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2026-01-04 05:10

#227 アニメ映画『ひゃくえむ。』その句点の意味

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ピョン吉の航星日誌「#1407 『ひゃくえむ。』100m走に人生を詰め込んだアニメ映画の話」をNotebookLMでポッドキャスト化したものです。

サマリー

アニメ映画『ひゃくえむ。』は、足の速いトガシと現実逃避を求めるコミヤのライバル関係を通じて、人間の内面に迫る独特な作品です。ロトスコープ技法を活用し、情熱と狂気の境界線を描いています。

『ひゃくえむ。』の独自性
さて、今回はですね、送ってくれた方がネットフリックスでご覧になったというアニメ映画、『ひゃくえむ。』この資料を一緒に深掘りしていきましょう。
お願いします。
作者は、地球の運動についてで一大センセーションを巻き起こしたウォートさん。
本作がそのデビュー作だそうですね。
そうなんですよ。だから、後の活躍を知っていると、この原点に一体何が詰まっているのか非常に興味が湧きますよね。
ですよね。この資料で、僕が特にハッとさせられたのが、思っていた方向と全く違うところに連れて行かれて、最後に立ち尽くすタイプの映画というこの一文です。
ああ、なるほど。
これ単なるスポーツ青春者じゃないぞって強烈なメッセージじゃないですか。
ええ。
たった100メートル、ほんの十数秒の世界に人生とか狂気までが凝縮されていると。今日はその確信に攻めれたらなと思います。
ええ、ぜひ。
まず、やっぱり気になるのがタイトルです。100mでひらがなで最後に句点のドットがついている。
はいはい。
これ後の地にも通じるウォートさん特有の記号というか、なんかこう断定するような強い意思を感じますよね。
まさに。そしてそのテーマの掘り下げ方がまた独特で、資料だと1980年代の名作漫画スプリンターが比較対象として挙げられてますね。
ああ、スプリンター。
あちらが10秒の壁をいわば神の領域として外にある絶対的な目標として描いていたのに対して。
なるほど。スプリンターが神の領域を目指す話、それに対して100mは人間の内面に深くそぶり入れていくと。
そうなんです。
ということは、目指すベクトルの向きが外から内へと180度逆転しているってことですか。
その通りです。だからこそ純粋な情熱がいつの間にか自分自身を蝕んでいくような一線を超えた狂気に変わっていく。その様がこの作品の核になっているっていう。この資料の読み解きはすごく鋭いなと思いました。
物語の中心は生まれつき足の速いトガシと現実から逃げるために走るコミヤ。この二人のライバルが速く走ること自体にだんだん取り憑かれていくわけですね。
そこで資料が持ち出すあのルック・ベッソンの映画グランブルーとの比較。これが本当に面白いんですよ。
グランブルー。フリーダイビングの。
ええ。ジャンルは全く違いますけど通定するものがあると。
人が人であることを止めていく瞬間を描いているっていう指摘ですね。
ロトスコープの技法
そうなんです。
深くどこまでも潜っていくダイバーとひたすら前一瞬の速さを求めるスプリンターか。確かにこう人間的な領域から踏み出てしまう感覚っていうのはすごくわかる気がします。
その人が人でなくなるっていう狂気的な感覚を映像でどう表現したのか。ここで資料が注目しているのがロトスコープというアニメの技法なんです。
ロトスコープ。実写の映像を一枚一枚トレースしてアニメにするあの手法ですね。
はい。
だからランナーのフォームとか筋肉の躍動が普通のアニメじゃありえないくらい様々しく伝わってくると。
この技法歴史は古くてディズニーの白雪姫とかでも使われてるんですけど、最近だとアニメの悪の花での実験的な使用が記憶に新しいかもしれません。
あ、ありましたね。
ただ資料の指摘通りリアルを追求する代償として独特の違和感が生まれることもあるんですよね。
なるほど。そのロトスコープ特有の様々したと違和感がキャラクターたちがこう常人の理解を超えた領域へ踏み込んでいく。
あの人が人でなくなる感覚を視覚的により強烈に表現していると。そういうことなんでしょうか。
まさしくです。その気持ち悪さ一歩手前のリアリティが彼らの狂気と見事にシンクロしてるんです。
ただ速い、ただ美しいだけじゃない、どこか壊れてしまっている人間の姿をこの技法が可能にしてるっていう非常に的確な分析だと思います。
いやー面白いな。こうして送っていただいた資料を元に話してきましたが、100Mが100メートル走っていう極めて短い舞台で人間の情熱と狂気のその境界線を描いた、とてつもなく濃密な作品だっていうことが改めて伝わってきました。
資料は終始、ランナーたちの壊れた情熱に光を当ててましたからね。この作品が我々に突きつけてくるのはもしかしたらこういう根源的な問いなのかもしれないなと。
と言いますと。
自身のすべてをかけてたった10秒ほどの瞬間に挑む人々にとって、その行為の本当の目的って一体何なんだろうかと。
目的ですか。
はい。それは他者に勝利することなのか、それとも記録という数字を更新することなのか、あるいはその完璧な一瞬を達成するために自分自身の一部を破壊して人間であることを超越するそれ自体が目的なのか。
次回の配信もお楽しみに。さようなら。
次回の配信もお楽しみに。さようなら。
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