私はですね。
まず、ひも is infinity love is infinity の横文字を見たときに、
メビウスの輪がすごい浮かんだんですよね。
もう無限みたいな感じで、
循環していくイメージが湧いたのと、
あと今の輝きまんの話を聞いていて、
農業体験でね、
宿泊しながら、ひとつ屋根の下で、
2泊3日過ごす体験があったときの話を聞いていて、
そうだったなーって思い返すと同時に、
何かをする。
自分を起点として行動するとか、
何か発言をするとか、
何らかのエネルギーを放つときに、
やらないといけないのかな。
本当はやりたくないけれども、やっといたほうがいいのかな。
みたいな、そういうものがやっぱりない感じで、
自分が好きだからとか、
関心があるからとか、
あとは自然と、
ギブできるものだよ、みたいな、
ジョインしたいよ、みたいな感覚なので、
何て言うんだろうな、聞いてて感じたのが、
そういう喜んで、みたいな感覚って、
イメージは前提、あるっていう感覚からやっているような感じがしていて、
例えば、私全然働いてないから、これはやっといたほうがいいのかなとか、
誰もやらないんだったら、誰かやったほうがいいのかな、みたいなものって、
ちょっと私のイメージ的には、
今あるものを、
ジャッジメントして、
ないとか、
罪悪感とか、
現状否定みたいなものでやる、みたいなことも、
世の中には全然あるというか、
私のこれまでの人生の中でもそういうことは、
自分自身もあったことを思い返したときに、
すでにあるという、
満たされている、みたいな前提でいくと、
めぐっていく、
補給するためにやるものではなくて、
ないとか、罪悪感みたいなものだと、
ないっていうエネルギーから始まるから、
無限に続いていくっていうものとは、ちょっと違うイメージを感じていて、
だから、
すなわち、何を我は申し上げたいのかっていうところでいくと、
自分がやりたい、できる、得意とか、
みんながやってたら、
枯渇することはないんだろうなって思ったんです、まさにインフィニティ。
どんどんどんどん流れが、
相乗りしていくみたいなイメージなんですけど、
それはもう、枯渇っていう概念ないよな、みたいなことは、
感じましたね。
元気の話にも通じそうですね。
ゆうた。
元気って、どういう漢字なんだろう?
漢字の意味で。
あれ、車の中でしたっけ?
いや、ご飯中じゃなかった?
ご飯中か、ご飯を食べて、なんか元気になるわ、みたいなことを言ったときに、
今気づいちゃったんですけど、元気って元の気って書くんですね、みたいなことを言った。
自分の口が言った。
元の気に戻るってことが元気なのかっていう話ですね。
今の話ともね、自分の元々の気であれば、
ほぼ無限に枯渇せず、話し続けられるというか、
湧き出るというか。
元の気は、だっていつでもあるわけですもんね、その人に。
うん、確かに、備わってるからね。
元の気だから。
元気、ね、元の気だよね。
だとすると、元の気じゃないことをしていると枯渇しますよね。
うん、ね、確かに。
それは、永遠に湧き続けてくるものじゃない、なんか人工的に作り出しているから、
それはね、なんかこう、枯渇していく感じというか、
ちょっとパワーがいる、負荷がいるようなイメージが湧いてきちゃったな。
確かに、でもなんか元気を、今の解説を聞いて、
君元気だねっていう時って、
会社とかだと結構、空元気の人多いな、みたいな。
本当の元気じゃないというか、無理して元気を装ってる人とか。
確かに。
元の気じゃない、違う気で元気を装ってるみたいな。
確かに。
本当の元気な人っていうのは、そういうものじゃなくて、
もっとなんか野生感の、野生みのある、すごい元気だね、みたいな。
全然同じ元気だね、でも。
ニュアンス全然違うなって、ちょっとね、聞いてて。
違いますね、確かに。
思った。
なんか、会社とかの中で元気だね、みたいなものを、
私も社長ではないんですけど、管理職の時に、君元気だね、みたいなことを言ってた側なんですけど、
これあくまでもN1、私のケースなんですが、
なんかね、ちょっと期待がありました。
元気でいてほしい、みたいな。
なるほどね。
で、その元気のイメージは、こう、快活とか、なんかエネルギーあふれるとか、
なんか、その人らしさみたいなものとかは、いったん抜きにして、
なんか、はじけるエネルギーみたいな感じのものを元気ととらえて、
で、そういう状態だと、なんかいい感じとか、成果を出してくれそう、頑張ってくれそう、ケアがいらなそう、みたいなところで、
君元気だね、いいね、みたいなこととかを、まさに言ってたんですけど、
なんかね、最近そうだ、ちょうど、私、昨日インスタのストーリーにも、ちょっとあの、ポエミミュミュとして書いちゃったんですけど、
ポエマや。
ポエマ、ポエマ書いちゃったんですけど、
あの、私的には、こう、自分だとエネルギーが、ちょっと低迷してるとか、
あの、ちょっとローって思っていても、周りからは、なんかエネルギー、エネルギー値高いねとか、
あとは、すごいミュミュが最近、めちゃくちゃ、もう本当にこう、高速で進化していくのを見て、
私もすごい影響を受けてるよ、みたいなことを言われたときに、見事にこう、セルフイメージと周りからのイメージのギャップがあって、
この例は多分、周りはその、元の気っていう意味での元気として見てたんだろうなって、思ったんですよ。
私結構エネルギーが低迷してるって自分で思ってたけど、なんかふと思うと、あの、ただリラックスして緩んでるだけでした、みたいなことにも気づいて、
それも元の気っていう概念で言ったら元気ですよね、あの、リラックスしてて、緩んでるみたいな。
だからすごくね、あの、自分が今どういう状態なのかっていうところをどう表現するのかっていうのを結構アップデートされた、この数日間を思い出しましたよ。
確かに、そうか、確かに、じゃあ元気の捉え方が、ほぼほぼ日本人は間違ってるってことですよね、今。
間違ってる気がする、なんか、日本、なんだっけな、これ日本に限らないか、結構あの、外交的内交的みたいな話で、
あの、社会だと外交的な方が評価される、求められるみたいな文献とか論があるじゃないですか、
あれの、なんか、外交的なイメージ、ニアリイコール元気とちょっと、そういうイメージあんのかなって思いましたね。
ありますね、必ずしてもね、外交的に振る舞うことで元の気が弱まってるパターンもめっちゃありそうです。
ミイはそういうタイプです。
ミイはそういうタイプですね。
ミミはそうだったよね。
うん、だし、周りの、なんかビジネスパーソンって優秀な方もたくさんいらっしゃいますけれども、
なんかそんなようなこと言ってました、あの、すごい人と、なんか意図的に人としゃべりすぎて、なんか今は人としゃべりたくないとか、
あー、あるね。
それは元の気からはちょっと違う振る舞いをね、してるっていうことですよね。
確かにそうですわ、僕もそういうタイプです。
うん、私もそういうタイプですね。
なんか、ちょっと微細なんですけど、元の気のまま、こう、コミュニケーションしたりとか、ユーモア交えてやったりするとかはできるんですけれども、
なんかその、コミュニケーションを円滑に進めるっていうものの中に、元の気バージョンのものと、元の気じゃない、こうあったほうがいいバージョン、じゃない芸人をしているとき。
はいはいはい、じゃない芸人ね。
じゃない芸人。で、じゃない芸人をしているときのほうが、今、あの、気づいたんですけど、多分多かったなって思います、あらゆるシーンで。
そうか。
こういうの欲しいんでしょ、みたいな。
あの、本当におこがましいんですけど、こういうの好きでしょ、みたいな。
はいはいはいはい。
やってたと思います。
確かに。
だから疲れた。
そうだよね、まあでも無意識にやっちゃうよね、そのほうが。
やっちゃうぜ。
社会の中にいると、特に評価システムの中にいるとね、そのリワードがちゃんと回るようにはじめるから、それをすると。
それは、もとの気ではないとは違う、みたいな感じだったら、ちょっとこう、その人にとって不自然であり、つまりはまあ、あの、ノットインフィニティってことですよね。
ノットインフィニティだ。
ノットインフィニティだ。
イコールにこれで、ノットインフィニティ。
そうそうそうそう。
ノットインフィニティを。
確かに。
そう。
イコールで横線ってね。
インフィニティは、そういうふうに考えると、やはりこう、あの、超自然的ともちょっと近い感じがしますね。
超自然であれるからインフィニティられるっていう。
うんうんうん、確かにね、確かに。
あり方、あり方と結果論みたいな感じですね。
確かに。
超自然であれば、人は疲れないってことですね。
疲れない。
だって、自然の先生である植物とかは、なんか、生えてくるのに、お疲れたなーみたいな感じないですもんね。
葉っぱが生えるのに、はー疲れた、だりーとかない。
ないないない。水と太陽と、あとはね、言葉をかけてもね、ちょっと育つっていうけど。
うん。
元の木をエンパワーネントするものがあるっていう感じなのかもしれないね。
うん、それは。
インフィニティの流れをよりよくこうするって。
うん、ね、そうなんだよな。
ひも、ひもとして成立してるのは、そう考えるとやっぱり自然的であるから、インフィニティだなーって。
確かに。
思いますね。
愛は結構かなりこう、抗議的なキーワードなので、これはまだちょっと深掘りというか、考察のしがいがありますけど。
確かにな、ひも。
愛を伝えるためにはひもである必要もあるんじゃないですか、もしかしたら。
あ、アイミョンの曲のタイトルみたいですね。
愛を伝えたいだとかみたいな。
あったらもう。
アイミョンかと思いました。
アイミョンにごめんなさい、聞い取られちゃって、今言われてたのを全く聞こえてなかった。何でしたっけ。
ひも、なんだっけ、自分でも言いながらちょっとね。
愛を伝えるためにはひもである必要がある、デビューシングルです。
解説もちょっといただいていいですか。
解説、たぶんアリの調子全体である必要が、枯渇しない愛を人々に伝えるためにはある必要があると思っていて。
なので、もしマザーテレーサーが、マザーテレーサーは本当はどんな人だったかちょっとわかんないですけどね、いろんな陰謀論もあったりするんで。
マザーテレーサーが本当の愛の人だったとして、その人がさっき言ってたような、本当の元気じゃない状態で愛を伝えていたら、
愛なんてたぶんどっかで枯渇するっていう。
だから大前提として、それはたぶん偽善、偽善の愛。
本当の愛ではないのかもしれない。
そういう意味で、愛を本当に伝えられる人は紐でもあるんじゃないかって。
まあ、調子全体であるっていう。
調子全体だからこそ、人ともそういうふうに接することができるし、
愛も自然に伝えることができるんだよ。
不自然ではない自然な愛を伝えることができるんだよ。
っていうめちゃくちゃ抽象的な感じですが。
わかるよ。
っていうインスピレーションがちょっとありましたね。
いや、愛はなんか最近、もうちょっと愛という概念の奥深さに、
愛について語るなんて野暮だよなって語っちゃったんですけど、
なんか、無条件の愛っていう表現があると思うんですけれども、
無条件の愛っていう表現があるんだったら、つまりその対極というか、
区別されるところには条件付きの愛っていうものが存在すると思うんですけれども、
なんか、これはイメージなんですが、無条件の愛はやっぱりインフィニティ的な感じ?
そうだね。
なんか、元の木からっていうのも多分あるんだけれども、
特にこう、何て言うんだろう、まさにこう、メビウスの場って、
ちょっと伝わるかな、こういう形をしてた時に、始まりのここ、こう向いて始まるじゃないですか。
斜めな感じのね。
そうそう、こう向いて始まった時に、メビウスの場って、こう返ってこないじゃないですか。
こっちから返ってくるじゃないですか。
こういう形で愛が返ってくるっていう、期待を超えている感じが無条件の愛だなと思ってて、
行動部から、いつ何の形かわかんないけれども、何かで受け取ってるみたいな感じ?
確かに。
条件付きの愛っていうものは、目に見える形で、こう返ってくるような感じがあるから、
それは多分こう、インフィニティ的ではない、あえて表現するんだったら、便器状?
そう、何だろうなーって。
確かに、ノットインフィニティだね。
ノットインフィニティね。
ノットインフィニティですよね。
なんか、いやー、ちょっとやっぱり愛については語っちゃいますね。
語っちゃいますね。
語るのヤバだなって思いつつ、何か、愛についていろいろわくものがありますよ。
やっぱりこう、愛っていうものは、何か、もう形を規定できない。
これは愛じゃないっていうものは、全て取られた人の主観によるジャッジメントだから、
その人にとっては愛じゃないって見えたとしても、それをした人にとっては、やっぱり愛だったかもしれないから、
そう考えると、いやー、この世界はマジで愛であふれちゃってんなーって思うんですよね。