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EP230 状況に埋め込まれた学習 PART3
2026-09-28 29:46

EP230 状況に埋め込まれた学習 PART3

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## とりあげた本


Jean Lave, Etienne Wenger『状況に埋め込まれた学習: 正統的周辺参加』1993 産業図書


## mixi2


https://mixi.social/communities/513e0bc9-582b-4962-a9c1-c5c076175e08/about


## ShowNote

https://gennei.notion.site/EP230-PART3-3e2c645d49118043a78efbb9dc71d717?source=copy_link

感想

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00:00
スピーカー 1
全部概念が揃ったか。
スピーカー 2
これで全部概念で揃ったんじゃないですかね。
スピーカー 1
じゃああと、この本には何が書いてあるんですかって言われると、
等ですね。笑
スピーカー 2
そうなんですよね。
スピーカー 1
あとは、書いてあるのは、こういうことを考えたもとになった都定性のものを、
いくつかこう研究した事実例の話が載っていて、そこから実際、こう捉えてるけど、
正当的周辺参加で捉え直したら、こういう風に見えるんじゃないか。
っていうことしか言ってないので、新しい一章はこれ以上ないっていう感じはあるんですよね。
スピーカー 2
そうですね。一章で結構コアとなるコンセプト、キー概念の紹介をして、
第2章が、それを使ってどういうつながりというか発展が見られるかみたいな、
どこに接続したいんだっけっていう話をして、
第3章がケーススタディなんですよね。
都定性の事例っていう形で書かれてるけど、師匠がいて学級修士は弟子がいて、みたいな感じの構図の研究を集めてきたけど、
実はその正当的周辺参加とか実践コミュニティっていう観点から見ると、こういう風に解釈できるんじゃないかって話をするために、
従来的な都定性と見なされてたもの、それに近いものっていうのを集めてきて、たくさん集めてますよね。5個ぐらい。
そうですね。5個ぐらい集めてきて、それをそれぞれ紹介してますね。
スピーカー 2
で、そこからまた第4章で少しまとめというか、改めて整理しましょうみたいな話をして、第5章が結論なので。
で、僕らが今までここまででよく触れてきたのが、基本第1章、ちょっと第2章、ちらっと第4章みたいな感じ。
第4章はあれなんですよね、正当的周辺参加とか学習っていうのを1章2章でやってて、佐々木が言った、今言った事例の話で、第4章はちょっとコミュニティを主語にしてるんですよね。
そうですね、第4章も結構面白いなっていうか。 第4章面白かったんじゃないかな。
スピーカー 1
自分は一番今回はPodcastで取り上げたいなと思ったのが、アクセスの問題。なんかこれ一番大事なんじゃないかなって、個人的にはこれが一番大事なんじゃないかなって思ったっていうのがありますね。
スピーカー 2
動機づけとアイデンティティじゃないですね。
スピーカー 1
そうですね、動機づけとアイデンティティも大事なんだけど。
スピーカー 2
アクセスの問題。
スピーカー 1
行きたいな。
スピーカー 2
ざっくりどういう話ですか。
スピーカー 1
ざっくりってどういうのかっていうと、学習っていうものをするときによく勉強する、いろんなものを座学で勉強しましたと。
03:10
スピーカー 1
世の中にはこういうものがあって、プログラミングでもなんでもいいんですけど、この例だと肉屋の例があったから、肉屋に働きたいために職業学校に行って訓練をしましたよと。
訓練したはいいけど、現場は実際キッチンがどういう風になってるかとか、道具がどこにあるかとか、学校の訓練で勉強したことと現場は全然違うやんけみたいな。
スピーカー 2
そうね。肉屋訓練学校で包丁の研ぎ方みたいな習ったけど、包丁も買ってるやんけみたいな現場では。
スピーカー 1
っていうぐらい差があって、結局そこの学習がうまくいかないとか、コミュニティ実践協同体に対してアクセスできないっていうことの問題だよねっていうような話が出てきていて、
これすごい等だよなと思って、よくあるプログラマーのプログラマーになりたいですって募集横目に行ったら経験年数3年みたいなの書いてあって、経験年数3年を積むためにプログラマーはどこで経験を積んだらいいんですかみたいな話があるよなと思って。
それが例えば今自分たちの前にコミュニティがあるけど、コミュニティがない場合にそのアクセスが全くできなくて経験が詰めないとか、家で作っているアプリケーション、座学でやってるアプリケーションを作ってるだけだと全然現場では違うんですみたいなこと言われて、
じゃあ結局なんかその正当的周辺参加できないじゃんみたいなことが問題としてよく上がるかなと思っていて、このアクセスの問題ってあんま他人事じゃないなーっていう気持ちになりながら結構読んでましたね。
スピーカー 2
うん。その正当な参加っていうところにこのアクセスができるっていうのが含まれてるんですよね定義上。
スピーカー 1
そうですねそうですね。
なんかもっと言うとね、会社の中でも、入社初日に本番のルート権限くれとはもちろん言わないんですけど、
スピーカー 2
言わないけど、ただその全体的にシステムどうなってるんですかとか、なんだどういうふうにデータベース分かれてるんですかって情報は欲しいし、
情報にアクセスできるっていうのはすごく消極的な透明性とかアクセシビリティの話かなっていう気がしつつ、それが得られてないと鍵かっこつきの中心に向かえないじゃないですかやっぱ。
06:09
スピーカー 1
そうそうそう。
スピーカー 2
だからこのジレンマはあるし、ザクに言うと87ページがミクヤの話のちょっと前に、正当的周辺性は正当的参加を促進するか妨げるかに分かれるって書いてあって、
統制と選択も実践創造体には本来的に従うとかっていう表現が出てきたりとか、ニューカマーが正当的周辺参加を可能にする貫通は作らなきゃいけないですよね多分。
スピーカー 1
そうなんですよね。逆に言うとニューカマーが来ないようにするためにはこれをすごくアクセスを絞るっていうのが大事なんだろうなっていう、そういうことをしたい場合があるんだったらねってことだけど。
スピーカー 2
ただ統制は効きやすくなりますよねそれは。データベースにアクセスさせなければデータベース事故ってなくなるし、デプロイできる人を絞ればデプロイの事故とかエンバグも防げるしみたいな。それはガバナンスの話になっていくはずなんですよね。
そうそうそう。
ただそれで人が育つのかいっていうと、なるほどっていう。
スピーカー 1
そう、学習できますかって言われたら、家でスキル立ててちょっとやってみるかはできるけど、それは現場とは違うよねみたいなことにしかならないんだよねっていうことになっちゃうんだよなと思って。
スピーカー 2
これあれなのかな、いわゆる中心っていうのを作らないようにするっていうのが大事なんですかね。
スピーカー 1
それは一人が権限を掌握していて、全部コントロールしちゃうみたいなことを避けるために中心を作らないって感じですかね。
スピーカー 2
そうしないと、積極的な参加周辺っていうのが消滅するな、あと正当的周辺参加っていうのは消滅するなっていう気がして。
スピーカー 1
そうですね、そうですね。
モデルに、モデルっていうか時と場合によるのかな。
なんかやっぱりその、統制をかなり効かせたい立て社会みたいな構造だったら、あんまり正当的周辺参加みたいなものとはちょっと違うこととしてやりたいっていうケースがあるかもしれないなとか、
スピーカー 1
別に学ぶとかいいから、指示にしたい、従ってくれたらいいとかはあるかもしれない。
09:00
スピーカー 2
確かに学びに重きを置かない場合があるかし、この本で言ってる学習とかっていうのは結構そのアイデンティティの再形成とまで言わないですけど、
ちゃんと柔軟に変化し続けるみたいな側面が強いと思うので、現状をしっかり維持する必要があるっていうと、それは相性悪いか。
スピーカー 1
そうかもしれない。それによって得られるものを失うものっていうのはトレードとしては出てくるけども。
そうそう、生き残れるかはまた別の話ですからね。
スピーカー 1
そうそう。でも多分ここの研究とかで前提にしてるのは学校だったりとか職場だったりとかみたいな、
そこにおいては基本的には学習してくれた方が嬉しいよねっていう前提はすごくありそうだなって気がする。
だからそう考えると、なんとなくこの本を読みながらずっと自分の頭の中にあったのが、式年戦偶の話とかが頭の中にあって、やっぱり20年に1回
スピーカー 2
どっち?IT的な意味ですか?ガチの?
スピーカー 1
ガチの式年ですけど、別にそれを詳しいわけじゃないけど、20年に1回立て替えることによって技術継承っていうものも含め、
だからそれは建物自体が20年に1回立て替わることによって対応年数を伸ばすっていうこともあるんだけども、
それによって技術が継承されていくっていうことが大事な一部であるんだってなった時に、
じゃあこのコミュニティにおいて、続けていく、これをずっとこの20年に1回ってものをずっと続けていこうと思ったら、
3回参加すると、それで60年なんで、4回参加すれば多分難しいんですよね。
だから3回参加する中で、だんだんベテランになっていって、それを継承していってみたいなことをやっていくと思うんだけども、
これがちゃんと続くためにはどうやったら続けられるのかなって考えた時に、
このアクセスとか透明性みたいなものってないと、40年1回目だとこれは教えてくれませんとか、
それは秘密ですみたいなのがあると、なんだよここって思って、
多分次参加しなくなるんじゃないかなとか思ったりとかして、
スピーカー 1
やっぱりそういうアクセスだったり透明性みたいな、
もちろん危ないことをやらせるとかっていうのはまたちょっと違うと思うんだけども、
そういうことがちゃんと整備されてないとコミュニティってものが続いていかないんじゃないかなみたいなことを思ったりとかして、
このアクセスって結構大事なことなんだろうなーって思ったりしたんですよね。
スピーカー 2
そこら辺が同じ章の結構最後の方かな?
90ページの無順と変化っていうのがそこら辺を扱ってますよね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
無順がどっちだっけ?
要するに新しい人を大事にしたいよねっていう気持ちと、
すっかり今まで通りのクオリティを保つとか我々らしさをしっかり維持するっていうのは、
12:04
スピーカー 2
今までそこの中心にいた人が継続的に引っ張り続けるみたいな。
要するに維持するか入れ替えるかみたいな健全な新人代謝をしたいけど、
でもそれ変化をしたいっていうよりかはキープしたいよねみたいな。
そこら辺の話がたぶんここでされてたはずで、それが無順と変化、連続性と時間って言ってるやつですね。
スピーカー 1
そうですね。
後継者がいないですみたいな問題って、実はこういうことなのか?アクセスが難しいとか、
スピーカー 1
無順と変化がないじゃないけど、無順対立してしまってうまくいかないとか。
スピーカー 2
経験者を求むしかし育てる気はないみたいな。
スピーカー 1
そうそうそう。教えられないんだよなみたいな。
スピーカー 2
そうだよな。
これ本の中で言ってるのが、従前的参加者が新参者を古参者になることによって入れ替えられることとしての
同じ正当的周辺参加における時間の過程との間には矛盾があるっていうまとめ方してますね。
スピーカー 1
そうだよね。
ただ、いわゆる都定性における学習って、知識とか経験の継承じゃないですか。
引き継いで受け渡すことだなと思ってて。
スピーカー 2
ただ、この本における学習って、アイデンティティの再構築みたいな変化していくことのはずなんで、
それが従来的な学習ってどっちかっていうと、継承、同じものを引き継ぐっていう意味で連続性だなって一方で、
わりとこの本とか実践共同体とかに比べて言うとこの学習って、わりと入れ替わっていく時間の要素をはらむ感じがして、
学習、どっちも学習のはずなんですけど、和学だなみたいな気もちょっとしますよね。
めちゃくちゃ矛盾してんじゃねえかみたいなね。
スピーカー 1
そうですね、そうですね。この辺は多分まだあれなんすかね、もうちょい思考の余地ありみたいな。
スピーカー 2
このエティエンヌ・ウェンガーさんがこの後にコミュニティ・オブ・プラクティスっていう本を出してはいるので、
読んだはずなんだけどな、そっちが少しどうやってコミュニティ育てていくかとか、形を成していくのかっていう、
15:07
スピーカー 2
コミュニティを主たる目的語に置いた話になってそうな気はする。
あとそっちの本だと平気で中心っていう言葉を使ってる。
たぶんですね、ウィキペディア見ると正当的周辺参加に中心っていう言葉が出てきて、
スピーカー 1
なんか後年のウェンガーさんは割と丸くなったというか、普通に中心って使えるようになったのかなみたいな気がしてる。
あれはあちこちで説明するのが大変すぎるから、もう中心って使うかみたいな。
スピーカー 2
なんそのケントベックみたいなリファクターに間違えされてるみたいな。
じゃあ違う言葉を作るかとかね、整理整頓みたいな言葉を作るかみたいな、こういうの。
スピーカー 2
まあありますよね、シグニファイアじゃなかったらメイン語みたいな。
スピーカー 1
そうそうそう、アフォーダンスって言葉を使うとなんかややこしいことになっちゃうから。
スピーカー 2
アフォーダンスが役割を失くして変わったんだ。
スピーカー 1
そう、そういうんじゃないよって突っ込まれたから、じゃあシグニファイアって言葉にしますみたいな。
スピーカー 2
確かにこの人もなんか熱いフィードバックもらったのかもしれないですね。
スピーカー 1
もしかしたらそういうことはあるかもしれない。
スピーカー 2
中心の専門家に何か言われたのかもしれない。
スピーカー 1
中心の専門家。
そうですね、要するに自分は割とアクセスのところが、やっぱ肉屋の話やね。
やっぱり学校で学んでも実践でいけないよねみたいなことって、そういうことなみたいな気持ちに。
結局なんか正当性、周辺参加のハードルが高いとうまくいかないんだなみたいなのが。
大学の授業って働いた時に役に立たないよなみたいなのも、そういうことなんかなとかって思いながら。
そうだ、だからそう、プログラマーのすごいところっていうか、ラッキーだなっていうのはオープンソースってものがあって、
ソースが公開されてるって周辺参加しやすい状態にあるんだなっていうのをちょっとこれを読んでそう思ったんですよね。
これが仮に全部プロプロネタリーで、ソースコードは入社しないといけませんとか、
全部非公開でこういうもの作りたいんだけどどうやったらいいんだろうって言った時に、
とっかかりが何もない状態の世界だったら、すごいハードルが高かったんだろうなっていうのも思いましたね。
スピーカー 2
そうですよね。結構社会人なりたての頃とかコードレビューとかない環境だったからずっとKQPHPのコード読んでたしな。
18:03
でもそこに読めるものがやっぱあるっていうのはすごい助かりますよね。
スピーカー 2
あと動かせ、ちょっと話ずるいかもしれないですけど動かせますしね。
なんかこれで練習のためには100万円払って会場1時間借りる必要がありますみたいな感じだと厳しいと思うんですよね。
スピーカー 1
厳しいっすね。
スピーカー 2
せいぜいAppleデベロッパーに年間いくらかオフセスする程度でプログラミングできたんで。
スピーカー 1
本当そうなんだよ。
スピーカー 2
OS買うのが高いって言ってUbuntuデスクトップ使ってたしな。
スピーカー 1
それもしかもOSってどうやって動いてるんだろうって言ったら、マイクロソフトとかApple以外でわかんないのかなと思ったら、
いや世の中にありますよみたいな、アクセスもできますよみたいな、別にそれはイリガルな方法ではなくて、
ちゃんとした正当な手続きで読めるものがあるっていうのはすごいな。
やっぱりコピーレフトってすごい運動だったんだなっていうことを、リチャードストールマンってすごかったんだなみたいなことをちょっと思ったりもしましたね。
これね本の話に戻ると、3章がいろんな事例取り上げてるところっていうのはさっき言った通りで、
スピーカー 2
56ページから肉加工職人の都定性っていう話が始まるんですけど、
まさに今言ったような話が書いてあって、
遠熟した実践のアリーナ本場での活動に近づくことを拒否するようなやり方で彼らを仕事につかせてしまうのである。
スピーカー 2
正当性を得ることはあまりにも困難なので一部の人々はかなりの時間を経たないと学習できないということも起こり得る。
って書いてあってまさにですよね。
スピーカー 1
まさに。
だから肉の加工とかをするのに専用の機械がないとできませんってなったら、家に機械買うんすかみたいなとかね。
でその、じゃあ学校にあるものがこれ本…いや職場ではこういうの使わないですけどねみたいな。
スピーカー 1
けど何か加工するっていうところだけは教えてもらえるみたいなとかなると。
スピーカー 2
そうなんだよな。
なんか聞いてた話と全然ちゃうんすけどみたいなことになってしまう。
スピーカー 2
いやーそうだよなー。
スピーカー 1
あとはなんか肉加工の話とかでは、小売店で働いた時に使ったテクニックみたいなものを教えてるけど、ほとんどのものはスーパーでは全然使えるものではないんだよみたいなことになったりとかで。
21:00
スピーカー 2
例えば生徒は小売店では使えないとんやれの肉のカットの仕方を学ぶとか、逆に肉の料理法を助言する仕方を学んだりするって書かれてますね。
スピーカー 1
そうそうそう。
やっぱりこう実際の実践、実践してるというと、僕も実践じゃ実践になるかもしれないけども、職場でとかなり乖離した状態になっていて、そこにアクセスできないってことがとても辛いみたいな。
スピーカー 2
これただ都定性の問題っていうふうに着地させてましたっけ?
カリクラムの話とか教え込み型の演習みたいな話は出てきてるんですけど、これ肉加工職人の都定性っていう文章なので、
これが都定性の問題だとしたら実践的登堂体、というか正当的周辺参加的な学びによって変わり得るんだろうけど、実践的ではないなっていう感じはするけど。
スピーカー 1
そうなんだよね。
スピーカー 2
これあれなんですよね、この人自身が、この著者2人が独自研究して事例紹介してるっていうよりか、過去の研究した事例を探してきて引用してるかってるって感じですもんね。
スピーカー 1
そうそうそう、そうです。
スピーカー 2
直接このテーマに即してるとは限らないし、なんかこう視点を変えて捉えたらこうだよねっていうのは別のところで補足してたり解説してたり、
実はするものの正当性が必要なんだよねっていう例としてやってるかな。
実践と掛け離れた学習のカリキュラムっていうのは往々にして正当性とは掛け離れたところにあるとか、そういう話だっけ?
スピーカー 1
気が、どうだったっけ。
冒頭に書いてあるか、この肉加工職人の都定性、私たちが都定性を正当的周辺参加の概念を端通するための洞察のもととして用いるということは、
スピーカー 2
都定性が実践の中の学習を何か不可否的に促進させるものだと一般的に主張しているのだと解釈しないでいただきたいって書いてるから。
僕がさっき言ったようなことを言いたいだけで、たぶん取り上げてるわけではないよって感じですね。少なくとも一般化してそうと言いたいっていうわけではない。
スピーカー 1
そうですね、そうですね。
スピーカー 2
さらに正当性を得ることが問題になるのは熟練者、親方たちが実質的に相受的権威主義者として振る舞い、
24:01
スピーカー 2
都定を教え込まれるべき新人どもとみなして、共同体のそれ自体の再生産のための周辺参加者とみなさない場合である。
この一文は確かに、正当的周辺参加とか実践共同体っていうのを考える上で、ちょっと向いてるベクトルが都定性、従来的な都定性っていうのはちょっと違うねっていう話はわかるか。
ニューカマーの振る舞いとか彼ら彼女らとのやり取りを見て、我々自身がもっとこうすべきだみたいな自己改善的な、改善とかいい方向とは限らないんですけど、
変化を受け入れて取り入れてやっていくっていうよりかは、身近な勉強でもしとけって言って切り離していく。おめえはしろする時間だろうがみたいな感じの扱いにした後、
実践共同体としてはやっていけないよねって話。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
これは同じね、実践共同体の仲間だよねって言ったら多分別に今は誰もやってない包丁の研ぎ方とか教えたりしないかもなーとかって話になっていきそうですね。
スピーカー 1
そうですね、87ページあたりがアクセスの話になっちゃってるけど、やっぱりスーパーでの職業学校とその店の実習はスーパーでの肉加工の実践をシミュレーションしておらず、
とてたちの実践のアクセスをより困難にしていたっていうのがあるんで、ちゃんと教えられてないから、なんか自分勉強してきましたって言った結果アクセスがより困難になっちゃったみたいなことが起きているよねとか。
スピーカー 2
その後もわかりやすいですね。肉屋の熟練者は彼らの土手を活動に周辺的たらしめるのではなく、むしろそれから遠ざける仕事に閉じ込めていたって書いてあって。
だからコミュニティに参加させるっていうよりかコミュニティの外で立たせとくみたいな雰囲気があるな。
スピーカー 1
88ページとかも、その学校の生徒たちはその学校においては正当的な周辺ではあるけど、一般的社会、一般的に社会的世界には参加してないよねとか。
肉屋の土手たちも正当的に参加している。しかし周辺的ではないみたいなこと言ってて。
27:03
スピーカー 1
肉屋という意味では正当性はあるんだけども、そこに参加ができない、積極的に参加ができないっていうところで周辺的ではないよねってことを言ったりはしますね。
この周辺的ってどういう意味だっけ。
スピーカー 1
ここは積極的につながってないとか、そこに参加が難しいみたいなとこですかね。
積極的では無関係とかの状態になってしまう。
彼らは実践者たちの共同体での活動への生産的なアクセスが与えられてないのであるっていう風に言ってるから、
結局学校で勉強したはいいけど、これは何だったんだろうみたいなことになってしまうねっていう話をしてますね。
スピーカー 1
悲しいな。肉屋で師匠に教わったんだけどな。
スピーカー 2
校長の研ぎ方得意だったんだけどな。
スピーカー 1
あれ?何かこれ必要とされてないんですか?みたいな。
これだけは満点だったんですけどね。
4章あとこれ触れておきたいみたいなのあったりしますかね。
スピーカー 2
4章でもそんなところかな。一個一個深掘っていったらすごい思い出しつつ掘っていけば多分面白いんでしょうけど。
でも結構触れてますね。ディスコースの話ぐらいかとしてないの。
難しいからいいんじゃないかな。
スピーカー 1
じゃあもうそうすると、あとはこの本で触れておくべきことは何ですかね。
だいぶ一通り喋ったかなって感じになってきたけど。
スピーカー 2
一通り喋った感じしますね。
あとはなんか正当的周辺参加が略語でLPPって言うんですってとかぐらいかな。
ちょっとあれですかね。まとめ的に言うと役者と書き185ページから。
29:46

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