ジャーナリズムもあるので、単純な創作ではなくて、結構現実も捉えた、そういう作品を書いているという、自身のレズビアンであるというところとかですね、
そういったところも相まって、スイスの方なんですけど中近都に行っているというところで、周りの人も結構変わった人が多いというので、なかなか個性豊かというか独特な人だなという、そういう印象でした。
まあ読むと結構彼女の眼差しみたいなのが見えてくる作品ではあったし、あとね、このこれ偽装結構なのかどうか、ちょっとその辺がね、
なんだろう、この情報だけ見て勝手に決めつけるわけにはいかないけどね、どういう経緯でとか非常に気になる人物ですね。
あとこれ、表紙がこのアンネマリーさん本人ご本人の写真みたいで、カバー写真のところ見たら誰が撮ったかわからないが、アンネマリーとカメラの写真1939年って書いてあって、
あ、そうなんだって思って。結構ね、本当すごいなんだろう、こんな写真残ってるみたいな、すごいかっこいい写真ですね。すごいセンスのある芸術的ななんか写真で。
この写真を構えている立ち姿がなんかね、かっこいいですよね。
一瞬男性見えた。俺ってか男性だと思ったんですけど、女性なんだっていう。
だからすごいかっこいいですよね。
線の華奢な感じで、わかったから、なるほどと思っておりますね。
じゃあ具体的に作品紹介入っていきたいと思います。ではまずですね、あらすじを引用させていただきます。
1930年代、那須に迎合する不幸の漁師に反発し、同棲の恋人とともに中金島を旅したスイス人作家がいた。
同じように世界に居場所を失い、中金島に流れ着いた人々がいた。
旅先で出会った人々を繊細な筆記で描いた、さすらう魂の吹き溜まりのような短編集となっておりますが、
この魂の吹き溜まりのような短編集っていうのがまさにこの短編をうまく言い荒らしていて、
この帯を書いたおそらく書士官官房さんの担当者の方かな。やっぱりセンスあるなっていう。
実際にですね、さっきも話したんですけど、作品としては数ページから長くても30ページほどの作品が多い短編集となっています。
舞台設定は1920年から30年代、第一次世界大戦の前ですね。第一次世界大戦の傷跡が残る、そんな時代ですね。
作品としては、著者自身を投影した人物が主役というかその視点が多くて、実際の旅で見たものが描かれている。
そればかりじゃないんですけど、いわゆるオートフィクションに入る形式のものが多いかなという短編集です。
そうですよね。やっぱりこの著者がオリエントを旅していた時の、そこがもうかなり色濃く反映されている旅を文学に昇華させたような、そういう内容になっているかなと思います。
ちょっとこれをあげるのは意外でした。他いくかなと思ったけど。
今回は私が選んだ短編はですね、耐えに耐えという短編でして、これあのちょうどこの短編集の真ん中に入ってますね。
で、ここで前の7編か。7編とは舞台が変わって、ペルシアを中心とした話が続くとこの一番最初になってます。
その前が割と前半はですね、パレスティナとかシリアを舞台にした話が多かったんですけど、後半はペルシア、今のイランか、当時ペルシアですね。
舞台にした作品が多い流れになってます。の一作目なんですが、個人的にはちょっとここに入った時に結構急に読みやすくなったような印象が実はあって、
だからちょっとこの小説に慣れてきたんだなっていうのはちょっとちょうど勘したとこだったんで、多分それでも印象に残ってるのと、
あとこれ今あらすじを書き出してみたんですけど、なんか俺が読んだ時の印象をうまく伝えられる自信がないあらすじになっていて、
なんかすごくいい作品だなと思ったんだけど、あらすじだけ書き出してみるとなんかそうでもないなって思ったりするやつなんですけど、
まあちょっとその辺のことも踏まえてですね、ちょっとお話ししたいと思います。
この短編の主人公はイタリアから来たドクター・リエティという人物です。家畜の研究をしてるっぽい感じですね。
実験動物たちを連れてペルシアに向かうリエティだったんですが、道中ですね、自分が連れてる家畜がですね、病気だったり病気をうつされてしまったりとかなんだりで、
どんどん数が減っていくんですね。目的地のテヘラン、イランの人ですね。
テヘランに着くがそこでもですね、動物と不遇な目にあって自分の仕事がうまくいかなくなっていく、そんな状況にあります。
そんなおりですね、そのテヘランのバーでイタリア人の歌姫と出会います。
その歌姫はですね、ちょっと騙されちゃってこのテヘランまで連れてこられた様子なんですけれども、
このリエティはですね、まあそのことに同情もしなければ何かしてやろうみたいな気持ちも全くない。
で、その歌姫と会ってる時に自分の今の感情っていうのをトロします。
イタリアに戻りたくはないみたいな話とか、そんなあたりの話をしますね。
やがてですね、そのテヘランで動物の仕事、家畜の仕事が始まりますね。
実験農場に動物を移してそこで仕事を始めます。
現地で女子を雇います。
その人と二人で農場で過ごしたりするんですが、リエティはイタリア政府に新しい家畜を要望するがその望みは取らない。
そんな時ですね、この女子と二人でお酒を飲み、彼らはいろんな話をします。
ちょっとこの打ち解けるような瞬間がありますね。
その中でリエティはこの自分の置かれている状況、もう我慢はしないぞみたいな話とかもしたりしますね。
戦争が起きます。
リエティは気づけば捕虜のような立場になっていたのか、この大使館とですね、ちょっと折り合いが悪くなってきて、
表向きはこの多分テヘランで仕事をするようなことになってるんですけど、
もう何年ここにいればいいかわからなくなるような、しかもその仕事のための援助なんかがあるわけでもない状態で、
ここに居続けなきゃいけないというような状況に追い込まれていきます。
っていうのは対に対での多分大枠の話なんですけれども、
個人的にはおそらくこのリエティのどこにも行けなくなってしまう感じとか、
あとこのバーで会ったイタリア人の歌姫の望んでもないのに、
もう自分が置かれた立場で行けなくてはいけないみたいなところに多分惹かれたんじゃないかなって思うんですけど、
結構あらすじとかをやると、
多分これさっきも自分が使ってた表現でおそらく感じてることがウェットじゃないんですよね。
なんかすごくドライで感情が見えにくくて行ったりトロしたりしてるんだけど、
でも結局耐えなくてはいけないって、タイトル通り対に対になってて、
本当に耐えなくてはいけないような状況に追い込まれていくので、
そういうのが描かれてるから多分惹かれてはいたんだなと思うんですけど、
ちょっとあらすじからでは伝わりにくいかなとちょっと思いました。
この作品もリエーティというキャラクターがキャラクターの物語になってるんですけど、
耐えに耐えのタイトルがリエーティってどっちかというと流されるタイプの人で、
この作品でも自分は今まで逃げてきたっていうのを言っていて、
いろんな過去があるんですけど、やっぱり逃げてきて今ここに行き着いたと。
さらに歌姫、歌姫っていうのがそんな若くないんですよね。
ちょっと歳いっていて、向こうから誘われて、リエーティが気づいたらその誘いに乗ってしまっていてっていう。
そうなんですね。なんでこうやって。
なんか耐えに耐えっていうのはあれなのかなと。
リエーティが流されていくから耐えないといけない状況になっていってるっていうですね。
ちょっと皮肉というか、そういうところも含まれてる作品だなとは結構感じましたね。
なんかね、自分が正直になれるのはこの助手の場合とかだけっていうのもなんかね、彼の状況をちょっとうまく表現してる感じもあるしね。
なんとなくやっぱりこういう人が多かったのかなと思うね。
自分の国から逃げるようにしてきて、逃げたけれども、この状況で何だろうな、耐えなくてはいけないみたいなことはあるのかなとはちょっと思いましたね。
ちょっと最後の終わりの方で、助手との会話でイタリアに戻りたいですかって聞かれるんですけど、リエーティがここからおさらばできるならどこでもいいさって言って。
リエーティ、でもそれはね、そういったものの内心ではね、イタリアに戻ってじゃあどうなるかって考えたらですね、結構戻ったら戻ったら辛いというか。
で、次のページではリエーティが全く逆のこと言ってて、御恩にいれば御恩に従いというので、一旦引き受けた仕事を投げ出すことはできないと。
今は旅立つわけにはいかないというですね。なんかそのイタリアに戻らなくて大丈夫って聞かれるんですけど、いや自分はここで役目を果たすまでいますっていうですね。
心変わりというかね、いろんな格闘があってやっぱ耐える方向に流れていくというか、そこにちょっとリエーティの切なさみたいなものは感じましたけど。
すごく強い人間ではないので、そこに共感もするし。で、リエーティの父がイタリアにいて多分イタリアのために戦うことを望んでいるんだろうけど、それには従わないみたいな、そういうところとかね、いいなと思いましたけどね。
絶えに絶え読むとリエーティってやっぱちょっと弱い人間かなとは印象としては思ったんですけども、その後3日連続のテツヤッシュという作品でもリエーティが出てくるんですけど、
ちょっとそこで若干リエーティの絵の印象変わったところがあってですね。その後で出てくる作品では結構登場人物たちで、ちょっとその世の中の情勢の話をしたりするんですけど、
リエーティやっぱり頭がいいと思うんですけども、周りに比べてやっぱりよくそういった世の中のことを考えている、もしくは考えすぎかもしれないと。
一方で周りは考えなさすぎているのかもしれないと。ただ嫌だから逃げる。でもリエーティはちゃんとそこに政治的理由があるから逃げるとかですね。
それを言い訳と捉えるかどう捉えるかっていうのはそれぞれかもしれないんですけど。
なのでちょっと思ったのは、このオリエントに出てくる人たちを比べた時にリエーティがちょっと最初は弱い人間なのかなって思ったりはしたんですけど、
いやむしろリエーティが正常なのかもしれないとかですね。周りがちょっとヤバいだけじゃないかとかですね。
いろんなことがちょっと後の作品を読んでリエーティって本当はどうなんだろうとちょっとは思いましたね。
三日連続徹夜酒のところで結構印象的だったのは、これはその酒場にいた若者が言う言葉で、
ところで誰にも責任はない。そういう世の中のさ、誰にも責任を取らせられないんだから仕方ない。
なんかもうそういう諦めみたいなムードがすごいあるんだろうなーみたいな、そういう世界だったんだなーっていうのはちょっと感じるですね。
次ですねテーマトークに移りたいと思います。
テーマなんですけども、国境に居心地の悪さを感じた時、アンネ・マリーのように旅に出れるかというですね、
ことについてですね話をできたらと思うんですけども、今回のアンネ・マリーさんってやっぱりスイスにいて、
時代背景とか自身がレズビアンだったというのもあると思うんですけども、
両親に反発、両親もナチスに言語をする富豪の両親ということで、ちょっとそこに反発して出て行ったという人ではあるんですけど、
まずはね、そういう国境に居心地の悪さとか反発するものがあった時に、やっぱり人って旅に国境を離れるんだろうかという、
なんかね、ちょっとその辺りはどうなんだろうと思いましたね。
今回難しいなと思ったけど、そもそもこの小説でどうテーマ投稿を設定するんだというのはすごい難しいなと思ったけど、
まず日本じゃまず感じないじゃん。どうなんだろうな。戦時中だとしてもさ、
オイソレと島国だから、他の国に渡るって難しい気はする。
そうですよね。
戦時中だから別に日本どこでも同じような状況だからさ、自分の生まれ故郷から少し移動したとしてもさ、あんまり変わらない感じはするからさ、
なんかこの雨に打たれて描かれてるように、なんかほんと違う地域の国に行くっていうことはあんまりできないなってちょっと思っていて、
まあ現代だったらね、できるじゃできるんだろうけどね。
だからその、わかんないけど、すげえイメージだけど、インドに旅に出るみたいな。
そういうのなのかなみたいな、ちょっと思っちゃうけど。
そうね、現代だとどうなんだろう。タイとか東南アジア。
どうなんだろうね。どこまで行ったら切り離されるものなんだろうね。
そうですよね。
わかんないけど、でもこれくらいのレベル感が全然違うかもしれないけど、北海道どこに行ったらだいぶ切り離される感じもするしね。
生活をちょっと1年2年北海道でやるとかね。
どうですかね。もしかするとね、この同じ国の人っていうところがもうすでにダメなのかもしれないですね。
確かにね。日本に行って日本語で話していて、しかも携帯で絶対捕まっちゃうし、
ちょっとほんと違うところに行かないと。
そうですよね。日本だとやっぱり言語の問題とかいろいろ。
この国にいる居心地の悪さみたいのは解消されないかもしれないよね。
そうですよね。とんでもなく高い壁っていうのは感じてしまうんですよね。
海外文学読んでて思うけど、やっぱりこの事実的な世界、国同士が、その感覚がやっぱりどうしても他の国で1年2年生活しないと持てない感覚なんだろうなってちょっと。
だから列車乗ってればさ、どういう交通網が開かれてるかわかんないけど、他の国に行けちゃうわけじゃないですか。
飛行機乗らなくても。それがわかんないんだよな、多分俺には。
これはね、確かに。旅に出たいっていう願望を持ちつつ、居心地が悪くても耐えようとする自分がいるような気はするんですよね。
どっちの居心地の悪さを選ぶんだみたいな感じだと思うな。
よく知っている人たちの中で居心地の悪さを感じるのか、あまり知らない人たちの中で居心地の悪さを感じるのかって。
その時にこのショーズに出てくる人たちは、よく知らない人の中での居心地の悪さを選んでいるような感じはする。
この列車に乗ればいけてしまうみたいなところで。
そうして故郷を離れて違うところに来た人でも、アンネ・マリーさんと作中に出てくる人物ですね。
リエティっていう人とか、あとカトリーンっていう女性もいたりするんですよ。
ちょっと違いがあると思うんですよ。
若干リエティとかは現実逃避というか、そこが流されるようにして故郷を離れてオリエントに行き着いたというのを感じるんですが、
アンネ・マリーさんはどうなのか、流されるというよりかは、完全に自分の意思で地に足ついて旅している感じがしてですね。
そういったところでも、故郷を離れて、その先で辿り着いたところでどう生きていくかというところもですね、
人によってだいぶスタンスが変わってくるんだろうなという感じがします。
親というかなんだろうな、親を含めた自国のスタンスに、自分の国の情勢が、流れが自分の中の疑問点、自分の中の納得感がない状況っていうのが多分あるんだろうね。
今もさわかんないけど、国がやってることにさ、いやちょっとそれはねえよみたいなこと思うことあると思うんだけど、
それの紛失の仕方が多分こういう感じじゃないんだよね、この時代の。
なんかね、SNSとかで投稿して、ちょっと言って吐き出して終わりみたいな感じなんだろうな。だから、うーん、何ともわからない。
もうちょっとね、感覚なんですが、やっぱアネマリーさん、ジャーナリストっていうところもあって、
なんか逃げるように旅をするというよりかは、なんかその、ちょっと突き止めに行くみたいな感覚なのかなとちょっと思ってですね。
まあそこが嫌な場所であろうが、良い場所であろうが、なんかただそこに身を置きに行くというよりかは、
そこがどういう場所なのかっていうのをなんか突き止めに行こうとしているという。
なんかその、ふと思ったのが、なんかその逃れようとしているというよりかは、確かめに行こうとしているかのようなんですね。
まあこの作品読むと、なんかそれを感じましたね。
なるほど、確かめにね。どうだろう。
多分自分の国ではなんかいられないっていう感覚はすごく強かった。
うん、で、だからなんだろうな、まあ放浪するしかなかったっていうのはあるのかもしれないけど、確かめに行くか。
なんかちょっと世の中を突き止めに行くみたいな。
うーん、なるほど。でも確かにそれで言うと、現代はあんまりそういうのないもんな、なんかな。
うんうんうん。
まあでも確かに行ってみないとわからないことも多いから。
ちょっと思ったんですけど、もちろんね、自分ごとで考えたら、どこに身を置くかっていうのは、選べたらそれが一番だとは思いますし、
なんか居心地の悪いところにずっといるって、ちょっと不幸なことかなとは思いますし、
まあかといってね、なんか場所を変えるってすごいそれも大変なことではあるんですけども、
なんかアンデン・マリーさんがしてるのって、ただ場所を変えるとかだけじゃなくて、
なんかその場所がどういう場所なのかっていうのはすごいね、なんかそのジャーナリスト視点でしっかり見定めようとしているような、
なんかそこの場所と見ることで、なんか世の中をどう捉えるかっていうのをですね、なんか自分に課しているような気もしてですね。
うんうんうんうんうんうん。
なんかそのくらいのアンデン・マリーさんでは、なんかちょっと意思の強さというか、
なんかそういうのが持てたときは、なんか外に出ていくっていう選択肢はありなんだろうなって、なんかすごい思いましたね。
まあでもあれだな、たぶん、まあ日本人の感覚が強いからかもしれないけど、やっぱ自分は居心地の悪さを感じても、
たぶん耐えちゃうな、ここで。って思っちゃったな、ちょっとグルグル話しながら。
そうなんだよ、もしかしたらそうやって旅に出るかどうかって、またちょっと違った目的が芽生えたときに、やっぱ行動に移すかもしれないですね。
そうですね。
じゃあ最後、どんな人に読んでもらいたいか、感想を交えて終わりたいと思います。
で、私なんですけど、今回ですね、ちょっと収録しながら思ったんですが、なんかすごく話しにくかったなと思っていて、
この話しにくさの原因がたぶん、この小説を今まだ自分はどう評価していいか見定めてないだろうなと思いました。
でも、あ、で、たまに読んでるとあるんですよ、これ自分の中でどう受け取っていいんだろうみたいな、
それはなんかもっとなんか大きく感じることもできるのかなっていう可能性があるなと思っていて、
今自分がこういう本だよねって評価を下しちゃうとそこまでになっちゃうので、
なんかもうちょっとこう自分の中で醸成させないと見えてこないものがあるのかなってちょっと思った一冊です。
だから結構今日、今回すごい言葉を選びながら話していたなと思います。
とはいえですね、それぐらいですね、なんか非常にいい本だなと思うので、
ちょっと今回の紹介聞いて少しでも気になった人はですね、
立読みでまず読んでみたりしてもいいんじゃないかなと思います。
なかなかちょっと100冊以上、今まで紹介してきましたけど、
自分の中でどう位置づけていいかわからない本っていうのは初めてもしかして紹介したかもしれないなと思いました。
自分の人生だと何冊か読んでるんですけど。
僕もなかなかちょっとね、消化しづらい本でしたね、これは。
このアンネマリさんはアウトローな人だと思いますし、
その分ね、書いてる内容もなかなか容易くね、理解できるものではないのかなと思うんですけども、
どうなんですかね、結構小説であり、ルポルタージュでありというような作品だと思うんですけども、
もっと自分がこの時代背景であったりとか、文化的背景であったりとか、
そういったのをこの先知っていくと、この小説を新たに消化していけるかもしれないなと思いましたし、
人によってはすごく読んでいて惹かれるものがあるなとは感じています。
やっぱり当時の空気感とかね、知ることができたので、
ルポルタージュとか好きな人にもおすすめな作品だと思っています。
面白い作品だったんですけど、説明しにくいかもしれないなとは思いながら終わります。
じゃあ次回予告をいたします。
次回はですね、エドワールド・ハルホンのポーランドの僕となります。お楽しみに。
番組の最後になりますが、メルマが会員を募集しております。
こちらですね、無料版と有料版がありまして、無料版はですね、毎回のエピソードで長すぎた部分をカットした音源を配布しております。
もっと我々のエピソードを聞きたいという人のためにやっています。
有料版はですね、ちょっと我々の活動をサポートしたいなという方のためにやっており、
お返しとしてはですね、毎週毎週この編集講義というものをお届けしております。