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2022-06-30 14:17

#30『Cafésexual』―未知のセクシュアリティを抱いて―【ラジオドラマ】

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”深く慕っております、擬人化じゃなく”


あらすじ

…その女性、下野平茜はあるカフェが好きだ。それは文字通り、好意だった。店として、建物としてそのまま好きなのだ。けれど店とは喋れない。だから意思疎通もできない。そこで彼女は、店長の男性を代理人と見立て話を持ちかける。


ラジオドラマシリーズ『私的エクレアイズム』です。主に会話劇の形式で短編のラジオドラマを配信しています。楽しんで頂けたら番組をフォローして下さると幸いです。


「Cafésexual」(作品群『周縁の周辺の周旋』より)

出演 北崎杏佳(下野平茜役)/田村無多(店長役)

脚本・制作 村楓午


カバーイラスト 大畑夏穂


こちらで作品群『周縁の周辺の周旋』は最後のお話となります。ご聴取頂き誠にありがとうございました。


次回新作の作品群は寒候期を予定しております。具体的な配信日程が決まりましたら番組の概要欄を更新致しますので、楽しみに待っていて頂けると幸いです。その間は随時ミニラジオドラマを2作配信予定ですので、よろしければそちらもご聴取ください。


(c) 2022 村楓午

00:01
【ラジオドラマ】、カフェセクシュアル
レシートはご利用ですか?
大丈夫です。
かしこまりました。ご来店ありがとうございました。
ごちそうさまでした。では、終われないんです、今日は。
はい?
店長さんですよね?このカフェの。
あ、そうです。私です。
下野平と申します。少し込み入った話があるんですが、今大丈夫ですか?
どうされましたでしょうか?
ちゃんとお客さん少ない時間帯選んだので、他の方だけで店は回せると思います。
あ、そのお話というのは…
レジではできません。向こうの席で話せますか?
あー、えっと、私も営業中のみですので、あまり長い時間は…
すぐ済みます。書類もありますから。
書類?
とにかく、いいですか?
分かりました。
あ、小松さん。ちょっと手塞がっちゃうけど、何かあったりはね。ごめんね。すいません。では。
飲み干しちゃった。
やっぱここの水はキンキンですね。素晴らしいと思います。
あ、ありがとうございます。それで、お話というのは…
長い間考えました。
はい?
長い間考えた末の行動であり発言であるということを前提として共有させてください。
はい。
このお店はカフェシャザファージュ茶中通り店で正式名間違いありませんね?
えー、はい。間違いありません。
では店長さん、あなたには代理として答えていただきます。
代理?
えー、カフェシャザファージュ茶中通り店さん。
私はあなたのことを深く慕っております。長時間座り続けると増していくお尻の痛みのごとく日に日に私の気持ちは膨れ上がっています。
初めて出会ったのは4年前。私はその日…
あ、ちょっとごめんなさい。
何ですか?
あ、いや、その、今一体どういう状態なのかわからなくてですね。
店長さんは代理です。
それもそうなんですが、何をお読みになっているんですか?
告白の手紙です。
告白?
はい。
えー、手紙の頭は店名でしたよね?
はい。
で、私は代理なんですよね?
はい。
ということは、えー、つまり…
つまり、私はこの店とお付き合いしたいということです。
驚かれるのも無理ありません。手紙を読んでおくのでその間に慣れてください。
私はその日茶中に越してきました。初めての一人暮らし、初めての街、正直言って私は…
あのー。
はい。
また止めてしまって申し訳ないんですが、えっとその、真剣にですよね?
03:00
いや、疑ってるとかではなく、私もその初めてのものですから。
先ほど申し上げた前提の通りです。
ですよね。そうなんですね。
あ、あれですか。擬人化とかそういう…
擬人化?
物とかを人に見立てるっていう…
人に見立てる?
見立ててないですか?
なんで素晴らしいこの店を人に見立てる必要があるんですか?
じゃあ、お店というか建物としてそのまま行為をお持ちでという…
そういうことです。
なるほど。
店が喋ってくれないので、私がいくら気持ちを伝えたところで一方的なままなんです。
だから店長さんに間に入ってもらおうと思って。
手紙はもうさっきしたためてた時に多分店に見られたと思うので割愛します。
じゃあ店長さん、答えを聞かせてください。
え?
私、下野平朱音とパートナーになってください。
お願いします。
店長さんは代理ですよ。
あ、えっと…何が…というか…
どこが好きなんですか?
そう、理由が聞きたいです。
それはカフェシャスバージュ茶中通り店が言ってるんですか?
え?
違うんですか?
店長さんはこの店と会話できる唯一の方だと信じてたんですが。
あ…話せますよ。今話してます。
それで、こいつが聞いてきて…
こいつ?
あ、すいません、この子が…
この子?
この…店?
この店が?
はい。この店が聞きたいって。
もう…手紙で見たんじゃないの?
え…今はどっちと話してますか?
店に話したいと思ってますけど、私は喋れないので代理の店長さんを通して喋ってます。
ということは店ですね…
え…店は…
店はちゃんと声でも聞きたいって。
そっちは一言も喋ってくれないのに?
え…それはごめんなさい。
でもにわかには信じがたいから慎重になってる。
ダブルチェックは重要だって言って…
あ、小松さん、今日はもう任せちゃっていいかな?
ごめんね。
慎重って…私、もう本席地移したんだよ。
え?
ほら、戸籍当本です。東京都吉ヶ谷区茶中2丁目16番。
本席地って移せるんですか?
分析って手続きして、実家の戸籍出れば好きなところに本席地を置けるんです。
だからもう私たち住所同じなんだよ。ほぼ同棲中みたいなものなんだよ。
え…一旦驚いてるって…
一旦なら希望はあるね。
あ、あの…それで、経緯というか理由の方は…
あ、え…そうですね。
06:01
私も4年前にこの店に来始めた頃は何も思ってなかったんです。
普通に本読んだり、心の中を整理するために文章を書いたり、そんな場所にしようと思って通い出して。
まだ店長さんもいなかったですよね。
そうですね。私は2年ほど前からなので…
私もちょうどその頃、というかコロナになったあたりで変わってきて、
最初の4月に緊急事態宣言が出た時、覚えてますか?
はい。あの頃はお店も空きで…
まさに。私あの時試しに行ってみたら、何十席もあるこの店に私一人だけだったんです。
それで今まで人でいっぱいの状態しか見たことなかったから、初めてすっからかんの店を目の当たりにして…
どう映りました?
綺麗でした。ブラウンとゴールドが貴重な落ち着いた色合い、木製家具に精度のランプ、お手洗いに続く廊下は大理石みたいな壁で…
で、立ち上がって広いお店を体中で感じた時、私分かったんです。
私にとってこの店は行きつけとかそういう存在じゃない。
私はここが好きで、それはみんなが人に感じたりするような感情で、もう切っても切り離せない深い結びつきを抱いてたんだって。
はい。
私、27年生きてきましたけど、一回も人を好きになったことがないんです。
それに愛情とか友情とか、そういう情がつく気持ちも持ったことがなかったんです。知り合いにも親にも。
だからずっと私には感情がないんだって思ってたんです。
そんなこと?
別によかったんです、それで。そういう人間なんだって納得してたから。
でも気づいちゃったら、そんなずっと気持ちを抑えられるほど私強くないから。
だから、もう後戻りできないように本石地も移して、今日こうして覚悟を決めてきたんです。
答えになってますか?
覚悟は伝わりました。
じゃあ、そっちの答えも聞かせてください。
それは…できません。
なんでですか?
最初に真剣ですかって尋ねた時、当の私は真剣じゃありませんでした。
え?
でも今は真剣に向き合いたいと思ってます。
だから、私にもまず前提を共有させてください。
なんですか?
私も店とは喋れません。
え?
話せるようなフリをしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
私が水を飲み干しててよかったですね。
え?
残ってたら顔にかけてましたから。
あ、すいません。
私だって100%信じてたわけじゃないですよ。
でも店長さんならもしかして店とコミュニケーション取れるんじゃないかって、そう考えてお話したんです。
09:05
それなのにフリって。
ねえ店長さん、じゃあ私はどうすればいいんですか?
このあふれる気持ちをどうやって伝えればいいんですか?
非常ながら、片思いし続けるしかないと思います。
あ、ぐーって食いしばっちゃった今。
すみません。
下野平さんは嫌なこと散らすタイプですか?それとも一気の方が楽ですか?
なんですかそれ。
まあ、一気かな。
この店、再来月末で閉店します。
コロナになってから会社が別のコーヒーチェーンと合併して店舗整理を進めてたんです。
シャソバージュ系列は昨年から都内で店をたたんできて、そしてここ茶中もついに順番が巡ってきました。
正式な発表は来月ですが下野平さんには今お伝えしておこうと。
そんな、この人出なし!
私も一茶中通り店のファンとして非常に残念に思ってます。
じゃあ、潰れるってことですか?
はい。犬気ではないので下野平さんが好きな景観もなくなってしまいます。
次に何ができるんですか?もう決まってるんですか?
キックボクシングジムと聞いてます。
ジム?
暗闇の中激しい音楽をかけて運動するのがコンセプトみたいです。
シェードのランプは?
消えます。
色合いは?
ネオンに。
店がなくなる?
はい。
私の本席地ネオンなジムになるんですか?
それは…手痛い先走りでしたね。
店長さんは?これからどうなるんですか?
私は本社の人事部勤務で希望を出しましたが、
しばらくは店舗統合や新規オープンが続くので、また別の店舗で勤務することになると思います。
そっか。
はい。
決めた。私今生は捧げます。
え?
今生、カフェシャスバージュ茶中通り店に捧げて、死ぬまでに必ず取り戻します。
どういうことですか?
だから、そのジムが潰れるのを待って、
っていうか潰れる前から不動産屋に目を張って、次の手なんたら私が脱出します。
12:00
それでどうするんですか?
決まってるじゃないですか。またこの店を開くんですよ。
いや、シャソバージュ系列はもう新規店舗は作らないんですって。
系列とか関係ないです。この店を開くんです。
今私たちの目に映っているこの景観と空気と匂い、その店を開くんです。
これは、つまり再現するってことですか?
はい。
店を開くような資金はお持ちで?
生活保護を受けているので貯蓄はありません。何でズックしてるんですか?
いや、また手痛い先走りが起こりそうで怖いなって。
協力していただけますね。
何にですか?
全てにです。
何でですか?
私の話をまともに聞いてくれたのは店長さんが初めてだからです。
代理ですよ。
え?
話聞いたのも代理です。つまりほら、実はやっぱりこの店が聞いてくれてたってことなんじゃないですか?
まるごと収めようとしなくていいです。一緒にこの店を取り戻しましょう。店長さん、お名前は?
あ、まあさ、そのオーダー僕は変わるよ。
店長さん。
OK、奥のテーブルね。
店長さん。
すみません、店がちょっと混み始めちゃったので。
あの、ありがとうございました。
あ、いえ、こちらこそご愛顧いただきありがとうございました。
まだ閉店するまで2ヶ月以上あります。いっぱい思い出作りましょう。
そうですね。また復活するまでのつなぎに。
あの、一つだけ忠告いいですか?
はい。
絶対に次のテナントさんにだけは迷惑かけないでくださいね。
下野平さん、今なんか捕まっちゃいそうなオーラ出てるので。
やばい、笑った。
小松さん、ごめん、やっぱオーダー持ってけないや。
うーん、ちょっとあの、先走りそうな人がいるから。
14:17

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