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スピーカー 2
でも形を変えて別の場所に移行して、移動のタイミングでまたコンテンツがリフレッシュというかリストラクチャリングされることがあるとしたら、それはそれで一つ。
コンテンツの質としてはいいのかなっていうところと、逆に歴史的価値とかあるいは資料として残すっていうことはまた別途の問題としてあるので、両方考えていかなあかんかな。
インターネットアーカイブも限界があるでしょうから、あれは便利は便利なんですけどね。
この辺、この最良の個人が上げていくウェブの情報とその保存っていうことは、いろいろ考えないと。
例えば平安時代であれば、そもそも残りようがなかったものですから、そんな時代に比べればあるかに残るようになってるんで、進歩ではあるとは思うんですけどね。
まだジェミニがGoogleワークスペースということでいろいろ新機能が増えたらしいですが、あんまりチェックしてないんですけども。
GoogleのジェミニはGoogleアカウントと紐づいていて、GmailとかGoogleドキュメントのソースにしてどうのこうのができるという点では優れているのかなというところで、
一応Googleさん曰く、そういうソースは学習データには使いませんよということが書かれているらしいんですけど、本当だよなっていうところもあるんですが、割り切って使えば非常に便利かなと思います。
ツイートなんですけど、前回かな、これは反応はあれなんですけど、僕はRoozlyphを使っているという話をどこかでしたと思うんですけど、使っているというか使い始めたという話をしたと思うんですけども、
Twitterで桐原さんという方が面白いツイートをされてまして、Roozlyphという名前のRoozっていうのは当然ズボーランナーとかそういう感じだと思うんですけど、ストリクトの逆だと思うんですけども、
そういうルーズ感に親近感を覚えて使う仕事のパートナーにするとダメになると、使用者側がルーズであることは済まされず、適宜管理をしないとただのゴミ屑になってしまうというツイートなんですけど、
これ非常に本質的な指摘だなと思ったんですけど、Roozlyph自体がルーズだから使うたびに使用者がルーズであることは許されないんですよね、基本的に。
逆に許されなくなる。
ルーズのまま使うと紙をその辺にばらきさせているのと同じなわけで、そのルーズをどうマネジメント、管理、コントロールするか、そこがバインダーの運用という話になっていくんですけど、
普通のノートだと入れ替えとかができない分、関与ができない分、あんまり悩むこともないし、逆に失敗することも少ないわけですけど、
Roozlyphだと考えなければいけないことが多分増えるんですよね、管理者の視点というのは。
で、多分あまり人気がないんだろうなと、人気がない、うまく使えない人が多いという感じかな、きっと。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
実際、無限の使い方ができますから。
で、例えばシステム手帳の場合、手帳っていう役割のフレームワークがあるわけじゃないですか。
で、日付順にページを並べるっていうのは、深い検討がなく、スタンダードあるいはデフォルトの使い方としてあって、
そのプラスアルファのアレンジでどんなページを差し込むかっていうことがあるわけですけど、
通常の趣味のとか、あるいは知的生産におけるノートの使い方っていうのは、フレームワークそのものがない状態から始まって、
それを組み立てていかなければならないということは、あんまり僕らのノート教育にはない観点というか、
そんな訓練をしないままに、僕らは大人になってるんで、
たぶんルーズリーフっていうのはあんまり使えないんだろうなというふうにちょっと思いましたね、これは。
スピーカー 1
そうですね。で、前回ルーズリーフの話が出たとき、一つそういえば忘れてたかなと思ったのは、
インデックスの使い方って習わないですよね。
スピーカー 2
インデックスの使い方習わないですね。
スピーカー 1
耳の付いたインデックスって教えられないですね。
で、たぶんルーズリーフとインデックスって非常に近しいというか、
インデックスあってこそのルーズリーフみたいなところもあるので、
ルーズリーフをルーズじゃなくすツールがインデックスと言えないこともないかもしれないという。
スピーカー 2
一次元の構造を与えるためのツールですよね、インデックス。
スピーカー 1
そうですね。で、ルーズリーフがOSだとすると、アプリケーションとなり得るのがインデックスの構造ということになるので。
スピーカー 2
インデックスとインデックスの間に何を入れるのかっていうことを書いて、順番並びを決めるということで、
高校生、大学生レベルだと教科ごとにインデックスつけてっていうところまでは行きますけど、
でもどんな順番で並べるのかは難しいですよね。
スピーカー 1
そうですね。単純に授業の順番で並べる。
スピーカー 2
高校なら私も大学ぐらいの研究とかでルーズリーフ使うってなってくるともうちょっと自由度が上がって難しくなる。
プロジェクトごとに切るのか、例えばプロジェクトA、プロジェクトBみたいにスレッドを作っていくのか、
あるいはタスクのスレッドがあって、資料のスレッドがあって、タイプごとにスレッドを分けることもできて、
これ結局デジタルノードの使い方の難しさとかなり重なる部分があるんですよね。
重なりますよね。
僕らそういうのはあんまり情報整理学っていうのを学ばないままにルーズリーフを使うとなかなか難しいなという感じですね。
スピーカー 1
そうですね。結局ルーズリーフのノートって普通のノートの感覚で捉えると、
ルーズリーフを一冊のノートとして使っちゃいがちなんですけど、
本当だったら切り離して家のキャビネットに整理されててもいいわけですよね。
その日に使う分だけをノートに挟んで持ってくるという形があってもいいわけで、
そういうやり方っていうのはまず学校という場では学ばないですよね。
スピーカー 2
ノートの書き方すらも普通の授業のノートの書き方すらも多分教えてもらわない。
方法っていうものをあんまり重視しないのが日本の教育なんですけど、その代表例みたいなところですね。
やっぱり版書を書き写すイメージとらえてしまう。今どうなんでしょうね。今でもそうなんですかね。
デジタル化しているとは思いますけど、iPadとかで。
逆。
スピーカー 2
でもなんかバカおかしいですよね。iPadを買っているのに版書を写すのってなんやろうって。
スピーカー 1
逆にパワポンになっちゃってるのか。大学は結構そうだったりする。特に大教室の授業とかそうだったりするかもしれないですけど。
スピーカー 2
Evernoteが入り始めた頃はスマホで黒板をスクショしてEvernoteに保存してみたいな、
デジタルとアナログの中間地点みたいなやり方がくぐるぎゃみたいなことがありましたが。
そもそもデータでくるよという話なんですけど、その黒板を。
スピーカー 1
まあ確かにね。
スピーカー 2
でもやっぱり黒板を使う人の意見で言うと、
授業の先生のタイプによって、版書のためのノートをまず授業の前に作る。
ノートはその版書を写すだけの作業の人もいれば、
版書を使って考えながら、自分自身が考えながら説明するタイプの人もいて、
校舎の人はあらかじめ作ってくださいよ。無理なわけ。
無理というか意味がないわけですから。
それは黒板が必要なんですけど、
ノートから黒板に黒板から生徒のノートにみたいなことを全く同じものを写してるんであれば、
データでくれたらほうがいいというところ。
この辺もだからやっぱり特に大学とかは先生によってスタイルが違うので、
授業の難しいですけどね。
まあ難しいですね。
スピーカー 1
でも版書をカメラで撮って家に持って帰ってゆっくり自分で書き直す。
特にデジタルの場合は編集しながら書き直すようなことをもしすれば非常に有効だと思うんですけど。
スピーカー 2
そうですね。それは間違いないです。
スピーカー 1
版書を撮ったまま終わっちゃうケースが多いのかもしれないです。
スピーカー 2
そういうパターンが多い。念のためにという感じで。
その辺の授業、学び方とかノートの使い方、研究の仕方みたいなそういう方法論がわりかし空いているので、
ルーズリーフみたいな自由度の高いツールは難しい。
逆にだからルーズリーフがうまく使えるんであれば、
デジタルノートの変理みたいなもの、全体ではないし、
こう使えばいいんじゃないかなって勘どころの練習になるんじゃないかなというのはちょっと最近使ってて思うんですけど。
スピーカー 1
そうですね。デジタルを有効に使うための非常に良い訓練というか、
下ごしらえというか、精神的下ごしらえみたいな感じになりますよね。
スピーカー 2
物的操作から慣れた方が、いきなりデジタルで混乱するよりは一回アナログ的な操作を含んだ方がおそらくはいいでしょうし、
僕、先ほど出てきたインデックス使ってないんですね。
スピーカー 1
見たことないですね。
スピーカー 2
全部並べている。これでも別に使えるわけですね。
僕のエヴァノートとかコセンスとか全部そうなってるわけなんで、
インデックスなしでページ順に並んでいるという感じでもいけるので、
そういう感覚でも使えるし、インデックスで高速化することもできるということで、
案外いいんじゃないかなと。
やっぱり半年、1年くらいまではノートはページ数が多いほど偉いみたいな観念を持ってたんですけど、
最近ちょっと改めまして、
先ほど言われた今日の授業で使う分だけをルーズリーフに挟んで持っていくという学生的運用があると思うんですけど、
直近自分が興味があるHotのテーマのページだけバインダーに挟んで、
それよりも使い終わったものとかはもっと大きいバインダーで引き出しに置いていくというような
二重の運用ができるのがルーズリーフ的なので、
その辺のHotとアーカイブを分けつつ、
1枚のノートをツールでできるっていうところを活用できないかなって考えてますね。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
これはまた新しい使い方を検知したら報告すると思うんですけど、
もう1個ね、さっき見かけたツイートなんですけど、池田さんという方のツイートで、
生成AIはいろんな情報を拾ってそれっぽく並列させるのは得意だが、
リニアな強い筋を作るのは弱いように思うという指摘があって、
これなかなかポンと負に落ちたなという感じで、
これまさにその通りなんですよね。
生成AIの答えはチャットに書き込まれるんで、書き込まれた文章自体はリニアに並んでいるとは言えると思うんですけど、
筋として強いか弱いかというと非常に弱い。
というか、筋がない?
情報を広げるだけ?どうですか?いろいろありますよっていう感じで、
理論とか議論そのものに筋がない、作らないようにしているのか作れないのかはちょっとわからないですけど、
読んでた時も何かある一人の人が議論を展開しているものを読んだ時に感じる感触はやっぱりないなというのはちょっと思いますね。
スピーカー 1
これだから多分、おそらくですけど、生成AI、
スピーカー 2
池田さんは逆にこれまでの特にポストモダン的なものはある一方の筋を使うんではなくて、むしろ分散的に並行的にっていう思想がありがたがられたと言うとちょっとあれですけども、
特に思考のエンジンとかもうそのある種の迷路的なものっていう迷宮、迷宮的なものかな迷路じゃなくて迷宮って増えたと思うんですけど、
いろんな道筋があることがコンピューターの可能性だっていうことをおっしゃられてて、確かにそれ一つの面としてあって、
逆に人間の現代で残された議論で言うとこの強い筋を作っていくことが一つのスキルというか、得たい力みたいなものになっていくのではないかというような指摘がありまして、
スピーカー 1
これも多分そうなんでしょうね、きっと。なんか読んでて感化される、関心を受ける、あるいは挑発されるなんでもいいですけど、そういったものはやっぱりその強さから生まれると思うので、
スピーカー 2
情報発信というような表現を越えた何か、発表活動っていうものにおいてやっぱり強い筋を作れることということは重要になってくるんではないかと、相対的にですよね。
綺麗な情報をまとめて提示するということが、例えば2020年、2010年ぐらいまでは一つのスキルとして有効活用されてきたかと思うんですけど、今後それは強みでもなんでもなくなってくるんで、
フラットできめ細やかな、行き届いた文章ではなく、ある種の強い筋を持った文章を書ける能力というのが、人の書き手の仕事に、書き手の仕事というかなんですね、発表者の仕事になっていくんではないかなというのはちょっとおぼろげに感じましたね。
スピーカー 1
語りですよね。
スピーカー 2
そうですね、語り方、語れる力、語りたいことがあるっていうようなことがポイントになるんかなと。
で、パッと思い出したんですけど、前回の171回かな、171のナレッジツールに対する想像力についてという話を受けて、飯田さんという方がね、ChatGPTと2つ対話をしてくれた記事がありまして、
ナレッジツールに対する想像力とAIと書くことって2つのお題がありましてね、読んだんですけど、非常に面白いんですよ、これ。
今まで言っていた話を多少ひっくり返す形なんですけど、ハイデガーの視点が採用されていて、実音的なものとナレッジを扱うこと、あるいは書くっていうことっていう関連があって、
僕もおぼろげにこのハイデガーとの関係を論じられそうやなと思ってたんですけど、僕はハイデガーが詳しくないからわかりませんけど、おおむねハイデガーっぽいことが論じられてるんですよね、これ。
すごいなぁと思うんですよ。もちろんこのテストでどうということはないですけど、書くっていうことを考えたい人がここにいると。
どう展開していいのか、全然ヒントがないって時に、この文章に出る、そうか、ハイデガーっていうのを勉強すればいいんかっていうヒントに確実になると思うんですよ、これは。
成果物の終わりとしてではなく、始めとして、あるいはそのもっと手前の起点としてチャットGPと相談することによって、人類が自分的に積み上げてきたものの中に、ハイデガーという人がいましてですよっていう感じで教えてくれるものだとしたら、これ非常に有用やなというのは思いましたね。
スピーカー 1
問題はその有用性をハイデガーを全く知らない人が感じるかどうかですよね。
スピーカー 2
難しい、そこが難しいところですね。そこが難しいところで、僕は多少ハイデガーがどういう人かっていうのはある程度分かってて、もちろん読んでるから。
そこは確かに僕自身がもう判断できないので、知らない人がこれを読んだ時にどう感じるのかというところを聞きたくはありますね。
スピーカー 1
そうなんですよね。だからそのハイデガーに至る道筋、どういう経緯をたどってハイデガーに至るのか、ハイデガーというものを知るのかっていうところの道筋が欠落しちゃうわけですよね。
確かに確かに。
それが良いとか悪いとかではなく、その欠落がどういう意味を持つのかっていうのが正直ちょっと分からない。
スピーカー 2
例えばですけど、全然ハイデガーを知らない人が、例えば筒井康隆とかを読んで、そこでハイハイガーという言葉が出てきたとして、
読んでみようかっていう動機づけの持ち方と、このGPTのやり取りでハイデガーという5文字のカタカナが並んでいるのを見た時に、
関心を持って読もうとするのか、あるいは単に辞書だけを引いてハイデガー、ウィキだけ読んでハイデガーってこうやって理解するのに留まってしまうのか。
スピーカー 1
モチベーションの大きさとか方向づけが違うとしたら、ちょっと違うことにはなるでしょうね。
スピーカー 2
良くないかどうかは分からないけど、違いますよね。
スピーカー 1
それはGoogleというものが出てきた時点ですでに同じようなものが発生してるわけで、歴史上何回も多分そういう瞬間っていうのがあったと思うんで。
だから良くなったとか悪くなったとかということでは全然ないと思うんですけど。
スピーカー 2
そうですね。気になるところではありますね。だからこの生成AIとのやり取りで、多分カントリーン理学とかハイデガーって言葉、あるハイデガーが実論っていうものを扱った、
それは既存の哲学とは違う節目があったみたいなことを仮に知ったとして、
より好奇心が前に向くのか、そんなものだという理解で終わるのかっていう差をこういった文章が生み出す力を持っているのか持っていないのか。
さっき言った強い筋っていうものが人の情報の需要に差を与えるのと同じように、
こういう情報の提示の仕方が既好奇心を開くのか、それ以上開かないのかという差は少なくない影響を及ぼしますね。それはもちろん。
スピーカー 1
そうですよね。さっきの強い筋の話とおそらくハイデガーに、さっきの話でハイデガーに至る道筋って何か関係しているような気がしますよね。
スピーカー 2
うん、それは思います。
例えば筒井康隆の何かを読んでハイデガーを知ったと言うんだったら、おそらくその人にとってのハイデガーというその名前、その印象の背後には筒井康隆というか、ただの教授的な語り口がね、たぶん分かちがたくであるんですよね。
スピーカー 1
そのありなしっていうのは結構大きな違いを生みますよね。
スピーカー 2
何も知らんでみたら、カタカナの5文字でおそらく人の名前だろうぐらいのその印象の弱さ、平坦さっていうのがあって。
他の、例えば別の本で同じ名前を見たときに形成される印象の弱さは、たぶん変わらないままで、たぶん深まってはいない。
横に広げてはくれるけども、もう一個深いところに誘ってはいないような気がしますね。
スピーカー 1
ただ逆に今までだったら至らなかった何か、別の深さに到達する可能性もあるのかもしれない。
スピーカー 2
少なくとも僕自身、会話の議論として紹介されているものがある程度知っているということを上で、この話を読んだら、
少なくとも自分なりの議論の筋の立て方っていうことが確実に見えてきますし、
それはある手前勝手に考えたものといえば、言ったら生成AIが勉強してきたもの、つまりある程度の人文的な積み上げの議論を参照しながら進められるわけですから。
それは深さとしてはより深いところに行けるでしょうけど、その深さに至る手前のところ、門をくぐるかどうかの役に立っているかどうかっていうと。
だからハイデガーで文字が出てきたときに、生成AIにハイデガーのことを面白く紹介してくださないと、追加で聞けばまた違うアウトプットが出てくるはずで。
やっぱりその人がどうプロンプトの引き出しを出せるのかというところで、このやりとりもどんなふうにやったかはプロンプトはわからないですけど、
こういう面白いアウトプットが出せる命令というかプロンプトを入力されたんだろうなと思いますけどね。
スピーカー 1
確かにこれどういうプロンプトを入れたのか気になりますね。
スピーカー 2
論点がきちんと整理されていて、AIとともに書くっていうことは、なぜ書くとか、誰として書くとか、誰に向けて書くみたいな話を挙げられていて、その軸に考えていけばいけるでしょうし、
ハイデガーが論じられているってことは、僕自身これを読みながら、アレントの3つの活動のうちの現れに関する話としてつなげられるだろうなと読みながら思ってたんですけど、
やっぱり広がりは全然あって、こういうのが、ある種機械との応答でこういうのができるということ自体、ある種SFだよなとは思いますけど。
スピーカー 1
そうですね。逆にそういう応答ができるかどうかで、ものすごい差が出ますよね。
スピーカー 2
出てきましょうね。これはね、間違いなく出てくると思います。
スピーカー 1
今までの以上の差が出ますよね。
スピーカー 2
出てくる。これは適切なキーワードでググれるかどうかという差ではないですね。
スピーカー 1
そういう世界ですね。
スピーカー 2
それは間違いない。
スピーカー 1
そういう問題とはるかに超えた差が出ますね、きっと。
スピーカー 2
だからこれがいわゆる間対効果というやつで、ある能力を持っている人はより高まっていくし、そうじゃない人はっていうことに確実になるでしょうね、これはね。
スピーカー 1
やばいですね。
スピーカー 2
怖いです。だからもうこれはちゃんと国家レベルの教育としてちゃんと考えていくべきものだと思いますね。
こんだけの知的素材というかものを背後に持っているものとの応答なんですから、そんじょそこらの考えでは通用しないと思いますね。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
本編なんですけども、断片的思考という話をしたんですが、断片にまつわる話、あるいは考えるとか書くという行為において断片的なものをどう扱うのかというのは僕の長年のテーマではあるんですけど、
どちらからいきましょうかね。まず浮遊断片問題というところに行きたいんですけども。
概要欄にリンクを貼っておくので見てもらったらいいんですけど、たくさん書かれた記事で、浮遊文章を書く上で脳から出てきてしまうものとか、
言葉の定義で言うとまだ位置づけられていないけれども位置づけ得る断片というものを扱う機能が文章エディターにはいるという話なんですけど、
これは文章を書いている人は概ねニュアンスはわかると思うんですけど、文章をあまり書いたことがない人はわからないかもしれませんけど、
文章を書くときって今書いていることについて考えながら書くわけですけど、人間の連想というのはそこにだけフォーカスするんじゃなくて、いろいろ思い及ぶことがあると。
ごく単純なことを言うと、1章を書いているときに、この話と2章の話つなげられるんじゃないかなみたいなことを思いついたりするとか、
あるいはその1章を書きながら全体の構成をこうしたらいいんじゃないかなっていうことを考えたりとか、
これだからまだ位置づけられてないけど、どっかに位置づけられる断片ですし、逆にある本を書きながら別の本のアイディアとかを浮かべるようになりますわけですね。
だから目の前のことだけじゃない、でも文章エディターっていうのは基本的に目の前の文章のことだけを扱うと。
この思いついちゃったものとかをどう扱ったらいいのかと。
基本的に通常のエディターでは扱いづらいので、多くの場合は同じエディターでタブとか別ウィンドウでファイルをまた開いておいて、
どこに思いついたことを書くみたいなことは普通に行われていると思うんですけど、
これは何ですかね、あるスタック的な解決であって、エディターの機能不足を使い方で補っているということなんですけど、
スピーカー 2
仮にタクさんがコードのプログラミング技術を持ってたとしたら、
どういうエディターを作るんですか?
スピーカー 1
それがわかれば苦労しないですよね。
そりゃそうや。
多分いろんな人がそれを考えてると思うんですよね。
スピーカー 2
多分スクリブナーってそれを考えてると思うんですよ。
スピーカー 1
それに成功しているかどうかはちょっと難しいですけど、
これも多分倉下さんのコセンスのどこかから掘り出したんだと思うんですけど、
昔千葉さんが、千葉雅也さんがスクリブナーについて、
5、6年前のツイートで、スクリブナーって実はメタ思考を扱えるみたいなことを書かれていて、
それものすごい今思うと文章エディターを考える上で重要な発言だと思うんですよね。
要するに、今書かれつつある文章のための思考というのが1本軸が通ったものがあって、
でも文章を書くときって、その1本の軸が通った文章を書くために必要なメタ思考っていうのがあるわけですよね。
その文章はどう書かれるべきかという思考っていうのが別の場所にあり、
さらに浮遊断片問題といっている、書いているときに浮かんできちゃう、
本流に乗っからないけど関係あるかもしれない思考みたいなものがあって、
これもしかしたら本流に関係あるかもしれないし関係ないかもしれないみたいなものを
どっかとりあえず置いとかなきゃいけないんですよね。
スピーカー 2
それもメタ思考なのかサブ思考なのかわからないですけど、
スピーカー 1
本流、メインラインとは違う場所に置いておきたい思考っていうのが1つですよね。
結局文章エディターって、そういう様々なタイプの思考を扱えなきゃいけなくて、
倉下さんがレイヤーと呼んでいるのはおそらく様々なラインの思考の、
スピーカー 2
デビット・アレン的に言うと高度、高い低いみたいなところで分けられるんだと思うんですよね。
スピーカー 1
それをレイヤーと呼ぶかどうかは別として、
高度というか中小度というか、メタ度合いというか、そういうもので分けられるいくつかのラインがあって、
多分レイヤーとして重ねるっていうのはおそらくビジュアル的なものを作るためのUIなので、
おそらく文章にはそぐわないだろうと思うんで。
たぶん平面で並べるんでしょうね。
スピーカー 2
平面で並べることにはなると思いますね。
スピーカー 1
中小度に応じて左から順番に並べるのか、真ん中に本文があって左右に並ぶのか、
そういう形ですよね。
スピーカー 2
おそらくそうでしょうね。
もう1個思うのは、例えばあるパラグラフを書いていると、書いているときに2章のことを思いついたと。
スピーカー 2
思いついたときに、別の場所にメモするのは簡単ですよね、それはそれで。
でもそのパラグラフを書いているときにそれを思いついたという情報があった方がいいのではないかという気もするわけですよ。
そうしたときにパラグラフの近くに置いておきたいと。
しかしこれは本文ではないと。
これを隠したいわけですね、要するに。
一紙を書いているときとか読んでいるときに隠したいと。
その隠す隠さへんを僕は多分レイヤーという感覚で読んでいると思うんですけど。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
それは普通のエディターでも言ったら、
例えば僕、自分で文章を書いたものを読み返したときに修正したい活色があったときとか、
あるいは参考文献を後で調べるみたいなことがあったら記号で黒丸とか入れて、
To Doを書いたりするんですよね、そこに。
それは例えばマークダウンプレビューとかを使えば、
そこの部分は見えないようなビューで読み返すみたいなことができるわけで、
これはちょっとレイヤー的な処理だと思うんですけど。
これはまだ本文レベルなんですね。
構成レベルをそこで扱うのは多分変なので。
だからそこはどうしていいのかわからないですけど、
本文に書くあるエディターとウィンドウを並べるっていうもので何らか解決するものなんでしょうね。
だから全然わからないんですけど、
文章エディターとか平の文章を書くのに最適化されてるんで、
構造とライティングのメタ的なものを一緒に扱いたいという欲望っていうのをどう解決するのか。
アウトライナーでも工夫次第ではいけますし、
スクリブナーは本当にいろいろなものを放り込めるんで、
いろいろなものとして管理したらいいかなと思うんですけど、
スピーカー 1
ジャストな答えではないよなという感じがしますね、両方とも。
スクリブナーはバインダーの構造をどう作るかで実にいろんなことができるんですよね。
だけど、スクリブナーが優れているのは、
本文と本文じゃないものを分けて扱えるということで、
それは非常にいいと思うんですけど、
タスク管理アプリの問題と同じで、
本文じゃないものが本文と同じように表示されるんですか?
スピーカー 2
そうですね。
スピーカー 1
なおかつ検索すると一緒に出てきちゃったりとか。
でも、レファレンスの側に入れとけば分けられるのかな?
スピーカー 2
おそらく分けられると思いますね。
その辺も結局スクリブナーを最初使った時に、
どうやってあれをセクションを作っていたらいいのかっていうことも
ヒントもほとんどないように使わなあかんで、
そこが難しいですね。
あれデフォルトでドラフトとレファレンスになってますけど、
スピーカー 1
ドラフトっていうと多分誤解を招くんですよね。
あそこは多分英語的にはマニュスクリプト、原稿なんですね。
ドラフトって言ってるのは。別に変えられるんですけど手動で。
原稿と原稿じゃないもの。
原稿じゃないものの中にレファレンスって言ってる資料も入れられるだろうし、
そういうメタ思考的なものも入れられるんですけど。
スピーカー 2
まあでもメタ思考はレファレンスじゃないような気はしますけどね。
スピーカー 1
だからそれレファレンスって書いてあるからそう思っちゃうんであって。
原稿じゃないものって書いてある。
スピーカー 2
そうですね。確かにそうや。原稿じゃないものやったらそうや。
だから僕はやっぱり最初スクリブナーを触るときは、
最初に何かメタ情報扱う?レファレンスじゃないけど、
原稿でもないもの?
だから第三のものを何かしその時の好きな名前を付けて、
adminとか付けることもありますけど、
管理者が閲覧するような情報として一番上にそれを作って、
そこにメモとかToDoとか構成案とかを入れるっていうフォルダを最初に作りますね。
それで十分かっていうとなんか物足りない感じですね。
何か不明な、何が足りてないか感じがするか知りませんけど、
なんかそれわからないです。
スピーカー 1
要素としてはなんかそれでいけそうな気がする?
スピーカー 2
そうそう。
スピーカー 1
だけどいけないんですよ。
スピーカー 2
3分類できれいにいきそうな気がする。
やっぱりその見え方が原稿と一緒やからというところはあるのかもしれないですけど、
なんかちょっと違うなぁという感じがあって、
使うのは使うけど、だんだん参照することが減っていきますね。
そこに作ったフォルダは。
スピーカー 1
そうなんですよね。
ただそういう領域が特に長い文章を書くたびに必要だということを
UI上に形として示したというのは素晴らしいことですよね。
スピーカー 2
そうですね。
それはもう間違いなくあれですけど。
ちなみに例えば書籍の原稿レベルの規模の
執筆を進めるときにアウトライナーを使われると思うんですけども、
例えばプロジェクトAというものを名付けたとして、
プロジェクトAのノード、トピックを立ち上げて、
その中に完成することを書いていくぞというような運用になるかと思うんですけど、
どんな項目がなりますかね、仮に実際に進めるとしたら。
さっき言ったスクリブナーのバインダー的なものを3つあったと思うんですけど、
それはもう1つのプロジェクトのトピックの下に並ぶ感じですかね。
スピーカー 1
うーん。
スクリブナーならスクリブナーの中にゼロから立ち上げるということがまずないので。
スピーカー 2
ああ、そっかそっか。なるほど。
スピーカー 1
なかなかゼロから立ち上げるとしたらどうするかということを
実はちゃんと考えたことがない気がするんですけど。
スピーカー 2
つまり日々のデイリーの中で、例えば編集者とやり取りしているメールのないこととかがもう
蓄積されているものがもうすでにあるということから
プロジェクトを執筆しようかというのが始まるってことですか。
スピーカー 1
そうですね。例えばワークフローになりなりのアウトライン、
かなり中身が書き込まれた状態のアウトラインで
なんとなく全体像のイメージがもうできた状態からスタートみたいなことになると思うんで。
そうするともう最初からそれはどうでしょうね。
でもそのアウトライン、全体像ができたアウトラインは
たぶんそのレファレンス側にいったん入れておいて、
ドラフト側、原稿側に仮のアウトラインを作るんでしょうね、きっと。
スピーカー 2
ということは、執筆を始める前に考えていた構成案、目次案というのは
レファレンス的に保存されるけど、それをドラフトの置き場にはしないということですね。
スピーカー 1
しないと思いますね。
多分何段階かあった構成案は、仮にスクリーブナーを使うとしたら
レファレンス側に書く段階をたぶん残しますよね。
スピーカー 2
そうなりますよね。
事前のアウトライン構成とドラフトの並びというのは別になりますよね。
スピーカー 1
なりますね。
ただスクリーブナーは、仮のアウトラインを考えている段階から
よし、これで書くぞってなった時にも、ガチッとアウトラインというよりも
フォルダ構成を作らなきゃいけなくなるんですよね。
フォルダ構成というか、バインダーの中でエディター上にアウトラインとしての文字を並べていくんじゃなく
もう構造をそこに作らなきゃいけなくなるんですよね。
スピーカー 2
残さないのは特に意味はなくてきれいになるからじゃないですか。
検索したとき重複するのが嫌っていう明確な理由とかあるからですかね。
スピーカー 1
たぶん重複するのが嫌。
スピーカー 2
それだけのことですか。
スピーカー 1
重複した結果として違う側に書き込まれちゃう。
スピーカー 2
そうかそうか。
スピーカー 1
見つからなくなるっていうパターンがある。
スピーカー 2
それはあるな。
これの話を聞いたのは最近個人のデイリーに色々書いてるんですけど
まったく同じように個別のページに書いたらいいんですけど
もうめんどくさいからデイリーで思考を展開したことがあって
その後切り出すかコピーするかで悩むわけですよ。
悩むというか迷うわけですけど。
自分の気持ちとして
そのデイリーページをあたかも日記帳のように読み返したときに
その日何を考えたかのログは残しておいたほうが面白いんではないかなという思いと
でもプロジェクトの情報はまとまってたほうが良くてっていうことがあって
どう切り出すかコピーするかで最近悩んでたんですけど
これを両立させるためにワークフローやマイミラーコピーがあるじゃないですか。
でも違うんです。そうじゃないんですよ。
僕の場合というか結局片方書き換えるんです絶対に。
おそらくミラーコピーした先のプロジェクトのほうで書き換えが多分起こるので
スピーカー 1
デイリーの場合はログだから多分書き換えるんですけど
スピーカー 2
プロジェクトはデータとして扱うから多分書き換えるんです。
その場合ミラーコピーでは困るんで。
そうなんですよ。だからそうなるとやっぱり重複が問題になっちゃうんですよね。
特にワークフローの場合は検索が全てのノードに対して行われるんで
重複がはっきり出てきますからね。
スピーカー 1
そうなんですよ。
スピーカー 2
個性性の場合は全文検索はそもそもほとんどしないので
あんまり関係がないというかお使い方次第ですけど
そこはだから直視もいいかなという気持ちはあるんだけど
ワークフローの場合はそこは両立できますよね。
スピーカー 1
できます。
だからそうですね。
スピーカー 2
原稿の断片をワークフローの中で整理するということは多分あんまり
スピーカー 1
実際の本ちゃんの原稿を書き始めたらもうあんまりない感じがしますけど
散歩している途中に思いついた
あそここう書けばいいんだ的ないことは
デイリーの中に書けますよね。
デイリーの中に書いてある限り書いたことを忘れるということがないので
そうですね。
だからその後その本文は書けばよかったんだというその記述は
ワークフローの中のプロジェクトのところというよりも
多分スクリブナーならスクリブナーの中の原稿の
原稿そのものの断片なら原稿のところに入るでしょうし
原稿に対するメタ思考だったら
そのメタ思考的なことが書いてある場所に入るでしょうし
スピーカー 1
あれはパラグラフですよねイメージは
スピーカー 2
段落じゃないですよね
スピーカー 1
だから日本語の段落扱うのはちょっと厳しいなという感じはしますが
でも逆にパラグラフライティングをするのであれば全然
逆にパラグラフ性を強要してくる感じがあるので
むしろいいのかもしれないと思いますね
スピーカー 2
おっしゃられたようにリストとして使う行間と
文章が並んでいる行間って違うんですよね好ましい行間っていうのが
ワークロフィーが全てを一つに入れるという方針なので
どっちかに合わせるとどっちかがすごことまでは言いませんけど
ちょっと違和感がある感覚になるんですよね
だからこれはやっぱりある限界が
限界とまでは言いませんけど
汎用型ツールだからといって何もかも全部そこに入れたらいいというものではないという
スピーカー 1
当たり前の結論が言えるかなと思いますけど
でも結構実はワークロフィーで書けますよね
スピーカー 2
そうですねそれはそう思います
スピーカー 1
書けますがプリットアウトすることを考えるとちょっと厳しいというところはありますし
あとページとか文字数とかそういうことを考え出すとちょっと厳しい面はありますけど
ただ文章以前のワークフローよりもずっと文章が書けるようになってますよね
スピーカー 2
そうですねざざっと書き出して
ワードとかリッチテキションに持っていく手前のところをここで書くぐらいのことは
スピーカー 1
全然できるかなというところにはなりましたね
スピーカー 2
ここもメロナの話と重なりますけど
やっぱりこれまでずっとリストを扱うように見た目をセッティングしてたんで
それは書けないよなっていう
今逆に文章を書くようにセッティングしてるんで
リストとして使いにくい
リストが書きづらくなっちゃう
でも正直買い物のリストとかって別にワークフローで使わなくてもいいよなという感じがするので
スピーカー 1
確かに
それはそれでこっちの使い方のツールとして使っていこうかなというような感じはしてますね
でもなんだかんだ言ってやっぱり総合力ワークフローいいんだなっていう気はしますね
アウトライナーいろいろ不満はあるんですけど
バイクとか主にの素晴らしさはあるんですけど
総合的には今ワークフローになっちゃってるなとは思いますね
スピーカー 2
使い勝手がいいのは間違いないですし
日常のアウトラインリスト使いにおいて僕はやっぱりモードがない方がいい
文章を書くときはもちろんボードがあった方がいいような気がするんですけど
ちょちょっとメモ書きとかその作業記録とか書くときは
アウトライン操作とかを考えたときに
ワークフローすごいよなすごい使いやすいよなとはちょっと思いますね
スピーカー 1
僕は逆にバイクの使い方のワークフローが欲しい
スピーカー 2
なるほどね
スピーカー 1
それはもうねこの好みですからね
スピーカー 2
そうですねどっちがいいって話は使い方とか用途にもよりますけども
スピーカー 1
まあその辺難しいところですけどね
スピーカー 2
この断片固有問題と
スピーカー 1
固有断片問題なんかちょっと若干
スピーカー 2
うつろは何も出ませんでしたが
レイヤーっていうものの見え方というか
最初のゲイリーさんのお便りは僕が文章を書くときに
to doを本文に直接書き込んでいるということのアレンジとして
本文の中には書いてあるけども
ある操作によってそれは見えたり見えなくなったりするみたいなものによって
ある程度の解決はできそうな気はしますけどね
スピーカー 1
なんかそれって逆にプログラミング用の
ID的なもので
エディターの中に書き込んだ
行をto doとして抜き出して表示するみたいなのがあるじゃないですか
そういうアプローチも応用できるんでしょうね
スピーカー 2
おそらくはねそういう感じで情報を別途分けて
保存するという方式を取れば先ほどのファイル保存問題
メタを分けるのか分けないのかみたいなことを考えなくても済むようになるので
そこら辺は大きいかなと あとはさっきのサイドウィンドウによって
サブ情報を表示するという方式もあって
この辺も全然アレンジする価値はあると思うので
文章を書くときのエディターツールのあり方の一つの方向性としてはあるというのと
さっき出てきたようなものとは別にもっと断片というか
要するにメモツールのあり方
だから文章エディターのツールとメモツールはまた違うと思うんですけど
メモツールも基本的に断片を扱うものだと思うんですが
メモツールもどうあったらいいのかという哲学ってあんまりないと思うんで
スピーカー 1
これも探求する価値があると思うんですね
メモツールは結局その人の生き方というか
どういうふうに生きて暮らして考えているのかによって変わるんですよね
結局理想の形が
そうですね
難しいですよね
スピーカー 2
今のところは基本的にエディターをメモ代わりに使うか
Google Keepのようなメモ要請用のアプリケーションを使うかぐらいだと思うんですけど
メモに最適化
だから僕らが日常的に取るメモに最適化されたものを
最適化とまで言いませんけど
思いついたことをただと書いていくけど
リストにすぐ変換できるとか
断片的なメモが文章に変化する助けになるとか
エディターの手前の部分を支えてくれる何かとか
アウトライナーを使えば結構なものがフォローされると思うんですけど
もっとメモらしい
ツールのあり方もあんまり検討されていない気がするので
だからこんなメモツールが欲しいという話を僕は聞きたいですね
どちらかというと
スピーカー 1
こんなメモツールが欲しい
スピーカー 2
やっぱりノートツールをメモツールとして使っていることが多いと思うんですけど
スピーカー 1
ノートツールはノートツール メモツールはメモツールだと思うんで
スピーカー 2
みんなどんなメモツールに機能を求めているかって話は気になりますね
スピーカー 1
そういう意味では純粋なメモツールとして
それこそいわゆるタスク管理アプリが一番いいんじゃないかと思うんですよね
スピーカー 2
確かに近い部分はあるんですけど
あそこに書かれるものは基本消化されるものが多いので
スピーカー 1
消化するメモですね
スピーカー 2
そうじゃないものも含めて総合的に扱える
インテグレートメモツールみたいなのがあったとしたら
それはどんなものになるんだろうなというのをちょっと考えてますね
スピーカー 1
なるほど
スピーカー 2
全然わからないですけど
文書やリターンにしろメモツールにしろ
全然開拓されていないところがあると思うので
引き続き考えていきたいと思いますね
スピーカー 1
それも想像力の問題ですね
スピーカー 2
そう まさに想像力の問題で
想像力は実体験から出てくるものが大きいと思うので
この場合 経験をして自分の欲望と
その欲望を満たさないツールのギャップが
想像力を多分育むというか
やりたいことが何もないのに想像力だけが走るってことは
多分ないと思うんですよ
何かこれがやりたい でもできない
このギャップが多分想像力として見られてくると思うんで
いろんな人がツールを使ってみるということが
多分重要でしょうね きっと
スピーカー 1
そうですね
というところで
スピーカー 2
何かお知らせしたいこととかございますでしょうか
スピーカー 1
大丈夫です
スピーカー 2
はい
こんなメモツールがないという話は
ハッシュタグ打ち合わせキャスト
ひらがなで打ち合わせアルファベットキャストまで
いただければと思います
では今回はこれまでにしたいと思います
お疲れ様でした
スピーカー 1
お疲れ様でした