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S3E19 ガン転移の物理的なスイッチ
2025-10-23 22:04

S3E19 ガン転移の物理的なスイッチ

ガン細胞が増殖する状態から移動する状態に変化することで、ガンの転移が起こります。圧力がこのスイッチとなることを示した研究の話です。

https://www.nature.com/articles/s41586-025-09445-6


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ガンという病気が恐れられる最大の理由は、転移にあります。
ガンは最初に一箇所にできますが、その後増殖したガン細胞の一部が体の中を移動して、別の組織に新しい住処を作って、そこで再び増え始めます。
転移が起こると治療は一気に難しくなり、ガン患者の命に直結します。
では、そもそもガン細胞はどういうふうに生まれるんでしょうか。
ガン細胞は多くの場合、遺伝子の変異によって生じます。
細胞が必要以上に分裂しないようにブレーキをかける遺伝子が存在するんですが、
例えばその遺伝子に変異が入るとブレーキが壊れ、細胞が分裂し続けてしまう。このような仕組みでガン細胞は生じます。
ただし、腫瘍の中にあるガン細胞がすべて同じではありません。
これまでの研究によって、増殖する細胞と別の組織へ移動する細胞は状態が異なることがわかっています。
増殖する細胞では当然、細胞分裂に必要な遺伝子が活発に働いています。
一方、移動する細胞では細胞分裂は抑えられ、その代わりに運動性や薬剤への耐性が高まります。
つまり、増殖モードと移動モードの2つの状態をガン細胞は切り替えるんです。
この切り替えは臨床的にも非常に重要です。
なぜなら、一般的なガン治療薬は分裂中の細胞を狙い撃ちにすることが多いからなんですね。
移動モードに入って分裂をしない細胞は抗ガン薬の標的になりにくくて、これが転移を抑えるのが難しい理由の一つなんです。
どのような遺伝子が増殖を支えているのか、どのような遺伝子が転移を助けているのかっていう点については、長年の研究によってかなり明らかになってきています。
つまり、増殖型のガン細胞と移動型のガン細胞とでは、遺伝子の働きにどんな違いがあるのかはある程度理解されつつあるわけです。
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しかし、この2つの状態を切り替えるスイッチは何なのかについては、未解明な点が多く残っています。
重要な点として、このスイッチは新しい遺伝子変異によって生じるわけではありません。
遺伝子配列そのものは変わってないのに、ガン細胞は状態が変化して性質を変えてしまうんです。
このことから、ガン細胞が周囲の環境から何らかの刺激を受け取って、そのシグナルによって状態を変えていると考えられています。
例えば、周囲の細胞が分泌するシグナル分子とか、低酸素環境などの影響について盛んに研究が行われていて、この仕組みが解明されればガンの転移を抑える新しい治療法につながるかもしれません。
今回は、そのような研究の一つで、皮膚がんの一種であるメラノーマを対象に、ガン細胞の状態変化に物理的な刺激、圧力がどのように影響しているのかを調べたものを紹介します。
ホットサイエンティストへようこそ。佐藤です。
今日紹介するのは、メモリアルスローンケタリングガンセンターのミランダハンターらによる研究で、2025年8月のネイチャーに発表されたものです。
この研究では、メラノーマというガンを対象にしています。
メラノーマは皮膚がんの一種で、転移が起こると非常に危険なガンです。
研究者たちはまず、ゼブラフィッシュのメラノーマモデルを使って観察を始めました。
ゼブラフィッシュは遺伝子を操作しやすい魚なんですが、体が透明という利点があります。
このため、動物の中で細胞がどういうふうに振る舞うのかを生きたまま、リアルタイムで観察することができます。
今回の研究では、ガン細胞が光って見えるように遺伝子を改変したゼブラフィッシュを使っています。
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この観察の中で、フィッシャらは一つの細胞の状態を見つけました。
これをインターフェース状態と呼んでいます。
ガン細胞は塊になって増えるわけなんですが、その外側との境界、インターフェースのガン細胞は他へ移動する状態の細胞で、塊の内側で増殖する細胞とは状態が違っているということがわかったんです。
つまり、インターフェースの細胞は転移をするような移動型の細胞、内側の細胞は増殖型に相当します。
さらに、遺伝子レベルでの状態の違いも示しています。
遺伝子の実体であるDNAは、細胞の中の核と呼ばれる小器官にしまわれています。
そこからDNAの情報が遺伝子ごとに読み出されて、核の外で遺伝情報を元にタンパク質が作られるんですが、これを遺伝子の発現と呼びます。
どの遺伝子がどれだけ発現しているのかを網羅的に調べることができるんですが、
それを細胞一つ一つについて行う手法があって、これがシングルセルRNAシークと呼ばれます。
この解析を行うと、1細胞ごとに全ての遺伝子の発現量のデータが取れます。
細胞も遺伝子もたくさんあるので膨大なデータになるんですけれども、ここからそれぞれの細胞同士がどれぐらい遺伝子発現のパターンが似ているかを計算することができます。
その似ている度合いから細胞の状態を分類することができるわけなんですね。
これで調べると、メラノーマ細胞の集団がいくつかに分けられて、インターフェースの細胞は遺伝子発現についても内部の増殖している細胞とは状態が違うということが示されました。
より細かく遺伝子の発現について調べていくと、やや意外なんですが、インターフェース状態では神経の発生に関わる遺伝子が働いているということがわかりました。
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次にゼブラフィッシュの主要の中で、実際にインターフェースのガン細胞を観察しました。
すると、インターフェースの細胞は押しつぶされて、DNAが格納されている核の部分が細長く伸びていることがわかりました。
ガン細胞はどんどん増えるので、主要の外側にいる細胞は内側からの圧力を受けて物理的に押しつぶされている可能性が考えられます。
だとすると、この圧力が細胞の状態を変えるスイッチになっているのではないかと、研究者たちは考えました。
この仮説を直接確かめるために、研究チームはユニークな装置を開発しました。
シリコンでできた小さな箱のような構造を作って、その中に細胞を入れて、上から軽く押しつぶして、圧力をかける仕組みです。
この装置や処理自体には毒性がなくて、細胞も死にません。
あくまでも狭い空間に閉じ込められるという環境を再現した装置になります。
この装置を用いて、今度は人由来のメラノーマ細胞で実験を行いました。
圧力をかけた細胞と圧力をかけなかった細胞の遺伝子発現を比較してみたわけです。
こうすれば、ガン細胞が圧力で変化するかどうかがわかります。
結果ですが、圧力をかけるとメラノーマ細胞は神経細胞に似た遺伝子発現を示すようになっていました。
ですからゼブラフィッシュで観察されたインターフェース状態とよく一致していたというわけです。
というわけで、ガン細胞に圧力を加えると移動する状態のような遺伝子発現の状態になって、神経細胞で見られるような遺伝子発現のパターンが見られるということがわかったわけです。
さて、ガン細胞で神経のような遺伝子の働きが起きるというのはどういうことなのかという点ですが、
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神経細胞の発生では微小管と呼ばれるタンパク質がつながってできた細胞骨格という構造が重要な役割を果たします。
微小管は細胞の中でチューブ状の足場みたいに働いて、特に神経のような細長い細胞を構造的に支えるために働きます。
ヒッシャラはガン細胞も転移で移動するときに、この神経細胞的な微小管の仕組みを利用しているのではないかと考えました。
それで実際にガン細胞の微小管の構造を観察してみました。
その結果、圧力をかけると微小管の配置が変化して、まるで神経細胞で見られるような形態を示すことが分かりました。
神経細胞が移動するときには微小管が核を取り囲んで物理的に守る働きを持つんですね。
同じようにガン細胞も移動のときには、核を微小管が取り囲むことが分かりました。
次に、研究グループはガン細胞の状態の変化に関する分子を探しています。
そのために、まずインターフェース状態のガン細胞でどのような遺伝子が働いているのかを調べました。
遺伝子発現の解析を進めると、インターフェースの細胞では、HMGファミリーと呼ばれるグループのタンパク質が特に増えていることが分かりました。
HMGタンパク質というのは、DNAに結合してその構造を変える働きを持つタンパク質です。
その中でも特にB2というタイプのものがインターフェース細胞で強く増えているということが分かったのです。
同じように、人のメラノーマ細胞に圧力をかける実験でも、このHMGB2が増えるということが確認されました。
つまり、圧力を加えると細胞の状態が変わるわけなんですが、その時に特にこのHMGB2が増えているということが分かったわけです。
さらにここから詳しく調べて、どのような仕組みでこのB2が増えるのかを明らかにしています。
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ここからは事件の詳細は省いて結果だけ話していきますが、まず圧力がかかると細胞骨格の微小管の構造に変化が起こります。
この微小管から核の膜にあるタンパク質に力が伝わって、それがHMGB2の増加につながるということを明らかにしました。
つまり、圧力・微小管・核膜・HMGB2の増加という流れになります。
では、HMGB2が増えると何が起こるんでしょうか。
このタンパク質はDNAの特定の場所にピタリと結合するわけではありません。
むしろ、DNA全体に広く結合して、DNAの大きな構造を変化させるという働きを持っています。
DNAにはクロマチンと呼ばれる麹構造があって、DNAがぐるぐる巻かれているんですけれども、その巻きが強い部分と弱い部分があるんですね。
この構造が固く閉じた状態の部分では、遺伝子があまり働かないんです。
これに対してクロマチンの構造が緩い部分では、そこにある遺伝子にアクセスしやすくなって発現が上昇します。
HMGB2はDNAの大きな構造を変えることで、クロマチンの構造に影響を与えるわけなんです。
次にヒッシャラは、HMGB2が増えると、メラノーマ細胞でのクロマチン構造がどうなっているかを調べました。
その結果、通常の細胞と比べると、構造の緩い場所が変化していて、神経の遺伝子が存在する領域で緩くなっていることがわかりました。
つまり、HMGB2の増加が神経のプログラムを引き出すスイッチになっているということがわかったんです。
これは先ほどのインターフェース状態で神経の遺伝子が働いているという観察とも一致します。
ヒッシャラはさらに解析を進めて、実際にHMGB2が細胞の性質を変えることを示しています。
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まず、圧力によってこのB2が増えると、細胞増殖に関わる遺伝子が低下することがわかりました。
これは、ガン細胞が分裂して増えるモードから切り替わっているということを意味しています。
さらに、HMGB2を抑制すると、ガン細胞の伸順、周囲に広がる能力が低下することも示しています。
逆に、HMGB2を増やすと、ガン細胞の薬剤への耐性が上昇していました。
つまり、HMGB2は、ガン細胞を増殖する状態から転移しやすく薬に強い移動する状態に変えるのに重要な因子であるということがわかったのです。
というわけで、今回紹介した研究では、皮膚ガンの一種であるメラノーマの細胞が増殖する状態と移動する状態を切り替えている仕組みを調べたわけです。
インターフェースの細胞は、内側にある増殖する細胞から圧力がかかると考えられます。
このような物理的な刺激が細胞の状態の変化を引き起こす要因になり得ることが、今回の実験で明らかになりました。
圧力が細胞に加わると、HMGB2というDNA結合タンパク質が増えて、DNAの構造が変わります。
その結果、増殖に関わる遺伝子の発現が抑えられて、代わりに移動する状態になる遺伝子が働き出すことが示されました。
すでにガン細胞の状態の切り替えには、周囲の細胞が放出するシグナル分子とか酸素の欠乏が重要であることが示されていますが、
今回の研究は、圧力という物理的な刺激もスイッチになるということを示したわけです。
この研究では特にメラノーマに注目していたわけなんですが、別のガン細胞を使った実験も一つしていました。
人の肺ガンあるいは乳ガンに由来した細胞に圧力をかけるという実験をしていて、その場合でもHMGB2が増えるということを示しています。
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ですので、圧力による状態の変化はメラノーマに限ったものではなくて、ガン細胞一般に見られる可能性があります。
それから今回の研究では、転移するガン細胞が神経細胞の持つ働きを流用しているということも示していて、これも興味深い点でした。
じゃあ今日はこの辺で終わりにしたいと思います。最後までお付き合いありがとうございました。
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