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本日のテーマです。どうぞよろしくお願いします。 倉木 凪です。
祖父はね、クラシックが好きだったみたいで、
なんでそれがわかったかというと、祖母がね、自費出版ではあるんだけども、
辞伝書を出していて、で、祖父の本とも書いてあって、
で、最近読んだときにね、あの、わかったことがあって、
古典派っていうね、あの、ま、時代区分なんだけども、
それ、有名な人はもう3人決まっていて、古典派3大音楽家っていてね、
それがハイドン、モーツァルト、ベートベンといて、
モーツァルト、ベートベンはもう、ま、知らない人はいないですよね、現代人で。
ハイドンってね、知らない人は結構多いと思うんだけども、
これ、これ、クラシックに関しては、
まあ、なんといっても古典派っていうものをね、
時代の、ま、パイオニアっていうか、作り上げた人、先駆けになった人であって、
高校曲なんかはこの人がもう作ったとも言われてるし、
で、100何曲も作ってるんですよ、この人は、生涯に。
80歳くらいまで生きるんですけどね。
あ、ちなみにモーツァルトは35歳かなって亡くなってて、
で、ハイドン、ベートベンは、
あ、ちなみにモーツァルトは35歳かなって亡くなってて、
で、祖父はね、この、古典派の時代が、この作曲家が好きだったみたいなんだけども、
ただね、シューベルドとか、そういう人も好きだったって書いてるんですよ。
これどういうことだと思いますか、今言いましたよね、この3人だと。
でね、古典派って、どの記事見ても古典派1個あるこの3人っていう風に。
他にもたくさん作曲家がいるんですよ、その時代に。
でも、もうあまりにもこの3人が有名なもんで、
大抵のクラシックファンはその3人が古典派だと思ってるんだけども、
でも実は、この古典派って定義が曖昧で、
これもだからしばらく色々調べてて分かったことですよ、これも。
こういう観点では、実はこの作曲家も古典派だみたいだね。
これも色々議論されてるんだけども、
作曲技法で言うと、この作曲家は古典派だけども、
でもこの人が主に作曲してた時代は、
もうベートベンが生まれた後だから、
ベートベンが公共局でNo.1を作った後だから、
みたいなね、古典派とは言えないみたいな。
確かね、ベートベンの5番だったか何番以降をロマン派とするみたいな。
だからベートベンってね、古典派の作曲家でもあり、
ロマン派の作曲家でもあるわけですよ。
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で、ロマン派っていう長い時代、これ何人も作曲家出てるんですよ。
ワーグナーダの主にね、ほとんどドイツの作曲家なんだけども、
シューベルトもロマン派、基本的にはロマン派と言われてるし、
ブラームスとかね、ブルックナーとか、
ピアノで有名な、ショパンなんかね、知ってる人多いと思うんだけども、
ショコレートのCMなんかでよくかかってますね。
ちなみにこの作曲家も、すごいモーツァルトに影響を受けててね、
で、またこれもあれなんだけども、説明しなきゃいけないんだけども、
クラシックってね、表題ってこの場合、今言うのはね、タイトルっていう意味じゃなくてね、
古典派の時代は、後極、第何番だけみたいなね。
古典派の時代って、後極が途中から出てきたものではあるんだけども、
競争曲、モーツァルトなんかもね、
後から、亡くなった後に、何て言うんだろうな、
故障みたいな、あれだ、で、つけられたりはするんだけども、
ただ作曲した当時は、ピアノ競争曲26番っていう曲なんですよ。
今じゃ考えられないんじゃないですか。
シングル何番みたいなね。
大抵名前つけますよね。優しさに包まれてとか。
そういうのがね、ないんだけども、古典派の時代は。
そんな説明は、さておき、
モーツァルトの見た目の話をまずしようと思うんだけども、
猿って呼ばれてたくらいね、呼ばれてたんですよ。
でね、チンチクリンっていうのかな。
日本人がチンチクリンとはちょっと違うけども、
身長は150何センチ。
今、当時ね、今と比べたら、
17世紀、18世紀のヨーロッパでは、国によっても違うんだろうけども。
まあでもね、貴族階級でお金、十分栄養はあるような人たちでさえ、
平均身長はそんなに高くない。今と比べたら全然。
今だったらね、イギリス人なり、オランダ人なり、
ほんと190あたりしても普通なんだけども。
当時はみんな低いんだけども、その中でも低くて、
150何センチっていったら、今の日本だったら女性の中でも低い方ですよね。
で、なんで猿って呼ばれてたかっていうと、見た目も、
あんなね、肖像がすごいハンサムじゃないですか。
で、全然そんな感じじゃないし、
日本だとね、豊臣秀吉が猿って呼ばれてたけども、
あのね、動きがね、すごいちょこまかちょこまかしててね、
ADHDだって、二十歳障害だって言われてるんだけどもね、
まあそんな感じでもう、いつもねちょこまか動いてたみたいなんですよ。
顔も全然ね、ハンサムとは程遠い感じで、
オーラもなければね、そんな感じだったみたいなんですよ。
身長も低いし、子供みたいにちょこまか動くし、
精神年齢もね、低かったんじゃないかな。
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でね、どんな性格だったかっていうことなんですけども、
その前にね、さっきの続きだけども、
古典派はね、貴族の人が注文してオーダーして、
例えば、今度パーティーをやるとか、そこに流したいとか、
あと葬式は主に宗教曲とか、
自分の生誕祭なり、誰かの教会で一番偉くなったとか、
それもお祝いの曲を作ってとか、
だから、自らの意思でね、こういう曲を作りたいっていう、
そういうことじゃないんで、
その曲に意味を持たせることはしないんですよ。
そういう意味の表題って意味って意味でね、
それはないんですよね、古典派の曲って。
だからシューベルトも、そういう意味じゃね、非常に表題はあるし、
でも作曲技法は公教曲だと。
自分が聴いてみてもね、非常にロマン派とはちょっと言い難い感じなんですよね。
なんで、そういうことがあって、古典派と呼ばれてたり、
ショパンもね、ショパンなんかは表題がないんで、
この人モーツァルトにすごい影響を受けてたりね、
ベートベンがすごい嫌いしてて、
ベートベンはその大衆の受けがいいかもしれないけども、
モーツァルトみたいにね、作曲理論がしっかりしてて、
とかいうわけでもないし、もう理論もよくわかんないで、
だからそれを埋めるためにね、なんか変わったことをたくさんするから、
それで世間の人に受けてるだけだ、みたいなことを言ってたりするから、
あまり好きじゃないみたいで。
だからそんなので、モーツァルトに影響を受けるから、
ベートベンとは違って、表題もつけないし、
ピアノ競争曲第26番みたいな感じで、表題はつけないと。
だからそういう意味じゃあれだけでも、
ただね、だいぶ曲の雰囲気はロマン派なんですよね。
だからね、古典派じゃなくてロマン派に基本的には分類されるんだけども、
でもね、どっちとも言えないと思いますね、本当に。
あとシューベルトなんかも、バッハなりそこら辺のね、
モーツァルトなりベートベンなりの影響を受けてるんで、
ある意味では古典派の作曲、曲によっては古典派とも言えるんだけども、
とはいえ表題もあるしね、とは思うんだけども、
ブルックナなんかはね、この作曲家、そこまで有名じゃないんだけども、
もう天才って呼ばれててね、この人はモーツァルトに影響を受けてるし、
表題のないものを純正音楽とか言うんだけども、純音楽とかね、だったっけかな。
ブルックナの好曲はほぼそういったものなんですね。
自分はね、ここら辺で、性格はね、若い頃好きな人にすごいお下劣なね、
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手紙を書いたり、発達障害の本でね、
てか発達障害の本に至る所に出てくるんですよ、発達障害の偉人ってことで。
それ見てもね、失礼なこと言うし、感情的になって結構暴言吐いちゃったりするみたいで。
あとは下ネタが、当時貴族の人は食事中に結構下ネタ話すみたいなんだけども、
下ネタでも色々ありますよね。
解説物とかの話だけはしないで欲しいですよね、食事中に。
貴族の人って品が良さそうだけども、分かんないもんですよね。
食事中とかそういう話ばっかりしてたみたいで。
だからみんなそうしてたそうなんだけどもね。
で、そういう貴族と一緒に作曲家も食事するし、
ちなみにね、貴族って言うとなんか、自分なんかはね、政治家とか官僚をイメージしてたんだけども、
今の日本で言うね、皇族とかね。
でも教会が至る所にあるじゃないですか、ヨーロッパって。
で、そこで貴族がいてね、しかも何人もいるんですよ。
それを司る人もいるんだけども、
神父さんが一番偉いのかな?
貴族より偉いっていう意味じゃなくて、
ちょっとそこら辺がね、宗教が変わってくるんで、いまいちピンとこないんだけども。
でも貴族って、モーツァルトが生まれ育ったザルツブグなんかは田舎だしね。
だけども教会もある貴族もいて、
もちろん社会的中は一番高い人たちではあるんだけども。
で、そこでモーツァルトにあたらわれてたわけですね。
作曲家っていうのはパトロンがいて支援してくれるんですよね。
それでなんとか世紀を立てれるわけですね。
小さい頃から、最初はオペラ、やっぱりモーツァルトが好きで、
当時ね、オペラが主流なわけですよ。
さっき古典をね、ハイドン、モーツァルト、ベートベンズって言ったけども。
まあでも今のクラシック音楽っていうジャンルの中で、
この3人が有名だっただけで、みんなドイツ人だけどもね。
モーツァルトはオーストリア人かどうかって議論はあるけども。
でも当時はね、ベートベン以前なんかも特にそうだけども、
ベートベンが大変革を起こす前ですよ。
イタリアが主流なんですよ。
だからモーツァルトもね、ドイツ人だってことで、
非常に悔しい思いをたくさんしてきてるわけですよ。
ドイツ人なんかね、オペラを書けないとか。
もうオペラはもうイタリアですからね、当時。
オペラの有名な、当時売れっ子の作曲家ってみんなイタリアなわけですよ。
で、イタリア人が主に聞くし、イタリアで盛り上がってるし。
フランスでもオペラはあるかなぐらい。
ドイツなんかは本当に全然だっていうね。
で、あとバッハのこと。
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バッハの時代のことも説明しなきゃいけないと思うんだけども。
バッハはちょっとね、異質で。
バッハのいた頃は、時代区分で言うとバロックって呼ばれてるんだけども、
バロック以前のものをね、やってたんで。
バロック時代はね、だいぶ分かりやすい音楽になってきていて。
BGMとして使われることが多かったです。
食事中のBGMとして。
だから音楽を聴く、今で言うBGMですよ。
でもオーストラリアの時代になって、
でもね、作曲家はもう本当に自分の作りたい曲を作るんじゃなくて、
ひたすら頼まれた曲を作るっていう感じで。
職人的なイメージですよね、アーティストっていうよりは。
で、バッハの時代はね、
バロックの時代以前は、
フーガとかね、聴いたことあると思うんだけども、
カエルの歌みたいなことですよ。
いくつもの旋律が重ねりあって、
聖徳太子でも分かんないんじゃないかってくらい複雑なわけですよね。
でもそれが好まれてたと。
好まれてたというか、当時は宗教のための曲だったわけですから。
バロック時代も宗教曲が多くてね。
宗教的、さっき古典法表題曲が少ないって言ったんだけども、
逆にバロックなんかはね、
宗教的な意味合いっていう意味では表題曲が多くてね。
だから合唱曲なんかも多いし。
ただバロックの頃は、
割とフーガとかっていうよりも分かりやすい音になってきて、
モーツァルトの頃はもう今、
音楽が後ろに流れてて、
で、その上で、
メロディー、一つのメロディー、
歌ですよね。今だと思うにね。
だからピアノで言うと、
古典法は右手がすごい重要なアレで、
すごい分かりやすくなって、
いい曲っていう特徴で、
あとバロック時代は、
左手と右手が全く別なことをしてるみたいだね。
だからまあ、演奏家も、
オルガン演奏家なんてね、
足も使って、手も使って、両方使って、
だから確かピアノ教室なんかでは、
バッハの曲ってやんないんじゃないかな、初心者はあんまり。
あんまりお勧めしなかったんじゃないかな。
まあ難しいんですよ、とにかく。
パイプオルガンなんか弾こうとしたらね。
だから今ヨーロッパで確か、
パイプオルガンの資格持ってる人がいるんじゃなかったかな。
まあもちろん当時はね、
そういう専任の人がいて、
モーツァルトなんか天才だから、
パイプオルガンなんかも弾いちゃってたけども、
モーツァルトはね、天才って呼ばれるけども、
子供の時から早熟で天才だったんだけども、
前ね、事前映画を見たんだけどもね、
ドラマとか映画とか。
それはドラマだったかな。
ドラマですね。
結構長かったんだけども、
それなんかね、見てると、
小さい頃は作曲もしてるんだけども、
作曲自体もまあ、
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まああれだけ、
7歳とか8歳とかね、
自分も昔からのを追って聞いてたこともあるんだけども、
まあ公曲と、
まあ当時はだから、
今で言う公曲のね、
みたいな、
そういうね、
パーティーで、外でやるパーティー、
なんかで、
流すような曲があって、
まあそういうのを作ったりね。
かやまゆうぞなんかは、
ハラバンジョで、
コード進行を見ててもやっぱりすごいって、
子供でこれをやるのはすごいって言ってましたけども、
まあ正直ね、かやまゆうぞそれ、
いやそれ本当に、
そう思って言ってんのかなとは思ったけどもね、
まあとりあえずそうやって言ってました。
だけどもね、
自分がね、
いろいろ、
いろんな文献を見る限り、
あの、
小さい頃はね、
何が認められたかっていうと、
あのピアノの技術なんですよ。
その見たドラマでも、
目を隠して演奏していたりね。
で、周り、
アンターネットに、
褒められたなんていう、
逸話もあるけども、
その時もそうなんですよ。
ピアノを褒められたわけですよね。
で、
まあ父親と一緒にね、
まあヨーロッパ中を旅行しては、
そのそこの神父さんに、
音楽を教えてもらったり、
いろんなとこで、
まあ演奏会というかまあ、
聴いてもらったりね、
勉強してもらったり、
相当ね、
負担はあったみたいで、
それが理由で、
早口にしたんじゃないかっていう噂もあるぐらい、
かなり子供にはきついもので、
波乱万丈だったかな、
見てもね、やっぱり、
いろいろ、
まあ当時ワクチンもないしね、
治療法もないし、
いろいろ病気にはなったみたいで、
だからこの父親はね、
良かったのか悪かったのかって、
非常に議論になるんだけども、
まあでも、
そうやって、
嫌だって言わないでね、
ちゃんと父親についてくっていう意味では、
素直な子ですよね。
さっき言ったね、
大切なことばっかり言ったり、
っていうのは、
まだ後になってから現れてくるのか。
まあただ落ち着きはなかったでしょうね。
大人になってもそうなんで。
ADHDの人はやっぱり、
子供の時から落ち着きないですよ。
後から落ち着きなくなるなんて、
それはあり得ないと思いますね。
そういう意味では、
父親も結構苦労したんじゃないかと思うけども、
そんな話は聞いたことないけども。
で、ばあさんに乗ってね、
二人で病気になりながら、
伝染病とかなのかなと、
スペイン風邪には、
お姉さんがかかって、
亡くなったり、
スペイン風邪じゃないかな、
でも当時流行ってた病気ですよね。
あと兄弟何人かいたんだけども、
みんなやっぱり病気で亡くなっちゃうわけですよ。
だから当時ね、
何人も子供いても、
すぐ亡くなっちゃうっていうことが、
幼少期にね、
多かったみたいですね。
自分は最初二人兄弟だと思ってたんだけども、
お姉さんと思っちゃうので。
それにお姉さんもね、
作曲したり、
ピアノも小さい頃から習ってたし、
あんな天才が弟だったら、
どんな感じでしょうね。
私も離れてるんで、
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でもやっぱり嫉妬しますよね。
父親もね、
モーツァルトにつきっきりだし。
でね、
母親が、
モーツァルトが大人になったからですよ。
無理してね、
イギリスだったかな、
行きたいって言うんで、
行っちゃうんですよ。
その時はフランスだな、
母親がついてくるんだけども、
そのせいで、
母親、
すごい寂しい思いもして、
亡くなってしまうんですよ。
したら、
お姉さんもね、
キレちゃって、
それから口も聞かないで、
そんな感じで亡くなってしまうんですよ。
お姉さんも。
モーツァルトの前世ってすごいね、
波乱万丈なんですよね。
まさに波乱万丈の番組で、
外人なのにね、
昔の人で、
あんなことってないと思うんだけども、
大体あの番組、
本人が来て、
振り返る感じなんで、
ああいう番組で扱われるくらいね、
まあADHDだし、
結構そういう人多いんですよね、
ADHDの人って、
浮き沈みが激しいというかね、
感情もそうだけども、
まあでも、
そのドラマとか見たり、
いろんな文献を見てる限りね、
なんか一生、
なんかこの人、
辛い思いしてたんじゃないかなって思うくらい、
まあだから音楽は割と救いになってるのかな、
オペラなんか特にね。
で、
これ、
ほとんどのね、
下手したら、
クラシック好きな人も、
あまり分かってない事実だと思うんだけども、
モーツァルトって、
まあ単に有名な作曲家っていう理解じゃ、
ちょっと中途半端というかね、
この人ね、
オペラと、
あとは、
気楽曲、
両方で、
素晴らしい曲を残してるって意味で、
で、
後世の人に、
多大な影響を与えるっていう意味で、
唯一無二なんですよ。
ベートベンもね、
一応、
オペラで有名なのはあるんだけども、
まあ後世に影響を与えたっていう、
感じでもないし、
作ってる曲数がまず少ないし、
モーツァルトほどでもないと、
人気ある曲も。
あとは、
初めてドイツ語で、
曲を作った。
でも何曲かね、
ドイツ語で作った曲はあるんだけども、
死ぬ間際にね、
マテキっていう、
最高傑作だと誰もが認める、
オペラ、
モーツァルトの、
作った曲全ての中でね、
ものがあるんだけども、
それまでは、
歌を歌って、
途中、
メロディーもあるけれども、
曲は、
オルガンだけで、
途中挟むと。
ドイツ語のオペラって、
例えばオペラが、
まあそういう感じだったんです。
まあそうやって作られてたわけですね。
まあ後に変わるんだけども、
ベルディの頃なんかは、
そんなことはしないんだけども、
ベルディっていう、
一番有名な作曲家がいるんですね。
オペラ、
オペラでは。
イタリア人で。
モーツァルトの頃はそうやってやってたと。
だから、
フィガルの結婚なんかもそうだし。
だからドイツ語のもので、
でもそのセリフは合わないから、
別の手法を取ってたりしてたんだけども、
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このマテキは、
そういうものをやめてしまって、
ミュージカルみたいにね、
完全なセリフにしてしまうんですよ。
メロディーとかつけないで。
それを、
それをやったことによって、
これがね、
ドイツ、
オペラのね、
パイオニアっていう、
もう、
だから、
この曲によって、
源流ですよね。
だからワーグナーも、
マテキに非常に影響を受けてるわけですよね。
ワーグナーっていうドイツオペラでは、
もう、
一番有名なね、
作曲家がいるんだけども。
自分もね、
非常にね、
訳あってモーツァルトについては、
研究してたんだけどもね。
研究っていうか、
考察してたんだけども、
果たしてモーツァルトが、
いや、
いろいろね、
自分の中でも、
考えがいろいろ変わって、
やっぱり当時はね、
ベートベン行こうっていうのは、
好曲なんかが、
やっぱりイタリアのオペラに比べたら、
もう、
全然大したことないわけですよ。
今となってはね、
みんな、
まあ、
音大生なんかは絶対勉強するんだろうし、
レコードなんかもたくさん出てて、
演奏会でも演奏されるわけだけども、
当時はどうだったのかなと思うし、
まあ、
それ言ったらね、
ゴーホーダの作品になって、
当時はどうだったんだ、
みたいなことを言い出したら、
キリがないんだけども。
だから時代的に言ってね、
やっぱり当時はオペラだし、
モーツァルトは明らかに、
オペラに力入れてるし、
オペラが好きだし、
それがもう、
ライフワークというかね。
だからモーツァルトって、
オペラの作曲家と言ってしまっても、
いいんじゃないかって。
でも、
でもそこで矛盾が生じてくると、
じゃあドイツ人だとかね。
結局、
ドイツ語の、
アテギノがやっぱり人気だし、
一番。
だからイタリア作曲家なのか、
ドイツ作曲家なのか、
みたいな。
時代的にはイタリアだし、
当時。
だから前、記事読んでてもね、
かなりまあ、
どっちかっていうと、
だいぶイタリア寄りではあると。
で、自分なんかもそう思うしね。
まあ、これは意見の置かれるってことだけども。
とはいえ、
イタリア音楽とは違うわけですよ。
割と、
揶揄されるのはね、
イタリア音楽ってのはやっぱり、
現在、
クラシックって言う場合はほとんど、
ドイツ音楽だけでも、
やっぱりね、その、
表面的っていうかね、
芸術作品として見たら、
どうかっていうとこなんですよね。
そういう意味では、
モータルトなんてね、
もうしっかり音楽理論に基づいて、
もう、
芸術として、
もう、
これだけ、
現代音楽の作曲からしてみても、
もう、
その音楽理論もね、
影響を与えてるし、
まあ素晴らしい曲だし、
そんな上っ面のものではないし、
深みもあるし、
まあそういう意味で自分もね、
モーツァルトは、
結局ね、
自分の結論としてはね、
モーツァルトってのはもう、
ちょっと古典派なのかどうかとかね、
オペラ作曲家なのか、
企画曲作曲家なのかとか、
そういう範疇ではもう収まらない、
とにかく宇宙人だっていう風に、
理解した方がいいんだって、
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もうね、その時その時でも、
どういった面をね、
捉えるかでも、
全く見え方が違ってくるんですよ。
だからある時は全くね、
バッハと違って、
バッハなんかはね、
もう本当に音楽のもう、
家で言うと土台のもう、
基礎の基礎っていう意味ですごいし、
そういう意味じゃ、
モーツァルトにね、
憧れてる人はいても、
影響を受けてる人ってあんまり、
いないっちゃいないんですよ。
グラムスなんかもね、
モーツァルトはもう天才すぎて、
もう全然真似なんかできっこないって
言ってるぐらい、
そういう意味じゃね、
後世に、だから、
グラムスなんかも、
師匠としてるのはベートベンだし、
まあ師匠というか、
なんていうのかな、
そこを目指してるというかね、
だからモーツァルトを目指してる人って、
あんまりいないんですよね。
だからグラムスかな、
モーツァルトみたいな曲を書こうとしたら、
でも無理だから、
自分はベートベンをね、
真似をするんだみたいな、
本当にそういうことを言ってるわけですよ。
なんかずいぶんベートベンを
下げてるように聞こえるけども、
別に悪い意味じゃなくて、
純粋にそう思って言ってるわけですよ。
だからね、
まあ以前、
そんなこともわかんないんで、
いやバッハとかベートベンに比べたら、
ベートベンなんでね、
いやすごいですよ。
ビートルズなんかもね、
ポップス、
それ以降ビートルズの、
みんな真似をしてるだけだみたいなこと、
言う人もいるし、
ビートルズの延長戦であっても、
あれを超えられないみたいなこと言うけども、
ベートベンなんていうのはね、
ロマン派っていうその、
音楽自体をもう、
生み出してしまってるというかね、
しかもそれ以降の、
ドイツ人作曲家っていうのは、
つまりはクラシック作曲家っていうのは、
みんなベートベンに影響を受けてるんですよ。
本当はこれ嘘じゃないですよ。
みんなベートベンなんですよ。
モーツァルトじゃなくてもベートベン。
まあ中にはね、
ちょっと変わり者もいて、
さっきのショバンみたいにね、
ベートベンというよりモーツァルトだみたいなのもいるけども、
ブラムスもバッハとモーツァルトも影響も受けてるけども、
やっぱりベートベンだと。
まあそんな感じなんでね、
モーツァルトって大したことないんじゃないかと思ったんだけども、
単に天才すぎて真似ができないっていうだけであって、
まあただ後世に影響を与えたっていう意味ではやっぱり、
バッハだりベートベンが来るんですよね。
非常にね、歴史勉強してたら不思議な立ち位置なんですよ。
で、曲自体もね、
バッハの本当にロジカルでね、
っていうのと違って、
なんかどっからどう来たんだみたいな、
誰も理解、
すごいのは分かるけど理解しないみたいな曲なんですよ。
まあそういう意味じゃね、本当にすごいのかと思っちゃうけども、
だから、
そういう意味では古典派っぽくもないしね、
古典派って割とね、
ハイゾンの曲なんか聴いても、
全部似てるんですよ。
まあモーツァルトもそうやって揶揄されることもあるけどもね。
後期の曲はね、
違うんだけども割と、
結構ね、
それまでの優雅な曲と違って、
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モーツァルトは悪魔の曲だって言われてるんだけども、
なんて言われたりするんだけども、
本当にね、
悪魔が宿ってるんじゃないかと思うような、
もう、
暗い感じの曲もあるわけで、
の曲が、
多くなるんですね。
レクイエムなんかもそうだけども、
まああれなんかはね、
レクイエムはなんか、
もう教会でね、
聴いている人を震え上がらせて、
加入するみたいな目的ももともとあるんで、
なんだけども、
特にモーツァルトの曲なんかは怖いですね。