今回紹介するのは、マルコ・バルツァーノのこの村にとどまるです。 関口英子さん役で、新庁舎から2024年に出版された本になります。
こちらですね、収録段階ではちょっとどうなるかわかんないんですが、多分配信段階では結果がわかっていると思うんですけども、日本翻訳大賞の二次選考に残っている一冊ですね。
配信段階、4月の頭くらいかな、では最終候補5作に絞られているかと思いますので、3月末段階では最終候補5作に絞られていると思うので、この作品が残っているか残ってないかはちょっとわからないんですけれども、二次選考に残っている作品の一冊となっています。
で、私はこれだいぶ前に買って積んでましたね。これ出たのが2024年の1月だったんですよね。だからいつのタイミングで買ったかちょっと覚えてないんですけど、手に入れて積んでました。で、日本翻訳大賞の候補を見た時に、あって思って、そういえば読んでないやって思い出したのを覚えてますね。
でも、もともと注目はしてたんですね。
でもさ、これ結構話題じゃなかった?みんな読んだ人いいっていう反応が多かったので、見かけたタイミングで買ったんですよね。だし、もうカバーというか想定がめちゃめちゃ印象的な。
いいですね。新聴クレストブックスのシリーズの一つなんですが、この大地さんがこれを持ってるっていうのを聞いて、調べるとやっぱすごい良さそうだなって思って。
そうですね。ちょうどこの日本翻訳大賞のタイミングもあるので、ちょっと読んでみようかなという話になって、今回ご紹介しているという流れですね。
そうですね。あとはラジオでは、今回イタリア文学なんですけど、結構イタリアの作品取り上げるのが久しぶりになるんですよね。
そうですね。ガルビーノ、ブッザーティー。
なんかちょっと癖強い2人をイタリア文学で紹介していきたいですね。
イタリアといえば癖が強いみたいな。
そういう意味では今回のこの村に留まるというのは、もう真っ当な小説ですね。
そうですね。確かに。まあトリッキーではないよね。
そうですね。
ブッザーティーもね、まあ不条理系っちゃ不条理系だからだけど。
そうですね。ガルビーノ、ブッザーティー、どっちもちょっとね、だいぶ変化球を投げまくるみたいなね。
ああ、確かに。
タイプの作家なんで。
なんとなく、あとガルビーノとかブッザーティーってちょっと活躍してた時代というか、少し昔の世代ってイメージだけど、
今回のこのマルコ・バッツアウンドさんは、もう今現代イタリア文学をね、代表するというか、で活躍されていらっしゃる方なので、
割とこの最新のイタリア文学かなっていうところと。
そうですね。
ですね。だからちょっとすごい読みたかったのもあるし、そのあたりも含めて。
今日お話できたらなと思いますね。
さて、最初にちょっと印象お話するとですね、ちょっと衝撃だったのは、
これ私ほぼ最初、前知識なく読み始めました。
あらすじとかも読まずに読み始めたので、なんかタイトルめっちゃいいなと思ったので、
どんな話なんだろうなとか思いながら読み進めていったんですけど、
これあれですね、ざっくり言ってしまうと、第一次世界大戦の後ぐらいから第二次世界大戦にかけてと、
ちょっと終戦するまで、終戦した後もかっていう、ちょっと割とある女性の反省が描かれるんですけど、
長いスパンの話だったんですけど、これちょっと読んでる最中思ったのは結構すごいリアルで、
その細部まですごく練られてるというか、この女性の人生が描かれていて、
これも体験したような話、自伝的な小説に近いような感じで読んでたんですけど、
もしくは近しい人が書いてるのかなみたいなイメージで読んでたんですけど、
途中で役者後掛けを読んだんですよね、第一部が終わった後ぐらい、
そしたら結構調査して書いたっていうことなので、
マルコ・バッツアーノさんは別にこの舞台になった村出身ではないし、
チェロ地方出身ではないし、ミラノの人だもんね、だから調査して書いたんだよね、これね歴史とかをね、
すごくすごいなと思って、まるで経験したことのように、
細部までイメージできて書いてるのが、ちょっとびっくりしたというか、
去年よく自伝的小説を読んでた気がしていて、
マリウーポリー、彼女はマリウーポリーがやってきた、
おととしの、
おととしだっけね、そっか、
とかなんか割と自伝的なやつって結構読んできた気はするんですけど、こういうタイプで、
これなんか調査とかで構成してるんだっていうのがなんかすごいなっていうのが正直思いましたね、
あともう一点あれですね、これイタリアの北部にある地方が舞台なんですけど、オーストリアとかスイスの国境沿いで、
言語がですね、当時ドイツ語圏っていうところで、イタリア語圏じゃなかったっていう、イタリア語を話す人の方が少数派だったっていう地方で、
結構なんか日本からすると結構想像しにくい場所じゃないかなと思っていて、
やっぱこういうところの、なんていうんだろう、状況というかね、
情景をこう見せてくれるのも海外文学を読む醍醐味だなと思っているので、その点でもかなりちょっと読書体験としてはすごい良かったなと思いますね。
うん、確かに。
ちょっとそのとこにしときますか、最初。
いやそうですね、今回は北イタリアの小さな村が舞台なんですけど、
登場人物、主人公を含めてですけど、結構素朴な人たちが多くて、そんな派手な話ではないと思うんですけども、
でも読み出すと止まらない、そんな小説になりましたね。何がいいかっていうところの一つで、
個人的にはこの小説の文章、主人公の語りですね、それがすごい良いなと思って、すごく言葉に引き込まれましたね。
あんまり無駄がないこの文体なのかなと思っていて、登場人物のセリフとかも、そんなちょっと端的な話し方なのかなと思うんですけども、
でも一言一言がすごく心に入ってくるような、そんな言葉ですごく魅力的なこの文章だなと思って読んでました。
で、この舞台の村というのが、戦争とか戦後の土地開発、ダム計画ですね、それで国とか企業の都合によってなくなってしまう、そんな村の話なんですけども、
そこで育った主人公たちの人生っていうのが、すごく大戦時代みたいにリアルに描かれていて、すごく読んでると、そこの人たちに思いを馳せるような、そんな感情がありましたし、
最後読み終わると、その小説の中では過去の話ですね、その村があった時の話なんですけども、ちょっと現代に戻るんですね。
その村があったところは、今はこうなっていますっていうのを作者が書いていたりするんですけども、そこも含めて読むとですね、もうかなりね、ちょっと感情を動かされるものがありましたね。
そうですよね、表紙からもそうなんですけど、湖に沈んでしまった村のね、このことが描かれるんで、ちょっといろいろ思いを馳せてしまいますよね。
じゃあちょっとそんなこの村に留まるんですが、著者紹介したいと思います。
著者のマルコ・バッツアーノさんですね。この方は1978年ミラノに生まれています。2010年、息子の息子でコラード・アルボーロ新人賞を受賞。
2015年、最後に来たりし者でカンピエロ賞とバルボーニ賞、ローマ図書館賞などを受賞。
2018年に発表した本書でイタリア文学界の最高峰、ストレーガー賞の最終候補に選ばれたほか、リゾーラ・デルバ賞、ドミニティ・ユネスコ賞、ビアダーナ賞など国内外の多数の文学賞を受賞したと。
世界35カ国で翻訳され、ドイツイタリア両国で20万部を超え、世界で50万部のベストセラーとなった。というかこの村に留まるんですね。
役者と書きにもあったんですが、割とこの本が彼のそれまでの作風をガラッと変えた新しい作風で、結構読者驚かさせたとあるんですけど、それまでは割と女性の印象で語る作品なんですけど、
それまでは移民産部作という産部作があるみたいなんですけれども、これは結構自身の体験やルーツ、家族のルーツなんか色濃く反映された作品だったものから、この村に留まるでかなり作風を変えて話題を読んだとありますね。
この移民産部作、ちょっと気になりますね。面白そうですよね。 ちなみにめちゃめちゃ面白かったので、まだこの一冊しか翻訳されてないっていうのは、現段階ではこの村に留まるしか翻訳されてないそうなので、
ちょっと新潮クレストさんなのか、他の出版社なのかあれですけれども、ちょっと読みたいですよね。 そうですね。あと新潮クレストブックスから同じく出ている、帰れない山という。
ああはい、イタリア文学の。 これも同じくイタリアのパオロ・コネッティという作家の作品なんですけど、年齢が同じなんですよね。
ああそうですよね。 どちらも1978年生まれで、あとガキでも中堅世代を代表する書き手として、この2人が現代イタリアの文学芯を引っ張っているというので、マルコ・バルツァーノさんはこの村に留まるしか今は翻訳がないので、ちょっとこれからの翻訳はすごい楽しみにしたいですね。
そうですね。帰れない山もね、気になってる。 ああそうですよね。 ですよね、私ね。ちょっとこれもだいぶ話題だった。
帰れない山と、このパオロ・コネッティさんは本当はね山小屋の生活。そっちもすごい面白そうな。 どっちも新潮クレストですね。
じゃあちょっと版元、新潮クレストブックスの紹介をちょっと読み上げたいと思います。 北イタリア、チェロル地方、ドイツ語圏の一帯はムスソウニの大統によりイタリア語語を共生され、ヒトラーの移住政策によって村は分断された。
母語を愛し、子供の力を信じるトリーナは、地下で子供たちにドイツ語を教え、ダム建設に反対する弟共に生きていくのだが、イタリア文学界の最高峰、ストレーガー賞最終候補作とあります。結構端的にこの作品を紹介してますね。
そうですね、もう早速この作品の特徴に移っていきたいと思うんですけども、今のあらすじの紹介でもあったように、北イタリアのチェロル地方というところが舞台なんですけども、ドイツ語圏なんですけども、村としては、その一帯としては、1920年代、ムスソウニの大統によってファシズムがイタリアで政権を取って支配していってという時に、そこからかなり激動の歴史をたどっていくという。
そうですね。今はね、現代においては、この場所は実在する場所で、教会のね、小牢だけがね、湖から顔出していて、それが観光名所になっているというような状況なんですけども、それがまあ表紙にも反映されてるんですけど。
縦長で、屋根が尖ってるんで、その下にちょっと鐘がある建物ですね。
そうですよね。で、これちょっとそういう本当に実際にあったというか、ことを下地にしているフィクションではあるんですけれども、個人的には一番最初読んだ時に結構状況が理解しにくいというか、まずドイツ語なんだっていうのがちょっとびっくりしたというか、
自分はイタリアの小説だと思って読み始めたのに、ドイツ語圏の地方なんだっていうところ。って思うと、なんかドイツになんか支配されてたというか、ドイツの領土だったのかなっていう印象を持つのかもしれないですけど、実際はオーストリアですね。オーストリアの領土というか、オーストリアの影響でドイツ語圏だったということになりますね。
ここがちょっと私一瞬混乱しました。オーストリアっていうのが最初出てこなかったので、外国からイタリア語が強制されてナチスがまた来てドイツ語とイタリア語をグチャグチャするっていうのがちょっと繰り返されている。地理的に非常にいろんな国の影響を受けてしまう場所だったっていうところですね。
なので、この村の中でも結構どこに系統しているかがちょっと違ってたりするんで、なんか不思議だよね。これ多分日本の感覚からすると全くわからない。特にこのトリーナの家族もですね、夫のエイリヒと息子のミハイルっていうのが、ミハイルがちょっとナチス派になってしまったんですね。
ナチスの兵士になるって言って出てくるんですけど、でもエイリヒはもうそんなもん考えられないっていうか、やめろっていう感じで、反ナチス派なんですよ。この辺りもですね、同じ家族の中でこんな風になるっていうのが、多分日本の感覚からすると全くイメージできないんじゃないかなと思って、結構すごい特殊な地域だなっていうのが読んでいて思いましたね。
そうですよね。この南チロル地方というところで、イタリア、オーストリア、あとスイスにも面しているんですけども、結構どこの国の領土のものかっていうと、結構歴史の中では色々とオーストリアやイタリア、でもなんだかんだって今はイタリアみたいなですね、そういうところみたいで。
確かにその所属意識というか、そういったところのアイデンティティっていうんですかね。そういったのが確かになかなか特殊な状況な地方かもしれないなと思いましたね。
そうだよね。
あとちょっと小話になるんですけど、南チロル地方について少し調べていたらですね、東京のスタガヤ区の豪徳寺に、日本で唯一。
豪徳寺。
豪徳寺ですね。マネキーネコで有名な豪徳寺なんですが、日本で唯一と思われる南チロル料理店があるみたいで。
あ、そうだっすね。南チロル料理ってのがあるんですね。
そうですね。三羽亭っていう名前の料理店になるんですけども、ちょっとここはかなり行ってみたいなって思いましたね。
あーそうなんだ。ちなみに南チロル料理ってどういう料理なんですかね。
どういう。
あ、本当だ。
ちょっとイタリアン。
ソーセージ?
そうそう。そういうドイツっぽいあれなのか。
え、でもなんかおいしそう。
そういう郷土料理が東京で食べれるっていうので。
なるほど。豪徳寺といえば、編集工学研究所があって、本能レンラジオさんの置き算元じゃないですか。
はい。
一回来ましたよね。収録に。
行ったところですね。
じゃあまた郷土寺行きたいな。
そうですね。あの近くなんでちょっと行ってみたいですね。
そうですね。ちょっとじゃあまた誘ってみましょうか。
おいしそうしいと思うけど。なるほど。あ、いいですね。
ちょっとですね、話が小説に戻そうと思うんですけども、小説の特徴の2つ目ですね。
それがですね、今までの話の流れで、この黒村に留まるか、それとも離れるか、選択を迫られる村人たちがいるっていうですね、そこが特徴かなと思っています。
戦時中のナチスドイツが来ての分断であったり、あと戦後のダム計画の開発であったりっていうので、結構村人たちがその時その時で岐路に立たされるんですね。
なんかその出ていくのか留まるのかって、主人公のトリーナの家族たちとかもそれによって決断をしていくんですけども、結構その家族とか村人たちっていうそのコミュニティの中でもみんながその一枚岩で同じ選択をするかっていうとそうでもなくて、
トリーナとか夫のエイリヒはこの村に留まるっていうですね、そういう選択を常に持つわけですけど、でも他の人たちはやっぱり出ていくとかですね。
だからそういったので、結構ですね選択をそれぞれがそれぞれ思うところがあってやっぱりしていって、誰が正しいとか間違ってるっていうのは本当ないと思っていて、諸世論で言ってもそれぞれのその考え生き方があるんだなっていうのがですね、やっぱり分かるそういったところかなと思いますね。
そうですよね、そうですね、この諸世に出てくる人たちって、この地方に生きてる人たちって結局どんどん選択して出て行ったり出て行かなかったりするんですけれども、別に出て行ったからこの土地を軽々しく持ってるとかそういうわけじゃなさそうで、もう野望を得ずみたいなところとか、いろんなタイミングがあるんですけど、戦争のことと、
あとダムのこととかですね、とかでちょっと人がどんどん離れていく場所ではあったんですけど、離れてしまったからといって、この土地に対して愛着がないってわけではなくて、そこが結構読んでいて、とはいえこの主人公一家、特にエイリヒはこの土地にこだわるので、そこに対していろいろ言ってくるんですけど、でも読んでて、
エイリヒは強いこだわりは持ってるわけじゃないけれども、もう仕方ないよねみたいな、なんていうのかな、諦めみたいなのがすごく漂うけれども、その諦めの中には別にこうしたいわけじゃないっていうのはすごく感じたんで、なんかすごくやらせない感じだったなってはちょっと思いましたね
その中で主人公の音のエイリヒは必死にこの村を守ろうと抵抗するんですけど、ちょっとまあ終盤の方の話だけどね、この辺りはね、というところですかね
そうですよね、でも村のこういう状況で、そこに住む人たちがどういうふうな行動をとっていくのか、どういう選択をしていくのかっていうのが、いろいろなやっぱり人が村人の中に見るので、家族一つとってもそうですけど、なんかそういったのがやっぱりあるっていうのは面白いなと思いましたね
ショーツとしてはそんな流れはなって、それが現在に至っていくというですね、話ですね。
なるほど、そうですね。これ最終的には水に、湖に村が沈んでしまうっていうのは。
僕すらもこの本の表紙の後継にはなってしまうんですけども。
ラストに向けてね、ダム計画の件はもういろんな思いがみんな落ちながら進んでいくんで、なかなかちょっと読んでてつらいところもありましたけど。
そうですよね。ダム計画って本当にそれって実行されるんだろうかって、読んでいるとわからなくなるときがあってですね。
確かに。
でもやっぱり反対運動していると、いろんな人に会って話を聞いて、あるときは地質学者ですかね、村にやってきて、こんな土地でそんなダム計画とか危険だからやっちゃダメだって言って、
いやこんな計画はもうすぐに白紙になりますよっていうものの、そこから特に音沙汰がないというか進展がなくてとか、あと結構ね国の大臣とかローマ協合とかにも越見したりするっていうですね。
なかなかすごい反対の動きを見せて、で結構周りも見方っていうか理解、示してくれるんですよね。
そうだよね、なんか完全に一回覆るぞと思ったけどね。
いやなんかそういう国が住んでる人たちの意思を尊重せずに勝手にそんなことしちゃダメだって偉い人たちが言うし、じゃあちょっと計画中止になるようにちょっと話してみるよっていうんですけど、
でも次のページに読むと、なんかね計画はでも着々と進んでいって、偉い人たちのあの言葉は一体何なんだったんだっていうね、思うような。
もうなんかね、何事もなかったことのように進んでいくよね。
いやでもなんか最初のこのトリーナの青春の話とか、戦争の話とか、ダム計画の話とか、結構なんか場面場面によって読んでる時の印象というか、なんかそういうのはこの作品は結構バリエーションが豊富だなと。
ほんといろんな場面がやっぱり小説の中であって。
そうだね、最初このトリーナも少女というかね、まあ幼いって言っちゃうとそこまでないんだけど、10代後半ぐらいかな、ぐらいの時から、10代半ば10代後半ぐらいから描かれていくので、なんかそのあたりのこのなんか青春じゃないけどね、友人とのやりとりとかね、すごく印象にあるし。
で私あれなんですよね、最初仲良かった3人の、トリーナ含めて3人の女の子のうちで、バルバラが連れてかれてしまうわけなんですけれども、ちょっといろんなことがあってね。
この辺の流れとか描写とか、いやほんとなんかすごいよくこれ、フィクションで作れてるなっていう感じはすごいしましたね。
なんか全然、いや普通にここまでなんだら想像を及ばないよって思ったんですよね。なんかすごいなって思って、ちょっとこの辺読んでましたね。
うん、そうですね、確かに。
なんかその、ちょっとあんまり言っちゃうとあれかもしれないけど、バルバラっていうのがね、ある時にちょっとあることがあって、この村にいられなくなるんですけれども、その流れとか、実際にあったことだとしても、絡めてこうやって描くのはすごいなってちょっと思いましたね。
そうですね、あんまり具体的に話せないですが、結構それがでもね、後々もね、このトリーナ、心の引きずってるっていうか、心にはずっとそれが残り続けて。
そうですね。バルバラの存在、記憶も、村の記憶と一緒になって残り続けてるっていう、そういうことだなと思いますし、あと最初の方だと僕あれですね、このエイリヒ、トリーナの旦那さんになる人ですけど、結構このエイリヒは魅力的な男性だなと思ってですね。
最初のこのエイリヒが出始めた時から、一貫してこの村を離れたくないって言ってて、最初にトリーナが学生の時、エイリヒと会話してるのは、周りの情勢がどうこうっていうよりかは、結構この村が田舎なので、トリーナは学校を通ってて、就職したら都市に出ていくみたいなんですね。
そんなノリで、トリーナは村出ようかなって思ってるってエイリヒに言うんですけど、でもエイリヒは、いや自分はもうこの村に離れたくない。何があっても離れたくないっていう、もうその考えを持ってて、それを最後までエイリヒは持ち続けるんですけども、このエイリヒのブレない考え方、生き方もそうですけど、考え方であったり、姿勢であったりっていうか、すごいかっこいい人で。
他もエイリヒはすごい好きになりましたね。
あーなるほど。確かにブレないとこあるけど、逆に私はあれだな、ちょっとまげなすぎるか。
あ、まげてね、頑固なんですけど。
最終的には上手くいってはいる。まあでもそうとも言えないとこもあるけれども。
いやでもこのトリーナもエイリヒのことすごい信頼していて、お互いにそうですけど。
トリーナってどっちかというと優柔不断なところがあって、でもなんかエイリヒと本当2人でいろんな壁を乗り越えていくんですけど、戦争とかいろいろ。
それでだんだんこのトリーナが優柔不断だった人が自分の意思でたくましく生きていく、そんな姿も中にはあったりして。
この2人の真の強さというか、たくましさというか、小説の中に現れているところとか。
どっちもね、頑固だとか優柔不断だとか、そういうところあるかもしれないですけど、この2人のやっぱり強さみたいなところはやっぱすごい惹かれるものがありましたね。
確かにトリーナは明確にエイリヒが戦争に行った時とか、あと2人で逃げてる時の洞窟での一幕とか、あの辺りで明確に強くなったなっていうのは見えるところもあるし。
その辺りの成長と言っていいのか、強くならざるを得なかった時っていうのが描かれるのも、なんかこう辛い部分ではあるかなとちょっと思いながら。
そうですね。
私結構、ちょっとこれもネタバレになっちゃうんであんまり言えないんですけど、第一部のラストの付近ですね。第一部、歳月っていうタイトルがついてるんですけど、その最後のあたり、具体的にページ数言った方がいいのかな。
第一部の12ぐらいからですね。だから63から67ぐらいまでか。この一連の描き方、描写の仕方っていうのは結構予感させる緊張感に溢れてて、こういう嫌な気持ちになったというか、モワモワってしたところだったりするんで。
ちょっとこれはもう読んだ方にはわかると思うんですけれども、ぜひこのあたりも。細かいところがすごい、なんか巧みというか上手いなって本当に思う。すごい描き込み方が上手い、上手だなっていうか、巧みだなって思いますね。
こういう歴史を、この黒村に留まる作品の中だけではなくて、日本含めてそうですけどもっとたくさんそういった歴史ってあると思いますし、そういったのを学んでいかないといけないんだろうなって、自分の中では結構そういう意識がやっぱり強まりましたね。
で、それって国とか企業の都合で、住む場所を奪われた人とかですね、そういう市街にあった人って、やっぱり保障はあるんですけど、でもこの作品を読んでいるとですね、保障って本当に微々たるもので、本当プラスマイナスで言うとマイナスにしかならない、そんなレベルで結局奪われて損してっていうですね。
その理不尽に、やっぱりそこの印象がすごい強かったですね。
本当なんか戦争の延長戦っていう感じ。
そうですよね。戦争終わってもやっぱり平和ではないっていうのはすごくね、思いましたね。で、こういうのをやっぱり知らなかったり忘れてしまったりするとまた同じようなことが繰り返されるんだろうなと。戦争ではない形でも。
まあ確かにそうですね。
そういう平和ではないことがやっぱりなってしまうんだろうなって思わされましたね。
本当に感覚がね、多分国の感覚が戦争と同じように兵士としての使えるコマみたいな感じの感覚でこの黒村の人たちは見られてたんじゃないかなとはちょっと思いますよね。
まあちょっとそんなところですかね。
でもやはりこの作品はこういうとこまで思いを馳せていくというか馳せてしまうので、すごい良い作品でしたね。
そうですね。僕は最初に読み出すと止まらないって言ってたんですけども、基本的にはいろんな展開があって、すごいグッと読んでいける作品だと思うんですけども、後半になるにつれて途中からですけど、すごい考えさせられるものの多い作品でしたね。
ああ、そうですよね。やっぱりちょっと話題だったのがわかるし、まだ手に取ったことない人には読んでもらいたい作品ですよね。
そうですね。
このぐらいのところはそのところですね。全然あれですけど、三枝さんは花粉症大丈夫ですか?
他まで人生でなったことがないんですよね。
なったことない。マジか、いいな。
三枝さんは花粉症なんですよね。
ちょっとあんまり長くならない程度に言うと、昔もともとめっちゃ重々の花粉症だったんですよ。それがですね、毎日ヨーグルトを食べたら、10年ぐらい前にかな、結構改善して。
ヨーグルトとかあるんですか?
そう、私はたまたまそれが大切になったみたいで、ヨーグルトを毎日、花粉症の季節以外も本当に毎日安いパックに入っているヨーグルトを毎日食べてたんですけど、そしたら改善しました。
本当ひどかったんだけど、だいぶ良くなったんですね。なんですが、今年はやばいですね。久しぶりに結構薬飲んでます。
周りも多くない?今回。花粉症やばいやばいって言ってる人。
そう聞きます聞きます。
ポッドキャストはあるあるだけど、やっぱりここ最近のポッドキャストを聞いてると、冒頭に花粉症で声が張って、エクスキューズを入れる人たちがやっぱり多くて。
そうですよね。しゃべるときに影響絶対入れますよね。
だからちょっと私も今回最初に入れようかどうか迷ったんですけど、ちょっとあえて。多分今日声結構ガサガサだったと思うんで。
花粉症の中入ってたんですね。
でもなんかだいぶ楽になったんですけど、本当今年は久しぶりに薬を毎日飲んでますね。
いつもは3日か4日に1回ぐらいで大丈夫だったりするんですよ。この時期。薬を飲むんですけど。
なんかそんなに毎日飲むほど酷くなくて、ちょっとヤバいなって思った時に飲んでたんですけど、ちょっと今年は本当に今毎日飲んでますね。
いやーでもそっか。花粉症じゃない人って本当多分相当羨まれしがれてると思いますよね。
そうですね。話聞いているとね。でもいつなるかわかんないですもんね。花粉症は。
そうですね。本当にだからちょっと油断してですね。免疫上げていけばいいと思うんで。というちょっと雑談も入っちゃいましたけど。
ちょっとじゃあ次回予告しますね。
じゃあ次回予告させていただきます。
次回はですね。リフワとアルアイールさんが編集されている形ですね。
リフワとアルアイールさんが編集された物語ることの反撃。パレスティナガザ作品集になります。
こちらもお楽しみに。
番組の最後になりますがメールマン会員募集しております。
こちら無料版、有料版とございまして。無料版は最近はですね。海外文学ニュースというのを毎週届けております。
興味のある方はぜひご登録ください。
有料版は我々を応援したいという方のためにですね。ご用意している物になってまして。
ちょっと我々をですね。ちょっと応援したいという方がいたらですね。ぜひこちらご登録いただければと思います。
こちら我々の活動費、編集費などに使わせていただいておりますので、ぜひご協力いただけたらありがたいです。
詳しいことは番組概要欄に記載しておりますので、そちらをご確認ください。
番組の完成のリクエスト、またこの番組を受け入れて紹介された方を読みました。
お迎えしますのでございましたら、ハッシュタグそのためにこたちをつけて教えていただけると嬉しいです。
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お便りフォームをですね。概要欄に載せておりますので、こちらからですね。お便りいただけたら2、3ヶ月に一度のお便り紹介会で紹介させていただきます。
この番組気に入っていただけましたら、積極的に拡散共有していただけると助かります。
ではまた来週。ありがとうございました。