうとして失敗して小縄に着くじゃないですか。
あんなに簡単にマキシマスを止められるんだったら、そもそも一番初めの時点で確実に殺せてるよねっていう。
なんであんな少人数で一応歴戦のもさの将軍を処刑しようとしたのかさっぱりわからなくない。
確かに。
まだ完全に権力を掌握してなかったからそういう規模になっちゃったのか。
だとしてもだよ。
そもそもね、鳥逃しましたよと。
そしたら最終のところに行くに決まってんじゃん。
待ってや来るじゃん。
殺せるじゃん。
一番初めの旅の始まりじゃないですけれども、その部分がちょっと駆け足というか、
別にテンポはあれぐらいでいいのかもしれないけれども、ちょっと無理がありすぎるよね。
っていうのはどうしても思ってしまう。
でも大丈夫。
偶定だから。
そうですね。検定ではないですから。偶定ですから。
偶定ですから。
そうです。もうそれで全て肩がつきます。
一応僕が褒めておきたいジャブもあって、
36:02
これもうたった一言で済むんですけど、
ラスト誰にも見向きされてないコモデスの死体が受けるっていう。
確かに。
相当嫌われてたんだろうね。
あれはさ、どうなんよっていう。
面白すぎてしょうがないのよ。
ちょっとかわいそうだよ。
さすがにちょっとかわいそうだよね。
国民も何も言わねえのかよっていうさ。
だって連中は僕がマキシマスを言ってるのは、ただ戦いが強いだけのやつですから。
餅みたいなの配ってたじゃん。
あれくれてんのさ、偶定だよ。
そうだよ。だからおかしい話なのよ。
分かる?だから、例えば僕らが、僕らで言ったら大谷翔平みたいなもんじゃないですか。
圧倒的な強さを持ってて、もう歴史に名を残すプレイヤーなわけですよ。
そんな大谷翔平を見て、「大谷!大谷!」ってなる気持ちはわかる。
じゃあ大谷翔平が石破茂をグーパンしたら、大谷ってなるかって言ったら、え?ってなるよね。
どうした?
え?ってなるよね、それは。
普通に心配になる。
心配になる。両方心配になる。ちゃんと石破茂さんにもすごい心配すると思う。
え?ってなるよ、それは。一応失礼者のトップが。
なんでこう来た?ってなるし。
色々思っちゃう。国民感情どうなってるのかなっていう気持ちにどうしてもなってしまって。
あの弦はさ、何だっけ、確かローマの言葉だったと思うんだけどさ、ピザと酒と何とかさえあれば、政治は何とでもなるみたいな。
パンとサーカスですね。
パンとサーカスか。
パンとサーカスです。食料と娯楽を与えれば、政治、祭りごとには何も言わないのが民衆であるという。
そういうことなんじゃないですかね。
強要なき時代においては別に関係ないんでしょうね、上に誰が立とうが。
直接的な思いこぼしがあるか否かっていうところでしか何も測ってないんだろうね。
それでいうと、一個思い出しました。強烈な僕の引っかかりポイント。
コロッセオで演出家みたいなやつがいろいろ言ったりとか、ラストシーンとかもコロッセオの中心部隊でね、倒れたマキシマスと皇帝を前にして、いろいろとこのローマの今後みたいな話とかしたりしてるじゃないですか。
39:05
あれ誰にも聞こえてないよね。あれ誰にも聞こえてないよね。
すっごい気になって。
今回は、歴史に名高い何々の戦いを再現すべく、みたいな言ってるけど、あれ誰にも聞こえてないよね。
でも本当に歴史において、同じことがね、ずっと気になってて。
例えば中国とかさ、大規模で、それこそ5人体、100人体、1000人体みたいな形でさ、陣を組んで、で戦闘してたりもするじゃない。日本でもそうだしさ。
で、よく皇帝が民衆の目の前に立って、なんかを喋ってうわーみたいになったみたいなさ、伝承みたいなのって世界各地いろいろあるじゃない。
たぶん聞こえてるのは目の前にいる10人ぐらいなんだよね。他バカじゃん、ただの。
だから後ろの人たちはなんか前の人がうおーって言ってるから俺もうおーって言っとこうぐらいのもんなのよ。
たぶんね。
あれは何?音声拡張魔法かなんか使ってんの?やっぱり。
ないですね。
ないか。
ないです。
ローマでもないか。
ないです。
なんだったら、それこそ民衆を前にして音声の増幅器を使って、演説を行って鼓舞をするみたいな手法っていうのが、広く当たり前になってったのって、それこそ第二次大戦前ぐらいですから。
そっか。
ナチスのヒトラーが増幅器を使って、大規模な党大会っていうものを盛り上げるみたいな手法を好んで使い始めたみたいな。そんな感じですから。
ポテモじゃないけどローマ帝国のコロセオで、「この度は?」とか言ってるのに誰が聞いとんねんあれって。筋書きと違うとか言って誰が気づくんだよみたいな。そんな勢いよ本当に。本当に何も伝わってないと思うんだよ。
なんかあれ、ローマって結構チラシ配るじゃない。
はいはい。
だから実際は、事前にチラシとかポスターとかがこういう演目がやるよっていうのは、事前に周知されてて、なんかあいつ喋ってるけど、多分どうせ何々について喋ってるんだろうぐらいの気持ちだったかもしれないね。
あれね、南海記とかの法要とかで坊さんが念仏唱え始めるけどさ、何言ってるかちょっとよくわかんないときに手元に冊子とか配られててさ、多分この辺読んでんだろうなみたいな。
42:06
念仏つけるみたいな感じね。一回やりまして、それあのひいじいちゃんの南海記忘れましたけど法要行ったときにね。ポクポクやってて、なんなのーって言ってるけど、どうかわかんねえなと思って必死に探して、なんかそれっぽいとこ見つけてさ、この辺かもしれないとか言って。
周りの親戚も一緒にその辺のページをペラペラめくりながら合わせてめくって、この辺かなと思ってたらしばらく長々と坊さんがワーワーと言った後、いきなり止まって、
はい、それではこれから冊子を開きくださいって言ったっていう、乗ってないんかいっていう、っていうのもありましたけど、
実際、大規模な民衆、大規模な街の中でどうやって意思決定をしてたのかっていうと、やっぱり紙による情報で、紙も相当高価だからさ、大丈夫なのって気がしますけどね。
でもローマって結構そういう紙媒体かどうかはちょっと定かではないんだけど、例えば店のチラシだったりとか、バイトの募集とか、そのレベルで広告っていうものが結構日常的に使われてたっていうのは世界不思議発見で見たので。
エジプトと交流があるからパピルスとかが入ってきてるんですかね。
たぶんね。だからそういうふうに日常的にこういう演目の周知みたいなのができたんじゃないかなと思うと、あの盛り上がりもまあ、いいかなって。
まあ、大手舞ちゃんの声は何も聞こえてないけど。
聞こえてないけど、なんかあいつ言ってんぞぐらいの。
なんか言ってんなあいつみたいな感じですけどね。そのぐらいにしておいてですね。
はい。
ちょっとそろそろ褒めていきたいなと思います。
うん。
どうですか?なんかどっちから行きます?
あの、声が死ぬ前に喋っていいですか?
そうですね。そのほうがいいと思いました。
はい。
えっとね。
たらしあいさんに大変申し訳ないんですけど、
正直この映画僕マジで刺さんなかったんですよ。
そうなんですね。
うん。
っていうのも、でも刺さんない理由もよくわかったの。
うんうん。
で、えっと、最初初見で見たとき、はーんってなってしまったの理由っていうのは、
どこかっていうと、えっと何だっけ?マウレリウスだっけ?
マキシマス。
マキシマスだ。
マキシマスの動機が一貫してないっていうのが腹立ってしょうがなかったの。
はいはいはい。
どこに、何に対して、何をしたくて今動いてんの?っていうのがコロコロコロコロ変わるわけよ。
45:01
うんうん。
だから、なんかこう、お前は国のために準じたいのか、家族に準じたいのか、
お前自身の信念に準じたいのか、何なんだよっていう。
うん。
っていうのがすごくこう、よくわかんなくなっちゃって、
ふーんってなっちゃったっていうところが一つと、
あんだけこう、民衆を力につけるっていうこと自体を嫌ってたやつが、
軍は動かせるのか、すぐにでも、よーしって、ちょっと盛り上がっちゃった自分、
アキシマスがいたところで、あ、お前も朝鮮、権力な。ってちょっと冷めちゃった。
ふふふふ。
っていうところがあったんだけど、これ見たときにやっぱり、
この死っていうものを強烈にここまで描いた作品だから、
やっぱりローマ哲学をちょっと振り返らなきゃいけないなと思って、
はいはい。
ローマ哲学をもう一回ちょっと見直したんですねって言っても、なんかあんまりしっかりは見てないんだけど、
ってすると、あのコロコロ変わった内容っていうのが、古代ローマの死の哲学っていう範疇において、
ちゃんといろんな場面場面で、当時の派閥の意見っていうところをちゃんと象徴してたっていうことがわかったので、
あ、なるほどコロコロ描いてたのもある意味これわざとだったのかもしれないなってちょっと反省して、
そしたら見方が面白くなったなっていうところなので、
今回はなんか話を深めるっていうよりかは、
あ、こういう視点で見たら僕は面白くなったよっていうところのただの紹介で終わっちゃうと思いますので。
はいはいはい。お願いします。
はい。まず古代ローマにおける死の哲学っていうところなんですけど、大きく分けて3つ。
ストア派とエピクロス派とキケロ。この3つになってくるんですね。
ストアっていうのは、代表的な人物としてはそれこそマルクス・アウレリウスは、
ジセロクっていうものを描いてストア派の哲学をやってるし、セネカっていう人も人生の短さについてみたいなことをいろいろ言ってたりするし、
ストア派がどういうふうに死を捉えてるかっていうと、死は自然なものであって、恐れるべきは不正な性。
だから、平らに生きることみたいな、いわゆる誤禁みたいなところをするんじゃないよっていうところがストア派の意見で、
やっぱりこの役割意識っていうところと理性があるように順次ていきなさいねっていうところが、このストア派の主な意見のところ。
48:02
エピクロス派っていうのもあって、このエピクロス派でよく言われているのは死は無であると。
割と後々の哲学で言う、我を思うゆえに我ありみたいなのと結構近しい考え方を持ってて、私が観測している間は死なない。
死があるときは私は観測してるから知らないよねっていう。
だからそんなに死を迎えた後のことなんて何も起こり得ないのだから、死を恐怖すること、そもそもが空虚であって無駄なことだよね。
だから恐怖を生み出してるのはただのお前の勝手な想像だよっていうふうなことで、死を捉えてるっていう。
エピクロス派っていうのが結構快楽主義と誤認されがちなんだけども、実は死の恐怖っていうものからの解放だからこそ、生をたっ飛びなさいよっていうのが中心だったりもするっていうところは補足としてとらえておいてほしいなというところですね。
最後聞けろなんですけど、この人は割とロンリー・ルーフなので、何々派というよりかは聞けろとして捉えるんですけども。
この人がローマ哲学においては、哲学すること自体が死ぬことを学ぶことであるっていうことを言ってるんですね。
だから死をどういうふうに考えるかっていうのが人間の格を決めるよ。
だからこの人聞けろの考え方が、その後のちのコギト・エルゴスムじゃなくて、マンマン・ミーヤじゃなくて。
メメント・モリ。
そうです。メメント・モリ。なんだマンマン・ミーヤって。
っていうのが、ローマ人の態度的にこの素敵な御検定次第の頭のいい人たちには聞けろっていうのが響いたっていうようなのがあります。
すっげえどうでもいい聞けろのね、統帥してた将軍なんかは、将軍の凱旋パレードで勝ったぞみたいなのが返ってくるじゃない。
イェーイってやってる後ろに奴隷を座らせて、今回の勝利は今回だけだ。お前は次死ぬかもしれないってことをずっとブツブツ言わせるっていう謎のマゾプレイをしてたらしいです。
すごいね。徹底してますね。
徹底してるけど、僕だったら途中でうるさくなって切り捨てる気がする。そのための奴隷だったのかな。
自分でやらせておいて、ちょっとイラッとしたらみたいな。あったかもしれない。
三大ローマの真の哲学っていうところで、どこのシーンでどういう派閥のどういう内容かっていうところを、なんとなくざっくり話していくんだけども、
51:12
まず最初奴隷として抜け殻みたいな、最初のマッチョマンが選別するときも、殴れよ、スインしてくれよみたいなことをやってる。
自分から積極的に動かないけれども、自分の傷を忘れないために傷を無視しているみたいなところ。
これが結構ストア派的なところだと、理性を失って役割を果たさない状況。生きながらに死んでるみたいなところの哲学とすごく被るし、
背中派が言うところで言うと、命が短いとかそういう話ではなくて、命を我々が無駄にしているのだみたいなことを言ってたりもするので、まだにその状態になってるんじゃないかな。
だから当時は人格なき存在で、死ぬことっていうことすら選べなかった。だからその抜け殻状態になってるっていうところで言うと、死に限りなく近いけれども生も選んでないっていうような人間性の喪失っていうところを
象徴してたんではないかなと。そいつが初戦闘の時なんですけれども、いろいろぶった切って殺しまくって、さあ終わったっての時に、お前らこれが見たかったのかってブチ切れるんですけれども、
これがマルクス・アウレリウスが自制録で書いてるような、死を娯楽にする堕落っていうようなことを通列に批判せるところがあるんですね。息子には伝わらなかったみたいなんですけど。
そういうような批判みたいなところが描かれていた。で、群衆を味方にしろみたいなシーンでは、見せ物っていうものを否定しつつ観客を利用していくっていう。
これはまさにストア派の役割理論っていうところに実践していくっていうところ。あるいはスト派の役割を理性的に行っていくっていうのは、現実を受け入れる力っていうところにも被ってくる話だから、
すなわちそれを生きることっていうところで、この性をよく考えることで死を思うみたいなところがここで描かれていて。復讐をいざやっていくぞってなった時には、復讐の達成と同時に虚無感みたいなところがあったし、
このさっき言ったストアの内容で言うと、奴隷に喋らせてたように、この名誉も勝利も幻である幻想なんだから、次お前どうなるかわかんねえかみたいな、そういうようなところを話してた。
54:08
最後のアヴァロンの幻想のところ。麦畑っていうのが死者の魂が帰る場所っていう、ローマのローマ神教的にはそういう場所なんですね。
エリシオンでしょ。
エリシオン。なので、その死の世界っていうところのメタファーに、宗教的メタファーになってるところなんだけど、やっぱり麦畑を歩いて祭祀のもとへ行くっていうのが、
やっぱりこのエピクロス派で言うと、死は恐怖でなく安らぎになっていくんだよとか、あるいはキケロ的に言うと、死ぬことを学んで、死ぬまでにどうするかっていうことを実行していくっていうような哲学の完成形がそこには見えてくるんじゃないかなと。
やっぱりこのグラディエーターっていうのはどういう生き様を描いているのかっていうことがよく言われるし、見た後に、僕も映画レビューみたいなのをいろいろ見てみたんだけれども、どう生きたかっていうところをすごい皆さん語っているんだけれども、
僕的にはこれはローマ哲学的には、死をしっかり描いているっていうところが、僕の中で一番面白かった点になるんじゃないかなと思うので、ぜひ皆さんもちょっとこれローマ哲学、この3つだけでいいから、キケロとストアとエピクロス、そんなに長い、分厚い哲学書みたいなのもないので、
ペラペラで読めるし、なんならソフィーのあれでいいので、漫画もあるし。ちょっと読んでからグラディエーター見ると、たぶんからしあいさんもぐっとまた深く見れるんじゃないかなと思うので、おすすめですっていう感じです。
まあやっぱりその時代に生きていた思想みたいなものを踏まえてみると面白いのかなというふうに思いますけどね。思いますけど、でもこれは結局現代のアメリカで作られた映画だから、しかもエンタメのね。
現代って言っても2000年ですか20何年前ですけど、その点で言うとそこまでの交渉してるかどうかっていうところは微妙っちゃ微妙。微妙だけど知った上で見ると刺さってくるシーンはあるのかなという気がする。
ただやっぱり、現代のアメリカというところで撮られたことを考えると、結局我々が大好きなキリスト教的なね、そういう解釈も全然余裕で耐えうるというか、感じはあるかなって気がするんだよね。
結局マーキシマスは一体何だったのかみたいな話になってくるんですけど。
57:03
今回僕があえてね、強く打ち出すつもりはないですけど、説を用意するとしたら、映画グラディエーター。キリストマキシマスによる世襲批判映画説っていうね。
なるほどね。
マキシマスはもう完全にキリストじゃんっていう話になっちゃうかなって気がするんですよ。
そうだね。一回死んでな。復活してな。
そして最終的には、自らの命を落としながら、ローマ市民の人々を救うわけじゃないですか。
はいはい。
圧勢から解放して。
しかも殺せるのって丘の上ですからね。
そうですね。もうまんまじゃんっていうお話なんですよ。血を流しながら。そしてどこ刺されましたか?
肝臓が。
脇腹支えてましたね。
だからキリストじゃないかいっていう。
本当好きねってやっぱ思っちゃうんですけど。
好きね。でもさ、俺ねこのキリスト好きねをね、割とちょっと批判したい部分もあってさ。
復活してから大したことやってないのよキリストって実際。
なんかこういろんなところに現れては、え、なになに俺の話してんの?すげーじゃんっていうことをして、気づいたらいなかったみたいなことしかしてないんだよ。
むしろ普通に生きてた時の方がいろいろやってんのあいつ。
あいつとか言ったらなんかキリストガチ勢にちょっと怒られそうですけど。
生きてるうちになんかいろいろやろうよって。
まあだからね。
本当にキリスト教をなぞりたいんだったら。
いやそれは別になぞりたいわけじゃないのよ。
だからもうこの人はキリストとして描きますよっていう予告です。
なるほどね。
はじめに死にかけるのは。死にかけて蘇るっていうプロセスを踏むことで、
あ、なるほど、これも宗教的なモチーフをベースにした作品なのねっていうふうに、そこで理解させるためのプロセスでしかない。
宗教画というか西洋絵画で虹が描かれてたら神の刑事のモチーフですよとかいうそういう前提として、
これはこうっていうふうに見せるための役割しかないのかなっていう。
そんな気はしますけど。
だからそういうふうに読み解くと、簡単に整理できるよねっていう気はしてしまうよね。
裏切りによって命を落とすっていうのもまさにそうじゃないですか。
そうだね。
不幸しすぎるの。不幸しすぎるの。
1:00:02
で、また彼が死の淵を彷徨っているときにいくつかイメージカットが挟まれるんだよね。
またね。
原始するんですよね。中にはたぶんエリュシオンもあったのかもしれないですけれども。
胸に撫でる夢だったり、祭祀がいるところはおそらくはエリュシオンなのかなって気はしますけれども。
白馬も出てきましたよね。彼の原始は。
出てきたね。
このヨハネの黙示録にキリストが白馬に乗って出てくるみたいな話があるらしいと。
僕は全く読んだことないので知らないんですけど。
ありますね。
だとしたらもうあれもそうですよねっていう。
この人はキリストとして自分自身の命というものさえも使ってやっていきますよっていう。
それをもうあそこで説明している。
って考えたらまあわかりやすいよねっていう。
確かにね。
やっぱり信仰の力って強いよっていうことなのかと思うんです。
そしてそこやって生み出される神と人間との深い絆っていうのは、
人と人の親子っていう関係性を超える説得力を持っているということだと思うんですね。
だからコモデュスはひたすら検定のマルクサウルディウスの息子であるという立場でもって好き放題やるんだけれども、
結局それじゃ何も進んでいかないよと。
結局人を人として動かす、生かすのはやはり救済者としての存在、すなわちキリストなんじゃないかと。
そしてそれはこの作品で言えばマキシマスだよねっていうことを見せたかっただけなのかもしれないという。
なるほど。
気はしました。
だとするとコモデュスは何のために描かれたのかなっていうふうに思うと、
ここでちょっとキリスト教から離れて考えると、
世襲政治批判をしたい映画でもあるよねっていう気はする。
結局全ての世襲議員がそうだとは言わないけれども、
やっぱりある程度権力の基盤根拠として血縁というカードを持っていると、
それ以外がなくても成立してしまうというそういう落とし穴があるよねって話だと思う。
その人個人がどういう能力を持っているかみたいなことは関係なくて、
ただ単に息子だからっていう理由だけでその立場を譲り受けてしまうっていうふうな構図。
それを我々はこのグラディエーターを通して見て、
うわ、なんて最悪なんだっていうふうに思うけど、
見渡させてみると自分たちの身の回りってだいたいそういう構図多いよねっていう。
ただそれは別に悪いことではないはずなんだけれども、
祭りごとに関してはやっぱりそれは違うんじゃないのかっていうのが今回の作品の立場だと思うんですよ。
っていうふうに考えてみると、
1:03:03
コモですがマルクサウリリスを殺しました。
その後、自分がトップに立って元老院の話し合いに参加するんだけれども、
ちょっと結局考えてるばかりでコードに映ってねえよみたいなお話をしたりするし。
やっぱり世襲で選んだ人員っていうものは能力を前提とされていないから、
実際にそれをやってみるまでその人物が言うのかどうかすら我々にはわからないという恐怖があるよねっていう。
そういうことなんじゃないのかなって気はしながら見てましたね。
で、この2000年後半戦もどうしてもグラディエーターの方が先じゃないかってなっちゃうと思うんですけど、
アメリカといえばブッシュ・ジュニアとゴアの投票をしてたと。
あったなあ、そんなこと。
これまさしく、決闘主義との戦いだったわけですよ。
そして決闘主義が勝ったわけですよね。
ブッシュ・ジュニアが権力を握り、その後様々な戦争に関与していくことにはなるんですけれども、
やっぱりそれに対する批判意識っていうものはこの映画制作の段階でおそらくあったはずだと思う。
でなかったら、完全なる世襲の擬人化として描かれているコモデュスっていうものが生きてこないし、
マルクス・アウリリウスがマキシマスに対して共和制であることの重要性みたいなものを解いていくシーンもその分意味が生まれてくるのかなって気がしますね。
なるほどね。
ただね、面白かったのは確かなので、僕の中ではね。
ラストのシーンとかもいろいろ解釈できるんじゃないかなって思いますけど、別に解釈なんてしなくても楽しいし。
ただそれがやっぱりポッドキャストで語る時の難しさなのかなって気もしますね、同士にね。
声が出なくなってきたんだよね。
で、ちょうどね、今1分。1分じゃない。
1分。
もう1時間5分喋ってますんで。
しかも素晴らしいことにですね、僕の中で提示したい説そのぐらいしかないんですよ。
世襲批判映画およびね、キリスト説っていうこの2つしかないので。
まあちょっと今回はね、単純にちょっと楽しくなっちゃって、そこまでだったんですよね。
そうね。ごめん、1個だけドブというかさ、ジャブさ言うの忘れてた。
なんですか?
なんかこの映画見始めて、ハンスジマっぽいなと思って調べたらやっぱハンスジマだったっていう。
1:06:02
ああ、もう音楽はね、素晴らしいですね。本当に。
聞いたらすぐにハンスジマわかる。
ハンスジマはね、レジェンドです。
レジェンドだよ。
レジェンドですね、ほんとね。
わかんない人がいたら、パイレーツオブカリビアンのメインテーマの人です。
まあやっぱハンスジマ、アラン・メンケン、ダニー・エルフマンとかその辺は僕も全部大好きなんですけど、
ハンスジマはちょっと一歩抜けてる感じがしますね。
抜けてる抜けてる。
というわけで是非ね、本当に作品の良さを一層深めてくれている素晴らしいBGMなので、
是非オケ版も聴いてくださいということで。
グラディエーターシリーズこんなもんかなっていうふうに勝手に思っちゃってるんですけど。
最後の一言。
まあ最後に一言もらう前にですね。
救済と死はね、死と救済、火より一体なのかっていうふうに問うてるんですよ。
最後マキシマスは死にますよね。
そしてローマ帝国が救われたと。
そしてマキシマスは死後の夢の中で祭祀に出会うという。
そんなエンディングだったんですけど。
どうですか。死と救済って表裏一体なんでしょうかね。
でもローマ哲学の先ほどいろいろ言った派閥からすると、
エピクロスカーとしては別に救済でもないよねっていう話になってくるし、
キロ派すると死は救済になってくる。
だからでも死を救済とするのであれば、死を救済とするために生をどうするかっていうそこがやっぱり重要になってくるのかなって、このローマ哲学的にもね。
まあそうだよね。
だから、本人にとって死が救済になるかと言ったら、必ずしも僕はそうではないと思う。
けれども、なる場面っていうのももちろんある。
中途半端な答えしか今のところないんだけど、どうですかね。
まあわからなくもないし、どっちかというと死が救済で描かれることもあれば、
罪を贖う食材として描かれることもあるので、どちらとも言えないなと。
キリスト教的な価値観で言えば、やっぱり現在っていうものが我々にはあって、それを進むためにですよ。
現世において苦難、苦役に取り組まなければならないわけじゃないですか。
だから、死っていうものがそれを乗り越えた証明として提示されれば、救済とは表裏一体というふうに言っていいのかなって気がするけど、
1:09:05
でもね、日本人の歴史観からすると、やっぱりそこらへんの現在の前提っていうものがそもそもないわけで、
働くことはむしろ評価されることであって、神に呪われるからやらなきゃいけないっていう話じゃないんですよ。
ここらへんに民族的な違和感がどうしてもあるのかなって気がしてるんですね。
だから別に、日本において死は救済と表裏一体ではないと僕は思っていて、
倫理の世界において死もまた始まりに過ぎないわけじゃないですか。
っていうふうに思うと、死と救済っていうものを安直につなげる必要はないんじゃないのかなって気がするんですよね。
ただやっぱり今回の作品においては、食材であったり、あるいは希望を抱いてみたいな、
自らの犠牲でもって帝国を支えるみたいな、そういう思想がありますから。
どうなんですかね。だって死んじゃったら何もできないわけでしょ。
そうなんだよ。
それは救済にはなり得ないだろうなっていうふうに思うと、必ずしもイコールではないと思うし、
死につながらない救済もあるし、救済でもって逆に死に落ちるような死に至るみたいな、そういうケースもおそらくあると思いますし、
必ずしも救済をされるためには死ななきゃならないということはおそらくないのかなっていう気は、僕の中ではしていますけれども。
本作見てみてそういうところも合わせて考えてあげると、より楽しめるんじゃないでしょうかという感じで。
じゃあ最後何か言い残したことがあればどうぞ。
ちょっともうかすれ声で大変申し訳ないんですけど、この映画見て一番思ったのは、温泉入りたいなってことです。
温泉のシーンなんてあったっけ?
ご検定のマルク・サウリリウスでしょ?
テルマエの大御所やぞお前。
あ、そうなんだ。
テルマエ大好き人間ぞあいつ。
じゃあテルマエ人形マルク・サウリリウスに会えたかもしれないぞ。
あれ会えますよ、テルマエ行けば。
そうなんだ。
テルマエって確かあの辺の時代じゃなかったっけ?
わかんないですね。
そうだよね、テルマエローマやあの辺のマルク・サウリリウスのちょうどジャスト時代ですよ。
1:12:02
そうなんですね。
古代ローマ人と日本人の意外な共通点ということで、厚いフローが出てくるわけですよね。
そうですね。
どの程度本当にわかり合えるのかっていうのは、実際に話してみないとわかんないので。
ちょっと確かめたいですよね。
おそらく日本式の入り方はしてないので、そこらへんはわかり合えない可能性はあるけど。
湯に浸かるという文化って本当に世界では珍しい文化だから、
なかなか語り合えることはあるかもしれないね。
そうですね。
まあでも動物でも風呂に入るやつはいますから。
はいっぱいあるとこね。
温泉に入るやつはいますからね。
根源的に心地よい気持ちはおそらく味わえるはずだと思うので、
わかり合える外国人の方はぜひこちらまでご連絡ください。
そんなところかな。
最近さ、僕数パーセント前からよく言ってるんだけど、
きちんと日本式の入浴される外国人の方結構増えてるんですよ。
そうなんですね。
しかも外国の方のほうがきちんとルール守ってる気がする。
やっぱりファジーな判断できないですから。
ちょっとでもずれたことやったらまずいなって思ってる中、
ギリギリを攻めるのって難しいですからね。
まあ確かにね。
そういう点で言うと日本人の方が逆にルール守ってないというような場面も
ひょっとしたらあるかもしれないですね。
ちゃんと体洗ってから入ってくるんで、
僕はね、僕の行きつけの数パーセントの外国人の方々好きです。
はい。
急ならぶれたでした。
一個忘れてましたけどね、
ここまで更新が遅れてしまったっていうのは一応Xでもお伝えしたいんですけど、
とにかくオーマーの調子が悪かったんで、一応報酬もないかなということで、
今回は全然違うスケジュールで、普段と違う動きで収録している関係もありですね。
今僕ちょっとまぶたが重すぎて何も考えがまとまらないんで、
もうすぐ寝ます。
僕も眠い。
次回がスリーピーホローです。
そうですね。次回スリーピーホローなんで。
スリーピーホローの最後にまた改めて、
次回作の予告をそのときに合わせてさせていただきたいと思いますので、
ぜひお楽しみにお待ちいただくとともに、
スリーピーホローご視聴を終わらせておいてください。
よろしいですかね。
というわけでね、お聞きいただきましたのは、
リールフレンズin東京、古代ローマ歴史スペクタクル映画ブグラディエーター、
死と救済は表裏一体なのか?でした。
番組では皆様からのご感想をお待ちしております。
Xネタハッシュタグリルパルをつけてポストしてください。
なお公式エクサカウントはリールフレンズで検索すれば出てくるかもしれないです。
1:15:00
探してみてください。
この番組はアップルポッドキャストをはじめとする主要なポッドキャストアプリで配信しております。
本日のお会いとは誠、
大間でした。
それじゃあ、またねー。
またねー。
01:15:21

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