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2019-04-04 40:05

第三回:Tak.さんと『凡人の星』について。

第三回:Tak.さんと『凡人の星』について
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というわけで、うちあわせキャスト第3回ということで、
今回もゲストがたくさん来ていただいております。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今回は早速なんですけども、3月29日に金風車さんから発売された、
「凡人の星になる月間10万PVの雑記ブロガーが凡人を武器にするまでの7点抜刀」
という本に関係して、ちょっとブログの話をしたいなと思います。
たくさんこの本はお読みになられましたか。
読みました。
ちなみにこの本を読もうと思ったきっかけというか、
何を期待して手に取ったというか、その辺の話はどうですかね。
単に読みたかったから。
単に読みたかったから。
山間さんのブログは拝見されてますか。
読んでます。
ポッドキャストのほうは。
全部じゃないけど、機会があったときにポッドキーという感じですね。
山間さんのブログは面白いですよね。
面白いんですよ、これがまた。
あのままの感じが本になってますよね。
そうですね。あのままの感じ。
着飾ったところがないというか。
そうですね。
あの雰囲気を残したまま本になるんだということですね。
僕はエッセイって聞いたんで、もっと堅く薄い感じになってるのかなと思いきや。
ああ、そう来たかと。そういうエッセイで来たかっていう感じでしたね。
順番に読んでたときに、前半はね結構おとなしいかなと思ったんですよ。
はいはいはい、わかりますわかります。
後半に首しっつれてじわじわと迫力を増していく。
あれは本人の中で本を書いてる間にちょっと復帰した感があるかもしれないですね。
どこかで何かのスイッチが入った感があって、その変化が面白かったですね。
まあ、とりあえずページめぐる間ずっとクスクス笑う本ですからね、この本は。
すべてのページに何かしらのネタが入っていて。
ここまでザックバランにかけるっていうのはやっぱり素晴らしいなと思いますよね。
ちょっとやっぱり気恥ずかしさが出てきてしまうので、もっとかっこよく書いてしまいますけどね。
かっこよく書こうというのが、みじんも感じられないところがすごいですね。
そこの開き直りに至った境地がこの本の中ではたぶん書かれてて、
書評を自分の表情にも書いたんですけど、
結局自分も似たようなことしてきてるなっていうのが一番の感想だったんですよね。
そうなんですよ。僕もちょうど今書評を書いてて、たぶん今日から明日アップすると思うんですけど、
まさにこれって実は誰でも通り過ぎてくることで大なり小なり。
そうですよね、やっぱり。
ただ何割かの人はその通り過ぎていく過程で、
あーダメだなってやめちゃってっていうのがあったり、
03:00
この試行錯誤の振りの大きさの代償はあるかもしれないですけど、
この七点抜刀感というか、試行錯誤感というか、迷走感というか、誰でもありますよね。
これを肯定していただけたのはいいかなっていうこの本の一番いいところかなと思うんですけど、
結局今も僕はあるスタイルでPVとか気にしないみたいな話をしてますけど、
ブログを始めた当時は気にしてなかったかというと、それはそういうわけでもなくて。
気にしてたんですか?
PVというよりも派手部は気にしてた時期があったんですよね。
特別なものが。
そう、10とか超えたら嬉しいなみたいな時期があって、
仕事の派手部が付きやすかったんですよね、人気の頃って。
あの頃はページのサイドバーにランキングみたいなのがあって、派手部ランキングみたいなのがあって、
そこを1000を超えるのが1位とかやったんですけど、
是非ともそれを一度超えたいなっていうのがあって、
結局受ける書き方みたいなのを結構派手部トップとかよく見てて研究してたっていうのはあるんですよね。
あるんですか。書いてましたね、それとか。
でもやっぱりね、それ達成した後の虚しさが半端なかったですよね。
虚しかった。
数字だけがそこにあって、結局それ自分じゃなくてもいいんですよね。
そのノウハウで書けば、おそらくそれと似た成果は誰でも手にできるだろうな感があったんで。
かもしれないですよね。
そういう虚しさが通り過ぎた後に、PVにこだわらないとか禁止の仕方がないっていうこの領域に達したんで、
実はあるんですよね。出演抜刀を通り過ぎてるんですよね。
なるほど。
そうですよね。僕もPV気にならないかといえば嘘なんですけど、気になるレベルまでいかなかったんですよね、そもそも。
山野さんは10万PVって書いてますけど、僕の場合はたぶん一番旧ワードピースが一番PVがあった時期でもたぶん4、5万とかぐらいで。
今はあんまり書いてないですけど、今はたぶん数千とかそんなレベルだと思います。
数千もいってないかもしれないです。
あんまり気にもしてないと。
いやー、気にしてないわけじゃないですけど。
そのために頑張ろうという気持ちにはあまりならないというか。
そちらもずっとブログ期間を通してずっとそんな感じでした?
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そうですね。ただやっぱりある時期までは少ないなりに右肩上がりだったんで。
時期が進むにつれてじわじわと増えていってたんで、そういう意味では全然気にはならなかったんですけど。
ああ、そういうことか。
ただPVを増やそうとして何かするっていうことは全くなかったですね。
同じように今もない?
今もないですね。今もないっていうか、むしろ記事を書いていないという。
まあそうですよね。
まず書けという話ですよね。
5年から10年やってるブロガーさんで今でも書いてる人は少ないんでね、毎日のように。
そうですね。
ただやっぱり興味があるのは、自分のことで興味があるっていうのもおかしいんですけど、
なんで書かなくなったのかなっていうのが興味ありますよね。
何が変わったのかなっていう。
たぶんそこにいろんなものが入ってるんじゃないかなと思うんですけど。
そもそもとして、なぜ書き始めたのかっていうところに戻ってみたいんですけども。
なぜ書き始めたのかというとですね、なんでなんだろう。
昔、堀さんと倉下さんと3人でやったニュースで話した気がするんですけど、
もともとサイトがあったわけですよね。今でもあるんですけど。
そこにアウトライナーのこととかいろいろまとめて書いていて、
そういう構造に乗らない泡のように浮かんでくるどうでもいいようなことを書く場所だったんですね、そもそもが。
そういうところが、書いているうちにだんだん重みを増していったり。
結構自分の中で意味が大きくなってきてしまって、更新の頻度も上がっていったり。
頻度というよりも記事の重みが増してったんですよね。
そうでしょうね。
極みの激しい記事を書くようになりました。
わかりますわかります。
でも結果的には、その記事で書いたことが本になったりもしてる。
なので、書いているうちにそうなってきちゃったというところはありますよね。
スタートしたばっかりは、メインページがウェブサイトで、ブログは別館みたいな感じで。
別館でしたね。完全な別館ですね。
いつの間にかそっちが本館になってしまった。
まあ更新がめんどくさいっていうのが一番大きいんでしょうけど。
まあそうでしょうね。ブログに比べると。
多くの人がそれがたどる道なんじゃないかなと思うんですけど。
記事数が増えたことによって重み付けが増えたっていうことと、
さっきほど言われたように、きちんとした記事を書いてきたから重くなったっていう。
多分校舎のほうが影響が多いんですかね、やっぱり。
09:04
多いかもしれないですね。
山間さんの本の話にもつながるんですけど、
もともとブログって普通の人が書くものというか。
その辺の、「お前誰やねん!」みたいな人たちが書く場所でしたよね、ブログって。
そういう認識だったんですよね。
普通の人がそれほど頑張らないで書くようなものっていうイメージがあったんです。
はい、ありましたありました。
それが世の中的にはいつの頃からか変わっていって、いわゆるプロブローガー的な人たちが出てきて。
そういうものとは全く自分のブログは重ならないまま来てたんだけど、
やっぱりその自分の中で記事の重みが増していったときに、
普通の人間がどうでもいいことを書く場所だと思っていた自分でも、
書いた内容に、「これはつまんないからあげるのやめとこう。」とか、そういうことを思うようになったんですよね。
そう、なるほどなるほど。はいはい、わかりますわかります。
だから書いてないわけじゃなくて、実は書いてるんですけどあげてないだけなんですよ。
うーん、なるほどね、なるほど。
でも本当それは山間さんの本を読んでも思ったことなんですけど、
そういう考え方、つまんないからあげないとかっていうのって、それこそつまんない考え方かなと思うんですよ、自分で。
まあだから頭の中に読者さんがいるんですよ。
その読者さんをつまらない思いをさせたくないなっていう気持ちがどうしてもあって。
そうなんですよね。なんかそういうのが出てきちゃうんですね。
出てきちゃいますよね。
だから僕は最近は、結局書かへんようになったっていうのは、ツイッターが出てきたことも結構大きくて、
泡のようなものが全部ツイッターに流れていくっていうのがあって。
それと並行して僕も最近は細かいのは全部スクラップボックスにあげてて、
あそこはほとんど、誰が読んだか、想定読者が頭の中にないんで、細かいのは全部流せてるんですけど。
でもそうすればそうするほどブログの特別感は常に残るんですよね。
それやるほどブログの重みがさらに増していきますね。
増していくよね。
崩れることはないですよね。維持され続けますよね、とりあえず。
ブログって誰でも書けるんやっていうことを片側の口では言いつつ、
僕のブログはすごいですよっていう内心がどっかにはあるんですよね、これ。
内心があるんでしょうね、きっと。
だからそこが矛盾してるんですよね、結局。
あるんですよ。
あ、そうか。
だから今の話で思ったんですけど、本を書いたことが大きいかもしれないですね。
12:05
なるほど。
なんかそっちで引きずられちゃうっていうところがありますね。
あとね、前職を辞めたっていうのが大きいかもしれない、個人的に。
時間の使い方とかは変わりました?
時間の使い方はもちろん変わったし、
とても高速の時間の長い職場だったんで、残業の多い職場だったんで。
朝から深夜までいるわけですよね、職場に。
そうすると自分の言葉で会話したり、何か書いたりすることがないわけですよ。
そこで溜まってくるものがあって。
だから一番忙しかった時期に一番更新している。
いじでも更新してるっていうのはありましたね。
なるほど。
ブログがそういう役割を果たすっていうのはすごい思いましたね。
そうですよね。自分の言葉を出せる場所ですもんね、これは。
そうなんですよ。
そういう思いがあるから、読まれるために書くブログっていうような、
売るために書くブログっていうようなものにちょっと違和感を感じるんですよね。
あなたの言葉の場所ではないんですかっていうのを僕は感じるんですよね。
勝手に見合ったらいい話なんですけど。
別に人が何をやろうと全然構わないんですけど、
そっちが主流になってくると違和感を感じますよね。
そうですね。特に自分の言葉を出したいのに、
ブログというものの定義がそっちにずれることによって、
妙な苦しみが生まれてるというか。
何なんでしょうね、その妙な苦しみ。
好きに書けばいいというだけの話を、僕もさっきも言ったように言い切れない部分はあるんですけど、
結局ブログってある程度ちゃんとして読める文章でないといけないなっていうのがあるんで、
僕自身がそれを保証はできないんですけど、でもやっぱり好きに書けばいいと思うんですけどね。
好きに書けばいいはずなんですよね。
最近よくこの話をしてるんですけども、
もともとブログのタイトルがWordPeaceなんですけど、
WordPeaceってもともとアウトラインの名前で、
WordPeaceっていうアウトラインがあったんですよ。今でもあるんですけど。
要するに、書いたことの断片を集めておくアウトラインがあって、
その中で人が読める状態にまで成長したものを公開していたのが、ブログだったんですよね。
もともとその断片を公開するっていうことにすごい意味があったと思ってるんですけど、
15:01
断片を公開することがなぜか難しくなったっていう。
ある程度完成品になって、一般的な意味での完成品になってないと、
公開することに抵抗があるような状態になってきた。
やっぱり、書き手としての自覚みたいなものが関係してるんですかね。
関係してるのか、そういう……なんなんだろうね。それがわかんないんですよ。
何に価値を認めるかの単位が変わってしまったんですかね。
いや、自分が思ってる価値はたぶん変わってないはずなんですけど。
そこはね、ずっと考えてるんですけどわかんないんですよね。
でも単純に、やっぱり物書きになってからとなる以前の切り分けができないんですけど、
やっぱりある時期からはもうちょっとつまらない、つまらないというかささいなことを記事にするのは拒否感がありますね、やっぱりね。
昔、それこそ僕のブログって一行記事みたいなものがあったりとか、三行記事があったりとかね。
ああいうことはしづらくなりましたよね。それでもしてもいいはずなんだけどね。
たまにイベント的にやることはあっても、まあそれは仕方なくて時間がないからやるというか、そういう感じ。
むしろ僕はどんどん長い記事を書きたくなってきてるんですよね、これ。非常に厄介なことに。
長いですよね。昨日のとかもすっごい長かったですよね。
よかったけど長いな、これ。
結局さ、ちっちゃいものが全部スクラブボックスに行くにつれて、ブログの記事が長くなるんですよね。
まあ良いのか悪いのかわからないんですけど。
まあもちろんそういうブログにはそういうブログの役割があると思うんですけど。
ちなみに、例えば本を出されたりとかした後に、
端的に言うと、ブログの記事を書くのが労力としてもったいないみたいなことを感じたことってあります。
つまり文章書きとして、有料の原稿を書く人間として無料のブログを書くことに対するもったいなさ加減みたいな。
もったいないはないんですけど、単純に時間的に優先度が下がっちゃったってことですよね。
はいはいはいはい。そうですよね。
それで今の話で思い出したっていうか、改めて思ったんですけど、
常に何かしら一日中文章を書いてるようになっちゃったんですよ。
だから文章を書きたい欲求がそっちで満たされちゃってるっていうのがあるかもしれない。
それはわかりますね。
あとね、脳が本を書いていると、頭が長い文章を書く頭になっちゃっていくと、短いものが書けなくなるっていう。
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書けなくなるっていうか、断片的なものの瞬発力がなくなってくるというか、
頭の動きに粘りが出てきちゃうっていうか、変な言い方ですけど。
違うんですよね、頭の動き方が。
わかりますわかります。
ああいう1行とか3行とかって、シャープなんですよね、やっぱり。
どう言ったらいいかわからないけどシャープなんですよね。
シャープとしか言いようがないんですけど。
あれでいいやって送り出せる気持ちがシャープというのかどうかわからないですけど。
そうですよね。それが大きいかもしれないですね。
超分脳になっちゃってるというか。
超分脳に、そうですよね。
だから僕もアウトライナーを使ったときに、常にそういう感じでやったんですよね。
断片をそこに置いておくことができなくて、
常に絡めて大きくして階層を深くする動きをやったんですよ。
それをやると非常にしんどいんですよ。
そうか、それはアウトライナーだからそうなの?
いや、他のでもそうなんですけど、アウトライナーの場合は簡単に移動できるじゃないですか。
だから余計にその操作が促されるんですよね。
エマーノットの場合は、ただ並べるだけになって、
育ちもしないし、そのまま放置されてるだけの状態なんでしんどくはないんですけど、
育つ分厄介なんですよね。
育つ分厄介っていうのはありますね。
今はだから、ワークフローリーの場合は全部を一列に並べる感じですよね。
使ってる場合は。
深くしないというか、関係するアイデアがあったとしても構造を巨大にさせないというか、
ただ並べてるだけみたいな。
それやると楽なんですよね。
楽。そうですね。
それは一つのコツだと思うんですよね。
この辺の使うのに僕はスクラップボックスを一回形容する必要があったんですけど。
じゃあそうすると使い分けて、今どうなってるんですか。
アイディアは全部スクラップボックスです。
例えば、プロジェクトとかタスクとかっていう気になることを一回書き出すときに、
例えば今までやったらプロジェクトっていうのを作ってその中にやったんですけど、
今はただ気になることが縦に並んでるだけっていう。
それである程度並べ替えは。
並べ替えします。示します。
重要なものを上とか下にするっていう。
その操作がスクラップボックスではしにくいんで。
重要度を自分の意思で並べ替えるという概念は基本的には備わっていないので。
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だからもう完全に併用してる感じですね。
そうですね。
主軸、メインで触ってる8割ぐらいがスクラップボックスで、
そういう気になることの2割とかで出てくるワークフローリングなんですね。
そうなっていきますよね、たぶん。
そうですね。僕はアイディア的な断片なものを蓄えるのであれば、
スクラップボックスは今のとこは最適ですね。
じゃああれですか、これ。
ブログの話に戻るんですけど。
はいはいはい、すいません。
そのスクラップボックスに今書いていることと、
ブログの墨分けってどうですか?うまくできます?
今のところできてますね。
結局、言い方で言うと、一番粒度の低い情報、情報カードに書くようなこと。
情報の一番ちっちゃいのが全部スクラップボックスなんですよ。
それらを組み合わせなり膨らませるなりして、
以前に書いたんですけど説得するようなこと、他者に何かを訴えかけるようなことがRスタイルなんですよね。
あー、なるほど。
わかりやすく強調するとプレゼンテーションがRスタイルなんですよね。
情報置き場がスクラップボックスという感じ。
でもスクラップボックスの中で公開する文と公開しない文ってあるじゃないですか。
ほぼ全公開です。
全公開なの?
いわゆるアイディアメモって言われてるものは全部公開します。
内側にあるプライベートなプロジェクトでは、いわゆるメルマガの原稿とかがあるだけで、
思いついたアイディアはすべて発想工房に書いてますね。
前回僕らの生存戦略を公開しているのもすごいと思ったんですけど、
それのほうがもっとすごいかもしれないですね。
アイディアメモを一部公開はわかるんですけど。
でも誰も見てないですよ。
一応発想工房のトップページに、一番最初にピンしてるページが一番前だけあって、
同性質記事にしきれないメモたちの供用債っていうページがあって、
そこがいわゆるインボックスと呼べるような場所で、
とりあえずそこで縦に並べておいて、
ページ化したいものがリンクになって切り出されるみたいな感じでやってますね。
家庭用のタスクみたいなのはさすがにここに書いてませんけど、
いわゆるアイディアっていうものに含まれるものは全部ここに書いてますね。
うーん、僕はあれなんですよ。
例えばそれをやろうとするじゃないですか、自分が。
24:00
家庭用の人に見せられないものとかとは分けられない。
だからそういうアウトライン、例えばワードピースというタイトルについてのアウトラインがあるんですけど、
ものすごいことが書いてあるんですよ。
あー、そういうことか、なるほど。
これはものすごいプライベートなことが書いてあるとか、
でもそれを切り離そうとするとうまく回らなくなるというか。
いや、わかりますわかります。それをわかります。
その問題をどう解決しているのかなと思って。
極限すればたぶん全部一緒がいいんで、
全部一緒だとたぶんそれはプライベートにならざるを得ないですけど。
今のところ3つ空間があって、発想工房が公開されてる空間で、
もう1個僕と妻が共有しているプロジェクトがあって、
もう1個、さっき言った仕事用に使っているやつがあって、
その仕事用に使っているやつでも、例えばGoogleからメールが来て、
ほにゃらにエラーが出てるから直しなさいみたいなものがあったときに、
それはタスクとして行動になるんで、それは仕事用のところに書き込まれるんですよね。
でも実際その情報はアイディア的なものと一緒に並べておいたほうが良かったりはするんですよね。
何か別の情報と絡むことがあるんで。
そこでは僕は可能性は削ってるんですけど、
もしかしたら一緒にしたほうがいいかなって。
その情報は公開しても別に損はないし、公開しなくても損はないんで、
公開してもいいかなというブログなんですけど。
見ると面白いかもしれないですけどね。
ただそのデイリータスクリストがあるんですよね。
それは別にプライベートのほうにあるんで。
さっき言ったタスクみたいなノートのリンクを作りたいんですよ。
タスクみたいなノートのリンク。
そうそう。だからそれをデイリータスクリストのリンクとして加えたいんで。
同一のプロジェクトに入っている必要があるんで。
デイリータスクリストを公開するのはさすがにどうかなと僕は思ってしまうので、
それも公開してもいいんですけど。
そのほうを切り分けることによって、デイリータスクリストに乗るようなもの、
いわゆるタスク化するようなものはプライベートに入ってます。
ところがタスク化しないものはほぼ発想はほぼですね。
デイリータスクリストはさすがにそこに混ざらないというか、
それ用のアウトラインが別にあるので混ざらないんですけど。
ワードピースって思いついたことを全部書いちゃうわけですよね。
はいはいはいはいはい。
そう思ってみると、例えば自分のブログで2009年とか10年ぐらいのものを見ると、
27:01
これを書いちゃうのかっていうことを書いてるんですよね。
かなりやばいことを書いてて。
でもたぶんそのやばいことが、おそらく何かのそこに命を吹き込んでいたというか。
まあそうでしょうね。
それはある種ポエム的な文学のようなものなのかもしれないですけど。
それがあることによって、バラバラの断片がひとつにまとまって、
ひとつのものになるという感覚の中にあって。
なのでそれを、かなりのことを記事にしちゃってたわけですよね。
ただ、さすがにそれが結構重要だったんだけれども、
さすがにそれが最近できなくなってきたっていうところがあって。
でも、そのワードピースの中に蓄積されていく内容というのはそれに近いものが多いわけですよ。
だからちょっとそういうジレンマみたいなものがありますよね。
まあでも仕方がないんですよね。
結局そのブログ、アウトラインの中にあるワードピースはたくさんのツールじゃないですか。
この言い方でいいかな。
公開されているブログっていうのはメディアなんですよね。
メディアってことはつまり読者との関係の中で初めて成立するものなんで、
こっちの一方向だけで自由にしていいのか問題は常にあるんですよね。
そうなの。自分だけのものじゃないというか、なんだろう。
単に公開してるというだけではなくて、
結局僕のブログもそうですけど、
呼んできた人がいて、それを感じている僕がいてっていう相互作用であれが成り立ってるんで、
だから勝手には変えられない感じがあるんですよね。
短い文章を書けないっていうものを、
例えば不算臭い広告を書けないに置き換えたらすぐわかるんですけど、
それはやっぱりできないんですよね。
それはすごいよくわかりますね。
結局それはその先に人がいるからであって、
それはやっぱり短い記事を書けないっていうこともたぶん同じラインだと思うんですよね。
勝手な思い込みかもしれませんけどもちろんね。
それは、例えばその読者さんがRスタイルを大きく更新されたと思って見に来たら逃げようしかなかったと。
っていうことが起こってほしくないという。
そこのガッカリ感、バーチャルとしてのガッカリ感っていうのが嫌なんですよね。
30:01
もちろんそれはただ2行書いたっても別に面白いって言われることもあるかもしれない。
でも今日パン屋さんに行きました、美味しかったですっていう更新はたぶんダメだと思いますけど。
2行でも意味のある2行と意味のない2行があって、
やっぱり意味のない2行は書けないんですよね。
書けないというか書きたくないんですけど、
でも多分書けないが感覚に近いかな、おそらくは。
パブリッシュボタンを押そうとしても押せないみたいな感じになると思うんですけど。
なるほど。
だから結局ね、ある種宣伝されすぎちゃってるんですね、長く続けると。
長く続けたせいなのかな?
あーそうじゃないんかなー、どうかなー。
わかんないです、わかんないです。
そうか、それとも限らへんのか。
でも宣伝という言葉が正しいかどうかは別として、
なんか変容してるんですよね、始めた当時と。
そういう人たちが今残ってるブログたくさんで、そういう変容を遂げたものばかりなので、
だから非常にブログとして整ってるというかまとまってるものばかりなので、
それをロールモデルにするとやっぱりコケるんですよね。
新しく始めようとした時に。
いきなり宣伝後のブログを目指しても、それはやっぱり無理なんですよね。
それはそうですよね。
だから結局この本の話を変えると、7点抜刀してきたよっていうのは、
ブログを始める段階で憧れみたいなのは絶対あると思うんですよ、何かし。
目標とするものとかこれっていいなっていうものの中でも一気にはたどり着けなくて、
しかも自分がやりたいと思ってたものと求められてるものが完全に一致するとも限らないみたいなのもあって。
そうすると、この過程はちょっとシェイクっぽいかなっていう話が気づいたんですけど。
いや、その記事にそれを書いてるんですよ。
そうなんや、そうなんや。
シェイクっていう言葉は使ってないと思いますけど、
そうなんですよ。結局目指すものが、ありたいものがあって、現実の自分があって、
そのギャップがあって、修正してっていう繰り返しなんですよね、結局。
そうですよね、そこですよね。
やっぱり希望を持たなければ隙間が生まれることもないんでいいんですけど、
希望を持たないとたぶん誰も一歩を踏み出さないんですよね、そこは。
ただ、ありたい自分、ありたい姿って、例えばそれを目標と言い換えてもいいんですけど、
それを、昨日チラッとツイートしたんですけど、それを上位階層に置いて目指してしまうと、結構苦しいことになってしまう。
33:04
これは昨日の倉下さんの記事に即発されて書いてあるんですけど。
同じことですよね。
でも結局目標を決めるのは今の自分であって、
そう考えると今の自分が上位になるんですよね。
できれば固定ではなくて半固定というか、
ある段階瞬間目標が上にあってもいいんだけども、
ある段階で取り戻すことっていう。
自分が常に上位だと今度は憧れが発生しなくなるんで、
つまり今の自分っていいやんっていう開き直りが常に出てきてしまうんで。
だから交互に入れ替わるのがいいかなという気はするんですよね。
この山間さんの本を読むと、まさにそれを行っているということが非常に、
その行ってきた歴史がセキララに書かれてるわけですよね。
彼女がこの10万PVゲットしたっていうすごいねっていう話とは全然別に、
てか僕10万PV持ってないんでこれはすごいと思うんですけど、
よく続けたなと思うんですよね。
転ぶことは別にあると。
でもやっぱりそこでめげないし、
しかも自分の色を崩さない努力はむしろ出していく。
普通失敗すればするほど、もっとテンプレに寄っていくパターンがあると思うんですよ。
そうなんですよ。
でもあえて逆に自分の方に来てるのが、これはすごいなと思うんですよね。
それはね、思いましたね。
うまくいかないと何が悪かったんだろうと考えて、
テンプレと自分はここが違うんだ、じゃあもっとテンプレに近づけようとなるのが多分大多数だと思うんですけど、
こけるほどはテンプレから離れてきたところが。
でもまさにそれは正しいんじゃないですかね。
おそらく結果的に正しかったし、平均的に言うと正しい道だと思いますけどね。
そこですよね。
それが彼女の性格に何かあったのか、出会いが広げてくれたのかはちょっと反然とはしないんですけど、
それがいいよなと思いましたね。
そうですね。
何よりもこれだけ、やっぱり多くの人はこれを黒歴史だと思って隠しちゃう。
本の前半のほう。
はいはい、間違いなく。
この黒歴史をコンテンツ化しちゃっているところがすごいなと思います。
これを開示できる勇気もありますし、それを面白く読ませる筆もありますし。
ただ開示しただけじゃたぶんダメなんですよ。
おそらくはね、それはそう思います。
自分の心理状況にすごい神経を払ってあるんですよね。
今自分がどんなふうに感じているのかを、結構注意深く観察してある。
36:04
まあさすがエッセイシステムだという感じですけど。
そうですね。それを描写すると。
こういうのをテンプレ的にね、不幸な自分とかっていうのにしてしまうと面白くなくなるんですけど、
きちんと前に行きたい気持ちと行けない気持ちの両方が観察されてて、
まあさすがだなと。これ見事だなと思いましたね。
そうですね。そう思いました。
まあやっぱり全然盲人ではないんですけどね。
まあそう言ってしまうとそうなっちゃうんですけど。
でも、変な話、これ共感できること。
共感っていうか、
これを自分もこうしようと思うことはほとんどないんだけれども、
読める人が読んじゃうし、読めば面白いし。
自分とは全然重なってないんだけれども、
これは確かに一つのやり方としてありだっていう感覚を抱かせられるんですよね。
そうですね。確かに。
僕も読んでて思いましても、食事毎日欠かさないからネタになりますって話があって、
ご飯食べ忘れることあるんですよって思ってたんですけど。
いやでも結局言いたいことはわかるんですね。
だから山本さんが食事が好きなように、
僕は例えばカツジ醤油も毎日欠かさないんで、
それはたぶんネタになるだろうなっていうふうに変換はできる。
いろんな人に参考になるんじゃないかな。
このやり方を真似するという意味では参考にならなくても、
このあり方というかこの存在の仕方というのはすごく勉強になりましたね。
そうですね。開き直った自分らしさってやっぱりダメなんですよね。
開き直ったというか、単に自己肯定したいだけの自分らしさっていうのは人に受け入れられないんですけど、
こういう上を曲折した後の自分らしさの発見っていうのは、
両方の価値が重なるところなんで、
自分がやりたいことと人に認められてるってこと。
だから一番いいやり方やなと。
最終的にPV欲しいっていうことを隠さないっていうのをちゃんと書いてるとこも、
僕は偉いなって思いました。
あと面白いなと思ったのが、月間10万なり何万PVで、
広告収入をじゃなくて、その10万PVが欲しい。
それを得たっていう、そこになっているところもすごいなと思います。
ある種のステータスではありますからね、PV数っていうのは。
10万ってすごいですよね。
10万って僕たぶんRサイドで行ったことないと思いますよ、10万なんて。
すごいなと思いますよ。
39:00
でもやっぱり人を惹きつけるものはありますよね。
明るい気持ちにもなりますし。
そうですね。
この内容を暗く書かれたらすごい暗い気持ちになるかもしれない。
そりゃそうやな。
でも書こうと思えば、前半分もかなり暗く書けますからね、きっと。
そうなんですよね。
あとね、流れとしてはやっぱりさっきの前半の割に抑え気味かなという感じが、
後半にどんどん迫力を増していくのがね、
これは意図的なのかそうじゃないのかわかんないですけど。
その辺はちょっと今度インタビューするときは早く聞いておきます。
それは僕も興味がありますんで。
というわけで今回は、「凡人の星になる」という本に絡めてブログのお話をしました。
たぶん次回は山間さんにインタビューできるんではないかと思っております。
また45分も喋ってしまいました。
ブログになろうとなかないですね。
はい、それでは今回はこれまでです。
ありがとうございました。
40:05

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