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2024-12-05 1:27:25

第百六十三回:Tak.さんとカード法について

概要は以下のページからご覧ください。

第百六十三回:Tak.さんとカード法について - 知的生産の技術

サマリー

このポッドキャストエピソードでは、マックソフトハウスやその社長の新刊書籍、アップルの歴史について考察が行われています。現代のメールの使い方やその進化、ビジネスメールの様式についても言及されています。このエピソードでは、カード法について深く考察され、アナログメモの重要性や手書きの身体性についても触れられています。また、デジタルツールとアナログツールの使い分けや、その優先順位の変化についても考慮されています。このエピソードでは、カード法とその定是の重要性について議論が展開され、主張の形成や論理構築がどのように行われるべきかが探求されています。特に、主張が無ければカード法の効果が薄れ、論文の執筆においても困難が生じることが強調されています。このエピソードでは、カード法の効果的な使用法と情報整理の重要性について深く掘り下げており、暗黙の理解を持ちながら着想を明確にするプロセスや、多義的な情報の扱いについても考察されています。また、カード法とデジタルツールの関係についても深く掘り下げ、ルーマンのカード使用法とアメリカ式カードの違いや、日本におけるカードの役割について考察が展開されます。さらに、カード法に関する議論を通じて、ノートやバインダーのサイズに関する意見が交わされ、特にB6サイズの利点やカードの多様な使い方について深く掘り下げられています。

マックソフトハウスの新刊
スピーカー 2
うちあわせCast、第百六十三回ということで、今回もゲストにたくさんお会いしております。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
いくつかニュースがあったんですが、まず小さなマックソフトハウス社長の体験誌という本が、これもう出たんかな?
もう出たと。マゾンのページ見ると、2日に出るので3日ほど前に出てまして、オンデマンドでペーパーバッグなどで注文してからプリントされるタイプの本で、ちょっとお高いですが、
昔話というか、かつてのマック、今のこの現役のバリバリのマックというか、昔パソコンが普及し始めたばっかりのマックの話ということで、多分今はもう普通に現代の若い人は全然知らん話がたぶんかかってるんじゃないかなと思うんですけども。
スピーカー 1
そうですね。この松田さんはもう僕ぐらいの世代のマックユーザーにはもうスターです。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
名前は存じ上げなかったんですけど、会社とか製品はもう多分マックユーザーなら知ってるっていう感じじゃないですかね。雑誌とかめくると必ず名前は見かけるような。
スピーカー 2
そうなんや。今Amazonのページ見てますけど、他にも著作がいくつかあって、11月にはパソコンルネサンスというまた面白そうなタイトルの本が出てますが、あとアップルリサ、その光と陰ってのも。
それがすごいんですよ。
3日に出てますね。
スピーカー 1
リサの本はなかなかないんですよ。
メールの進化
スピーカー 2
もう存在すら知らないですよ、それ。
リサはマックの一つ前のアップルの製品。
スピーカー 1
マックのグラフィカルインターフェースの大部分はリサで完成していた。むしろマルチタスクが最初からできて、実はマックより高度な機能があったというものですね、リサというのは。
スピーカー 2
結構どれも懐かしい。ある人にとっては懐かしいし、ある人にとっては目新しいような話で、今更昔のマックとかマッキントッシュについて知ってどうなんねんという話ではあるんですけど、これはたくさんがノートで書かれているようなテキストエディターの日本での略歴みたいなことと関わると思うんですけど、
今現在仮にツールがこうなってるとして、でもこうじゃない形もあったよなっていうイマジネーションで、やっぱり一回戻ってみないと立ち上がってこない。つまり現在から振り返るとこのルートしかなかったかのように歴史を演算してしまうわけですけど、振り返ってみるといろんな枝が伸びてて、たまたまこの今に続いている枝が伸びてるけども、
実は他にも可能性があったんじゃないかなっていうことを振り返るのってやっぱり歴史の視点を取る必要があると思うんで、そういう観点から現代のソフトウェアデザイナーとかプログラマーの方こそやっぱりこういうのに触れていただいたほうがいいかなという気はしますね。
そうですね。やっぱり歴史が枝分かれする前のパラレルワールドの分岐する前に何があったのか。もしかしたら今とは違う方向に物事が進化していった可能性もあったわけですよね。
過去をまた掘り下げて新しく開拓していく道っていうか、やっぱり新しいものを考えているときって、常に現時点から新しいものというよりは、過去の創造力を現代に再イマジネーションするというか、そういうアプローチのほうがなんとなく地に足のついた感じになりそうな気がしますね。
スピーカー 1
松井先生のツイートを見たんですけど、テッド・ネルゾンにセンスを紹介しているリンクを貼っておくんで見てもらったんですけど、この方が存命やということを初めて知った。僕の中では歴史の人なんで、この人は。
でも相当なお年だと思いますけど。
スピーカー 2
どんな感想をおっしゃったのかも気になりますけど、ある意味インターネットとかハイバーリンクっていうものの思想を個人で使えるものっていうのを体現しているのはセンスであることは間違いないんで。
この写真はすごいものがありますね。
スピーカー 1
なんかちょっと笑っちゃいますね。笑っちゃうって言ったら悪いですけど。生きてるとこんなことも起こるのかもしれない。
スピーカー 2
これも過去と今の接続みたいなところだと思うんですけどね。
ちょっと前にツイートで見たんですけども、メールの方ですね。カレンダーのメールの普通のheyの新機能かな。
パワースルーニューっていう呼ばれているもので、僕ちょっと動画を見ただけなんで解説本文読んでないんで正式な理解じゃないかもしれませんけど、
新しく入ってきたinboxに入っているものを一続きのビューで見るっていう感じなのかなあれは。
普通のinboxに入っているメールっていうのはタイトルだけがリスト上に並んでいて、それをクリックすることで本文を表示。またinboxに戻って本文を表示という感じで見ていく。
Gmailやと次のメールを表示するっていうショートカットがあって、一応inboxに戻らなくても連続的にページを送るようにメールを見ていくことは多分できると思うんですけど、
このheyの機能はそうじゃなくて、一つのビューにメールの本文が全部なのか。
多分スクロールしてるから、冒頭部分がザーッと一列で並んでいて、ユーザーはそこを画面を切り替えることなく上から下に視点を流していくことで閲覧できるという機能だと思います。
スピーカー 1
でも返信もその場でできちゃう。
スピーカー 2
そうですね。返信もその場でできるという機能があって、あんまり知られてないかもしれないけど、Cosenseって普通のページのビュー以外にストリームという機能があるんですね。
ストリームを押すと、ページの最新の更新情報だけが並ぶビューになるんですけど、それにちょっとだけ似てます。
ただ返信追記はできないんで、あくまで編集履歴しか見れないんですけど、ある最新のものだけを一つのビューで見るという観点は結構似てて、僕ストリームは結構よく使ってるんですけど、
だとしたらこのPower Through Newもかなり便利そうだなとは思いますね。
スピーカー 1
そうですね。そもそもHey!自体もそうだし、もう一つの製品のベースキャンプもそうなんですけど、この37signalsでしたっけ。
社名がベースキャンプに変わってまた戻ったんですよね。
スピーカー 2
そうなんや。
スピーカー 1
たぶんHey!をやるから、ベースキャンプだけじゃなくなるからだと思うんですけど。
スピーカー 2
この会社の、そもそもJason Friedさんが僕好きなんですけど、このHey!の機能もそうですけど、ツールの機能というよりも仕事術を実装するみたいな装置なんですよね。
スピーカー 1
すごくそういうところは面白いし、技術方面からだけ考えると出てこない発想が結構組み込まれてて非常に興味深いなと思いますね。
スピーカー 2
確かにこのUIだって別に1個1個ページのメールめくっていったらいいじゃんって解決されてしまうと、そこの必要性そのものが技術的要件から立ち上がってこない気がしますけど。
そうなんですよね。
でも新しいメール、新着メールをザッと目を通すという感じはこのViewで多分実現されるんでしょうね。
スピーカー 1
そうですね。タイトルだけじゃなくて中身も含めてザッと。これはと思ったものはポンポンポンってその場でも変身しちゃうし。
そもそも別の動画でJasonさんが言ってたのが、今こういうフィード型で、フィードとかタイムライン型で読むの、みんなこっちのほうが慣れてるでしょって。
確かに。
スピーカー 2
なんでメールだけずっと50年前と変わんないのみたいな。確かにそうだよなと思いましたね。
スピーカー 1
だからメーラーを作る人のコンセプトがメーラーとはこういうものであるからという枠組みから抜けられてないということだと思うんですけど。
スピーカー 2
そうでしょうね。そういうことなんでしょうね。
タイムラインの視点で言えば確かにそう。1Viewで1個のメールを見るというのってマルチタスク観点から、人間の認知処理のマルチタスク観点から言ったら合ってるような気がするんですよね。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
複数の情報が並ぶとその処理に1個1個スイッチが必要であまり好ましくないみたいなエビデンスが掲示されそうな気がしますが、そうじゃないんだよねここは。
スピーカー 1
やっぱりいついつメールを開くっていうのはやっぱり今ほどメールが多くなかった時代の発想かもしれないですよね。
やっぱり1時間のうちに複数のメールが下手すと10通20通来ちゃうような状態でね、一つ一つ見ては戻って見ては戻って。開かないと内容が見られないし。
もう一つジェイソンさん言ってたのは、一方で今のビジネスメールのほとんどって1行2行3行みたいに終わっちゃう。
とすると、要するに長い手紙が入ってるわけじゃないわけですよね。ほぼメッセージみたいな感じ。
手帳の変遷とニーズ
スピーカー 2
そうかそうかそうか。
なのでこっちのほうが合理的ですよねっていうことみたいですね。
アメリカの標準的なビジネスメールっていうのは、日本みたいなシャチほこばった挨拶が前後につくのが一応標準なんですか?
スピーカー 1
多分つかないんじゃないですかね。日本でも多分会社とか業種によって全然違うと思いますけど、僕がいた業界だともうやっぱりお客様に出すメールはいつもお世話になっておりますね。
そうですね。
そうですね。早春の校までは書かれていなくて。やっぱそれを排除する勇気がない。
スピーカー 2
そうですね。しかもやっぱり、例えば僕とタクさんはTwitterのDMでやり取りすることもあれば、最近メールでやり取りすることもありますけど、やっぱりメールだとちゃんと書かないと。
何やろうな、あれは不思議に。別に短い文で送っても失礼に思われないことはわかってても、よろしくお願いしますってTwitterでは書かないように自分を最後に添えたくなる。
スピーカー 1
よろしくお願いいたしますとか書いてあるんですよね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
クラッシャーさんからビジネスメールが来たのかもしれない。
だからフォーマットの力ってあれは毎回メールとDMを使うたびに思うんですよね。書かざるを得ない感じになるという感じで。
スピーカー 2
で、片方がそれを始めるともう片方もそれに応答することになって、それがディファクトスタンダードになっていくわけですけどね、あれは不思議なところで。
スピーカー 1
相手がそういうちょっとフォーマルっぽい書き方をすると、こっちからラフに返すとすごく失礼な気がしちゃうんですけど、別にそれをやったって別に怒らないことはわかっていても、なぜか出来ないという。
スピーカー 2
出来ないというね。多分メーラーのビュアーがTwitterのDMっぽいUIやったら多分そうじゃないんですよね。
ないんでしょうね。吹き出しになってたら。
スピーカー 1
そういう感じだと思います。だからこの辺のツールの設計っていうそのクソとか側の話ですけど、実はコンテンツ内容に関わってくることだろうなと思います。
スピーカー 2
2000年代ぐらいのビジネスパーソンならば、コミアさんのビジネス力要請手帳っていうのを本屋とかロフトとかで多分見かけたことがたくさんあると思うんですけど、
この発売が終了されているということで、へーと思ったんですけど、僕毎年のようにこれ書店の手帳売り場で見かけてて、やっぱり人気なんやなと思ってたんですが。
スピーカー 1
僕知らなかったですね。
スピーカー 2
発売出力ってあんまり紙版が売れなくなったということだと思うんですけど、一方で最近手帳が売れてるって話を聞くんですよ。
やっぱり聞くとライフログ的な使い方、スケジュール管理というよりはライフログ的な。つまり手帳をスケジュール管理もできる日記帳みたいな感じでしょうね、きっと。
それは結局ほぼに手帳が切り開いてきた使い方だと思うんですけど、そういうユースケースでの紙の手帳っていうニーズはあると。逆にバリバリのビジネスユースではなくなってると。
バリバリのビジネスユースの場合、むしろデジタルのほうがいい。でもライフログ的なものはそれでは足りないという。手帳っていう一つのツールっていろんな役割を担ってきたと思うんですけど、その部分のビジネスユースに関してはもう圧倒的にデジタルであろうと。
しかし、そこじゃない領域の部分についてはデジタルでは現状、閉域カレンダーですらまだ多分ケアしきれてない領域があって、そこをもう売上が示すように、ブームとかじゃなくて使ってる人が如実に多分感じている。やっぱりこのこれでないとなっていう感じがやっぱりユーザーの心にちゃんとあるっていうことだと思うんで。
ツールを作る人はやっぱりそこをちゃんと見据えたほうがいいだろうなというのをちょっとこの発売終了と人気っていう二つの話を聞いて思いましたね。
スピーカー 1
なるほどですね。あれですよね、企業に勤めてる人は結局共有カレンダーを使わざるを得なくて、その共有カレンダーと同期できるスマホで同期するみたいな順番でもうデジタルにならざるを得なくなっちゃってるっていうケースが結構あるでしょうから。
ことは神がいいんだけどなっていう人もそうなっちゃったりするんですよね、きっと。
スピーカー 2
まあでも単純に僕自分の利便性で言っても、単なる予定の入力についてはもうそれはデジタルカレンダーに敵うものはないなという気は確実にあって。
アナログとデジタルの関係
スピーカー 2
だからといってこの前も手帳に対する憧れみたいな話をしましたが、手帳にカリカリ書いてる人に対する憧れっていうのがあって、やっぱりあの感覚はやっぱり神の手帳、物との向き合いとかっていうことから発生するでしょうから。
ある種の上巻を伴っている行為の場合、やっぱりデジタルカレンダーではケアできないですけど、情報そのものだけでいい場合デジタルでいいという感じがあって。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
その後の見聞分け目とかがポイントで、アナログ道具は多分もっと上巻寄りに今後もなっていくだろうなと。
スピーカー 1
その上巻部分がいわゆる男の一品的なフェテシズム的な方面の上巻もあるんですけど、そうじゃない上巻もあるような気がして。
スピーカー 2
そうじゃない上巻がなかなかうまく言葉にできないんですよね。
スピーカー 1
まさにこの間、前回でしたっけ。今も出ましたけど、倉下さんが言ってたこの手帳で何か書いてる人に対する、ああいいなっていう感じって、多分男の小道具系の上巻ではないと思うんですね。
スピーカー 2
それはそうだよね。
スピーカー 1
ただなんとなく男性的なもののような気がしなくもないんですけど。
なるほど。
かわいく綺麗に飾ったバレットジャーナルみたいなものともまた違う。
違いますね、それは。
ものじゃないけれども、手書きの身体性にまつわる何かなんでしょうね。やっぱりフェテシズムなのかな。
スピーカー 2
多少そこは抜けがたくはあるでしょう。これを全否定することはたぶんできないと思いますね。
フェテシズムそのものを、フェティッシュってものっていうことですよね。だから物性と切り離せない。
スピーカー 1
身体性とか物体性って言った瞬間にフェテシズムの匂いがついてくるという。
スピーカー 2
度合いの強さとかそういうところだと思いますけども。
でもやっぱりそこにあるものと自分が接している感じっていう実存性というかな。
それはやっぱりデータと向き合っているときとかは発生しない上巻だと思いますね。
スピーカー 1
そうですね。データじゃないんですよね。データも含んでるんですけど。
スピーカー 2
データだけではない。
それこそ字の汚さとかそういうことも含めた上での何か関連でしょうね。感覚というか。
そういうとこでアナログ道具。レコードが伝われないというのと一緒で、
アナログ道具もどこかしら居場所を見つけて残っていくんじゃないかなという気はしますね。
情報の優先順位の変化
スピーカー 2
前々回にいただいたツイート、感想ツイートなんですけど、
アマヤドリさんからいただいたツイートで、後半のところのポイントで、
空きとか目移りという以上に自分の優先順位が生活の中で移り変わるということなんだろうなと思うという話で、
これもまさにその通りだなと思ってまして、
確かに単純に目移りしているときもあるんですけど、ツールを切り替えたりとか、
デジタルとアナログが行ったり来たりする秋とかもあるんですけど、
書かれているように今自分が大切にしたいことにおいて、
こっちが大切だなということが変わったことによって、
ツールを選ぶ優先順位が変わってくるというところは間違いなくあって、
特に2008年ぐらいのエバーノート部分のときは、
とりあえず大量の情報をどう扱ったらいいのかということが危機の課題で、
それに対するソリューションとして、エバーノートみたいなデジタルノートを求めてきたと。
今現代になって、そこはある程度一段落ついたと。
デジタル情報の扱いについて深く困るようなことがなくなってきたけど、
逆に失ってきたものがあって、今そこを僕は摂取必要としている中で、
手書きノートとかに着想を書いていくということを復活させているということで。
これはそういうことを思ったからツールを変えようというような順番じゃなくて、
なんとなくツールを変えたいという気分があって、
それは何だろうと考えていったら、
初級的にそういう理由が見出されるという感じなんですけど。
スピーカー 1
そっちでしょうね。
スピーカー 2
だからそのことで初めて自分の優先順位が変わっていることに気づけたという感じかな。
違和感とかによってツールを変える探索っていうのは、
生産性で言ったら結構無駄なことしてるわけですけど、
でもやっぱりその歴史として、自分の歴史として見たときに
変わっていっている変歴っていうことそのものがやっぱり情報を持っているなという気はします。
スピーカー 1
そうですね。変わっていくということもあるし、
周期的に一時期するっていう面もあって、
あれは何なんでしょうね。
なんかホルモンバランスとかそういうのがあるのか。
スピーカー 2
それもあると思うんですけど、いろんなものが関わっている。
だから人間っていうものって、
僕らが人間って言ったときにある固定的な個物を思い浮かべるわけですけど、
実際は非常に揺れ動く流動的な存在なわけですから、
趣味や興味や関心やツールや道具もろもろは変わっていくのが当たり前という感じで捉えたときに、
一つのツールに固執することの危うさと言うんじゃないですけど、
その変化そのものがあるのに主体が変化しようとしているのに、
ツールがその変化を阻害するようなことがあるのはやっぱりちょっと危険かなという気はしますね。
スピーカー 1
そう思います。
スピーカー 2
だから揺れ動く人間と道具の付き合い方という感じで言うと、
変わっちゃっていいんじゃないかなと開きしながらくることができるんじゃないか。
一方でもちろんある期間重点的に使うことはもちろん重要なことですから、
それはそれで別に必要なんですけど、変わりたくなったら変わっていいという感じで、
スピーカー 1
結局また長いことしたら戻ってくるというのも普通にありますし、
スピーカー 2
最近やっぱり一時期エヴァノートやめるみたいな話をしましたけど、
やっぱりエヴァノート便利なんですよね。
スピーカー 1
まだまだ。
スピーカー 2
わからないですけど、雑に情報を置いておける場所の強さを改めて感じますね、あいつ。
スピーカー 1
そういう具合に行きつ戻りするということがまさにここで体現されているわけですね。
スピーカー 2
そういう移り変わりをしていくということですね。
Notionが、最近いろいろアップデートがあったわけですけど、
いろんなツールとの連携を強めてまして、GitHubとアクセスして、
自分のGitHubアカウントと接続して、Notion AIの情報源とすることができると。
というわけで、自分がコードをある程度書いてストックしたときに、
どうなってたかっていうことの答えを、自分のGitHubのコードを参照して返してくれるということで、
ますますますますプラットフォームかな、マストなハブになろうとしてますね、このNotion自体が。
良いことなのか悪いことなのか、便利は便利やとは思いますが、
でも実際のコードを書く場面では多分そこまで役立たないというか、
実際コードを書くときってChatGPとかに直接聞いたほうがいいと思うんで、
このGitHub、Googleドライブとアクセスする、連携するのは多分便利だと思うんですけど、
GitHubはコードしかないわけで、コードだったらたくさんコードがあるコードプールのほうがいいと思うんで、
どんだけ便利なのかはちょっと分からないですけど、とりあえずいろんなものがNotion AIに接続されて、
自分のナレッジ相談相手になってくれるというのが多分イメージされてることだと思います。
スピーカー 1
これコードじゃないものを例えば入れといたら
スピーカー 2
できるんじゃないのか、普通に。
スピーカー 1
できるわけですかね、使えるわけですかね。
スピーカー 2
SAIはそんなこといちいち気にしてない、そこの中身が何かを問うてないので。
GitHubにはドキュメントが入っているのはもちろん入っていることがReadMeとかでドキュメントになってますし、
GitHubでウェブページを管理することもできるので、
そういう用途、そういうものをナレッジベースにすることもできるんじゃないですかね。
今やってないから分からないですけども。
スピーカー 1
藤井太陽さんとかたぶん小説の原稿を入れてますよね。
うん、おそらくね。
それで例えば、こういう場面を以前書いて採用しなかったものが確かあるんだけれども、
スピーカー 2
それをこの場で何とかしてみたいなことでできたらいいなとかふと思ったんですけどね。
おそらく目指すノーションがいいなと思っている形はそういう感じのAIDじゃないですか。
本来はEvernoteが目指すべきとこやったと思うんですけど。
スピーカー 1
そうですよね。それはインターネットの大会にはない情報なわけですかね。
スピーカー 2
そうですね、間違いなくね。
だからそのノーションがデータのプライベート性をどこまで保持してくれてるのかっていうとこが僕は全然分かってない。
Evernoteはちゃんとそこは守りますよとずっと言ってきたんで、それは今でも変わってないと思うんですけど、
ノーションがどうなってるかちょっと分からない。
学習に使われるのか使われないのかとか全然分かってないんで、
現状どっちがいいのかはちょっと分からないですけど、
そのような自分のストックしたドキュメントとかナレッジとかを参照しながら生成できるとしたらそれは素敵なことだと思います。
スピーカー 1
はい。
カード法の理解
スピーカー 2
というところで本題なんですけども、カード法についてということで結構デカめの風呂敷を広げたんですが、
ウメサオの知的生産の技術で語られたカード法っていうのが僕のイメージのカード法で、
残念ながらウメサオはそのカードをどう書いたらいいのかっていう書籍は教えてくれたんですけども、
内容の記述の仕方についてはそこまで詳しく触れておらず、
せいぜいマメ論文という小さな論文として完成しているような読める文章で書けみたいなことだけが示唆されていたと。
で、曖昧なままに進んでて、
で、Take Noteという本、ズンク・アーレンスさんの書いたルーマンのカード法を解説した本を読んでて、
そこでもカードの種類みたいな、日本語訳だとメモですけど、メモの種類みたいなものがあって、
走り書きメモとか永久保存版のメモみたいなのがあって、区分はされていたんですけども、
その永久保存版のメモをどう書いたらいい、内容はどんな記述になっているのかってなっているべきなのかみたいなことはあんまり触れられないんですね。
あんまり参考例とか実例とか出てこない本やったんで、
結局ずっとわからんままに続けてきたわけなんですけども、
少し前に読んだ全く新しいアカデミックライティングの教科書という本を読みまして、
そこではアーギュメントが主要なテーマなんですね。
論文はいかにそのアーギュメント、価値ある尖ったアーギュメントを作れるかにかかっていると。
問いは重要ではないということが書かれていまして、
それまで僕が読んだ論文の本は、問いこそが重要だと。
問いを立てて答えるのが論文であるというふうに書かれていたんですけど、
その本では問いっていうのはむしろ別になくても、あってもいいし、あったほうがいい場合もあるけど、
なくても整理すると。むしろアーギュメント各主張ですね。主張が大切なんだという話があって、
当然その論文の本ですから、パラグラフライティング的なことが解説されるわけですけど、
著者はそれを大きな主張、アーギュメントを支える小さな主張、提前によって本文を構成できますよということが解説されて、
スピーカー 1
僕はそのとき初めてパラグラフライティングというのはどういうことかわかったんですけども。
スピーカー 2
で、その一個一個の小さなパラフラフ、一つのパラフラフが一つの主張になっている形が好ましいと。
そう考えたときに、上澤のマメ論文という話とつながったわけですが、カードっていうのは定罪が書かれているものだと。
こう言ってくれたら僕はもっと早くわかってたと思うんですけど、主張がなされていることを少なくとも書いたほうがいい。
もちろんその主張を補佐する情報があってもいいけど、少なくともそこには主張があるものだというふうにカード法を捉えたら、
全てがすっきりしたというか、初めてそこにある構造が見えてきたという感じなんですけど。
ずっとルーマンの方法で疑問に思ってたことがあって、これは前も言ったんですけど、
彼はカードを順番に置くわけですね。枝番という形で、2-2-Aとか2-2-Bとかっていうふうにある流れに置くことを実践していたと。
でも僕は今まで書いてきたカードを順番に並べることはどうしてもできなかったんですよ。
カード法と定是の重要性
スピーカー 2
もちろんある並びにすることはできますけど、それは非常に恣意的なものというか、ほとんど近いものを置いたみたいな感じでしかなくて、
順番ができなかったんですけど、もしルーマンが書いていたカードが定是であれば可能であると気づいてしまったんですね。
それはどういうことかというと、例えば情報カードには定是が書かれるべきだというのは定是ですね、これ一つの。
それをタイトルにすると、例えばなぜそうなのかというカードが後ろにつきますね。
それは論理から自然的に要請される流れなわけです。
そう考えると定是には流れを喚起する。だから順番に並べることが可能だと。
僕がこれまで書いてきたカードは定是じゃなかったんですね。
主には発見か疑問。これは並べようがないわけですよ。
スピーカー 1
順番がまだないわけですね。
スピーカー 2
順番がないものを縁起にやってもそれは流れなくなるわけではなくて、定是にすることによって初めて流れる。
流れるってことは主張の議論がそこにあると。議論があったらそれは確かにそのまま論文になるよなっていうことが初めて解読されたということで。
なぜ誰も今までそれを言ってくれなかったかなということを思ってて。
今、テイクノーツの日本語版を精読しているんですけど、一行だけ書いてあったんですよ。
カードには主張が書かれているのでみたいなことが一行だけあって。
そうかと。一応あるにはあったけどもっと目立つ形で書いてあった。
よくよく考えたら梅井さんもズンクさんも学者なわけですね。
学者さんが論文を書くためにそういうカード法を使ってると。
論文っていうのは定是が主張が書かれるのは当然としたら、わざわざ言うことではないんだろうなと。
僕は論文を書いてこなかったし、今も書こうという意図は特にないと。
だからそもそも定是を作るっていうコンセプトがほとんどなかったんですね。
もちろん定是的なものは扱いますけど、定是をもとに議論を組み立てるっていうことはしたことがなかったので。
だから示されないとそうすべきだということが全然わからなかったんですけど。
ようやく分かってきたというか、定是にするとカード法を使った議論とか論理の構築が可能になると。
そうせいへん限りカードは少なくとも雑多な集まりか、
その似た話題を一つの箱の中に入れるっていうことぐらいにしかならないということがわかったんですけど。
ここからが問題なんですけど。
この理解はたぶんそんな間違ってないと思うんですけど。
じゃあ俺はどうするのかっていう問題が別に立ち上がるわけですね。
これは結構大きな問題で。
カード法において書かれるカードは定是が中心になると。
定是と定是を支える論拠とか情報とか資料とかを書いていけば、
その論文の制作に役立つということは確かだとして、
僕は論文を書かないわけですよ。
そうしたときに、どうしたらええんだっていう問題が立ち上がって、
つまり自分の情報の処理の仕方を定是寄せにしていくのかどうかということですね、要するに。
カード法を駆使する場合は定是型に処理する。
着想とかを一旦定是の形で言ってみる。
主張してみるというふうに書いていく形にするのか、
それともそれは無理やからということで別の形にしていくのかということが、
疑問の形が変わったというか、
カードをどう使うかが定是とどう付き合うかに変換されたというのが、
最近のめちゃめちゃ展開に発見というのがこの話です。
論文執筆における主張
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
どうですかね、例えばアウトライナーとかでデイリーに日々メモしていることの中に、
定是として解釈できるようなものってたくさん含まれてます?たくさんの場合は。
いや、ないです。
あんまりないですよね。
スピーカー 1
ないですね。そうなんですよ。
だから難しいのは、論文でないものを書くことがメインの目的のときに、
論文作法を勉強してしまうと書けなくなるっていうのがあって、
論文というのは必ずしも文章一般とは違うという感じがあるんですね。
もちろん学問の分野によっても多分論文の形式は違うと思うんですけど、
定是、要するに主張、一番メインの主張というものがあり、
その主張に関していかに論文の中で説得していくのか。
説得するための議論のパーツパーツが、
アーギュメントと言われるものなんじゃないかなと思うんですけど。
結局、論文のように自分の主張はこれであると。
これである根拠はこうで。
なぜならこういう証拠なり、エビデンスなりがあって、
なのでこうなんですよっていうふうに書くのじゃないタイプの文章に定是があるのかどうかっていうと、
スピーカー 2
非常に難しいんですけど、でもたぶん書かれたものにはあるんですよね。
スピーカー 1
エッセイとかは別、随筆は別として。
書かれたものにはたぶんあるし、ないとやっぱり一本筋が通ってないような感じになるじゃないですか。
でも定是があってそれを主張するために書くという順番かというと、
必ずしもそうではない、そういうものもあり得るかもしれないけれども、
そうじゃないケースのほうが多いような気がしていて。
なぜなら、なんとなく伝えたいこの漢字というのを文章にしようとしているうちに、
そこに筋を通そうとする作業の中で最終的に定是みたいなものが浮かび上がってくるっていう順番のほうが多いんじゃないかと思うんですよね。
ただそれは人にもよるかもしれないですけど。
だからそういう意味で、最初から定是として浮かんでくるかというと、
スピーカー 2
個人的にはないかもしれないですね。
こういう場合にいわゆるタイトルをつけて本文、ミニ論文、前面論文を書くというものは、
そのまま輸入することは多分できないですね、これはね。
スピーカー 1
やっぱりそれを学面通りにやろうとすると、完全なるトップダウンになってしまう。
そうですね。
スピーカー 2
ただ、新しいアカデミックライティングという形で書かれているのは必ずしてもそうじゃないんですけど。
スピーカー 1
ただ、論文というのは、本来、根本的にはそういうものなんじゃないかと。
最終的にはそのように思考されたように書かれなきゃいけないですよね、論文というのは。
そうですね。
それにその形式に思考過程を合わせてしまうと、むしろ縛られてしまう。
特に僕自身がそうですけど、そういうアカデミックな訓練をちゃんと受けてない人間がそれをやろうとすると、
スピーカー 2
非常に辛いことになってしまうという苦い経験がいっぱいある。
スピーカー 1
個人的にはなかなかそれはできないですよね。
ただ、ちゃんと訓練を受けていて、なおかつそれを自由に使いこなせるぐらいになっていれば、
情報整理の多義性
スピーカー 1
定税規定でももっと自由に書けるのかもしれないですけど、こういうふうに思いますね。
スピーカー 2
着想から定税を導く、あるいは抜き出すとか変形するとか、いろいろ言い方はあると思うけど、
やっぱりある程度訓練は必要でしょうね、これはね。
スピーカー 1
必要だと思いますね。
結構叩き込まれるものじゃないかなって。
スピーカー 2
確かにそうかな。それはそうかもしれない。
全くアカデミックの本は独学でそれを学ぶと書いてあるんで、
実際あの本を読めば、そこで行っている思考回路っていうのが結構はっきりわかるんで、
その後の練習は必要として、ある手本というか見方にはなってくれる本だと思うんですけど、
かなりの期間それを意識的にやらないとできない。
で、やっぱりカード法の難しさを、
例えば市民、シビックが、一般の学者じゃない人たちがカード法をやろうとして、
なかなかうまくいかないという時に続かないっていうのが当然ある理由なんですけど、
カードが書けないということだと思うんですね、あれは。
カードの書けなさは、短い文章でまとめるのが難しいっていうこともあるんだと思うんです。
まあそれが結構多いかもしれませんけど、
スピーカー 1
主張することに慣れてないということだと思うんですよ。
スピーカー 2
アカデミックは主張がないとまず度胸に立てないというか、
スピーカー 1
主張してください、あなたは何を主張するんですかっていう対話だと思うんですけど、
日本の日常生活って、そもそも主張が嫌われるというか、
スピーカー 2
主張しないで意見を通すテクニックはいっぱいありますけど、
主張はむしろしないっていう、主張に慣れてないというところもあって、
そこでも多分カードを書く難しさはあると思うんですよ。
スピーカー 1
あると思いますね。
スピーカー 2
主張を書けないとカードは並べられないから、
なんかふんわりした材料ばっかり集めていくということになって、
それは多分数が多くなった時に扱いきれないですけど、
でもルーマンのように議論の枝としてカードを書けば、
それは一つのまとまり、それぞれのカードが一つのまとまりを形成するので、
いわゆるチャンクが行われて、大半のカードは意識しなくてももう良くなってくる。
その一番大きいテーゼを捕まえておけば、その下を忘れてもOKっていうのが、
ロンリーの繋がりなわけですから。
そういうことで、主張イコールロンリーが作れたらいいんですけど、
そうじゃないカードの使い方は、
スピーカー 1
多分別の何かがいると思います、これは。
結局、かなり刑事上的な思考を強制してるというか。
ただそれカードのタイプにもよると思うんですけれども、
もっと自由なカードの使い方、ほとんどメモ用紙みたいなカードの使い方もあり得ると思うんですよね。
何でしたっけ。以前動画で何かあった。
名前が出てこなくなりましたね。誰だっけ。
スピーカー 2
アメリカの作家の人で、名前何だっけな。
カードを使ってる人ですね。
カードを使ってる人。
スピーカー 1
あの人のカードの使い方はすごい自由だったですよね。
矢印が1本書いてあるんですか。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
だからそういうカードの使い方もあり得る。
あれはたぶん、それこそ着想を語りに沿って並べているだけの使い方で、
カードじゃなくて付箋でもやれるような使い方だと思うんですけど。
ライアンホリデイさんですね。
あれは5インチ×3インチのカードなので、
スピーカー 2
兄弟型カードよりもずいぶん小さいものですよね。
あれにマメロン文書くのはたぶん無理です。
スピーカー 1
同じカードとは言っても、かなり使い方が違うものだと思うんですよね。
スピーカー 2
そうですね。
そこを今までずっといろんな人のカード法っていうのを見てきまして、
梅沢ルーマンのようなカードの方法もあれば、
板坂玄っていう方の4色カード法というのがあって、
それは白が自分の専門のやつで、
緑が雑多な知識で、赤が最近使うので黄色がうんぬんかんぬんみたいな感じで分けてるんですね。
梅沢はカードは1種類でいいと述べてるわけですよ。
だからもう全然違うことをしてるわけですね。
カードの大きさも違うと。
僕が運用するときに近くなるとしたら、どっちかというと板坂の方かなという気はしますね。
だからそっちを意識して再構成するっていうルートもあるし、
いやいやここでちゃんとテイゼの概念を鍛えてっていうルートもあって、
ちょっと考えてるとこなんですけど、
一つの例として、その辺の発見をした時あたりのことなんですけど、
情報整理っていう言葉があるとして、
その情報ってどんな意味だろうなって思いつきがあったんですね。
これは僕が普段取るタイプのメモです。
情報整理における情報とは何かということをメモに書いたんです。
書いた直後に、これテイゼにしたらどうなるかなと思ったんですね。
テイゼにしたら、僕はその疑問よりもより根源的に、
情報整理の整理は多義的であるっていうテイゼになったんですよ。
スピーカー 1
巨大なテイゼですね。
スピーカー 2
多義的であるということがあって、
そこのいろんな人がいろんな使い方をしてるなっていう感じを今、
ちょっと小難しくテイゼにしたわけですけど、
それをより探求するために、
じゃあそれぞれの人は情報をどんな意味で使ってるのかっていうその疑問になったわけですね。
流れとしては。
これはどの順番で思いついたかわかりませんけど、
少なくとも論理を構成したらそうなりますね。
最初にテイゼがあって、その内訳を見ていこうみたいな話の中で、
多分想定できると思うんですけど、
カード法の効果
スピーカー 2
こういうふうに思いついたことをどんどんテイゼの形で保存していけば、
マメロンブンルーマンカード法になるわけですけど、
情報制御の整理って何だろうみたいな疑問でいくと、
そこにはいたりないというか、違う形になる。
その形で保存していくタイプの方法をまた見つけるのか、
ちゃんと訓練するのかっていうのはわからないですけど、
だから、そうかこの自分の着想もこんなふうにカードの書き方を変えていけるんだなっていうのは、
スピーカー 1
その時思いましたね。
スピーカー 2
テイゼで書き直せるんやとはちょっと発見しました。
なるほど、なるほど。
それがいいことなのかもわからないですけど。
スピーカー 1
それって結局、アウトライナーでいうところのレベルアップをしてる。
感じはしてますね。
で、暗算でレベルアップしてるみたいな感じ。
確かに。
だから、レベルアップの結果として、
そのテイゼ、ちゃんとしたテイゼには意識しないとならないかもしれないですけど、
スピーカー 2
着想がテイゼの形で振ってくるってまずないんじゃないかなと思いますね。
今はこれまではなかったですね。
こういうことをずっとやってるうちに、暗黙の了解でテイゼの形で思いつくってことはあるかもしれませんけど、
少なくとも僕の場合は疑問から始まって、その疑問がテイゼになる。
つまり、旧来の論文執筆法が言ってたルートですね。
まず問いがあるっていうところから、テイゼを導き出したという感じですけど。
だから、それは発想のタイプとか経験とかにはよると思うんですが。
で、カードを整理するっていうことを考えた時には、疑問よりもテイゼの方が確かにやりやすいんですよね。
流れにおけるし、何をどこに置くかがより明確になります。
疑問の場合って、疑問ですから出てくる答えがまだ確定していない以上、常にふんわりしてるわけですよ。
スピーカー 1
それは結局、単に段階の違いのような気がしませんかね。
その疑問の段階ではまだ、主張も論理も決まっていないので位置づけられないけれども、
それが固まってきて、主張は何であってそれをどのように説得するかということがだいぶ固まってくると、
その説得の言い方をしてしまえば、そのアウトラインの中に位置づけられるようになってくるという。
なんかその段階の違いのような気もしますけど、どう。
スピーカー 2
段階の違いなんですけど、その段階っていうのはプロセスを踏むということじゃないですか。
スピーカー 1
で、例えば情報整理の情報ってどんな意味だろうっていうハテナマークで書かれたものがアイディアメモに置いてあるとして、
スピーカー 2
これをどうプロセスしたらいいのかが、僕の引き出しにはなかったわけですよ、今までは。
スピーカー 1
なんとなく関連する情報が集まるのを待ってただけ。
スピーカー 2
今は少なくとも定前に変換する、あるいはその定前のレベルアップしたとこにそれを定前に引き付けて、その下に置くっていう操作が今初めて可能になった。
スピーカー 1
コマンドが増えたという感じ。
スピーカー 2
で、こういうコマンドを積極的にやっていくのか、そのふんわり感のままなんとか成功させる方法を見つけるのか。
ふんわりしたままでいく場合、多分そのメタノート方式になると思うんですけど、
ちょっとまだ自分の中で関心が強いものを別の領域に分けてフィルターしていって、
ふんわりしたままずっと継続的に考え続けていくっていうことを維持するタイプにするのか、
もっと定前にして自分の思考のアウトラインっていうものを想定してそこに位置付けていくのかっていう選択肢ができた。
自分が何をやりたいのかに合わせて方法を選べるようにようやくなってきたという感じ。
スピーカー 1
今まで非常に爆面と出たんですけど、ようやく道が見えてきましたね。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
早すぎる定前化は危険だなという予測はあるわけですけど、
スピーカー 2
でもかといって位置付けないままにふんわりしていくのも問題で、
この辺のバランスをどう取ったらいいのかなというところはあるんですけど、
でもやっぱりね、例えば情報誠意の情報は多義的であるっていうテーゼカードを見るとやっぱりその下に続くものが浮かんでくるんですね。
スピーカー 1
やっぱり次の項目を要求し出すテーゼが。
スピーカー 2
疑問やとそんなんはあんまりなくて、ずっとふんわりしたままなので、
固めるプロセスをどんな段階でやるのか、常にやるように意識するのか、あるいは時間を待ってからやるのか、その辺の基準が欲しいですね。
テーゼ化する基準というか。
着想のプロセス
スピーカー 2
情報整理における情報の使われ方は多義的であるというようなテーゼカード。
スピーカー 1
それってその前段階の疑問、問いとしては何だったんですか。
情報整理の情報ってどんな意味で使われてるのかなみたいな疑問ですね。
コインの裏表みたいなところですね。
多義的だからこそそういうことになるという問いが浮かぶわけですよね。
言い換えた、テーゼに言い換えたという感じですね。
そうすると問いのままでいるよりも、ベクトルやってるしが生まれる感じなわけですね。
スピーカー 2
次の項目とか前後の項目、いわゆる純粋な意味でのアウトラインっていうものが、そのテーゼを起点として広がっていく。
上にしろ下にしろ何か。これを言うためにはこれが必要ですし、この視聴を補強するためにはこれが必要。
スピーカー 1
みたいな流れが自分にアフォートされてくるっていう感じがあって、これは確かに強力やなと思いますけど、これを全面的にやるのが好ましいのかは、なぜ思いつく着想の大半がこの形になってないのか。
スピーカー 2
当たり前なんですけど、使用がないもの、テーゼに使用がないものももちろんあると思うんですよ。
やってないからわからないですけど、多分あると思う。そういう場合の扱い方も当然並立的に必要なので、結構テーゼ化するのとテーゼ化しないものをどう扱ったらいいのかっていう別の問題も出てきますね。
スピーカー 1
そうですね。だから梅沙男さんは、マメロン文にできない着想というのはどこにも書いていなかったのかという疑問を常々感じてるんですけど、
どうなんでしょうね。
スピーカー 2
名責な彼ですから、すべてができたと言えなくはないですよ。でもまあそんなことはないんじゃないかな。
そこはやっぱり内実はわからないですね。タイトルだけ書いたカードがあるとか、一枚のカードに複数の走り書きメモみたいなのがあったとか、そういうことは全然あるとは思うんですけどね。
スピーカー 1
どうなんでしょうね。
スピーカー 2
ちょっとあの本からだけでは見えてこないんで、実際の秘書の方に聞くとかそんなのせん限りは、そこら辺の姿を見せないように書いてますね。
スピーカー 1
そうですね。やっぱり人によってはそれはフィールドワークから生まれてきた手法だからそれができるんだというような人もいる。
今どこかにいたような気がしますし。だからそのジャンルによってはそれはできないんだと言ってるんだと思うんですけど、
それを例えば梅沢さん本人がそれにどう答えるのかちょっとわからない。梅沢さんにはできるのかもしれないし。
スピーカー 2
まあでもどうなんやろうな。少なくとも、もちろんあらゆる仕事の進め方でカードを使うこと自体は全然できますけど、あのようにカードを使うのはおそらく無理があるというのはその定勢の発見で考えたんですけど、
小説家は別に定勢がないわけじゃないですか。ないと言うとちょっと大げさですけど、定勢は直接語ることはしないわけじゃないですか。それが小説なわけですから。
そうすると、ともとも小説のネタ管理の梅沢のカード法は多分相性が悪すぎると思うんですよ。
スピーカー 1
悪いと思いますね。だから場面を管理する形になりますよね、やるとしたら。
スピーカー 2
そうですね。シーンを管理しますけど、細切れのシーンを集めて小説するっていうそのポストモダンな感じの、モダンな感じの書き方っていうのはあると思いますけど、
スピーカー 1
それとは別に普通に小説を書いてる人が、そのようなシーン管理をしたところで執筆の役に立つかっていうと、僕は結構微妙だと思うんで。
スピーカー 2
でも例えばなんか面白そうな、例えばどっかの変わった文化の風習を書き留めたカードがあったとして、それをたまに見返して、これなんかに使えるなって思いつくっていうカードの使い方は全然できると思うんですよ。
だからそういう意味でも、やっぱりどういうプロセスで素材がどう活かされるのかっていうことを考えて、そこでカードがどう役に立つのかっていうことを考えないといけないんだろうなと。
スピーカー 1
僕は論文は書かないけど、論文技法についてかなり詳しく学んできたんですけど、少なくともカード法について言えば定勢をどう扱うかを決めないままに、カード法にこだわっても、あんまり得るところは少ないんだろうなというのが、今の自己認識ですね。
その辺を一番厳密にカードの使い方を書いてるのは、ウンベルト・エイコの論文作法。
あれはかなり厳密ですよ。論文のためのカードの使い方。
情報の多義性
スピーカー 2
引用はどういうふうにしなさい。主張はこういうふうに。
スピーカー 1
文献の管理はこういうふうにしなさいっていう。
翻訳が面白いんですよね。
口調がこのようにしたまえみたいな書き方で。
僕も好きなんですけどね。
わかります。
スピーカー 2
すごくウンベルト・エイコの顔が浮かんでくるようなすごくいい翻訳なんだけど。
エイコの本は論文を書くためのっていうコンテキストが示されてて、それに合わせた方法が語られてるんですけど。
この前も言いましたけど、How to Take Smart Notesって初期の第1番って、
For Student, For Non-Fiction Writer, For Academicだかなんかそんな感じで、コンテキストが示されてて、要するに本当に学術論文を書くための人の方法論と書かれてるんですけど。
最新版を見たらタイトから消えてるんですね。
英語版もないし、日本語版にも全然なくて、ビジネスマンでも使えますみたいな体で売られてるんですね。
ちなみに、確かに文庫版が今日か昨日か当たり出るらしいです。
Take Notesの文庫版が。
スピーカー 1
日経BPから出てるんで、ビジネス書なわけですよ。
スピーカー 2
コンテキストが示されない中でカードの使い方を示すことはちょっと無理があるなと思いつつも、
でも例えば知的生産の技術っていう本が、学者向けの本ですという定義で仮に書かれてたとしたら、そこまで売れてなかったでしょうし、
実際あの本が目指すところはもっとシビックに開かれた技術で、ある程度そこにいろんな人がいろんなものを読み込むことができる。
だから梅さんが具体的な示さなかったのはおそらくそのためで。
それしてしまうと学術論文のための方法になってしまうから、おそらくは。
だからこういう情報の管理の仕方もあるよとふんわり提示して、
あとはあなた方が実践してくださいっていう距離の取り方だと思うんですけど。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
だからやっぱりそこはふんわり、梅さんの方法そのまま真似するぞっていう方法よりは、
あそこにある例えばその情報を原始的、原始的って言ったらアトミック的に、断片的に保存していって、
それを例えば並び替えたりとか何回も来る、カードを送るっていうコンセプトはおそらくどこでも役立つと思うんですけど。
自分が言葉にしたものをもう一回読み返すことで再シンクしていく、リシンクしていく、リビジョンしていくっていうそのあり方は多分応用できるんで、
そこまで抽象化した上での応用というのがおそらくよくて、
こういう方言うとアレですけど、学術論文書かない人がルーマンのやった方法そのものに沿うとするのはちょっと危険な気がしますね、なんとなく。
スピーカー 1
まあきついと思いますね。
かなりきついと思いますね。
だから特に日常の仕事に応用しよう、あのやり方を応用するというのはかなりきついんじゃないかと思いますけど、
スピーカー 2
どうなんだろうな、うまくはまる人はいるかもしれないですけどね。
一般的なアカデミック、特にアカデミックスチューデントの場合は教師になる人がいるじゃないですか、そこからフィードバックを受けられるから、
例えば間違ったカードの書き方を教えてもらえるじゃないですか、これはこの記述は正確ではないみたいな。
でも一人でそれをやってると自分しかフィードバック先がないんですね。
テイクノーツでは文章にして書くことで客観的なフィードバックが自分でできるようになるって書いてあるんですけど、それは嘘やろと思うんですよ。
スピーカー 1
それは訓練を積んでるからできるんであって、大抵の人は自分が書いた客観的じゃない文章を客観的でないと気づくっていうのはなかなかないと思うんですよね。
カード法の意義
スピーカー 2
そうするとずっと同じレベルの、同じ正確さのカードしか書けないのでは、たぶん全然向上しないし、そこでは知的な何かが上に上がっていかない気がするんで。
うーん、まあそうやな。
それやったら、ちゃんとノートとかに記事書いてるほうが、よほど本で主張されてることの内実に近いような気がしますけど。
スピーカー 1
そうですね。
やっぱり現代において敢えてカードを使うということをどう捉えるのか。
ルーマンがやっていた時代はデジタルという書がなかったわけですから。
ルーマンはいつ……。
スピーカー 2
まあ梅澤と同じくらいの時期なんで、コンピューターが全くなかったわけじゃないとタイプライターはあったでしょうね、もちろん。
スピーカー 1
そうですね。執筆はタイプライターでしてたかもしれないですけど。
だからやっぱりあの番号の付け方とかは、アナログでいかに管理するかっていう。
管理をしつつ、ある程度の自由さというか懐の深さを共存させるために考えた方法だと思うんで。
スピーカー 2
あとちょっとパンチカード的な発想もありますね。
スピーカー 1
福祉雑誌でなんかするような。
いうことのことがないと、デジタルツールがある現代にあえてそれをそのまんまやる合理的な理由がないようにも思えるんですけど、
スピーカー 2
合理的じゃないことをやることの意味というのも確かにあるんで、難しいところですけど。
でもそれは僕の観点から言うと、デジタルでカードをやるっていうのは合理的なことをしようとして失敗してる感じがするので、非合理なことをやってるわけではない気がするんですよね。
合理で測れないことをやってるんじゃなくて、合理で測れないことをやろうとしてうまくいってない感じがするんで、そこはちょっとずれてるかなという感じ。
もちろんデジタルでカードをすること自体は可能ですけど、まず一面に広げられないという点と、箱に入れてくっていけないという点があまりにも弱くて、それの弱さをどう評価するかなんですけど、僕は結構弱いんじゃないかなと思うんですが。
情報カードの活用
スピーカー 1
結局検索ではその代わりにならないわけじゃないですか。
スピーカー 2
ならないですね。
スピーカー 1
で、アウトライナーみたいなものでタイトルだけ見える状態で並べ返しても、たぶん食ったことにはならない。
スピーカー 2
ならない。それは間違いない。だからそうそう、最初のパワーソートニュー、ヘイニュー。
ああいう感じで本文と一緒にZでビューできるようにやったらいいんですよ。いいというか、クルーに近い感じにはなるんですけど、カード型のツールは基本的にカードとして一枚表示するっていうことになってるんで。
だからある種カードだから短く表示できるんで、パワーソートするニューみたいなビューに向いてるはずなんですね、本来は。
だって。でもそうなってないんですね、なんとなく。そういうなってない。だからカードの閲覧性っていうものがあまり検討されていない気がする。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
キャパシティーズにも出てるっていうタイプがあるんですけど、少なくとも賢いなと思ったのは、次へボタンがあるんですね、キャパシティーズのカードは。
ボタンを1個押したら、今のカードビューからトップに戻ることなく次へのメールを表示すると一緒でショートカットと一緒ですけどができる。
だから一応パッパッパッと食っていくことは可能なんですよ。これができるツールって実はあんまりないんですね。不思議なことに。
ランダムで表示するはありますけど、1個1個めくっていくってことができない。それでもキャパシティーズは問題があって、その順番は基本的に検索結果なんですよね、相当順。
アルファベット順とか作成美順とか。でも情報カードをリアルで使った場合って、例えばルーマの場合は議論の順番に並んでますし、
梅澤もたぶん何かしらのカテゴリーを作って箱に並べてたもんね、近しいものとかっていうの。このカードはこの辺に置いて、このカードはここに置くっていう配置が多分なされてたんですけど、それができるのが情報カードのいいとこなんですけど、
その順番のコントロールがカード型のツールではできず、アウトライナーではできる。でもアウトライナーの場合はカードビューにはならないっていう。
なんかもうちょっとないんかなっていう。てか、そろそろ来るんかなっていう感じもありますけど、このカードの良さとデジタルの良さがうまく組み合わさったツールの可能性は全然あると思いますが、既存のツールではちょっとだけ短い、手が足りてない感じが常にありますね。
スピーカー 1
そうですね。だから、あとそのカードの使い、なんていうかデジタルのカード型ツールの特に日本製じゃないものの思想の違和感って、結構カードに対する考え方が違うんですよね。
たとえばアメリカには知的生産の技術はないので、おそらく読まれてもいない。あのカードじゃないんですよね。梅竿のカードではないんですよね。そこでイメージされてるカードっていうのは。
スピーカー 2
いわゆるインデックスカードみたいなちっちゃいやつってことですね。
スピーカー 1
インデックスカードですね。3×5インチか、4×8か。
スピーカー 2
だからもっと、シーって言うと板坂さんのカードにむしろ近いんですよね。
スピーカー 1
あれはアメリカのジャーナリストがやっていた方法なんですよね。
スピーカー 2
板坂さんはアメリカの人ですもんね。アメリカで活動されてたばっかりだったもんね。
スピーカー 1
ジャーナリストなので、論文ほど形式とか要件が厳密ではない。
だからむしろノンフィクションとか、主張はあるけど柔らかい感じの書き方に向いた方法なのかもしれないと思うんですよね。
板坂さんのカードっていうのは、何か引用したいものがあれば引用書を書くし、着想をメモだけの場合もあるし。
じゃあ目的を分けるときは色で分けるみたいな、かなり柔軟な使い方ができるカード。
ライアン・ホリデーの使い方もおそらくそっちよりですよね。
アメリカ人がイメージするカードってそっちなんですよね。
スピーカー 2
だからそれに対してルーマンのカードのテイクノーツで紹介されたツェッテルカステンというのは、ちょっと違うんですよね、またそれとは。
そうか。だからいわゆるドイツ系、ドイツキレのカードの使い方。
スピーカー 1
渡辺翔一さんが紹介している、あの木の箱、カードを入れるカードボックス、あれはまさにツェッテルカステンだと思うので。
ドイツっていうか、ヨーロッパで伝統的に行われていた方法をルーマンがすごく工夫して発展させたのが、テイクノーツの方法なんじゃないかと想像するんですけど。
スピーカー 2
ああそうか。だから大げさなこと言いますけど、ルーマンは枝番号システムで伝統的な釣り構造を脱光したんですね。
日本におけるカードの可能性
スピーカー 1
あれはルーマン以外にああいうことをやってた人がいるのかっていうのはちょっとわからないですけど。
調べられないですね。
ただ枝番号を使って回想コードを表現するということ自体は、たぶんルーマン以前から行われていたことなんで。
スピーカー 2
そういう組み合わせなのか、そのルーツがどこにあるのかちょっとわからないですけどね。
だからそうすると、強引に話を進めると、ヨーロッパ式のカードがあり、アメリカ式のカードがありってなったときに、ここで二項対立するんじゃなくて、
じゃあ日本式のカードってなんやねんって考えることが、現代の僕らの使命かなという気はしますけども。
スピーカー 1
そうですね。むしろこの緩い書き方が可能な日本語という言語に適した使い方っていうのがもしかしたらあるのかもしれないですよね。
スピーカー 2
そうですね。そういうときに例えばタイトル欄がいるのかいらないのかもたぶん結構変わってきますね、この場合。
基本的にカードはタイトルを書くものなんですけど、ゆるっと書く場合って別にタイトルなくてもいいよなっていう感じが。
タイトルと本文が一緒みたいなこともあるので。
スピーカー 1
そうなんですね。だからタイトル書かない場合、送ったときに何のカードかわからなくなるっていうのがありますよね。
だからそれをゆるく捉えるとすれば、要するにタイトルが必要なカードには書けばいい、必要なカードには書かなくてもいいじゃないですか。
スピーカー 2
そうじゃないですか。タイトルがあるカードとかそうじゃないカードは別の箱に入れておけば別に困らないんじゃないっていうゆるふわな。
スピーカー 1
いやそれ別の箱ですかそれ。同じ箱じゃないですか。
スピーカー 2
別にどっちでもいいですよ。だからどっちでもいいのがこのゆるふわの運用じゃないですか。
別に一緒にしてもいいし、分けたいものは分けてもいいしというぐらいの。
スピーカー 1
とりあえず考えたことをカードに書いときゃいいんじゃないみたいな。そういう発想。
今思い出したんですけど、大学修士課程のときかと思うんですけど、先生、教授のね、兄弟方?兄弟式?
兄弟カードを使う人なんですよ。松島先生という人なんですけど、万年筆の霊魂を流霊な字でカードに書き込む人なんですけど。
それをやっぱり議論をカードで組み立ててたんですよね、今思うと。
一つの主張を一枚のカードっていうんじゃなくて、文章の断片というか、段落ですね。パラグラフじゃなくてもう少し日本的な段落。
要するに文章の一塊。完成した文章では段落になるような、パラグラフではなく段落になるような単位でカードに万年筆で書いていって、5,6枚で一まとまりがあるんですよ。
で、また別のまとまりが数枚のカードがある。2つその山が机に並んでるんですよね。で、その2つの山の間に1枚カードを置いて、そこに大きくね、しかしって書いてあるんですよね。
スピーカー 2
それが、しかしっていうのが、たぶんその山を接続するカードなんですね。
スピーカー 1
しかししか書いてないカードっていうのがあったのを今思い出しました。
スピーカー 2
あー。だから小座根と川戸甲の合いの甲みたいな。
スピーカー 1
そうそう。中間なんですよね。
へー。おもしろいな。
そうですね。その先生はその時点で90年代半ば近かったと思うんですけど、手書きで書く人だった。おそらく文章の編集をカードでやっていて、
文章そのものと論理の構築を同時に多分カードでやっていて、そのカードの並びが出来上がった時点でそれが下書きになるようなイメージでした。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
それはこれこれこういうことがあると。で、もう一個これこれこうだと。だからこの2つはしかしって接続できるということなんですね。
もしかするとさらにとか、にもかかわらずみたいなカードもあるのかもしれないですよね。
スピーカー 2
それでもカード単位で見たら流度がずれてるわけですけど、でもカードだから許されるんですよね。
スピーカー 1
だから揃えなくてもいいんですよね。むしろ揃ってない流度の情報を統一的な形式で扱えるのはカードだからなんですね。
スピーカー 2
確かに。そりゃそうだ。
スピーカー 1
あれっていう僕その段階しか見てないんですけど、あれが完成に至るまでにどういうふうになっていくのかっていうのを今思えばちょっと見ておきたかったですね。
スピーカー 2
やっぱりそういうゆるい、普通のデジタルカードを使うツールでしかしのカードは存在できません。作ってもいいけど居場所がないですからね、そんなものは。
スピーカー 1
そうなんですよ。デジタルカードにしかしのカードは作れないですよね。
スピーカー 2
アウトライナーがあれば別に並びますけど。
スピーカー 1
整理的に作れないですよね。
スピーカー 2
作ったといえばある順番に配置しないと意味をなさないカードじゃないですか。文脈をよいて初めて意味をなすけど、でも実際のあの手のカードは文脈から独立して存在するカードが来ましょうというわけですから、そもそも思想が相入れないというか。
スピーカー 1
だからそういうか、そのカードに相当するような自由なバラバラの紙というか、そういう使い方が今一番されてるのってもしかしてパワポじゃないかと思うんですよね。
スピーカー 2
そうかもしれませんね。
スピーカー 1
ちゃんと作り込んだプレゼン資料じゃなく、文字だけで並べていくタイプのプレゼン資料というかスライドみたいなときに、しかしのスライドってありそうじゃないですか。
スピーカー 2
ありますね。
スピーカー 1
ある種のやり方をする人の、散々何か言った後にしかしって表示されてる絵が何となく頭に浮かぶ。
あれがもしかしたら現代のカードになり得るのかもしれないと思うこともあります。
そういう用途における、ある成果物を生み出す段階の補佐となるものとしては確かに近い役割を持ってますね。
スピーカー 2
パワポイントやキーノートで文章の組み立てをする人っているかもしれないですよね。
スピーカー 1
不可能ではないですけど、イマジネーションが追いついてない気はしますが。
あれでも、なんとなくプリントアウトすると大きい紙に出ちゃうイメージがありますけど、当然出力する紙の用紙は変えられるんで。
ひょっとして英語とかちょっと小さめのサイズ、プリンターのツボもあるかもしれないですけど、
スピーカー 2
もしかしたら一番柔軟なデジタルカードになり得るんじゃないかという気がしなくもない。
カード法の基本
スピーカー 2
下を押していけばページはくれますからね。
くれるし、並べて表示もできるし。自由に重ねることはできないですね。きちっと並んじゃうと。
スピーカー 1
グループで畳むことはできても、重ねるという表現はできないですね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
そこはちょっと大きいかもしれませんね。カードは重ねられるという表現の立体が使えますからね。
スピーカー 2
そうですよね。あとやっぱりその先生みたいな、この山とこの山。
山は当然のようにボリュームも示すわけで、山のバランスの不一致もわかるわけですから、視覚的に。結構強いですね、それは。
サイズの話を思いました。前回かな、B6の手帳がいいサイズだった、バインダーがいいサイズだったって話をして、当然B6のバインダーほとんどないわけですけど、
リヒトラブっていうところから出てる、特別それ専用のルーズリーフバインダーみたいなのがあるんですね。
スピーカー 1
あれバインダーがB6だけど中身のリフィールは違うみたいな話にならなくていいですか?
スピーカー 2
いやもう普通にB6です。
スピーカー 1
B6のリフィール紙が使えるんですか?
スピーカー 2
そうです。でも逆に言うとそれ専用のやつなんですね。穴の形が違うんですよ、リヒトラブのツイストリングノートっていうのは。
買ったんですね、とりあえず。
買ったんですか?
そんなに高くないんで、600円ぐらいでリーフとバインダーが届くんですけど、サイズ感はとてもいいんですよ。
これは書きやすいなという感じ。やっぱりそのバイブルサイズよりも横幅がちゃんとある。
スピーカー 1
横幅ですよね。
スピーカー 2
書いていいんですけどやっぱりね、選択肢が純正品しかないので。
ルーズリーフとかバインダー手帳の良さってカスタマイズ性があるじゃないですか。
バインダーは国用使ってるけどルーズリーフはマルマンでみたいなことが可能ですし、自分で印刷しててもできますけど、
その穴の形が特徴的なんで、穴開け機を買ったら当然いろんな紙には使えるんですけど、
あのメーカーの紙がいいとかバインダーがいいみたいな時に取り替えられないし、
この方法で皆さんやりましょうって言った時にそれを買ってもらうしかないんですよね。
その選択肢の狭さはね、ちょっと文房具的ないろんな楽しみが奪われてしまうなっていう感じがあって、
これはちょっと人に勧めづらいなというところでした。
サイズと用途の考察
スピーカー 1
難しい問題ですよね、そこはね。
スピーカー 2
これやったら多少ちょっとサイズが大きくても英語のバインダーの方が汎用性というか一般性の方があるし、
トレードフではそれ仕方がないなというか、もう一個小さいのか英語かどっちかの方が、
実に良いサイズ関係から余計に残念なんですけど、これをみんな使いましょうとはちょっと言いづらいですね。
スピーカー 1
B6ってね、ほんとちょうどいいんですよ。
スピーカー 2
分かりました、よく分かりました。
スピーカー 1
B系の本来統一されたサイズであるはずなのに、なんでイタンジみたいな扱いになってしまうのかというのが不思議ですね。
スピーカー 2
似たサイズにバイブルがあって、バイブルはやっぱり一定の需要があるからなんでしょうけども。
バイブルサイズは本当にいわゆる手帳という感じなんですね。
手帳の紙という感じで。
B6はやっぱりちょっとノート感があるんですよね。横幅の違いなんでしょうけども。
スピーカー 1
そう、ノート感があるんですよ。
バイブルサイズは文字通り、あれはもともとあのサイズは軍服のポケットに入るサイズということみたいですね、物の方によると。
分厚いファイロファックスが胸に入れていた軍人の胸に弾丸が当たったんだけれども、その分厚いファイロファックスのおかげで助かったみたいな、全然本当かどうか知らないですけど。
なるほど。
そんな分厚いのかなと思うんですけど。
スピーカー 2
そうですね。だからこういう方法論を考えていく上で、わざわざそのために新しいリーフは作れないわけで、既存のツールを使うしかない以上、どっかの文具メーカーが思い切ってB6サイズを出してくれない。
出したとしても結局他のルーズリーフ製品との相性が良くないわけですから、難しいかな。
現状で言うとA5サイズぐらいで、そうすると持ち運びというか机に置いて使うことになってしまうので、手帳感が薄くなってしまうの今度は。
そうですね。
スピーカー 1
A6もありといえばありなんで、ちょっと小さいかな。
何を書くかによりますけどもね。
いや、A6のほうがB6より大きいか。
大きいですね。
スピーカー 2
B6はB5の半分。
スピーカー 1
あ、そっかそっか。
だからA45半分にしてA5で、そのまた半分がA6だからそのほうが小さいんですね。
ちょっと小さいかもしれないですね。
スピーカー 2
うん、ちょっと小さいですね。
メモ書きならできるけどというところで、何かしらまとまった文章を書く場合、これではちょっと狭いでしょうね。
だから一行しかないタスクとかを書いて扱うによったらこのサイズでいけますけども、何かしら内的な記事とかフリーライティングする場合、ちょっとこれは狭い気はします。
スピーカー 1
やっぱりそう考えるとB6って実に絶妙なサイズだと思いませんか。
スピーカー 2
そうですね。メモでもノートでもないカード感のあるちょうどいい文章も対応できるよという感じはしますね。
まとまったことも書けるし、カードみたいに断片を扱うこともできるし。
スピーカー 1
例えばやることとかをルーズリーフノートなりバインダー式の手帳で管理するっていったときに、移動っていうのを考えると1タスク1ページのほうが良さそうな感じがするじゃないですか。
スピーカー 2
やっぱりめんどくさい1分やったんですけど、ちょっとこれはめんどくさいなっていう感じがあって、1日やることは1枚のページにガーってリスト的に書きたいなという欲望はありますが、そうすると例えば移動するときにもう1回書き直す話になるみたいになって、この辺の運用をどうするのかも実際的な問題として立ち上がってきましたね。
スピーカー 1
そうですね。だからライフアウトラインをもし手帳にするとしたらっていうことを考えるとやっぱりものすごい枚数を使うことになる。
スピーカー 2
そういうことなんですよね、やっぱり。
スピーカー 1
なおかつアウトラインを組み替えるぐらいの頻度でバインダーを開いて、ページの並びを組み替えるものかっていうと、結構難しいかもしれないんですけど、1日のページ。
デイリーの1枚のページが、今日のページっていうのは1枚であって、ただその後ろに出していく形で1枚1枚出していく形なら成立するかなとちょっと思いますけどね、どうなんでしょうね。もう使ってみないとわからないですね。
スピーカー 2
今話を聞いて思ったんですけど、1日の中でデイリーのアウトラインっていうのは結構頻繁に組み替えられるものへという想定なわけじゃないですか。
はい。
だとしたら1日の間閉じなくていいんじゃないかなと思ったんですけど、出しとく、神のまま。
スピーカー 1
ありだと思うんですよ、それは。
スピーカー 2
で、終わったら閉じるぐらいのやり方だったら、いちいち開いて閉じなくていいので、散らばって困ることも多分ないでしょうから。
カードの多様性と活用法
スピーカー 1
一番バインダーを開いた先頭ページに今日が来る形にするか、もしくは急ぎよく今日を分けちゃって、バインダーはたくさん整理してあるものを見るときに使うものであって、逆に今日っていうのはもう切り離されていると。そういう考え方もありますよね。
スピーカー 2
ルーズリーフって、ルーズリーフパッドがあるじゃないですか。
はい。
パッド関係で閉じられてるやつ。あれにまずべりべりと今日のやることを書いていって、で、剥がしていって、終わったら捨てて、で、残す場合はバインダーに送るみたいな運用やったら、めんどくささは多分かなり軽減される気がしますね。
そうですね。
スピーカー 1
そうなんですね。
スピーカー 2
とりあえずB6サイズあったけど、ちゃうやつのほうがいいよねっていうのが僕の現地的な感想でした。
はい。
スピーカー 1
あとあれですね。昔のHipster PDAみたいな。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
クリップで挟んじゃうとかね。
スピーカー 2
そのほうがいいかな。でも最終的にはバインダーに行きたい気はしますね。
スピーカー 1
平用でしょうね。
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
何の話をしてんの?
スピーカー 2
いやいや、一気にやったらどうなるかって考えたんですけど、運用上の問題がいろいろあるというのは分かりました。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
いうとこかな。そんなとこかな。
というとこで、情報カードを実際に使っている。特に学術目的以外でもしカードを使ってうまいこと言っちゃう人がいれば、
明日、打ち合わせキャストひらがなで打ち合わせアルファペットキャストまでいただければと思います。
スピーカー 1
響き聞くんじゃないですか、それは。
スピーカー 2
あれはでもちょっと独特じゃないですか。
筆筆の間に忘れないように書いていく、固定、物理的リマインダーみたいな感じですね、彼の用途の場合は。
スピーカー 1
そうですよね。ちょっとあんまり見たことない使い方ですよね。
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
しかもすごいちっちゃいカードなんでね。
スピーカー 2
カードを組み合わせてなんかするっていうことじゃないですよね。
でもこれも一つのカードの使い方。カードの使い方大全みたいにできるかもしれないですね。
スピーカー 1
カード大全。
カード大全。
スピーカー 2
いっぱいあるはずですよね。だからそのいろんなカード。
ありじゃないですか。
スピーカー 1
面白そうですけどね。だって誰がいるのか知らないですけど。
スピーカー 2
そころで。
スピーカー 1
それって結構大全にする意味あるような気がする。
スピーカー 2
そうですね。バラバラ。みんな同じカード法とかカードって名称で言ってるけど、その前実は多様だよっていうことは一つの知見としてありますね。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
大仕事ですね。
我こそはと思うかと思うか。
歴史古いですかね。これ多分、テキストレーサーの技術の中でも一番古いって言えるぐらい古いと思いますよきっと。
スピーカー 1
かもしれないですね。
スピーカー 2
いうところで、何か連絡することとかございますでしょうか。
特にはないです。
わかりました。というわけで今回はこれまでにしたいと思います。お疲れ様でした。
スピーカー 1
お疲れ様でした。
01:27:25

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