サレンダーの概念
はい、みなさんこんにちは。さらば”ラバウル”カンパニーです。
昨日、加藤先生のレビューは聞けませんでした。
なんか、睡眠不細が溜まっている感じがしまして。
なんか今、有名な睡眠の先生いますよね。テレビに出てくる、ちょっとヒゲのおじさん。
あの方のなんか、あの方テレビに出ると毎回なんか、睡眠しなきゃなーって思ってしまいます。
なんか、部屋の電気をね、暗く、夜は暗くされるらしいですね。
私も昨日暗くしていたら、ついつい寝てしまいました。
今日はですね、最近ここの、最近私の頭の中に浮かんでいる言葉ということで、
私結構、宗教とかスピリチュアル系とか意外と好きなんですけど、
昔、2、3年前にとある社長さん、その方はですね、
西東京の方ですね、八王子ら辺を近辺にですね、人材派遣の会社、売上何億ぐらいなんだろう。
数十億ぐらいの会社ですね、の社長さんがいらっしゃって、
その方結構、まああの、結構、中宗教の社長さんってみなさんなんか、
あの、他趣味な方とか、あの、いろんな方いるんですけど、
その社長さんはサーフィンがお好きで、
で、まあサーフィン好きの方ってこう、結構、自然との調和とかなんかいろんなもの、
あの、ヨガとかですね、そういうの。
で、その方ヨガもお好きで、
で、その方が今、すごいハマってる本があるっていう風にご紹介してくれた本があります。
それが、あの、サレンダーっていう本で、
えーと、その、アランシンガーさんかな?っていう方が、
あの、まだ僕その本、あの、書いてないんですけど、
今日届くんですけど、読みたくなって。
その、アランシンガーさんっていう方が、
まあ、あの、ある時ですね、
まあもう、あの、なんか自然と共に生きようと、
で、山で暮らそうと思って、
あの、深い瞑想の日々を過ごそうって思ったんですけど、
まあ、あの、そういう中で、
なんかこう、大学の講師かなんかね、頼まれて、
で、その時に、
まあ、ほんとは自分のやりたいことをやっていけば、
断ってたんだけども、
まあ、サレンダー、幸福ですね。
諦めるっていうか、幸福する。
あの、サレンダーって、
まあ、あの、白旗挙げてこう、負けましたってことですよね。
もう、それを受け入れたことで、
人生がどんどん変わっていくっていう話で、
最終的にこの方はなんか、大企業の社長さんになるのかな、
な、なられて、
まあ、その会社ももう辞められてはいるんですけど、
まあ、その、人生に来る流れに、
こう、任せるっていうような生き方のお話みたいですね。
人とのつながりと経験
で、あの、その本がすごいその中小企業の社長さんに刺さったみたいで、
これから僕はサレンダーの生き方にするんだっておっしゃってたんですよ。
で、僕はなんかその記憶がずっと残っていて、
で、あの、その方とそういうお話をしてから半年、1年後にですね、
僕自身もサレンダーせざるを得ない判明になりました。
えー、どういうことかっていうと、
まあ、父がもう、末期感で家に帰りたいと。
で、僕の会社の経営も、
まあ、あの、うまくその案件が取れないままこうずっと続いてですね、
まあ、会社を畳まないと。
まあ、なんかプライベートと仕事どっちもあれになってね、
僕はまあ、ある程度仕事を片付けて自宅で父を見取ることになったんですけど、
あの、それはやっぱ僕にとってすごいいい経験になったというか、
あの、人が死ぬっていうことと向き合う経験になったなと思ってます。
はい。で、まあ、改めて時間に余裕ができてくると、
なんか自分で挑戦しようとか、なんかそういうふうに思ったりもするんですけど、
でも、まあ、この考え方で生きていくとすれば、
まあ、今の自分の本業とかでですね、
まあ、またやるはめになったことを、
あの、淡々とやっていくっていうことなのかなーなんて思ったんですよね。
だから、不動産とかもせっかくお譲りいただいた物件があるなら、
まあ、それをなんとか客付けしていく。
あの、それがやるはめになったってすっごいおこがましいですけど、
ただ、まあ、買うことでいろいろやらなきゃいけないことは確かにあるので、
そういうふうな考え方でやっていくといいのかな。
で、なんか、また別の社長さん、その方はITの社長さんで、
まあ、ITだと売り上げが小さくても結構すごいことなんですけど、
売り上げ10億ぐらいの社長さんで、その方も上場されてるんですが、
その方は小林政幹さんという方が好きで、
小林政幹さんもやるはめになったことをやるっていうお話をされてるそうなんですよね。
で、これはまあ、例えばお茶組の仕事をずっとやってる方が、
まあ、いやいやお茶組の仕事をやっていては、
まあ、お茶組の仕事以上の仕事はこないと。
だからまあ、結局お茶組の仕事でもなんでも、
精神戦やってれば、次の話が来るってことなのかもしれないですね。
結局そういうことなのかもなと思います。
例えば自分が会社を経営していて、
ITの仕事を自分が頑張って仕事を作れたことってほとんどなくて、
大抵は周りの方がこういう仕事あるけどやってみないって言ってくれたことが、
ほぼ自分の会社の売り上げになってたんですよね。
僕の力で仕事を取ったなんてことはほぼなかったわけです。
だから結局やるはめになったことをやることでしか、
結局周りの人は評価してくれないというか、
自分自身もそうやってしか、もしかすると人生を切り開いてこれなかったのかななんて思います。
淡々と生きることの意義
大学の勉強も、大学受験の勉強とかも、
結構自分の力で入ったって思いがちですけど、
そういう環境とかの中で自分が求められていったもの、
例えば僕は高校で、
正直別にスポーツとかできるわけでもないし、
じゃあ部活もものすごいできたかってそういうわけでもないので、
勉強しかなかったので、
それをやるはめになったというふうに考えれば、
結局勉強しかやることがなかったのかもしれないですよね。
やるはめになったことをやるしかないのかなと思います。
そう考えるとすごい面白いですよね。
結局人生は必ず浮き沈みがあると思うんですけど、
このやるはめになったことをやっていきながらですね、
淡々と生きていくことがいいのかなと。
学生のときとか、それこそ学生企業を目指しているときは、
いかにそのビジョンとかミッションとかを持って、
こういう自分になるんだっていうふうにいくことこそが、
自己実現の道だと思っていました。
それは多分そういう自己実現もきっとあるんです。
それは何も間違ってはいないと思うんですけど、
大きな人生のうねりとかに出会うと、
抗えなさに出会ったときに、
結局やるはめになったことをやるしかない時期もあるわけで、
逆に言うとやるはめになったことをやるっていう淡々としたことが、
自分の次の人生につながるのかなって思ったりします。
これ以上話してもずっと同じことを話すことになりそうなので、
この辺で終わろうと思いますが、
なんかそう考えるとちょっとポジティブになれるような気がします。
なんか結局なんだろう、
自分の人生このままでいいのかな、
何か変えなきゃいけないのかなみたいなふうに、
悩むことも昔のように最近あるんですけど、
もしこの生き方で生きていくとすれば、
まず淡々と目の前にあることをやっていく中で、
少しずつできるようになったところから、
人に信頼されるのかなと思っています。
はい、頑張ります。ありがとうございました。