2026-02-16 17:20

第5617回 宗教にクレームそして事件

このエピソードは思考整理のための独り語りです。メンタルヘルスや発達特性を背景に、日常の悩 みや感情をそのまま話しています。聞き流しても問題ありません。

 This episode is a personal audio journal on daily struggles, mental health, andneurodiversity. It is meant to be listened to casually in the background.

このポッドキャストは、生きづらさ・メンタルヘルス・家庭問題を中心に、 日常で起きる出来事や思考を、感情を煽らず淡々と語る雑談ポッドキャストです。親子関係の衝突、家庭内トラブル、機能不全家族。 「普通」や「当たり前」とされる家族像や会話が成立しない現実を扱います。 発達障害(ASD / ADHD)、うつ病、双極性障害、不安障害、社会不安、幸福恐怖、強迫性障害(OCD)。 個人の特性と、家庭・社会環境が噛み合わないことで生じる問題を取り上げます。 宗教二世として育った経験から、 オカルトやスピリチュアルを信じて自分を誤魔化しながら生きることができない感覚についても語ります。 物事を都合よく解釈して安心することができず、 現実をそのまま見てしまうことによる生きづらさを扱います。 長期間の引きこもり、無職、就職活動の失敗、働けない現実。社会復帰の難しさや、将来への不安を、理想論ではなく事実として話します。 難病である潰瘍性大腸炎の可能性を抱えながら、 引きこもり状態のため十分な治療に繋がれない状況と、体調不安が日常生活に与える影響についても触れます。 人間関係のトラウマや、 新たなトラウマを作らないために距離を取るという選択。 人と関わる必要性を理解しつつも、発達障害が理解されにくい現実の中での葛藤を語ります。 哲学やニヒリズムを背景に、 存在の意味を求めるのではなく、 世の中を都合よく解釈する考え方そのものへの違和感や、人の思考の矛盾、浅はかさをスピリチュアルに逃げず考察します。 前向きさや希望を押し付ける番組ではありません。 答えを出すこともしません。 メンタルヘルス、発達障害、家庭問題、生きづらさを抱える人に向けた、静かで重めのトーク番組です。

This podcast focuses on mental health, neurodiversity, and family issues, discussed calmly and without emotional exaggeration. It covers parent-child conflict, dysfunctionalfamilies, and situations where so-called “normal” family dynamics do not work.Topics include ASD / ADHD, depression, bipolar disorder, anxiety disorders,social anxiety, fear of happiness, and obsessive-compulsive disorder (OCD),exploring how personal traits clash with family and social environments.Growing up in a religious household, I talk about the inability to rely on occult or spiritual beliefs to comfort or deceive myself, and the difficulty of facing reality without convenient explanations. The podcast addresses long-term social withdrawal, unemployment, failed job searches, and the realistic difficulty of returning to society. I also discuss the possibility of living with ulcerative colitis, a chronic illness, while being unable to access proper treatment due to isolation, and how physical uncertainty affects daily life.Human relationships and trauma, choosing distance to avoid creating new wounds, and the struggle of living in a society where neurodiversity is rarely understood are recurring themes. Rather than seeking meaning, this podcastexamines how people conveniently interpret reality, the contradictions in human thinking, and social absurdities — without spiritual escape or comforting narratives. No self-help. No optimism. No answers. A quiet, heavy podcast forthose dealing with mental health issues, neurodiversity, family conflict, and the difficulty of living in reality as it is.

00:03
不完全な日常の記録
生きづらさを静かに語るだけ
メンタル、ヘルス、家庭の問題
感情は煽らず
事実を晴らす
この番組は、生きづらさ、家族の罠と一緒にだんだんと語ることを目指す。
今日もよろしくお願いします。
前回、宗教の教祖に
宗教にクレームの
手紙を送って
返答がなくて
次回、手紙を送るとしたらこういう手紙に
手紙を送ろうということで
書いたのでそれを話していこうと思いますが
前回の手紙、そしてこの手紙
教祖様にしっかり
読んでいただくことで
この問題
だんだん三者交えることなく解決に
向かいます。
前回の手紙、そしてこの手紙、教祖様にしっかり読んでいただくことで
この問題、だんだん三者
交えることなく解決に向かいます。
よろしくお願いします。
自分が宗教教祖だったら
特定の信者を
避棄しないと思います。
因為は
ただ熱心だったというだけ
都合のいい
信者だったというだけ
そうだったのではないですか
宗教やるということは
この教えが正しいかどうか、ということは考えない、もしくは正しくないかもしれない、だんだん分かっていても、それでも信じることが大切なことだったと思います。
導いてもらっていることしか分からないはずです。
宗教をやるということは、この教えが正しいかどうか、ということは考えない、もしくは正しくないかもしれない、分かっていても、それでも信じることが大切なことだと思います。
導いてもらっていることしか分からないはずです。
ということは信者としてこれが正しい生き方というのは存在するわけがないです
自分が下院時代その点で悩み続きました
とにかく懸命にこの学びを液体が本気に取り組むようとすればするほど
どう生きればいいかわからなくなる
ということは信者としてこれが正しい生き方というのは存在するわけがない
自分が下院時代その点で悩み続きました
とにかく懸命にこの学びを液体が本気で取り組むようとすればするほど
どうすればいいのかわからなくなる
今考えてみると当然なことです
絶対的にも存在しないこと証明されているのはもちろんご存知ですよね
絶対的なものがあるかどうかは
科学では証明できないことが不可算性定理でわかったという人います
03:05
また科学的に絶対などはないと
証明されても絶対的なものは人知ではわからないと都合よく捉えられている人がいますが
そもそも神というのは人が作った概念なので
不完全性定理は絶対なんてものはないと証明したと言ってでしょう
絶対的なものがあるかどうかは科学では証明できないことが
不完全性定理でわかったという人います
また科学的に絶対など証明されても絶対的なものは人知ではわからないと
都合よく捉えられている人がいますが
そもそも神というのは人が作った概念なので
不完全性定理で絶対なんてものはないと証明されていると言っていいです
しかしもうすでに2500年前
仏陀はこれを説いていると理解しています
修行無常を真摯に受け止めるのであれば
小学生でも絶対的なものはないということと結びつきます
あらゆるものが変化しているならそのようなものは存在していません
すでに2500年前に仏陀はこれを説いていると理解しています
修行無常を真摯に受け止めるのであれば
小学生でも絶対的なものはないと結びつきます
あらゆるものが変化しているならそのようなものは存在しません
ただ宗教を指定したくてこれを書いたわけではありません
話は戻りますが
教祖は教えが正しいと本気で思っている人が
死後の世界はないとわかっているかのいずれかだと思っています
教祖は教えが正しいと本気で思っている人が
死後の世界はないとわかっているかのいずれかだと思っています
なぜかというと自分の教えの矛盾に気づいてしまうからです
教祖は正しいと本気で思っている人が
教えが正しいと本気で思っている人が
死後の世界はないと割り切っている人のいずれかだと思っています
なぜかというと自分の教えは矛盾に気づいてしまうからです
人は常に例外なく矛盾を抱えた存在です。たとえ教祖でも。
ただ、矛盾と戦っていた下縁がいたことを受け止めていただきたい。
本気で教えを生きようとして、それを続けられるかどうかは、遺伝から来る特性で決まると思っています。
大抵の人はバランスをとって、しっかり現実を見て、しかし教えも生きて、バランスよくできます。
人は常に矛盾を抱えた存在です。
ただ、矛盾と戦っていた下縁がいたことを受け止めていただきたい。
本気で教えを生きようとして、それを続けられるかどうかは、遺伝から来る特性で決まると思っています。
大抵の人はバランスをとって、しっかり現実を見て、しかし教えも生きて、バランスよくできます。
祖母と自分は非常に似ていました。しかし自分は祖母とは違い、教えの矛盾をどう捉えればいいかわからず、周りの下縁からも否定されました。
06:11
だからこそ祖母の葬儀でのメッセージはひどいと言わざるを得ません。
大勢がいるところでそれを言われました。もちろん事実確認していないことについては依然書いた通りです。
今回の葬儀のメッセージをご覧いただきありがとうございました。
から自分のような苦しんでいる会員が 言うことを真摯に受け止めて
受け止めないどころか察してくれてさえないことが分かりましてもちろん 相撲が宗教に出会い変化しその変化はどういった変化なのか
捉えるときオカルトスピーチが混じるのは宗教なので自然なことですが 教祖が特定の個人のことで自分でしっかり調べていたとしても
教祖が特定のことで
短絡的な捉え方ましてや 親族のことまで都合よく
捉え先ほど書いた悲喜しているということも踏まえ そもそも自分で実際親族の実を調べたわけではないですよね
宗教の教祖は先ほど書いたように自分の教えは絶対とも矛盾に気づかないか 人が現実受けれて
言い方悪いですが誤魔化しながらというか それは必要なことですが会員を救うためには
そして団体を 存続させているわけですがそれを攻略しても祖母は都合よく利用されてたと言わざるを得ない
教えを疑うことなく自分の教えに忠実に生きてくれる祖母や教えを生きてくれる権力者は都合よく利用してませんか
それとも今回書いた内容は真摯に受け止めてくれましたか 葬儀のメッセージですべて露成してしまったようです
この後考えた次の日 タイミングが悪いんですけど
宗教へのクレームの手紙 返答ないからもう一度送ってもらったんですね
したら実は送ってなかったんですよ 腹痛で送れなかったって言うんですけど
まあ嘘だと思いますね
クレームの手紙返答ないからもう一度送ってもらおうと思ったんですけど
何日も送ってなくて腹痛で送れなかったって言うんですけど腹痛とかで
絶対嘘です いつもだったら送れなかったら言ってくれるはずだし
特に今回は早く送らないといけないものだし
最終的に向こうに過失はないと言い出したんですよ
ではここまでの話何だったのかと思いました
なぜ一回目の手紙を送ったんだってことになりますよね
それを言うのが遅すぎますし もし同じ問題が起きたらどうするのか
解決するために手紙を送るわけですから
二度とこういったことないように解決しようとしているのに
それを止めてもし同じ問題が起きたら責任取れないだろうと言いましたね
葬儀の時かなり恥ずかし目を受けたし
事実確認しないで適当な文明説を大勢いる場で読まれたわけだから
明らかに向こうの過失なわけです
09:01
恥ずかしみを受けて本人の気持ちなんてわからないはずなんですよ
誰に問題があったか
母親の考えはここで関係ないわけですよ
誰に問題があったか
向こうに問題がないと言うんだけど
それは
親の考えであって
で、進路決める約束守らないから
この家にいるしかないわけですよ
だから手紙を書けない
で、当然約束守らない
それでこの家にいるしかないわけだから
動画つけてもらったりしてるわけですけど
こうやって都合の悪いことは
責任を放棄するわけですね
で、進路決める約束
守らないからこの家にいるしかないわけです
だから手紙を書けない
で、この家に
いるしかないから
動画つけてもらったりしてるのに
で、都合の悪いこういうことは
責任を放棄するんですね
で、小学生でないんだから
親が手紙を
倉木は小学生でないんだから
親が手紙を拒否する権利なんて
ないわけですよ
我が家の場合
人の権利を奪ってるようなものをですね
親が
倉木はどういう手紙だろうと
送ることを拒否する権利なんてないわけです
これ話してたら腹立ってきました
買い物行けないっていう話だったけど
高い豆腐食べれません
どうにかしろつったり
あと
一日経ってろ
って言いました
一生一日経ってろって
今のところ今日3日目ですね
一日経ってますよ
あとお茶飲めないし水にしろって
言いましたいつもだったらお湯だんだけど
あと入浴剤は入れるな
セーターは着るなって
あとから着ていいって言ったけど
暖房
床暖房は消せって
それが問題で
自分は風邪引いてるからやめろって
言いましたね
こういうことを言ってるんだと
短絡的なことを言ってるんだと
問題誰にあるかは
あんたには決められないだろうって言いました
葬式の時ですね
一日経ってろって言ったのと
お茶飲めないぞ水飲めって言ったのと
入浴剤入れるなって言ったのと
ですね
問題誰にあるか
あんたには決められないぞと言いたかったですね
親戚決める約束守らないなら
親戚
親路決める
親路決める約束守らないから
親戚に何かあっても行けない
という約束をしたが
それを破ったんですよ今回も
で今回は
いつも言うんですね約束を破るとき
12:02
今回は違う
こんな時今回は違う
話が別と言って
こんな時の今回は違う
話が別という発言
を何回も聞いてきたわけです
一切信用できないし
今まで反抗して約束
したこともいざとなったら
今回みたいにして
今回みたいにするだろうと思います
もし
もう親路待たないと
言いました
がこの家にいるしかないし
毎回そうやって約束を
破られ責任放棄されても
泣き寝入りするほうがないんですよ
今回は話が違う別だと
言ってきて一切信用できないし
今のままではまた約束
破られるなと思って
もう親路待たないと言ったが
この家にいるしかないんですね
泣き寝入りですよ
一回目送ったのに
感情的になり
二回目送らないというのは責任放棄でしかないですね
中途半端ですもう一度
もう一度送ってしまってるわけです
今回の手紙の内容は一回目の
手紙の返答ないからいつまで
いつまでに返答ないと
第三者を交えて
話さないといけない
かもしれない
という内容で
もちろんそんなつもりないけど
どんな会社組織でも
過失がありクレームがあったら
返答しないのはありえない
わけですよね
だから二回目の手紙を送るのは
何らおかしなことではないですよ
何がいけないのかと聞いたら理由がめちゃくちゃなんですね
こうやって
クレームに対して返答ない
というのに対して
どうしましたか
という手紙を送るのは何らおかしなことではないのに
理由がめちゃくちゃなんですよ
送れないという第三者ということが
第三者に
相談するっていう
ということが
嫌だと言うから
見てくれたか
確認するだけで
いいと言ったら
こっちにも
過失はあると言い出したんですね
小さな過失なら
クレームに対して
返答しなくていいということになるのか
と言ったら
向こうには過失ないと言い出したんです
わかりますか
何がいけないのか
理由がめちゃくちゃで
第三者に相談することが
嫌だと言うから
見てくれたかどうかだけの確認でいいと言ったら
こっちにも過失はあると言い出したんです
小さな過失ならクレームに対して
返答しなくていいということになるのか
と言ったら
向こうには過失は一切ないと言い出したんです
あんたがそれを判断することができないと言いましたね
1回目送って
無視された形になり
感情は強まっているわけですよ
2回目送って
でも2回目は
送れないと言ってきたんですね
15:01
アパート決めた時もそうなんですよ
決まったというタイミングで
感情的なりやっぱり不安だと言って
同じ失敗を繰り返してますね
とにかく理由がよくわからないんですよ
ただ感情的になってるだけ
しかしもう手遅れですね
1回送ってるわけです
1回目の手紙
のことでいろいろ悲喜してきたけど
今頃言うのは遅すぎるんですよ
とにかく理由がよくわからないし
ただ感情的になってるだけだし
手遅れ
1回目の手紙のことでいろいろ悲喜してきたが
今頃言うのは遅すぎますね
1回目の手紙の内容に不満があり
送りたくないのであれば
もう遅いわけですよ
2回目の手紙
もう遅いし
2回目の手紙
送るかどうかと関係ないわけなんですよ
1回目の手紙
返してと
言えるわけでもないのに
なぜその話
したのかわからないです
明らかな発出に対して
時間の問題
起きないように手紙
送り返答ないから
そのことを知らせるのは当然なのに
脅迫だとか
何回も送るのは嫌と言ってくるんですね
明らかな発出に対して
時間の問題
次回の
問題
起きないように
手紙送り返答ないから
そのことを知らせるのは
当然なのに脅迫だとか
何回も送るのは嫌と
言ってくるんですよ
とにかくもう遅いわけです
1回目送っておいて感情的になって
やっぱり確認の手紙を送るのは
嫌というのは許されないわけです
よりによって
追加の手紙
徹夜で書いた
次の日に
こういうことになったわけです
さっきの手紙ですね
さっき
長く話した
徹夜で書いた次の日なんですよ
これ言ってきたの
早く言ってくれれば
こうならなかったわけです
周期に無理やり
入れたせいで
こうなったんだから
責任を感じて送るべきだし
ではお疲れ様です
マンゴリフォローよろしくお願いします
よろしくお願いします
17:20

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