中学生の思い出
暗くないです。では前回の続きになります。中学生高校生時代の発達障害あるあるですね。
うちの学年だけかな、なんか笹の枝にね火つけてでタバコみたいに吸うっていうのが流行ってて
それ一時期、あのジップを買って集めてたのもあってやってません。なんかね
小学生の時はBB弾集めたり
あのー ただのものにはね目がないんですよね
まあどこでその収集壁発揮してるんだよって感じだけど ただでそれタバコみたいにして吸えるってのはね
倉木としては ツボだったんですよ
いやーよくこんなの教えてくれたなと思いましたね友達が その友達が思い出したけど
倉木の悪口書いてる、悪口ね 書かれたんですよあの教室の後ろの方に
見つけたときはショックでしたね 2回目はもっとショックだとして
でもね今のやつは
定規化してくれて消したんだけど いやー最近も思い出しましたねあの
それを見た瞬間近くにいた奴がうわヤバいって確か言ってたような気がするんだよなあいつらだと思うんだよな犯人は
中道部の奴とデブ、デブの女子一人と あとは忘れたけど
すごい正義感のあるね男子だったんですねそいつ やってることがひどいっていうね
本当に許せないですね 先生がね割と
気が強そうな調子にまず聞いてくれたんだけど あれは疑ってしまったのは申し訳ない
倉木が頼んだわけではないんだけど まあそう
まあそう ずっと思ってますよ
中学生の時はねしんどい悩んだって言う っていうか悩んだか悩んでないかっていう記憶が全くなくてね
割とさんなんていうのあの 参加面ではなかったんだけど
教室の話はもう割とスムーズに行ったし ただ決めてからちょっと悩んでたのはありますね専門家だったんで
悩みようがないと言えば言われれば悩みようがない だけど
大学と違って悩みようない と言われればないんだけど
でももうちょっと それぞれの工夫をね知ったり
制服を見たりいろいろしても良かったと思うんだけど まあその自分は好きじゃないですね
もうちょっと
神経質になってくれと思う 思いますねまあとはいってもバランスよく
なるわけでもないし まあ当時はそれで良かったのかなと思うけど
中学生なんてまあそんなもんだろうって思いもあるし いやーでも最近もねいつも後悔してん
のは もっと中学生の時ね
教師のことなんて気にしないで自分にやりたいように勉強すれば良かったじゃないかと思ってね 定期テストとかね
定期テストか まあ先生がね
修了してのここを覚えてこいだのなんだのまあ都合よく まあ生徒を持って遊んでる気もないだろうけど
まあそれに 右往左往しながら勉強するだけだけど
そんなこと気にしないでねもう入試のことだけ考えて 一直線で勉強してれば良かったなっていう思いもありますね
最近これも悔しいんだけど中学生1年生の時はね
もう小学校と違うことが多すぎて
いろんなものが感動だったんですよ まあでもね
そんな中学生になってもけどクラクションはねいろんなものに感動してしまうんですよ でもね
しばらく経ってからもう慣れてしまってね全然感動しなくなって これが当たり前だし
あとそれで普通だと言われればそうかもしれないけど なんかね勿体ないなって気にするし
でもその一方で 何年か前まではね
もうそもそも中学校なんて行かなくて良かったじゃん田舎の学校 あと受験してればよかったなっていう思いでしたね
そんな風に後悔してた時もあります そもそもあのあんな学校に行ってね猿みたいなやつと一緒にいたらそれは
人間関係うまくいかないように決まってるだろうっていう思いもあるし ただどの集団に行ったってクラクションは
うまくいってなかったっていう思いの時もあったし まあ
後からねいろいろ考えますよ学生時代あれは正解だったのかどうかみたいなことは
小学校の時より 先生もいろいろ廊下歩くだのなんなの言ってこないし
高校生の悩み
あと余計なテイストブースとかもないし 楽なのは楽なんだけど
でも小学校の時のが良かったなっていう思い出なんですよね なんかほんと中学生の時は
ある意味では中身のない3年間だった まあだからなその中身の無さを埋めるために
無理してたなっていう思いがありますね あとねー
これは難しいところだけど まあ団地から来てる奴とかもいるし
ほんとね育ちの悪い田舎者が 女子もね
ほんと猿みたいな奴多かったなっていう ふうに思うんで
中学校は受験してれば良かったなっていう思いがありますね 中学生の時はねもう映画も見たり
そういうことはなくてなんて言うんだろう なんか一生懸命何かに取り組んでること自体が楽しいっていう
そういう感じだったかな 自分を成長させてる
ような気分がして楽しいっていうそういう まあ塾とか
部活とか別に強くなりたいとは思わないんだけど なんかそんな感じでしたね
ただ部活最初ね
大会の会場行くのとかね
先輩の道具を
見ていろいろ学んだり 技術も
先輩からもいろいろ教えてもらって 動画で見たりもして
でサークルにも行って まあ結構ね
いい刺激があったような感じですね
中学生の時の自分がね
すごい大嫌いだった時期と あのうつ病じゃなかったからあの時期
元気が良かったんじゃないかと思う 時期とありますね
ありましたね あの中学生の時は
毎日泣いてたし結構ストレスだったのかな まあストレスだったんだろうな
人間関係うまくいかないし そういえば今日ね
乃木坂のあるメンバーが中学生の時苦しかったって言ってたんだけど
苦気だった理由としたらね まあこんな時ないけどまあ言うとしたら
小学生のある時この時 いやー本当に人間関係が
うまくいっていてって多分逆納税ですよね いやー羨ましくてしょうないですよ
苦気なんてね 人生のね96%ぐらいはね
人間関係うまくいってないんで 苦気を言うとしたら
いやーこの時は本当に人間関係うまくいってた時期でした って言うだろうなきっと
まあそんな時期思い出そうと思ってもないんだけど なんかありそうだけどでも結局
根本的にはうまくいってないとか 結局腫れ物を触るように扱われていたとか
いうことなんですよね 私教師に対して怯えてたしまあ後輩先生いたからね
中2からは後輩に嫌われるし クラスメイトからも観点に嫌われてたし
1年生の時の方がずっとまだ良かったなと思いますね
野球部の嫌いだったやつなんかもいたりはしたけども まああとADHDのやついたりもしたけども
まだ良かったかな1年生の時の方が
本当だから孤立してたし孤独だし まあ親友がいたからなんとか助けられた感じでしたね
まあでも基本的に一人でいましたね まあでも先生が
3年間とも優しい先生で まあそれは良かったかな
まあでも教師に関しては中学生の時もねたくさんドラマ 作らされました
まあ
ほぼすべての先生と言ってもいいぐらいですね
高校生の時はSNSみたいなのが当時あって まあそれを見捨て
もうそれずっとその程に執着して3年間ね
いやネットは怖いと思いましたね それで
ありもしないようなおかしな妄想も抱き
でずっと放課後もずっと不安でね それにエネルギー費やして3年間
いましたね あと進路も
決まんないしね勉強も うまくいかないし
でねもう中学生の時からあまり親戚ともね あんまり
父方のほうのいとこたちとも なんだかあまりあれだし
元から全然心も開いてないし あまり話はしないんだけど向こうもだいぶ変わった人だからね
で母方のいとこともあまり話しないし でもその旦那さんとちょっと
いろいろ話すようになったのかなぁ
別に趣味が一緒なわけでもないんだけどただ音楽が 趣味なところとかは似ていて
一応ね あの尊敬しています感は出してまして
立てるのはうまかったのかなあくだけは おじからもどもどもらちゃうのかわかんないですね
お互い変わってたから良かったのかなだから まああまりお互いお互いっていうか向こうも特に
全く気にかけられないわけじゃなくてまぁ鑑賞もしてこないし そことはもう相変わらず全然耳通りしてあまり話さないって感じでしたね
人と二言言っても話したりお小遣いもらったりするだけでしたね おばあさんとも全然話ししないし
後悔と成長
いとこともあまり話しなかったですね 高校生の時は 高校生の時は中古も行ってないし
部活辞めてからはね でも寂しいとかもはないんだよなぁ
暮らすのはもう孤立してましたね
いや最近もね昨日もね 本当にお子様な奴らだったなぁと思ってね
なんかあいつらと別に
もう花から仲良くしようとしなくてよかったなってね 思ってますね
本当にあの価値観の変な価値観の中で
上手くいかない 普通の中でね上手くいかないのは発達障害としてしょうがないと思うけど
あいつらの中で上手くいかないってなんかね あいつらに否定されるのってなんか悔しくてしょうがないですね
お互い様だろうとしか思わないんだけど まぁとにかくどこの集団行っても上手くいかないってことですよ
それを学びましたね ああそれを学べたら良かったと思ったんですよ
例えばね理系の中で上手くいくとか ITの中で上手くいくとかIT関係の中で上手くいくとか
とかまぁ発達障害で書いてる本のことはもう絶対どれもね信用なんないってもう
若いうちに経験できたのはね良い経験だったと思います 諦めがつくから仕事なんかできないって
あれはいい経験だったと思いますね じゃないとね理系の大学行ってもなんとかなったんじゃないかとか
まあそれでも思うぐらいだけどまぁ でもまぁ
いい3年間だったんじゃないかなそういう意味では 3年あったから分かることですから
あと親友持ちもねやっぱり勉強の方のことでは悩んでましたね あと
親友ね一緒に呼び越え行こうとして なんかね交差になってからやたら暗くて優しくなって
いやーあと親友のことは大事にすべきだなと思ってね さっきもあの
レモン酢レモンサイダー えーとクリームソーダ
と あとレモンソーダを間違って
あ違うメロンソーダを間違って頼んでその時もね
もう親友を大事に考えるべきだから ここは自分が飲むと言って
代わりに持ってくればよかったと思えばよかったなと思って後悔してたし だからね
まあでもそこまで親友のことを大事にする気分にはならなかったな 予備校代で何十万個かのちょっと嫌だったんですよねそれはね
枕木の性格わかる人はわかると思うんですけど だし自分はねもうとにかく論理するのはね自分なりに勉強して
試してみたかったんですよここは
予備校行くのは絶対嫌だったんですよね
でもね そういう後悔は最近出てきてますね
多分一緒に予備校行こうとしてたんだろうなぁと思ってね 向こうからも行ってきたし
結構切実になんか珍しくね 一緒に予備校行かないとかって言ってきたわけだから
一人で行くのは嫌だったんだろうなきっと だから塾も多分そうだったんだろうなまあそれはわかっておいたけど
いや迷惑ばっかりかけたなと思ったけどでも 倉木も何かと役に立っていたのかなってね今思いましたね
だとすれば予備校一緒に行かなかったのはやっぱり悔やまれますね うーん
いや引きこもりになってね信用を失ったことなんてなんとも持ってなかったから 最近になってね
それもどうなのかなってねちょっと考えることありますね その考えもどうなのかなって
後になってからねもっと悔しいものになるかもしれないし 今はまだね家にいるからあれだけでは
もっと孤独になって後から後悔することもあるだろうね でもねそんな気が起きるような感じの信用でもないんですよ相談できるような
でもねそれはまた別かもしれないねそれはそれで 外の形かもしれないし友達と
友達ってものなの あとほんとね高校生の時は
まあ一人アプローチなんかもしてきたこと あとすごい大人しいんだけど倉木に仲良く話しかけてきたわ
あといつも言ってるキャッチボールしようって言ってきたり
何かと倉木に話しかけてきていた子 あとバス停まで何故かその日だけ
ついてきてっていうことなんかね なんか不思議なんですよ高校生の時ね
まあでもこんなことはもう二度とないなとは思うんですけどないなと思いますね
なんか今振り返ってみてすっごい気持ち悪い気分が
なんかね気持ち悪いんですよね何だったのかなと思って 答えが出ないのもね
あれだしなんであの愛想よく話しかけてきたのか 答えが出ないのが一番辛いところですね
ただこれだけはっきり言うのは さっさと高校辞めて高卒認定試験受けて
ああなんていうのもね高校受かったのは別にね 嬉しくもなんでもないし
何の知りたくもないし でもね前も話した通り
この高校行っててこの専門家で
いやーめちゃくちゃ
奇跡があるんですよねめちゃくちゃ奇跡だなと思ったことが 行っておりで良かったなって思うことが
高校卒業して5,6年経ってから訪れるんだけども まあそれは詳しくは言えないんですけど
高校生時代の人間関係
まあそんなこともわかるまでは高卒認定試験受けて 高校ね中退して
で北大に行く とか医学部に行くとか
が正解だったなんてね 断言できますね
高校時代は中学生時代と違って割とね人間関係上手くいってる感じ部活でもそうだし先輩
中学生の時は先輩と上手くいったけど同級生ともそうだし 後輩とはでもね中学生の時は高校の時は上手くいかなかった
上司とも高1でいきなり
うーん まあちょっとあれだったけどでも
あのお弁当ね一緒に食べる仲間もできたし女子で
中学生の時より圧倒的にまだ良かったかな まあ中学生の時は猿だったしね
部活の女子とも上手くいってたし まあ先輩はねちょっと怖くて何回も怒られたりそれで鬱になったりしてみるんだけど
一回とでかい出来事があってまぁ怒られて それで落ち込んでね鬱になってたことあるんだけど
別に大げさな言い方じゃなくて本当にね 鬱になったんですよ
まあでもクラスの男子
猿ではないけども頭いいんだけど 精神年齢がおこちゃまだし
アニメオタクばっかりだし気持ち悪いし バスの中でね
まあみんないる中暗くて一人で 立ってたのを覚えてますね
仲間に入れてないなってのは 気づいてはいたけども
痛感させられた時ですね 修学旅行でもね
クラケは仲良くしようとして愛想よくしてるんだけど まあなんか
ひどかったですよ 態度が
まあでも生徒会長も よくしてくれて
ただクラケはね
そんな生徒会長も好きじゃなかったし大嫌いだったし まあでも修学旅行も
反行動とかうまくいかなかったですね
もう一人ね発達障害みたいな宇宙人みたいなやついて そいつとずっと歩いてました
もう疲れてきちゃってねもう本当に 風邪もひいてるしね
それでストレスがすごくてね 原因不明の病になって病院行って
本当に原因不明ですねあれは何だったのかわからないですね ちなみに修学旅行ほとんど記憶ないんですよ
金閣寺見てなんだつまんねえなと思ったの なんとも思ってた以上にね
あの ひどいなぁと思ったんだけど
いや予想はしてましたよ実際に見たって まあ
歴史に疎い人が見たところで たなる金ピカリンだろうと思ったらもう予想以上にね
ただの金ピカリンでしたね あと50の塔行った時はね
まあ優秀な お坊さんなんだけどまぁ本当にね
俗まみれな 本当に
あぶなぶねあの ちょっと言葉が悪くなりそうだったから
まるまるみたいなやつって言うとしたんだけどやめときますね 本当にひどかったです
その時のねトラウマもいろいろあるんだけど今回はなんじゃないですけど以前話したんで あと部活辞めてしまったのも
大変悔やまれますね
辞めてなかったらうつ病がひどくなってたかもしれないし なってたかもしれないしだからね
まあ足られ場でしかないんだけど ただ別の理由もあってねちょっと
辞めなければよかったなってねあって でも辞めたからこそねあのそのアプローチしてた女の子が
来た女の子がね その子も同時に辞めて
いやー クラクの人生って不思議にできてるんですよだから
ほんとうまくいかないなと思ってもそうやってね もし付き合っていれば
こういう運命だったんだなと思えるし 付き合いはしなかったと思うの
まあうまくできてる人生だなと思いますよだから
単純にうまくいってるとかそういうことじゃないんだけど 不思議な人生だなとは思いますね
あとね担任がね 3年間いい担任で
これもなんとか学校辞めずに いられたんじゃないかな
いられた要因ですね 恩師と呼べるような人もいますよ英語は
その先生のおかげで好きになったし 言語ってものについてね興味も
持てた先生ですね あとねクラキはその彼女できてれば同じ大学に行きたいなと思ったけど
最近はもうねこの前っていうか昨日ぐらいか一昨日かな こういうふうに考えようになりました昨日かあんね
文系行ってたとしても理系行ってたとしても 数学は偏差値バー高かったけど自分で言うのもなんだけど
でもねやっぱり20歳以外ってすごい偏りがあるからね あの
あれじゃないですか 右足がどんなに長くてもね左足が長かったら短かったらね
走れないでしょそれと同じなんですよ 性格点にも偏りがあるしで理科社会はねどんなにやってもね
多分ダメだっただろうなぁと思うし 英語も
うーん英語できるかできないかで言うと何とも言えないんだけどただ長文がね
あの そもそも国語もそうだけど読めないんで
もうちょっと極端なほどダメなんで長文がね だから
まあどっちにしろ大学は行けてないだろうと それで悔しい思いして
わけわかんなくなるぐらいだったら これで良かったのかなってこの人生で良かったのかなってね
そう思い込むしかないもうないなと思っていますね ちょっと都合の良い考え方だと今気づいたけど
でも都合はいいけどだいぶ普通の考え方ではないですよね この考え方って
でさっき言った中学生の大嫌いだった自分とは違って高校生の時は本当に神経質でね
でも鬱病で
でも高校生の時の自分は信頼できるっていう何ともね
何とも言えないんですけど 良かったとも悪いとも言えないんだけど
修学旅行の体験
まあそんな時期でしたね でもねまあ
まあああいう仕組みだったっていうかねそういう感じはしますよ あまりこうしてた方が良かったのかなとかね
思わないですねまあそういう
風にクラーキーはなるように DNAにもなってたんだなと
高校が悪かったとか そういうことじゃなくて部活を辞めたのはダメだったとかじゃなくて
でも結構クラーキーの人生を 分けるターニングポイントだったんだろうね
まあ日曇りその後になるわけですから で何十年もね親にも会えずっていう時期に
突入する前ですからね まあでも相変わらず学校祭なんかもダメだし
まあ中学生の時期小学生の時と変わらずですね 幼稚園の時と
まあ中学生の時もあと サークル行ったり
何かと忙しかったと思うんだけどでも高校生の時はね まあ忙しかったの覚えてますね
中学もそうだし
部活辞めてから夏休み冬休み何にもないんだけど でもね忙しくてだからまあ
1年生の時の忙しさがたたってるのかなぁ とはでも思いたくないんだよな
1年生の時のせいでそれが引きずってるとはあまり思いたくないんだけど でもねあの忙しかったっていうか
すごいストレスが止まるような毎日だったのは間違いないですね やっぱり通学だろうね
家からすごい遠かったんで それをね毎日続けるってやっぱり
精神的に来たんだろうなきっと でもね黒木はね自転車漕ぐの大好きなんですよ
毎日旅行感覚で ほんとねこれも私はあれだと思うけど人と付き嫌いが全く一致しないんですよね
人が普通に思うことがね 割と好きだったりするんだから人が嫌いなバイクの音がね割と大丈夫とか
人が嫌いな匂いがね大丈夫とかっていうのと同じですね まあでもそれでも20歳生涯でも自転車漕ぐのが好きだってあんまりいないかもしれないけど
行きも帰りも楽しかったんだけど でもまあ忙しいのは忙しいから
バスも好きではあったんだけど
難病発症してる時期ですから発症し始めた時期ですから あーバスの中で大変だったの覚えてますね
わざわざ親に行ってたから多分毎日行っちゃうんだろうな スキー授業の時とかも大変だったの覚えてますね
でも帰るわけでもいかないし もうね逃げるっていう感覚はね当時なかったんですよ
部活辞めたのもだからね
あれぐらいからからかな だからねー
何かを辞めるってことは 臨機応変にできるようになるっていうことであり
諦める癖がつくってことでもあり これは最近のエピソードで話したんでもうこれはなんとないんですけど
だからまあでもね もううつ病だからしょうないっちゃしょうないんだけどそこで無理してもしょうないし
精神的な健康と思考
でこの動画で今回はそれ それで明日っけ