で、当たり前ですけど、自分の殻ではないけど知ってる人のところでいたら心地良いし、コンフォートゾーンと言われるのはやや批判されがちですが、心地良いところ気持ち良いところっていうところのみにいてはいけないとは思います。
つまりその成長がないということですね。痛みっていうのをあえてやらなきゃいけないっていうのも、これもバランスではありますが、痛い痛い痛いって言っててもしょうがないんで、どうしていったらいいかっていうふうに変化していくっていうことですね。
やってるってことでそういうエラーが起きるという感じもしてます。
で、その上で、そういう環境がありつつもどんどん高めていかなきゃいけないよねって時に、事故じゃないけど事件じゃないけど、そういうトラブルというかね、エラーというか試行錯誤での錯誤ってやつですね。
エラーが起きるときに、ここで改めて感じたのが、それって相手とかそちらの環境ですよね。つまり僕側が関与していないような新しい方が絶対悪いかというと、そうでもないと思ってるんですよ。
気持ちとか感情っていうのは、僕がそう感じただけであって、これ冷静な話ですよ。別に他の人が同じように思うかは別なわけです。そんなふうに思うのは岡田さんだけですよ、みたいなのもよくある。
または、ここは僕の特定のことを言ってますけど、そうじゃなくて、リスナーのあなたが感じているけれども、僕は感じなかったとか、もしくはリスナーのあなた自身が感じたけど他の人は別にそこまでっていうのってないですか。
そういうのが個性であり、この感覚だと思うんですよね。その違和感を大事にした方がいいよねっていう話でもあります。そういうのを殺していくと、消していくと一個ずつ何も残らないですね。
ただ平たい平均的な何かみたいな。平均ってそういうデータがあるだけで、平均の数字の人っていうのもまたどうなのってよくわかんないですよね。そんな人いないですよね。
っていうのがまずある。だからその違和感とか感覚は大事にしたい。もう一個が、怒ったことを別に僕が良くなかったなという話じゃないですね。怒って逆に良かったなって感じです。もう一個が環境作りですね。
今回は別に僕の周りの人がっていうことじゃなく、そういった出会いで良くなかったっていうぐらいの話なんで、話のネタぐらいしかなってないんですけど。でもここから考えられるのは、自分の周りがちょっと良くないメンバーというか、繋がりというか、人たちが多いみたいになってたとするじゃないですか。
例えば僕が怒ったっていうような人ばっかりだみたいなね。おかしいなみたいな。その時にチェックしていきたいのは、まずそれはもともと言い方ですし、別にリスナーのあなた自身を攻撃してるわけじゃないんですけど、僕に言ってると思ってください。
もしくは精神的に余裕がある人は自分に問いかけてみてください。要は自分の力が不足している、もしくは自分が良くないと。能力的にどうとかわかんないんだけど、愛嬌ってのは変ですけどね。気持ちとかいろんなもので良くないものが出てるんじゃないか。
これは精神的な話でもあるし、実際のパフォーマンスとかでもいいですよね。優秀優秀でないとかっていうことでもいいんですけど、時に自分がいけてないので、簡単に言えば、いけてない人たちが周りにいるんじゃないかということも考えられるわけです。
どういうことかというと、今のこの瞬間切り取った時に、自分の周りにあんまりいけてる人いないぞみたいな時に、それって単に自分がいけてないだけじゃないの?という見も蓋もない言い方です。絶対そうとは言ってないですよ。
リスナーのあんたご自身とか、そういう話はもちろんできないので、僕の話をしていくと、そういう起こらざるを得ない環境にいた、もしくはそういうところにいたっていうところの自分の落ち度とは思わないです。落ち度とは思わないので、開拓ってところではあり得るから、確率論の話でいくと、そういうのはやっぱ減らしたいですよね。
それが頻発するようなところには、やめといてはいいんじゃないですか。これ人間関係とかもそうじゃないですか。今、人間関係っていうのは関わる人とか新しい人との出会いの話ですけど、なんか話が全然噛み合わなかったり、もしくは毎回なんかちょっとイラっとするというか、なんかモヤっとすることが多いよね。なんか清々しくない?みたいな。
とか、あと、いわゆる礼ですよね。礼っていうのは、うやうやしくですか?あってます?なんか、釈志浄義と言いますかね。律儀にやれってことでもないですよ。だけど、親しき中には礼儀ありみたいなのが、僕はすごく大事だと思ってまして。
だから、僕が良くないパターンは、僕がそれをやれてないのに人に供養するのは良くないですよね。最近聞かなくなりましたけど、昔言ってたのが、自分に厳しいのか人に厳しいのか、自分に甘いのか人に甘いのかってことで、自分に厳しく人に甘いのはまあいいんじゃないのかなと思うんですよ。
だけど、それってちょっと漏れちゃいますよね。自分の厳しさって。自分に厳しくしてるから人に対して厳しくっていう方向になりがちですよね。だけど、真逆の人ってこれはやりたくないっていうのが、反面教師として自分に甘くて人に厳しい。要は自分ができてないのに人には言うっていうね。
だから、できてないっていう意味では、専門性だとか能力とか、仕事でやってる。例えば野球だって評論家みたいな人いっぱいあるじゃないですか。ファンの人がね。だからそれは悪いわけじゃないですよ。だけど、その時に野球のプロ選手じゃないから、やったことない人だから言っちゃいけないって言うんだったら、つまんないですよね。つまんないというか何も言えなくなりますよね。
知らないものは言ってはいけないっていうのもちょっと怖いなと。だけど、その方向先というか発言というか何かが楽しんでいるだけっていうところの領域を超えてくるとか、人を攻撃するとかになっていくとちょっと違いますよねってなってくるから。そんなのもあると。
話戻しますと、自分の関わり方と言いますか、自分がそういうところで長く、人間関係の話でしたね。何か違うなっていう人とはあえていい理想性は僕はないかなと思いますね。むしろよくあるのが、今までそんなことなかったんだけど関係性が壊れるとは言わないけど変わっていくってあると思うんですよ。何か変わりましたよねみたいな。結構気づく人いますね。僕も気づきますね。
何か変わったよねみたいな。そういうのって普段のリズムと普段のやり方で変わってくる気がします。
自信とかもそうじゃないですか。自信ってキック打ち優先さなんですか?メジャーリーグか野球で。自分を信じることっていうこと、もしくは信じられるかって話で、自分って信じられます?っていう。これは自信がある。自信があるっていう言葉を言うのはできますよ。
このポッドキャストを3000万人の人に聞いてもらうっていう自信がある。どう聞こえましたか。冗談ですけどそれは。自信があるっていうのは別に虚言というか嘘でももちろんいいと思うんですよ。
心から自分で信じているっていうことがポイントであって、自信があるっていうことを言う人が自信があるわけじゃないんです。自信ないっすっていう人が実は自信があったりするわけです。
だから言葉で自信があるっていうのが非常に怪しいですね。多分自信があるとかないとかっていう言葉ではなく、そういう状況で自信がないんだとか、もしくはそういう状況でも自信があるって言えるんだとか、
様々な状況とか、状況が多いのか、での自信じゃないかなと思うんです。精神的に言って極論ですが、自分が心から自信がありますと思って言っていることには、
これは面白いんですけど、自信がみなぎってくるんで、やれるとかいつもだったらできなかった、もしくは普段だったらできなかった、もしくはもっと言えば今までできなかったことが自信を持ってやってみたら意外にできたってことはありませんか。
自信っていうのがあんまり意味がないわけなんですよ。やってみたからできただけでやってみればいいんですよ。あんまり難しく考えないし、そんなに難しい話でもないんですよね。
自信があるかないか。ある人が良くてない人がダメっていうよりも、あると思っている人の方が自分への肯定感が高いっていうのがあったりして、もっとできるよねっていう風に言える。
その時に自信があろうがなかろうが失敗したりするわけじゃないですか。その時に、自分は失敗したからダメなんだって思うか、これはもうちょっとやり方変えれば多分できるよ、もうちょっとだって捉えられるか。
その感覚ぐらいじゃないですか、自信のあるなしって。自信がなくても自信はやっぱり自分ダメなんだ、だからもっとやろうっていう。要はダメなんだじゃなくて、ダメだからもっとやろうっていうあれば、自信ない方がいいじゃないですか。慎重にやって固めていけばいいし。
だから自信があればいいってもんじゃないなって思う。逆に自信があるあるある言ってて、全然失敗して自分は自信があるのでって言ってたら、それ学ばない人じゃないですかね。自信だけじゃないですよね。学んだり行動したり、それこそ考えるっていう言葉でこの間説明してましたね。
考えるに行動とアイディアと考える自体も含むよね、みたいな話をしたんですけど。聞いてない方すみません。でもその通りで、いろいろ総合科目というか総合力だよなっていう感じがします。
人間関係においてもそうですし、アップデートっていうのは切ってくってことよりも更新していく必要性はあるよなっていう気がします。従来とか長年の友人とかで話してますけど、考え方って変わるよなとか。
あとその周りですよね。その友人だったり周りの人って僕と別に常にいるわけじゃないから、違う世界や違う人と話してて、違う仕事をしてたり違う生き方してて、そういうところでこういうふうに見えてるよっていう、その世界の認識の仕方をこういうふうに見えてるよっていうことを言語じゃなくてもいいんだけど、話をして共有するっていうのがものすごく僕は楽しいです。
でもそういうことじゃないかなと思います。その認識ですね。その人から見た、実際のあなたが見ている世界の認識を共有くださいというか、共有している。逆ですよね。認識、あなたの世界を教えてくださいっていうのもちょっとよくわかんないから、僕はこういうふうに世界を見てるよみたいな。
世界っていうのはその社会であり、もしくは自分の、半径1メーターとかでもいいんですけど、生活の感じたことを思ったことを言っていると話しているということですよね。それをなるべく仕事づくりとか仕事繰りってことで、ビジネスや商売や何か仕事を満たすってことに紐づけていけないか、もしくはその観点で生きてるよっていうところを残している、ある種のログですよね、この番組をね。
そんな感じでお届けしています。
人間関係ですよね。さらに一緒にいる人たちっていうところでいくと、まさに自分で厳しいと思われるかもしれませんが、
厳しいと思われるかもしれませんが、自分の能力値でもいいし、何でもいいんですよ。自分の実力が足らない、もしくは自分がイケてないというか、良くないからそういう人たちがいるんじゃないか。
なんか医療士交流会とか、若い方だとあんまりご存じないかもしれないですけど、よくわかんない飲み会とか軽食とか名刺交換会みたいなのがあって、僕にはよくわかんないです。
そこで人脈を広げるみたいなね。よくあるのが名刺の数とか、人脈というのは知っている人の数なんだみたいになっていくんですよ。
大いなる勘違いだと思うんですけど、逆に考えてください。
自分がプラス1っていうふうに、要は自分が名刺を渡したり、Facebookって今使っている人はどれがよいかわかりませんが、そういうSNSでフォローとかお互いして知り合っていった数が人脈だと思いますか?
もしくは人脈という言葉は僕は好きじゃないんですけどね。一般的に使う言葉かもしれないということで、繋がりとかも好きですね。
それってただプラス1されただけで別に何もならないわけですよ。
ちょっと違いますけど、登録したりフォローしたりしたところで、フォローされたから人脈が広がったとかないですよね。
要はそこそこその人のことを知っていて、お互いに気持ちよくやり取りできたりして、仕事を一緒にしようというレベルじゃなくてもいいんだけど、連絡したら反応してくれる程度のものじゃないと知り合いとは言わないですよね。
シビアに言わなくてもね。
だからその名刺の数が集まったでっていうね。
これ友人の話なんですけど、名刺交換したら特に許諾とか許可もなくメールマガジンに登録されて送られてくると。
それはさすがにやったことないですね。やってる方いらっしゃるのかなっていう。
全然お勧めしないですよ。
なんでかっていうと、結局オプトインというか、全然許諾してないのを送ってくるってスパムじゃんみたいなね。
でもそれは勝手に名刺を渡したってことは送っていいんだって思う人というか、怖いですよね。
怖いね。
わかんないですけど。
これ聞いてる方そんなことやってる人いないと思いますが、
そんな風で、
状況が良くないな、周りの人がちょっと良くないなみたいなとか、良くないことが起こるなみたいな時は別に役払いとかじゃなくて、
そっちも別にやるなとは思いませんけど、
周りの人なんじゃないかなと思います。
周りの人がそういう人が多いのであれば、
多分それは環境を変えるべきかなっていうね。
またコス的なんですけど、大間芸術さんという方が言ってた、
決意はいらないと、意思とかみたいなものですけど、
なんかやるぞっていうね、念しで決意に燃えてる方いらっしゃったら、
ボキボキに腰を折るんですけど、そんな決意いらないんですよ。
そうそうそう。
で、いやいやいや、
言ったらなんか気持ちいい人いたよね。
この人いいなって思ったら、
それは結構いいと思います。
僕はやっぱりそういうのが多いですね。
なんかこの人いいなっていうのがいたら、
やっぱりそこの場にいたいと思います。
で、なんか違うなとか、
なんでこんな人いるんだろうなっていう人がいると、
その全体がちょっと不審になりますよね。
それはしょうがない。
だけどそんなもんじゃないですか。
だからこそ、自分がコミュニティなり、
四国スペースってね、
Discordでやってるんで、
よかったら集めに来ていただけばいいんですが、
そういうところで、
自分がどう見られているかばかり考えてもしょうがないんですけど、
気持ち悪いって言ったらちょっとね、
気持ち悪いでもないんだけど、
なんかあんまり不快にならないようにはもちろんしたいし、
うまくコミュニケーションって言うのも変なんですけど、
ばかり考えてもしょうがないんです けど 気持ち悪いって言ったら気持ち
悪いでもないんだけど あんまり 不快にならんようにはもちろん
したいし うまくコミュニケーション っていうのも変なんですけど 話
したりやっていきたいなとは思 ってますね そういう開拓して出会
って 外れって言ったらちょっと 失礼ではありますが しょうがないん
じゃないですか 主観でちょっと違う なっていうのはある あるのも当たり
前なんですよね っていうか ある からこそ それは開拓したり新しい
とこ行ってるってこともありません ですよね もしくは変化が起きて
ちょっと違うなっていうのが起きる ってことは もしくは変化があった
もしくは自分で変化を仕掛けたら どちらでもいいんですけど 変化
があるってことは っていうか変化 がないことはないんですよ 変化
してないところが逆にまずい 故に その変化したり変わってくって
ことを適応と言いますか 楽しんで いくのがいいんじゃないかな
と思いますね 精神とかメンタル 的な話 もしくはマインドセット
的な意味でも 楽しめていくかっていう のが重要かなと思います そういう
ときに何度も言ってるように 自分が 微妙だっていうようになったら
改善してってももちろんいいと思 うんですよね さっき言ったとおり
ね 周りがいけてないなと思ったら 実は自分がいけてなかったっていう
のがないのかっていうぐらいですね 絶対そうじゃないですよ 絶対
そうとかっていうわけじゃない し 確率でこれぐらいそうとかもう
わかんないです っていうふうにも見えますよね
って話があると いくつかあると思います けど 自分は結構やろうとしてるん
だけど なんか腰をボキボキに折 ってくる人がいたり いらんこと
すんなみたいな人がいたり それこそ 僕で言えば新しいこととか
やって考えてやってこうとしてるん だけど そんなもん別にやっても
いいよと でも何もそれは評価しない よっていうんだったら 何かやってる
意味ないですよねって 腐すという言葉もありますが 腐っていきます
よね それ良くないけど そういう ときにどうするかなんですよね
自分が じゃあその環境は良くない な じゃあ違うところを変えてい
こう もしくは変えていく努力っていう のをしてもいいけど 別に無理して
しなくてもいいと思うんですよね 無理だったら だったら他のところ
で試してみようと この他のところで試すみたいな
ことをやると意外に 意外にですよ はまることがあるんですよ 要は
スポーツ サッカーの話になります が 出場機会がなかったのは 別に
その選手の能力がなかったのではなく やっぱり監督とかの栽培の問題
だったり 同じような選手がいたときに どうしても劣ってしまう 上列がついて
生きるチャンスといいますか その選手の持ち味を生かすことがなかったん
で出場できなかった 要はサッカー選手として試合に出
れる機会が少なかった もしくは ほとんどなかったっていうのって
あり得るんですよね いっぱいね ここを勘断できるからですね その
人 だから僕だったら僕の強み とかそういうのがあって でも今
生きていなかったとするじゃない ですか 生かされていなかったと
するじゃないですか それって環境 のせいにして それは社会が悪いん
だっていうような そんな雑なもの ではなく それはかかっているとか
提案しているとか そのかかろう としてる人がずれてたり もしくは
かかったところでずれるという か いきなり分かんないですよ だけど
試してってなんかこっちの方向 じゃないなみたいなところに攻め
続けても多分あんまりいい成果 得られないんですよね 本当に だから
変えていくって必要だよなって なんかよくないですか よくありません
かってことですけど 何かやってるんだけどうまくいかない
みたいな話 それって何かやってる ことが 本質が間違ってるとかって
言ったらもう終わりなんですけど 何か行っている先とか関わり先
がずれてたりするとあんまりいい ことにならないですよね もしくは
それを自分は何でできないんだ とか 何でうまくいかないんだって
ときに自分は分かってて 分かります 自分は本当の心の底では分かって
て だけど言語化したくないとか ね コジレとかコジラセンみたい
のもあるから非常に難しい部分 でありますが 全部が分かるわけ
でもないし 言語化できるわけでもない ですからね そういうときにちょっと
立ち止まって もしかしてそれこそ 付き合う人ですね 時間の使い方
とかもそうですけど 住む場所を変える とは思いませんが 可能な人はですね
ときに時間の使い方ができるし 付き合う人を変えてみるっていう
ね そういう意味で四国レイスペース
とかで 僕と付き合いたいっていう 人はよく分かんない 関わりたい
ぐらいでいいですけど 付き合う 人はちょっと重たいですけど そういう
場でいい空気ですよね めちゃくちゃ この空気感 醸成していくという
かですね 作っていけるのかって ことでいくと めちゃくちゃ面白い
と思います 空気作っていくの そういうところで触れたとき
に まさにちょくちょく言ってます けど 四国レイスラジオで喋ってる
ように いい感じじゃん この人 みたいなね 僕が思われてるか ちょっと
手前ミスなんで分かんないですし 僕がただ思ってるだけで 調子こ
えてんじゃねえよっていう人も 中には出てくるんでしょう それは
置いといて 少なくとも僕は関わった 人に不快にさせるとかはさせた
くないですよね 思います もちろん だけど そう思われてしまうこと
もありますからね だから 一概に言えないです どんなに
頑張ってというか どんなに努力 してもできないこともあります
よね あります あります めちゃくちゃある そんな
毎日感じてます その上で じゃあ 分かったと 自分をオッケーって
ことですね 自分をリスナーのあなた ご自身も認めてあげて リスナーの
あなたがうまくいってないとか そういう話じゃないんですけど
仮にそういう人がいったときに ご自身がなんかうまくいってない
みたいな部分があったら そこの 部分の話とすると そこを認めて
あげて じゃあ別に人に頼んでもいい とか 他の人だったらできるんだったら
それでお願いしてみるとか もう できないことだったらもういい
じゃん できる方法でやってカバー していけばいいじゃんとか 認めて
いる人っていうのは その弱みなり 自分のできないこととか うまく
いかないことを認められる人は そこでいい意味で明らかに見極め
る 諦めることができるわけですよ つまり 諦めた瞬間 次の選択肢
とか じゃあ違う方法でやってみよう とか 違うやり方ができないかって
なると思うんですよ それが探って いくとかってことなんですね
だから 1個1個そこで見極めたり 判断するってことが必要になるん
で そのふわーっと曖昧に こんな 感じでっていうことを願ったり
イメージすることが駄目じゃなくて そのままでは確かにできないですよ
ねって だから その曖昧な抽象的な 何かふわっとしたものを掲げつつ
動くみたいなね 確実に固めて動く ってことですね だから 平行なんですよ
な 多分ね 僕はそんな平行な感覚 があります ふわーっとしたイメージ
がありながら じゃあそれに突っ込ん でいくっていうよりも じゃあそこから
一部固めて今できることは いわゆる サービスではMVP開発とか言います
けど 最もそれを象徴するような とか 端的に示すような もしくは
その一部 一番このサービスや商品 で最も特徴や売りですね 強みみたいな
価値ですかねを表現するとしたら みたいなことですね 表現すると
したら 表現してみたそれが具体的 になるわけですね そういうこと
でやっていきましょうっていうこと になります 話まとめますと 関わる
人とかでが何かちょっと違うな みたいなとか 環境で何かちょっと
違ってくるなってときに 今回は 怒った話はどちらでもいいんですけど
ズレが生じたと それは自分が良くない っていうのもあれば 相手が良くない
のもあるよね 同じ環境だった 同じ人たちといたんだけど 自分
が成長してきても 周りに物足り なくなったのありますね よく学生
さんとかでもよくあると思って まして 最近とかやり取りしてる
人とかの例でいくと 別に個別の 話はないんですけど 周りとやっぱり
話が合わないから 刺激が欲しい とか そういうこと 例えば企業とか
そうじゃないですか 大学生とかで 企業っていったときに 僕もそうだったん
ですけど 周りで企業する人いないん ですよね いやー何ででしょうね
って思って 僕は別に学生のときは 企業してないですけど 何だろうな
と思って そのすごいこととか あとやりたい
熱量とか 何ていうんだ そのものすごい ことじゃなきゃやっちゃいけない
みたいなのがあるわけです あれ 良くないなと思います 今も 今も
変わってないんじゃないですか 20年ぐらい経ってますけど 変わってない
なと思います 何でだろうなっていう のって 僕も分からないです レスラー
の方で あなたが学生さんで それは なんで周りの人とか 別に社会人
の若い人でも 別に若手じゃなくても 全然何でもいいんですけど 周り
なんでそんなにやろうとする人 少ないのってなったときに シンプル
にやろうとする人が少ないっていう のと 周りにいないからいないよね
みたいになってくんで そういう ときは僕も 事例ではないですけど
大学とかの中にいても何もないな って諦めたんです 本当に 別に学生
は辞めてないですよ 卒業してますよ で 周りの面白そうなイベント
とか 漁師高齢化とかではないですね ちゃんとしてそうだなみたいな
のを見極めて この見極めがめちゃ けちゃ大事です だから下手する
と出会い系がどうのこうのみたい になって よからぬことになって
くんですけど 別にマッチングとか 出会う 本当に悪い身での出会い
婚活とかそっちではなく 悪い出会い みたいなね 悪い人たちに出会う
ということもなきにしもあらず なんだけど でも社会って別に学生
とか社会人とか関係なく 未成年 だったらね 保護者 親御さんとか
いたり保護者ですね がいますが 自分で別にそれはちょっとずつ
でいいんで やっぱりですね この人 大丈夫かみたいな そのこと
言ったらトラブルになりますが あなた 大丈夫な人ですかみたいな
怖いわみたいな コミュニケーション する その人の振る舞い そうです
だから僕って いつだって20代とか そうですけど ずっと見極めるとか
ずっと言ってたんですよ 見極める 力が大事だ ずっと言ってて じゃあ
見極める力ってふつふつといきなり 朝起きたらできてるわけなく 自分
で誰かに会って もしくは何か情報 を得て それは何なんですかって
いうことを突っ込み続ける 正解 はないですよね はっきり言って
だからあの人がこの人はいい人だ って言ってたからいい人なんだよ
って言ったら 速攻ネットワーク ビジネスがやじげですよ とかカルト
宗教 やじげな何かになりますよね だからこそ 見極めなきゃいけない
ですよ 見極めるというのはそれを会う 試す 金出すってことじゃない
ですよ 会って話して怪しいなとか それを考えるわけですね ロジック
もそうだし騙そうとする人っていう のはどっかで破綻しますし 目が
泳いでたり いろいろ動くんですよ 面白いもんですよ 僕も多分嘘つく
と泳ぐような気がしますね まともに見られない目を あと笑っちゃう
とかね 演じちゃうからね それは余談ですが 大事だなと思いました
今も 思います 周りに何かそういう 仕掛ける人がいなければそういう
仕掛ける人のところに入っていく のもいいかなと思います その時に
怪しいのもいっぱいありますよね 僕の主告理 数尾 主告理 ラジオ
主告理 ディスコード 主告理スペース かとかも怪しいと思われてるかも
しれませんが 怪しいのをやろう ぞとか 人を騙そうぜってことは
全くないので ご興味あればっていう ところですね それは少しずつやって
いって 信頼ですね その人に この場所は大丈夫な場所なんだ
とか ここはちょっと違うなとか 会わないもあると思いますよね
僕のことを嫌いとかとか ちょっと 好かんなみたいな人は来ないと思います
し 来ていただいても別に面白くない と思うんで 相当変わった方じゃない
と楽しめないと思いますけど そういう 場合は 別にそういうのを求めてる
わけじゃなくて 仕事づくりもそうだ し ビジネス商売の話とかを ある
程度顔が見えたり分かったりする っていうことで それなりに僕も
自己開示してると思いますから それで信じていただくしかない
というところになるかなと思います というわけで 環境がちょっと良くない
なとかいう時とか 出会いとかで 微妙だなと思ったら 見直してみる
とか それこそ付き合う人を変える あと時間の使い方を変える どっち
かでいいんで 何かやってみると 変えられると思います 変えたら
また前と違いますよね 従来 もしくは 前と 前こうだったけど 変わりました
あれ やっぱり人が変わったから 変わるよね だから組織とか 組織
って人 企業を人なりと言います けど 人を変えたり 人を新しくするん
ですよね 本当にそれは意味がある と思います っていうか それ以外
変えられないんじゃないかなって 思いますね さあ どうなっていくん
でしょうかと ちょっと着地は悪い ですけど 今回はこんな形で終わり
たいと思います 初国語ラジオ大橋でした ここまでお聞きいただきまして
ありがとうございました 以上 失礼いたします