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2022-01-20 1:29:13

第九十六回:Tak.さんとノウハウ本の書き方について

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内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関 内関
ごとに大きな塊を作って そこに 機能 役割っていうのをアトリビューション
を変えて設定すると 見出しだったら 見出しのブロック リストとかトグル
リストだったら 全体が一つのブロック として扱われると それがどうなる
かっていうと 選択したとき テキスト を選択したときの挙動がアウトライナー
的なんですね アウトライナー的という 表現がする
ある部分を選択すると その部分 がもう丸っとゴソッと選択されて
しまう されてしまうっていうか されるっていうのが現状のノーション
なんですけど パージョンプすると 例えば行の半分ぐらいからの文字
を選択して下の行に行ったら その半分がちゃんと維持されている
と アウトライナー的なものの場合 は だいたいその行ごと全体が選択
されるんですけども もっとテキストエディターに近い
挙動になるよという連絡が チートがありまして 細かい話なんですけど
まあ全て結構細かい使い勝手に 影響を与えるもので
おそらくテーブルとか機能をたくさん 使っている場合はブロックのほうが
多分使いやすいんですけど テキストエディター的に文章を平
で並べている場合は その細かい レベルで選択できたほうが多分
便利なんで おそらく使い勝手全体的に 上がるんじゃないかなという気は
してます
どうでしょうね でも結構大きな 変更かもしれないですね 使い心地
に関しては
最初は違和感はあるとは思います けどね きっとこうなると思ってて
慣れてたのがあるはずなので でも やっぱりテキストの途中から
カットアンドペーストしたいとか ってことは普通にあると思うので
その意味では利便性は上がるよう こんな細かいところに意味をつけた
なとはちょっと思ったんですが
まあいろいろ声があったのかもし れません もう少し自然にテキスト
を練習したいとか
そうなんですね
わからないではない
Notionは簡易データベースで情報 扱える個人向けノートツールとしては
僕は非常に注目してるんですけど やっぱり普通に書いた場合にブロック
タイプで記述していくというのが どうしてもちょっと愛入れない感じ
がありまして そこがもしもっとフラットな形
になるんやったらもうちょっと Notion使おうかなという気持ちになります
そうですね だからあれですよね あいうパーツ
を見栄えよく簡単に組み合わせて いけるようなあの感じって多分
ブロックタイプだから
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できるっていうことは
実現できてる感じはあるかもしれない ですよね
だからブロックタイプを実現し つつテキストの選択については
テキストのような扱いっていうこと を多分目指すのにはと思います
そうですね それが理想ですよね きっと
それがデジタルツールの良さでも ありますからね
全然ニュース追いかけてないんです けども デイブワイナーさんが最近
ちょっとログセックっていう これで読む方がおってんのかな
ログセックっていうツール
ログセックでいいんだと思います
うん
いうツールとなんかこう距離を縮 めていられるというか
で 以前ちょっと紹介したと思うん ですけど ログセックはクラウド
じゃなくて ローカルで使うアウトライナー
なんですけど 中身が面白いんで MDファイルないしは
.org.fileの2種類から選びまして つまりopmlじゃないんですよね
MDマークダウン形式かorg.fileって 言うてこれはorgモードって
これまた説明が必要なんですが これもアウトラインと一緒に見出し
を扱えるファイル構造になって て
そのどっちかが扱える その両方のタイプを選んで扱える
ツールなんですけども それとドラマー あるいはオールドスクールみたいな
ツールを組み合わせて使うみたいな スクリプトが紹介されてて それを
使うと どうやら手元のログセック を使っていろいろ記録を残していく
と それをブログとして公開でき ちゃうよみたいな感じやと思います
なんかドラマーの機能と接続しちゃう みたいな
っていう感じ 接続しちゃうみたいな 感じですよね
コード全部お湯が出ないし使ってないん でわからないですけど こういう
のは面白いですよね ローカルファイル を扱うっていうことができるという
か分かりにくいんですけど ドラマー ってウェブツールではあるとともに
ローカルにダウンロードして使う バージョンもあって それ何かエレキトリック
ドラマーって呼んでるんだかな 今MacとLinuxで確かあるはずでWindows
ってどうか分からないんですけども ダウンロードして扱うと そのファイル
の保存どうなるかっていうと ローカルファイルになるんですよね
ウェブブラウザーで使う場合は気 前が良いデイブーがお金を支払
ってるどっかのストレージに損さ れるんですけど そうではなくて
ローカル版を使うとファイルも ローカルになって ファイルがローカル
になるということは つまり他の アプリケーションでも開くことが
できると それを例えばドロップボックス が置いておくことで いろんな場所
でも使えるようになるという意味 で 多分一番デイブーにとって望ましい
使われ方はそっちなんじゃないかな という気はしてますね
多分そうじゃないからと僕も想像 してます
だってウェブで使った場合のOPMファイル って僕らは直接操作できないですからね
そうなんですよ
環境を整える必要があるとかいろいろ 問題はあって ウェブのほうが使い勝手
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がいいという部分はあるでしょう けど ファイルをどうこうしたい
みたいなことを考えると ローカル ダウンロードで使うのがよいのかな
と その点が結構違ってて 例えば NotionでもWorkfloryでも一応
そのマックアプリってあるんですけど あれって別に中身なんも変わってなくて
ブラウザーで使ってると同じで ローカルファイル保存できないんで
この辺が思想が最先端ではなくて いわゆる昔のマックというか
パソコンのファイル扱う方式なんですけども そうしたことによって他のツールとの
連携が生まれてくると このロークセック自体がオープンソース
というかOSSかな とりあえずGitHubにアップされてて
みんなで作っていきましょうな感じで 公開されているものなので
この辺もDevの思想性と合致しているところがあって こういうふうに連携とか
綱は私みたいなのが積極的に進められてるんだろうなという感じです
ニュースはそれだけなんですが 前回の95回 位置付けにくい情報の扱いについて
要するにアイデアですね アイデアをどう扱うかについて
結構たくさんの感想をTwitterでいただきまして これ珍しいんですけども
いただいた感想で僕がピックアップできたものについては
Scrubboxの第95回の概要ページに ペタペタと貼り付けておいたんで
気になる人は95回のページを見てもらったらいいんですけども
大きく4名ほどの方にいただきまして 簡単に拾いますけど
まずYouMiaさん RomResearchで本を書いたという話を僕がちらっとしたんですけども
10万字までは普通に動くらしいですわ 1ページに10万字ま
20万字になったら動きがカクカクしたという話で
10万字までは論文を読むとOKという
20万字試したということですかね
そういうことでしょうねきっと
面白いな でも10万字が共有できるのであれば結構大丈夫ですよね
結構大丈夫じゃないですかね
白紙論文でも書くんじゃない限り そうそう10万字越えはないんじゃないですか
だから一応RomResearch使っている方は諦めずに
10万字かける2体制とかで上下間とかに分けたら カクカク動かなくても対策は多分対応できると思うんで
チャレンジされたらいいのかなという話と
あとですね一喜さんから結構重要な指摘というかコメントいただいたんですけども
例えばそのアイデアのメモっていうのを扱うときに思いつく量が実はネックというか
扱い方の質の変化になるんではないかということで
例えば1週間に1個しか思いついた場合だったら
例えば一章計算してもトータル2000にしかならないと
2000であれば苦労はするけどもいわゆる人力というか認知の及ぶ範囲とか
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あるいはそのツリー構造で扱えるんですよね2000個ぐらい
週に1個2000個であればいい別に問題ないと
例えばカードにして書くとかその2000個のカードを折りに触れて読み返すとか
は別に大丈夫とでも例えば現代情報化社会で私たちは
名残のように情報を受け取ってるわけですけど
インプットがあればアウトプットが触発されるというか
生まれやすいということで1週間に1個ということでは済まなくなったときに
やっぱりその2000個の時の時代のノウハウではちょっと追いつかないではないだろうかという話で
これは確かにそうだろうなとちょっと思いましたね
そうですね
だから汎用性というか一般論一つの方法を一般化して言うというよりは
その人のアイデアの思いつきの数によって扱い方を最適化していく必要があるんだろうなど
そうですね
たぶんですけど1週間に1個しか思いつかないパターンの場合は
スクラップボックスは多分いらないとまでは言いませんが
あんまり効果がないのではないかなという気がしていまして
というのももちろんその2000やったら回想構造で扱えるということもあるんですけど
スクラップボックスの進化っていうのが結局その書きながら育てていくというものであって
スクラップボックスに書き込むという行為が他のアイデアとつなげる活性化することにつながるんで
1週間に1回程度のペースでは多分その活性化の頻度が多分低くなりすぎて
そこまで使っててもウキウキしてこない気がするんですよ
そうでしょうね
その場合はもっと手慣れた自分が使い慣れたツールでやった方がいいのかなというのをちょっと思った次第ですと
そうですねこれ僕思ったのは
アイデアを思いついてどこかに書き飛べようと思うような人で1週間に1個のペースが常に続く人ってどのぐらいいるかなってちょっと思ったんですよね
そうかなるほど
なるほど
そうかだからこれをこういうのをやろうとする人はもっと頻度に思いつくし
それをやろうと思わないような人はもう全くほぼゼロに近い感じでその中間体っていうのが残骸ないのではないかと
そうですね
なさそうなのでも確かに
あんまりイメージいるのかもしれないんですけどあんまりイメージはできないですよね
たぶんね昔から何千個こう思いついちゃう人はたぶんいたと思うんですけどたぶんツールの制約によってできなかった単に書き留められなかったんじゃないかなと思うんですよね
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今生字それができてしまうのでそれによって数が爆発しているけれどもたぶん単に昔は書き留めきれなかったんじゃないかという気がしてます
よく言いますけど僕らがアナログデジタルの両方を経験しているじゃないですか
アナログ時代に確立した方法ある程度の制約の中で情報とか扱うというのがあってデジタルに移行してこうなったというのがありますけど
例えば今年にデジタルツールデビューした人っていきなり情報量が極大の状態から始まるわけじゃないですか
そうなるといきなり扱いが難しくなりますよね
刺激の量も桁違います
それにまつわって調べようとしたときに軽く調べられる範囲も全く違うじゃないですか
それに刺激されてまた思いついちゃう量もという掛け算みたいなことがあって
現代特有の情報多さももちろん発想の傾向によってゆっくりじっくりタイプもいらっしゃるでしょうけど
現代できてたら必然的に多くなってくるでしょうね
あと僕の経験則で言うとメモするようになると増えてきますね
メモが週間になると増えてくるようなところがあって
時間とともにいつかはその時点に誰しも行くんじゃないですかね
極大に近い時点に
一月ぐらいで挫折して死亡で亡くなっちゃう人と
そうじゃない人は多分どこかの時点で上限に達しちゃうんじゃないかと思いますね
多分その2種類しかないんじゃないかな
そうか
そうですねこれを結構アンケートとってください
例えばブロガーでも出筆者でもいいんですけど
何かしらの形で生活の中に知的生産行為がある人がメモの数をどれくらいたくさんとってるかっていうことって
結構真剣に聞いたことがないというか
梅沢の本を読んでも私は一日であんまりカードを変えてるって記述はなかったと思うんで
ボリュームがわからないですよねよくよく考えたら
そうですね
多分一番多いパターンは多分定期的に気持ちが盛り上がって1週間ぐらい膨大に書いてその後書かない時期が続いて
また書くっていうのを繰り返しているパターンが一番数としては多いんじゃないかなと思います
そういう人ほど実はねスクラブボックスが向いてるんですよね僕の感じで言うと
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そうかもしれないですね
結局リフレッシュするたびに新しい体系を作らなくていいんで整理の体系を作らなくていいんで
リングさえ作っておけば過去の記述と繋がる上に
これねスクラブボックス使ってて面白いんですけどね
語彙がねやっぱりね変わらないんですよねあることを表現する時の2012年の僕と2022年の僕がね
ほとんど同じ言葉遣いしてる時に結構驚くんですけど
これわかるなぁ
それをリンクにするときれいに接続してくれるんですよねだから本当に面白くて
なんか記述するじゃないですかページをねでなんかキーワードっぽいものを
リンクするという時に心のイメージではオレンジになるはずなんですよそこは
つまりスクラブボックスというとまた他にリンクがないリンクがオレンジというか赤色になるんですけど
たまに予想外に青になることがあって2年前の自分が全く同じ言葉遣いでそのページを作ってるんですよね
これが脳の連続性かっていうことをちょっと思ったんですけど
あの結局その期間的なスパンをいくら置いても
言語処理する脳が変わっていないんであればスクラブボックスのリンク打って生きていくんですよねこれ
面白いことですだからその完結的というかやってやらなくてやってやらなくてみたいな時にこそスクラブボックスで
ね向いていると思います なるほど
それやっぱり自分の言葉で書いてるから起こるもちろんそうですこれが重要なことでコピペでリンクするというよりはある概念を
自分の脳を通して表現することによって暫定的な確立性っていうのが生まれてくる
これはでも新しいですよ本当にそんなそんなことは新しい
そんな整理というか整理の軸って新しい これまでなかったと思いますけどね
あんまり聞いたことないです
使ってたらなびっくりするぐらい面白いですよ
で、のらてっつさんから再びコメントいただきましてまあ基本的にはスクラブボックスを使うという話で
ポイントはその位置付けられない情報っていうのは位置付けが存在しないツールでないと失敗するないと失敗しやすいということで
まあとりあえず最初から位置付けしようと呼びかけてくるツールは当然失敗しますよね
それは例えばタスク管理ツールはもうほぼすべて位置付け用で呼びかけてくるツールですから
アイデアの扱い難しいですけどアウトライナーのようにただ本来並べるだけでもいいっていうようなツールでも
どうかちょっと位置付けちゃう傾向というのかまあカテゴリー作ってくくって並べたいっていうその
アフォーダンスじゃないですけどツールをこう使いたいっていう欲求を刺激される場合はグッと抑える力が必要なんでここは整理しないでおくっていう
心理的なブレーキを踏まなければならないのでそれを考えたら初めから位置付けられないツールの方が破綻しにくいというのはあると思います
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もう一個長いのがありましてケライさんなんですけど
ケライさんの話がちょっと面白いんですがスクラップボックスを自分は使おうとしてたら使ってたけども上手いことは行かなくて今は
なんとGoogleドキュメントを使っておられるという話なんですよね
ケライさんが年末か年始にやられたツイキャスで
野口さんの企業さんの帳面文術やったかな帳面文なんとかみたいなんでGoogleドキュメントを使ったらいいという話がされていまして
それに感可というか影響を受けたとか参考にしたでGoogleドキュメントを使っておられるという話は結構聞いてたんですけど
Googleドキュメントに基本的には思いついたことを何でも記録していくとだからアイデアノートのGoogleドキュメント版という感じですかね
書かれてたのは例えば一つのメモっていうのに例えばカウンセリングで話したいこととかを書いた時に
日記的なことも当然含まれると
で例えばそういう時にカウンセリングと日記っていうハッシュタグを付けたくなる付けたい付けるべきだという感じがあるでもそんなことを言えばありとあらゆるタグを付けなければならないような
気持ちになって破綻したっていうような感じだったんですけどこれスクラップボックスあるあるあるあるとか序盤あるあるというか
こういう感じはよくわかるんですけど
例えばカウンセリングとか日記っていうハッシュタグを付けるっていう
なんていうかなマインドセットというか精神傾向っていうのが結局あのノートブックの分類をタグで使った
タグに適用してるだけなんですよねこれって
そうですねこれはだから形は違うけどアウトラインなんですよね
あの事前に作ったオートラインと同じことなんですよね
別にそれ自身が悪いことではないんですよね
あのそうやって分類しておけば例えば日記っていうハッシュタグをクリックすることでこれまで書いた日記がザーっと出てくるっていう使い方もスクラップボックスはできるんですけど
あの別にそうしなくてもいいそうしなくてもいいし例えばあるノートで書いてタイトルなんでもいいですけど書くとするんですか
ホゲホゲホゲって書いてで例えば僕やったらカウンセリングで話したいことってまず書くんですね文章で
丸付けるとでその下にホゲホゲホゲホゲって書くっていう
でこれらは日記的かもしれないみたいなことも文章で書くと で読み返してまあ気分が向いたらカウンセリングで話したいことっていうことをリンクにするっていう感じ進めていくんで
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あのなんすかね例えばカウンセリングで話したいことっていうことを文章に書かなかったら 書かなかったら書かないしリンクにもならないっていう
そういう記述が先って感じですかね だからまず文章で書いてでそれを読み直してリンクにしたいところがあったらブラケットで囲ってリンクにしていくと
はいでどうしてもその文章中には出てこないけども自分の中ではっきりしたコンテキストがある場合だけ下にハッシュタグをつけると
それがもしかしたら場合によってはカウンセリングになるかもしれないですけど
だから例えばある記述した情報AがあるとしてそのAに含まれるあらゆるコンテキストをタグにするっていうんではないんですね
確かにそれをやると破綻すると思います そんなことは続けられないと思うんですけど
だから最悪も何もハッシュタグつけなくても例えばその日の日付だけ書いてリンクにしていくっていう手もあります
これは何でもいいんですけどとりあえず1個だけリンクを入れるないしはリンクにするっていうことだけを意識すれば
スクラップボックス結構後から探すことはできます ただし日記的に読み返すのはスクラップボックスでは難しいです
自分がその情報を日記的に読み返したいのであれば何かしタイムライン的に並べておくのが良いですし
それはワークロリーでもGoogleドキュメントでもその他ノートツールでもただ上から下に書いていけば
時系列になるわけですからそれでいいと思います だからこういう技術にスクラップボックスを使えという話じゃなくて
一応リンクの付け方のコツみたいなのだけ理解していただければ多分アイデアの扱いについてはスクラップボックスが非常に良いとは思います
でもタグをつけなければならない気持ちがしてくるっていうツイートがあってでもそれは非常によくわかるんですよね
僕初めてスクラップボックスを使った時にまさにこのケライさんが言っているのと全く同じ扱いをしました
決まったタグをつけちゃうんですよね そうしなきゃいけない気がするんですよね
自分から見た時に同一のようなノートなのにその同じタグがついてないことに対する不全感みたいなのも書かれてて
まあそれもよくわかるなと思ったんですけどそれを許容することなんですねスクラップボックスを使うということは
それが見つかんなくなるんじゃないかっていう心配があるんですよね
まあでもさっき言ったようにその文中の言葉が何かリンクされたらそこからたどっていけることはほぼ間違いなく最悪でも全文検索することで見つかるんで
これはだから 機能の説明+αはその心理的なものもサポートして説明しないと
スクラップボックスって多分最初の導入が難しいんだろうなというのは思いましたね そうですね
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アウトライナー以上にそのボトムアップ的なことを意識していないとうまく使えないかもしれないですね
アウトライナーだと上から降りてくるやり方もありですよって言えるんだけどスクラップボックスに関しては下からじゃないとダメって言ってもいいのかもしれないですね
確かにその通りですねボトムからしか始められないっていう
一応原理的には始められますけどね 例えば何でもいいけど
プロジェクトAっていうページを作ってプロジェクトAのページの中に
アイテム1234という項目を書いてそれらを全部リンクにすることでその回を作るみたいな作り方はもちろん可能なので
ただ相当不自然ですけどねスクラップボックスの使い方からすると
そうですねここが結構感覚的に 整理的にハードルになっちゃう人はいるでしょうね
僕も割りそうわかります僕も最初はそうでしたねスクラップボックスをある程度使い続けた後に
ああようやくそういうことなんかとその完全な整理っていうのが目的ではないんだなとでこの不完全な整理っていうのと
と並行して進むがさっき言ったちょこちょこ書き直すってことなんですよね
これがね実は重要で例えばアイデアのと思いつく何か書くでリンクにしたらあの別のページが出てきたそのページ開いて読み
返したら足りない記述があることに気づいて記述する追記する何書き換える何を出すということをするっていうことを
短い期間で高速回転するんですよね 頻繁にやることによって不完全な
不完全な段階から少しだけちょっといい状況になるっていうでもちろんそのちょっと良くなった状況も全然不完全ですよ
完璧な整理からしたら不完全なんですけど別の期間に情報を少し触ってちょっとだけ使いやすくなるっていうことを常時繰り返していくっていう
この普段リファクタリングしているから不完全でも大丈夫っていうこの二本柱なんですよね
だから片方がなくて不完全でも大丈夫って言われても多分それは納得できないと思うんですよ
おそらくはね それも次のスクラップボックス本のタイトルになるんじゃないですか
不完全整理法みたいな 反整理法みたいな
昨日ちょうど思いついたんですけどやっぱりポイントはそのダイナミズムにあるなと思ったんですよ
書き換えていくっていうダイナミズムこそがスクラップボックスのコアなんですね でこういうノートの解き方の一つの作法として
エバーグリーンノーツっていう方法がありましてそのうちの一つにアトミックにすると 原始的にするという方法がありましてこれは
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梅沢のカード1枚1個原則っていうまあ彼は原則とは言いませんけどもカード1枚の一つのことをかけっていうことと
見事にこうしてるんですけど アトミックさはもちろん重要なんですけどそれ以上にやっぱり書き換えるっていうこと
リンクとか記述とかを繋げ直していくことが一番主要な目的で それをやりやすくするためにはアトミックの方がいいよねっていう話の順番に
僕は思うんですよ そのダイナミズムって結局デジタルしかあり得ないというか
まあ一応ねそれ紙と鉛筆でもできなかないですが 現実的ではないですよねだからデジタルを使った情報カード理論はやっぱりダイナミズムこそがコアなんですよ
でこれをカード的に捉えるとやっぱり失敗するつまり情報カードで書いたらもうそのままそれが固着性的なものにステイティックなものになっちゃうじゃないですか
でもそれはそうじゃないんですよね あの例えば3割の記述でもいいからとりあえず書くってとっから始められるっていうところがポイントなんで
そこのイメージをちょっと確立していくことが新時代の知的生産のカード法かなというのを
一連のコメントを読んできて思いました
感想はまあ絶対十番に話を使ったんですが
今回のメインテーマですがあのノウハウ本の書き方についてというかなりでかい ギリギリなんですが一応まあ僕はノウハウ本を書いてビジネス書というよりはノウハウ本を書いていることが多く
たくさんの本も どこかに分類してよって言われたらノウハウ本に
そうですよねどこかに分類してよって言われたらノウハウ本ですね 認知するしかないと思ってまあでも2人ともそういう本を書いててでどういう風なことを考えて
企画案を考えたりあるいは実際に内容を詰めたりしているのかなということを一旦検討できたら面白いなとは思うんですが
まずですけど イメージっていうそういう企画案のイメージ本のイメージっていうのは
さらちで立ち上がるわけじゃなくて基本的には自分がこれまで呼んできた ノウハウ本内者ノウハウ本に類するものに影響を受けるわけじゃないですか基本的には
まあそうでしょうね僕の場合は初期の頃はやっぱりさっきも出てきましたけど のぐちさんのぐちさんの本に結構強く感化されててだからこそ僕の初期の本て結構超って
頭にスーパーっていう感じがついているんですけども なるほど僕がつけたわけじゃなくて編集者さんがその意図を組み取ってつけてくれはったわけですが
で なんでしょうねやっぱり方法論というかノウハウだけをドンと紹介して終わり
ではなくてそのノウハウの背後にあるものとかあるいはそのどういう経緯を得てそこに至ったのかも合わせて書くって いうことが僕の中で結構
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なんてかのベーシックてかプリンシフルに近い感じで多分それ今も変わってないかなという気はします ね
はいなんかノウハウだけが書かれている本を読むとちょっと言葉ですけどちょっとつまんないなと思って しまう
感じがあってそれやっぱりそういう本の影響を受けてるんかなという気はするんですけども なんかたくさんの中でまあ原風景とかでもいいんですけどノウハウ本のイメージを
影響を与えてるなっていうような本ってあります
そうですねでもノウハウ本ということで言うと僕も多分ほぼ同じであの ノウハウ本としてじゃなくて読み物として読んでるんですよね全部
あの自分の中に残ってるものっていうのは結局 その読み物として面白いから読んでいて繰り返し読んでいてだからだからそこに書かれているノウハウが地味自分にこう
染み込んじゃったっていうタイプの本が あって
なので自分が書くときも できることならそういうものにしたいなっていうかこう
欲求としてそういうものを書きたいからノウハウ本を 書いているという方が
近いかもしれないですねまあノウハウ本とても今のところほぼ 88%ぐらいアウトライナーのことを書いてるんですけど
あのそうですねそういう そういう体験が自分の中にあるんで自分の本を読んでくれる人にとってもそういう体験になってほしいなという
自分の中の欲求 が強いというか
あの 楽しむために書いてる感じが大きいですね
なんかこう3冊名前上げるとしたら何か上がります?
今までの? 強度は程度とかは別にしてなんかパッと思いつくので
ノウハウ本? ノウハウ本系で ノウハウ本で言うと一番大きいのは木村泉さんのワンプロ作文技術
と 野口悠久さんの
調整理法シリーズの最初のやつですね
です このぐらいかな まあ
知的生産の技術はちょっと電動入りでちょっと別のところに置いて置くとして
でまぁ 木出直人さんのその思考のエンジンとか物書がコンピューターに出ようときっていうのは大きいんですけど
ノウハウ本かというとちょっと若干違うような感じですので
あとね3冊名あれですね あのマッキントッシュバイブルというシリーズがありました昔
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分厚い電話帳みたいな あの編集あの初期のものの編集の仕方にもすごい影響を受けたと思いますね
複数の著者がいてそれぞれが矛盾することを書いているという
あの感じがすごく自分の中に あーなるほどね 至高の整理学はどうですか?
至高の整理学は面白く読みましたし役に立ちましたけど
そういう感じで残っているわけではない あのよくなかったとかでは全然なく
いやわかりますよ ちょっと違う
あれはエッセイ集なんで体系的な方法論を示したわけじゃなくて
知的生産の技術もまあそれに近いんですけどね あの連載まとめたものなので一つの方法論について論じた本ではないんですよね
そうですね まああとそうですね まああといろいろあげればそれこそあの
あの高壇社現代新書の板坂玄さんの
なんでしたっけあのタイトルは 考える技術 考える技術 書く技術
であるとか あのあの界隈の新書 そうですねでも板坂玄さんの面白い
面白いですよね板坂玄さんの本は面白いんですよね で同じ空気をやっぱり木村いずみさんの本にも感じるんですね
そうですね ノウハウっていうあの時代のああいう
なんていうんでしょうねまあ全然板坂さんは多分 職業でいえばジャーナリストだと思うんですけど
村泉さんは計算機科学の人なので全然違うっちゃ違うんですけどなんていうね あの70年代分帯というか
あの辺の分帯の面白さがちょっと あって逆に若い人が受け付けないっていう場合もあり得るかもしれないですけどね
ああ
年代の違いはまあそういう意味でやっぱり広く受け入れやすいのはやっぱり 試験生理学のようなエッセイテイストでサクサク読める感じなんですかね
そうですねあの例えば渡辺昌一さんのものなんかは受け付けない率が上がってるんじゃないかと 想像されますし
それは僕もそう思います
あれはやっぱり
知的教養時代の残りがというか 向上心を良しとするようなもちろん悪いことじゃないんですけど知的に向上することが良いことだっていう
確信に近いものがあってまあやっぱその昔は僕も憧れましたけど今よりちょっときついなと思うところはありますね
ありますよね
ちょっと違うな違うなっていうかちょっとこれ今こういう言われ方をするとちょっと厳しいなっていう感じはありますね
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やっぱその大申共通点があったその2人の著者の本ってあの改めて読み返すとその分体がねすごく軽いんですよね
軽いですね
もちろん書かれていることは自信の実践強い自信の実践に裏付けられたことであって
でもあのまあ軽妙に書かれてますし話題もなんか身近なものを織り混ぜつつということで非常に読みやすくて
まあ自分もできる気になるますしそれ以上に肩の力が抜けていくような感じの本で逆にその
知的生活の方法というのは逆に力が入ってくるような感じで
でそうですね考えてみたときに 例えば僕らはその分体で書けているだろうかっていうことが気になるわけですよ
その軽妙な分体で果たして書けているのかっていうことが気になると書けていないなっていう気しかしないんですよね
まあ書けてないし同じ分体にはならないと思いますけど
いやでも硬い柔らかいで言うとまだまだその硬さの方が強いかなっていうあの柔らかさでは全然書けてないなぁっていうのはよく
あれぐらい柔らかく書けるなぁっていうそう文章を書く人 書いた経験がない人って多分わからなくてますけど硬く書く方が簡単なんですね文章って
そうですね柔らかく書く方が難しいんですけどそれが見事になされてて だからそういうのをちょっと今後身につけたいなっていうところの方針を今持ってるんですけど
柔らかいってのもあるしあの結構 余計なことが書いてある余計なことが書いたる上にそのなんかこの方法で必ずうまくいく的断言
じゃないんですよね なんかもうちょっとこう余韻があるというか
あのそこまで方法について妄信してないような感じがあってそこが多分気持ち的な柔らかさにつながるんだろうなぁという気はします
そうですね だから
割にその 今この姿勢で書こうとすると 下手すると今っていうかその例えば自分なんかがそういう姿勢で書こうとすると単なる俺俺ノウハウを書いてしまう可能性が
すごく 高くてじゃあなんでこの人たちはそうなってないのかっていうともちろんその背景にというかその後ろにその裏打ちするものが
分厚くあるわけですよね 木村いずみさんなんてまさにそうで この人完全なる 木村いずみさんなんて完全なる計算機の人理系の人なのにオペラの話は出てくる
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音楽の話が出てきたり 文学の話が出てきたり
だからある意味ではその昔の知識人ってそういうところがありますよね
全方位の 僕にはちょっと真似できないっていう
そういう凄みがあってその中でこう ちょっと専門外の新書でこうちょっと肩の力を抜いて書くとこういうものが
その圧倒的な強要を持ちつつ肩の力を抜いて書くとこういうものができるんじゃないかなと
思いながら読んでいたりしますけど 専門の論文とは全然違うフォーマットで違う読者ですもんねこのいうのって
そうなんですよねこの専門外の気楽さって結構あるかもしれない
実用書書を仕事にしている限りはそれはできない
まあそうかもしれないですねあとまずやっぱ残念なことに例えば木村さんとか板坂さんはやっぱり他の知的生産方法論に比べると
やっぱりそこまで知名度がないっていうのがあって やっぱりそれは
受けえない層が多いんでしょうねきっとああいう文章には 僕としてすごく面白いと思うんですけど
岩波ではプロ作品が復活することも多分ないでしょうし 板坂さんもその書く技術考える技術も他にも書かれてるんですがそれもまあ
1回文庫化にはなっててでももうそれ以降は再販されてないですからね
板坂さんの仲間忘れた
なんか別の本があってカッパブックスから出る本がありましてそれも非常に面白いんですけど それが php 文庫がなんかに1回入ったんですけど
まあそれももう多分絶版になっててあのどっちかというのはそっちの方が面白いんですよ で僕はあのたまたま東京に行った時のあの
何だっけ古本屋があるじゃないですか えーと
十五町 あそこのあの店の前のワゴンセールんじゃん わがわが100円とかで100円とかであって見たことある名前やと思って飛びついて買ってもうそれ以来
どこの古本屋でも見たことないんですけども たまたま入手したもんでまぁそれがもうほんまに面白かったんですけど一般的には知名度を獲得していないと
いうところでまあやっぱその 緩やかに読める分その権威性が感じられないっていうのは間違いなくあって
読み落として楽しいけどもなんかある権威をバックグラウンドにしてこの方法でうまく いきますよという語りではないからありがたみがないというのはあるとは思いますが
42:01
ねー この方法でうまくいけますよっていう語りって多分昔はあんまりなかったんですよねはいわかり
ます この方法でうまくいくとかこの方法さえ見にたった一つのなんとか的なこう
持っていき方っていうのは なんあれは2000年代入ってからぐらいですねあるいはビジネス帳第1次ビジネスブームが来たあたりかな
ノート本とかでよくそのフレーズ聞きましたけども あの辺からでしょね昔は一応その個人の方法を開示するかあるいはその方法論的
考察を経て提示される新しい方法ということでで当然その方法に含まれる弱点とかもちゃんと議論 された上で書かれているっていうのがあって野口さんも
まあ一応連続で書かれてるんで方法論に対してきた反論を別の本で書き換え反応するみたいな ことも行われててまあブラッシュアップがあったわけですが
そういうのはぴたりと消えてある時代からまあでもやっぱりビジネスマン向けに書かれてた 書かれる本からそうなってるんじゃないですかきっと
その方が なんでしょうね逆に立ちそうな気がするんですかねわかりやすい
説得されやすいですやっぱり 方法が人それぞれ違いますよっていうのって
極論すれば当たり前じゃないですか だからありがたきがないっていうのはあるでしょうね
そうですね
だからまあでも たぶんそういう人たちの真似はできないにしてもその
読み物として面白いということと本筋じゃないことが 散りばめられているただし無関係ではないっていう
あの 直接的に情報をその
インストールしようとするんじゃなくて読ませることによって
結果的に 書いたことがその伝わると
いいなぁと思いますねなんかあのそれが理想は理想ですよね なんかこう
そのための工夫なりテクニックがあるんですか その目標を達成するために持っている引き出しっていうのあります
いやそのないですけどそんなおこがましいものではないんですけど
あのやっぱり ついさっこないだもこの進めてた企画をちょっと一旦
ちょっと別の企画を始めたんですけど あのやっぱりねそれも
あのやっぱり頭でっかちになっちゃって
こういうものを作ろうと思いすぎて楽しくなくなっちゃったんで一旦脇に
45:03
なるほど
こういったんですねだからまあ プロの書き手だとするとちょっと失格っぽいところがあるんですけど
はいあのこういう文章を書きたいからこういう文章を書くためにはどんな本を作る
作ればいいのかなっていう方向で考えるというか あの自分の
書きたい欲求を優先 することによってなんか身勝手なものを書いて
なんか書いた後で身勝手じゃなくなるように直していくっていう順番になりがちな
気がしますね全然それは自慢できることでもなんでもないですけど
ああということはまあ一応例えばその企画案を新しく考えようとした時に
例えば解決したい読者の解決したい問題を考えてそのための方法論がこれであってそれをどう 伝えるかっていう順番ではあんまり考えないということですか
えっとつい考えちゃうんですけどそれをやってもうまくいかないというか
あの たぶんできるとは思うんですけどあんまり面白くなくなっちゃうというか
なんか仕事の報告書みたいになっちゃうんですよね
そうか だからその場合だ企画案をどう詳細化していくかっていうブレイクダウンしていくかっていう方向の
検討はできるけどもあんまり採用はされない
それをやるとうまくいかなくなっていることが多くて
難しいなぁ
商業出版の場合は編集者さんの意向というか兼ね合いというかこういう本にしたいっていうイメージもありますし
それとの兼ね合いで企画案が変化とか生まれていくということももちろんあるんですが 例えばですけど
スベノーという本がありましてスベノーという本は ノート論なわけですねノートテイキング論なわけですよ
僕の使用例みたいなも一応論実は知ってますけどいわゆるノート本のような実際例っていうのが極めて少ない本なんですね
ほぼゼロの本なんですけども 例えば続編として実際をもっと紹介する本を作ろうというコンセプトが立ち上がったとするじゃないですか
仮にね 卓さんがそれに僕の立場で考えてもらったんですけど卓さんがその企画にどうしたとするじゃないですか
その後じゃあどう進めるのかっていう そこまでは了承したとじゃあ中身をどう詰めるのかっていうのをどういう手順で例えばたくさんと行います
まあでもこういう本を作りましょうと言われて同意したとしたら多分全力でそういう本を作ろうとしちゃうと思う
48:11
ですよね あのそれはいいことのようですけど
もっと柔軟であってもいいところで柔軟じゃなくなっちゃうような気がするんですよね自分の場合は
割にその言葉通りに受けと 最近の某プロジェクトでもそういうことがあったんですけど割に言われたことをもう言葉100%言葉通りに実現しようとしちゃうところが
あるんでその時にその例えば編集者さんとやりとりする 例えば商業出版で編集者さんとやりとりすることがあった時にいやまあでもこのもっと例えば柔軟に考えていただいていいんですよとか
はいっていう言葉をかけてもらえるとじゃあ例えばこんな感じではどうでしょう って
いくと思うんですけど 割にその会社の仕事とかもそうですね
なるほどなるほど 自分がその例えばKDPとかでやるのとは全く違うやり
ガチガチになりますね割に その反動で逆にそうじゃないものを作ろうとする
それはわかりますね確かに
だからそのできる もちろん仕事だから逆に締切も守るしだいたい
締切とか約束をだいたい守るんですけど逆にちょっと守る あれその周りを見回してあれ
こんなに守ってんの俺だけみたいなことになるケースが結構ありますね昔から
例えば編集者さんが柔軟でいかないこれでいきましょうって決まって
まあなんかそのまま実行するとしたらもうその段階で例えば 昇立を考え始めるということになりますかその場合は
えーと わかんないでしょ家庭なのかわからないですけど
多分 あの
中身をある程度作り始めながら
ラフに作ったことをベースにアウトラインを作って でアウトラインだけであの送って
こんな感じでってやろうとすると思うんですよね多分
そうかだからまあさっきも言ってちょっと書きたい文章のイメージあるいはボトムをちょっと 覗いてみるという感じから始めるわけですね
そうですね 完全なトップダウンをやろうとすると多分まず間違いなく失敗するので
逆にでまぁ柔軟にいきましょうと言われた場合スタートシーンはどうします
51:00
8ね柔軟にいきましょうと言われたら逆に割にラフなカリアウトラインを作ってあの であのちょっととりあえずこんな考えてますけどあの全然買っちゃうかもしれませんよ
知れませんよ 逆で僕ねそうそれも言葉通り受け取って柔軟でいいですよって言うと
あわかりました本当に柔軟やっ
あの そうなっちゃうところは
そうだからとりあえず今こういうこれを起点に始めようと思ってますみたいな感じで それはもちろんねその
状況とか相手の編集者さんのやりとりの感じに応じて変わるんでしょうけど
そうですねアウトライン アウトラインあるけど変わってもいいですよって言ってもらう
いるのが一番ですね一番いいですよとしてはありがたいですよね
まあということは仮に柔軟な場合はカリアウトラインを作ってでまぁもう次書き始めて書き 始めた結果からアウトラインを動かしていくといういわゆるいつものやり方になるわけですね
そうですね自分にとっては多分それが一番ありがたいですけど やっぱりその企画案を段階的に詰めて必要な要素を炙り出しそれを名刺に分布してアウトラインを立てる
ということはしないわけですね
はいしないでしょうねー
ていうかですね実は12月にそれをやったんですね なるほどついこの間それをやって今それが飛んだしているわけです
やっぱりうまくいかないんですねこれは そうなんですよ
ちょっとねマニュアルっぽいものを作ろうとしたんで マニュアルだから大丈夫かなと思ったんですけど
なんかちょっと 書いてて嫌になっちゃって
まあ嫌になったらもう終わりですねそれは終了の際ですけども ただまぁ時間を置いて逆にあの違う形で再スタートすると思うんですけど
結局 ある種柔軟にいく場合は最終的なイメージというのは非常におぼろげな形で決めておいて
書きながら変えていって出来上がってドンとするわけですから
こういう本にしたいっていう 形を決めてそこに近づいていくようなことにはならないですよね
そうですね あの
例えばこういう雰囲気の文章にしてくださいとかいうのがあるとありがたくはないですね
なんかこう
なんて言うんでしょうね 状態なのか形態なのかに始まって
54:07
章の終わりにまとめが必ずあるのかとか そういうのは指示あると楽ですね確かに
ああそうかあの風に 構成というよりもこのこういう本になる
になってほしいなというのが共有できるとは
やりやすいのかな やりやすいのは合わせやすいですからねそこは
でまぁ別に不自由さがあるわけでもなくちょうど EU限界がそこにはあると思いますね
いやこう先ほど言いましたけど軽い文体とかいろんな話を織り混ぜて書くみたいなのが 仮に喜ばしい好ましいとしても
さっき言った書き方の場合ってそうなる保証ないじゃないですか 結局自分の出てくる文章に合わせるわけじゃないですかで自分がそのこういう文章っていいよなと思っているその
憧れの文章を 指で書かなかったらそうならないわけじゃないですか
はいはいはいはいこのやり方の子はいいずっとこうやんのか 変わらないのかなってやっぱり何回やっても硬いんですよね
成育しようが何しようがやっぱり硬くなってしまう なんかこう
普段着というらスーツを着た感じの文章になってしまうところがあって これは
やっぱりその理想のイメージから入ってないから手癖が出てしまっている常にっていうような ところなのかなと思っているんですけども
あ、古田さんはその自分の文章についてそういう感覚を見たいということですか
もっと柔らかく書きたいなと思っていてもイメージとしてでも例えば
バザール疾筆草のように書くともう読み返したらねすごい硬い文章が出来上がってるんですよ 笑えるくらいに
だからこれはこの方法では変わらないのかな
だから例えば携帯状態っていうのはもちろん当たり前ですけど操れますけど
例えばその携帯状態やけど柔らかい文章っていうのがあって
あの論文の教室とかってそうですよね 戸田山先生やったかな
戸田山さんの。あれはキリキリとした文章の度合いは全然ないんですけど一応携帯状態は状態なんですよね
そうですね 読んでても確かにもうあの
文章的なんすかね困難さとかそのことは書かれてないけどやっぱり奥深いところも当然あってまあ当たり前哲学者ですから当たり前ですけどあってっていうのがなんかかっこいいなと思って目指すんですけどそうにはならないっていうね
悲しい結末があるんですけども
57:00
あれでも素べのはすごい柔らかかったね。素べのはね柔らかかったんですよあれは不思議と
それはなんでだと思うんですよ。わからないんですよ
目標を決めてやったわけじゃないからで今僕がやってる文体がまさにそれでその状態で柔らかくっていうことしてるんですね
携帯じゃなくて状態でって僕実はね状態の本って書いたことがほとんどないんですよ
ああそう言われてみれば確かにあまり良いものなんで初めて今回そのあの一応意図があってそういう文体にしようと思ってるんですけど
どんどんずれてきます。ズレずっか。ズレずってか戻ってくるというふうに言うかな
非常に高質なあの論講というような感じの文章になるんですね。文体に引きずられてるのかなその語尾に引きずられているせいなのか僕の文章の引き出しが
あまりにも浅いからなのかわからないですけど思うようにいかないというか思う通りに書いてるからビジョンのようにはいかないっていう感じですけど
これ難しいのはシェイクしても治らないんですよね。その柔らかさを後から付け加えるというのは原理的に無理というか
まあそうかもしれないですね。あの柔らかさを後から少し軽く削ることはできるんですよ。ちょっと硬くすることはできるんですけど
これ不可逆には多分できないというか非常に難しいんですね。
あの多分治すほど自分の固有のものに近づいてきますよね。そうですね。
ということでクラシタスは硬い人だということですかね。書き言葉の場合はどうしてもそうですね。で逆に今ブックカタリストの内容を書き起こしたものを
対談集としてまとめようかなと思うんですけど逆に柔らかすぎるんですよね。しゃべり言葉を。
あのこの乖離があの僕のしゃべり言葉と書き言葉の乖離がねひどいですね。硬さや柔らかさの乖離がひどいですね。
本来その間ぐらいの硬さの文章がなんか個人的にはちょうどいいな、ちょうどいい温度やなと思ってるんですけど
それがまだうまく書けないですね。こんなに新しい文体を確立するのが難しいとは思わなかったですけども
まあ文体の確立ってまあ難しいですよね。
文体というもの自体がそもそもよくわからないところがあるし
でもね、僕は割に文体模写するんですよね。はいわかりますわかります。
わざと完全にもう真似、明らかにその人の文章の真似だとわかるぐらい真似して書いて
まあネタとしてそのまま残すっていうのもあるんですけど
1:00:01
書いた後でそれをまた直してあまりにも真似になってならないように直していくっていうのを割にやるような気がしますね。
なるほどね。まあそういう文体練習を最近してないですね。なんか昔若い頃はやってた気がしますか。
追いつかなくなって最近サボってるそこの筋肉が鍛えられてない気がしますね。
いやでもね、例えばその本の企画案を考えるときに当然内容とか構成とかコンセプトっていうのが一方であって
あとまあページをどう作るかっていういわゆる編集者側の仕事があって
であともう一個聴取者にはその文体の確立っていうのがあって
で内容と文体っていうのは基本的に別物ですけどまあ関連もしますが基本的には別物で
同じ内容でも別の文体で書くことができるじゃないですか。
はい。
で内容と文体どっちが重要かというと僕は結構文体の方が重要じゃないかと思ってる不二がありまして
はい。
あのー、いや多分読んだ本で頭に残ってるものも内容じゃなくてさっきも言ったように文章であって文章の運びであって
つまりは文体に影響を受けてるのですよ。
はい。
そう考えると
非常にわかります。
そう考えると文体の方が重要であると思うし
それことは例えばそのKDPとかでノウハウ書を読んでても
いうようなことが書かれててもやっぱりその文体的弱さっていうか滑らかさがない場合に
まあ頭に入りにくいし入りにくいってことは残りにくいということなので
はい。
いうことがあってまあ僕の中では案外その文体の重要度は高いですし
これはまあ春樹さんも言っておられたんですけど
文体とリズムこそが小説の上では重要だということを僕はノウハウ書に置いても思っていることですね。
はい。僕も思ってます。
やっぱり
でもやっぱり難しいですよね。
逆にその気持ちが強すぎて
今書きたい文体じゃないものを要求された時に書けなくなっちゃうっていう
弊害があって
仕方なく違う文体で書いた後で書き直すとか
あと僕よく携帯で書いて状態にしてまた携帯に戻してることをやるんですけど
まだこんなことやってるから時間かかんだよね
そうなんですよ。そんなことやってるから時間かかるんですよ。
さっきも言ったようにその内容はもう書くことは決まってるわけじゃないですか。ある意味では。
そんな自分の知らんこと書けへんわけだからね。
でもね文体って化粧みたいなものでバリエーションがいくらでもあるんですよね。
自分の技術で書けるラインもありますけども
同じ人間でも3パターン4パターンの文体というのをいくらでも作れるわけで
1:03:02
結局どれが正解かっていうジャッジメントその段階では存在しないわけで
こればこれこと沼にはまるんですよね。
はまりますね。
それに比べると例えば僕がこれまで書いてきた本の中では
例えばエヴァのとばめを50線とかライフハックのトークバックっていうのは
そういう僕の文体的配慮がゼロなんですよあれは。
だからねものすごく早く書けるんですよ。
それは文法的文体的技巧が凝らされてないかなぁんですけど
でもやっぱりスピードを求めるためにはそこは捨てないといけないのだろうなというのは
実感としては感じてますね。
そうなんですよね。
でもまあでも
倉下さんがそうなら自分にできるわけないよなぁって感はそうありますよね。
だから不思議なことに不思議ではないんですけど
あの今書いている本の文体的こだわりでいいってなることはあっても
ライフハックのトークバックでは困らなかったですね。
つまり簡単に捨てられたわけですよそこは。
だから対象向かい合ってるオブジェクトが自分にとって
なんであるかによって変わるんですねこのこだわり感というのが。
で結局どちらの本もある種レファレンス的に使ってもらえばいい本なので
読み物ではない。
もちろん読み物的文章もありますけど
主要な目的が辞書的なものなので
だから僕の中のこだわりが多分そこはひどく薄いで済むんでしょうね。
その切り分けができるとちょっと楽になる。
まあその本番の難しさは何も変わらないけど
本番以外の仕事での型の抜け方が出てくるんかなという感じですね。
それが僕できないのかもしれないですね。
文章に運んでもらわないと進めないっていう
なるほど。
それは技術的に。
そう、その趣味とかこだわりというよりも技術的にそれがうまくできなくて
文章で勢いつけないと書けなくなっちゃうみたいなところがあって
結構そこは仕事として書く上では致命的なんで直したいなと
思ってることですね。
そうですね。
まめわざ50の場合はあれね確かね文字数決めてたんですよね。
ワントピックスの。
はいはいはいはい。
3ツイートぐらいにしようかなと思って
それは制約決まってるんで文章に運んでもらったら逆に困るじゃないですか。
なので結構割り切って書けたところはありますね。
あとLivehackの道具箱は僕の主観で語ることを極力下げてたんで
初めにと終わりに以外はツールのスペックだけを極力主観的に語ろうとしてたんで
そこまで語りの要素が少なかったから簡単に
だからやっぱ内容と関係しますねこれは。
そうですね。
1:06:00
自分の思ってることを語りたいとなってきた時にそういうのが出てきますね。
うにょうにょと。
まあそうなんでしょうね。
でもだから内容を変えるしかないんでね。
だからその簡単に書こうと思ったら内容を変えるしかないっていう
なんか非常に現実的な話ですけども。
まあそうですよね。
僕だから仕事で書く報告書でさえそういう傾向があって
ああなるほど。
だから逆にどうしても書けなくて切羽詰まって
明らかに報告書に不適しくない文体で書いて
後からそれをその部分を削るみたいなことをするんですけど
アホみたいだなと自分で思いながら。
でもそういう工夫が必要なんでしょうね。
僕の場合は職業的にやってますし
ある時期毎日ブログを書いてたので
毎日ブログを20日書くっていうのはね
あの修行で言うと相当ハードな方なので。
いやそうでしょうね。
あれで文章をひねり出すっていうか
あの指に任せて書くっていうのが
だいぶできるようになりましたね。
そうか。修行が足りないのか。
いややっぱり毎日ブログを書くと
なんか自分の中で不完全なものでも
もうパブリッシュボタンを押さえられないタイミングっていうのを絶対やってくるんで
そこでそのある種の低感?諦め?
あの独自の作家さんがライティングの哲学で言ってた
諦めっていうのをそこで学んだって感じですね。
そういう面はあるんでしょうね。
結局はどっかで何かして全部諦めるわけですからね。
完全な本なんてのはないわけで。
まあそう。
そうなんですよだからどれだけやろうが
もう理想には到達しないので
どれだけやっても多分最後には諦めることになるんですけど。
だからその諦めどこまで頑張るかっていうのも
当然クオリティーに影響はしますよね。
だからあの野口さんの8割原則という話がありますが
結局その8割原則ってコモディティーになっちゃうんですね。
8割原則ってもののことを済ますと。
で、例えば会社の中の会議のプレゼンテーションは8割原則でいいですけど
まあ出版物本流を作る場合ってその8割の残りの2割にどれだけ力を入れられるかで
最終的なクオリティーっていうのが多分ね段違いになってくると思うんですね。
ちょっとの違いというよりは明らかな違いになってくると思って
文書の遂行とかもそうじゃないですか。
あの綺麗に読めるようになってからの2、3回のアクセルが非常に重要で
だからそこのこだわりはいいんですけど
やっぱりそのさっきも言った分体的こだわりとかって
もうなんかそれ趣味の話じゃないのっていう領域も混じってるんですよね。
混じってますよね。
このクオリティーを上げるというよりはお前のこだわりを満たしたいだけじゃないのかっていう話もあって
だからそこをこだわることは別にいいこととは言えないんで
1:09:04
だから何でも頑張ることは言えることではないとは言えるんですけども
でも難しいですよねそれは。
そうなんでしょうね。
だからそこの自分のその欲望の部分とどれだけ切り離すか
もしくは切り離さないかっていうのも難しいところですよね。
難しいところです。
文章の読みやすさを向上させるこだわりは僕はもう最後までやったほうがいいと思いますけど
そうじゃない堀方っていうのは実は無用ですしもしかしたら有害である可能性すらあるんで
それは結構自分ではジャッジメントは難しいですけども
そこへんはホイホイとしていても案外商品というか製品としてきちんと成立するんだよな
読みやすささえ担保されていればってことですけど成立するんではないかなという気がしますけど
そうなんですよ。そうなんですよ。
口で言うのは簡単だっていう類の話ですけどねこれは。
まあでもそれは明らかにそうだと思いますよ。
それとその何でしたっけ。何について話してるんでしたっけ今。
ノウハウもいかに書くかで始まって書くためにその当初は最初は企画案をどう詰めていくかっていうことを話すんかなと思ってたんですね。
つまりブレイクダウンしていく話になるかなと思ったけど二人ともその方向じゃなかって結局ボトムで自分の書ける文書しか書けないっていうところになって
今この形になっているわけですけども。
そういうあり方である人間がどのように企画を作れるのかということですけどね。
だから難しいんですよね。企画案を考えること自体はもちろんいくらでもバリエーションがあって思いつくんですけど
それを書けるかってなると別のビクトルが動き出すんですよね。
で、立てた企画案を書けないってことが普通にあり得てしまうので。だからどう進めるのがいい?
どう進めるとヘルシーというか進めやすいというかスムーズというかそういうのを見出すしかないんでしょうね。
コンセプトを先に立てて固めてしまうやり方はこの二人には合わないんだろうなと思う。
さっきも言ったようにでもスピードを求める場合はそれができないと話にならないとは思いますけどね。
はい、そうなんですよ。
そうか。だから枠先に枠運が決まっているとさっき言ったそのこだわりが出てこにくくなるとか出る余地がない?
1:12:04
もう書くことが決まっているんである種全体がもう有限化されちゃってるんで僕らが持ってるこだわりが顔を出しにくいから進めやすい。
でもまさにそれをしたいからこそやってるっていうところがあって。
そのいわゆるこだわりなのかどうかさえも自分たちもよくわからないですよね。
確かに。
欲望としか言いようがない。
確かに欲望としか言いようがないですね。
冒頭に引用する適切な文章を探すとかもこだわりの部分もありますし、本のクオリティ上げる意味にもなりますし、
A章1章と2章の構造的対応を揃えるとか、目次の見出しの文字数を全部揃えるとかは、これはこだわりの部分やで。
こだわりですね。やっちゃうんですよね。
それはたぶんいらないこだわりなのかもしれないですね。
1人でやってると締め切りもないし他者もいないからいくらでもこだわれちゃうっていうのがネックなんでしょうね。
楽しんじゃうんですよね。
そうね、わかります。
仕事の報告書だったら別にそれでやるんですけどねっていう、その時に、じゃあその通りにやった方がいいのかもしれないんですよね。
その仕事の報告書だと思って、やった方が場合によってはいいのかもしれないんですよね。
逆に言うと、一回やってみてっていうところですよね。
今、基準の空論を知るんで、やってみて本のクオリティが変わらない、ないし、ちょっと上がってったらむしろその方がいいわけですし、
やっぱりねえってなったらちょっと引くみたいな感じで、だから実験が不足してる部分はあるでしょうね、きっと。
そうですね。それで完成まで持ってったことないんですよね。
うん、わかります。
だいたい途中でやんなくてやめちゃうんで。
完成までもしそれで持ってったら実は意外に悪くないっていう話なのかもしれない。
そうですね、そこ家庭用の意気がまだ出ないんですけどね。
例えば商業出版で締切があれば、そうせざるを得なくなって、結果的にそれでできるのかもしれないんですよね。
いやだから今回主要なテーマ、ノウハウ章はどんな要素を盛り込むかとか、どんな風に考えるかっていうのがメインテーマやったはずなんですけど、どうやって方法変えるかっていう。
いやでも、決めてないんですもんね、二人とも。
決めてないです。
例えばアウトラインプロセッシング系の本やったらスクリーンショットを多めにしようみたいなコンセプトは最初にあったと思うんですよ、きっと。
1:15:01
それともあれ書きながら出てきました?逆に。
いや、まあ結果的に多くなるだろうなと思ってましたけど。
だから最初は今までブログとかに書いてた記事をまとめて作ろうっていうのは最初はありましたよね、一番最初のやつは。入門はそうでしたけど。
そうですね、2冊目3冊目はあんまりなかった。
出たショット勝負というか、素材任せであって、だからコンセプトをそこまで詰めてないんで、コンセプトの詰め方がわからないんで、主要なテーマが発展しないんですけど。
いやでも、なんかでも方法論あるはずですけどね、こういうノウハウ章を考える上での。
それが一般化されないと、よりノウハウ章が増えないですよね。
で、例えば僕らのようなやり方を皆さんしましょうって言えないですよね、僕は多分言えないですよ。
言えないですよね、やるべきではないような気がします。
なので、こういう点が抑えてあるノウハウ章はいいよっていうようなことを言えたらいいし、それを自分も参考にできたらいいなと思ってるんですが、いかんぜん2人に引き出しがすぐなずきたので。
でも一つあるとしたら、見本を、見本用の見本じゃなくて本物の見本を使うっていうのはありましたね。
本物の見本を使うために、結果的に実況中継的な感じになっちゃったっていうのはあるかもしれないですね。
なんか実況中継的なものを好きやからというわけではなくて?
ではないです。
あれ、つらい質問だったね。
僕のノウハウ本で見本用の見本が、結局見本に出てた通りにやろうとしても現実にはなかなかそうなりにならないなっていう経験が結構あったんで、逆に偏ってもいいから実際の見本を使うっていうのは、その結果ああいう形になったかもしれないです。
リアルというのはリアルさを目指すっていうコンセプトがあるわけですね。
そうですね。後付けすればそうかもしれない。
僕は唯一言えるのは、そもそも論から入るっていうことですね。僕がノウハウ書くときに心がけているのは。
例えば、津倉っぽくす場合は、常行性とは何かっていう話が始まってますし、滑脳はそもそも論だけでできてますから。
そうですね。全体がそもそも論ですね。
僕はそこさえ外さなければ、具体的なノウハウってあとはもうほとんどどうでもいいというぐらいのことを思っているので、
結局ノウハウって作られるものやと考えているから、そのノウハウさえ皆さんが共有できたら、あとは使い方次第だよっていうところなんで。
でもそれ以外はもうほぼ考えたことないですね。もちろんわかりやすい説明をするために、その順番、話の順番をきちんと検討するみたいなもありますけど、
1:18:02
でもそれも唯一絶対の方法ではないなっていう気はしてて、
逆に最初疑問のある書き方をして、それを後から埋めていくような書き方も多分成立するだろうなという予感があって。
はいはい。
だからまあ、そもそも論だけですね。僕の中での基本コンセプトは。
確かに倉下さんの本からそもそも論を外すと、成立しなくなるものが多いですね。
多いですね。
確かにその…。ごめんなさい。
その分、ある種の人たちにはちょっと遠回りというか、わかりづらいって言われる側面でもあるんですよ、その底が。
まあそうでしょうね。
でも倉下さんの本たるところはそこですよね、確かに。
そうでしょうね、きっと。
それ自身もやっぱり同じように僕は底を考えるのが好きだからというところですね。
だからこだわって外せないというか、そこを外しましょうって言われた時にきっと軟殖を示すと思いますよ、僕は。
軟殖を示す。
恐らくはうーんって言うと思いますよ。
うん、確かに。
ああ、そっか。だからあれですね、術の全部そもそも論なところが面白かったっていうのは一つありますよね。
あれは振り切ったって感じですね。だからあれは、いわゆるノンカウンションの方向に寄せるんじゃなくて、むしろ、ある種の学術書とか研究書に近く、ちょっと半歩ぐらい寄せた感じですね。
うん。
なるほど。なんかちょっとわかってきた感じしますね。
でもあれと同じメソッドを他の分野でも展開できるのかは謎なんで、結局一回きりの技かもしれないですね。
いやまあ個人的に、このいわゆる実用の分野でのそもそも論って本格的に展開されてないと思うんですが、ノートとかは何かって初めて論じたわけですからね。
そうですね。でもだから例えば超整理法がやっぱりすごかったのは、整理とは何かっていうことを論じたからですよね。
うんうん。
いやだからタスクリストは何かも、ちょっとリビジョンで論じてますけど、もっと本格的に論じることもできると思うんですよね。
まあそこはかなり、やろうと思うとかなり実は、深く、
思いますよ。
惚れますよね。
まあ基本的に例えば過剰が来たら何かって話もありますし、リストを使って人の自分の行動を管理する行為は何かとかっていうこともありますし、そうしたリストがログとして残っていくみたいな情報の変異からも論じられますし、だから結構面白いんですね。
そうですね。
まあそれぐらいかな。だから2人から何か学べることがあれば、リアルさとそもそも論で、しかも両方ともちょっと異質ですよね。そのいわゆるビジネスノウハウ賞からすると。
1:21:06
まあビジネスノウハウ賞、ビジネスノウハウ賞を書けるような人間でもないしなと思う。
まあ看板が必要ですからね、ああいうのは。
そうなんですよね。
だからそうですね、皆さんがノウハウ賞を書かれる場合はやっぱりリアルさというか、自分がやってることをスタート地点に書かれた方、素直に書かれた方が多分一番役に立つ形になると思うんですよ。
妙な一般化をするぐらいであれば、素直に自分がこう考えてこうやってる。
特に重要なのはね、これをやろうとしてこれがうまくいかかったからこうしたみたいな経路があると、がぜんやくだっ地図が上がるんで。
そうなんですよね。
だからその辺、まあそれがリアルさでもあるんで、そこの辺を抑えられると、まあそもそも別に考えなくてもいい、でも自分がなぜその方法を使ってるかっていう意味でのそもそも論はあってもいいかもしれないですね。
そうですね。
そう、だからリアルな自分の実例だけでもかなり参考になると思うんですけど、ただその時に「それ俺々ノウハウじゃないのか」って言われた時に反論できないと悲しいことになるので。
確かに。
それを示した上で、全体を一般化するんじゃなくて、これを、そこのなんだろう、それが自分にとってその役に立つノウハウになり得ているのはなぜかっていう事にちょっと触れてあるとだいぶ違うし、それがもしかしたら、もしそこうまくできれば実はそこがもう既に一般化への入り口になってる可能性もあるんですね。
おそらくそういう事だと思いますね。だから本当に役立つ一般化は具体の中にしかないっていうことだと思います。
そうそうそう。最初から一般化しようとすると、かえってなんか、なんかよくある話だよねみたいになっちゃうこともあるし。
これも一般化ですけど、確かにリアルに、リアルな実例から、その実例がなぜ機能するのかについてちょっと考えるっていうのが一つ。
よく考えてみれば自分がやろうとしたのはそうなんですけど。
そういう事だと思いますね。だからそういう部分があるからこそ他の人に開かれた方法になりますし、多分その議論の余地が発生しますよね。
そこの前提はそうじゃないんじゃないかっていう風に話し合いの幅がありますけど、この方法論がいい、俺が開発したっていうのではあれば議論の可能性がないじゃないですか。
1:24:07
イエスかノーしかないですか。
そうなんですよね。
それは広がらないんでね。やっぱりそこの部分的考察があった方が知識のシェアとしては意義があるものになるでしょうね。
だからやっぱりデビット・アレンの最初のGTリボンがあれだけ良かったのも、それまで一般的だった方法がなぜうまくいかないのかっていう話から入ってたんですね。
確かに確かに。
だからあれだってよくよく考えたらデビット・アレンの個人ノウハウなんですけど。
でもやっぱりその部分があるんで、そこにすごい説得力があったんですよね。
特にあの時に読んだ時にはすごく。あの時代にはものすごい説得力があって。
だから超整理法も一緒なんですね。既存の整理方法がなぜうまくいかないかから入ってて。
おそらくですけど、そのせいで一時期のビジネス書ってほとんど同じフォーマットで書かれてるんですよ。
既存の方法を論してこの方法がいいって言って。
要するにフォーマットが先にあるんで、その論庫が後付けなんですよね。
だから役に立ってないんです。
取ってつけた理由をただ述べてるだけだから。
その部分ってほとんど文字が埋まってるだけ。
でもやっぱりそこにちゃんとした考察があった方が、実だからこういう状況がよくないからGTDって方法があるよっていう。
そのGTDがあるようが使えなくても、その方法論、状況の考察があったら、
じゃあGTDはダメやけど、これがいけるんじゃないかっていう大案が出てくるじゃないですか。
だからやっぱりその、今例えば機能していないものはなぜ機能していないのかっていう論庫はめちゃくちゃ自由で、
しかもそれを個人的な話から始めていいんですね。
私がこのツールを使えなかったのはなぜかっていう論庫から入ってもいいし、
いわゆる野良鉄研究所っていうブログがやってることなんですけども。
まさに無所属してる。
あれが役に立つ、そうですね。役に立つという言葉が多分一番ぴったりきますね。
野良鉄研究所はあれすごいのは、
すごい役に立つ一般的なノウハウが書いてなくても、
これが自分はできなかったって書いてるだけで役に立つんですね。
すごいなと思って。
でもそういう一番役立つことはそういうことなんじゃないですかね。
やりたいけどできないこととかやろうと思ってできなかったことから浮かび上がるものがあるっていう。
できてしまうことって情報ゼロじゃないですか。できた終わりっていう。
だからやっぱりできてなかった方から昇者される、
浮かび上がるその物事のありようっていうのがあるんじゃないですかね、きっと。
1:27:03
だから野良鉄さんはたぶんそんなに実用性ということを考えて書いてるわけじゃないと思うんですけど、
たぶん自分の経験をシェアしてる、記事のタイプにもありますけど、
でもそのなんで自分はこれがうまくいかないのかということを徹底的に考察するじゃないですか、野良鉄さんは。
それを読んでるだけで実は、結構実用的にでもあるという。
だから、ああいうアプローチってあんまりなかったなと思いましたね。
だからあれも徹底的なリアルさで、ある種のバーチャルな記事体験があそこを読まれるんですよ。
そうなんですよ。
だから即座に「はい、これ役立ちますよ」っていうアイテムを手渡されるよりは、
ある種の師匠の動きを真似するみたいな感じの体の動きを覚えるみたいな、その疑似トレーニングがあそこではあって、
結局だから、たぶん結論としてスクラップウォークスを使おうってなってるけど、自分は違うってことは全然あり得ますが、
ツールを使う上でどういう点に引っかかるのか、どういう点がミスがあるのかっていうことが考察されてて、
そういう考察がないと、自分はツールをろくに扱えないダメなやつっていう、非常に雑な結論が出がちなので、
だから一通り考察してみる経験っていうのは大切でしょうね。
そうですね。
後半も全然違う話でしたか?違う話じゃないか。ノウハウをどう伝えるかって話ですけど、
もしこれ聞いてる方でこういうノウハウ章なら読みたいとか、
あるいは自分がこんなノウハウ章を好んで読んできたみたいな情報があれば、
ハッシュタグ打ち合わせキャスト、平原で打ち合わせアロフェットキャストまでいただければ、クラスチャーがチェックしたいと思います。
ちなみに何かたくさんご連絡とどうございますか?
特にはありません。
はい。じゃあ今回はこれまでにしたいと思います。お疲れ様です。
お疲れ様です。
01:29:13

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