「変わり果てた帰還居住区域の自宅 「除染した後も怖い」帰還への希望と不安 東日本大震災まもなく15年」 東日本大震災、そして東京電力・福島第一原発事故から、まもなく15年です。いまだに避難を続ける男性の帰還への希望と不安を追いました。帰還困難区域には一時的な立ち入りはできるものの、いまだ住民の居住・宿泊は認められていません。取材に対し、避難生活を続ける佐山梅雄さん(68)が自宅へと案内してくれました。佐山さんの自宅がある場所は福島・南相馬市小高区金谷地区で、福島第一原発から20km圏内の場所です。原発事故の前、佐山さんはウシやニワトリなどを飼いながら暮らしてきました。佐山梅雄さん:もうこんな感じ。もうみんな(動物に)荒らされて。変わり果てた自宅、それでも佐山さんは「好きですよ、自分の生まれた所ですから」と話します。震災が起きた時、佐山さんは放射線量を測定する仕事をし、福島第一原発で作業をしていました。佐山梅雄さん:被ばくしました。ジャンパーとかもみんな汚染。ちょうど(放射性物質の)通り道だったんで。山間にある自宅は津波の被害を免れたものの、原発事故によって避難を余儀なくされました。まもなく16年目を迎える避難生活。自宅に帰ることを望んでいた母親のヒサさんは6年前に亡くなりました。佐山梅雄さん:(母は)「帰りたい帰りたい」と言ってましたよずっと。「山に行きたい山に行きたい」と。3年前に創設された“特定帰還居住区域”では、2020年代までに住民が帰還を希望しているエリアを国が国費で除染やインフラ整備をします。佐山さんは帰還を希望し、2025年に自宅周辺が“特定帰還居住区域”に認定されました。希望する帰還。それでも、佐山さんは「まだ全然安心できません。本当に除染して、除染したあとも怖いですよね。水とか本当に飲めるのかなとか」と不安も感じています。計画では、2029年の年末までに自宅周辺の避難指示が解除される予定の佐山さん。原発事故によって奪われた生活を、これから少しずつ取り戻そうと考えています。
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