宗教と鬱病の相互作用
倉木凪です。まず一つ目の問題点としてね
宗教で何とかしようと思うこと
病気であるにも関わらず
ちゃんと西洋医学的な治療法があるわけですよ、いくら
精神面の問題とはいえ
だけど
まあスピリチュアルではないけどもまあ宗教ですからね それで何とかしてしまう。で周りもそれに何とかなると思っている
病気であるとすら気づいてない。おまけに煩悩であるという考えだから。倉木の宗教は
輪廻転生を信じているような宗教だったから
そこから流れてくるその悪いもの
が心に流れてきて、煩悩になるという考え方だからだから
この鬱も
なぜかね、怠惰なものだと親にも言われたり
いや鬱だと認識されてないからね。で
本当にトランマなんですけど他の青年からはね、なんでセミナー行かないんだっていうふうに理解されなかったり
してたわけです。そういえばね、前新聞に載ってたんだけど
とある 今っていうか
その記事書いてる時はもう偉大生だったんだけど、で、新学校に通ってて
で、やけぶなんだけど、なぜかね体調が悪くて、で周りの理解も得られないと
なんかそういう難病なのかなぁだったらしいんですね。でね、まあそれと同じことですよ
周りから理解を得られなくて、で自分でも何なのか分からなくて
鬱だとねやっぱりね思考回路がうまくいかないから、宗教やっててもね
これ2つ目の問題だけど
宗教って結局ね いろいろ矛盾点があるんだけど、自分で何とかしなきゃいけないんだけど
まあそこで一つ一つにつまづいて、数学で分かんないことがあってつまづいてしまうような感じに
立ち止まってしまって、でそれでじっくり考えて
前回のエピソードでも話したかな、それで
心身ともにもう疲弊してしまって、で鬱は酷くなるっていうもう
大変な両輪のようになってね、悪い意味でねすごい
悪循環、あの悪い意味でじゃなくて、もうそのままですね、悪循環でしたね
理解の欠如と孤独
辛い時期でしたね、高校生時代
今ね、引きこもり時代になってからどうかなって考えてみたけど、引きこもりになってから宗教辞めてるんで
辛いも何も、宗教辞めちゃったからね 学生時代までなんだけど
でも20年間でしょ 長かったですね
小学生の時も鬱になってるけど、よく鬱になってるけど
まあでもね、黒教は英才教育を受けてるんで、宗教の
まあまあ宗教の影響も多分にあると思いますよ
でねー 降参のもう卒業式の、割と直後かな
で割と青年何人もいて、ミーティングしたんですよ、ある集いの後に
集会の後にね 大きな集会だったんだけど、青年の
会員でない人も来るような 会員っていうか
初めて来るような人もいるような そこでミーティングがあってね、反省会みたいな
いやそこでね、実は鬱だったと 合格すればよかったのかなと思ってるんですよ
いや悔しくてね、なんかね ただただなんか
やる気のない人だったと思われると それは悔しくて
しょうがないんですよ いやちょうど青年の場所でね、いろいろ
みんな行ったりし始めた頃に鬱になり始めたんで よくわかんない奴だなと思われてると思うんですよ
単になんか 鬱なっていうならあれだけど
クラゲの場合もなんかこじらせてるというか
宗教に対するやる気はあるからね で無理して行っちゃって、やってた時もあるし
だからよくわからない奴っていう印象でしょうねきっと やる気はあるんだけどでもなんだか来ない時もある
でもね宗教の ターミナルでの勉強会は
毎週行ってましたね 週会も行ってたしセミナー1年生
高1、高2も両方とも行ってるし 降参でちょっといろいろダメになったのかな
でもね卒業式の後無理して行きましたね 結構青年からもね
勧誘いろいろ受けてて いやーセミナー2期だな何なの
大人からも受けてたし親からも大人だったし それでどんどん疲弊してって
だけど 最後行ったんだけどもうそれもダメでしたね
追い討ちをかけるようにね青年からまた 嫌な電話かかってきたりでもう関連に心が折れましたね
まあこういうことですよ宗教にしてがうずになると 他の会員と会わなくなってまぁその宗教でも言えると思うけどね
でも理解はいられないし他の青年から で暗きの入っちゃう宗教は
仲いいのはいいんだけどなんか協力的じゃないんですよみんな 理解で
少しでも理解できない人がいたら なんか
なんだろうねあれは 弱いものいじめしてるつもりもないんだろうけど
はぐれ者にしようとしてるつもりもないんだろうけど 理解できない人として扱われてましたね
それではしたっけ