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その先日公開したエピソード5では、 年をとったことによる記憶の衰えには腸内細菌が関係していることを示したマウスでの研究を紹介しました。
今回も、脳の健康、過励による認知機能の低下に関する研究を紹介したいと思います。
脳の老化に対して効果があるとされるものはいくつかあるんですが、 まだ効果自体がはっきりしていないものが多いんです。
で、今のところ最も確からしいものは何かというと、運動なんです。 運動は心臓の病気とか糖尿病、肥満の予防に良いっていうイメージが強いと思います。
でも運動の効果はそれだけではなくて、 身体活動が多い人では認知機能の低下が緩やかであったり、
認知症のリスクが低かったりすることが、 人を対象とした研究でも示されているんです。
もちろん人間の研究では、運動している人はもともと健康意識が高いとか、 食事や睡眠など他の生活習慣も違うっていうように、
いろいろな要因があり得るので、 運動だけが原因だとは簡単には言えないんです。
でもマウスなど動物の実験でもっと直接的に運動が脳に良い影響を与えることが示されています。
例えばマウスに回し車、ハムスターが走る輪みたいなものですね。
それを与えて自由に走れるようにすると、 清く学習の成績が良くなることがあります。
さらに脳の中を調べてみると、記憶に重要なカイバっていう領域で神経細胞の状態が良くなっていたり、
新しい神経細胞が生まれてくる神経新生と呼ばれる現象が増えたりすることが知られています。
しかしどのような仕組みで運動が脳の状態を改善するのかはわかっていませんでした。
というわけで、運動は脳に良いわけなんですね。
だったら仕組みはともかくとして、ただ運動すれば良いじゃないかっていう話になるわけです。
それはその通りなんですが、現実には高齢になると病気があったり体力がなかったりして十分な運動が難しいことがあります。
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それに身も蓋もない話なんですが、運動したくない人もたくさんいるわけです。
そうなるとこんな発想が出てきます。
もし運動が認知能力を改善する仕組みがわかれば、その働きを薬で再現できるかもしれない。
つまり運動した時に体の中で起こる分子的な変化が明らかになれば、その分子を標的とする薬を使うことで、
実際には走らなくても脳に対して運動と似た効果を出せるかもしれないということです。
今日は運動が脳を改善する仕組みの一部を明らかにした一連の研究を紹介します。
ホットサイエンティストへようこそ。サトシです。
今日紹介するのはカリフォルニア大学サンフランシスコ校のサウル・ヴィレダのグループによる2つの論文で、
2020年のScienceと2026年のCellに発表されたものです。
運動は脳だけではなくて全身に良い影響を与えるわけです。
そう考えると、運動すると体のどこかで何らかの物質が作られて、
それが血液に乗って全身を巡り、脳を含め様々な臓器に作用しているというのが可能性の一つとして出てきます。
つまり、運動した時には血液中に脳の機能を改善する物質が含まれているという考えができるわけです。
もしそうであれば、運動した個体の血液を運動していない個体の血管に入れてやれば、運動していなくても脳に良い影響があるはずです。
2020年の論文の方では、マウスを用いてこれを調べるところから研究を始めています。
ここで使われたのが若いマウスと老齢マウスなんですが、若いマウスは生後3ヶ月、老齢マウスは18ヶ月のものになります。
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マウスの18ヶ月というのは人間でいうとかなり高齢に相当します。
飼育する時に、老齢マウスのところに回し車を設置して、自由に走れるようにしたものと、そうでないものを準備します。
マウスは回し車が好きなので、自由に使えるようにしておくとかなり走るんですね。
これが運動するという条件になります。
このように飼育をした後で、記憶のテストを行いました。
何種類かのテストをしているんですが、その一つがラジアルアーム水迷路というテストです。
これはマウスが水の中にある隠れた足場の場所を覚えられるかを調べるというテストになります。
記憶には会話という脳の領域が重要なんですが、このテストでも会話の働きが必要であるということがすでにわかっています。
まずこのようなテストをして、若いマウスと老齢マウスを比較したんですが、老齢マウスでは成績が悪くなっていました。
つまり年をとると学習や記憶が低下するという現象が確認されたわけです。
次に老齢マウスに運動させた場合ですが、運動させてない老齢マウスよりも成績が良くなっていました。
これでもって、運動は脳に良いというのをこの計で再現したという結果になります。
ここからが肝の実験です。
研究者たちは運動したマウスの血小を取り出して、運動してない老齢マウスに注射しました。
血小というのは血液から細胞などを取り除いた液体成分になります。
ここにはホルモンとかタンパク質など、体中をめぐる様々な物質が含まれています。
運動したマウスから取った血小を運動してない老齢マウスに注射したんですが、これが3週間で8回になります。
この後に記憶をテストすると、運動してない老齢マウスなのに記憶の成績が良くなっていました。
つまり実際にそのマウス自身が運動してなくても、運動した別のマウスの血液成分を受け取るだけで脳機能が改善したということになります。
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さらに脳の中も調べているんですが、開葉の状態が良くなっていました。
開葉では大人になってからも新しい神経細胞が作られていて、これを神経申請と言います。
神経申請は記憶に関係があるとされているんですが、年を取ると神経申請は低下します。
ところが運動したマウスの血症を投与された老齢マウスでは、開葉での神経申請が増えているという結果だったんです。
ということは、血症の中には何か脳の健康にプラスになるものが入っているということになります。
ここからこの研究ではその正体を探っていきます。
血症の中には非常にたくさんの物質が含まれているんですが、その中でも特にタンパク質に注目しています。
運動したマウスの血症と運動していないマウスの血症を比較して、運動したら増えているものを見つけたいわけですね。
でもタンパク質も非常にたくさんの種類のものが存在します。
ここで使用されたのがアイソバリックタギングという方法なんですが、サンプルの間での量の違いを検出して、さらにそのタンパク質を導体できるという方法です。
この解析の結果、運動によって血症中で一貫して増えるタンパク質が12種類見つかりました。
その中でこの研究では特にGPLD-1というタンパク質に注目しています。
なぜこのタンパク質、GPLD-1に注目したのかですが、理由の一つは運動によって肝臓でGPLD-1の発現に変化が見られていたことです。
運動というと筋肉をまず思い浮かべるわけですが、運動によって肝臓でも変化があることがわかっていて、しかも肝臓は血液中に様々なタンパク質を分泌する臓器でもあります。
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GPLD-1は特に肝臓で多く作られるタンパク質であって、運動によって増えるのでGPLD-1に注目したということになります。
次に調べたのが、GPLD-1が本当に脳機能の改善に関係しているのかという点です。
そこで研究者たちは、運動していないマウスでGPLD-1だけを増やす実験を行いました。
具体的には、GPLD-1の遺伝子を含むDNAを尻尾の血管から大量に投与しました。
この方法では、主に肝臓に遺伝子が導入されることが知られているので、このやり方でマウスの肝臓でGPLD-1をたくさん作らせることができます。
この結果ですが、遺伝子を導入してGPLD-1を増やした老齢マウスでは、運動をしていなくても、会話での神経申請が増えていました。
さらに記憶のテストでも成績が良くなっていたんです。
つまり、運動していないマウスでもGPLD-1だけを増やせば、運動していたときに似たような脳機能の改善が起きたわけです。
それから、これらの実験はマウスのものなので、人についても少し調べています。
高齢者を対象に身体活動量が多い人と少ない人に分けると、活動量が多い高齢者では血液中のGPLD-1が多いことが分かりました。
人では人為的にGPLD-1を増やしたり減らしたりして調べることはできないので、実際に認知機能に関係あるのかを調べるのは難しいんですね。
それでも人でも運動とGPLD-1には関係がありそうだというところまで分かったわけです。
ここまでが2020年の論文の結果です。
でもまだ大きな疑問が残っています。
GPLD-1はどうやって脳機能を改善しているのでしょうか。
GPLD-1が脳を良くするのであれば、脳の中に入って神経細胞に直接作用しているのではないかと考えたくなります。
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でもこの論文の段階ですでにGPLD-1自体は脳の中へはほとんど入っていかないことが示されていました。
GPLD-1は血管の中にあるわけですから、血管からどういう風にして脳に影響を与えているのかというのが2番目の2026年の論文の問いになるわけです。
まず、どのような考えでこの論文ではこの問題に取り組んだのかを話していきます。
最初にGPLD-1の分子としての働きはどのようなものかですが、それはすでにわかっていたんです。
細胞の表面には様々なタンパク質が存在するんですが、その中にはGPI-ANCHORという構造によって細胞膜とつなぎ止められているタンパク質があるんです。
タンパク質自体は細胞の外側にあるんですけど、ANCHOR、つまり怒りのようなもので細胞膜に固定されているんです。
GPLD-1はこのANCHORを切る構造なんです。
これによって細胞表面に固定されていたタンパク質を細胞膜から切り離すという働きがあるわけなんです。
GPLD-1が血液の中にあるということを考えると、GPLD-1は血管を作っている血管の内側の細胞の表面にアクセスできるということになります。
血管の内側の細胞を血管内皮細胞って言うんですが、GPLD-1はこの細胞にくっついているタンパク質のANCHORを切って血管内皮細胞の表面から離してしまうと想像できるわけです。
この血管内皮細胞なんですが、脳にとって重要な機能を持っています。
脳には血液脳関門という仕組みがあるんですね。
血管の中には栄養や酸素だけではなくて様々な物質が含まれているんですが、脳の中に変なものが入っていかないように、血液の中の物質が脳の中へは簡単には入っていけないようになっているんです。
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このバリア機構が血液脳関門と呼ばれているんですが、その主要な役割を果たすのが血管内皮細胞になります。
先ほどのGPL-D1の機能を考えると、GPL-D1は血管内皮細胞のANCHORを持つタンパク質を切って、それを内皮細胞で働かなくする。そういうふうにして脳に影響を与えているのではないかというふうに一つの可能性として考えることができます。
そうであれば、GPL-D1によって切断されている標的のタンパク質が何なのかを突き止めたいというふうになります。
しかし、GPI-ANCHORを持つタンパク質というのはたくさんあって、GPL-D1が切ることのできる候補は100種類以上あるんです。
すべてを一個一個調べるのには多すぎるので、その中のどれが老化による脳機能の低下に関係しているのか、何らかの方法で検討をつける必要があります。
そのために、老化によって量が増えるものに焦点を当てることにしました。
なぜそう考えたのかですが、まずGPL-D1が働いて、老化によって悪化した脳の機能が改善するということだったわけですね。
そうなると、GPL-D1の標的は、老化によって増えるタンパク質ではないかと考えることができるんです。
老化によってあるタンパク質の量が増える。このタンパク質には脳の働きを悪くする作用があって、それで老化によって脳の機能が悪くなるんだけど、運動してGPL-D1が増えると、GPL-D1がこのタンパク質の働きを減らすので脳の機能が改善する。
こういうふうに考えると辻褄が合うんです。
それで、100種類以上ある候補のタンパク質について、老化によって量がどのように変化しているのかを調べました。
そうしたら、年をとると増えているものが11個あったんです。
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その中でも、TNAPというタンパク質が特に増えていたので、このタンパク質に注目することにしました。
結果としてはこれが当たりで、この先TNAPが老化による記憶力低下に関わっていることを示していってます。
長くなるので、分かったことを結論だけまとめます。
まずTNAPは脳の血管内秘細胞に存在していて、老化するとこれが増えます。
TNAPが増えると血液脳幹紋の機能が悪くなります。
これによって記憶が悪化するという仕組みが示唆されました。
だからTNAPは老化に応じて脳機能を悪化させているということになります。
これに対してGPLD-1は脳の機能を守ります。
まず運動をすると肝臓で作られるGPLD-1の量が血管内で増えます。
GPLD-1にはTNAPのアンカーを切断する作用があります。
アンカーが切断されるとTNAPは血管内秘細胞から離れますから血管内秘細胞のTNAPが減ります。
これによって血液脳幹紋の機能が守られて認知機能が改善する。
このようなことが結果として示されていました。
繰り返すとTNAPは認知機能の低下を起こしていて、運動するとTNAPの働きを止めるGPLD-1が増えるので、運動によって認知機能が改善するというモデルになります。
そうであれば、例えば薬でTNAPの働きを抑制すれば、老化による認知機能の低下が改善することが期待できます。
すでにTNAPの疎外薬というのは知られていたんですね。
それでこの疎外薬をマウスの餌に混ぜて投与してみました。
そうしたら老齢マウスの記憶力が改善したんです。
これは記憶の低下を治療するという視点から期待を持たせる結果といえます。
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それから人間の場合は、自然な老化による認知能力の低下に加えて、病気による認知機能の低下というのがあります。
その代表例がアルザイマ病なんですが、アルザイマ病による認知機能の低下を治療できれば、これは素晴らしいことなわけです。
この論文では最後にマウスのアルザイマ病モデルを使った実験もしています。
人ではアルザイマ病を起こす遺伝子変異がいくつか知られているんですが、この変異を何個もマウスに導入したモデルマウスがいて、このマウスでは若いうちから記憶力が低下します。
このマウスを使って調べたところ、アルザイマ病モデルマウスでは普通のマウスと比べて若いうちからティーナップが増えていることがわかりました。
さらにGPLD-1を増やしたり、ティーナップの疎外薬を投与したりすると、記憶の低下が改善していたんです。
ですからマウスの結果ではあるんですが、アルザイマ病モデルでの認知機能の低下にもティーナップが関与していて、ティーナップの働きを抑制することで治療できる可能性が示されたということになります。
というわけで、今回の研究では運動によって肝臓から放出される特定のタンパク質、GPLD-1の作用を明らかにしています。
運動したときに血液中に出てきて老化の影響を改善する因子というのは他にも知られているんですね。
そういった因子の一つを突き止めて、それが働く仕組みを明らかにしたわけです。
ですから、なぜ運動は脳にいいのかという問題について、その仕組みの一つを明らかにした研究ということになります。
また、この過程でティーナップというタンパク質による血液脳幹紋の機能の悪化が認知機能の悪化に関わることを明らかにしました。
さらにティーナップの疎外薬を用いた実験を単純な老化だけではなくて、アルツアイマ病のモデルでも行いました。
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これによって、認知機能改善のための治療ターゲットの一つの候補を提示したという点でも意義のある研究でした。
じゃあ今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
最後までお付き合いありがとうございました。