時間がないと感じる状況
シゴクリラジオ
こんばんは、シゴクリラジオのおはしです。今回もシゴクリラジオを始めていきたいと思います。今回はですね、ちょっとしたマインドセットですかね、考え方について話していきたいと思います。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、シゴクリラジオのおはしです。今回はですね、考え方ですね。僕の考え方の共有なんで、もしよいかどうかわからませんが、
たまにあるかなっていうので、割とですね、人生哲学とかちょっと固めの話になるんですが、特にですね、ありがちなのが、好きなことを仕事にしようみたいな
雰囲気があると。雰囲気なんで、そんなないよっていう人もいると思いますし、いやそうだよねって思う人もいるかもしれませんが、別にそれは個人の思想というか心情ですよね。
生き方の話なんで、それを共有することはありませんし、それを共有する人もね、どうかと思いますし、また逆にそういうことするなんていう人もね、どうかと思うので、非常に難しいところではあるかなと思っています。
やれば、やりすぎればかると、みたいなものですしね。そういうメッセージを出している人っていうのは、少なくともですね、アドバイスをする側はですね、非常に注意をしていかなければいけないということは思ったりします。それはそれで置いといて、でですね、例えばですが、好きなことを仕事にしようっていう話じゃなくても、同じパターンじゃないかみたいなことってありませんか。
例えばどういうことかっていうと、仕事とかわかりやすいかもしれません。初めてやった仕事でもいいですし、いろんな仕事を体験していって、あれこれなんか同じ感じだなと。ここでいう同じ感じっていうのは何かっていうと、例えば仕事に忙殺されましたと。時間ないですと。でもこれを終わらせたら時間が割れるかもしれない。
なんかありそうじゃないですか。どうですか。
で、その時にですね、シュラバと言いますか、いっぱい仕事があって大変だけど終わったから次だと。切り抜けたとね。切り抜けましたよと。切り抜けたんだけど、次どうなると思います。平穏が訪れて、はい自分の時間が持てますみたいなのが来ますかっていうことなんですよね。
学生さんとかですね、社会人とかで働いた経験が少ない人だと、ちょっとよくわかんないかもしれないんですが、よくあるのが今の話でいくと、仕事が大変です。仕事を終わらせました。終わらせれば休みがあると。
耐えるというか我慢しますよね。ストレスになると。休日がないことは全くない。相当ブロックじゃない限り休日がないことはない。休日があってもほとんど精神的に休まらないかったりするとね。
まともな労働とまともな休みがあったときでさえ、休日って活発にできないわけですよね。要は体を休めるだけで大変で、結構時間がないと。いわゆる過処分時間ってやつですね。実質の時間がない。非常に厳しいと。
ちょっと話がごちゃっとしてきましたが、要するに言いたいことは、割と時間がありそうでないって話なんですよね。このパターンを抽象化してしまうと、仕事に限らず、学生さんだと夏休みとかでもいいんですけど、長期休みでさえ時間ないと思いません?
社会人とかそういう人になると欲しいんですけど、働きだして、自分の授業をやればいいと思うんですけど、働くっていうね。自分の授業をやることも働くなんですが、働くがメインになるっていう体制になったときに、時間って生み出せますかって話なんですよね。
ストレスと好きなこと
僕なりの答えって考え方としては、別に社会人でもうまく時間を作ろうとすれば生み出せると思うんですよね。それは一つの典型的な話なんですが、そういうことを何度も繰り返すわけですよ。
ここがポイントで、要するに今の話を聞いて、時間がありそうでも実際ないんだなと。例えば、疲れてて回復するまで休めない。休んだところで回復しない。休むんだけどあんまり有意義じゃない。仕事はまた来る。大変だと。
仕事だけじゃなくて、仕事の人間関係とか、様々なストレスが今あるわけですね。働く人にとって。そういうところで、そのストレスがあるから、好きなこととか。ちょっと前に戻しますけど、好きなことを仕事にしてるとか言わないですよ。
好きなこととかね。趣味とかね。キャンプが好きだからキャンプやりたいとか、ボートしたいとか、星見たいとか、なんでもいいんですよ。そういうことを封印してしまうわけですよ。なぜなら時間がないからです。
時間がないから時間を作ればいいかっていう発想になりがちじゃないですか。論理的に考えるとね。時間がない。じゃあ時間があればいい。時間を作ろう。でも時間が無限に作れない。
身体の話をすると身体がそういうものだと思い込んでしまうと。マインドセットとかもそうですけど、そういう状況が当たり前になっていくと、そこですぐ変わるとは言わないんですが、思考能力も奪われますね。
要は体調が悪い時とかに、僕もそうですけど、リサーチ、アイディア出しとか本当には回らないですよね。もちろんそれっぽいことはできるんですけど、全然切れ味がない。いわゆるポンコツってやつなんですが、優れたアウトプットは出せないんですよね。
それと一緒で、体力も大事ですが、記録みたいなのも大事で、時間を無理に使っても切り替わらないんですね。だから今話しているのとって、時間があれば解決するっていうことを言っていて、でも時間があるところで実は解決しないっていう結構しんどい話なんですよ。
だからどうしたらいいかというと、そんな解決策はないんですけど、今回の、ちょっと長くなりましたけど、骨子というかポイントは、こういう繰り返しで時間があればいいよねって我慢しててできないという時こそですよ。
ここが悪循環の突破法なんですが、好きなことをやりましょうと。くどいですが好きなことを仕事にしようという話じゃないですよ。本当に好きなことを心が動くことですね。感動したり本当にやりたかったことをやってくださいと。
それを夢とか将来やりたかったこととか、いつか実現したかったこととか、なんかありませんか。そういうのって、もちろんすぐないよとか言う人もいらっしゃると思いますし、あと小さい事みたいなのね。
なんかお寿司いっぱい食べたいとかね。そういうのを子供っぽいから笑われるとかもしかしたら申し訳ありませんが、そんなのどうでもいいんですよね。人の話、人の評価ですよね。どう思われるか置いといて、別に変な犯罪とか反社会的なことはダメですよ。
いいじゃないですか。お金払っていっぱい食べてもらっていいじゃないですかっていうことを言いたい。キャンプするなら時間があればできればいいですが、グッズを買ったりワクワクして、たわき火が好きな人もいるかもしれませんし、料理するとか外で星見たりするのがいいとか、友達と行くのもいいし、ソロはちょっと危険なものがありますけどソロキャンプがいいっていう人もいらっしゃると思うんですよね。
そういう趣味なんでもいいんですよね。やりましょうと。そういうことを今回は言おうとしてて言ってるんです。
僕にとってはアイデアを出すとか、お客さんというか人に喜んでもらうことができているので、それはストレスというよりも同時っていうんですか、相手に出してこっちも喜んでもらってよかったなと思える。心から思えるのがポイントですね。
心から思えるかどうかっていう目安は全くなくて、それはあなたがそう感じているかどうかだけなんですよ。だから言葉で心から喜んでいるとか言わされている、私が原稿を読んでいて心から喜んでいると言っても意味がないんですよ。本当にその人が自分が思ったっていうことが大事。
心から喜ぶことをやりましょうってことですね。それがわかりやすい話で好きなことをやりましょう。もうくどいと思うんですが、好きなことを仕事にしましょうってことではないんで、自分の時間をとって好きなことをやりましょうという話なんですね。
なんでこんなことをいきなりかもしれませんが言っているかというと、本当に時間というか人生ですよね。時間はなかったり、やりたかったことをとっておく人ってあんまりないんですよね。やりたかったことのビュード感というか、いろんなものがありますから。
遠慮するとか、今じゃないっていう人はたくさんやってる人だったらいいですけど、今じゃないって言っててほとんどやってない人はただタイミングがつかめないだけなんで、わからないんですよね。やることがわからなくなっちゃう。
好きなことを心から
麻痺しちゃってわからない。自分が何をしていいか、何が楽しいか、好きとか喜ぶとか、その感覚が麻痺しちゃってると。これはよろしくないんですよね。これが悪化するといわゆる鬱病みたいなやつです。
感覚が鈍ってきて、現状が何も変わらないみたいな状態をキープするっていう感じです。なので顔がですね、顔つきがぼんやりしてくる。
わかりますかね。僕自身こうやって喋ってますけど、多分顔とか撮ると結構動いてるんですよね。そういうの伝わりますかね。声で伝わるかもしれませんが、別に役を演じてるわけじゃなくて、本当にそう思って喋ってるかなと思ってます。
別に好きを仕事にするとかはどうでもいいんですよ。ですが、好きなこととか、心からですね。自分が心から楽しいとか、心から感じていることはスピリチュアルっていう感じではないと思うんですが、スピリチュアル風に思ってもらってもいいんですけど、めちゃくちゃ大事かなと思います。
特に言葉とか脳とかね、頭の話じゃなくて、体で出てきちゃうんですね。体で示すというか、本当に面白いと思ったら体が動くというか、楽しいと思ったら本当にわーいって楽しいみたいなってありますよね。叫んだり、ああいう感じで体に出てくるんですよ。それが大事ですね。
最後にですよ、そうやって仕事にしなくてもいいって言っておきながら、なるべくそういうところは持続、継続した方がいいわけですよ。分かります?だから、めちゃくちゃストレスがある仕事をやって、すごい趣味で開放する。それもあるかもしれないし、できなくもないかもしれないですよ。
でもですね、この心腹っていうんですか、振れ幅がめちゃくちゃ大きくないですか。それやると、僕としては寿命が縮んでるんじゃないかなと思うんで、もちろん高負荷のストレスがある仕事もあると思うんですが、そっちに行って、さらに戻して、すごいストレス発散する。それでバランスを取れてるっていうのを否定するわけじゃないんですけど、
そのストレスが溜まっているとか、ストレスを感じている高負荷のところで、そこで結構精神を削っているような感覚が僕にはあったりします。であれば、それが正しいとか間違っているのかわからないですよ。わからないんですが、僕の中ではそういうふうに高負荷をかけるよりも、その負荷はあまりかけずに、そのバランスを取っていきたいなっていうところがあります。
なので、高負荷よりも低負荷にして、ものすごい楽しみなきゃいけないよりも、ほんの小さなことでも楽しめる。落ち葉がカサカサ言っている音でも楽しめるっていう方が、僕は幸せなんじゃないかなと思ったりします。
ですが、これは僕にとっての幸せとか楽しいとかっていう定義でしかないので、リスナーのあなた自身がどういうふうに感じるかはまた別問題なんですよね。そんな落ち葉がカサカサしている音で楽しめるっていう人ももちろんいらっしゃると思うので、そこは強要しないですよ。
ですが、そういう小さいこともいっぱいありませんか。そういったことで楽しいなって思えてた方が、僕は機嫌も良くなりますし、何より聞いてて楽しくなりませんか、そういう話をね。ここで不満だとか、こういうことはおかしいとか言っている方がもしかしているかもしれませんけど、それは面白くないので、そこはうまく消化して出していくという感じです。
今回は特にこれが仕事を作るとかビジネスとかに関係ないとか全く思っていなくて、こういうマインドセットで仕事を作った方がいいし、小分けなりとかビジネスとかを作っていった方がいいかなと思います。
好きなことを楽しむ
そして、また戻しますが、この時間がないからどうせいとか、時間が今ないだけだからしょうがないというふうに思うとは、割と自然なんですよ。自然なんですけど、それってある種異常でもあるんですよね。
そういう状態がずっと続くということがあることがおかしいかなと。でもそれがわからなくなって、これを我慢したらご褒美の時間があるとか。もちろんそれがちゃんと回っていたらいいんですけど、回らなかったり、そもそも時間があっても好きなことをやって、こういうことをやりたいということを忘れちゃうと、何なんだろうなというふうに思わないのかなという話なんですね。
でも思わなければ別に価値観の押し付けなので、そこはスルーしていただいて、もしそういうパターンを繰り返しているのであれば、ここでちょっとメスを入れるというか、本当に心からやりたかったことをほんの一瞬でもいいから気持ちを映してみたり、考えてみたり、想像してみたり、調べてみたり、どこか海外旅行行くとかもいいですし、
それだけで生きられるというすごい力になることもあるんです。それを侮ってはいけないということですね。なので、好きなことを仕事にしろとは言いませんが、好きなことはやっていって、活力、気力にしていくというほうがいいんじゃないかなと思った話となります。
はい、ありがとうございます。だいぶ長くなりました。今回は以上となります。四国放送ラジオ大橋でした。ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。以上、失礼いたします。