俺だけよ、しかもその第一印象をもらったの。
他にも何人かいる、10人くらいいたけど。
すごいね。
相当無害度が高かったんだね。
この人にとって。
運良くなりそうとかもあった。
仏?
お守りだよね、お守り。
オオスだオオス!
オオスに慣れてたよ、第一印象で。
やばい。
出ちゃってるってことだね、やっぱ。
出ちゃってた。
ヒモはオオスですわ、やっぱ。
なんかさ、
まだ私も人生の中でさ、
ヒモだなって思う人との出会いはさ、
限られてるけど、
ヒモってさ、
ヒモの諸君ってさ、
人の話聞いてるときのさ、
なんかわかる?不思議な、
なんて言ったらいいのかな、この感じを。
聞いてる皆さんもし映像が見られるようだったら、
見てください。
私がこうやって話してるときの輝き満のこの感じ。
なんかね、
全部何でもいいんじゃんみたいな顔して聞いてる感じっていうのかな。
確かに。
ゲストの皆さんもそうだったもんね。
ゲスト回見返したらね、多分わかるよ。
私たちが質問したりとか、
こういうふうに感じましたみたいなときとかも、
私のちょっと意味じゃんけど、こういう、
その視点面白いですね、みたいな感じとか、
すごい素直でピュアみたいな。
確かに。
で、一旦目の前で起こっていること、話とかを一旦全部、
受け止めてるみたいな。
植物みたいなね。
植物だよね。
だから、ひものゲストの皆さんも、
私とか輝き満のことを多分、
太陽とか風みたいな感じで多分、
浴びてたのよ、きっと。
そうね、自然だからね、みんな。
そう。
そうだよね。
でも本来みんなそうだってことだよね。
本来みんなそうです。
いつからそうじゃなくなっちゃうんだろうって、
この間、首都高を走りながら思ったな。
首都高でさ、
すごいビルいっぱいあるじゃん、首都高って。
あるね、あるね。
スキー場から大自然から帰ってくる途中で、
ビルの光を見てると、
もう一個一個がこの箱で区切られていて、
ずっと電気が高校についていて、
そこに人が吸い込まれていくっていう。
吸い込まれていく。
なんだろうこれって思ったよね、なんか。
刑務所かなっていう感じが。
輝き満、それとほぼ同じことを
新卒の1社目で働いている1年目に思ったみたいな感じで
前言ってたよね。
前言ってたっけ。
言ってたか。
小っちゃい箱の中で何してんだろうって思ったって前。
たぶんこのひもラジオの1回目か2回目ぐらいのときに
喋ってると思う。
そっか、じゃあ同じことをまた思ったんだな。
一昨日ぐらいに。
一昨日ぐらいに首都高を走りながらね。
首都高を走りながら。
でも俺は本当にそう見えるよ、自然から帰ってきた後々。
不自然だもん、なんか。
あんな規則的に正しい箱にみんな入ってるっていう。
めちゃめちゃ不自然だなみたいな。
確かにね。
なんかさ、
最近、
我が輩のヒプノセラピーやってますやん。
うん、やってる。
その、なんか意識の構造みたいなものを、
脳科学的に置き換えるとどういう表現になるのかみたいなものを最近、
教えてもらって、そこがなるほどなって思ったんだけど、
なんかその脳の構造的にも、
なんかもうありのままのワインみたいな感じの、
5歳児みたいな存在がおるところを、
それを管理する、マネジメントする、
大人の自分みたいな、こういう構造になってて、
人って生まれた時に、小さい頃に、
生まれた時って私たち、
一番最初は自我っていうものがまだ形成されてないから、
5歳児どころかゼロ歳児、新生児みたいな感じで、
自由に生きるけれど、
なんかその、さまざまな出来事、
例えば、小っちゃい頃にさ、
特に電車とか結構顕著だよね。
電車とかでさ、子供は自分の泣きたいタイミングでさ、
おぎゃーってするじゃん。
でも、お母さんとかお父さんがさ、
ちょっと今静かにして、とかするじゃん。
する。
あれって、子供からするとさ、
どういう風にその時解釈するかわかんないけど、
子供は、ここ電車の中だから静かにしとかんとあかんやなんてわからない。
けれど、私は怒られたとか、
場合によっては、お母さんお父さんが嫌がることを私はするみたいな、
どういう解釈かわかんないけど、
そういう解釈がどんどんどんどん詰め込まれていくと、
脳の中の大人の自分っていうものが、
そのパターンで、5歳児の自分のままじゃダメだ、みたいな風になって、
管理され始めるっていうのがあって、
それの社会としての現れが、
それこそ規則正しい箱の中にいることが、
別に人間の肉体的にはさ、
心地よくはないじゃん、たぶんみんな。
心地いい悪いっていう感覚にすらわからないケースもあるかもしれないけど、
でも、ありのままの自分じゃダメらしいっていう風に、
脳の機能として学習しているんだとしたら、
そういうことはたぶん起こるというか、
吸い込まれていく、箱の中に吸い込まれていくとか、
箱の中でずっと過ごすみたいなものは、
好きではないけれども、そういうものだ、みたいな風になっていくことが、
世の中多いんだろうなっていう風に最近、
その話を聞いてから捉えるようになってて、
そんな気がするんだよね。
そう思うわ。
はめ込まれていってますわ。
はめ込まれていってますわ。
でも、それが、
体の本来の感覚としては、違和感があったとしても、
そうしていることが身の安全だとか、
逆にそっちにコンフォートゾーンというか、
安心を覚えてきたっていうプログラムが、
現代の人間には存在しているんだと思う。
そう思う。
そういう、
そうじゃないスタイル。
そのプログラムが果たして正しいのかっていうのもね、
最近は疑問視されてるよね。
そうそうそうそう。
本当はね、
そういうプログラムで自分って動いてるんだなっていうこと自体を気づかずに、
繰り返しているケースがほとんどで、
なんかそういうパターンを繰り返しているかもっていう風に、
この辺のメタ視点から気づいた時には、
その時になって選び直せるというか、
もう一回選ん、再選択して新しいスタイルが選べるっていう感じだとは思うね。
でも、やったことがないスタイルとか、新しいスタイル、
本当はそっちの方がいいっていうのはどこかでは分かってるけれども、
やったことがないものだったりすると、
それこそ心理学的な表現だったら自我だし、
脳の機能的なところでもね、
やったことがないことって基本的に危険っていう風に反応するようになってるから、
だから本当はそっちがいいけれども、
いろんな理由を作って選ばない、選べない、先送りするみたいなこととかは、
めちゃくちゃあるよね。
私も全然まだあるし、人生においてそういうことは。
そう、それを思うね。
自然ででもありたいね、そんな中でも。
多分そういうことなんだろうね、ひもの人は。
そういうプログラムやシステムにはめ込まれてなくて、ただ視点で生きてるっていう。
ひもの人たちはさ、ひもしべの時にも、みんなが話してくれたけど、
最初からそうではなかったと思うんだよね。
最初はそれこそ規則とか規律とか、防衛反応的に選択してきた人生が存在してるんだけど、
どこかで明確な見解点がみんなあって、
未知だけれども、もうそっちに行くしかないというか、
そっちに踏み出してみて、そのままそちらを恐る恐るドキドキしながらも、
このままで大丈夫なのかなっていう不安も持ちながら突き進んでいったっていう話を確かしてたかな。
なんか一回、明確にタイミングがあったりすると、戻れない転換点みたいなものはあるのかもしれないね。
戻れないよね。戻れないんですよ。
戻れないよね。戻れない。
戻れすぎるな。
なんかそれこそさ、このひもの第一印象とはちょっと違うかもしれないけどさ、
たぶん人生の中で、この時に戻れない扉をくぐったなというか、ゲートをくぐったなっていうのがきっとあると思うんだけどさ、
それの印象的な出来事ってどんなものがある?
ビパッサナーだろうね。ビパッサナーが一番大きいんじゃないかな。
人間はなんでこんなどうでもいいことをしてるんだろうって戻ってきた時に思ったよね。
目に入るマーケティングの言葉とか、目に入る飲料とかコーラとか、なんでこんなもの売ってんだろうみたいな。
水あるじゃんっていう、そういう気持ちになって。
無駄が多すぎる。全部これも仕組まれた仕組みでしかないじゃんって。
マーケティングなんてマジでそれの最大のもので、いらんものを売るためにみんなマーケティングするからね。
本来であればさ、マーケティングって本当に必要なものであれば別にそんな頑張って売りつけなくていいわけね。
でも業績を伸ばすために売るみたいなことをするからマーケティングがあるわけね。
そういうふうに世界を見るようになっちゃったね。
ビパッサナー瞑想は聞いている方で、もしご存じない方はぜひ調べていただくと出てくるんですけれども、
10日間瞑想してくるから連絡取れませんって言っている人はだいたいビパッサナー瞑想に行く人ですね。
間違いない。
そう、ビパッサナー。携帯も触れないし、10日間過ごしている時には一緒に参加している参加者とも目を合わせず、
とにかくも自分の内側に結果的に入っていくみたいな体験だと思うんですけれども、
それとまさに対極にあるのが、それこそマーケティングの中でも購買意欲を生み出していくスタイルのマーケティングはそうだよね。
ない、ビパッサナーで多分体験する、私ビパッサナー受けたことがないから、自分の実体験ではないけれども、
ビパッサナーはおそらく、なんだ全部あるじゃんっていう、あるっていうところから始まっていく体験をするもので、
その相対にある購買意欲を喚起させるマーケティングはないっていう前提から、
それの不足を埋めていこうっていうものだから、まさに相対関係にあるものだと思う。
まさにそうなんですよ。
それを一回感じてしまうと、もうポイントオブノーリターンなんだよね。
もう前の感覚には戻れない。
戻れないよね、自覚しちゃうとね、体感覚で。
戻れないし。
そうなんだよね。
しかも今あるこの仕組みというものも、最近一昨日ぐらいのエプスタイン、わかる?
エプスタインファイルみたいなのが。
エプスタインってアメリカの、今Xですごくいろいろとバズってるけど、
前々からあった海外の白人、シリコンバレーの人とか、
トランプとかも行ってたのかな、詳しいことわかんないけどが、
なんか小さい島を管理してる人がいて、そのエプスタインっていう。
その人はその小さい島で、そういうビルゲイツとかも呼んで、
そういう良くないパーティーをしてたっていう。
良くないどころか、小さい子供とかを殺してたみたいな、その場で。
本当に都市伝説みたいな話なんだけど、
都市伝説だと思ってたことが、政府が公表したんだよね。
今まで隠してた全てのファイルを、300万ページぐらいあるんだけど、
Eメールのやり取りとか。
それが公表された途端で、みんなが目を疑うような事件が全部並んでて、
子供を食べてたとか、殺して、そんなことあるみたいな、
都市伝説でしょって言われてたことが、もう本当だったみたいな。
でもあまりにも広すぎて、まだ本当かどうか疑ってるっていうフェースではあるんだけど。
でも政府の公式なファイルとして、今公開されてる。
でもその中で、LGBTQとかそういったものを推進していこうとか、
いう話をやり取りされてるわけ。
バックの上のレイヤーの人たちが。
その人のフィクサー的な感じで、その人が動いてたみたいな話になってて。
だから前々回ぐらいの、お金は悪魔が作ったみたいな話だったと思うけど、
そういうあたかも良さそうな仕組みも、すごく悪い意識で作られていることがあるっていうね。
何が言いたいかというと、そういうプログラムに組み込まれてるけど、
そのプログラムが本当に良いものなのかっていうのは、結構分からないっていうね。
そうだね。
LGBTQとかトランスジェンダーとかもね、お金になるかという理由でそれを推進してたっていう。
っていうような話がちょこっと書いてある。
この出来事のことを知った。
後で見たい、これは。
現代、この世はさ、何かを買って手に入れるっていうことが当たり前じゃん、すごい。
何かを買って手に入れないと生きていけないっていうふうにも思いやすいものだと思ってて、
何かを買わないと生きていけないっていうのもさ、
今の前提は何か満たされていないものがあるっていう不安とか、何かがないみたいなところから始まって、
何かを買うとか選択するとか、例えばこういう取り組みとかに参画するっていう時は、
やっぱり何かどこかで絶対不安、何か足りない、何かがダメだみたいなものが発動していくものだなと思うんだけど、
何かが欲しいって、欲しいとかやりたい、ほにゃほにゃしたいみたいな感じで、
私思う時って反応的にそういうふうに思う、人間の感覚がまずあるなと思ってて、
反応として出ちゃうけれど、でも少しそれを観察してみたりするとさ、
今自分が満たされているからそれをしたい、しよう、
満たされている上でそれをやろうって思ってるのか、
不足、足りない、自分は不十分だと思っているからそれをやりたいと思っているのかってなると、
なんか全然違うパラレルにいく感じがあって。
ね、そう思う。
結構その購買意欲を喚起させる社会に慣れているっていうところだと、
ほとんどのことは何か足りない、もっと成長しなきゃいけない、
自分にはこれがないと次に行けないみたいなもので選択しているケースがむちゃくちゃ多い。
多分それに気づいてない。
上で紐は何かどこかで最初から全部あるやんけっていうものの近くをするゲートを通った人たちな気がするから、
それの雰囲気がなんか非言語でなんか出てるのかもなって思ったの。
今の話、ここまでの話を聞いて。
うん、確かに。
あるという感覚を知っている人なのか、ないっていう感覚ドリブンで動いているのかってやっぱり全然違うからさ。
そう思うよ、そう思う。
どうしてないという感覚でいないと人は成功できないっていう呪いもかけられてるよね。
まだまだだね。
そう、私、輝きマンとかもね、もしかしたら我々マンの全然前世ぐらいではね、そういう時代があったと思います。
私もね。
今でも表出するときはあるよ。
あるある。
ここで情報を取りに行っとかないと自分はなんか出遅れるんじゃないかとか、やっぱ顔を覗かせるんだけど、
それをね、一旦立ち止まってみたりすると、それは単なる反応なのかもしれないし。
そうだね。
逆にね、そのあるっていう状態で生きてると、逆にやりたいこともなくなってくるんだよね。
そうだね。あるからね、だって。
あるから、もう何もしなくていいっていう状態になってるから、
これはこれでね、また乗りこなすのが最初は難しいんだろうなと。
難しいと思う。
でもね、私は結構ね、ないっていうゲームをね、やっぱ時々遊びたくなる癖が自分にあるなと思ってて、
あー今これがない、自分には足りないみたいなゲームをやりたくなるんですよ。
たぶんあるっていうことを知っているから、あるっていうのが当たり前すぎて、
たまにちょっとないっていう遊びをやりたくなるだろうなと思ってるんだけど、
だからこそ、あるっていう感覚を思い出すトリガーとかいろんな仕掛けとかはちょっと自分の中で手数として持ってて、
一個ね、リスナーの皆さんにもご紹介します。
私たちは初めから全部あるじゃんっていうことを思い出せる遊び1。
1分間、今自分の視界に入っているものに、まずね、とにかくね感謝をする。感謝発見ゲームをするっていうのがまず1個目です。
例えば、どんなことでもいいんだけれど、
太陽今日も私のことを照らしてくれてありがとうとか、水当たり前に出てくれてありがとうとか、
あとはこの今のね、オンラインでこのラジオを収録しているものだったら、
私たちのためにこのツールをリリースしてくれて、生み出してくれてありがとうみたいなものを、
1分間とにかく発見していくと、
え、なんだめっちゃあるやん最初からみたいな。
しかも、なんか太陽とかも全部無料みたいなこととか、
っていう風に、あるっていうことを結構ねクイックに体感できるのが、この感謝発見ゲームその1です。
を、特に朝起きた時とか、寝る直前みたいな、
意識がふにゃーんってしている時に、繰り返し毎日そういうのをやると、
私たちの当たり前の感覚の中にそれがね、すーって入っていくから、
それはね、やっとります僕。
これおすすめ。
大事。感謝大事。
ありがとう発見する。感謝大事。
そうするとね、その感謝発見ゲームをやっていない時も、感謝を探し始めるんだよ。
自分の意識が。
ってなると、もう感謝の対象なんてさ、
もちろん、貨幣とかお金っていう概念も超えてくるし、
あらゆるものに感謝っていうものを発見しだしていくから、
それだけでひも度合いも加速していく。
なんだ、自分っているだけでよかったんじゃーんみたいな風にもなっていくから、
これはね、聞いてくださっている皆さんにもとてもおすすめです。
おすすめです。
おすすめです。
いただき、僕はね、いただきますをすごく長くするっていうのもおすすめです。
ご飯を食べるときのね。
そう、ご飯を食べるときにもう、いただきますが長すぎてご飯冷めちゃうこともあるんだけど、
それぐらいしっかりいただきますをしている。
想像を膨らましながらね。
いただきますをしているときは、
例えばでいいんだけど、どんなことを感じていたりとか、どんなことを味わっているの?
目の前に梅干しがいたとしたら、
この梅干しをパッケージングしてくれたおばさんとか工場の人を思い浮かべながら、
それをさらに運んでくれた佐川給便のお兄さんを思い浮かべながら、
そこから梅干しがどんだけ漬け込まれたのかってことを思いを馳せながら、
いただきますってしていると、15分ぐらい経っちゃうからご飯がちょっと冷める。
でもそれすらね、冷めたとしてもおいしいお米をこの手元に運んできてくれてありがとうになるもんね。
そう、全部ありがとう。
素晴らしい。
そのプロセスを繰り返していくと、きっと自分はあらゆる命に生かされているっていう感覚がね、
当たり前にインストールされていくだろうなって思う。聞いていると。
ね。
それ大事だね。感謝ですよ。
ひもは人それぞれ感謝のアンカリングをするルーティンを持っている気がしたな、今話を聞いていると。
そうだね。みんな、ゲストの方々もみんな自然と触れてる人めっちゃ多いから。
多いね。自然に感謝してたよね、すごく。
自然に触れてなさすぎるね、都心の人は。
そうだね、確かに。自然に触れてみよう、みんな。
大事。
こんな感じですか?
こんな感じですね、今日は。
自然に触れて感謝をしていきましょう。
身近な、いきなり大自然に飛び込めっていう話ではなくて、日常の中に自然っていう要素をね、
加えていく。
一つアイディアとして、輝きマンだったり、私がやっているみたいな、
いただきますを深く味わうとか、感謝を探してみるみたいなものはね、
本当にこれは日常生活の中で始められることだと思うので、
ちょっくりやってみようかなと思ったら、ぜひ試してみてください。