1. Meaning Optional — Never quite synced.
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第5796回 特徴回虚無と濁流の真ん中で
2026-05-28 40:19

第5796回 特徴回虚無と濁流の真ん中で

この番組は、観察密度が異常に高い人間の思考ログです。 普通の人が言語化しない違和感や、小さなズレだけが静かに拾われていきます。結論もオチも教訓もなく、意味づけや整理も行われません。 ただ、処理されない思考がそのまま流れていきます。 語りは雑談のように軽く、ところどころに哲学的な視点が混ざる、ゆるい「雑談 × 哲学」の構造で進んでいきます。 語り手は日本に暮らしながら、日本の内側の空気に同調せず、 どこか外側から世界を見ているような距離感を保っています。肯定でも否定でもなく、ただ観察だけが続きます。 宗教を離れた経験がありながら、怒りや回復の物語には向かわず、 救いを探すこともない。ただ通り抜けて今にいる。 その静かな距離感が、語りのトーンとして滲んでいます。発達特性と宗教離脱という背景を持ちながら、 どのコミュニティにも属さず、どのラベルにも依存せず、 説明することなく、ただ背景として薄く残るだけになっています。弱さの語りにも回復の物語にも向かわず、 起きたことを起きたまま置いていく。 その乾いたトーンが、この番組の雰囲気をつくっています。 外側から見ると何も起きていないように見えますが、内部では小さな違和感が積み重なり、独特のズレが静かに可視化されていきます。 どの物語にも価値観にも組み込まれないまま、 長い時間をかけて、世界の揺らぎだけを記録し続ける番組です。

感想

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サマリー

このエピソードでは、語り手が「虚無」と「規律」という二つの概念を中心に、自身の思考プロセスと人生観を深く掘り下げています。成長や進歩といった一般的な概念は幻想であり、寿司職人の修行やスポーツ選手の育成に例えられるように、時間をかけた「育てる」という行為自体が非効率的であると指摘します。語り手は、虚無を究極の自由であり、宇宙空間のような状態と捉え、そこから生まれるエネルギーを抑え込むために「変化しないこと」、すなわち規律を設けていると説明します。人間が抱く個人幻想、時間幻想、共同幻想といった幻想を否定し、人生や物事に意味がないという確信が、かえって自身を破壊から守る「命綱」となっているというパラドックスを語ります。さらに、仏教における「処方無我」の概念に触れ、全てのものは関係性の中で成り立っているという考えに対し、自身の「変化しない」という試みがそれに抗おうとする行為であると分析します。僧侶の生活との類似性にも言及し、悟りを目指すのではなく、ただ事実を直視し、虚無に飲み込まれないための規律を自らに課していると述べます。不快感を燃料とし、完全性や救いを求める幻想に頼らず、ただ「今、この瞬間」を生きることで、虚無の中で均衡を保っていると結論づけています。

成長の幻想と虚無の自由
時は静かに 流れ続けていた
その途中で スマホの充電が97%で止まっていた
それは 記録されることもないはずの小さな揺らぎだった
けれど この番組はそういう揺らぎだけを集めている
今日の話はですね
虚無の中に立ってるっていう話で まぁ
よく自分の本棚を見られるのは恥ずかしいとか言いますけど
今日の話はそんな感じでとても 恥ずかしい感じがしますけど
まぁ今2年間かなりセキュララに話してきたんで 大丈夫だと思いますけど
その前にまずですね
育つっていうのもやっぱり幻想だなぁと思っていて
成長するってのは嘘だけど 育てるっていうのだから
もったいないですよね 寿司職人で10年も
修行したり この前なんてあれですよ ある
地元の寿司屋さんで3ヶ月のコース
他にも聞いたことありますね
で 独立できるということで
まあ流石に10年は長いと思うし だからもったいないですよね
スポーツ選手で言うともう
比べれないけれども 何年も
二軍にさせられるようなもんですからね
あとアイドルでもですね 結構あるんですよ その
スポーツ選手でもそうですけど
別に今もう十分力あるのに
何か育てるっていうよくわからない名目のもと
だからもう幻想なんですよ 育つと思ってるのが
でも1年だとか2年だとか 何ら変わんないのにもったいないですよね
では本題に参りますが
虚無と規律、そして人間の幻想
まずですね 修行をやっててで辞めて
でですね たびたび話してる通り虚無の中で直立してる状態ですけど
そうするとですね 虚無ってのは
最近改めて気づいたんですけどこれ
究極の自由なんですよ
で最近一番こういう例えをしてますね まあ宇宙の中にいるようなもんだと
そうすると意欲とかですね そういう
エネルギーが爆発しそうになるわけですよ それを
なんとか抑え込んでるのはこの自分の
この後も話しますがですね 話しますが
なるべく変化しないということ
もう少し具体的に言うと規律なんですよね
でこの後幻想について その関係性も話しますが
人間が抱いてる幻想って3つあってですね
個人幻想っていうのが 自分には価値があるとか自分は何者かとかいう幻想
でも自分なんてそもそも存在しないですよね
あとは時間幻想 いつか報われるとか明日は良くなるとか
これをやっとけば必ず
なんとかなるうまくいくとか
希望とか期待とか夢とか目標とか不安っていうのもそうですこれも
時間幻想
これは絶対だっていうのも幻想なんですよ論理幻想って言って
この道が正しいとかでも絶対はないというのは
もうはっきりしてることで
これも人間が抱いてる幻想なんですよ
あと次の共同幻想っていうのは
夢とか愛とか家庭とか
家族は信じられるとかこの人なら幸せになれるとかそういうものですね
さっき言ったように何十年もかけて希望とかそういう生存のフィクションを焼き尽くしたわけですけど
宇宙という真空圧で爆発するのを防ぐために
宇宙服が必要だったわけですね
自分はその物事に意味がない
人生に意味がないから壊れなかったし
壊れないからその真空圧で潰されることはなかった
つまり虚無に沈むことはなかったんですよ
矛盾してますよね意味がないから虚無に沈むことはなかったっていう矛盾してますけど
そういうことなんですよ
不思議ですよね物語をなくした自分がなぜ救いに逃げないのか
全てが無意味だとしてるからなぜ自暴自棄にもならないのか不思議ですよね
そしてなぜ規律を執行できるのか
虚無っていうのは自分にとって命綱でもあるんですよ
虚無っていうのは物事に意味がないということですね
その確信は自分にとって命綱なんですよ
だから自分を破壊に向かわせるものでもあるんですよそういうパラドックスがあるんですね
救いを求めない生き方と虚無のパラドックス
あとこれも最近気付いたんですけど
自分はそうやって救い
つまり他の宗教とかスピリチュアルとか別の意味での救いですね自暴自棄になるとか
これも何かに期待してるんですよ
そういう救いに逃げなかっただけじゃなくてですね
タバコとかお酒とかはもちろんだけどそういう外部からの救い
ということに逃げることもなかったというか
正確には逃げる能力がないといえば正解なんですけど
だから自分の意思ではなくて依存という作られたルーティンで
自分をその空白の部分を埋めようとすることなんですねタバコとかお酒に
あとギャンブルとかに逃げるとかいうのは
まあ気持ちはわからなくはないですけどねそういう人のね
だからあれですよ
人間って事実と向かい合いたくないわけですけど
その救いを求めたりでも
押しにしてでも時には絶望してっていうのは繰り返すことができる人はいいですけど
そうやってやってるけどでも一つ言えるのは
根本的に解決にはならないですよねだって
世の中に意味がないという事実と向き合ってないわけですから
同じようにタバコとかで一時的に解決しようと
救いに逃げようと
根本的な解決にはならないですよね
ないものはないと
直視しないと
そしてそれになれることしか根本的な解決にはならないですけど
まあ無理でしょうね大抵の人は
無理だしそうする必要ないんですよきっと
そもそもそんな
虚無を直視しなくても生きてく能力が備わってるんです大抵の人は
いやひどいもんですね自分は救いに行くこともできなければ
自暴自棄にもなれない壊れることすらできないわけですから
虚無の中で自由とは言ったけども
自由と不自由は表裏一体なんですよね
でですねここからは本当の今回の本題みたいなもんなんですけど
変化しないことと関係性の否定
虚無っていうよりもっと深い何か概念なような気がして自分がやってることって
あらゆるルールを決めたりルーティン決めるっていう変化をしないっていうことをしてる
これって変化しないっていうのはですねどういうことかっていうと
未来とか過去とかっていう時間の流れも遮断してしまうということなんですよ
言い方はちょっと間違ってるけど孤立するっていうかいろんな意味で
でも実際は人間って関係性の中で生きてるんですよあの全てのものっていうのは
これはブッダも言ってるし物理学でもはっきりしてるし全ては
関係性の中で成り立ってる
でも多分勘違いよくされるのがみんな繋がってるみたいなそういうイメージじゃなくて
全てのものって実体はないんですよね本質なんてなくて
例えば自分ってのは何かっていうと息子との関係性でいうと父親であるとか
そういう関係性の中で自分ってものは何かって定義できるんですね
全てのものってだから関係性でできてるんですよ
関係性ってものを取った瞬間すごい抽象的なものになってしまうんだから
人間でもなければ生物でもないものさらに上位概念のあるもっと言うと空ですよね
仏教でいう結局はそういうことなんですけど
でも人間ってこうやって普段生きてる間は自分は空だとか
物でしかないとか思わないじゃないですか関係性でできてるんですよ
だからそういうものを打ち切ろうっていう試み
自分がやってることって変化しないっていうのはそういうことである
つまり今言ったのは仏陀の言うところの処方無我なんですよ
全てのものは独立して存在してるわけじゃなくて関係性の中で存在してる
自分がやってることはそれに抗おうとしてる
関係性なんて打ち切る
つまりそういう時間的な意味でも未来という関係性を打ち切って
だから自分が物語を作らないって言ってるのはそうですね
あの時の自分がいたから今の自分がいるみたいな
あとは今これをすれば将来こうなれるとか
あのおかげで今自分はこうなったとか
1年後自分は幸せになれるとかそういう物語を打ち切るってことは
つまり未来と過去との接続をなくすってことですから
でも自分はそういう仏陀の処方無我に抗おうなんてそんなことはしないと思ったんですよ
僧侶との類似性と悟りへの道
で気づいたんですよ
お坊さん達って毎日同じ時間に起きて同じ物を食べてってやってますよね
自分と同じことやってるんですよ
実はこれはもう何年?10年以上前から気づいてました
自分ってニヒルになってから
ニヒルってことは虚無ですよね
なんだけど今言った仏陀の言うところの空の次元
ちょっと言い方は綺麗すぎるけど
悟りの次元
まではもちろんいかないわけだけど
少なくとも僧侶と同じ生活
同じ考え方思考回路なわけですよ
あれおかしいなと思って
ニヒルに陥ったのかと思ったら
それどころか悟りに向かってんじゃねえかと別に一番
悟りなんか全く目指してはいないし
別に仏陀自身もそんな高尚な意味で悟りって言ってないと思うんですよ
単に事実を言ってるだけですからね
だから救いを目指してないっていう意味ですごい共感できるんですよ
それはいいんですけど
ただ自分は修行してるつもりなんてないし
この虚無に負けないように
虚無によって破壊されないために
気づいたらこうなってたってことなんですよ
ということはですよ
虚無っていうのは内側から来るもの
世の中って商業無常だから
あるものが変化して自分に流れ込んでます
だから外からの圧力と内からの圧力に負けないために
こういう規則 規律っていうものを作ってるのかなと思いました
それは修行僧も同じことなんですよ
もちろん仏陀は何回も言うと宗教っぽい話に聞こえるかもしれないけど
揺らぎが大事だっていうことを言ってるんですね
揺らぎが大事だとは言ってないけど
柔軟であるってこと
でも修行僧はそうやって
言ってしまえばルーティンみたいなもの 型を作ってるわけですよね
それで周りから流れてくるもの
変化に対して潰されないようにある意味抗ってるような状態なんですよ
次 自分の凶器なところ話していこうと思うんですが
生きる意味の問いとルーティンによる対処
やっぱりなぜ生きるのかっていう問いも出てくるんです
これは修行をやってた後遺症というか
ただですね 修行の教えが抜けないとか 後悔があるとかそういうことじゃないんですよ
意味というものを飲み込んできたからこその虚無感なんですよね やっぱり
ただ自分にとって虚無感が出ること自体は問題ないんですよ
修行やってたからこそ今日の虚無に向き合えるし
そもそも意味を飲み込まないと虚無に向き合うこともできないんじゃないかな
例えば自分の地元の良さを分かるには一回外に出ないと分かんないみたいな そういうことですかね
なぜ生きるのかという問いが出てくるわけです
でもですね その瞬間
ルーティンという物理的動作で打ち明かすんですね
だからその 虚無に中に生きてるわけだけど 虚無に対して背中を向けてないというか
あとはですね 基本的に自分は先手を打ってますね 虚無に飲み込まれないために
修行僧も多分そうなんですよ 煩悩に飲み込まれないために先手を打ってるんですよ
あとですね ちょっと話ずれるんですけど
感情に流されないことにそういう癖をつけておくことにもなるんですね
何の意味があるんだという虚無感でエネルギーがなくなってしまうわけですよね
そこに抗ってその逆の行動をする 感情とは逆の行動をするという癖をつけることも確かに自分はモットーにしてましたし
気づかぬうちに普段の生活でやってたんですね
あと何のためにこれをやってるんだって思いながらでも
その分エネルギーを出力して行動するってそれも矛盾してるんですよ
だから人間は矛盾だらけですから 矛盾に対する体制をつける作用もあるんですよね
自分はやっぱり自由っていうのは別にいいわけでも悪いわけでもなくて
答えなんて出ない哲学的な命題だと思ってるんですけど
ただ自分にとっては自由っていうのは救いではなくて
怖い真空であると 破壊へ向かわせる真空であるとしか思えないんですね
だからこそ自分でルールを決める必要があるんですよ
よく旅行行くときに徹底的に計画立てる人いるじゃないですか
そういう真理に近いです
ただ自分がやってるのは人生そのものにそれを課してるということです
あと自分は不快を燃料にしてるんですよ
心地よさっていうのは脳のバグだと思ってるんで
完全性の幻想と救いの否定
自分が生きてる つまりさっき言った意味でいうと
宇宙に溶けてないということを確信する機械でもあるんですね
あと自分は継続してるんですけど継続っていうことが多分間違ってて
毎日を襲い来る虚無に飲み込まれるという破壊を押し倒してきたんだですよねきっと
でも何かすごいエネルギーがとてつもないエネルギーが出てるというよりは
ただ直立してるっていうエネルギーなんですよ
意欲的にやるっていうんじゃそれは物語を描いてることになるんで
あと不完全性というより完全ってものはないって証明されてるのに
世の中の大変な人は絶対的なものがある 自分は完全になれる
この人は完全だ 宗教の教祖は完全だ 神はいると思っちゃってるんですよ
考えるのに疲れた人が疲弊してそうやって完全ってものを作ってしまうんですね
人間っていうのは完全を求める生き物だからしょうがないんだけど
ただそれを自覚してそういう弱い生き物だと自覚して
それも幻想ですからね絶対があるっていうのも
その救いに逃げるってことも自分はできないんですよね
別にしたくもないけども
できればどんなに楽かと思うけれどもできないですね
だって自分は宗教に行った頃から反射的に拒絶反応があるんですよ
だからずっと疑問だったし盲信なんかしてないし
熱心ではあるんですよ熱心ではあるんだけど救われてなんか一切ないんですよ
次の話ですが世の中の人は生きてる意味があるから生きてますよね
生きる意味の幻想と生命の継続
そういう自覚があるだろうし
でもですよ
生きてる意味が本当にあるのだろうかって疑問出てきたら
生きれないですかねそれでも生きますよね
残念ながら生きる意味っていうのも幻想なわけですよ
人間が生存するためのフィクションとして
生きていくために自分の支えとなるものが生きる意味なんですよね
でも世界中それぞれの生きる意味があって
つまり普遍的なものじゃなくて
単なる自分をごまかしているものでしかないんですよ
で実際は生きる意味がないわけです
じゃあ生きる意味がないなら生きなくていいのかというと
生きないのかというと他の動物で生きてますよね
だから人間だって生きる意味があるのかなんて疑問が出ても
生きる意味がないということを悟ってしまっても
生きてるからこうやってこの種が残ってるわけですよね
人類というものが何百万年続いてるわけですよ
いやもっと言うとその生物としてもっと長い歴史があるわけです
何億年という歴史があるわけですよ
これ自体が誤解なんですよ
人間に生きる意味があると感じないと生きれないっていうの自体が物語なんですよきっと
つまり生きる意味があることが生きる理由じゃないんですね
だから逆に言うと生きる意味なんてないなら生きなくてもいいじゃないかっていう人いるけど
生きる意味がないからこそ生きればいいんですよ別に
自分はですね生まれつきそうやって物語を作るのは難しいんですよねだから
あんまり好きじゃないんですよそういう
だって人間万事さようがうま
日本人のほとんどわかってないですから意味残念ながら
本当にもどかしいけどわかってないですね
だっていいことがあったってその後悪いことがあったって
物語の否定と理屈抜きの救われなさ
それが悪いことがあったと思ったらそれは結局いいことであって
結局だから物語ってそもそも単なる人間が価値判断してるのはこれも物語であって
そもそも良いとか悪いとか言えないし人生で振り返った時に
後付けの良かった悪かったっていう判断しかできないんですよね
自分はそういうのが苦手だしそういう機能がそもそも備わってないし
これを信じておけばうまくいくみたいな
そういう救いっていうものを今まで一回も得たことないですね
それは色々問題があるからです完璧主義だったり
これをやっておけばこれを信じれば救われると思っても
矛盾で気づいてしまうんですね
とにかくとにかく理屈抜きでもうとにかく救われないんですよ
かといって自暴自棄へ行くルートもないんですね
今は自分の意思でも逃げ道を出口を塞いでるような状態です
自分はですね絶望っていうのもそうやって自暴自棄とか
あとさっき言ったタバコとか快楽への逃避もそうだけど
それもそういう出口も作ってないし
そうするとですね絶望とか快感っていうのも同じ作用で
その逆は不快感ですよね不快感を燃料にしてるんですよ
不快感とかキルスとか
不快感が出たらですね生物の性質上動物の性質上
虚無感に襲われるかもしれないし
でもそこに抗ってるような感じだから逆に言うと不快感
が出た時こそエネルギーを出すようなイメージですね
虚無と規律のパラドックス
さっき宇宙に立ってみましたけど
虚無ってのは酸素がないんですよ
意味もないし生きてるために必要なものは何にもないですよね
だから起立を怠ってそこに佇んでればですね
どうなるか真空圧で爆発しますよね
でですね虚無っていうのはそういう命綱であり
破壊訳とも関わってるでも起立もですね
命綱でもあるんですよただ起立っていうのはですね
自分を不自由にさせるものなんですよ
時にはそれを脅迫性障害と言うだろうし脅迫行動と言うだろうし
病気的だと言うかもしれないし
こだわりが強いとか執着してるとか
言われるかもしれないし
自分でも起立によって将来が
今はいいかもしれないけど将来どうなるか不安だし
でもこれによって自分は守られてるんですよ
なぜかというと虚無から出ることはできないから
では次の話ですが宗教にいた頃はですね
虚無っていうのは意味で埋め尽くすべきのものだったんですね
意味ですよ意味で埋め尽くすべきのもの
起立ってのは与えられるものだったんですよ宗教によって
辞めてからはさっきから話してる通りですね
意味を捨てたからこそ
意味を抜かないというのを確信したからこそ
起立が100%の順度で稼働できるんですよ
起立があるから虚無の中で生きれるっていうことですね
つまり完璧主義だったり意味を求めすぎてしまうことによって
起立が壊れてしまって虚無の中で生きれなくなるんですよ
不思議ですねでもパラドックスですよね
完璧主義とはにならない状態がそもそも虚無なんですけど
その虚無で生きるためには起立がないといけないっていう
変なパラドックスですけどこれ
起立があるということは今日はちょっと疲れたから
休もうとかそういうことはできないですよね
それがいいのか悪いのかは置いといて
それはできるかできないかですよね大事なのは
自分は一応できてはいるんですけど
年取ってできるかどうかはちょっと分からないですけどね
虚無と規律の両輪による支え合い
あとは宇宙服を着てるような状態ですから
体が軋むんでやっぱりそれは辛いですよ
自分は本当に継続するっていうことが
一番人生にとって辛いことだと思ってるんで
刑務所に入ってんじゃないかと思う気分になることありますよね
自分が家にずっといることもそうですから
3つ目のパラドックスですけど
虚無と起立の両輪がないといけないんですね
どっちかが欠けてはいけないっていう変な話ですよね
まず虚無の中で起立たしく生きてるってこと自体が変な話じゃないですか
しかもお互いがお互いを支え合ってるって
これまでなんか変な話に聞こえますよね
だから虚無だけだったら破壊に向かっていく
起立だけだったらその破壊に向かっていく
その破壊に向かっていくお互いの問題点が
絡み合わせることによって生きているみたいな
そういう変なパラドックスもあるんですよ
なんか数学みたいな話ですけど
ただ何のために生きるのかっていう
そういう問いが完全になくなってないとは言わないまでも
ほぼないような状態なんですね
虚無の中に立ち続けるとそんな疑問さえなくなるんですよ
だからこそ一切葛藤なく
起立を執行できるってことですね
このニュアンス非常に難しいんですけど
いちいち疑問に思ってたらこんな生活できないし
こうやって生活してるからこそ疑問も出てこないしっていうことなんですよ
だから迷いをなくしてる状態ですよね
迷いって人間にとって怖いですよね
迷いをなくす作用もあるのか起立には
だから逃げたいっていう思いにすらならないです
そんなあった瞬間に大変なことになりますから
だから虚無感が出てきた瞬間がもう終わりなわけです
自分にとって
だから虚無感が出ないようにしてるんですね
一切虚無感が出ないようにしてる
詳しくはこの後話しますけど
虚無感の回避と洗脳の削ぎ落とし
宗教に言うと地獄のような圧力ですよ
さっきの話で言った
意味というものがだだ流れ
自分の中に流れてきますから
で辞めてから自分という
自分だけの起立という
自分のルールという宇宙服をゼロから作り上げてきたわけですね
洗脳とか物語を削ぎ落として
起立と虚無のパラドクスができたということですね
さっきの話ですけどどうして虚無に飲み込まれないかというと
一瞬でも突き当てたらいけないとわかってるからなんですね
まったく
あとですねまったく生きててつらいって思いもないんですよ
生きててつらいってものは期待とか希望とかあるからだと思うんですね
そもそも生きてるっていう感覚すらないんですよ
生きてるっていう感覚すら
物語を紡いでしまってると思ってるんですよ
他の動物生きてるなんて感覚ないじゃないですか
自分が生きてるならなるべくそういうものはなくしたほうが自分にとっては
なるべく少なくしないと崩壊に向かっていくということですね
それが救いになるということじゃなくて
一瞬の隙が自分の崩壊に向かいますから
あとですね心折れたら普通回復しますよね
変化しないことの重要性と苦しみ
でも自分は心が折れたら回復できないんですよ
でも不思議ですよね
突っ跳ねてたってその分いつか長い目で見ると
もっとひどい折れ方しそうなもんですけど
それはだから折れるという機能さえなくなってるのか
他の部分で相当工夫してるのか
あとですね完璧主義も命づらいになってると思うんですよ
絶対心折れないようにしてるってことは完璧主義で成り立ってる
愛に変化をしたら完璧主義がちょっと緩めてしまうとか
そういう精神行動のすべてにおいて少しでも変化してしまったら
崩壊に向かっていくってことですよね
でも人間って意味がないと思っててもですね
自分でもそうなんですけど
慣れっていうのができてやっぱり意味を求めてしまった
意味を感じてしまうってことがあるんですよ
それをいちいち急いでますね
あと生きてるってこと自体が人間が作り出した概念だと思ってるんですよ
だからそれを這いでるからこそ物語を
紡がないからこそ虚無を見続けてるからこそ
辛いことがあっても辛いことはたくさんあるんですよ
でも生きてて辛いってことはないんですよねあんまり
あらゆる部分は異常なままにガチガチに固定してるってことですね
だからまあどうなのか
さっき言った処方無我ってことに抗っちゃってるのか
その変なこだわりはあるけども
まあこれしょうないんですよね
でもそれが苦しみを生んでるとしてもしょうないんですよ
なんかしょうがないって言うと諦めてしまってるような感じがするけど
まさにその通りです
これは大事な諦めなんです
物語の否定と現在を生きること
さっきも話しましたけど
変化しないことが命だっていうのは
世の中って常に動き、他人は変わり、流行、価値観っていうのは変わりますよね
でそれに自分の動機してしまうと精神のバランスが崩れる
あとはですね
いろんな天気とか体調いろんな変化がありますよね
でそこで期待とか希望とか脳内バグが発生する
隙を与えると迷いもそうですけど
自分は後悔してしまうわけです
あとはさっき言ったように変化っていうのは
過去から未来へ進むという物語の進化、進行ですよね
時間的な変化っていうのもありますよね
時間が進むから変化するわけですから
だから物語を捨てるイコール
今常に同じ一瞬を生きてるということですね
現在を生きてるということ
下手したら自分は虚無という言葉すらも概念でしかないっていう思いもありますけど
物事の定義付けとか思い込みとか決めつけるのはあまり好きじゃないですね
で放っておいたらですね
混ざり合って変化して時計的世界の中で一瞬でも突き当たれたらいけないから
自分はそれを跳ねのけてる
それはルーティンでありルールであり
もっとでも本質的な意味で自分は変化してないってことを大事にしてるんですよ
ただ言葉では表せないですね
変化しないっていうことは感覚的なことですこれは
変化しないって言い方をするとですね
変化することが変化するみたいなことを言う人が出てくるんですよ
変化しないためには変化することが大事だみたいな
こねくり回したことを言う人が出てくるんで
あんまり変化しないって言い方はしたくないんですよ
諸行無常ってことはお坊さんは自分も受け入れてて
あえて毎日の生活を徹底的な規律で固定してるんですよ
これって矛盾してるようで理にかなってて
外側とか自分の感情ですね内側出てくるから出てくるものは
あと自分の場合虚無感
どう変化しようと決まった時間に起きて決まった作法で動いてたら
つまり肩があれば流動性に振り回されなくなるんですよね脳が
それは煩悩に流されないとか言い方もするんだろうけど
あとですね虚無に乗り込まれないための規律だと思ったけど
そういった周りからの蛇流ですね変化という蛇流に飲み込まれないためでも
あったっていうことですよね
あとですねどんな辛いことでもですね単なる摩擦だと気づくんですよ
悟りと物語の否定、そして人間の騙されやすさ
あまり人に飲み込まれなくなるんですね
あと例えばさっき言った時間的なことで言うと
未来に対する不安も自分が見出した物語でしかないと気づくし
でも不思議なもんですね生きてるっていう感覚がなくなれば
そこまで生きつくと辛いことがあっても生きてて辛いっていう感覚がなくなるんですよ
でも未来とか過去について考えてね切なし着っていうのとは違うんですよね
ですよなぜ戻るんですか関係性過去未来という繋がり
さっき話しましたね過去とか未来とかいうそうですね繋がり
つまり物語を消す
都道のつまりは孤独?孤立になるっていう言い方がちょっと語弊を生むそうだけど
孤立悪い意味じゃなくて孤立を生む関係性をなくす
そのためには変化しないこと不動というのは大事
まとめると悟るっていうのは諸行無常だけども一瞬でも
それに抗るっていうことなのかなと思うんですよということは
都道のつまりは物語っていうことは自分が今まで言ってた物語っていうのは煩悩なのかなと
そういえば確かに虚無っていうのも煩悩なんですよね
だからなんだって話だけどで諸行無常
受け入れるってのは柔軟でいるっていうことだが
傍三忐々しくて規律難しくて変化しない生活をしてるんですね
これ何か矛盾してるようですけど
あとはですね虚無感という感情に規律で抗う癖をつけてたんだなと思いますね
さっき言いましたね
でも人間ってのは生きて生きる意味があるという幻想があれば生きれるんですから
まあなくても生きれるんだけどその幻想に助けられるんですから
つまり人間のどうて騙されて救われる生き物なんですね
まあでもこの人と結婚すればうまくいくとか
その幻想が後々ひどい期待に裏切られることになるわけですけど
ついでに話しちゃうと人間は過去の後悔とか未来の期待で
という関係性物語の中で激しく揺らがるわけですよ
平常心が保てなくなるわけですよね
だから自分は変化しない方によって生活の方によって
まあ何とか立ち切ってた破壊に向かなかった
そんな崇高なことをしてるつもりはないですけど
意味のない行動と生命の稼働
常にっていうのはそれは無理だし
あとですね意味がないのに行動するっていうのは矛盾してますよね
例えば食事中思いますよ結局栄養取れればいいんだろうと
でも自分はですね興味感という脳のバグ
感情ですよねさっき言った煩悩でもあるけど
飲み込まれないためにあえて先手を打つんですよ
エネルギーを出力するんですね普段やってる行動の
より飲み込まれそうになった時に
興味に飲み込まれそうになった瞬間に出力するし
その前に先手を打ってるようなイメージもあります
でも実は僧侶も同じことしてたっていうですね
一郎もそうですけど
さっきも言ったように犬も鳥も虫も生きる意味なんて
一部にも考えてませんよねでも普通に生きてますよね
人間だけが生きる意味という幻想を作り出して
それが目指されないと生きてて辛いという
バグを作ってしまうわけです
でも生きる意味という幻想を持たないと
人間は生きられないってことは絶対ないんですよ
意味なんてなくても肉体はここに存在して
心臓は動いているわけで呼吸をしてるわけです
こういう事実だけで自分は生きてきましたねこの10年以上
動物がただ生きてるというように自分も
剥き出しの生命として稼働してたようなものですね
40:19

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