おだしょー:Jazzcast 第115回ということで 今回もゲストにたくさんお迎え
をしております よろしくお願いします
おだしょー:今回 結構 間が空いたん で いろいろニュースがあるんですが
いくつか面白いのだけ取り上げる と ニュースレターのサブスタック
というツールというかサービス があるんですけども OSのアプリケーション
としてサブスタックのニュースレター だけが読めるというアプリケーション
があったんですけども それと同じ ものがWeb版にもあって 簡単に言う
とサブスタック専用RSSリーダー という感じだったんですが Web版
に限り 他のRSSも登録できるように なりました 登録自体はWebしかできない
んですけど Webで登録したら 例えば iOSアプリにもその通知 つまりRSSの
更新が閲覧できるようになって おります
おだしょー:なるほど
ややこしい iOSで完結はしないん ですけども いわゆるRSSリーダー
として使うことができるようになった と言ってもいいと思います
おだしょー:なるほど それをRSSリーダー として使っていて 他のRSSリーダー
に 例えば移行しようとしたら サブスタック の記事だけ読めなくなっちゃう
みたいな感じなんですかね そしたら
サブスタックもRSS発行 してるんで
おだしょー:そうか 別に普通に
いけますね 全然問題ない です 例えばRSSの自分が登録している
やつをエクスポットできるかどうか は見てないので分からないんです
が なので 今までRSS使ってなくて サブスタックはメールで見てた
っていう人も そのアプリとかWeb 版を使えば メールアドレス メーラー
を経由せずに読めますし さらに 他のブログの更新なども読める
ようにようやくなりました
おだしょー:なるほど
これは結構 素晴らしい ことだと思います これがワークフローリー
の新機能というか まだラボラトリー の機能なんですけど 結構知らん
まに増えておりまして 普段あんまり 新機能チェックしないんで 見
逃してたんですけど ページには 3つ書いたんですけど 実は4つあり
まして いくつかじゃない 一つずつ 紹介すると まず 念願のMove To
機能が追加されたおかげで これも ほぼダイナリストじゃなくていい
よなっていう感じになりました Move To機能っていうのは ある項目
をメニュー画面から別の項目に移動 させるという機能 今までは 実際
にその項目のとこまでドラッグせ ならあかんかったのが メニュー
上から移動したい項目の名前とか を打ち込んで移動できるようになった
もともとダイナリストにはあったん ですけど ワークフローリーが追
いで 現状 Loveの機能なんで 全員 に使えるわけではないですけど
Love機能をオンにするというチェックボックス をオンにしたら 使えるようになって
ます ワークフローリーは一つの ものに全部入れる形になります
し 場合によっては階層が深くなって しまって 移動が大変ということ
があるんで 多分 一番活躍するのが ワークフローリーじゃないかな
と常々思ってたんで これは喜ばしい ことです
おだしょー:これは希望あったん でしょうね きっとね
三沢:そうですね これも同じく ダイナリストにあったんですけども
いわゆるタスク管理用のチェックボックス が追加できるようになりました
当然 追加した状態はノンチェック の状態でクリックしたらチェック
になります おそらく試してないん ですけど チェックボックスで検索
を絞り込むこともおそらくはできる でしょう
おだしょー:そうでしょうね
三沢:もう一個 これ 結構余計な 機能だと思うんですけど 書いて
ないんですが ヘッダーとパラグラフ っていうのを 項目 一つの項目
をヘッダー扱いにする 何かパラグラフ に扱うっていうことができるような
機能があります これもほぼダイナリスト とかと一緒なんですけど 普通の
例えば 箇条書きついてる行をヘッダー にすると 文字が大きくなり太字
になり 箇条書きのバレットが消え ます パラグラフにすると 文字サイズ
は一緒やけど バレットは消えます なので ワークフローリーは使いたい
けど 文章エディターとしては無理 だよねという場合 バレットが邪魔
という場合に活躍してくれる機能 です それらを統合するためにスラッシュ
コマンド機能というのが追加され まして これ説明不要な人は不要
でしょうけど 記号でスラッシュを 入れると備わっているコマンド
が一覧して出てくるから それを 選んでくださいという感じの機能
です なので スラッシュコマンド からチェックボックスを追加したり
とか スラッシュコマンドからヘッダー に変換したりとか スラッシュコマンド
からMove toを発動させることもできます 非常に多機能になっているんですけど
スラッシュコマンドが若干 ダイナリスト とかナイスなノーションよりに
多項目化しておるので だんだん ワークフローリーらしさという
のが失われつつあるのではない かという懸念があります
おだしょー:そうですね
これは難しい ビジネス 上の問題もあるから 難しいとは
思うんですけど 今 スラッシュ を押すと 2 4 6 8 10 12 16ぐらい項目
が出てくるんですよ うーんという 感じで やっぱり増えるだけで統合
っていうのがないので 機能が減 ったりとかがしないので だんだん
メニューが長くなってくるぞという のが これ 結局 ある程度操作説明書
を読まないと使えないツールに 変身してしまうので 難さかなという
気はします
おだしょー:スラッシュコマンド 自体はいいと思うんですよね 使い
勝手を上げるという意味でいい と思うんですけど ヘッダーとパラグラフ
うんるんっていうのが ちょっと 違うんじゃないかなと個人的には
思いますが
これをしてしまうと いわゆる 見出しと本文を区別しない
というアウトライナー このタイプ のアウトライナーの芯の良さが
損なわれてしまって 先にヘッダー 作ったら それに固定されてしまう
というような感じで それやったら もうワードでええやみたいなこと
になってしまいますからね
おだしょー:そうなんですよね その 機能があることによって分かりやすい
と感じる人も多分いるはずなんですけど だからそれを使っちゃって 永久に
ワークフローリーのっていうか プロセス型アウトライナーの良さ
を感じないままになってしまう 可能性もあると そうなんですよね
それをやるんだったら ワークフローリー じゃなくてもいいんじゃないか
と個人的には思いますが ただ その要望があるというのはよく
分かります
そうですね このワークフローリー だけでやりたいという方は まさに
こういう機能を欲しいでしょう けども ヘッダーも1と2レベルしか
ないんですよ 何かものすごい中途半端 なんですね 例えば ヘッダーを
作って 下にバレット付きの項目 が並んでいるとするじゃないですか
例えば ヘッダーの一番下の 一番上 ヘッダーの直後にある項目
のカーソルを先頭に置いてバック スペースを押したら 僕らが期待
するのは ヘッダーのとこにカーソル が移動する感じじゃないですか
動かないんですよね これ だから 壁になっちゃって まさにヘッダー
が壁になっちゃってるんですよ 固定する場所になってて いわゆる
アウトラインの自由な項目の結合 とかができなくなってるんで 非常
にプロダクト型の動作にこれは なってしまうし ヘッダーがある
のやったらヘッダーを使おうということ になっちゃうでしょうから ちょっと
お手伝いを失いつつあるかなという 感じではあります
おだしょー:そうですね だから それを理解した上で 例えば何か
書いてて 今の段階はもう見出し が固定した段階だから これを使うん
だっていうふうに意識して使うん だったらいいかもしれないんですけど
ただ 逆にそういう使い方をする には 逆にプロダクト型としての
機能が足りないんじゃないかという ふうにもするし
おだしょー:ヘッダーが二つでは 足りないし 最低三つはいると思います
よ
おだしょー:そうですよね
おだしょー:そのワードのように スタイルと色とかを関連付けたり
もできないので ただ見出しが二つ レベルだけあるということのメリット
は そほど高くないのではないかな という気がしてまして そもそも
ですが クロリの完成品を考える のは彼らですから 僕らが言うこと
ではないんですけども ちょっと 機能付与に動いてるかなという
印象を受けました
おだしょー:そうですね 最終的に これが本体に取り込まれるのか
どうかっていうのはまだ未知なん で ラボのまま終わってしまうことも
ある十分ある Move toは多分絶対 残ると思いますけども あと 今週
が13日ですか 18日 10月の18日の午後 1時から 火曜日ですね Twitterのスペース
のイベントに参加することに僕が なりまして デジタリーの池谷さん
という方 30分間 テクノロジー カルチャーについて どういう話か
分かりませんけど どういう話を やってますんで Twitterの特にモバイル
版をやってる方は その時間 テック 多分 録音が残るんで 後でも多分
聞くことができると思います そんな ところかな 他にも多分いろいろ
あるんですか 拾っていくときり がない あ 1個だけ Kindle端末に新しい
のが出まして 超高級版のやつで 10.2インチディスプレイで E-Link
なんですけど 手書きができるという 下のほうにウィンドウが開いて
ペンで書き込むことができると それが当然 Kindle上のメモとして
残るということで かなりお高い ので 確か5 6万するはずで これ
やったらポメラ買うんじゃない かなという感じなんですけども
ガジェットが好きな方はチェック してみてください でも確かに読み
ながらメモ取れる しかも手書き でメモ取れるというのは ありがたい
と思いますね
おだしょー:そうですね
おだしょー:このほうかな ニュース はこんなとこで 本編なんですけど
テーマがノート術と執筆術の違い というネタがずいぶん前にアッド
されたまま そのままおっしゃ れてたんですけど 先日って言って
いつでしたっけあれ 10月
三沢:2週間ぐらい前ですかね 1日だか2日
おだしょー:10月の1日ぐらいに 郵便屋さんがやっておられる独学
投稿会の一つのイベントとして クラブハウスで 僕とたくさんと
ゴリゴさんが3人で考えるとは何か について考えるという かなり壮大
なお話をして その中で一番盛り 上がったのが たくさんがアトミック
ノート術をどう読んだかみたいな 話が結構盛り上がったんですけど
そこでアウトラインプロセッシング ないしアウトラインを使う方法
とアトミックノートないしアトピック ノートを使う方法っていうのは
違うよねというところが確認されて 僕もそこの違いっていうのは面白
かったので そこと絡めて今日の話 ができたらなと思うんですが ノート
術と執筆術の違いっていうのは 両方とも書くことであり 僕のスペ
ノーでは多分一つのノート術で 統合されてるとは思うんですけど
具体的なノウハウレベルで言うと かなり異なる知的作業であること
は間違いないと思うんですけど 逆にたくさんノート いわゆる
執筆以外のノートを取ることって あります文章として
おだしょー あります
おだしょー それはやっぱアウトライナー に取られて
おだしょー アウトライナーに取る か 紙のノートに手書きかどっちか
ですね
おだしょー その時って例えばどんな ことがテーマとして書かれますか
ね
おだしょー それが分かんないんですよ ね 分かんないっていうかテーマ
のないことを書くことが多いので ノートってやっぱこれ思いついた
ことを書くので 書いた後でこれは こういうテーマだったなっていう
順番になっちゃうことが多いんですよ ね 例えばこの間例のイベイベ
ントで今話してるイベントが例えば 今日あるっていうときにそうだ
このイベントでこの話をしよう って例えば思いついたとしたら
そういうテーマのノートになる と思うんですけど そうじゃない
ときってこれがどのぐらい一般 的なのか分かんないんですけど
ただ思いついちゃって思いついた ことを書いて後からこれはこういう
テーマだっていうふうに見出し つけたりすることが多いですよね
だからビジネスのこととかプライベート のことかという線引きがあるわけ
じゃなくてまず思いついたこと っていうのが先にあってそれを
書き留めるという感じですか 逆にこの発想とか着想じゃなくて
例えばいわゆる勉強とかのノート とかじゃないですかね
はいはいはい そういわゆる勉強あんまりしてない
かもしれないんですけど 最近は割に紙の本だともうその
本のページに書いちゃう 長いことそれができなかったんですけど
書くように心がけるようにした 結果できるようになった
ちょっとなったっていう 例えば本を読んで本の中に書く
とするじゃないですか 例えば本を読み終えた後に書いた
ものをまとめる別の場所にまとめる とかはなされます
普段はしないですね 例えば書評 みたいなものを書くとかこの本
をネタにイベントがあるとかっていう ときはまとめますけど
読書ノートのまとめみたいなものは 僕持ってないですね
そうか テーマとしてはノート術と
しっぴ術違いなんですけどより 解像度を上げるんであればメモ
術とノート術としっぴ術の違い というふうに
ノート術をまずメモ術とノート 術に分けるとするじゃないですか
たくさんが思いついたことを書かれる のは僕の中でメモ術になる
読んだ本をまとめたりとかある テーマで勉強する内容を書いて
いくのがノート術の中でノート 術の中ですね
どちらも自分のための記録である というテーマと共通してますけど
短期処理で終わるものと長期的に 保存されて利用されていくもの
という意味で2分割されると
ノート術ってメモ術ノート術しっぴ 術というと中間にあるんですね
確かに
半分自分のものやけどその半分 未来の自分という他人に向けて
書かれるものでもあって両方の 要素が多分あるんですね
だからここが似てるところノート 術としっぴ術と似てるところっていう
のが
そこら辺が関係しているんだろう なというのが第一感なんですけど
それ結構大事なポイントですよね
そうですねだからしっぴ術って いう文章の書き方他の人に読ん
でもらう文章の書き方っていう のがまず第一義にあって
それは当然整った文法で書くとか もありますし相手の前提とかを
確認するっていうこともあるでしょう けど
あとはまず読み物として成立させる っていうところを意識する
でそれがメモに近づけば近づく ほど全部いらんようになってくる
そういう気遣いっていうものが
はい
ノート術とその多分中間にある と
で逆メモ術としっぴ術は多分ね 明確に分かれると思うんですよ
はい一番右の端と左の端みたいな
感じがつながる
そうそうノート術はそこが半分 になってて
ここの運用を多分皆さん悩んで おられるんじゃないかな
なるほどなるほどはいはいはい
まずしますね僕の場合は結構ノート を作りますけどでも最近そのいわ
ゆるノートというのはもうほぼ スクラップボックスか作業にしか
のどっちかになってますね他は あんまりないかなで僕のスクラップ
ボックスは公開されてるのでほぼ 執筆でもあるわけですけどいや
ちゃうなでもこれを執筆という のはおかしいっていう感じがある
なここでいう執筆とは何かって いうことですねだから
そうですね執筆っていうのはやっぱり 原稿を隠せる
そうですね原稿を隠すそこが大いなる 違いですね
そうですねだからそうか人が読む からといってそれが原稿だとは
限らない
そうですねここはたぶんイベント の話ともたぶん絡むんですけども
原稿はアウトラインが必要ですね なぜなら原稿用紙はリニアルに
流れてるからなんですね
アウトラインが必要アウトライン が必要
まあラインが必要ということですね
ラインそうですね
でそのラインはアウトラインとして 構造化できるとできないものも
あるでしょうけどすることができる でアトミック/トピックノートという
のは原稿ではない原稿用紙に入れ られるものではないからライン
が必要じゃないとだからアウトライン は必要じゃないしアウトライン
に見えるものもアウトラインではない とでその話を聞いてしばらく後
に思ったんですけどその両方とも リストの形をしてるじゃないですか
アウトラインもトピックノート もでも実態は違うっていうとき
にリスト的表現とリスト的構造の 違いがあるんだろうなと
なるほどはいそうですね
でアウトラインはリスト的構造 であるけどトピックノートはリスト
的表現でしかなくて構造はネットワーク にあるという理解でいいんじゃない
かなと思いますけど
そうですね今クラシタさんがトピック ノートって言われてるのはコリゴ
さんのアトミックシンキングにおける アトミックノートの見出しを並べ
た形で作るトピックノートの意味 なんですよね
だからトピックノートは要するに リンク集みたいなもんでリンク
集っていうのはリンクがその場に あることそのものだけが重要で
そのリンクがどのような順番に 並んでるのかは少なくともプライオリティ
ではないと
はい
だからアウトラインはどの順番 に並んでるかこそがプライオリティ
であると
そうですね文章のアウトラインは そうですね
うんだからここの違い一見箇条書き でリスト的に並んでるものの違い
はどこにあるのかという話でその 時は盛り上がったんですけど
はいはいはい
だから表現表現ないですよ形式 リスト形式ないですよリスト表現
としては共通でも構造内側にある 構造が違うという点が2つの違い
ででも案外だからそれは僕らは その見た目に引っ張られるんで
理解が
うん
そこがだからアトミックスラッシュ トピックノートに向いた表現が
多分まだなされてないんでしょう ねきっと
その
仕方なくリストを使ってるみたいな
そうですよねだからああいうなんだろう エディター的な画面の中にテキスト
で書こうとするとリストになっちゃ うんですね
なっちゃうんですよね
うんあれが例えばもっと何やビジュアル 重視のオブシディアンとかの場合
やったら例えば平面図でいわゆる その1つのノートの周りに他のノート
が並んでいるような
うん
いうな相関図みたいな感じの方 がよりあの表現にはぴったりくるん
でしょうね
そうでしょうねだからオブシディアン だとそのリンク関係からそのネットワーク
の図みたいなものが表現できる と思うんですけど
はい
だからあのトピックノートっていう のはトピックノートっていうのは
結局インデックスみたいなもの なんですよね
そうですねインデックスだと思います あれは
あれはだから多分あの順番に並ん でいる必然性はない
と思う
本人の中での関連性の近さが並ん でると思うんですよ
うんうんうんそうですよね
でもそれが1,2,3である必要なくて つまりn+1,n+3であればよく1,2,3
である必要はないというかいや ちゃうなその言い方欲しいな
近くに集まってはいいだけであって それこそ平面的にも表現できる
はずですね
そうですよねだからなんかクラスター みたいにこう宇宙空間に並んで
いてもいいわけですよ
円を作って円の中に入っている ということが示されればいいだけ
の話だって
そうですよね
でこれはアウトラインではない わけですねこのグループ表記っていう
のは
ないですないですはい
だからその違いでであのKJ法の a からbっていうのはその平面図式
的なものからアウトライン形式 ライン形式に変換するということで
先にあるのはそのそっちだと思う ねグループ的な平面的なものが
あってでわかりやすくいわゆる 原稿というラインに載せるために
そこに変換されるという手順
そうですねそれをbが
b型という
b型だったっけ
そうですよね
だから執筆術っていうのはそのこと ラインに載せる作業を意識した
書くことである
はい
でノート術の場合はそこがない ものやと僕は思いますね最終段階
のラインを気にしなくていいと もちろんそのノートの中の文章
は1行ごとに書かなければならない ですけどそのノート1とノート2
が連続した流れになっている必要 はどこにもないという
はい
だから言ってみたらこれはカード なわけですね
そうですね確かに
だから
あとごめんなさいどうぞ
ノート術っていうのはこの場合 はにあ=うめさまの情報カード
術とおそらく言っていいだろう なというのが現時点で僕の結論
です
なるほどなるほどだからあれですね そのラインになっていないということ
とあと最終的にその文章化する つまりにあ=うアウトライン化する
にあたって削られちゃうであろう ものも入っている
入っている
入っているでいいわけですよっていう か頭入ってなきゃいけないんです
ねそれは
そうです
まだ削ってないものも入っている 例えば削るっていうのはそのライン
文章というそのラインに乗っける 都合で削られるものが多いわけ
なのででもその考えたこととして はそれは削る必要はないわけですよ
ね
そうですねだからその原材料として そのまま残っててくれた方が多分
いいですしそれをこうくっつけて いってその釣り場整った釣り場
のない人は一本のまっすぐの木にする ために枝葉とかを切り落として
いく作業が執筆では必要になる とだからここの過程をイメージ
したときにメモからノートなし カードでカードから文章原稿か
原稿このプロセスをどう取るか でやっぱり性質が違うわけじゃない
ですかこの3つともだからやっぱり メモを取りましたそれをノート
にしましたノートをくっつけました というわけにはやっぱりいかない
んだろうなと
いかないでしょうね
逆にその原稿に使えるようにノート を取るのも多分ダメだと思うん
ですよ結局さっき言った枝葉が 切り落とされてしまうので
そうなんですよねだからまあそこを その執筆の最終段階にあそこに
はめ込まれると思って取るのは まあ
もちろんねそれはいいですけども
普段のノート作りにおいてその 無駄な話を全て避けるみたいな
ことをしておくと法準さが失われる と
失われますね
うんいうところからででも逆に そのノートでネットワークを法準
にしすぎると執筆するときにね 多分大変苦労するとやっぱりその
ニコラスルーマンもアウトライン を立てるのがすごく苦手だと自分
で言ってたらしいんですけどそろ そろだよなと思うわけですよね
ネットワークはありとあらゆる その配列の取り方が可能なわけ
で
うん
で彼にとったらその例えば a の話は c b d と必ずつながっている
んで
だから a b c と話すときに常にも その横にその話が多分出てくる
んですね a の話するときは b c d が出てくる
し b の話するときは a b が出てくる
しみたいな感じになってて常に話 がエラ波に広がってるから
一番綺麗な順番を考えるっていう のが多分ねすごく難しいと思うん
ですよ
で正直彼の本はあんまりわかり やすくはない
じゃあ読みやすくはないんですね
はい
あのルーマンを結構昔大学で読んで いた気がしたけど
すごいですね
難しいですよね難しいっていう かね読みにくい
うん読みにくいですね
うん
だけどまあ多分その読みにくさが こう
なるほど
あの頭の中の豊かさの多分反映 だったりするのかもしれないんです
けど
うんしかも彼はこの社会学っていう そのいろいろいろいろんなもの
全般に目配せしてまさに彼でない とできない仕事をしてるので
まあその自身は別に出がひもないん ですけども
やっぱしっぴつっていうの最終 ゴールを考えたときに必要な
メモ術とかノート術っていうのを 改めて考えると
果たしてあのカード本当に適切 なのだろうかということをちょっと
思うわけですよ
はい
あの頭は豊かになると思います あの取り方は
うん
だからルーマンが例えばそのデジタル の時代にもし生きていたら
はい
どういうやり方をしたかとは思 うんですよね
あのその後年そのルーマンを分析 ルーマン書法分析した論文に書いて
いたんだったことなんですけど
はいはい
彼はねそのブラックボックスを 非常に嫌ったらしいんですね
彼自分にとってわからないもの でそのタイプライターとかここは
ほとんど使わなかったらしいんです 使えた状況にあっても
手書きっていう書いてそこにある もの実際にその実態がわかっている
ものを頼りにしてたでなぜかっていう と彼にとってそのカードボックス
スリップボックスっていうのは 対話相手だったんですね
ああなるほど
だからわけのわからないものが そこにいては困ると
その一つの存在とか相手として 見たときに相手のことが理解できて
いる信頼できているからこそそれと 対話できるんだということを述べ
ていたというようなことが書かれて いてだからおそらく彼がその年齢
で生きてたとしたら使ってない でしょうね
ただ若かれし頃にコンピューター に触れてたら話は変わってない
かもしれませんけど
そうですね
そうかだからルーマンの方法っていう のは結局アナログでありとあらゆる
ことを連結していくようなこと って要するに絶対にその自分その
中に入っているのが例えば埋没 しちゃって出てこなくなるっていう
のが多分嫌な
でしょうねきっと
そうでしょうねだから何か1枚の カードを引き上げたときにその
つながっているべきものは必ず その芋つる式にその探し出せなけ
ればいけないっていう感覚があるん でしょうね
でおそらくだからその例えばその 流れに違和感を感じたら組み替え
たりとか差し替えたりとか差し 込んだりとかっていうのが自由
自在にできないと困ると思うん ですよ操作的に可能であるけど
複雑とかいうのでは多分ダメで 誰か思ったらその通りにできる
っていうものがそこにあるっていう ような状況だから自分の身体の
拡張としてそこに思考の箱が置かれて いるという状況をおそらく作り
たかったでしょし実際に作って たんではないかと思うんですけど
ねだからデジタルで便利だねや けど自由に操作できないっていう
のではそのルーマチュラプティ 僕たちでも多分それは使えない
と思うんですよ
そうですねまあだから言ってしま えばエヴァノートではダメです
よね
まあそういうことですねノート は存在とかはしてるけどその
うまく意図通りに情報を持って これないっていうことが何回か
で起こってしまうとそれを信頼 することは難しくで信頼的な相手
と言ったら仮想的に対話していく ことも難しくなっていくという
意味で知的ツールのありがたって だから変な話その思考の外部化
とか第2ののっていう表現をされます けどある意味それは確かでその
置かれている情報を取り出すこと 操作そのものが信頼化されるレベル
まで使わないと多分使ってるということ にならないんじゃないですかね
きっと
うんはいはいはいでその時に今の 話でいうそのルーマンのそのカード
っていうのはやっぱこの今日の話 でいうノート術の領域ですよね
多分
ノート術の領域ですねはいそうですね
そうですよね
彼は議論の筋は残してましたけど 執筆の形にはしてなかったはず
で要するに彼しかわからない形に しか書いてないと思いますね
そうですよね
うん
で彼は多分その彼は彼はルーマン はそのなんだろう自分のその思考
があの中で発行していてそれを 自由自在に取り出すことができ
さえすれば書くことはできたんでしょう ねきっと
まあそうだと思います書くことは できたと思いますあの要するに
あとはもうそのもともと議論の 筋ができてるからあとはそれを
テキスト段の順番に並べ替えれば okだというようなことを言って
いたというような話も聞きます けども
うん
うんでもだからこそやっぱりその すっとわかる文章にはなってない
つまりあんまり他人に開かれてない
なるほどなるほど
ここがねやっぱりね一番のポイント なんですよねそうポイントという
か僕が気にしてるポイントでやっぱり そのアウトプットが読みやすい
というかそのまあさやなわかり やすいというより読みやすいから
読みやすい形になっていないということ もうそれしかも本人の出力の問題
ではおそらくはないだろうと
うん
なぜなら完成した議論が頭の中 にもある以上それを書き写すだけ
になるんですねきっと
はいはいはい
でそこで少なくとも僕に関して は文章を書きながら頭の中で議論
してるんですね
はい
ルーマンが前もってやってること を僕は原稿を書きながらやって
るんです
はい
非常に効率は悪いんですけどでも なんかその対話はおそらく読者
に開かれた対話になってるんではない かなと思うんですけども
うんはい
だからこう僕はそこの主法とアウトプット の質というか方向性かな方向性
は結構関係してると思うんで
そうですね
だからあのやり方をそのまま真似 するとああいう文章になるんじゃない
かなという懸念があってあんまり そのまま賛同しづらいなとはずっと
思ってるんですけども
うんああいう文章にさえならない かもしれないですね
まあそうかもしれない確かにそう かもしれないですね
でもやっぱ議論の筋道が最初から あってじゃああとはそのその方
その通りに並べれば書けますよ っていうことができる人は
はい
まあ変な話モーツァルトみたいな もんで
確かに
あの本当にそういったのか僕は知り ませんけどあのね曲あ曲はもう
できてますあとは書くだけです みたいなこうことを言ったとされて
ますけども
はい
なんかそれに近いものに感じちゃ うんですよね
うん
だからまあやっぱりこうそこに 読者の姿は多分ないんだろうな
とだから彼は論文とかを大量に書いて ますけど
はい
まあそういうのがあるんですけども 僕はその議論の質が
本当に下がっているわけですよ
うん
だからまあその議論そのものに彼 はものすごく時間をかけ日々の
このカード書きで時間をかけてる わけですからその議論の質が劣る
わけではないんですけども
そうですね
これをやっぱりこうそこに読者の姿 は多分ないんだろうなとだから
まあそこは変な思想家と実用書を書く 人だったりエッセイを書く人だったり
そういうのが多分あまり行われて なかったんだろうなと
うん
まあそこは変な思想家と実用書を書く 人だったりエッセイを書く人だったり
そういうのが多分あまり行われて なかったんだろうなと
うん
まあそこは変な思想家と実用書を書く 人だったりエッセイを書く人だったり
うーん
エッセイを書く人の違いっていう のはまあもちろんあるんでしょう
けれども
うーん
そうですよね
うーんだからその点でいうとやっぱり そのまあ自分の職業とか対象読者
を考えたときにやっぱそのあの通り にやってはいたくさん書けました
というやり方では多分いけないんだろう なともちろん実践してないから
わからないですけどダメそうな気は してますね
まあ簡単に言って真似はできなさ そうだね自分に置き換えたら
確かに
うんすごく興味深くは読みますけど 読みましたけどその方法論として
これは真似できないよなっていう ところがありますよね
そうですねだからこう生産性を上げる 最高の方法ではありつつも個人的には
まあ疑問があるかといってじゃあ メモとかを書いて膨らませて原稿
にするっていうそのパターンもこれも 理想像でしかなくて現実にはそんな
簡単にはいかないよなという感覚 もあるんですよね
いかないですね
であの一時期僕そのアイデアマラソン というのにハマってましてだいぶ
昔ですけど著者が勧めるように英語 のバインダー著者っていうか樋口
さんっていう方なんですけど英語 のバインダーノートをオルズリフ
ですねを買ってそこにあれナンバリング するんですね思いついたアイデア
に1番か2番かってそれをやってて 発想とか着想メモを取るっていう
のはそれでかなり鍛えられて数を出す ことはすごく得意なんですけど
それでその単純生産性単純発想性 は上がってるんですけどどれ
くらい効果的かっていうとね結構 微妙なんですよね発想自体はできる
けどじゃあその思いついたやつを 全部文章化できるかっていうと
そういうわけでもなくしかも質は バラバラじゃないですかだから
結局選別が必要なんですよねでアイデア マラソンはその出し方を教えて
くれますけどその選別のセンス みたいなのは何もノーコメント
なわけですよアイデアはたくさん あるけどそっから成果物につなが
らないっていう状況も起こるんですね これメモからノートノートから
原稿へっていうこのステップをどう デザインしたらいいのかっていう
のは単純な線形では描けないよなと
そうなんですよねだから僕はだから 全然そういう専門家でもなんでも
ないんで分からないんですけど発想 メモとかアイデアメモとか着想
メモっていう言い方があるじゃない ですかそういう分野でそういう
ものから始まってゴールに何か たどり着くことって本当にある
のかっていうふうに思ったんですよ ねなんかあのその樋口さんのアイデア
マラソンに限らず結構ねやっぱ 80年代90年代のその手の本にそういう
ことが書いてあるんですよ着想 メモっていう言い方がやっぱよく
あるんですよねだけどその着想 がたくさん並んでいたとしてそれを
例えば何か大きな成果物に育てて いくとかそれをたくさん集めて
きて関係のあるものを組み合わせ て一つのものにするっていうことが
本当に起こるのかっていうと自分自身 ではあんまり起こったことがなくて
でまあ起こる人はいるのかもしれないん ですけど自分ではあんまり起こらない
んですよねでなんで起こらないんだろう と思うんですけどやっぱりその
3年前の着想を見たときにあのやっぱり 現役じゃない感じがするんですけど
まず着想とか発想ってでもしそれが 何かになるとしたら思いついた
瞬間にどんどん広がっていってこう ある程度まとまったものになる
少なくともその可能性を感じさせる まとまりにまで育つようなもの
っていうのが稀にあると思うんですよ それはあると思うんですけど
例えば10年分その着想メモがたまってて その中の何かが大きいものに育つ
ってまずないと思うんですよねただ 10年前に思いついたことを見て
それに刺激されて今新たに何か思いつ っているってことはあるかもしれない
そう考えると発想メモ着想メモって
みんな何のためにやるつもりでこう そう言ってたんだろうってよく思うんですよ
意外にそのそういう本を当時書いてた 人たちって割にこうなんだろう
広告業界の人たちとかね 企画マンですよね
企画っていうのはなんか着想とか発想を 人に提示することが仕事だと
いうようなところがあって
なんかそれはなんとなくわかるんですけど 結局その発想
その企画を実際に何か現実のプロジェクトにして 動かしていくっていうのは
発想とか別の作業なわけですよね
それを文章に置き換えると
なんというか
発想したからできるわけじゃないですよね
むしろ発想が意味を持つのって文章を書き始めた後じゃないかって気がしてしょうがないんですよね
なるほど
書き始めた時にこれはどうやったらこの先に行けるのかとか
このすごく大事だと思うこの記述Aと記述Bの間がうまく繋がらないんだけど
絶対にこれなんか繋がるはずなんだけどなんだろうっていう時に
ずっと考えてるとある時ぽっとなんか思いつく
その間が埋まるみたいなことがあると思うんですよね
それは発想なんじゃないかと思うんですよね
なるほど
だから自分に思いつく実感できる発想が役に立つ場面っていうのが
なんかそういうものしかなくて
逆にその何も
何だろう