00:00
はいおはようございます。本日の放送は2024年の11月25日、月曜日です。
本日は第1002回目のお話となります。このチャンネルは福島県小島市在住の特撮アニメ漫画大好き親父のピョン吉が響きになったことをだだー楽し押していくという番組です。
よろしくお願い致します。
押山清高監督の幼少期
アニメ映画ルックバック amazon プライムビデオで無料で見られるようになり、今でも素晴らしいという評価があるですね。続々とですね日本海外でXにポストされ続けております。
原作の藤本達喜さんのイメージ経験はもちろんですが、押山清高監督のイメージ経験もね、このアニメルックバックに結構投影されていると思うんですよ。
しかし押山監督の子供時代の話って残念ながら聞く機会がないんですね。
地方の新聞の福島民報9月11日の記事ぐらいなんですね。 他にもあるのかもしれませんけどね、残念ながらいい記事が見つけられておりません。
その時ですねプライムビデオのアニメ専門チャンネルアニメタイムズというのがあるんですよ。 そのオリジナル番組クリエイターズタイムというところで押山清高監督が出演されたんですね。
それが11月8日からですね全3回、一挙配信されたわけです。 その第2回にですね
押山清高監督の子供時代の話があるというね、というわけで見てみたわけですね。 押山清高監督についてはですね、2014年のスペースダンディ2
その第18話でね、すごいと思ったけどね、ずっと自分を追いかけてきたつもりなんですよ。 でもね、今回話聞きまして知らないことが多かったなぁと思ったんですね。
というわけで、今回その話をしたいと思ったわけですね。 押山清高監督、子供時代、近所のおばあさんがですね、絵を描く環境だとかね、畑とかね
料理とかね、いろんなことを経験させてくれたそうなんですね。 残念ながらそのおばあさんはですね、新聞の方では10年前に亡くなっているらしいんです。
その近所のおばあさんのところで描いたものはですね、 普通の男の子らしいものですね。戦隊ものの絵だとかBB戦士って流行ってたんで、その絵だとか。
あとアニメを見てからですね、セイントセイヤーとかね、ドラゴンボールの絵とか描いていたらしいです。
当時ね、よく見ていたアニメはね、ミラクルジャイアンズはドームくん、 悪魔くん、ぼっちゃまくん、タルルートくんってね、くんがついてるやつばっかりね、それをよく見てたみたいですね。
これはXの情報ですけどね、絵は小学校のところからかなり上手だったみたいでね、 小学校時代の絵はですね、表彰されまして、現在も小学校に飾られているらしいです。
で、中学・高校は美術部に入りまして、絵を描いていたそうなんですね。 で、中学校、その時はジブリに、ジブリ映画にハマったそうです。
天空の城ラピュタにハマりましてね、そのね、 ジ・アート・オブ・天空の城ラピュタ、その本を借りてきましてね、そしてそれで絵をね、模写する経験をしたそうです。
で、高校を卒業したんですが、要はですね、独学でも勉強できると思ったのでね、 3DCGの勉強でね、専門学校に行ったそうです。
アニメ制作の経歴
それはね、県内の専門学校ということですから、まあ多分そうでしょうかね。 で、その専門学校を卒業したんですが、地元に絵を描く仕事がないと気づきましたね。
で、東京に上京したわけです。 もしこの時ですね、県内仕事があればですね、アニメーターにならなかったでしょうね。
で、アルバイトを半年続けまして、絵の仕事に就きたいというね、複数に履歴書を送りましたね。 そしたらアニメ制作会社のジーベックという会社に引っかかったわけですね。
絵を描けるっていうことでね、研修でお金が出ない、社員でもないんですけどね、神奈川県に住んでいたんでね、片道1時間半かけてね、ジーベックの会社に1時間の研修を受けたらしいですね。
で、動画の方はですね、7ヶ月行ったそうです。 そして原画マンの方になったみたいですね。その作品は早期のファフナーらしいです。
その当時からですね、イソミツオさんというすごい原画マンがいるということが気づきましてね、そして憧れていたそうなんですね。
そして2007年に電脳恋でね、イソさんがですね、スタッフ募集していまして、一緒に仕事するようになります。
で、この作品で作画監督も経験しております。 イソさんといえばね、最近地球外少年少女、それ作った人ですね。
まあ最近って言ってもね、もう結構前になりますからね。
そして2011年に劇場版、ハーレムの錬金術師、ナンキのミロスの聖なる星、でアニメーションディレクター、作画監督ですね。
映画全体の作画監督を担当します。 しかし当時まだですね、アニメに続けるとを考えてませんで、ゲーム業界に転職しようかなと思っていたそうです。
そして2014年のスペースダンディーの前にですね、フリップラッパーズの監督の話が持ちかけられたそうなんですよ。
で、監督を行うことを決意。 後でね、スペースダンディーの仕事が来て、監督になるための実験ということでね、全て一人でやったことで、一本ね、作っちゃったんですね。
それはもうすごいと思いまして、全て人の一人で作っちゃった一話分、アニメ業界中にね、その活動が知らわたったんですね。
それで私も気づいたわけですよね。そういう人が福島県出身でいるってことね。 そして2016年、フリップラッパーズを監督。
そしてその1年後、スタジオドリアンというアニメスタジオ、自分のアニメスタジオを設立したんですね。
自分知らなかったですがね、2018年にはデビルマンクライベイビーという作品で、そして悪魔のデザインを担当されたそうです。
その制作会社はね、サイエンスサルなんですよ。 サイエンスサル。犬とかね、ダンダダダンとか。で今人気の会社ですね。
アニメのね、チェーンソーマンでも悪魔のデザインやってましたよね。 またデカダンスでね、サイボーグのデザインやってましたもん。
その前からね、こんなことでデザインやってたんですね。 そしてスタジオドリアン作ってからですね、シシ狩りという短編映画をね、作りまして。
これならですね、ルックバックが作れるなぁと確信したらしいですね。 もしもね、ルックバック、人手が足りなかったら自分一人でも作れると思って、だから作ったそうです。
というわけでね、押上巻オタク監督についてね、自分知ってるよと思っていたんですけども、アニメタイムズの情報を知りまして、知らなかった方が多かったなと思ってびっくりしました。
そしてね、ルックバックという傑作ができたのは、押上巻オタク監督の経験、様々な積み重ねがあったからなんだ。
もしもいくと、どこか違うところになれば、ルックバックという作品ができなかったんだなぁと思ってね、なんかしみじみにとしてしまいましたね。
というわけで、昨日はですね、その押上巻オタク監督の社内経歴をして、非常に嬉しかったよ、楽しかったよという話でした。
はい、それではまた次回よろしく。お互いの発信を落ち着けてくださいね。本日もお聞きくださいまして誠にありがとうございました。