超かぐや姫の世界観
こんにちは。こんにちは。さて今回はですね、送ってくださった方が注目している
Netflixで配信が始まった映画、超かぐや姫。この資料を深掘りしていきましょう。
ネット上では、なぜこれが劇場公開じゃないんだっていう声で、もうかなり盛り上がっている先ですね。
その熱量はすごいものがありますよね。ですよね。
そこで今回は、古典のかぐや姫がどう現代的にアップデートされて、なぜこれほど多くの人の心を掴むのか、その革新に迫っていきたいと思います。
はい。まず、物語の世界観なんですけど、舞会は2030年の日本。近未来ですね。そうなんです。
主人公は17歳の女子高生愛波。彼女が七色に光る伝心柱から現れた赤ん坊のかぐやと出会うと。
もうこの時点でかなりSF的ですよね。全然違いますよね。古典とは。
ここからがすごく現代的な展開なんですよね。はい。
愛波がプロデューサーになって、かぐやを歌い手として仮想空間、つくよみでデビューさせるんです。
ああ、なるほど。音楽配信活動?
そうなんです。送ってくださった資料の中で面白い分析があって、劇中で使われるのがハッピーシンセサイザーみたいな少し懐かしいボーカロイドの名曲なんですよ。
はいはいはい。
これが今の若い世代には新鮮に聞こえて、当時を知る世代には恐襲を誘うっていう。
ああ、絶妙な選曲になってるわけですね。
そういうことなんです。
その仮想空間のビジュアルもかなり話題の一つじゃないですか。
そうなんです。資料では細玉監督のサマーウォーズとか、龍とそばかすの姫が引き合いに出されてますね。
現実とシームレスにつながった色鮮やかな巨大空間みたいな。
なるほど。単なる背景じゃなくて、もう一つの現実として描かれていると。
そもそもかぐや姫って、昔からなぜ月に帰らなければならなかったのかっていう、あの悲劇性が物語の核でしたよね。
高畑邦監督のかぐや姫の物語なんかも、その性の喜びと悲しみを徹底的に描いていましたよね。
そうでしたね。
ここで興味深いのが、今回の超かぐや姫が、その伝統的な悲しい結末を意図的に仏しているっていう点なんです。
仏している。
はい。ハッピーエンド風の物語を思考している。
なるほど。
資料には、作り手側のみんな本当はこういうのが見たかったんでしょっていう、ある種の確信犯的なメッセージが込められてるんじゃないかと。
現代の価値観の反映
それに観客が、そうこれが見たかったって見事に大答えているわけですね。
ええ、まさにそういう構図です。
その世界観自体もかなりユニークだと資料は指摘してますよね。
特にファンが熱狂している音楽ごと浴びるっていう体験価値。
ああ、それです。まさに、2022年の大ヒット作、ワンピースフィルムレッドも、歌のライブを体験するっていうのが映画の大きな目的でしたよね。
ストーリーよりも、まず音楽体験を重視する。
この流れがもう映画の一つのジャンルになりつつあると資料は分析してるわけです。
その体験を最大化するために、世界観にもう一つ非常に重要な仕掛けがあると。
はい。ここが本作を読み解く上で、多分最も重要なポイントかもしれません。
原作に登場する大きな父親的な存在、あるいは旧婚者とか、帝といった男性キャラクターが意図的に排除されてるんです。
そうなんですか。
ほぼ女性だけの世界が描かれている。
で、資料が指摘しているのは、この男性キャラクターの排除っていうのが、単なる物語の都合じゃないっていう点なんです。
と言いますと?
あの、現代の特に若い観客層が、まあ競争とか対立、あるいは恋愛におけるパワーダイナミクスみたいな要素から解放された安全な物語空間を求めているっていう。
はい、なるほど。価値観が現れたと。
そういう分析ですね。
確かに、愛波とかぐやの関係も対立が一切なくて、常に互いを肯定し合う心地よさがありますよね。
その通りです。
ということは、古典の持つ悲劇性とか複雑な人間関係を完全になくして、現代の観客が求める気持ちよさに特化させたのが、この超かぐや姫だと言えそうですね。
ええ、古典を現代の価値観で再構築して、観客が今まさに求めている楽しさとか心地よさを、非常にストレートに提供している作品と言えるでしょうね。
では最後に思考を深めると言うよ。資料が指摘するように、この物語では知性的なものやある種の対立構造が取り除かれています。
私たちが物語に居心地の良さを求めるとき、そこではどんな要素が重要視されて、逆に見たくないものとして何が排除されていくんでしょうか。
この点について送ってくださった方も考えてみると、現代の物語の楽しみ方がより深く見えてくるかもしれません。
次回の配信もお楽しみに。さよなら。