2026/06/23
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サマリー
葬儀の場で、孫である20代の男性が亡くなった祖母への言葉を詰まらせてしまうも、その後一人で般若心経を唱え始めた。その姿は家族や周囲の人々を感動させ、拍手が起こった。般若心経の教えや、この出来事がもたらした温かい感動について語られている。
葬儀での出来事
おはようございます。花火鑑賞士、気象予報士の鶴岡慶子です。 この配信では、花火や天気、言葉に関することなどをお話ししています。
今日は、最近私が担当した家族層のお話です。 特定の宗教によらない、いわゆる無宗派層というものでした。
無宗派の葬儀は、いわゆる宗教行事がないので、お花を手向ける喧嘩にする場合もあるし、仏教の葬儀のように御祥行にする人たちもいます。
この時は御祥行でした。御祥行の時に一人一人前に向かっていくんですけれども、亡くなった方に向けて一言ずつ声を出してお話をしていただくという場面がありました。
感謝の気持ち、そして懐かしい思い出のお話、いろんなお話を皆さん一人一人なさっていました。
それぞれの言葉で最後のお別れをしていただくっていうことだったんですが、ご家族の中に20代ぐらいだと思うんですけど、若い男性がいらっしゃいました。
おそらくお孫さんだったんじゃないかなと思うんですが、その方が御祥行で前に出られた時に言葉が出てこないんです。
泣いてしまって、時折大きく息を吸って吐くみたいな、その音がマイクに入っちゃうんですけれども、しばらくたってやっぱりダメだと言って、振り返って何も話さずに席に戻ったんです。
その姿にちょっと笑いが起きたんですね。その感じはすごくあったかいなって思いました。
般若心経を唱える青年
で、その方が祭が終わった後のことなんですけど、半夜神業を唱え始めたんです。
どういう感じだったかっていうと、祭が終わった後、次はもう会食の席だったんですけど、その準備のために、祭会場からは少し離れたところに家族がいらっしゃったんですね。
休憩をしていました。
そしたら先ほどのその方が、一人ぽつんと残って、祭壇の真ん中に長い線香を立てて、そして唱え始めたんです。
唱えている間、ご家族の皆さんがまたなんとなく戻ってきて、みんなでそっと動画に収めていました。
なんともほっこりする、そんな場面でした。
その方は何も見ないで半夜神業を唱えてたんですけど、半夜神業ってこんな風に唱えられちゃうものなのかなと。
お仏台に向かって毎朝唱える方もいらっしゃるでしょうし、社協として書き写す方もいらっしゃるでしょうし、いろんな一般の方たくさんいらっしゃると思うんですけど、
20代の男性がスラスラと半夜神業を唱えられるという、それ自体、とってもすごいことだなと思いました。
般若心経について
ここでちょっと半夜神業の話をしようと思うんですが、半夜神業って日本で最もよく知られている仏教のお経の一つです。
正式にはマカハンニャハラミッタ神業と言います。文字数はわずか262文字です。
仏教の教えの中でもとりわけ短いお経なんです。
しきそくぜく、空そくぜしきという言葉は聞いたことがある方も多いと思うんですが、
目に見えるものには全て実体がない。しかしその実体のなさこそが全ての本質だという意味です。
しきそくぜく、空そくぜしき。
難しくは聞こえるんですけど、半夜神業が伝えようとしているのは、
執着を手放すことで苦しみから解放されるということなんですね。
半夜神業は特定の宗派だけが唱えるものではなくて、
神言宗、禅宗、浄土宗などなど、多くの宗派で広く読まれているものです。
僧侶でなくても唱えることができるお経です。
その20代の男性の方ですけれども、最初はお隣が小声だったんですけど、
次第に集中していったんでしょうね。声に力強さが出ていきました。
御聴講の時は泣いちゃって言葉にできなかった気持ちをお経に託した感じ、
その姿はとってもいいなって思いました。
感動の結末
お経が終わった後、振り返ってみんながいるのにびっくりしてたんですね。
で、自然と親戚中から拍手がわきました。
私も片付けの手を止めて最後までそのお経を聞いていたんですけれども、
その中で贈られるそのおばあちゃまってとっても幸せだなって思いました。
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それではまた明日。
04:44
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