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2023-11-23 25:54

cpl. s1 #12 必然としてPodcastsをはじめる

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私にとってPodcastsへの展開は必然だった。その理由について語ります。


#12-1 必然としてのPodcasts
#12-2 そうならざるを得ない
#12-3 ことばと接地感覚
#12-4 音声も必然/文字も必然


サマリー

彼はポッドキャストを始めた理由があり、それは彼にとって必然だったと言える。SNSや文字だけでは伝えきれない、彼独特の接地感覚を持つ言葉を肉声で伝えることが彼にとって大切なのだ。彼にとってポッドキャストをはじめることは必然であり、文字だけでは伝えることができない彼自身の人格や雰囲気を音声によって伝えることが重要なのだ。

ポッドキャストの始まり
はじめるラジオキャンパス シーズン1のエピソードの12
必然としてポッドキャストをはじめる。 必然としてポッドキャストをはじめるという
そういうタイトルにしました
ポッドキャストを7月の4日から始めて
約2週間経ったんですけれども、なぜかハマってしまって
毎日のように喋っているわけですけれども
これは理由がやっぱりあるというか、むしろ必然だったというふうに自分では思っていて
noteの記事を書き始めたのが1月の末なんですけれども
そこから 2、3、4、5、6
もうすぐ半年ですね。早いもので6ヶ月はもうすぐ経とうとしているんですけれども
そんな中でまあいろんな展開をしてきました。オンラインサロンとか
含めて展開してきました。 書いているうちに
やっぱり これは他でもちょっと喋ったんですけれども
やっぱりコミュニケーションというのは
発話ですね、発話
声に出して 喋るというのがやっぱり基本なんですよね
文字っていうのはその後に出てきたもので、昔はその遠くに離れた人
その時その場所にいない人、つまり時間と空間がずれている場合は 文字で伝えるしかなかったんですよね。だから文字が発明されたわけです
手紙を送ったりという時代があったわけですよね
ところが今はインターネットが発達して 声もそうですし映像もそうですし
ほぼリアルタイムで 全世界中に送れるようになっているわけです
だから文字だけで伝える必然性はむしろ なくなってきている
そういう意味では 映像、YouTubeなどをやってもいいんですが
とりあえず声、言葉にこだわろうとすると声
それでポッドキャストがいいなぁと思って始めているわけですね
だからこれはコミュニケーションする上では もう必然だというふうに思って
ここにたどり着いているわけです
じゃあもうポッドキャストで声で発信すれば
文字はいらないんじゃないかという話には 実はならないんですよね
やっぱり話し言葉と文字にする言葉
話し言葉は結構いい加減なところもあるし 文章になっていないこともあるし
話が飛んでいく場合もあるし
ただ話し言葉だから伝わることって やっぱりたくさんあるわけですよね
やっぱり文字の情報と会話の話し言葉の情報は ちょっと違うんだと思うんですよね
だからただ書かれた文章を読み上げるというのと
そうではなくて考えながら原稿もなくしゃべるということは やっぱりいろいろ違ってくるんだと思うんですね
どちらもやっぱり情報を伝えるという点では 非常に大事な2つのやり方なのかなと思っています
そういう意味で
note記事、noteでの文字の発信プラス
同じバランスでポッドキャスト音声配信をやるというのは もうこれは必然だったというふうに思っています
この必然としてのポッドキャストをはじめるということで必然 必然の然ね
必然という字は自然とか天然とかね
いろんな使い方します実はね
天然の然という字ですけどね この字は
そのまんまとかありのまんまって意味があるんですよね だから必然っていうのはもう必ずそうなるという
意味ですね 天然というのは
天が そのまんまあるっていう この世界がそのまんま天然
自然あるいはじねんとも読みますけど じねんというのは自らそのまんまあるという
自然もそういうふうにあるっていう そんな言い方ですよね
他にも この然ね
しかるにっていう
漢字を使ったことばが結構いっぱいあるので この言葉にもちょっとこの放送ではねこだわっていこうかなというふうに思っています
とりあえず 必然としてのポッドキャストをはじめる
少しポッドキャストネタで ポッドキャストを
やってみようかなと思ったので このエピソードを入れました
ではまた はじめるラジオキャンパス
シーズン1のエピソード12ですね 12番目のエピソード
必然としてポッドキャストをはじめる 必然としてポッドキャストをはじめる
まあ
最初のセグメント1でも述べたんですけどこの必然という言葉にちょっとこだわりたいんです
よね
まあ単にポッドキャストを始めたんじゃなくて 思いつきで始めたんじゃなくてこれは必然だと
必然というのはどういう意味かというと
そうならざるを得ない そのまんまその通りね、そうならざるを得ない状態
を指すのが必然ということですがこの前提ですね
天然とか自然とかじねんという話はちょっと前にしたんですけど他にもいろいろある わけですよ。例えば、
猛然として ポッドキャストをはじめるってね。たけだけしい状態ではじめるっていうのもあるし
それからそうでしょうそれから例えば 公然とはじめるっていうね
言い方もあるし
まあ偶然偶然、偶然はじめるっていうことだってありうるし 他にも
憤然として憤って憤然としてはじめる 毅然としてはじめるとかねもういろんなこの泰然としてはじめるという言葉もあるし
あるいは隠然、隠すですね隠然として、黙然として黙然としてはじめるなんて言い方もある あれは漠然とはじめる
忽然とはじめるまあこれは消える方が多いですけどね忽然というのはね 学者然としてはじめるとかね
悠々然としてはじめるとかまあいろんな然という言葉がつく言葉は実は いっぱいあるんですけどもまあここではまあ必然
ね。もうそうならざるを得ないんだっていう。ポッドキャストを始めたのはね いう話をするんですが。その必然性ですね
文字と音声の違いと共通点
どういうことかっていう。最初のセグメントでもちょっとだけ触れたんですけども やっぱり文字
を発信する SNS
もちろんそこには絵とかね視覚に訴えるものですね。結局、視覚。目から入ってくる情報と、
ポッドキャストっていうのは結局耳から入ってくる 耳から入ってくる情報なんですよね
どちらも言葉に関わってて、言葉で情報を伝えるわけです。 言葉の使い方は目、視覚に入ってくる文字か、
耳に入ってくる声か。 これもうどっちかしかないんですよね。
言葉による情報はもうこの2つしかないわけです。 まあそんな風に言うと例えば点字なんてね、指先からこう
点字で情報入ってくるなんてもある。 触覚で入ってくるじゃないかっていうのもあり得るし
まあそうなんだけれどもここではとりあえずね その文字と声ってのは、やっぱり言葉を伝える2大要素なんですよね
そうすると例えば私がnoteとかで SNSとかで
まあツイッターでもフェイスブックでもいいんですけれども あるいはインスタグラムでもいいですそこに映像画像をくっつけてもいいんですが
やっぱりそれが何でしょう 文字だけだとやっぱ視覚、目で入ってくるんですね
もう一つやっぱり耳から入るっていうのはやっぱり、言葉を伝える意味ではもう本当に不可欠の要素だ ということで、まあそういう意味でnoteをメインに
SNS発信をし始めたんですが、やっぱり片手落ちというか半身ですよね。それじゃ半分しか 伝えてないぞと。
だからもう半分はやっぱり声で伝える
べきだというふうに 非常にやってて強く思ったんですよね
なので必然として
ポッドキャストを始めたと その声を伝えるツールとしてはやっぱりポッドキャストが一番いいなと
いろんな理由なんですけども、いろんな理由があって他にも手段はあるんですがやっぱりポッドキャスト が一番いいなと思ってるんですよね
でまぁその理由なんかについてもね この後いろいろ喋っていこうかなと思ってますし
さらに実際ポッドキャスト始めて思っていること感じていること 今後の可能性なんてことについても喋っていこうかなと思ってますので
とりあえず エピソード12必然としてポッドキャストをはじめるのセグメント2は以上です
ではまた
はじめるラジオキャンパス シーズン1エピソード12
12番目のエピソードですね のセグメント3になります
言葉の接地感覚と肉声の重要性
まあ必然としてポッドキャストをはじめる 必然としてはじめるっていうねポッドキャスト
まあとうとうですね、今までちょっとスマホで収録してたんですけども スマホはスマホでねマイク性能いいので
いいんですがちょっと まあいろいろ考えてマイク買いました
ちょっと安くアマゾンで売ってたので結構いいマイクですね マイクを買いました
ポッドキャスト収録用のマイク 今パソコンにつないで収録してます
まあそれはさておき 必然としてのポッドキャストということで
まあ 今年に入ってから今年還暦を迎えるって話はあちこちで喋ってるんですが
オンラインあるいはSNS発信をちょっと再開したんですね。沈黙、2年ほどの沈黙を破って
まあ実は2年間はワンコのインスタやってたんですがまあそれは置いといて 高橋はじめとしてSNS発信を再開したというのは今年に入ってから
noteをメインにして文字による発信をメインでやり始めて これはこれからも続けていくしnoteのオンラインサロンもやっていくんですが
やっぱり文字だけでは伝わらないんですね人間の言葉は。 人間の言葉はやっぱり文字だけではダメで
その文字をAIに読み上げさせてもダメで やっぱり肉声ですよね肉声で伝えると
いうこともとても大事なんですね
まあそんなこともあってそうならざるを得ない必然としてpodcastが始まったと 私にとってはねいう話をちょっと
セグメント1,2ではしてきたんですけれども
まあこの後 少し
なぜそうなのかをもうちょっとしゃべっていこうと思うんですね 特に話したいのはやっぱり文字による発信と音声による発信の
共通点と違いですよね。異なる点 。どっちも必要だっていうことなんですが
言葉ですよね 言葉っていうのはねこれは最近売れた本の中にも書いてありましたけど言語の
接地感覚 まあようやく言語学も接地感覚の話を
まともに取り上げるようになってきたんですが 接地感覚って要するにそのしっくりくる
フィットする その言葉どうも浮いてて伝わらないよっていう場合よくあると思うんですでそれに対して
その表現すごくよくわかる よくわかるって言うってこれAIにはないんですよねよくわかるよくわからない
多分ね 人間にはあるんですよね
動物にもあると思うんです納得感っていうね この接地感覚と言います。要するにそのつなぎ
接地っていうのは地面に接するって意味なんですが、ちゃんと着地するって意味ですね 地面に接する
接地って結局、何かっていうと まあいろいろ細かい議論を置いておいて基本、体ですよね
身体 体にフィットするっていう。 体っていうのも実は脳みそも含んでるわけだしね
いろんな感覚含んでるんで 人間の身体っていうのはとても 結構なぞめいてるところありますが
とにかく我々は納得感がある接地感覚を持つんですね 言葉に対して
その言葉の接地感覚っていうのは当然文字によっても引き起こされるし
こういう話 言葉によっても引き起こされる どっちにもあることなんですが
ただ やっぱ文字ではしっくりこない場合もある
喋ればわかるとね 例えば手紙のやり取りしました メールのやり取りしました
SNSでツイッターでやり取りしました 誤解が生じました 喧嘩しました
会って喋りましたら仲良くなりましたね これよくあることなんですよね
つまり会って話せばわかるという部分がなぜ起きるのか
これはやっぱり 広い意味で接地感覚に関連してるわけですよね
もうちょっと言うと単に言葉だけじゃないんですね ここまでくるとね 言葉だけじゃないコミュニケーション
ポッドキャストの必然性
表情やら 空気感含めたコミュニケーション
喋り方とかね いうことも出てくるわけですよね なぜかそこに我々は
文字だけでは伝わらない人格やら 性格やら 雰囲気やら
この人となら喋れる この人とはちょっと喋れない 本読んでる分には喋れるかと思ったけど
実際会ってみたらとんでもなかったとかね 逆のパターンもあるわけでね
こういう問題が起きるんですね だから人間のコミュニケーション
人間に限らずですけど AIや動物とのコミュニケーションも含めて
結構ね コミュニケーションってのは厄介なんです
だから手段としては ツールとしてはいろいろあった方がいい 文字だけに頼っちゃいけない
だからポッドキャストは必然だということなんですね
そういうことでとりあえず 今日は接地感覚の話をちょっとだけ触れてみました
詳しくはね noteの記事とかにも書いてるんで さらに深掘りしたい人は
私のもう一つのラジオ番組か、ポッドキャストか、noteの方に来てもらうしかないんですけども
とりあえず接地感覚ってのがあるんだよ だからポッドキャストやり始めたんだよ
っていう話をしてみました
この話はまだちょっといくつか程度あるんで このエピソードはもうちょっと続きます
ということでではまた
はじめるラジオキャンパス シーズン1のエピソード12
12番目のエピソード 必然としてポッドキャストをはじめる
文字と音声の重要性
必然としてポッドキャストをはじめるっていう
タイトルのセグメント4ですね まあなぜ必然なのか
ちょっと必然という言葉にもこだわってお話しして その上で前回は、言葉とか身体とか接地感覚とかね
これ記号が接地するって言うんですけど 記号接地問題っていうのがありまして
それを私は接地感覚とわざと呼んでるんですけれども
言葉が接地感覚を持つのは どういう場面でどうしてなのかってね
まあそんな話をちょっとしたんですけれども ここでまあポッドキャストを始めたと
まあこれ経緯としては最初noteね SNSのnoteを始めて、それは基本やっぱり文字の発信なんですよね
文字で伝わることと伝わらないことがある 音声がだから必要だ
文字は目から視覚情報で 音声は耳から入る聴覚から入る情報でどちらも脳に届くという
まあだから両方必要なんだとまあそんな話をしたんですが まあこれはだから配信の二刀流だってね
そんな風な言い方もしてるんですが ただねこれ音声だけじゃダメなんですね言葉だけでやっぱり書くっていう営みはとても重要で
なんで書くってことが大事かというと まあ今はこうやってね音声も
録音して残せるようになりました 昔はでも音声は残せなかったんですね記録できなかった
今はこれが記録できるようになった カセットテープから始まってねまあその前レコード
溝を掘ってねやりましたけれども今はもうデジタル的に音声も残せるようになった しかも例えばここで放送した内容っていうのは
AI が文字にしてくれてアップロードしてくれるんですね自動でね だから音声を文字にもしてくれるようになっちゃったっていう記録されちゃう
わけですよねだからね だからまああんまりいい加減なことも本当は言えないんですがまあただラジオなんでね
ある程度いい加減なことも言おうかなと思ってるんですが 文字にするっていうのは結局
昔はやっぱりそれが記録残す手段 でしかもそこにいない人に伝える手段とした文字しかなかっただから文字が進化したんです
よね ところが今は動画も撮れるショート動画も撮れる
ポッドキャストも音声が記録される。逆に文字を書かなくなっているんですよね。文字が読めなくなっている。
最近本って言っても大した本みんな読まなくなっちゃってるのね。 30分1時間で読めるようなこう薄っぺらい本しか読まなくなって、昔の
分厚い細かいことが書いてあるような本はみんな読まなくなっちゃって、すぐ読んで理解できる文字しか読まなくなっちゃった。
これはやっぱりね やばい
と思うんだよね。 文字の大事なところはやっぱり客観化できる
ことですよね
しかも論理、 論理を
見るにはやっぱり音声よりも文字の方が はっきり見えるわけね。音声だってやっぱり
何度も聞き直したりしないと論理ごまかされちゃうところもあってね まあだからいいっていう部分もあるんですけどね
だからまあ理屈抜きで音声で伝わるものやっぱり理屈として文字で伝わる部分と ただ文字にもね
理屈だけじゃないんで文字っていうのは感情的な 表現をするような
詩とか小説とかねいろいろな文字っていうのはいろんな可能性があるんですけどただそこで 大事なのは文字っていうのは解釈の可能性が
音声より よりたくさん生じる
ことなんですよねだからそれがむしろ人間の想像力っていうのをかき立てる部分が あるんでこれ音声だけだとやっぱり
なんだ解釈の余地はやっぱ狭くなるんですよね 話せばわかると話すとやっぱり解釈の余地が狭まっていく
文字だけだと解釈の幅が広がっていくだから誤解も生じる そういう話なんでやっぱりこれはどちらかではダメで両方必要
文字も使い音声も使ってもそれでも100%の相互理解っていうのは できない
だから我々は文字も使うし音声も使うし両方使ってね 場合によっては映像や身振り手振りも使ってそれでもコミュニケーションをとるっていうことがねやっぱ大事だと思うん
でそういう意味で 必然としてポッドキャストをはじめるっていうのはもう使える道具
何かを伝える道具として有効かつ なんだ今簡単に使えるようになってるわけでこれを使わない手はないと
noteに文字ばっかり書いている場合じゃないぞ やっぱポッドキャストで音声配信
ただどっちかではダメでやっぱり両方やるこれがまさに ホモ・サピエンスとしての必然だとまぁそんな話ですね
ということで エピソードの12必然としてポッドキャストをはじめるはこれでコンプリートですね
まあ他のエピソードを聞いてくださいでポッドキャストは続けますので番組2つ ありますのでこちらのスポティファイのはじめるラジオキャンパス
結構ザックバランに話してるやつともう一つはスタンド fm ねこっちがどっちかって言うと本当はメインなんですけど
スタンド fm ではこれからライブ配信 それからnote記事の解説
もう私のnoteオンラインサロンは一つの大学だと思ってるんで、小さな世界一小さな大学だと思っ てるんで
そこで ね展開するちょっと小難しい話
スタンド fm ではしていこうと、深掘りしていこうと思ってるんで、ぜひ興味のある方はスタンド fm の方もね
聞いていただければと思います。ということでエピソード12、必然としてポッドキャストを はじめるは以上コンプリート
ありがとうございましたではまた
25:54

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