リスクとって、これはリスペクトだなって動物も感じれる、みたいな状況ってことですよね。
この番組は、身の回りのものや現象など、あらゆる対象の本質を探究し、それにふさわしい名前を命名します。
様々な視点で対象を捉え直し、新たな発見を一緒に楽しんで参りましょう。 本日はどんな命名が誕生するのでしょうか。
こんにちは、かんたです。 こんにちは、上水幸です。
今日も命題が来ておりますので、張り切って命名を生み出していきましょう。 それでは命題お願いします。
命名。 同じエリアに会社の人が住んでいて、いつ遭遇するかわからず油断できない状態。
いやー、これやだね。 まずやだなって思うんですけど、PTAやり始めて、
地域に顔むしりがたくさんできるっていうことを、何十年ぶりかに、実家にいるときは自分が作った関係とかじゃなくて、
物心ついたときからいるから、もともとデフォルトの関係だったのが、東京出てきて、近所付き合いとか全くなかったところに、突如始まって、結構戸惑っていますね。
ちょっとこれは、戸惑いますよ。
普通に歩いていると、会うんですよ、その顔見知りに。 その辺歩いていると。で、挨拶するんですけど、
気づいていないだけで目撃されているってことが絶対あるじゃないですか。 うんうん、ありますね。
本当に確かに油断できないというか。 できないね。
しかもこれが、より素の状態っていうか、無理してない状態でできてきた感じだったら、まだいいっていうかギリギリ許容できるかなって感じですけど、
めっちゃ頑張ってる感じのときに、できてきた感じのコミュニティというか関係性になると、ちゃんとしてないといけないっていうのになるから、余計きつい感じしますね。
ただのお友達とかじゃなくて、会社って一番気を張っているときに気づいた関係性だから。 そうそう、そう、
プライベートで全然違うみたいなやつを見られたくないみたいな。 確かに、ギャップでかいですもんね。
これでもなんか、気まずいなとか油断できないなと思うんですけど、なんでそう思うのかは結構不思議だなと思ってて、
普通にその人たちからの評価とか、まあどうでもいいっちゃどうでもいいじゃないですか。
いやーどうすか、会社ですよでもこれ。会社だからな。 仕事しに行くだけだし、仕事に支障なければ関係ないっちゃ関係なくないですか。
会社での自分、そんなキャラ作ってるのかなみんな。 作ってると思いますよみんな。みんな相当無理してんだと思いますよ。
そうなんだ。 僕はやっぱ会社員できないけど、やってたときはやっぱ無理してましたもん。
そっかそっか。 なんかあんまりあれなんですよね、自分が仕事とかでもこう、
パルソナとして、まあ仮面っていう意味ではパルソナとして、なんかそれに適したものを被ってロールプレイするみたいな感覚はあるんですけど、
でもなんかそれに、なんていうのかなこう、 自分じゃない何かになっている感覚はあんまなくって、
なんか自分の出す側面を変えているだけみたいな感覚の方が強いから、なんか別に、
なんていうんですか、自分であることには変わりないみたいな。 なんかその素のとこを見られたら、なんか普段見せてないから恥ずかしいなとか気恥ずかしさはあるけど、
なんかそんなにこう嘘ついているのがバレる感じとかでもないし、 深刻度としてすごい自分の中で低いから、
なんなんだろうなとちょっと思ってます。 たぶんその仕事をしているときもちゃんと重心が自分の方にあるって感じなんじゃないですか。
だから重心ごと持っていかれるっていうのがある気がするんですよ。 僕結構そっち側な感じがする。会社とかだとね。
完全に別人になっているみたいな感覚なんですか。 感覚ありますね。友人付き合いとかだと別に、なんかその、
結果出さなくていいから、全然気楽に自分の重心で、これで合わないんだったらしょうがないかなって思うラインがあるけど、仕事だとなんか、
もうとことん合わせに行っちゃうみたいなところがあって、全然良くない。 生活圏にそういう仕事の付き合いとか会社の人がいると、
その張ってる自分で居続けなきゃいけないっていうプレッシャーなのか、その自分を見られる気まずさなのかってどっちが大きいんですか。
僕は後者かもしれないですね。やっぱそのプライベート、例えば思いっきしスーツとか着て働いてたら、プライベート寒いなんかに怒鳴るじゃないですか。
なんか知られたくない一面みたいになっちゃう可能性がある、仕事の人たちにはね。
隠してるんですか、仕事の人たちにそれは。 今だったらもうね、今働くんだったら、どうだろう全く知らないところで働き出すんだったら多分言わないと思う。
公演活動をしててとかいうこと言わないと思いますね。知らなくていいことって思っちゃうかもしれない。
ポッドキャスやっててとかも言わないと思うし。
あーでも確かにな、たまに会社とかで、会社というか仕事でメイメイ聞きましたとかって言われるとすごい気恥ずかしさあります。
あーあります。
それと一体化して仕事してるんだったら恥ずかしくないけど、別物としてやってるものってやっぱこう、ちょっと恥ずかしさっていうか、なんか見られちゃったみたいな感じじゃないですか。
見られちゃった感はあります。
勝手に喋って勝手に公開してるから、なんか見られちゃったもん何もね、あれなんですけど。
自業自得でしかないんですけど。
まあやっぱりでも、なんか見せてない面を見られちゃうみたいな気恥ずかしさがある。
うんうんうん、そうね。
でこれ気恥ずかしさで済むか済まないかのラインってやっぱり、どこまでその仮面被ってる時でも、自分の方に重心が乗ってるかみたいな感じはあって。
例えば対極拳とか僕やってるんですけど、朝。で80代のおばあちゃんたちと毎日顔合わせるんですけど、
その人たちにもしポッドキャスト発見されたら、やっぱ気恥ずかしさはあるけれども、なんか嫌だなとかはないんで。
それは多分自分にちゃんと重心が乗ってるから、ちょっと知られて、見せてなかった一面見られて恥ずかしいぐらい感じで済む。
けど、もう例えばそれがそっちに合わせにめちゃくちゃ言ってます、もう自分の重心とかじゃなくて、とにかく適応に善振りしてますみたいな状況だと、もう恥ずかしいじゃ済まないぐらい気まずさがある。
で、なんか嘘ついてるみたいに、嘘がバレたみたいな気まずさなんですか?
うーん、嘘までは、でも嘘に近いかもしんないですね。嘘をついた罪悪感とかはないけど嘘じゃないから。でもなんか嘘をついた級の、別物、別世界を知られてしまった。隠してた扉を開けられてしまったみたいな感じに近いかもしれない。
なるほどな。そっか、それは確かに嫌ですね。油断できないし。
隠してる、その引き出し開けられる感じに近いんですよね。そこを開けられると恥ずかしいみたいな。
スマホを勝手に全部覗き見られるぐらいの感じの嫌さ。
そこまではないですよね。
そこまでではない。
近所でだって青だったじゃないですか。
うん、青だけ。
そこまでの隠してる感じはないけど。でも、あ、ソワさんから今つきました。女性だったらノーメイク見られるとかの嫌さもある。
あー、そっかそっか。女性は特にね、嫌かもしんないですね。ちょっとこう、なんだろう、パジャマっぽい感じでコンビニ行くとか見られたら嫌ですよね、たぶんね。
これでもなんか田舎だと結構普通にあったりするのかな、逆に。なんかこの都市部の暮らしの方が結構、対極的に見ると異常だったりするのかなと思うんですよ、誰も知り合いが生活圏にいないみたいなデフォルトっていうのが。
で、今そのご近所付き合いみたいなことがこの2、3年始まって、まあ普通の暮らしってそうだよなとも思うんですよね。
街、外出て近く歩いてたら知ってる人に何人かに顔合わせて挨拶するぐらいって、まあ田舎暮らしだと普通っちゃ普通だし、なんか都市部のそういう知り合いが周り誰もいない方が大きく見ると異常だよなとも思うんですよね。
だからあれなんですかね、どんどん乖離できちゃうから、会社とか仕事とか、生活圏外で自分から重心離れていくみたいなことに振り切れちゃうみたいな側面もあるのかもしれないですよね。
つながりが完全にないから、全然別人になれちゃうみたいな。なれちゃうから、いきなり生活圏にそれが入ってくるとめちゃくちゃ嫌だみたいな。
そこが緩やかに繋がってた時代から、かなりインターネットと普段の自分の違いみたいなのがあったりするじゃないですか。匿名でアカウント作ってたりとか、まさに別人で、そのアカウント買えたら気まずいじゃないですか。みたいな感覚にちょっと近いかもしれないですね。
そっかそっか。
そのアカウントを見られたくなかったみたいな。
匿名でおたかつしてますみたいな、アカウント知り合いに特定されちゃったみたいな、そういう嫌だとか。
名前と体は一緒だから一見一緒に見えるけど、別アカウントだったんですけどみたいなやつが見られちゃう。
そういうことね、別アカウントだ。
発見されちゃったみたいな。
身バレしとる感じですよね。
そうそうそう、身バレ感あるよ。
これでもいつ遭遇するか分からず油断できない状態だから、まだ遭遇してないですもんね。
なんか遭遇して見られたというよりは見られるかもしれないという恐怖ってことですもんね。
そうなんですね。何かの会話で同じエリアに住んでることが分かった状態ですよね。
やばい、こんな近くにおられたらニアミスじゃんみたいな。
ニアミス。どっかで会ってたかもしれないじゃんみたいな。
お互い認識してなかったからあれだったけどみたいな。
人狼感あるかなと思ったけど人狼とも違いますよね。
うーん、確かにね。
潜んでる感じ。その生活圏に敵が潜んでる感じですよね。
リアルかくれんぼ。
隠れてないですからね。
隠れたくなるんじゃないですか。
確かに。
見つかりたくない。見つかりたくないですよね。
でもちょっと見つけたいくないですか。
逆に。逆に。
見つかりたくはないんだけど、あの人のプライベートこんな感じだったみたいな。
ちょっと見つけたいみたいな。
相互探偵。
いいんじゃないですか。そんな感じじゃないですか。
相互探偵いきます。
探偵感はありますよね。
いいかもしれない。
じゃあ相互探偵いきます。
コントロールできるかできないかって
でかい気がしますね。言われてみたら。
僕はおっしゃる通り
寒い着ないなら着ないこともできるから。
着たくて着てるのか
平均から離れているとか
寒い着てる人があんまりいないから珍しいみたいな。
公園にレジャーシートしてる人がね、それを活動にしてる人が少ないから
変わっているってなるけど、それは自分で選んでいるから
それをどう思われても、ポジティブに思ってくれれば
普通に嬉しいし、ネガティブだったら知るかと思えるみたいなところがあるけど
これがコントロールできないと
さらされている
よくわからない状況でさらされているから辛いですよね。
僕は何て言うんですか
こういう物事分析的に見ちゃうとか
構造的に見るみたいな、結構コントロールできない癖くらいの
感じでやっちゃうって
やっぱりメイメイって
すごいどうでもいいテーマについてそれやるから
そのギャップで面白さを感じてくれてるとか結構あると思うんですよね。
でもそれって僕のコントロールできないことで面白がられているっていうのが
嫌かというと全然嫌じゃなくて
むしろ面白がってくれてありがとうぐらいの感じではあるんですけど
それが何で嫌じゃないかっていうと
多分下に見られているとか
バカにされている感じがないからだと思うんですよ。
はいはい
何で下に見られないかって多分こういう特性って
仕事とかビジネスでは強みになるじゃないですか
強みになるものを
違うところで変な使い方してるみたいなのが
多分面白いんだと思うんですけど
それって結局
変わっている方向性が
割と仕事とか資本主義の中で
強みとして出やすい特性だからみたいな
ところに結構バイアスがあるなー
っていうのはちょっと読んでて思いました。
確かに。
なぜめいめいが面白いのかを構造的に話してる。
だからこれに腹を立てたりとか
嫌だと思うことは別に心が狭いとかじゃなくて
普通だよなと思う。当たり…
そりゃそうだよねと思いましたよね。
あとなんかすごいよく
こういうので嫌だなって思うのが
言ってきてる側って多分
下に見てるとかっていう自覚がないじゃないですか。
ないね。
自覚がないことに一番
癒さを感じます。
本人たちはフレンドリーに接してる気持ちというかね。
面白くやってるじゃんみたいな
思ってるけどいじられてる側は面白くないっていう
状況ですよね。非対称というか。
言ってる側も本当に悪気ないと思うんですよ。
本当に悪気ないのが
余計嫌ですよね。
これ結構ありそうですもんね。
職場とかね。
せめて悪意があってくれとか思います。逆に。
そしたら腹が立てられるじゃないですか。
ムカつけるじゃないですか。
悪意がないから多分心が狭いんじゃないか
自分がっていう悩みになっちゃうんだと思うんですよね。
確かに。現にそれを楽しんでいる
多分相手側は一人じゃなさそうですよね。
何人かって多分面白がっている状況があり
これに対して許容できないというか
前向きに返せない自分が心が狭いみたいな
構図に置かれちゃうみたいなね。
なんか嫌ですよね。
学校とかでもめっちゃありますよね。絶対あると思う。
でもなんか面白いなって変わってる人に言うと
僕も思っちゃうから結構好きなんですよね。
自分がすごく
凡庸な人間だと思っていて
なんかそういう
平均からとか標準から乖離してるということ自体が
結構僕は面白いと思っちゃうし
もっとなんかそういう人と
コミュニケーションしたいなと思っちゃうから
相手によっては僕もこうやっていじってくる人だと
同じように見えてる可能性は全然あるなと思って
ちょっと気をつけないとなと同時に思います。
いや、分かります。
いじるっていう言葉が
ニュアンス的にどういう風に受け取られるか分かんないけど
やっぱ愛をもっていじる感じってあるから
それが相手にとってどうかっていうのも
結局またコミュニケーションの話になっちゃうというかね。
相手もそれで心地よければいいけど
相手がそれで嫌がってるんだったらそれはいじりというよりは
もう本当に嫌がらせになっちゃってますよねっていうことになるから
いじるのダメみたいな風潮も最近あるじゃないですか。
ありますよね、なんかね、雰囲気として。
それはそれでなんか息苦しいなと思ってて
僕はなんかそのリスペクトを感じればいじられると
むしろありがたいし嬉しいなと思うぐらいだったりするし
それが一般的に欠点だと言われるところを
いじられても別に気にならないというか
場が面白くなって自分も楽しければいいと思うんですよね、自分が。
でもなんかそのいじるの良くないみたいな風潮の中で
いじられなくなると
自分でそんな面白さ提供できないしなとかって思ったりするし
いいのになーとか思うけど
でもその今のこの丸さんのこの状況のいじられ方をすると
確かに嫌だと思うと思うし自分もイラッとすると思うから
結局関係性によるっていう感じですよね。
なんかこのいじるいじられるみたいな話を言うと
僕はよく思い出すのは
このめいめいにもねゲストに出てくれたササヤン。
はいはいはい。
幼馴染のササヤンはもう本当こう変わってつつか
そのコントロール不能な出てきちゃう面白さみたいなのがあって
だからついついそのいじりたくなっちゃうんですよ。
僕も小学校の頃とかはその程度がわかんなくて
やりすぎちゃって
2年ぐらい絶好してた頃が
絶好っていうかもう口聞いてくれなかった頃があるぐらい
それはなんかやりすぎちゃってたんだなみたいなものが
だんだんチューニングができるようになって
今はなんていうのかなその面白さに対して
僕なりにリスペクトを持って接して
まあササヤンも嫌そうじゃないっていう感じで
やっぱりそこはいじりも成立するとは思うんですよ。
関係性次第では。
だからそこのね難しさを思うというか
片山、ササヤンはいじっていいものだみたいな感じで
関係値がない人がいじってるのとかを見ると
それはちょっと雑だろうとか思ったりするし
なんかねいじるコミュニケーションみたいなのは相当
負荷が高いから難しいと思いました。
難しいという自覚を持ってやるならやらないとって感じですよね。
うーん、そうね。
そっか、いじるということが嫌なんじゃなくて
いじるということに対するリスクをちゃんと見積もれてない
雑な人っていうのは嫌なのかもしれないですね。
うんうんうん。
失敗する時とかはあるじゃないですか。
いじりに行ってそこ踏み込んじゃいけないとこあったらごめんみたいな時って
そういう時に自分が踏み込んじゃったからごめんって言えばいいのに
いや冗談じゃんとかそんなマジにならないよみたいな感じになっちゃうのが
やっぱり良くないですよね。
そうね、そうね。
傷ついた側がリスクを負わないといけないとか
傷ついた側の評価が下がるみたいなのが良くないよね。
それは絶対良くないと思う。
自分が誰かのコンテンツとして消費されそうだと感じた瞬間っていうのが
やっぱりコンテンツとして
自分の変わってるとか変な特性がその場の面白さになるみたいなことを
コンテンツとして消費というよりは
そこにちょっと一段下に見て雑に扱っていいみたいなところまで
ニュアンスが含めてコンテンツとして消費されてる感じじゃないかなっていう気がする。
そうですね。だってフレーミングの左手もコンテンツとしてあるように消費されてますからね。
面白かったって言ったわけじゃないですか。一緒に楽しく生をつけていく。
もちろん悩みというかもやもやをクリアにするっていうのはあったけど
面白くしていこうよみたいなのがあったから
やっぱりコンテンツにしちゃってる部分はあったと思うんですよ。
でも別にバカにはしてないじゃないですか。リスペクトを持って
その現象と向き合ってやっていくってことをしてたんで
だからおっしゃる通りやっぱり下げつまらされてる感じとか
下に見られてる感じとかがあるかないかって結構重要な気がしますね。
で、この流れで言うと何かあるんですけど
まるさんのPodcast Weekendで話した時も
今その後お手紙くれたやつとかも面白かったですよね。
面白いし、説明の文章とかも結構好きなんですけど、まるさんの。
言うもありますよね。
でもそれが面白いって言ってるのも
場合によっては嫌な可能性はあるじゃないですか。
別にリスペクトがあるつもりだけど
それがあると感じるか感じないか受け手の側の評価だと思うんで。
だからそこってもしかしたら
少なくともPodcast Weekendの時とその後のお手紙取り上げた時に
嫌じゃなかったからこうやってまた送ってくれてるんだと思うんですけど
そこってこれだから政府みたいなものってやっぱりなくて
相手との関係性の中で少しずつ踏み込んで
嫌だったらちゃんと引いてみたいなことを繰り返して
境界線ちゃんと見極めていくみたいなのが大事なんだろうなと思うんですよね。
だから正しいと思いますけどね。
そうやって下に見られてコンテンツ消費されたら反応しないっていうのがね。
ベストな対処だと思いますけどね。
むしろスルーできててすごいって感じですよね。
ここでブチギレちゃったりとかすると職場だからまたややこしくなったりするから
取れる絶妙なラインでいったなという感じがしますけどね。
変わってること自体は
あんまり自分が自分の変わってるところにネガティブな評価する必要もないんじゃないと思ってはいて
それをバカにしてくるとか下に見てくるやつに対して腹を立てるという風に
切り分けると結構むしろなんか
僕このAI時代変わってるところでしか勝負できないと思ってるんで
変わってない、標準的なもの平均的なものってAIの方が上手にうまく全部やってくれるから
変わってる特性のところでぐらいしか自分の人間らしさみたいなの発揮できないじゃないですか。
それが何ていうのかな
頑張って変わろうとしなくても変わってるってある意味才能だと思うんで
そこ自体は結構ポジティブに自分は受け止めたいなと思いますけど
見下されてる下に見られてる雑に扱われてるみたいなことに対して反応しないっていうことですよね
この現象は
そうなんだよな
なんかそのコンテンツというか面白い自分の変わってる側面が面白がられているというところまで全部含めるというよりは
それをちょっと下に見られてるっていうところにすごいピンポイントに名前つけたいんですよね
そうですねそっちがいいと思います
なんかあれだ動物園とか行って
なんか動物が変な動きしてるの見て笑ってるみたいなのに近いんですよ
別に動物は無意識みたいな普通にやってること
やってるのに
でそれはその絶対に安全な檻の外から勝手に観察してるじゃないですか人間が
それの感覚に近いから嫌な気がする
確かに
殴り返されるかもっていう距離で多分そんな笑ってないと思うんですよね
確かにね
そこの立ち位置がムカつくのかもしれないですね
なんか檻というか柵を挟んだ向こう側で安全圏から笑ってる感じが
確かになんかいじられてるなっていうので別に不快じゃない時ってこっちからも手の届く距離みたいなのありますよね
一方的にいじられるみたいな状況じゃないですよね落ちるときって
別になんかイラッとしたら殴り返せるけど別にイラッとしたら殴らないみたいな距離感みたいな
ムツゴロウさんは逆ってことですよね
ムツゴロウさんはもう動物ども噛まれて死ぬかもしれないリスクを持って至近距離でやってるから
そこまでリスク取ってこれはリスペクトだなって動物も感じれるみたいな状況ってことですよね
それも確かに逆ですね
あとこれはあれですねそういうことをやってしまう人が恥ずかしくなる名前にしなきゃいけないですね
そうですね
だからこれは正しい反応なんだとその反応をやめてシャッターを下ろすっていうのは正しい反応なんだって思えるような名前の方がいいですね
それを相手にやってしまったらなんか良くないことを知ってしまってるなってちゃんと思える
相手の動物園の比喩でいくとオリの中から出るってことだと思うんですよね無視するっていうのは
オリの中にいないぞっていう表明だと思うんですよね
なんか動物も寝る場所とかって奥の方とかにありますもんね
そうそう
見えないところに行くっていうことだと思うんですよね
なんか最近そのショート動画とかですごいこう刺激ドーパミン刺激の中毒みたいなのをドパガキとかっていうの知ってます?
はい
でそれの対な感じはしたんですよね相手はそのドーパミン中毒な感じするじゃないですかっていじってくるのが
ドーパミン抑制するホルモンってセロトニンってあるんですけど
なんかこれでいくと相手はドーパミンで自分がセロトニンな感じですよね
あーそうですね
ドーパミン刺激を遮断してるみたいな感じがあるから
そのままセロトニンでニンがヒトとかでどうですか?
いいじゃないですかセロトニン
ドパガキに対するセロトニン
いいですねセロトニンでいきましょう文字で見るとすごくいいですよスーパーサイヤ人みたいになってますもんねサイヤ人みたいになってます
いいいいセロトニン
オッケーじゃあこれでいきましょう
じゃあまとめに入りたいと思います
一つ目同じエリアに会社の人が住んでいていつ遭遇するか分からず油断できない状態
相互探偵
二つ目自分が誰かのコンテンツとして消費されそうだと感じた瞬間反応を止めて心のシャッターを下ろす現象
セロトニン
ヒトですねニンはセロトニンでございます