仕事と年末の挨拶
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。よろしくお願いします。
一応ですね、今年はこれで
12月26日ということでですね、仕事納めの方も多いかなと思います。仕事納めということで、私、大橋の方もこれで、ポードキャストは今年は終了となります。
早いですが、良いお年をお過ごしくださいということでメッセージといたします。でですね、年始ですね、2026年は1月5日月曜日から開始
していく予定です。もしかしたら
忘れてるとか、多分大丈夫だと思いますが、やっていきたいと思いますので、また来年もよろしくお願いいたします。
まあですね、あの今年の振り返りとかはまだあんまりやってないんですが、この年末年始でやっていこうかなと思います。
多分ないと思いますが、気が向いたら、どこかで、何だろうな、ないかな、ないと思いますが、今年の間に何かもう一回ぐらいは更新するかもしれないし、
と思いますけど、まあまあないでしょう。すみません。
今年ですね、すみません。今回ですね、テーマとしては、
まあ何とか言ってるんですけど、
考えるネタばっかり言ってますが、また考えるネタなんですが、興味とか関心みたいな話のところでですね、これは林裕司さんですよね。
デイリーポータルZというね、もしかしたら
ウェブメディア、なんかニッチなやつ?
例えば納豆1万回回すとはどうなるかみたいな、そういう面白いメディアみたいなのですよね。
今時ってこういうメディアって生まれづらい、やってる人いるかもしれませんが、
頑張ってもYouTubeとかでやってみましたみたいな感じですかね、新しいなら。
で、かなり前からあるメディアだと思いますが、
それをやっている、編集中やっている林さんという方がいて、その人の面白いを見つけるという本を買ってない人で読んでるんですけど、
まさに違和感発想でもあるし、一方で、
誤解してた部分があるというか、誤解してる人もいるんじゃないかなと思ってまして、
そういった部分とかを含めつつ、興味発見の仕方みたいなね。
素朴にね、どう毎日を見るかみたいな、日常をどう見るかみたいな話です。
何度もこの四国理ラジオでも言ってるんですが、
もう林さん書いてるなみたいな、別に僕が知り合いでも何でもないですが、
いや、ほんとすごいなと。
まさにその通りっていうところで、
全部読んでないんですけど、まだ1,2章ぐらいしか読んでないんですけど、
もうそれでも全然大満足してるところで、
それを踏まえて、よかったらぜひおすすめです。四国理的にもおすすめですが、
僕なりに興味発見の仕方みたいなところ、もしくはどうやり方を見ていくか、
なんかちょっと四国理っぽいかわかりませんが、僕っぽいというかですね、勝手に思ったんですが、
そういう締め方で今年は終わりたいと思いますので、
ぜひ聞いてください。ここで終わってもいいですけど、
それは寂しいかもしれないので、ぜひ聞いていただいて、
良い年を過ごしていただければと思います。
引き続き聞いてみてください。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
四国理ラジオ大橋です。今回は興味発見の仕方ですね。
前から言っている、どうやってやっているのかということと、その考え方ですね。
まずいくつかあるんですが、バラバラというよりも関連しているもので、
一応ラフな絵とかも描いてたりしますが、
シンプルにですね、例えば僕がですね、日々情報収集というとね、
なんか大げさですが、ニュースとか、本も読んでますね。
ネットの記事を読んだりね、いろいろやってると。
そういうのって多分どなたもやられているんじゃないかと思います。
全く見ないという人はいないと思います。新聞でもね、ヤフーニュースでも何でもいいんですが、
SNSからね、とかでもいいし、ニュースアプリでも何でもいいですよね。
ニュースじゃなくてもいいですよ。歩いていて気づいたこととか、
そういったことを全部を日常生活で毎日何かしらやっているとします。
でですね、そこで象徴的なものを引っ張ってくると、
例えば、記事を100本くらい見ると。100本見てるかわからないんですけど、
RSSリーダーみたいなので、これブログに書いたことではあるんですが、
興味があれば四国にブログよかったら見てみてください。
ちょっとうるさい。サボってここ見てくださいとは言わないですけど。
で、100本見るじゃないですか。100本見たら、それ全部本文読むかっていったら、
多分それ本文を5分読んでも100分だから500分じゃないですか。
それで一日終わりません。さすがにそれはないです。
で、タイトルと概要をサッと見て、下手したら数秒ですよね。
で、見て面白いなとかいうのをピックアップする感じです。
で、しっかり読むのはそのうち10本くらい。これはあくまでもたとえなんで。
でも、じゃあそれで半分見るかっていうと、そうはならんよね。
で、100本のうち1本しか見ないってことになるかっていうと、
興味があるやつ読むかっていうと、そうはならんよねって感じなんですね。
で、その10本のちょっと読んでみたいなっていうのにチェックをつけて、
後で読むとかブックマークとか人によってやり方あると思うんですけど、
それについて読むと。でも読んでも全然期待するものではなかったり、
全然違うとか、あとは興味がそそられないとかももちろんあるじゃないですか。
のがあって、結局面白いよねと紹介したくなるものっていうのは、
1本くらい残ればいいっていう感じなんです。
つまり、今段階をしゃべったんですけど、100本をまず当たる、
そのうち10本程度の1割ですね。1割はしっかり読む。
で、その上で面白いなと思ったのが1本。
日常の観察とニッチな発見
つまり、1割ずつかけ算するわけです。0.1ずつってかけ算ですよね。
100本やって10本見て、興味があったものが1本残るみたいな。
あくまでも割合なんで、10本読んで、
10本全部面白いことはないんだけど、全部ダメってこともあんまりないなっていう。
このフレ幅みたいなのが伝われば幸いです。
で、今その話して、早須さんっていう方の書いた本でも、
別にそんな総当たりをしてなんかやってるっていうことは、
みたいな書かれ方はしてないんですけど、
でも日常でこれなんだ?みたいな。
一応記述としてあったのをさらっと言うと、
自分が面白いと思ったネタはまず書いていくわけですよね。
書いておいて、当然、デイリーポータルZだったら、
企画会議とかネタ会議があって、これ面白いよねっていうのを出して、
ダメならもう終わるというか。
ダメっていうのは、全部が全部、
例えば早須さんが想定になって申し訳ないですけど、
10個持ってきたネタがいいと言っても、
その10個のネタを面白いネタをいいっていうのも、
下手なし100回ぐらい築いて、その中の10個だったりするわけです。
10個の中は全部デイリーポータルZに対応されるわけじゃなく、
取るわけじゃなく、そのうちの1個かもしれないし2個かもしれない。
そういうふうに絞られるわけです。
じゃあ、その10個のネタがあったら、残りどうするのって言ったら、
変な話。ほんとにSNSで自分でつぶやいて終わりとか。
誰かにこんな面白いんだけどっていうふうにつぶやいて終わりみたいな。
つまり、気づいたものは全部記事になるわけじゃないわけです。
これは今の話からすれば当たり前かもしれないし、
そんな当たり前だと思う人もいれば、
これが当たり前じゃない人も多分いらっしゃると思うんで、
そういうふうに見ているわけです。
ここで反転させていただきたいんですけど、
じゃあその1本ですよね。
僕が例えば話をしてます、今今回まさにネタが1本ですが、
そのために様々なこれ喋ったらいいかなみたいなのが出てきてて、
そのうちの1つを選んでるわけですね。
厳密に100本選んから10本やって1本みたいな、
ニュースで面白いやつを持ってくるってことではないんだけど、
でも少なくとも1回でこれやろうって言ってやってるわけじゃない。
いろいろ考えて、いろいろ通った上でやっている感じです。
これは違うかなみたいなのはちょっと違うというか、
わかります?
今日こんなことがあってねみたいなのは、
このラジオではあんまり扱ってないですね。
僕が考えたり気づいたことはやるんだけど、
日常報告ではないっていうね、多分。
そのあたりニュアンスが多分シゴクリフリックで聞いてくださる方が
ちょっと伝わってるんじゃないかなと思ったりします。
それが要る要らないっていうのも人によって違ってくるかなと。
このデイリーポータルZっていうのを逆の目で見ていくとどういうことかっていうと、
ご覧いただいたことがない方は1回でもどの記事でもいいから見たら
こういう感じなんですかって思うんですよね。
僕もデイリーポータルZ全然知ってて、
ニッチな日常の気づいたやつを掘り下げていくやつだよなっていう。
多分この認識は間違ってないですよ。
多分見ている人も、デイリーポータルZというメディアを見ている人も
ウェブを見ている人も同じように感じているはずなんですよ。きっと。
しかもそれは狙ってるわけです。本当にそうやってる。
ここで問題というか気になったのが、
僕が勘違いしてたっていう話なんですけど、
そういう面白ネタに特化して持ってきているよねと。そこはいいですよね。
それがコンテンツになるし面白がってくれる人もいるから成り立つというか、
メディアとして成り立って、商売としても成り立っているわけですが、
そういうことをニッチなものが好きだから成り立つっていう感じだったんです。
僕の認識が今までね。
もちろんそれはあると思います。気にならないっていうね。
例えばほとんどのことがやられてるんだろうけど、
でもどんどん社会も変化していくから、
例えばデリポーターZだったかわかりませんが、
百貨店とかデパートの屋上に遊園地みたいなのがあるよね。
あれってまだ動いてるの?みたいな。
っていうふうに素朴な疑問みたいなのがあったり、
もしくはそういうニュースを見て気になったから行ってみたみたいなのは、
たぶん気になってもまず行かない人が多いと思うんですよね。
リスナーのあなたはどうです?
何言ってんの?みたいな人もいれば、気になるっていう人もいるじゃないですか。
それで経営状況行くのか、それとも見てみて何が感じるものがあるかっていうのに行くのか、
その切り口は知らないですよ。
だけどなんでそもそもあったんだろうね?みたいなところから、
今は実は大人が遊ぶ場になってましたとかね。
日常の発見と気づき
でもいいですけど、とりあえずそういうの気にならないと行かないじゃないですか。
で、行って、学びというか発見がないとやらないじゃないですか。
というわけで、なんていうのかな、
勘違いというのはニッチな方向にやろうとしていたと僕は思ってたんですけど、
だけどここですごく断絶みたいなのがあって、
ニッチなものを突き詰めようとするよりも、
それをやろうとするより手前のところで、
もっと面白くしようとか面白いものは何だろうねっていうのが、
そういう考え方や姿勢みたいなのがあって、
それが100、さっき言った僕だったら100本記事見るとかですけど、
それをやることで様々な気づき合い、違和感、何だろうねこれっていう疑問があって、
その10本になって、それこそデリポーターZみたいな記事というアウトプットになって出てくるわけです。
だから僕も前は勘違いしてたっていうか、気づかなかっただけなんですけど、
それっていきなりニッチな面白いものを作るぞとかわかります?
読者が圧倒驚くべき何かを探してくるぞって言ってきますみたいな感じで、
歩いて、もしくは日常生活で、取材もそうだけど、ご飯食べたりとか、
どっか新しい店行ったりとか、公園行ったりとかわからないですけど、
言ってるわけじゃないんですよ。
これめちゃくちゃ大事だと思うんですけど、もう一回言っていいですか?
つまり、わかんないですよ、別にデリポーターZの林さんに聞いたわけじゃないんですけど、
僕が推測するんですよ。
要は、あるアウトプットを出すっていうことで、
もっと引いて、もうちょっと僕のラジオのほうに寄せていくと、
この四国ラジオのポッドキャストをやってるところで、
このネタはリスナーのあなた、もしくはリスナーさんと共有したいっていうのはもちろんあります。
押すと分けっていう感じで、僕が考えたことはこうです。あなたはどうですか?っていう。
それが全然役に立たないこともあるでしょうが、
僕は少なくとも面白いと思ったことは、最低保証みたいなところなくて、
あって、その上で共有できたらいいかなぐらいです。
100%伝わることもないし、とは思ってないし、
少しでも伝わればいいなっていうところを上げていけるかっていうスタンダードなんですよ。
だがしかしですよ、じゃあ僕がこのラジオで面白いネタを探すために生きている、
すごいの探すぞみたいな、
やはり力金で意気込んで何かやろうかっていう、
やるぞっていう感じかというと、ではないんですよ。
分かります?
だから、よくありますが、ブログでもいいし、日記でもいいし、
何かやるぞっていう、新しく何かやるときってめちゃくちゃ意気込みませんか?
意気込むからやるんですよね、たぶんそのパターンは。
でもやるんだけど、その意気込みって消えるんですよ。
3日ぐらいすると三日坊主ってなりますが、
いいんだけど三日坊主が悪いわけじゃないんだけど、
なんで消えるかって言ったら、その1日目の意気込みが強すぎるんですよ。
力みすぎってことですね。
力むから力が入っている、もうちょっと肩の力を肩回したりして抜いて、
ふーっと息を吐いたときに残るものでやらないといけないんですね。
息吐いて何も残らないというか、力んでたらダメだ、これじゃ続かない、やめよう、
ちょっと落ち着こう、あれ何もなくなっちゃった、
期待値と学び
日記続かないみたいな、ポッドキャスト続かないとか、
そんな感じだと思うんですよ。
心当たりある方はぜひ心当たっていただいて、
それが悪いとは思わないんだけど、力んだ場合は多分続きづらいんですよね。
ということは多分僕はもうわかるし、
多分リスナーのあなたも理解いただけるか、経験ある方もいらっしゃるんじゃないかなと思ってます。
力むのが悪いわけじゃないんだけど、力んだら力を抜く、
抜いたところで勝負するというか、抜いたところでやらないとダメなんじゃないかって話なんですよ。
力を抜くっていうか適当にやれっていう意味じゃなくて、
そのために何かやるぞっていうまさに意識が強すぎるわけです。
これって緊張とかもそうだと思うんですけど、
これをやることの意味は何だみたいな風に詰めすぎると、
もう本当に集中できなかったり、できなかったりできないんですよね。
それこそ別のこと考えててやったら全然違うことやったりするから、
それもダメかもしれないんだけど、
でもそもそも人間で集中できる時間とかって限られるから、
持たないんですよ注意ってそんなに。
わかります?っていうことは何か伝わったかわかりませんけど、
それを意識し続けてやる、集中し続けてやるっていうのは、
多分成立しないというかできないんですよ。
誰も。僕は誰もできないと思います。
でも、そうは言ってもそういう日常から何か築きやアンテナ拾うってことは、
アンテナで何か建ててやるってことは、
アンテナを建ててますよねとか、
それは集中じゃないんですかっていうふうな疑問を
もしかしたら抱く方がいると思うんですが、
それに答えるとするとそれは多分集中よりも、
手がかりで築くみたいな感じが強いわけですよ。
だから違和感とか言ってるんですけど、
だから面白いことないかなみたいなぐらいの、
面白いことないかなぐらいはいいんですけど、
面白いこと得るぞとか、力務とかたすかしくらうというかね。
だからそのセミナーみたいなものとか、
本とか記事とか読んで、
何か学べるものはないだろうかとかっていうのは、
ものすごく大事だと思うんですよ。
ものすごく大事です。
だがしかしってことで、
僕も最近受けたというか、
受けたか参加したものとかもそうですけど、
期待値高いんですよね。
何かすごい得ようとしている。
得ようとしているから受けて、
その何か身になるものがあるのがありなんです。
ありなんだけど、期待値が高いと、
すごい何かいいものを得られるんじゃないかっていうふうな、
そのセミナーとかそういう本とか、
ニュースはちょっと違うんだけど、
発見できるかというのは、
その外に期待するんですよね。
観察の重要性
でも冷静に考えていただくと分かるんですけど、
それは自分が見出すものじゃないですか。
だから外への矢印、
外に対して何かあるぞっていうのではなく、
発見っていうことですね。
発見っていうのは、
その外のものを手がかりにして、
いわゆる認知の話と似てくるんですけど、
多分ね。
何かを見て気づいたっていう、
その気づきの方なんですね。
何かを見る方の、
その見たものに神奇性とか、
発見っていうのは多分ないわけです。
分かります?
例えば今落ち葉とかがバーって、
バーはない。
フサフサ落ちてて、
落ち葉見て何も思わない人も、
もちろんいっぱいいらっしゃるじゃないですか。
思えって話じゃないですよ。
でもカサカサする音が、
なんかいいよねっていう人もいません?
っていうふうに思う人もいると思うんですよ。
僕は芝居犬とか犬とか好きなんで、
カサカサ犬が歩いてたらかわいいと思うと。
人間が、
お子様とか小さい子が歩いててもいいし、
別にそれが大人が、
カサカサ靴の上でやってもいいわけじゃないですか。
やってこうと思うんですけど、
それ思ったら、
ちょっと落ち葉の上歩く、
カサカサ歩くのって楽しくないですか?
っていう。
わかります?その感じ。
こういうのって、
感情であり感覚であり、
センスだとか言う人ももしかしているかもしれないですけど、
多分センスじゃなくて、
ちょっと落ち葉の上歩いたら面白いかなみたいな、
そんなことなんですよ。
本当に。
本当に。
くどいですけど、
それが本当にそうなんですよ。
っていうのを、
今言った話に戻すと、
落ち葉見て、
新しい落ち葉だなんて思わなくて、
落ち葉見てこれ、
ふんだりカサカサするの面白いなって、
気づく。
誰かがやってたりしてね。
手がかりで自分が気づく。
やってみたら面白い。
っていうことで、
落ち葉が落ちてるだけで、
面白かったことになるわけですよ。
はい。
これが要は外界ですよね。
周りの見えてるもの、
要は自分じゃない、
他者、もしくは社会にあるものとか、
全てに対して言ってるんですけど、
に面白いものを見出すのではなく、
それ自体が面白いんじゃなくて、
それを気づいて、
何が面白いんだ、
何が良かったんだ、
みたいなことで、
自分が解釈するところがどうか、
って話なんですよね。
はい。
これはうまく伝わったか分かりませんけど、
全然違うわけですよ。
はい。
だから例えば、
僕の隣に友人が歩いた時に、
別に友人と歩いて喋ってないですけど、
散歩してて一緒にした時に、
例えばリスナーのあなたと僕が仮想で、
どっかで歩いてたとしてください、
想像してください。
その時にリスナーのあなたはもしかしたら、
その落ち葉を見ないかもしれない。
もしくは落ち葉が落ちてきて、
そんなカサカサする音っていうのは
当たり前すぎるかもしれない。
だけど、
なんか落ちる音、
だから落ちた落ち葉を踏んで、
歩いてその上歩いて、
なんか音が鳴るのって良くないですか、
っていう話を僕が気づいてすると。
その時に初めて、
もし気づかないとか、
そんなことに関心がないというのは変なんですけど、
そんなこと思わなかったわっていう人がいたら、
まさに思うと思うんです。
そんな風に思わなかった、見てなかったってね。
それが結果ですね。
じゃあ、
ごめんなさい、ちょっと脱線気味になりましたけど、
そういう風に自分が外のものに対して、
何か物体が面白い何かがあるっていうんだったら、
それは刺激的でわかるかもしれないけど、
そうじゃないものに対して、
ありふれたものだと思ってるけど、
実はそうじゃないよねっていうのは、
観察になっちゃうんですよ、やっぱりね。
見る。
そこで、
これは何度も言ってますが、
感情というか思えるものというか、
いわゆる素朴な疑問もそうだけど、
思考と観察のプロセス
思ったことは殺さない方がいいわけです。
思ったものはなんとなくメモしたり、
なんとなく気にしておいて、
考えるものにした方が僕はいいと思います。
で、それを全部言うと、誰かに言うとか、
全部思ったことを口にするっていうのは、
また別ではありますし、
それは、
なんていうんだろうな、
初対面の人にあなた嫌いみたいなくらい、
全然違うことになりますし、
関係性ができてきているのに、
思ったことを言ってくれないっていうのになりますから、
それは、いわゆる対人関係とかの、
対人関係スケールみたいになっちゃうんですけど、
それは置いといても、
少なくとも、
そういうふうに観察してる、
たくさん見てる、
そこで気づくものもある、気づかないものもある、
だけど、気づく数ですよね。
量があるから、
そこからちょっと面白いかなって、
興味持ってやっていくと。
わかります?
それが僕の誤解というか、
ものだったんですね。
デイリポーターZがどうというわけじゃなくて、
僕が面白いのを、
意図的に探してるんじゃないかなと思ってたんだけど、
もちろんそれは、
変わったの見るの楽しいよねっていう人たちが、
ライターですよね。
いて、やってるのはわかるんだけど、
それって別に、
多分この林さんという方が言ってるのは、
誰でもあるよねっていうことだし、
もしくはそういうのを発見してるのも面白いよね、
枠に立つっていうか、
そういうことではもちろんないんだけど、
楽しくない、面白くないっていうことを言ってるんですよ。
これはですね、
マジで同感しまして、
その通りなんだと思います。
僕が言っても届かないと思うんで、
こういうやられてる方が言うと、
届く人もいるよなって、
僕にはバンバン届いたんで、
ものすごく読んでて、
嬉しくなったんですよ。
言語化してるっていう部分も、
もちろんありますが、
逆に今ですよ、
僕も、
自分が今気づいて、
こういう風に見たらこういうのがあったよっていう、
事例ベースですよね。
言ったら、その事例がどうではなく、
その事例に気づくまでにどうか、
その事例の過程ですよね。
書いていったら、
昔は観察ノックっていう、
今は別にあるんですけど、
ブログ上でやってた企画があるんですけど、
まさにそれだよな、みたいな。
それであんまり無理に、
ビジネス調子立てにして、
これから気づきや、
どういう風に得られるか、
みたいなことよりも、
もういいんですけど、
もっと素朴に、
これ何なんだろうねっていうのを、
突き詰めて考えていって、
いくっていう方が、
僕には合ってるし、
その素朴であればあるほど、
ギャップがあるじゃないですか。
さっきの落ち葉の話から、
例えば環境問題に行ってもいいし、
音に関してのクリエイティブ、
AIを使うクリエイティブでもいいし、
いろいろ飛ばせるわけですよ。
それは、たぶん自分の中では
そこまで飛んでないかもしれないけど、
どんどんどんどん、
研究したり調べたり、
学んだりなんか実行していったら、
変わってくるんですよ。
面白いんじゃないかなと、
思っています。
誤解というか、
力んで、
意気込んで何かやってるっていうよりも、
もっと手前のところで、
意気込むと疲れてできないから、
もっと手前のところで、
日常に落とし込んで、
これも言うと怒られるかもしれませんが、
習慣としてですよ。
面白いものを探すという意識があっては、
遅いというか、
甘いというか、
意識のレベルで、
何となく何か見つかるよね、
っていうためには、
当然誰もが最初は何となく見つからないので、
自転車の練習、
乗るための練習じゃないんだけど、
意識的にやってみてやるしかないですよね。
でもその意識的にやるんだけど、
ここがすごく
表現が難しいんですけど、
力んでやり続けてるわけじゃないってことなんですね。
力みが取れてくから、
力みが最初はあるけど、
それが取れてく程度に、
最初は負荷がかかるんだけど、
慣れていって、コツを掴んで
やっていくみたいな、
感じを、
認識のギャップ
やるしかないというところなんですよね。
だから話をまとめると、結局やっぱり量が必要で、
100本っていうのは100にしましたけど、
10本でもいいんですけど、
それ何かをやると。
で、やって、自分がそれに接することで、
その何か触れることで、
自分が興味というか、
面白いなっていう、
心のリトルマス試験史ってちょっと
お腹さん臭いですけど、
自分が何に触れるかをチェックしていって、
それで、これ面白い、
あれ面白いっていう風になると。
僕だったら主語繰りネタだから、
別に主語繰りネタをね、
じゃなきゃいけないとは思わないですけど、
個人でもいいし、
大手企業でもいいんですけど、
何か奮闘してチャレンジする人は、
やっぱり応援したいし、
その人が全然
僕が興味がない業界というか、
知らない業界でも、
やられるんだなっていうので、
全然インプットされるし、
残るわけですよ。
さっき見てたのがクレーンゲーム専門店の人とか、
方もそうなんですけど、
すごいなっていう、
この間これ見た人はこの人だったんだっていうような、
リンクがしてたりね、
するわけですよね。
で、そういうのを
紹介して、
自分で調べてやるかはまた
僕のアウトプットの仕方によるんで、
それ全部リスナーのあなたに
伝えられるわけじゃない。
そのうちの一部だってことで。
よって逆に言えば、
その一つのネタのために10本とか、
その前後ろに100本とか、
そういうのがあるってことなんですよね。
で、そのネタの
1本を
考えるというか、
見出したいとか観察したい
っていう人がもしいたらですよ、
ぜひやっていただきたいんですけど、
そういう人がいたら、
今出てきてる1本の
自分の話じゃなくて、
その手前にある10本見ましたか、
興味あるはずにありました、
その手前の、
まずは100本くらい見てみようみたいな、
まずその量というか、
その量っていうのがいわゆる行動ですけどね。
っていうのがあっていくと。
それが量ががむしゃらで
全然全く違うわけのわからない
方向にいったら、
違いますし、
ただ紹介して、
紹介試合みたいな感じで、
スクロールしてるだけでは
ダメです。
その時に意気込まなくてもいいんだけど
っていうのの、
何が書いてあるのかなっていうのを
処理するパワーは
必要ですよね。
そこがなんとも
難しいところですけど、
でも実際にはそうだなと。
面白いから見るんじゃなくて、
まず見てからいく。
それって、
本屋の例えがいいのかもしれないです。
もしくはアマゾンとかでもいいんですけど、
要はネットで買うときって
キーワードを入れるわけじゃないですか。
例えばさっきの話だと、
この林さんの本の話を
ちょっと違ってしまいますけど、
手掛かりと手続きの重要性
面白いよ見つけるという本だから、
それをアマゾンでキーワード入れたりすれば、
楽天でもいいですけど、楽天ブックスとか
ありますが、
ネットでキーワードをやると出てくるので、
それで買うとかはできるじゃないですか。
でもこれは今回の
面白い見つけるっていう本を探しに行った場合だから、
書店でも検索機あるから
それで探してでもいいし、
ある場所ら辺を探していくのもいいでしょう。
それを買えば
目的発生じゃないですか。
っていうのがまず一つの目的買いってやつですね。
それは悪いわけじゃないです。
だけど、本屋とかリアルな場所でもいいし、
アマゾンという場所でもそうなんですけど、
ランキングを眺めて
買う本を探すとか、
本屋だったら
ふらついて、この本があるエリアとかもしくは
いろいろ見てから買おうかみたいなときに、
いろいろ見るじゃないですか。
見ていったときに、
なんかこの本面白そうだなっていうのを
手に取って
買うもしくは立ち読みするみたいなときって、
頭の中に起こるというか
行動の真理としては、
もしかしてこの本を
それは思い出した?
これ探してたんだよ。さっきのクレーンゲームの話があったら
普段買わないクレーンゲームの
攻略マニュアルとか
雑誌を手に取って
買ってたとかね。
それは何かというと目的外と言わずに
自分が欲しかったものを買う
もしくは自分が欲しかったものに気づいた
購入になるわけですね。
潜在的な
購入みたいな。
っていうのがあるんじゃないか。
だから今の話って
まとめる共通点を言うならば
手掛かり、手続きっていうか
手掛かりなんですよね。要は本屋の
対象とする
本じゃない
買えるものは手続き
手掛かりか
手掛かりとなっているわけです。
ポップでもいいし
人気新刊コーナーとかでもいいですし
そこで喋っている人の
話でもいいし
誰かが持っている本とか
読んでいる本を見かけたとか
何でもいいんですよ。
あと本自体もね。他の本見てて
これもしかして欲しいんじゃないかみたいなの
ですよね。さっき言ったように
日常生活、さっき言った散歩をしてたら
散歩っていう風に
散歩するぞって言わなくてよくて
外に出たら歩いてどこかに行くときに
ついでに見かける
買い物に行くときのついでに見かける
自然というか風景とか
寒さ冬になってますが
落ち葉を見て
音がしたっていうのが手掛かりになって
これなんかいいな
反復的な学びの重要性
だから音のこと考えてたり
リズムの話したりとか
思考の話もしてますが
じゃあ100回ぐらい
落ち葉をいろいろ踏んで
音の違いを見出すとか
それもいいと思うんですよ。
それも落ち葉を見たら
手掛かりになって
気づいたみたいなね。
だからもっと言えば
思い出す人いるかもしれませんが
ニュートンが万有力の法則ってことの
リンゴが落ちてきたっていうのは逸話がありますが
それも様々なことを考えてて
それがたまたま
それを見てっていうことなんですよね。
だからアウトプットをする
もしくはその話は
様々な
手掛かりというものに
何度も何度もアクセスしてって
小さいものだったり大きいものだったり
面白かったり素朴なものだったりも
様々なんです。やった上で
出てくる
氷のね
水面に浮かぶ氷の例えでいいのか
氷の話なんですけど水面下にあるものがいっぱいあって
その上で出てきたものが
一つが水面上に見えるものが
アウトプットとか
面白い質が高いというかね
いうものになるんじゃないかなという話なんです。
心が動いてる。
つまり
それを100本やって
10本面白くなって
1本出すという
ことを言うと
1本が優れたやつがあるから
慣れてないとか初めての方は
その優れた1本をいきなりやろうとするんです。
でもそれって
手前ですごく揉まれててもしくは
手前でもっとやってるから
小さくどんどん繰り返してやると
その1本になるみたいな感じなんです。
その前工程の部分
その前の前前工程みたいなところが
見えないじゃないですか普通
見せないし
この1本のためにこの10本がありました
その10本のために100本やりましたって
質の高い成果を得るための過程
これ一応説明できるんですけど
結構大変な量になるわけです。
っていうのを
多くの仕事とか何か
もしくはアウトプットするもしくはアイデア出す
ビジネス仕事やるものなんですけど
それって
めちゃくちゃ時間がかかりません?
すごく時間かかるんですよ。
それを全部出すということは
過程を全部見せるということになるんだけど
その過程を仮に見せたところで
それを
追体験してやろうという人はたぶん
いないんじゃないかな。もしくはあっても
それを抽象化して
そういう風だよねノウハウだよねっていう風にまとめないと
読みづらいんでしょうね。
全部見たいっていう方ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんけど
そういうのをやってもいいと思います。
実際に何を見たかを全部
動画で撮るとかもそうですけど
退屈でしょうね。それね。
とは思いますけどね。
というのがあって
なるほどなーって思ったのが一番
でした。
これを結局100本10本1本
ってこと言いましたけど
それを何度も繰り返します。最初は全然
なんかよくわかんないなってなると思うんですけど
それを繰り返していって
質や精度が上がっていくような気がします。
逆に言えば
厳密には言えないんですけど
1本を
質のいいものを得るためには
10本何か見なきゃいけないし
そのために100本は駆除していかなきゃいけないと
これはあくまでも
僕の割合なんで
それがもっと高い人もいればもっと低い人もいるかもしれないですね。
だけど1万本ってことは
さすがにないんじゃないかとかね。
1000本もさすがにいらないんじゃないかとか
それだと見ているものが
ちょっと違うのではみたいなね。
だから例えば
海外サイトのニュースで
面白いのないからみたいなところで
見に行った時に
なんか全然違うなみたいな
ちょっと違うなみたいなのがあったりすると
ちょっと見ているものが違うなとか
だったら
人に聞くかとか
AIに聞いてもいいですけど
それやり方をちょっと変えてみるとか
あまりにも
アクセスするものが少ない
アクセスするものが少なかったら
それを見ているところが
さっきの出てくるものに期待しすぎてないか
ってことですね。
自分が見て通してっていうところで
ほどほどフィルタリング
かかってないもしくはかかっている
みたいなところを見ないと
全然読めなかったりするわけじゃないですか。
例えば専門誌の
医療メーカーの専門誌があって
見ます?っていうね。
何か欲しくないですか?
とか最初のパワーが
それは仕事でやるから
でもいいし誰かが言ってたから
彼の人が言うから見てみようとかね
最初のパワーだけは欲しい
だけどそれを毎回
持ってきてやるっていうことだと
多分続かないですよね。
だから別に僕はその医療メーカーの専門誌の
やつを見ているわけじゃないですよ。
だけど
それを面白かったり楽しめたりする
っていう仕掛けがあれば
見えるわけですよ。
この早澤さんの本の中で面白いなと
僕は思ったのは
メルカリってあるじゃないですか。
よくわからないものって調べるのが
好きだそうですって。
僕もやってみたんですけど
確かによくわからないものって入れると
よくわからないものですがとか
変な金属が売ってて
なんだろうなってなるんですよ。
僕もそれ面白いと思いました。
それをリツラーの中で面白いかどうかは分からないけど
自分のやる行動や
行くところが
何か面白いと思うから
行くわけじゃないですか。
面白いっていうのは誰かに話せるとか
刺激があるとか
もしくはゲームセンターみたいに
楽しくなれるとか
ディズニーランドでもなんでもいいんですけど
すごく頑張っていかなくても
たまに行くとか
しょっちゅうなんとなく行くところが
面白いとか何か役立つとか
要は心が動くってことです。
心が動くってことがなければ
やらないじゃないですか。
たくさん持っていれば
バキューを得る人生豊か
にはなると思うんで
確かになっていうところに
繋がっていくかなと
思いました。
そういう感じで
まずは
量をやると
100そして10本の興味が
出てきて
1本のアウトプットに繋がると。
これは確かにそうだなっていう。
僕なりに考えた話で
速さの方に書かれてるわけじゃないですけど
111の話はね。
でもそういう解釈で
捉えたのですが
そんな感じかなと思いました。
心が動く経験の必要性
だから質が高いとか
面白いなっていうところに
もし心が動いたら
僕の手前のところの
全工程10もしくは
全全工程100みたいなのが
あるからそうなるわけですね。
それを
通す中で
それをやるから
出てくるってだけのことを
言ってます。
もし何か一つこれをやりたい
何かあればその手前のことをやらなきゃいけないし
10本ね。
その10倍100倍をやらなきゃいけないっていうことなんです。
それを
大変だって思う人ももちろんいるんだけど
僕は大変だとは全然思っていなくて
面白がってやるから
できるんですよね。
だから順序というか逆なんですよね。
大変だやりたくない
やらなきゃできたっていうのは
その人も大変そうじゃないですか。
もちろん時間がかかるとか
何かいろいろお金がかかるとか
何かいろいろやらなきゃいけない
っていうのは分かるんですよ。
分かるんですが
そんなの知ったことじゃないっていうのが
受けてじゃないですか。
僕がこの
ラジオのために
毎日すごい時間かけて
ものすごいやってようが
ちょろちょろっと5分で見つけたネタを
喋ってようが
リスナーのあなたにとっては全然
関係ないじゃないですか。
関係ないと思いますよね。
僕も思います。
ここで出てくる話が全てじゃないですか。
そこで僕が
あんまりいいアウトプットとか
昨日聞いたこと言えなくても
それが初めての人が聞いたらこれね。
初めての方もし聞いてたらありがとうございます。
今回のネタで
評価されるわけですよ。
評価っていうか
何を残せるかっていうね。
本当に。でもそんなもんじゃないですか。
だから
なんていうんだろう
そんなもんじゃないですかっていうことだから
適当にやるっていうよりも
そこで手を抜かないっていうのも
ちょっと違うんですけど
なんだろうな
全工程
全全工程って言いましたけど
100本見たら10本興味あって
やるってことをやらないと
確かに質が高いものは
出てこないよなと思うし
それをだけ見て
それを得ようとしても多分できないですよ。
だからその前の
実践個人体験いろんなことやってみるってことがないと
出てこないよな
っていうごくごく当たり前の話であるんですが
そんなことを
感じました。
さっき言ったようにそれを繰り返しましょう。
最初はうまくいかないと思うんですけどやってって繰り返して
それは授業も一緒だし新しいことやるのも
一緒なんですよね。繰り返してって
日記つけるのもいいですけど
やっていくとは
自分は軸というか興味があるのは
こっちなんだなとか
そういうことに後から気づく
もしくはやっていって気づく話なんですよね。
だから最近僕は
思考を考えるとか言ってますし
雑談とかコミュニケーションとかいろいろ
言ってますけど
別にそれ昔からやってて
そう言われればそうだなみたいな方が
強いわけです。
だから逆にコミュニケーションで
何かやってこうですみたいなことを
なんでそれ言わないかっていうか
別にこだわりがあるわけじゃないんですけど
取り上げてしまうと
そういうラベルがつくじゃないですか
コミュニケーションとか思考とか
専門性と信頼性の重要性
それを言うと
浅く感じる
っていうのはあるわけですよ。
名乗ってる人はいたら
思考の専門家みたいな
僕もアイデアの専門家とか
名乗ってたことありますし
なんか残ってるかもしれないですけど
それって
浅くないっすかみたいな
ことにもなりかねないですよ。
でもそれも踏まえて
肩書きは自由だから名乗るのは
あれですよ。
だけど
質疑みたいな話で言ったら
思考の専門家みたいな人がいっぱい出てきたときに
それ何なんですかねって
なるじゃないですか。
親父とは言ったら怒られるけど
浅くなるよな
みたいな話になりますよね。
もちろんその上で
名乗ってどうかみたいなことを
印象に残さなきゃいけない。
思考の専門家ってなんだみたいな。
でも
さっきの話でやるんですけど
例えば僕が思考の専門家って名乗ってて
今回の思考レベルが
1から100まであるわけじゃないんでしょうけど
なにそれあっさみたいな
だったら
信頼されないじゃないですか。
いや本当に。
だから別に
思考の専門家だったら
思考の専門家っていうのか分かりませんが
定義によるじゃないですか。
分かんないでしょそれ。
じゃあ落ち葉からどこまで広げられるかが
思考の
深堀り度というか
専門度っていうのが
なりますって言ったらいいけど
別に落ち葉の話聞きたくないですって言ったら
話が終わって
実践と新たな発見
その聞いてる人にとっては
全然なんか変な人いたな
もう残らないというか
思考の専門家とか
関連の人同士で
バトルしろとか
強豪が
世界を言ってるわけじゃないんですよ
言ってるわけじゃないんだけど
そういう側面もありますよね
で
名乗ったもん勝ちだ
みたいなのもあると思いますけど
思考の専門家とか
関連の人同士で
バトルしろとか
名乗ったもん勝ちだみたいなのもあると思いますけど
勝ちとかではなくて
結局そこで示せるか
みたいな話になってくるんじゃないかと思います
アウトプットしてね
何かしらね
僕が偉そうに言えることは
それぐらいですが
偉そうに言ってないんですけど
繰り返してそれを身につけていって
軸みたいなものが
結果的に生まれる感じです
だから軸を見つけようとして見つけるんじゃなくて
結果論であり結果的にしか見つけられない
だから興味も逆に
やってみて
実践があるから見つかるんですよねきっと
だから僕も別にクレーンゲームに興味ある
わけじゃないんだけど
クレーンゲームを見てたらクレーンゲーム面白そうだな
って思ってやろうとするっていうのは
ものすごく自然だと思うんです
有機的というかオーガニックというか
それをクレーンゲームやろう
みたいな感じでいくわけじゃないんです
だからそこって結局発見なんですよね
見つける
学ぶみたいなことと
結局いじってることは一緒なんですけどいつもと
いつもの四国語ラジオと一緒なんですが
今回あえて取り上げてみた
というところになりますちょっと長くなりましたが
今回は以上となります
というわけでですね
今年配信ということはこれで終了と
なりますので
冒頭にもお話ししましたが
良いお年をお過ごしくださいというわけで
今回今年1年
2015年
2025年も
お聞きいただきましてありがとうございました
というわけで来年もまた
四国語ラジオでお会いしましょう
以上ここまでお聞きいただきまして
ありがとうございました
四国語ラジオ大橋でした良いお年をお過ごしください
失礼いたします