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ストレスによって、以前は楽しいと感じていたことをしても、楽しいと感じなくなることがあります。
好きな音楽を聴いても胸が躍らない。仲のいい友達に会っても会話が弾まない。
こうした本来であれば喜びをもたらすものから、その喜びを感じられない状態をアンヘドニアと言います。
これは、鬱の中心的な症状の一つで、鬱病患者の7割程度で報告されています。
アンヘドニアが強いと、喜びを求める行動自体、止めてしまうんですね。
その結果、人間関係や仕事に対する意欲も低下し、閉塞感が積み重なり、孤立を招いたりします。
アンヘドニアが起きるメカニズムについてはあまりよくわかっていません。
ストレスが原因となり得ることはわかっているんですが、同じようにストレスを受けてもアンヘドニアになる場合もあれば、そうでない場合もあるわけです。
で、何がその違いを生んでいるのかもわかってないですし、脳の状態にどんな違いがあるのかもよくわかっていないんです。
報酬に対する反応が減ってるっていうことなので、脳の中の報酬系と呼ばれるドーパミンが働く経路がおかしくなって起きるんだろうっていう考えがあります。
実際これを支持する研究がいくつもありますし、この経路をターゲットにした薬が治療に使われることがあります。
しかしアンヘドニアは非常に治療が難しいことが知られています。
うつ病では気分の落ち込みがあるわけなんですが、これよりもアンヘドニアの方が回復が難しいっていうのが現状だということです。
今日はマウスを用いた研究で、脳の別の経路がアンヘドニアに関わっていることを示した研究を紹介します。
フォッドサイエンティストへようこそ、サトシです。
今日紹介するのはUCSFのフランシス・シアラによる研究で、2024年12月にネイチャーに発表されたものです。
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この研究ではマウスにストレスを与えてアンヘドニアの状態を作り出しています。
ストレスの与え方なんですけれども、慢性社会的敗北ストレスっていうのを用いています。
具体的には、実験用のマウスを一日に一度、攻撃性の高い大型マウスと同じ部屋に短時間入れます。
そうすると、大型マウスに追い回されたり、つつかれたりして、いわば敗北を味わいます。
次に、金網で仕切って、実験マウスと大型マウスを向かい合ったまま24時間過ごさせます。
この時は直接触れ合うわけではないんですが、相手の臭いとか鳴き声、姿がずっとそばにあるわけなんです。
これを10日間毎日別の大型マウスに変えて、同じ手順を繰り返します。
このようにして、長期間の緊張状態にさらしてストレスを与えるんです。
そうすると、一部のマウスはアンヘドニアの状態になるんですね。
マウスの社会性を調べるテストがあるんですが、ストレスを受けた後には他のマウスと関わらなくなるものがいました。
また、マウスは通常はただの水よりも甘い砂糖水を好みます。
でもストレスを受けた後には、一部のマウスでは特に砂糖水を好まないようになっていました。
普段であれば甘くておいしいって感じるものに特別な反応を示さないっていうことですから、アンヘドニアのような状態になっていると言えます。
でも一部のマウスはアンヘドニアを示さないんですね。
ストレスを与える前と同じように砂糖水を好む個体もいるんです。
ですから言ってみれば、ストレスの影響を受けないストレスに強いマウスとストレスに弱いマウスがいて、弱いマウスではアンヘドニアが見られるっていうことになります。
これらのマウスの脳の状態を調べて、アンヘドニアの脳の中では何が起きているのかを調べるっていうのが今回の研究の目的になります。
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この研究では、変動体と怪話っていう2つの脳の部位に注目しています。
変動体は感情に重要な役割を持つ部位で、怪、不快や恐怖を瞬時に判別する役割を担っています。
例えば、真っ暗な道で急に大きな音がした時にドキッとしたりとか、あの声は安心すると感じたりする、そういった感情のスイッチを担当します。
怪話は記憶に重要な領域で、怪話から変動体へ情報が伝わることで、ここで得た体験は危険だったとか、この体験は楽しかったっていう背景情報と結びつきます。
これらの領域の神経細胞の活動を記録していくんですが、ここではニューロピクセルプローブっていう最新の装置を使っています。
従来は1本の電極を指して、そこにある神経の活動を記録していました。
しかし、ごく小さな脳の領域にもたくさんの神経細胞があって、脳の状態を理解するためには、たくさんの神経細胞の活動を同時に記録できた方がいいわけです。
この装置では、センサーの先に小さな電極がたくさん並んでいて、一度に数百の神経細胞の活動を記録できます。
もちろんそれでも、扁桃体やカイバにある神経細胞のほんのごく一部になるわけなんですが、それでも従来よりははるかに多くの情報を得ることで、脳の領域の状態を解析することを可能にしています。
この装置をマウスの脳に埋め込むわけなんですけれども、電極につながれた状態でもマウスは動けるようになっているんですね。
覚醒して行動しているときに神経活動を記録するという形になるんですが、マウスの顔の前には水の入ったノズルと砂糖水の入ったノズルが固定されています。
マウスがノズルを舐めるとそこから液体が出るんですが、そのようにマウスが行動しているときの神経活動が測定されるということになります。
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ですから、どちらを舐めようかとか考えていたり、実際に舌を伸ばしたり、液体を味わって甘いと感じたりしているときに、脳の中でどのような活動が起きているか記録されるわけです。
これをストレスに弱くてアンヘドニアになったマウスとそうでないマウスを比べてみるということになります。
さて、ここから少しややこしくなります。
一つの神経細胞を記録しているときは情報が少ないので、マウスがこういう状態のときにこの神経がどれだけ活動してたっていうそれだけの情報なんですが、
数百個の神経細胞を記録しているので、それだけの神経細胞の活動が増えたり減ったりするわけです。
なので、その領域の状態が記録された細胞の数だけの次元で表されるわけです。
でもって、マウスごとに記録している神経細胞が違うんですね。
一匹のマウスが砂糖水を飲むときとただの水を飲むときの比較はできるんですけど、別のマウスの比較は単純にはできないということになります。
それでまずやっているのが、砂糖水を飲むときとただの水を飲むときの変動体や会話の状態がどれだけ違うかを調べて、
その違いの度合いをストレスに強いマウスと弱いマウスで比較するということです。
正確にはもう少し複雑な計算をしていて、神経の状態を見て、条件がどれだけ正確に予測できるかを調べているんですけれども、
意味合いとしては、水か砂糖水かという条件でどれだけ脳の活動の状態に違いがあるのかを見ているということになります。
この結果ですが、ストレスに強かったマウス、ストレスを受けてもアンヘドニアにはならず、まだ砂糖水を好んでいるマウスでは、
砂糖水を飲むときとただの水を飲むときで、変動体の状態に比較的大きな違いが見られたんです。
その液体を飲んだ直後は、砂糖水とただの水で脳の状態が大きく違うんですが、
それだけではなくて、飲む直前、砂糖水かただの水かどちらを飲もうか決めているタイミングでも、変動体の状態が違うということでした。
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そのマウスが何を考えているかというのはわからないわけなんですが、
美味しいという喜びの反応に加えて、これから美味しいものが来るという期待が神経の活動として現れていると考えることもできます。
これに対して、ストレスでアンヘドニアになったマウスでは、砂糖水とただの水の間で飲んだ直後の違いも少ないし、飲む前については違いが見られないということでした。
だから神経のレベルでも、砂糖水という報酬に対しての変動体の反応がはっきりしなくなっているということだったんです。
それから長くなるので詳しくは触れないんですが、この実験では水か砂糖水かを選べるようになっています。
アンヘドニアになったマウスの方では、直前に飲んでいたのと同じのを続けて飲むかの選択をすることに反応している神経が増えていたんです。
これは、次はどうしようかなという迷いのシグナルが目立つようになってきていると理解することもできます。
他にストレスに強いマウスと弱いマウスの違いなんですが、ストレスに強いマウスでは変動体の活動と会話の活動により強い動機が見られました。
これは、変動体と会話の間で情報の伝達がよく起こっているということを意味していると理解することができます。
ですから、逆に言うとアンヘドニアのマウスでは、この2つの脳の領域の間のコミュニケーションが低下していると考えることができるわけです。
この結果から、変動体会話の情報伝達がアンヘドニアに関わっているのではないかと論文の筆者らは考えました。
そもそも、ここが怪しいと考えているから、この研究ではこの領域に注目しているわけです。
もし、この経路がうまく働かないことがアンヘドニアを起こすのであれば、変動体へつながる会話の神経だけを刺激してやれば、アンヘドニアにならなくなるはずです。
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これを複雑な化学遺伝学実験を行うことで実現しています。
かなりややこしいので、この説明は別に一番最後にすることにして、ここでは結果だけを話します。
会話・変動体の経路を強化すると、アンヘドニアにはならずに砂糖水を好むようになるし、神経の活動もストレスに強いマウスのように砂糖水に対して反応するようになっていたという結果だったのです。
この結果は、変動体・会話の経路の変化がアンヘドニアの原因になり得るということを示しています。
最後にこの研究では、砂糖水を選ぶというタスクをしているときの脳の状態ではなくて、何もしていないときの脳の状態についてアンヘドニアマウスではどうなっているかを調べています。
ここでは、隠れマルコフモデルというものを使って脳の状態を分類するようなことをしているのですが、これも結論だけ言うと、アンヘドニアのマウスでは神経活動の状態がよりたくさん切り替わっていたということだったのです。
変動体の神経活動のパターンがどんどん別の状態に切り替わっていくということなんですね。
うつ病の患者では、自分の意思とは関係なく次々と考え、多くの場合ネガティブな考えが入り込んでくるというのがあるのですが、これがマウスでも見られているというふうに考えることができます。
アンヘドニアのマウスではこのように変動体の状態が変化しているということなんですが、逆に変動体の状態を見ればアンヘドニアかどうかが高精度で予測できるということも示していました。
ですから、もし人間でも同じことが起きているのであれば、これが診断に役立つというような考察もされていました。
従来はアンヘドニアにはドーパミン系、報酬系の機能障害が関与するとされてきました。
今回の研究はマウスでの結果ではあるのですが、カイバ変動体経路の役割を明確に示しています。
多数の神経細胞を同時に記録することでアンヘドニアでは脳の状態が変化しているということを明らかにしているわけですが、
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カイバ変動体経路の活動を強化することで、ストレスに弱いマウスの状態をストレスに強いマウスのようにシフトできるということも示しています。
ですから、この経路が治療ターゲットとして有望で、今後の研究につながるのかもしれません。
さて、この研究で行っていた化学遺伝学実験の解説です。
ここではカイバから変動体への刺激の量を強くするという実験を行っていました。
このためにマウスに2種類ウイルスを使って遺伝子導入をして、さらに薬物を使って神経の活動をONにしています。
1つのウイルスはドレッドと呼ばれるタンパク質の遺伝子を持っているもので、これをカイバに注入しています。
ドレッドは特定の人工的な薬物にだけ反応する需要体で、ドレッドがある神経細胞では、この薬物を投与したときだけ神経が活動します。
ただ、カイバにもいろんな神経があるわけなので、変動体とつながっている神経だけを活動させたいわけです。
そこでこのウイルスに細工がしてあって、何もなければドレッドは作られないようにしてあります。
クレと呼ばれる因子があるときだけドレッドが作られるようになるんですが、普通のカイバの細胞にはクレはないので、ドレッドは作られていません。
さらにもう1つ別のウイルスを、今度は変動体に注入しています。
この2番目のウイルスが逆光性ウイルスと呼ばれるものなんですね。
これは神経細胞の末端から細胞の中に入っていって、神経細胞の本体、核のある方に移動していきます。
ですから、カイバから変動体に伸びている神経細胞があるわけなんですが、その伸びている末端から細胞に入って、カイバの方までウイルスが移動していくということになります。
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これによってカイバの神経細胞でも、変動体まで伸びているものだけに、この2番目のウイルスが入っていくということになります。
このウイルスにはクレを作る遺伝子が入っているんですね。
なので、この細胞だけでクレが作られます。
さっき話したように、カイバの神経細胞には1つ目のウイルスを導入していました。
これはクレがあるときだけドレッドを作るウイルスだったわけです。
なので、変動体につながっている神経細胞だけはクレを作っていますから、この細胞だけでドレッドが作られる、そういう形になります。
複雑なんですけれども、このようにして変動体につながるカイバの神経細胞だけでドレッドを作るマウスができます。
このマウスにドレッドを活性化する人工薬物を投与するんですけれども、そうするとこの細胞だけが活動するわけですね。
この神経はカイバから変動体につながっているわけですから、カイバから変動体への刺激が強化されるという仕組みになります。
かなり手間で複雑なんですけれども、こういった手法がよく使われるんですね。
先ほどのたくさんの神経を記録して多次元のデータを解析するというのもそうなんですが、脳というのはとても複雑なので、その解析手法もどんどん複雑になってきているということのようです。
今日はこの辺で終わりにしたいと思います。最後までお付き合いありがとうございました。