カフェでの出会い
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
いらっしゃいませ。カウンターから入り口を見ると、女性二人組が立っていた。
ご案内お願い。
近くに立っていたバイトの綾香ちゃんに声をかけると、小さくうなずいて、お客様に声をかけに行った。
綾香ちゃんは二人を席に案内すると、戻ってきて、
チーズケーキのセット二つで、アイスコーヒーとアイスカフェラテです。
オーダー早いわね。このお店のチーズケーキは有名ですからね。
綾香ちゃんはにかっと笑うと、ピッチャーを持って店内を回り始めた。
軽い気持ちで雇った大学生だが、よく働いてくれて頼りになる。
いらっしゃいませ。
サラリーマンが三人入ってきた。綾香ちゃんが声をかけ、奥の席へ案内する。
カウンターの前を通るとき、そのうちの一人と目が合った。
あれ、綾香ちゃん?あら、河童さん?
綾香ちゃん、何してんの?こんなところで。
コーヒー屋さん。
え?だから、コーヒー屋さん。
河童さんは仕事の人と一緒だったこともあって、その日はそれ以降話さなかった。
でも、次の日、夕方くらいに一人でやってきた。
いやー、びっくりしたよ。まさかこんなところで会えるなんて。
河童さんはカウンター席で、ハンドタオルで汗を拭きながら話しかけてきた。
私もですよ。まだモミジには行かれてるんですか?
それがさ、俺引っ越しちゃって、行かなくなっちゃったんだよね。
それは寂しいですね。
でも、ここに綾香ちゃんがいてくれるなら寂しくないな。
河童さん。
何?
言っておきますけど、ここはスナックじゃなくてカフェですからね。
わかってるよ。だからこうやってコーヒー飲んでるじゃないか。
すいません。注文お願いします。
はーい。
カウンターを離れ、注文を取りに行く。
お決まりですか?
チーズケーキセットでお願いします。
飲み物はアイスコーヒーで。
承知しました。
あの、このお店、お姉さんがやってるんですか?
ええ、そうですけど。
過去の職業への偏見
すごーい。どうやってお金貯めたんですか?
頑張って働きまして。無茶な働き方でしたけど。
すごーい。
お客さんがキラキラしたメロディーを見ると、
お客さんがキラキラした目で私を見るので、
恥ずかしくなって、そそくさとカウンターに戻った。
すると、河童さんはニヤニヤしながら、
まさかスナックで働いてお金でこの店出しましたとは言えないもんね、
と小声で言った。
イラッとしてしまい、ついつよい口調で、
河童さん、
と言ったら、
大丈夫、大丈夫。秘密は守るからさ。
ニヤニヤしながらアイスコーヒーを飲み干した。
なんだこれ?
綾香ちゃんがお店用のタブレットを見ながら首をかしげた。
どうしたの?
なんか変なDMが来てます。
変なDM?
綾香ちゃんからタブレットを受け取ると、
お店のSNSに知らないアカウントからメッセージが来ていた。
綾香ちゃん、今度二人でゆっくり話そう。
リュウジより。
リュウジって誰ですか?
あの人の下の名前は知らないけど、心当たりがあるわね。
え?ヤバい人ですか?
うーん、面倒なことになったかも。
私はこのメッセージに対して、
お店が忙しいからごめんなさい。
来てくれれば会えるから。
よかったらまた来てくださいね。
と返した。
すると、
俺はお前の秘密を知っているんだぞ。
そんな邪剣にしていいのか?
と返ってきた。
綾香さん、これヤバいんじゃないですか?
この人何を勘違いしてるんだろう。
え?
数日後、午後の混んでいる時間のことだった。
いらっしゃいませー。
リョウコ!
川端さんの声は店中に響いた。
お店の空気が一気に凍った。
もしかして、
DMの…
お前、せっかく気を使ってやったのに、
邪剣にしやがって。
川端さんは、
ドスドスと足音を立てながら、
カウンターへ近づいてきた。
いいか?
この女はなぁ、
スナックで働いてたんだぞ。
俺がずっと通っていたスナックで、
何年も何年も働いていたんだぞ。
そんな汚い金でこの店を開いて、
恥ずかしい女なんだ。
店の中が、しんと静まり返った。
どれぐらい凍った時間が過ぎただろうか。
え?
だから?
静寂を破ったのは、
綾香ちゃんだった。
だ、だから!
こんな店、何の価値もないんだ!
ごめんなさい。
ちょっと意味がわかんないです。
バカな女だなぁ。
スナックで稼いだお金が、
汚いお金ってことは、
あなたがスナックで払ったお金が、
汚いってことですか?
は?
え?だってそうですよね。
どの瞬間にそのお金は汚れるんですか?
あなたからスナックに支払われるときですか?
え?そ、そんなの、
スナックが受け取るときに汚れるんですか?
そ、そんなの、
スナックが受け取るときだよ!
汚れるってわかってるのに、
どうして払うんですか?
そ、それは料金だから。
正当な料金なら、
別に汚れてなくないですか?
水商売で稼いだお金なんて、
汚れてるに決まってるだろう!
え?じゃあ、
あなたはなんで水商売に行くんですか?
綾香ちゃんの純粋な疑問に、
川端さんはたじたじになっていった。
も、もしもし、警察ですか?
カフェで暴れている男の人がいます!
奥の席から、
先日も来てくれた女性客の声がした。
早く来てください!
け、警察!?
この間のDMも、
弁護士と警察に相談してあるから、
よろしくね。
そう言うと、川端さんの顔が引きつった。
お、覚えてる?
すごい、アニメの悪党みたいだ。
お客様、大変申し訳ありませんでした。
今日のお題はサービスとさせていただきますので、
ごゆっくりなさってください。
そう言うと、ようやく空気が柔らいだ。
このギクシャクした空気は、
しばらく続くかもしれない。
それでも、
次の注文、取ってきますね!
私には、
水商売で稼いだお金なんて、
汚れてなくないですか?
心強い味方がいるのだ。
いかがでしたでしょうか?
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それでは、あなたの一日が
素敵なものでありますように。
小島千尋でした。