1. 文学ラジオ空飛び猫たち
  2. 特別配信 ノーカット版「アカ..
2021-01-22 51:44

特別配信 ノーカット版「アカシアは花咲く」

spotify

特別配信ノーカット版です!!

ラスト6分が未収録部分です。

また最初に少し日本翻訳大賞について話しています。

日本翻訳大賞HP

https://besttranslationaward.wordpress.com/


【今回の紹介本】

■『アカシアは花咲く』デボラ・フォーゲル著

今回第23回目でご紹介するのはポーランドの作家デボラ・フォーゲルの「アカシアは花咲く」です。

今年、第6回日本翻訳大賞を受賞した作品、物語はなく登場人物もいない、けれども詩的で非常に味わい深い散文を

二人が恐る恐る紹介しております!

是非お楽しみください!

【番組内で紹介したトピック】

■『アカシアは花咲く』デボラ・フォーゲル著 加藤有子訳

http://www.shoraisha.com/main/book/9784879843715.html

■2021年に向けた企画、発動中!

2021年も「空飛び猫たち」は羽ばたき続けます!

そちらに向けたリスナーが選ぶベストエピソード投票、アンケート、そして年始の配信で読み上げるリスナーからのお便りを募集しております!

詳しくは、空飛び猫たちのnoteをチェック!

https://note.com/cafecatwings/n/n61792d93aece

【文学ラジオ空飛び猫たちとは】

硬派な文学作品を楽もう!をコンセプトに文学好きの二人がゆる~く文学作品を紹介するラジオ番組です。

案内役の二人は、 東京都内で読書会を主催する「小説が好き!の会」のダイチ

京都の祇園で本の話ができるカフェを運営する「羊をめぐるカフェ」のミエ

文学のプロではない二人ですが、 お互いに好きな作品を東京と京都を繋ぎ、

読書会のようなテイストで、それぞれの視点で紹介していきます!

毎週月曜日朝7時に配信しています。

【SNSでご投稿ください】

番組の感想・リクエスト・本を読むきっかけになったなど、 #空飛び猫たち をつけて、ぜひSNSに投稿してください!

よろしくお願いします!

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■ダイチ「小説家が好き!の会」

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■ミエ「羊をめぐるカフェ」

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00:03
どうもみなさん、こんにちは。文学ラジオ空飛び猫たちです。この番組は、いろんな人に読んでもらいたい、いろんな人と語りたい文学作品を紹介しようコンセプトに、文学と猫が好きな二人がゆるーくトークするラジオ番組です。
お相手は、私小説が好きの甲斐のダイチと、羊を巡るカフェのミエの二人でお送りします。
文学のプロではない二人ですが、東京と京都をつないで、お互いに好きな作品をそれぞれの視点で紹介していく番組です。
お互いの紹介に関しては、第0回で話しているので、そちらをお聞きください。
今回はですね、アカシアは花咲く、デボラ・ホーゲルのアカシアは花咲くのノーカット版をお届けしたいと思います。
こちら以前配信してましたが、結構、今編集し直してみたんですけど、6分程度削っていたので、その6分を今回収録し直してます。
そちらに関しては、ちょっと迷ったんですけど、自然の流れで入れていくか迷ったんですけど、
そうすると、どこ入れたのかよくわかんなくなるなと思ったので、今回、今まで配信していたアカシアは花咲くがこの後始まります。
その最後のエンディングが終わった後に、約6分間カットしたアカシアは花咲くの、私たちが話している部分ですね、入れます。
編集してみたところ、全てですね、アザレヤの花屋から撮っていました。
アカシアは花咲くっていうのは、アザレヤの花屋、アカシアは花咲く、鉄道駅の建設と、後期イディッシュ語作品っていうのを収録しているんですけれども、
これ実際に書かれた順番で結構、この順番通りじゃないんですけれども、
私たちはアザレヤの花屋から話していって、ラジオ収録の時にアカシアは花咲くまで話して終えているんですけど、
アザレヤの花屋が最初に来ているせいか、結構ここ、いろいろ話していたところを削っていました。
アカシアは花咲くパートはほぼ削らない状態で配信されていたので、
アザレヤの花屋で削ったところを今回6分ほど追加しております。
なので、そこだけ聞きたいという人は最後の6分だけ聞いてもらえればなと思います。
本編始まる前に、今1月21日か、明日配信するつもりでギリギリで声、しかも三枝さんいなくて一人で入れているんですけれども、
私ですね、日本翻訳大賞というのがものすごく好きでして、これは調べてもらえばいろいろわかると思うんですけど、
1月の10日から14日までだったと思うんですけど、5夜連続で翻訳ラジオという素晴らしい翻訳者たちが、先行員だった翻訳者さんたちと、
あと、去年第6回日本翻訳大賞を受賞した、今回話しているアカシアは花咲くの翻訳者である加藤有子さんとか、
あとですね、サリバンの精神病理学指揮、安部大樹さん、菅井秀平さんかな、が出たりしています。
03:10
受賞された方がですね、出ています。
そちら、非常に申し訳ない話なんですけど、アーカイブ配信が1月21日までだったので、大変申し訳ないんですが、これを配信した時にはもう聞けなくなってしまっていて、
非常に心苦しいんですけれども、すごく面白かったです。
こちらですね、特に第4夜がデブラホーゲルさん、アカシアは花咲くに関して加藤有子さん、登壇していただいてて、いろんなお話されてたんですけれども、すごく面白かったですし、
今回ですね、アカシアは花咲く、私たちのたらとび猫たちのラジオを編集し直すというか、聞き直してみて、最初ちょっとなかなかうまく話してるなと思ったんですけど、
当たり前ですけど、やっぱりこのプロたちが話す内容っていうのがものすごく濃くてですね、勉強になりました。
自分たちまだまだ理解が浅かったなと思い、反省した限りでございます。
特にですね、加藤有子さんの話、もちろん役者、役された方の直接の話なので、すごい面白くて、聞けないのが残念なんですけど、
結構私が印象に残ったのは、苦労話がすごく多く、苦労話っていうかなんだろうな、なんかすごく加藤有子さんって、役することに対してすごく真剣、真摯で、
おそらくなんですけど、私も翻訳で仕事したことはないのでわからないんですが、おそらく翻訳に対しての基準、仕事に対しての自分が設けている基準っていうのはめちゃくちゃ高いんじゃないかなと思います。
それは多分ナチュラルにやってらっしゃるんじゃないかなと思います。
皆さんも仕事とかしているときに、この人基準高いって思う人いると思うんですけど、でもそれってその人が無理してやってるわけじゃなくて、自分の中の当たり前の感覚でやってらっしゃると思うんですけど、
そこが多分基準が高いんじゃないかなと思いました。
すごくこだわって、いろんなことを考えて、迷いながらだと思うんですけど、翻訳に正解はないって言い方があれですけど、
自分が訳したのは一つの形だと言ってたかな、正解じゃないと思うとか言ってたかちょっとうる覚えなんですけど、翻訳にはいろんな形がある中でこれは一つの形なんだよみたいなことも言っていて、すごく翻訳に達成したなと思いました。
結構気になったのは、ポーランド語の接続詞が発音すると一音らしいんですね。
アとかウとかイチとかちょっと忘れちゃいましたけど。
なんですけど日本語って接続詞って話し言葉とでとかあると思うんですけど、基本文語だと文章だとそしてしかしとかしかしながらとか結構3文字以上かかったりするじゃないですか。
06:01
これが結構翻訳するより難しいというかリズムが違うので、そこはすごく意識して訳したと。
日本語は上から下に流れるので重力に従うっていう話をしてて、すごく面白い感覚だなと思った。翻訳者ならではの感覚だなと思ったんですけど、
日本語は上から下に流れていき重力に従う力があるので、接続詞を使わなくても繋がる文章になっていくと。その辺を使って訳していったようなことを言ってたんですけど。
なのでやっぱりいろいろ加藤有子さんからするとこれが正解じゃないかもしれないみたいな迷いはあったのかなとかいろいろ思いながら聞きました。翻訳ラジオ面白かったです。
翻訳ラジオは終わってしまったんですけれども、日本翻訳大賞のサイトに受賞者の言葉として加藤有子さんの言葉が今掲載されています。
そちらを読んでいただけると少しラジオで話したようなことに触れられているので参考にしていただけたらなと思います。
それを受け取った自分の話になるんですけど、もちろん私たち三枝さんでこのラジオを半年やってきて、7割8割楽しいっていう思いがすごく強くやってるんですけど、
2,3割のところでこのラジオを聞いてくれた人に対してどういうものを届けられるのかなって考えたりとか、三枝さんと話したりするときあるんですけど、
今回やっぱり一つ思ったのは、こんなデボラ・ホーゲルのアカシア花作っていうのは今回日本翻訳大賞を取ったりとか、
そもそも加藤有子さんがすごく昔の当時評価されなかった作品を今訳していて、それが今ちょっと日本で受けられているというか、
一部で読まれてすごくいい作品だっていう評価を受けている現状があると思うんですけど、何が言いたいかというとですね、
いろんな入り口があるんじゃないかなと思ってまして、この海外文学をわりと多めに紹介する私たちのラジオなんですけど、
海外文学好きからすればわりと当たり前のような作品を紹介しているのかなと思っているんですけど、
年末アンケートとか皆さんのお声を直接ではないんですけど、文章やいろんな形で受け取った限りですね、
個人的にはおそらく本は好きだけどそこまで海外文学好きじゃないとか、海外文学興味あるけどもっといろんな作品知りたいなとか、
そう思っている方々がおそらくヘビーリスナーの層になってくれているんじゃないかなと個人的には思っています。
日本翻訳大賞というのは、言ってしまえば海外文学好きの中では有名な賞で注目されている賞だと思っています。
このアカシア花作なんですけど、受賞したので読んだ人、私の周りにも多かったですし、たくさんいたなと思うんですけども、
09:07
でもそういうの知らないなとか初めて聞いたなって人が多分このラジオを聞いてくれている人には多かったんじゃないかなと思っています。
なのでこういう作品を私と三重さんが取り上げることによって本当に一人でも多くの人に知ってもらえたらいいなとか思いました。
他の作品もそうなんですけど知らなかったなと思うような作品とか、
たまにものすごく有名な作品を取り上げる時もあるので、レイモンド・チャンドラーとか、
でも読みたいけど読んだことないなとか、どの話なんだろうなと思っている人たちに入り口になればいいんじゃないかなと思っております。
そんな真面目な話もありつつ、本編楽しんでいただければなと思いますので、
これからまず配信したパートが始まり、エンディング、もう本当にエンディングがあります。
エンディングとかエンディング削除しないで、空飛び猫たちが予告、アカシアの花咲くの次はなんだっけ、通話だったかな。
ちょっと忘れちゃいましたけど、そちらの予告が流れ、6分ちょっと未収録だった部分を流しますので、
そちらもしこの後そこだけ聞きたいって人は最後の6分だけ再生していただければなと思います。
それではお楽しみいただければと思いますので、よろしくお願いいたします。
じゃあ今回ご紹介するのはですね、デボラ・ホーゲルのアカシアは花咲くという、これ何ですかね、小説ではないんですよね。
そうですね、3文。
3文と言ってもなんていうか、3文の定義は多分聞いている方もぼやっとしちゃうと思うんですけど、
陰を踏んでない文章のことは3文っていうことになっちゃうんですけど、とはいえ非常に詩的な表現が多い文章で、
矛盾するかもしれないですけど、詩的な3文の作品ですよね。
詩を読んでいるような感覚ですね。
こちらですね、1930年代くらいに書かれた本で、今まで扱った作品の中では一番古いんじゃないかなと思っています。
こちらですね、多分ほとんどの人が読んでいないと思うんですけど、先週先々週と異動計画を扱ってきて、
おそらく一番読んだことがある作品から、おそらく一番読んでいる人が少ない作品に振ってるのが空飛猫っぽくて、非常にいいなと思うんですけど。
振り幅が面白いですよね。
いいなと思うんですけど。
こちらですね、第6回日本翻訳大賞受賞作となっております。
こちらがですね、2020年の5月にこの賞が発表されるんですけれども、
飲み出しは3月から発表されているので、受賞する前からちょっとずつ有名になっていた作品で、
受賞直後かなり有名になった作品、その界隈ではっていう言い方なんですけど。
そうですかね。
私の友人でもその辺りで読んだ人が多かったですし、
12:03
受賞した時って確かちょうど緊急事態宣言もあった中で、
そうか、その時期だったんですかね。
5月だし。
アマゾンでは売り切れてたかな?
そうですよね。
売り切れてたと思います。
アマゾンじゃなくて、その時に本がなかなか流通が滞っていたっていうのもあるんですけど。
で、なんかその時に外出する機会があって、新宿のキノクニ屋に行ったんですけど、売り切れてましたね、5月。
その話ね、大地さんとこの本欲しいですよねって話をしてて、なかなか買えないっていう。
そうですよね、三谷さん買ってましたもんね、すぐね。
そうですよ、僕は京都のマルゼンで、まだ置いてあったので買えたんですけど。
東京ではですね、大きい本屋なかったんですよ。
でもその時そんなに行動できなかったんで、1店舗ぐらいしか行かなかったんですけど。
で、私はその後買ったんで、帯が日本翻訳大賞受賞となってますね。
じゃあやっぱり違いますね、帯が。
あ、やっぱそうですよね。
第2釣り、そうですね、6月19日に印刷してるんで、多分急に売れた本ですね。
本当ですね。
そうですね、ちょうどあの時まだ空飛び猫の準備段階ぐらいの時でしたもんね。
で、いろいろ話してる時にこの日本翻訳大賞の話になったのを覚えてますね。
翻訳大賞という意味ではめちゃくちゃ納得の一冊ですよね。
今回読んでやっぱすごいなと思いましたね。
しかも元々イディッシュ語っていうマイナーな言語と言っていいんですかね。
発表時代はそのイディッシュ語だったんですけど、
ポーランド語版に本人が書き直したやつをこれは一応翻訳して、
一応ポーランドからの翻訳ではあると思うんですけど、
多分イディッシュ語も加藤有子さんは読んでますよね、きっと多分。
そうですね、本の中にイディッシュ語作品も一応入ってる。
そうか、だからイディッシュ語でも予約してますもんね。
ポーランド語と。
前出ししちゃったけどちょっと署名行きましょうか。
そうですね、行きましょうか。
今回紹介するのはデボラ・フォーゲルが書いたアカシアは花作になります。
将来者から出版されていて加藤有子さん役になります。
2018年の出版になります。
じゃあ私の方が戦艦機のポーランドの作家、
ブルーノシルツの第一短編集、日系色の店、成立に多大な影響を与えた存在として知る人と知る存在だったデボラ・フォーゲル。
今世紀に入ってからその作品が再発見され、世界のモダニズム地図を書き換える存在として注目を集めている。
その短編集、アカシアは花作と、ディッシュ語で発表された短編3作を収録。
ブルーノシルツによる書評も収めたとなっておりますが、
まあもうこのあらすじは今回正直どうでもいいというか。
もう内容触れてないですからね。
これ一応、消費者のホームページから持ってきたんですけど、どうでもいいかなというところです。
ちょっとデボラ・フォーゲルさんについてちょっと話しておきたいんですけど、
15:01
この方ですね、1930年代にこの作品書かれてるんですけれども、ユダヤ系です。ユダヤ人ですよね。
ポーランドに生まれたんですけど、当時オーストリア領だったので、
ドイツ語とポーランド語が話せます。
後にですね、イディッシュ語という、これがイディッシュ語っていうのが一応ユダヤ人が使っている言語、言葉になります。
で、こちらを学んで、デボラ・フォーゲルさんはこちらの言葉を執筆言語として選択しました。
イディッシュ語でシア作品を発表していて、そのうちの一つがアカシアが花作でした。
これは後にですね、さっき話したんですけど、ポーランド語でも書き直されています。
悲しいんですけど、1942年にドイツナシスの手により家族ともども射殺されてしまったという経歴を持っております。
って聞くとかなり重くなっちゃうんですけどね。
そうですね。
今回の目的なんですけど、結構この本、非常に話しにくい点もありまして、物語はないし、登場人物もいないしってとこなんですけど、
でも読んですごい印象に残る本ではあったので、今回このラジオで取り上げるという目的としてはですね、
すごいファーストステップなんですけど、この本を一人でも多くの人に知ってもらうっていう非常に低いハードルをミネさんと話して設けました。
そうですね。しゃべるのは難しかったんですよね、今回ね。
そうなんですよね。
いや、これ、結構冒険してます私、実は。まだこれから話しますけど。
そうなんですけど。
なので今年でも興味を持ってもらえたらなと思ってます。綺麗な言葉が並んでるので、ハマる人はマジでハマると思います、これ。
なんか感動する言葉とかもあったりして。
なんかちょっと励まされてる気分になりませんでした?
そうですね。
生きるってことに対して。
確かに、そうですよね。
急にそれでも生きることには価値があるとか言葉出てくるじゃないですか。
おおっていうか。
じゃあちょっと行きましょうか。
まずアカシアは花咲くなんですけど、アカシアは花咲くっていう短編も入ってるんですけど、アザレアの花屋とアカシアは花咲くと鉄道駅の建設。
あと後期イディッシュ号作品、これが3編入ってます。
で、あと書評が入ってるんですよね、この当時のアカシアは花咲くに向けての。
それと航海往復書館ですね。
これが書評を受けてデボラ・ホーゲルさんが書評をしてくれた人たちに対して応答してる文章というか。
これ面白かったですよね、この作りもね。
そうですね、作品読んだ後読むと結構理解がちょっと深まると言いますか。
良かったですね。
一方通行じゃないのがいいですよね。
それに対してデボラさんがちゃんと返してて、そこはすごく理解をしてもらえたんですねとか。
面白いですよね。
で、今回主に話すというかちょっと話せるという、話すわけじゃないんですけども感想みたいな感じなんですけど。
18:02
あざれ屋の花屋とアカシアを花咲くと鉄道駅の建設というこの3編についてちょっと話していきたいと思ってます。
まずですね、重要なことはですね、これ物語ではないということですね。
登場人物はいません。守護が人じゃないですね、そもそも。
そこが面白いですね、まず。
自分の印象ですけどなんというか空間というか時間、空間時間みたいなのが守護になっている感じがすごく私はしましたね。
守護というか描かれているというかなんていうか。
そうですね。
一応これ副題なのかな。アカシア花咲くモンタージュってなってて。
一応このデボラ・ホーゲルさんはこれはモンタージュというなんていうか手法の文章なんですっていうことみたいなんですけど。
作者がモンタージュですと言ってるんですけど。
モンタージュっていうのはもうどういう意味なんだっていうところがなかなか難しいんですけど。
調べた限り組み立てるとかそういう意味だったりとかするんですけど。
印象としてはなんか自分としてなんかこれ同じ言葉がすごく繰り返し出てくるんですよ。
なんか同じ表現なのかな。
なんて言ったらいいのか。
それでなんかこうなんか散りばめられている感じがモンタージュだったりするのかなとか思ったりしました。
みえさんこのあたりどうですかこのモンタージュっていう。
そうですね。
なんかこのさっきその登場人物いないという話とちょっと重なってくるんですけど。
なんかその作風がすごいスケッチのようなイメージで。
なんでそういう意味ではデボラ・ホーゲルさんが見ていたその瞬間とかその時の場面とかを描いているような気がして。
でそうなると繰り返しで登場する言葉としてなんかモンタージュっていうのがあるのかなと思ったりも。
いわゆる小説とちょっとまた違った表現の仕方になってきているのかなと思いますね。
そのスケッチで例えると言うなら私が主にこの繰り返しで使われている言葉。
句形とかカシャっていった単語も結構出てくるんですけど粘着性とか粘着粘り気とかよく出てくるじゃないですか。
これすごく使われるんですけどなんかそれがある意味色みたいな感じですね。
繰り返し使う色が決まっているみたいなメインの色が決まっているみたいな。
でそれが文章の中に散りばめられてて確かにスケッチっぽいなっていう感覚はすごくありますね。
これ言い方あれですけど意外と面白いんですよね。
これがある。
まさかこんな表現とかありえるんだって思うような言葉が結構ね、もう散りばめられていて。
そうですよね。ちょっとこれ言い方ですけどちょっとこのモードに入らないと理解できないです。
理解してないんですけどそもそも。
そうですね。だからそういう意味では本当そうですよね。文脈から感じるとかではなくて本当その言葉言葉一つ一つになんか辿っていくというか一個一個は切り離してなんか読んでいくみたいな。
そうですよね。でも切り離されたものだけを急に前に出されても多分その文章なんだろうとか思っちゃうんですけどこれ読んでて浸ってる状況でそのなんか独立したっていうかその言葉が出てくるから。
21:05
急にハッと刺さられますよね。
マイページごとぐらいにすごい印象に残る言葉があるので。
そうですね。本当に2、3行ぐらいの表現なのに本当マイページマイページつい見入ってしまいますよね。
だからこれ結構実際短いんですよ。
そうなんですよね。
ページ数もメインは多分150ページ160ページぐらいしかなくてあと解説とかさっき言った書評とかになってるんですけどそれもですねこれ解説読むと書いてあるんですけど原作が結構行間を取ってるみたいで文字の密度はかなり低いですよね。
他の一般的な本に比べると。文章量かなり短いんですけど読むのに時間かかりましたね。私はかかりました。
そうですね。確かにこのページ数にしてはちょっと時間かかったかもしれないですね。
具体的に話すのが非常に難しいのでちょっと印象に残った文章をちょっとご紹介して進めていきたいと思ってます。
じゃあちょっと私から。でもこれ私一番最初の1行目すごいなと思ったんですよ。
本当ですよね。開いて一番最初ですよね。
これすごいですよね。
確かに良かったです。
これアザレヤの花屋っていうのが一番最初に入っててそれの街路と空っていうこれ章なのかななんだろう。もうその1行目ですよね。ちょっと読み上げますが。
その日街路は空を映した。空は灰色で暖かい。空が灰色の時街路はいつも冷えしながら甘い。灰色の暖かい海のように。
ってあるんですけどこの私この街路はいつも冷えしながら甘いっていうこの表現なんだろうと思って。
そうですよね。
なんだぞっていうので引き込まれましたね。1ページ目のこの街路はいつも冷えしながら甘いっていう。
そうです。しかも空が灰色の時ですからね。
そうですね。もうなんかイメージが全くできないけどなんか非常に印象に残る言葉から始まるので。
最初これ結構灰色が出てくるんですけど20ページぐらいだったか20ページのここもなんかすごく不思議と励まされる文章だったというか。
この20ページなんですけどどこから読もうかなっていうくらいなんですけど最初からめっちゃいいんですよね。
その時人間たちはもう一度憧れることを欲する文章あるんですけどそこもいいんですけどでもそこから読むと結構長いので途中から読もうかな。
街路が海のようで灰色の空を映し出す日。こんな日は失った事柄への未練をどうすることもできない。
それでもこんなにたくさんの日々が人生にはあり。こんなにたくさんの人がいる。忘れなくてはならない。
人生には私たちが待つ何かがまだある。っていうところでここの章終わるんですけど。
これ章の一番最後のところ今読んだんですけどこれもちょっと意味が刺さる文章だったなと思って。
そうですねここ良かったですよね本当に。
24:00
これもうちょっと前からすごくいいんですけど一番最後の忘れなくてはならないっていうのが何にかかってるかちょっと私よく掴みきれなくて人生に私たちを待つ何かがまだあるということを忘れなくちゃいけないのか。
いやその前のたくさんの日々が人生にありたくさんの人たちがいるってことを忘れなくてはならないのかとかどういう意味なんだろうなって。
結構そこでどっちにかかるかでだいぶ意味合いが変わってくるなと思ってて。
たくさんの日々が人生にあってたくさんの人がいるってことを忘れなくては人生に私が待つ何かがまだあるってことを感じられないのかなとか。
それとももうたくさんの日々が人生にあってこんなにもたくさんの人がいるから何が待ってるか忘れなきゃいけないのかなとか。
どっちなんだろうなと思ったんですけど。
でも私は前にかかってる気はしてはいるんですけどね。
なるほど。
まあでもねこればっかりはちょっと原文からどう思ってきてるかもよくあれなんでわからないので。
でも全体としてこのガイロが海のようで灰色の空を映さすこんな日は失った事柄への未練をどうすることもできないってのはもうめちゃくちゃ刺さりましたね。
そこの一文が良かった。
もうめちゃくちゃいいですよね。
いいですよね。
すごいわかると思う。
これ全編通してそうなんですけど、人生というか生きることに関して何かこう強いメッセージを感じる文章多いんで。
ここもそうなんですけどね。
みなさん何か残ったとこあります?
そうですね。僕は11章っていう、いいのかな。
永遠に砕けた心という章があってその中の途中の本当一言なんですけども、そして不意に人生には幸せが必要なのだということが明らかになる。
同時に砕けた心を抱える人がいっぱいいることもわかったという一言なんですけども。
これもなんかね、不意にパッてこの言葉に出会ってしまうんですよね。
急に来る感がありますよね。
そうですね。特にこの砕けた心を抱える人がいっぱいいることもわかったっていうのが急に言葉として現れてくるのでちょっとね、発動して。
人生について語っていてちょっとそのなんていうか、やっぱり詩的な言葉で表現してるんで、その人生とはっていうのを結構読んでいると美しいものにやっぱり思えてくるんですね。
そういう流れで読んできての、急にこの砕けた心を抱える人がっていう厳しい表現というと言い方ですけど、こういうのがすごいいいなと思いますよね。
この文章自体が、ここはもうこれだけ切り取ってももっとすごいわかるっていうか、そして不意に人生には幸せが必要なのということが明らかになるって。
なんか現代の自分の感覚でもすごくわかるっていうか。
そうなんですよね。
忙しい時に急に、なんかやっぱり幸せじゃないとダメだなみたいな思う時あるじゃないですか。
そうですよね。
疲れてる時とか、なんかそういう時いろんな程度は、この時代の生きるって相当意味合いがもしかしたら違うのかもしれないですけどね。
27:09
14章で、生をめぐる論考第1章という章で、ここの書き出しがすごい好きでしたね。
路上へ、10月の琥珀色の夕闇に出れば十分だ。午後4時と午時の間のその一時。人生はいつも壊れてしまっていて、どんなことも私たちには起こり得ない。
これもどういう意味なんだろうと思いつつ、でも書いてあることに関してはすごい良いこと書いてあるなと思えてきてですね。
確かにね、わかる。これ、10月の琥珀色の夕闇に出れば十分だなと思いました。
ポーランドの10月ってどういう季節なんだかわかんないですけど、結構日暮れ、日が暮れている状況ってことですよね。夕暮れ。夕闇か。
そうですね。
夕闇に出れば。4時と5時の夕闇。人生はいつも壊れている。どんなことも私たちには起こり得ない。
なんかすごくイメージはできますよね。
そうですね。
でも、それをここで得たイメージを伝えにくいんですけどね。
そうですね。一応この後ね、この章では、街の中で働いている人の描写があったりとか、
美容師さんの話とかあったりするんですけど、なかなか説明が難しいという。
その意味でこの章全体を読むと、ちょっとどういう話なんだろうってわかりづらいんですけど、
この書き出しの2行だけでもすごいわかりやすいんですよね。
そうですね。
現実的なことを突きつけられる、人生の厳しさみたいなのも描かれるよね。
どうだこの書き出しの2行だけでもすごい やっぱりなんかいいなと思って読めるところがあって
確かになんかこのあたりは結構ね 励まされている感じありましたね
なんかその現実的なこともなんか突きつけられつつみたいな なんて言ってんのかな
なんか人生の厳しさみたいなのもなんか描いてるけど
それでも生きていくことには価値があるとか 切り抜けねばならないとか
まあ忘れることができるとか なんか要所要所うまい感じに差し込まれてて
このなんかテクニックというか なんかねあの提示の仕方は非常にうまいなと思いますね
今話したのは全部アザレヤの花屋という作品の これが21章構成のやつからちょっと抜粋させてもらったもので
一応これアザレヤの花屋っていうのは1年間なんですよね ある年の
そうですよね うん
年代域とも書かれてるけど まあ4月から始まって11月で終わるのか
ちょっと不思議なあれなんですけど なんていうか話ではないっていうかなんてうまく言えないんですけど
30:03
描写というか さっきみえさんが読んだとこ 秋あたりからなぜか性に対する論考が深まっていくっていう
生きるとか人生に対する論考が深まっていくっていう作りになってて 私結構好きでしたアザレヤ
僕も好きでしたね
一応次がアカシアは花咲くという作品になりますね
そうですね アカシアは花咲くは先ほどのアザレヤの花屋よりも なんて言うんですかね
ちょっと哲学的な話が増えてきた印象があって そうした中で僕が好きだったなと思ったのが
13章のパーケリンが膨らむという ここの最後の言葉なんですけども
こんな具合に生活そのものが作品であふれかえる 10月の灰色のように甘くもなれば
出発や全人生で一度きりの出来事のように 悲壮で傲慢にもなれる
そんな垂直と水平の世界のギガだった という言葉なんですけども
ここ私も印象に残りました 作品ってところがかなり
そうですね 作品 その前に結構本当に 具体的なものの描写とかもあったりするんですけども
それを作品であふれかえるみたいなまとめをして
なんて言うんですか面白いと思ったのが 一番最後なんですけども
締めがそんな垂直と水平の世界のギガだったという
この垂直と水平って一体何が何なんだろうって思ってしまって
ここがわかればこのデモラ・フォーギルの 描いてることがすごい
やっぱり感じ取れるのだろうなと思ったりもしてですね
僕はこの垂直と水平何かっていうのは なかなかピンとこなかったんですけども
でも表現としてすごい好きで
イメージできないけど文章の流れとしては めちゃくちゃいいですもんね
そうなんですよね すごいいい文章で
しかもこういう表現の仕方 垂直とか水平とかってすごい面白いなと思って
この作品があふれかえる 結構すごく現代的だなと思って
1930年っぽくないなってすごく思いながら読んでましたね
言われると確かにそうです
流通がすごくしっかりされているというか
いろんなものが大量生産できる状況にあってなのかなとか
でも状況もしかしたら逆かもしれないですけどね
いいものが多く作らなくて
悪いものばっかりあふれちゃってるっていうことなのかもしれないなとか思いながら
どっちなんだろうなと考えながら読んでましたけど
この次の章が14章 幕間劇 コーヒーってあるんですけど
これなんか不思議な章じゃなかったですか
33:00
そうですよね ここに関しては結構僕すんなり入ってきましたね
すごいコーヒーブレイク感ある章ですよね
そうですよね
なんか急にコーヒーの話になって
なんか世界中にコーヒーがブラジルとかスマトラからコーヒーが輸出されて
世界中に行き渡ってるんだってのがちょっとイメージが全然できなかった
でもそういうことなんだろうなと思って
しかもまずいコーヒーじゃなくて美味しいコーヒーの話してるじゃないですか
おそらく
ちょっと私印象に残ったのが
これ人間がコーヒーを飲むのは黄色い明かりの灯る灰色の夕方
またもや何かがダメになってしまった
有告ってあるんですけど
であって 最後ですねいろいろあって
最後じゃないですけどすごく印象に残ってるのが
それでもコーヒーは必要に一体に美味しげる雑草とは違う
コーヒーそれは何百もの規則正しく固いアロマの楕円
それは甘美な粉という形
楕円のこのような雫をその辺の雑草のように扱うことなどできない
それだからコバルトブルーの海へ贈り物に出すために
黒人たちの疲れ果てた手のひらがそれらを撫でさえする
コーヒーは世界に整えておくべきだっていう文章で終わるんですけど
なんかすごくコーヒーをちゃんと扱ってますよね
そうですね結構コーヒーへの愛が強いんですよ
ここで急にしかも急に
本当ですよねコーヒー急にきますもんね
印象残れますよねすごい
そうなんです
みんさんもコーヒー好きだからだと思うんですけど
私もすごいコーヒー愛してるこの人と思って
めちゃくちゃコーヒーに対する表現がいいですよね
そうですね
何百もの規則正しく固いアロマの楕円ってすごい表現するなと思いましたね
大地さんが言うな人間がコーヒーを読むのは
黄色い明かりの灯る灰色の夕方とか
いいですよね
これちょっとこんな表現できるようになりたいなって思います
思ったぐらい良かったですね
これねそのコーヒーを飲むタイミングの話をしてる話ですけど
またもや何かがダメになってしまった夕刻ってもうなんかすごいなって思いますね
そうですね
やっぱそういう時に人間はコーヒーを欲するんだみたいな
すごいわかると思って
ほんまですね
というだけのくだりなんですけどここは
でも良かったですよね
突然こんなページが現れててするから面白いんですよね
あとは結構やっぱり何だろう哲学的な話とか
また生きるの話とかに出てくるかなと思うんですけども
僕がちなみに次が一番好きな言葉があって
36:04
110ページで17章のアカシアは花咲くという
表題の章なんですけど
そこの出だしが
不意に広場のアカシアが花開いた
その後怒らなかったけれども
怒り得たものの悲しい匂いで
あらゆる街路を満たした
こういう言葉があってですね
怒らなかったけれども
怒り得たものの悲しい匂いで街路を満たしたという
それって想像力の世界かなと思ったんですね
そういう表現っていいなと思って
そうか
なるほど
一番最初が不意に広場のアカシアが花開いたってあるんですけど
ここにすごい季節の繰り返し感を感じたんです
この季節に
6月なんですけども
6月になってアカシアが花開いたと
それは例年のことで
去年も開いていたと思うし
何年も前にも開いていたと
これから先も開いていたと
その中で今年も開い
不意にアカシアが花開いて
でもそこでおそらくデボラ・フォーゲルがいろいろ想像したと思うんですよね
過去と違って今現在はこうだからみたいな
何かそういう思うところがあったのかなという
広場のアカシアが花開いたという言葉だけなんですけども
すごいそこに考えさせるものがあったなと思う
すごい好きですね
私その次のページってもう同じ章なんですけど
そのもう111ページの頭のとこですね
がすごく印象に残って
こうして重要で偉大な出来事の時代が再び始まる
これまで理解されなかった重大さを帯びる
悲しくて悲壮な事件の時代
それはあの不運な出会い
不幸せな愛であり
悲しい手の届かない
幸せなのだがそれでも幸せあることには変わりはない
そして再びアカシアは花咲くっていうところがあるんですけど
そうかこれまた6月アカシアが花咲くってことか
なるほど
なんかねこの不運な出会い
不幸せな愛
幸せなのだがそれでも幸せであることには変わりはないとか
なんかこうこの一番最初の
今三枝さんが印象に残ったって言ったとことかかってますね
きっと怒らなかったけど
怒り得たものの悲しい匂いっていうのと
そうですね
大地さんに読まれたとこって
やっぱりそのこれまで理解されなかった重大さを帯びるっていうので
あのなんて言うんですかね
おそらくその過去から周りの出来事ってすごい大変な状況だったと思うんですけど
なんかそこのでもね本当の深刻さというのが
やっぱり年々大きくなってきているというか
それをデボラフォーゲル自身もだんだん大きく感じ取ってきているのかなっていうのもね
39:02
ああそうですね
この多分アカシアっていう言葉というか
アカシアの意味か
タイトルにもなっているから当たり前ですけど
多分すごく重要なんでしょうね
この章の中だけでもいろんなこと考えられちゃうんですけど
アカシア最初のさっきみえさんが読んだくれた文章の中だと
怒らなかったけど怒り得たものの悲しい匂いっていうのが多分アカシアですよね
きっと
ってなるとなんかそれを象徴しているのがアカシアとすると
結構アカシアが花咲くっていうのは
成し得たかったけれども成し得なかったこととか
なんかそのいろんな意味合いを持ってそうで
それがこう主張してるみたいな感じにも捉えることができるので
もう全然これ想像の域しかないんですけど
そうですね
いろんなこと考えちゃいますねこの章だけでも
そうですね
まあでもこれ16章なんで
そのねもっと前の前から重たい話を結構ね書いてきてるから
それでいくとやっぱりここのアカシアを花咲くのとかってすごい
やっぱりねグッてきますね
じゃあ一応この後は一応鉄道駅の建設があるんですけど
ちょっと時間的にあれなんでここのあたりで閉めたいと思います
でもだいぶちょっと魅力の一端は紹介できたんじゃないかなと
そうですねなんか不意に出会う言葉を紹介できたかなというのが
これを機に興味を持っていただければなと思います
いつも通り最後全体的な感想とどういう人に読んで欲しいか
話して終わりたいと思います
話し通りなんですけど文章がすごく美しいんですよ
なのでそういう文章が好きな方とか触れたい方にはかなり向くのと
あと物語とかストーリー展開みたいなのがないので
なんかそういうことによってなんかスピード感
読んでてスピード感が増すとかそういうことは一切ないので
こうゆっくり文章を味わいたい人とかにはすごく向いてるんじゃないかなと思ってます
実際ですね私もこれ2回読んだんですけど
1回読んでよくわかんないなと思って2回読んだんですけど
読むのにも結局時間同じぐらいかかってたし
まだまだ私もですねこれアカシアが何を意味するのかとか
灰色ってなんだろうとかちょっと理解度がかなり低いとは思ってるんですけども
それでもやっぱりですねすごく心に残る言葉とか
この本から得たイメージとかあって非常に面白い読書体験でした
読むたびに結構イメージ変わるんじゃないかなと思います
なので万人に会うわけではないかもしれないんですけど
ハマる人にはハマる本だと思うので
ぜひ立ち読みしてハマりそうだなと思ったら
自分の本棚に収めてもいいんじゃないかなと思います
そうですね僕も読んでみてよくわからなかったんですけど
ただ不思議な感覚の美しさがあったというのが率直な感想ですね
時代にしても場所にしても今の日本からは遠い話なんですけど
42:05
しかもすごい難しく書かれているんですけど
でも通じ合うところがあったと
そういう文章に出会えることができたというので
そこは良かったなと思っています
これが書かれたのが1930年代のポーランドのリビューという街なんですけども
そこってすごく戦時中でだんだん厳しい時代になっていく状況の中で
そこでデボラ・フォーゲルが30代半ばで書いたと思うんですけど
そこも面白いなと
伝統的な小説とかではなくて
こういう形の3文を書いたというので
登場人物とかそういう人の個性みたいなものを消したような文章ですので
それを思うとこんな文学作品っていうのが
その当時書かれたっていうのがすごい面白いなと思ったし
それを今の時代に読めるっていうのもすごい感慨深いなと思ったので
文学作品好きな人は試しで一度ちょっと読んでみて
面白いなと思いました
いやー面白かったというか伝えられたかどうか
伝えることができたかどうかちょっと不安なとこはありますが
僕今までの扱ってきた中で一番難しかったですねこの本が
本当ですね実際ちょっと迷いましたね
まあでもやってよかったんじゃないかな
正直ねなんか読んですごいやっぱりいい言葉がね
本当にたくさんあったんで
だからそこはねやっぱり紹介したかったなっていうのはありますね
よかったですねこれね紹介してるってなかったら
私多分読むのをだいぶ後回しにしたかもしれないんで
確かに
まあこのタイミングで読めてもよかったなと思ってます
あれですね日本翻訳大使を基本的にいろんな人が
最初の大使選考の段階は推薦できるじゃないですか
ちょっと来年の時はちょっと私たちもなんか投票してみましょうか
やってみますと
音楽ラジオそろとび猫たちの名前
まあ別にそれぞれの個人の名前でやってもいいかもしれないですけど
2人で1票考えて
やってみましょうか
いいですね
あれハンドルネームでもいけたから
まあ別にお互いの活動の名前にしてもいいし
まあそろとび猫の名前にしてもいいし
どっちでもいいかなと
ちょっと推したいのはあるかなあると思うな
たぶん
まあありそうですねなんかお互いなんか
ちょっと期間決まってるもんだから
まあそんな余談はもうありつつ
じゃあちょっと次回告知で終わりにします
次回はですねロベルト・ボラーノの2話でございます
こちらあの三枝さんが大プッシュの
そうですね僕が好きなサッカー3人いるんですけど
その中の1人になります
じゃあ番組の感想やリクエスト
またこのラジオを聞いて紹介されてる方を読みました
読み返しましたなどありましたら
ハッシュタグそろとび猫をつけて
教えていただけると大変嬉しいです
45:01
ツイッターやインスタの投稿
DMやリプライなどでもお待ちしております
メールアドレスも番組情報欄に載せてますので
そちらからいただいても大丈夫ですので
積極的にやっていただければなと思います
また気にいただけたら
拡散共有してあげると大変助かります
ではまた来週の配信お楽しみに
それではまた
ありがとうございました
そうですね
ここあれなんですよね
この11章となんだっけ
もう一箇所だけ書きカッコついてたんですよ
私気になったんですけど
あのタイトルに
そうだそうだったんだ
13章かのせいってことだけですね
アザレアの花屋の中で
なぜか章タイトルに書きカッコがついてるっていう
それはちょっと気づかなかったですね
いやこれ気になったんですけど
でも意味は全くこう汲み取れなかったです
まあ何かしたら意味はあるんでしょうけど
まあそうですよね
他に何か書きカッコついてない理由ともわかんないし
ただ気づいただけです
12章で1926年のような山々と川というところで
これもその中の途中に
ほんと一言その時人知れずあの冒険が始まる
人間は再び人生に属し忘れることができる
っていう一言があるんですね
これもね急に差し込まれてきて
ハッとするんですよね
そうこういうのほんと多いから
すごいですよね
これあったよね
そうですよね
なんか人知れずあの冒険が始まるっていう
フレーズがまずいいなと思ったし
人間は再び人生に属し忘れることができるっていうのも
なんかどういうことだって思いつつも
なんかいいなって思ったんですよね
印象的なところでしたね
34ページでこれ何章だ9章か
船が黄金を運ぶという章
この船も面白かったですね
いろんな名前がついてる
船が黄金を運ぶという章の最後なんですけど
34ページなんですけど
これも結構ねこのちょっと前からいいんですけど
まぁちょっと最後のだけ読むと
まもなくやってくる灰色のやかましさへの不色性の恋慕が増してくる
平べったい物体の不気味な甘さに対する憧れ
苦系の物体が備える穏やかなメランコリーと
固い完全なる魂への憧れ
何のためとか誰のためを問う時間はその時にはもうない
力強く終わってるんですけど
強烈感
これほんと上手く言えないんですけど
もともと灰色が灰色ってことが出てきてて
この灰色は一体何を意味するんだろうとか
いろいろ考えなきゃいけないんですけど
48:00
でもこの生きる人生において
何のためとか誰のために問う時間っていうのはもうないんだっていう感じが
すごく自分は結構これ読んでる時刺さりましたね
そうでしょうね
何て言うんですかね
この間もなくやってくるっていうのを言っておきながら
その次に来るのが灰色のやかましさへの不色性のレンボが増してくるっていう
ここちょっと意味がわかりづらいじゃないですか
いろんな意味に取れますよね
そうですね
で何のことだってその次に続くことはもうなかなか
どういう意味なんだろうってちょっと捉えるのが難しい
ですよね
でもねなんかすごい切迫感はあるんですよね
もう時間がね差し迫っているっていうか
この灰色のやかましさっていうことの解釈が
多分すごく難しくて重要ではあると思うんですけど
まあおそらく差し迫ってくる本能的なものかよくわからないですけど
まあでも不色性って書いてあるんで腐るって書いてあるんで
何かしらダメになっていく感じのことに対しての憧れだと思うんですよ
レンボってあるんで
でまあなんかそういう状況
何かダメになることに対する憧れがあり
平べったい物体の不器用な甘さに対する憧れ
この甘さと不器用っていうのもなんかダメになる感じがすごいあって
なんか人生の順番ですけどね
でそれでメランコリーっていう憂鬱になっていくっていう感じになってくるんで
もうなんか結構こう精神があんまり良い方向に行ってない状況だなっていうのは
なんとなく感じてそれでなんかこうもやっとさせた後に
何のためとか誰のためを問う時間はもうないって言われると
うおーってなるんですよ
すごくいいなと思いましたね
えっと次16章になるんですけども
生をめぐる論考の第三命題という章で
だんだん話がちょっと難しくなってきてですね
確かに生というところに対しての描写があって
ただそれをなかなか落とし込むっていうのが難しいですけど
ただその中で本当にまたすごいぐって迫ってきた言葉がやっぱりあったりして
それが54ページなんですけど
彼女を通して感傷的な 彼女を通して感傷的なカルメリイツカー通りの過世を得て
忘れることをいつも願っている魂が抱く安っぽい要求と陰謀が姿を表す
それは蜂蜜色の黄昏時 もうこれ以上生きることなどできないような時間という言葉があってですね
これもそのなんかそこの一言だけ取ってどうなのかっていうのはあるかもしれないんですけども
51:02
蜂蜜色の黄昏時っていう描写がすごいいいなと思ったのはあるし
それっていうのが忘れることをいつも願っている魂が抱く安っぽい要求と陰謀が姿を表すという
そういう黄昏時であるんですね
それはつまりこれ以上生きることなどできないような時間というふうに括っていて
これが妙にちょっと心に残るというかですね
そうですよねこれ以上生きることなどできないような時間ってなかなか強烈なワードで使い方上手いですねこれね
そうですね
51:44

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