わかってくれるの嬉しいです。
というところですかね。
野西さんに関しては本当にメッセンジャー上でちょっと文言とかをいただいたりしてるっていうところなんですけど、
本当に自己紹介をとかフォームでお願いしても、
これといった肩書きを出してこないっていう、そこがまたひもっぽいなと。
これといった肩書き。
ひもっぽいなと。
ひもになればなるほど、人は肩書きがなくなっていくっていう。
なくなっていく。
っていうのをメッセージの交換の段階からも感じております。
ありがとうございます。
確かに。
そんな感じですかね。
ミューミューはどうですか?どんなことを。
ありがとうございます。私もね。
もう簡単に自己紹介を挟みながら。
そうですね。改めまして。
もしかしたらこのラジオを聞いている人、実は輝きマンと私のことよくわからず聞き続けてる人もいるかもしれない。
いるかもしれない。
良い機会として。
野西くん改めまして、ミューミューこと須藤美雪と申します。
今日はよろしくお願いします。
もともと輝きマンと知り合ったというか、ご縁が近づいていったきっかけとしては、
コーチングっていう、人と話すセッションみたいなことをもともとやっておりまして、
それもやりつつちょっと並行してやっていたのは、輝きマンともちょっと似てるんですけれども、
資本主義の中で特に変化が早いような成長企業みたいなところで、
10年ぐらいずっと働いてきておりまして、
そこの10年間の働き方のところで、
資本主義の中で、資本主義で頑張って成長して生きていくっていうゲーム自体は、
なんとなく私の中ではもうクリアというか、一旦完了したのかなっていうタイミングとありまして、
そのあたりからちょっとずつちょっとずつ、
コーチングっていうのをもともとやっていたのもあり、
そういう自分の内的な世界だったりとか、感覚を深めていく時間を増やしていきつつ、
同時に抽象画を描くアーティストもやってたりしているので、
ちょっとそこの時間とか比重を増やしていく流れになりました。
で、だんだんそこから枝端のように広がっていく中で、
さっきの自己紹介でもお伝えしたヒプノセラピーっていうのが、
催眠療法のアプローチでして、
今は結構ヒプノセラピーのセッションだったりとか、
講座を提供することも増えてきていたりしています。
その流れの中で、ちょうど伏し目、伏し目というか、
転換期の時になぜか輝きマンと会うっていう現象がありまして、
昨年とか一昨年とかですね。
その途中に気づけば輝きマンから、
君もヒモにならないかみたいな感じの誘いを言語非言語問わず受けまして、
ヒモという自覚がないままこのポッドキャストを一緒にやり始め、
いつの間にかだんだんだんだんその流れに、
意識的なのか無意識的なのか運ばれていっているようだ。
それをまさに実践的にいろんな体験というか、
自我のざわつきみたいなものもちょっと抱えながら進んでいるっていうところでございます。
よろしくお願いします。
というところでございまして、
自己紹介タイムが完了しましたので、
ここからはドニー君のことをもっと深く広く奥行きのあるような形で、
いろんなお話を聞かせていただけたらなと思っています。
じゃあまず一つ目がですね、
ヒモになったきっかけっていうのが一応お題ではあるんですけれども、
私そこにちょっと絡む形で、
ぜひ聞いてみたいなというふうに思ったのが2つですね。
まず一つはお名前。
ドニー君というお名前はいつからドニー君なんですか?
ドニー君って何?っていうのが1個目。
2つ目は、これまでのご経歴というか活動のところだと、
やっぱりヨガっていうものは結構大きな要素なのかなと思っているので、
そのヨガとの出会いだったりとか、そこを探求されていったところとかも、
私は個人的に聞きたいなっていう上で、
今に至るまでのこんな転換期とか印象的な出来事あったなっていうところを、
自由にで大丈夫なので、お話お願いできますか?
僕もこのポッドキャスト聞いて、紹介されて、
ひもって何だろうって思いながら、
でも多分いわゆるこういうことなのかなっていう中で、
お話しさせてもらう形になってしまうんですけれども、
まさにその今みゅみゅ言ってくれた2つは、
もしかしたらひも、すでにひもだったのかもと思って。
すでにひもだったのかも。
すでに。
どういうのも、ドニーってもう僕、人生の半分以上ドニーで過ごしてるんですよ。
高校1年生に入学してすぐに、
男子校でついたニックネームがドニーだったんですよ。
それはドミニカ人っぽいからっていうところから来たんですけど、
そうなんだ。
そうなんです。
そういうこと?
そうなんですよ。
ドミニカドミニカ呼ばれてたんですけど、言いづらいっていうことで、
ドミになり、ドミも言いづらいってなってドミになったっていうのが、
入学数1ヶ月以内ぐらいのことだったと思うんですよね。
ヨガとは全然関係のないところで生まれていた。
全然関係ない。
びっくりした。
そうなんですよ。
インドのお師匠さんからもらったのかとか言われるんですけど、
全然男子高生の悪ふざけのからなんですよ。
すごい、もう掴みがすごい。
ちょっとね、私も正直期待がありました、そこには。
ありました。
で、結構僕ずっと、それこそ、輝き今も髪長いですけど、
数日前に髪、3、4年ぶりに切ってずっと髪長かったんですね。
そうだったんですよ。
ずっとくくってたり、
高校生ぐらいの時から呼ばれたのかなって勝手に思って、
今でも大切に使っているんですよね。
ここまでの話の、
なんか私このひもしべ長蛇の収録会、
いつも言葉を失う、なんて言うんだろう、
言葉にするの無理だって放棄してるんですけど、
なんかすごいね。
すごいね。
なんかもうすごいね。繋がってて。
そうそうそう、すごいねしか出てこない。
わかる。
でもなんかすごいねって思うことは、
もうあまたなんだけれども、
なんかドニーっていう名前とか、
インドっていうところだとすれば、
なんかドニーくんが今回の人生を、
最初からインドで生まれて、
本名がドニーという名前で生きてきても、
そういうパラレルもあったわけじゃないですか。
でも日本でお生まれですか?
はい。
日本で生まれて、また本名、
もともとのお名前は別で存在している上で、
人生の過程の中のしょんなところから、
ドニーっていう名前がやってきたりとか、
それからインドとのご縁が生まれていくっていうのも、
多分なんか測らい的な感じなんだろうなって思って、
すんげーしか出てこなくなっちゃった。
すごいね。
インドに導かれた一番最初のきっかけは?
ヨガですね。
ヨガをしたくて、
もともと僕もサラリーマンをしてたんですけど、
辞めて、
それこそ、
瞑想がしたいとか、
ビパッサナーに行くには仕事辞めなきゃいけないとか、
ヨガ勉強するにはやっぱり辞めないと、
本当に刑事で帰れるとか、そういう仕事じゃなかったので、
辞めない限りやりたいことできないと思って、
辞めたんですよね。
そっからすぐビパッサナー行ったりとか、
すぐインド行って、
そっから半年ずっとインドに行くっていうのを、
そのぐらいからできる限りインドに行くっていう生活をしてましたね。
書籍サレンダーの世界観とまた近いですよね。
瞑想っていうものを自分が体験するために、
もともとの世界観からはちょっと離れていったりするけれども、
結局、その瞑想をする自分のためだけの時間をしたいって思っているところから、
周囲の方だったり社会だったりとか、
全体とつながっていくみたいな、
本だと私は理解しているので、
なんか、瞑想の道に入られる方、
結構そういう流れ多いのね、みたいなふうに思いました。
私はちょっとビパッサナーとか未経験なので、
周りにはめちゃくちゃ多いんですけど。
すごい。
辞めなきゃできないと思っちゃってましたね、その時は。
そこの辞めるっていうアクセルを踏めたきっかけは何かあったんですかね?
そうですよね。
なんか、もともと僕すごいインドアな人間だったんですよ。
大学半ばぐらいまで。
で、大学ぐらい、後半ぐらいで山に出会って、
で、そっからすごい山を登ったりとか、
自然の中で過ごすことが急に増えたんですよね。
で、それこそみーみーが聞いてくれたもう1個の質問じゃないですけど、
なんでヨガ始めたかっていうのにもつながるんですけど、
その時は全然ヨガとかしてなくて、
ひたすら休みがあれば近くの山を登ったりとか、
今みたいに登山ブームとかもなんもなくて、
ほんとに誰もいないような山をひたすら登ってたんですよね。
で、そしたらある時、ここのポッドキャストだから言えるじゃないけど、
ありがとうございます。
レッと言いますけど、
山を登ってる時に、ヨガしなさいみたいなこと言われた気がしたんですよ。
あなたはヨガをしなさいっていうふうに、
なんか言われた気がしたんですよね。
で、それからすごいヨガっていうものが気になり始めたんですよ。
でもなんかその時はずっと山を登ったり、
普通に自然の中で、
日本で学生の時っていうのは、
お金かけてまでヨガするとか、そういうふうには考えられなくて、
ずっとヨガしたいなっていうのが社会人になってもあって、
社会人になっても休みがあったら、
とりあえずどっか山登りに行くか、岩を登りに行くかっていうような生活をずっとしてたんですよね。
自然の中にどっくりいて、
た時にちょっと仕事が落ち着いて、
悠久まとめてネパールに行ったんですよ。
で、ちょっと高いヒマラヤのある山登って、途中までしたら、
もう自然の中で生きていこうって思ったんですよね。
その時は京都に住んでたんですけど、
自然の中で生きていこうって思って、
ネパールから帰ってすぐに仕事を辞めました。
じゃあネパールが転換点ですね。
そうですね、なんか山で朝日かなんか見たんかな、その時は。
辞めた時に、もう辞めだよみたいな感じで、
そこで迷う、何も迷うことなくも辞めようっていうのは、
だから仕事辞める時も、辞めますって言って、
なんで辞めるかって聞かれるんですけど、
自然の中で生きていきたいから辞めますって言って、
でもどうやってこれから生きていくんだみたいなって言われて、
ヨガをして生きていこうと思いますって言って辞めたんですよ。
その時ヨガもしてなかったけれども。
そこでヨガが引っ張り出してくれた感じですね、そうすると今の在り方に。
なんかこう、結構こう、日常に転がって普通なもんだと僕は思って、
なんかこう扱ってるんですけど、
はい、なるほど。
結構、なんかこうスピリチュアルみたいなものって、
今の、まあそれぞれの、
普段見おいている環境とか、それこそ国とかによって捉え方とかは多分違うんだろうなと思ってるんですけれど、
私の感じているこう、普段過ごしている日本っていうところだと、
なんかちょっとこう、スピリチュアルっていうものを特別なものっていうふうにちょっと切り出すというか、
日常からちょっと切り出されたものっていう表現とか捉え方をする人もいらっしゃる。
だからこそこんな話をするのは、このラジオだから言えるんですけどとか、
多分そういうふうに表現されるのも、そういう感じだろうなと思うんですけど、
本来的にはものすごくこう、自然界のものというか、日常にあるものだし、
特にこう、日本人ってこう、虫の声を虫の声と捉えられるのって日本人だけっていうふうにも言ってたりするので、
そもそもその感性が日常的だったっていうところからすると、
ドニー君はそれをすごく、なんかずっともう当たり前のものとして、
特別なものとかではなくて、本当にまさに太陽が昇って沈むのは、
まあそりゃそうだよねみたいなものとして捉えているから、
なんかこう信じる疑うとかの、なんかその素性でもないんだろうなって。
だってあるもん、みたいな。
そんなニュアンスなんだろうなって感じましたね。
コウヘイ君も同じ質感でしたよね。
そういう自然の声を聞くみたいなところ。
確かにね。植物とか、
あれだよね、虫とか動物から教えてもらうって話を確かしてくれたよね、収録会の時。
うん、確かに近い質感かも。
なんかそんな生活を、生活というか日常だとすると、
もしかしたら普段が紐エピソードだらけで、
どれが紐エピソードなのか、区別とか内容っていう感じかもしれないんですけれど、
最近ちょっと聞きたいなって思っているのが、
最近のドニー君の主観で全然大丈夫なので、
これはなんか紐の流れだったなとか、何かのサポート、後押しがやってきたとか、
なんかそういうものを、我々もですけどリスナーの皆さん、紐エピソード大好きなので、
ちょっと分かち合いとして、何かシェアいただけるものがあれば教えてほしいなと思います。
いや、本当にどれも流れに沿って起こってると思ってるんですよね。
だから小っちゃいも大きいも含めて、いっぱいそんなのだらけの中で生きてるのかもしれないんですけど、
今僕、本当にヨーガっていうのをすごい長い、結構熱心に勉強してて、
でもヨーガの先生であることも別にあんまりこだわりは全然ない。
昔からなかったんですよね。
なんかそのヨーガの先生、例えばあり続けたいって思ったら、
さっき話じゃないですけど、自分の小っちゃい考えの部分の何かかもしれないんですけど、
もっと大きい流れで、そうじゃなければそっちに従うっていうふうに思っていて、
10何年間はやっぱりそのヨーガを伝えるっていう、日本で伝えるっていうのが一つの役割として、
いろんなとこに声かけてもらったら行くっていうスタイルでやってたんですけど、
なんかあるときから、やっぱり子どもの教育とか、
子どものやっぱり成長するフィールドが、
今のこの日本、日本だけじゃないんですけれども、
いわゆる既存のシステムの中だけで、
含まれることが唯一の正解でいいのかなって思ったとき、思い始めた時期があったんですよ。
そんなときから、誰かこういうオルタナティブスクールとかフリースクールと言われる、
既存の学校ではない、また別の形の学びの場として、
こんなのあってもいいのかなって思ってたんですけど、
いよいよ、誰もやらないんだな、このちっちゃい町ではってなってきて、
それも、もうお前がやりなさいみたいな感じな気がしたから、
じゃあ洋画の先生っていうのは一回手放して、
学校を作ろうかなって思った、そんな感じですかね。
別に他で今でもやりたいって人が出てきて、その人が熱心に開校まで出してきますって人がいたら、
全然任せちゃうと思うし、もちろん関わると思うんですけど、
自分がこれしたいっていうよりかは、役割を与えられ続けたみたいな感じで、
じゃあやりますっていう感じで、今、一生懸命やってるんですけど、
なんで?
そう、だから、全部そんな感じなんですよね。
インドにいるときに、スケボーで遊んでて、コンクリートに頭打ったことがあるんですよ。
部屋の木を立てなくなっちゃって、
インドの病院に入院して、
ヨガの勉強できたけど、練習ができなくなったりとか、
味覚と嗅覚もなくなっちゃったんですよね、そのときに。
結構、それまでも食のこととか、いろいろ伝えたりする立場だったんですけど、
食もすごい大事にして生きてたけど、嗅覚がなくなった。
嗅覚がなくなったから、味覚がなくなったんだと思うんですけど、
そんなのも、ネットとかで調べたら、
外的衝撃による、そういったものは治らないみたいなのが出てたんですよ。
そのとき、もう治らないのかと思ったけど、
でも、それもそういう流れだから、
なもんかとして、きっとこれは何かの大きな流れにまた乗ったんかなぐらい思ったんですよね。
あんまり落ち込むこともなく、
それこそヨガとか瞑想で、体の内側を観察するっていうのもすごいやってきたから、
そこへの信頼もあって、治るときは治るだろうなとも思ってたし、
結局治ったんですけど、
でも、その事故が結構、
これは大きい宇宙の計らいだな、みたいな思ってたんですよね。
結局そこで、また静かに自分を退治したいなって思ったって、
言っても味覚、何食べても味しないから、ちょっとずつ精神的にも辛くなってはきたんですよ。
そのときに、それこそ瞑想でしっかり1ヶ月でもどっかに入るとか、
自分をちゃんと向き合う時間を作ろうと思って、
そこでインドのアシュラムで、いわゆる聖典の勉強に参加したんですよね。
そこで飛行機で飛んで、インドに行ったんですけど、南インドから来たインドに飛んで、
そこからタクシーでアシュラムって呼ばれる、お寺だったりとか、先生がいる場があるんですけど、
着いたときに、タクシーが降りたときに、目の前にいた女性がいて、
その人と降りたときに、また、お前の先生はこの人だぞ、みたいなこと言われたんですよ。
また勉強会のコースに参加だったんで、
違う先生とかは知ってるんですよ。ちゃんとインドの学びを伝える先生がちゃんといらっしゃって、
その人は好き人だったんですけど、でも、この人がお前の先生だぞ、みたいなのもやっぱりそのとき聞こえたんですよね。
そういうことだろうなと思いながら、それも10日間ぐらいずっと勉強をしてて、
いたときに、それこそ宇宙の仕組みじゃないけど、結局こういうことだった、これなんだって、
その勉強をして僕は思ったんですよ、そのとき、今思ってるんですけど。
でも、僕サーフィンとかもすごい好きで、その後バリに行く予定だったんですけど、
いや、もっとこれ、日本帰ったら、これがすべての教えだと思うけど、
僕一人になったら、またサーフィンばっかしちゃうなって思ったんですよ。
そのときに、はっと思って、あ、あの人が先生って言ってたと思って、
その人に、一緒に勉強したいからって言って、
何も知らない方と結婚して、今住んでますね。
え、どういうこと?
急に今、一瞬軸が歪むぐらいついていきないことができた。
ワームホールね、急に。
なんかちょっと我々ね、一瞬出遅れたよね。
急な展開が。
ね、急な、急オブ急な展開がね。
すごい。
え?
なんかそういう、もうほんとに、そのときも、
そのときはオーストラリアにも行って、ヨガの仕事をするために、
ほんと3、4年前から準備して、その10月ぐらいに行くみたいな感じで、みんなとも話してて、
準備してたんですよ。
けど、その声というかを大切にして、
自分がオーストラリアでヨガの仕事をするとか、
向こうでサーフィンするとかっていうよりも、
ほんと何年も準備してたんですけど、
そんな声を信じて、
なんかその声に逆らうというか、
その声聞かなかったら、
ほんとに全てに押されてるような流れから、
外れるだろうなって思ったんですよね、そのとき。
だったら、ちゃんとその流れに乗ろうかなと思って、
なるほど。
で、帰ってすぐ結婚しました。
えー。
急展開。
すごーい。
すごーい。
でも、円満に7年、8年も、8年ぐらい経ちましたからね、それから。
すごーい。
なんか、
あのー、
これまでのひもしれ長者のみなさんも、
結構共通しているのって、
やっぱ素直な人多いなって思ってるんですけれど、
なんかこう、声が聞こえたとかもそうだし、
なんかこういうふうに感じたら、
それをちゃんと採用していくっていう。
それはもう、どにくんももちろん、
漏れることなく、むちゃくちゃ素直なのと、
あと、これまで準備してきたものとか、やっていたものを、
その声を採用したことで、
その流れに外れた場合はこうなるだろうなっていうところが、
強いて表現するなら、
たぶんちょっとの揺れというか、
そこで急に軸が一瞬歪んで、ご結婚という話もありましたけれども、
すでにもうさらに新しいジャーニーを進まれていらっしゃるのが今だと思っていて、
それこそさっきもちょっと話が上がっていた、
学校を作るっていうところを今やっているっていうところなので、
そこのところ、今時点でこのリスナーの皆さんにもシェアできることとか、
どんな体験を作ろうとしているのかっていうところを、ぜひ教えてもらっていいですか?
僕は徳島県の海陽町っていう、一番徳島県の南。
すぐ隣が高知県なんですけど、そんな山奥に住んでいて、
その近くにオルタナティブスクールっていう、いわゆるフリースクールを今準備中なんですよね。
どんなっていうと、本当に僕がそういった、より自然とつながるきっかけになったりとか、
それによってすごい自由な状態を感じれるようになったっていうのは、
さっき話につながるかもですけど、自分とちゃんとつながってるかだと思うんですよね。
この肉体が自分というわけでもないし、
でもこの肉体も自分ではあるんで、肉体もそうだし、
もっと大きな視野の中での自分っていうのも間違いなくあると僕は感じてますけど、
何にせよ自分というものとちゃんとつながってるっていうことが、すごい大事だと思ってるんですよ。
子供うちは6歳なんですけど、いわゆる一般的なところにまだ属してなくて、
まだフリースクールとか通ってるんですけど、
何か比べられることもないし、できないとなんか言われることもないし、
なんで子供たちって見てると、うちの子なんかもまだそうだと思いますけど、
たぶんコンプレックスないんですよね。
でも早い子はもっと早くから、背が小さいとか、足が遅いとか、
いろんなコンプレックスとか始めるのかもしれないけど、
もともと子供って赤ちゃんのときからそういうのなく、
それこそ輝いてる存在なはずじゃないですか。
でも大人になる社会に関わる、幼稚園に行くとか、保育園に行くとか、小学校に行くとか、
関わるにつれて、自分がそうじゃダメだじゃないけど、
否定されるような声かけっていうのは、たぶんすごい受けてきたのかなって僕は思ってるんですよ。
こうじゃなきゃとか、なんでできないのとかもそうですけど、
そういう、それって本当に必要かどうかもそうですし、
結局そうなった結果、自分とつながらないで大人になって、
みんな悩んで、自由ってなんだろうとか、幸せってなんだろうとか、
なんために生きてるんだろうとかなって、僕らの場合はヨガワにそれで来てくれて、
ちょっとずつまた玉ねぎの皮をむいていく作業をして、
ピュアだって自分の存在に気づくっていうのをずっとしてきたんですよ。
と思ったら、途中にあったこの純粋さを奪ったこの何十年って、
大人が奪ってまたそれをヨガで返すっていう、すごい不思議な時間軸というか、
その奪われた数十年っていうのが、ものすごい残酷なこともあるだろうし、
残酷でいいもんじゃないのかなって思ってるんですよ。
なんで、できる限り小学生、子供のときに、
そういった自分というものを隠しちゃうような学びの仕方だったり、
生き方っていうのを、それが合ってる人もいるかもしれないですけど、
言われたことをこなしていく方が好きな人もいるだろうし、
そうじゃなくて、自分らしくそれぞれの木々らしく生きてるのと同じで、
人もそれぞれ違う役割を持ってると思うんで、
なんで、そういった自分の本当に内なる心に素直に、
やりたいこともみんなその日違うじゃないですか。
学びたいこととかできることも、何歳だからこれとかそういうわけでもないし、
なんで、それを子供たちがちゃんと自分たちは輝いてるんだっていうことを、
やっぱり疑わない、土壌を作ってあげるっていうのをやっぱりすることが、
なんか今起きてるいろんな不自然に見えるいわゆる問題だったり、
それを少しでもよく彼らがする役目を股になっていくんじゃないかなと思うし、
結局そういう彼らによって大人たちも思い出すじゃないけれども、
なんで、小学校を作ってはいるんですけど、
子供たちはどっちかっていうと別に何もしなくてももう知ってるんですよね、ある意味。
もちろん必要なことは伝えますけど、じゃなくて、小学校なんだけど、
大人がやっぱりヨガではない、また別の角度からまた自分というものに戻る、
そういうような場所を作ってます。
私もアートとかをやるときに、たまにアートのワークショップとかやったりするんですけれど、
親子で参加する場合って結構親の方が本気になるというか、
子供がびっくりするんですよね、お父さんとお母さんがこんなに本気でやっている姿を。
多分普段の日常生活とか家庭の中とかだと、お父さんとかお母さんとかそういうフィールドがなくて出てこない。
家族で一つの作品を作ろうみたいな時とかに、もう本当に絵の具まみれになって、
普段の多分お家だったら汚したらダメでしょとか、汚さないようにって言ってるのに、
お父さんお母さんがむしろ率先して汚れて描いていくみたいなところが、やっぱりすごい豊かな体系だなって思ってて、
親育てされるみたいな、子供がいてくれることによって機会を得たりとか、
そういうふうに元々あったものを思い出していくみたいなことを私も見たことがあるので、
それをスクールっていう形で作ろうとされてるんだなっていうふうに私は感じましたね。
かかやきまんとかはね、実際に二児の父というお役目も果たされていらっしゃるのでね、
実際にお子がいらっしゃったり、親っていう視点から今の話聞いてどうですか?
でも子供から学ぶことも多いですし、本当にうちは効率に入れちゃってるんで、
もうすでに比較が始まってるなっていうのを聞いてて感じながら、
何々ちゃんのほうが習字の字うまいから、私はちょっと今習字したくないっていう、
うまい下手とかで見ちゃったりとか、そういうのを確かにどうしてもね、
競争の枠組みにはめちゃうよな、この世の中に生きてると。
本当はね、自分のそのままの状態を愛してあげられるといいんですけど、
っていう活動をどんにくんはしてるんだなと書きながら思いましたね。
確かにね、子供の自我の形成って、諸説あると思うんですけど、
もともとは小学校の高学年ぐらいまでの間、11歳ぐらいまでの間に作られるのが、
今すごく携帯とかインターネットに触れることも多くなってきたので、
昔よりもこの同じ現実的な時間軸の中で摂取してる情報量が多すぎて、
もっと早く字が多分ほぼほぼ形成されてるっぽいみたいな話を聞いたんですよね。
特に他者との比較みたいなものって、今や学校のクラスとかお友達だけじゃなくなってきてるじゃないですか。
インターネットとかに触れたりすると。
アイドルの何々ちゃんは?みたいな感じとか、
同世代の人とかも出てきてたりすると思うから、
普通にそういったところに別に自ら比較の対象に入りに行ってないけれども、
そういう訴状に乗ってるっていうことはすごいあるんだろうなって思いましたよ。
ありますね。
気になるもんね。
比較が悪いとか、一般既存の教育システムが良くないとか、そういうのでもないと思ってて、
そこの、やっぱり全ての命と同じで、必要だからやっぱり存在してると思ってるんですよね。
やっぱり良いとか悪いとか、好きとか嫌いとか、さっきのこの声じゃないですけど、
僕が改めて思うのは、こっちが好きだからこの声は聞くとか、
これがしたくないからとかじゃなくて、
好きとか嫌いとか、良いとか悪いとか、
なんかそれいう感覚さえももうあんまりないんですよね。
なので、そっちなんだぐらいな。
天気予報みたいな感じですね。
大変だから、やらなくていいけど、
ほとんどみんな来たことないと思いました、徳島は。
川行きマンありましたっけ?
上山この間行ったんで。
本当ですか。
行きました行きました。
鶴木山とか登る途中で。
鶴木山登る途中で。
お祭りで。
いや、なんか何も特に、これといった仲間うち3人ぐらいで、鶴木山登ろうみたいな感じで。
ひもツアー、ひもツアーだよね。
ひもスピツアーで行きました。
ひもスピツアー。
すごい。
場所ですものね。
そうですね。
あの話をじっくり聞いてきましたら、早いもので、1時間以上経っておりましたと。
毎回なんですけど。
気がつくとね、気がつくと聞き入ってしまう。
毎回気がつくと1時間ちょい過ぎているっていうところでございまして。
ちょっと最後にですね、このラジオを聞いているリスナーの皆さんに何か一言だったりとか宣伝PRがあれば、どにくんからお願いしたいなと思ってます。
このラジオ、ポッドキャストのリスナーさん、いろんな方はいらっしゃるんですけれども、
ニッチでコアなファンの方が多いので、何を話してもらっても全然大丈夫ですっていうのがまず1個目です。
結構なんか、いろんなジャンルの方の体験談とかに触れたいというか、
聞いてこんなところ自分と共通してる、ちょっと仲間意識芽生えるみたいなことを結構感想というか、
共感というか喜びポイントとしておっしゃられることもあったりするので、
全然フィーリング感じるままに、このラジオを聞いている日物仲間たちに何かメッセージっていう感じでお願いします。
今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
そうですね。
なんかこう、そういう生き方とか、ひもないき方を大事にされてる方も多いと思うんで、
よかったら遊びに来てください。
みんな自由にって言ったらあれですけど、1回来た人は大体2回目勝手に来る人が多いとか、
勝手に、すごい。実家みたい。
そう、もうみんな実家みたいにくつろぎ出すんで、
すごい。
やっぱそのぐらいこう、自分に素直にじゃないけど、
本当にみんなそこらじゅうで昼寝してるとか、
猫みたいですね。
猫みたい。
そんな場所なので、
ぜひ、徳島ってなかなか機会がなきゃ来ないかもしれないけれども、
すごいこう、
なんか僕はこの徳島、僕もともと生まれは神奈川なんですよ。
そうなんだ。
そうなんですね。
そうなんですよ。
なんで、縁もゆかりもないんですけど、
徳島、また特にこの辺、徳島全部かな、
あんまりまだ人に触れられてないというか、
受け継がれたものを大事に、
昔の人が守り続けてるような土地な気がしてるんですよね。
田舎だから、新しい施設があるとか、そういう場所でもなくて、
そういう本来の、本来のっていうよりかは、
まだ自然に沿ったような場所が結構多くあるんで、
そういう何か、僕がやってるリトリートビレッジでもいいですし、
学校、お子さんいる方とかは、
自然スクール木戸森っていう学校、今立ち上げようとしてるんですけど、
ここの何かイベントだったりとか、
何か本当に、自分に戻るってどういうことって、
思う方も多いかもしれないけど、
なんか瞑想とかしても、
自分でも忘れてたような感情とか記憶とか、
いろいろ出てくる方もいるかもしれないじゃないですか、
何か本当に、もうふたしちゃって、
自分を忘れてるような自分がどんどん出てきたら、
すごいそれってワクワクすると思うんで、
なんかそういう意味で、何かしらの遊びに来てもらえたら、
嬉しいかなって思いますね。
行きます。
ぜひ。
行きましょう。
だんだんね、このひもしべ長者の方が、
やっぱり皆さんすごくいろんな場所に拠点を構えているというか、
公平館とかだったら京都ですよね。
いろんなところにいらっしゃるので、
ひもしべ長者を巡るだけで、
たぶんそのうち全国ツアーぐらいは、
軽く行けそうな感じになってきたね。
だからぜひ、行きたいなと思いますし、
行きますという宣言のところでね、
ちょっと締めくくっていければと思います。
木と森の情報については、
YouTubeのリンクとかそういったものを事前に伺っているので、
このポッドキャストの概要欄に輝きマンが貼ってくれると思うので、
リスナーの皆さんも見てください。
まだホームページとかもちゃんとしたものは用意できてないんですけど。
何かで追っかけてくれたら嬉しい。
今日のポッドキャスト会は締めくくっていきたいなと思います。
締めくくる前に、
ひもしべ長者の皆さんに、
次のひもしべ長者、
ひもが思うひもは、
ひもの度合いが凝縮されていく説というのを、
我々ちょっとテンションをしております。
ラーメン屋が勧めるラーメン屋はおいしいだろう理論なんですけど、
もしお名前をこのポッドキャスト上で出しても大丈夫な関係性だったり方だったら、
この場で教えていただいて、
ちょっと後でクローズド個別でということであれば、それでも大丈夫です。
どっちのほうがいいですか?
名前出しても大丈夫だと思いますけど、
何よりそれが一番今日を迎えるようになって、
考えましたね。
ここが一番?
あれ、あるだろうなって。
すごい。
その時間が割かれて出てくる方のお名前が、
中国になりますけれど。
何をひもというかでもね、あれかもしれないですけど、
すごい誰だろうと思ったんですけど、
今一緒にこの土の自然農とかパーマカルチャーとかを、
ここで一緒に勉強会開いている仲間がいて、
その人も徳島なんですけど、
徳島のちっちゃな島で、
もう何年もただひたすら食べられる木を植え続けてるっていう仲間がいるんですよ。
食べられる木。
果樹ですよね。
今島が森になっていくっていう木を植えるっていう仲間がいて、
トモエルって言うんですけど、
トモエルさん。
彼も何かこう、結果を求めてとか、
見返りを求めてとかではなくて、
ただ純粋に木を植えてるっていう。
で、生かされてるっていう、すごい同じような、
なかなかこう、いろんな立ち位置の方がいらっしゃると思うけれども、
ひもの中でも。
すごいそのフィーリングが僕は、
かなり密にあって、一緒に活動をたまーにしてるんですけど、
また彼の世界観とか、見てるビジョンっていうのは、
とても奥深い気がするので、また機会があったら。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ひもしべ長者さんもご紹介いただいたというところで、
改めてちょっとこのラジオをね、締めくくっていきたいなと思います。
はい。お願いします。
超実践的ひも理論では、
宇宙、真相、真理、内的世界といった意識の本質に関するテーマを配信しております。
このチャンネルのプロフィール欄からお便りも募集しておりますし、
あとは今日のどにくんのポッドキャスト、エピソード回についての感想なども、
ぜひ、あとは他取り扱ってほしいこととかね。
どにくんの魅力は、この1時間のところで語りきれない部分ばっかりだと思うので、
またどにくん来てほしい、この話してほしいとかがあれば、
私と輝きマンがどにくんにまた連絡する後日になりますんで、
そういうのも含めて、ぜひぜひ感想など投稿してみてください。
コメントも全部いつも読んでおります。
チャンネルのフォローもぜひよろしくお願いいたします。
それではみなさん、またこの地球でお会いしましょう。
ありがとうございました。
ありがとうございました。