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このエピソードでは、自殺や鬱病についての話題が含まれます。 一部の方には負担かもしれません。ご注意ください。
また、支援が必要な方のために、相談窓口へのリンクもショーノートに記載しておきました。 では、この後、本編です。
2019年7月、高校を卒業したばかりのワイヤット・ブラムウェルは、自らの胸を拳銃で撃ち抜き死亡しました。
アメリカ・ミズーリ州に生まれたワイヤットは、ハンサムで明るく優しい少年でした。 運動神経に恵まれたワイヤットは、小学生の頃から
アメリカンフットボールを始め、ユースリーグで厳しい練習を続け、高校では地元のスタープレーヤーとなっていました。
スポーツだけでなく、学業も優秀で、学内で最高レベルの成績を収めて、卒業後はミズーリ大学の工学部への入学が決定していました。
ミズーリ大学は歴史のある名門州立大学ですし、そのアメフト部は全米最高峰のリーグに属する強豪チームです。
ワイヤットは誰の目から見ても明るい未来を持つ青年でした。 しかし高校卒業直後、もう親の援助はいらないと告げ、家を出て行きます。
その2ヶ月後、身を寄せていた知人宅からすぐ戻ると言って出ると人気のない場所に向かいました。
そしてスマホで遺書となる動画を撮影した後、自ら命を断ちました。 その動画の中でワイヤットは長い間鬱状態にあったこと、
おそらく高校1年生の頃から続いていたことを打ち明けていました。 また思考が止まらず声が聞こえていたとも語っています。
自分の頭はかなりおかしくなっていて傷ついていると述べ、 ずっと隠してきたけど年を追うごとに悪化していると話していました。
さらにはフットボールで頭にたくさんの衝撃を受けた。 もしかしたら脳の損傷が原因だったのかもしれないと言い、
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自身の脳を研究のために寄贈することを希望しました。 頭でなく胸を銃で撃ち抜いたのはこのためだと理解した良心は、
ワイヤットの希望通り、脳障害に関する研究センターがある ボストン大学へと検体しました。
それから1年後、良心はボストン大学のアン・マキーから診断の結果を聞かされます。 ワイヤットには慢性外症性脳症の所見が確認されたということでした。
慢性外症性脳症は、英語ではChronic Traumatic Encephalopathy、CTEと呼ばれ、
繰り返される頭部への衝撃によって生じる、進行性の神経変性疾患です。 アメリカンフットボールやボクシング、サッカーなど頭部への衝撃のあるスポーツの選手や
大役軍人、家庭内暴力の被害者らに見られます。 CTEの特徴は、一度の重大事故で起こる病気ではないという点です。
診断されるような重度の脳震盪がなくても、これらのコンタクトスポーツでは日常的に頭部への衝撃が加わります。
そしてそれは、練習だけでも年に数千回になるわけです。
このような比較的軽い衝撃が何度も積み重なることで、脳に少しずつ変化が蓄積していくと考えられています。
CTEの症状は多岐にわたります。 記憶力や注意力の低下、
感情のコントロールの障害、抑鬱、そして自殺などが報告されています。 しかしこれらの症状は他の理由でも起こり得るため、症状でCTEと診断することは困難です。
この病気を特徴付ける最も重要な病理学的初見が、リン酸化タウと呼ばれる異常なタンパク質の蓄積です。
タウは本来神経細胞内で機能を持つタンパク質なんですが、異常にリン酸化されると凝集して細胞の機能を損ないます。
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アルツァイマ病でもこのリン酸化タウの蓄積が見られるんですが、CTEでは特に脳のシワの奥の部分で見られます。
このことから、このリン酸化タウが脳内に蓄積していることをもって、CTEの確定診断としています。
リン酸化タウの蓄積は、死後の脳の病理検査でしか確認できないので、今のところこの病気の診断は死後にしか行うことができません。
繰り返される脳の衝撃によって、脳の中でどのような変化が起きているのかは謎に包まれていました。
生前には診断がつかない疾患である以上、頭部への衝撃からリン酸化タウの蓄積が起こるまでの過程を知ることは容易ではないためです。
いくつかの研究で、リン酸化タウの蓄積がなくても同様の症状があるケースとか、タウ以外の異常が報告されているので、タウのみではこの病気が説明できない可能性も浮かんでいます。
コンタクトスポーツによって脳がどのように変化していくのかを解明することは、若いアスリートのリスクを理解し、将来的な予防法・治療法を開発するために重要です。
しかし、脳のサンプルが限られていることもあり、若年者でどのように脳内の細胞が変化していくのかを体系的に解析した研究は、これまでありませんでした。
今日は先ほどの研究センターが行った、若いアスリートの脳を細胞レベルで解析した研究を紹介します。
ポッドサイエンティストへようこそ、サトシです。
今日紹介するのは、ボストン大学のモーガンバトラーによる研究で、2025年7月にネイチャーに発表されたものです。
この研究では、20歳から51歳までの28人の人の死後脳を解析しています。
8人は、頭への外傷が特になかった人たちで、コントロール・対象群となります。
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それから、コンタクト・スポーツをしていて、繰り返しの頭部衝撃があって、CTEだと診断された人、つまり、リン酸化タウの蓄積が見られた人が11人です。
さらに9人は、スポーツをしていて、繰り返しの衝撃はあったんだけど、タウの蓄積は見られなかった人たちです。
CTEの診断基準は、リン酸化タウの蓄積が見られるかどうかなので、これら3つのグループを比較することで、繰り返し頭部衝撃の影響とタウの蓄積の影響がそれぞれどのようなものなのかを分けて理解することができます。
解析の内容ですが、脳の細胞をバラバラにして、それぞれの細胞について、網羅的に遺伝子の発現を解析しています。
SNRNA-Seqと呼ばれる解析方法なんですが、これによって細胞の種類ごとにどのような遺伝子が働いているのかがわかるので、条件の違いで細胞の性質がどのように変化しているのかがわかります。
つまり、脳の中には、情報処理をする神経細胞、免疫の働きを持つミクログリア、それから血管の細胞など、何種類かの細胞があるんですけれども、それぞれが頭部衝撃とかタウの蓄積でどのように性質が変わっているのかがわかるということになります。
さらに従来型の細胞の染色などの実験もして、遺伝子解析の結果を確認するということもしています。
では、結果です。
頭部への衝撃があった人では、神経細胞、ミクログリア、血管細胞、それぞれに異常が見られたんですが、注目すべきことに、CTEであってもなくてもこのような異常が見られました。
つまり、リン酸かタウの蓄積があるかどうかに関わらず、頭部の衝撃が脳に異常をもたらすということになります。
もう少し詳しくそれぞれの細胞を見ていきます。
まずミクログリアですが、これは通常脳内の免疫に働いていて、脳の細胞を守る作用を持っている細胞です。
しかし、ミクログリアには働きの違ういくつかの状態があります。
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そのうちの炎症に反応する炎症性ミクログリアは、炎症が慢性化すると神経障害を助長することがあります。
解析の結果、対象群の脳では炎症性ミクログリアは少なかったのですが、
頭部への衝撃があった人の脳では、CTEでもそうでなくても炎症性ミクログリアが増えているということがわかりました。
この結果から、頭部への衝撃のあった人では炎症反応が高まっている可能性があると言えます。
また、頭部衝撃群では脳の血管細胞の異常も見られました。
通常は、脳の血管から脳の中への物の出入りというのは制限されていて、
この機能を血液脳関門と言いますが、脳の血管細胞がこの役割を果たしています。
血管細胞に異常があったので、頭部への反復的な衝撃によって血管細胞に障害が生じて、
その結果、血液脳関門の機能が乱れる可能性があるとヒッシャラは説明していました。
そうすると、本来は入ってくるべきでないものが脳の中に流入して、それで炎症が起きている可能性を指摘していました。
これが、炎症性ミクログリアの増加を起こしているという考えです。
さらに、神経細胞ですが、CTEの重症例では、たくさんの神経細胞が死んでなくなっているということがわかっていたのです。
今回の結果では、比較的若いアスリートで、CTEと診断されたかどうかに関わらず、神経細胞の減少が見られました。
特に脳のシワの奥の部分にある細胞で、対象群と比較して50%以上神経細胞の数が減っていたのです。
しかも神経細胞減少の程度と、アメフトなどの競技を行っていた年数とに相関が見られていて、頭部衝撃との関係が強く示唆されました。
脳のシワの部分というのは、衝撃によって脳が動いたときに圧力がかかる場所と考えることができて、それで特にこの場所で神経細胞の障害が見られるのではないかということになります。
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また、大脳の神経細胞は相構造をしているのですが、特に第2相、第3相の神経細胞が減少していたのです。
この相の神経細胞は、過去の研究で鬱症状との関係が示唆されていて、この点でも注目される結果です。
以上の結果から、頭部衝撃を繰り返したアスリートの脳内では、血管の異常、炎症性ミクログリアの増加、そして神経細胞の脱落が起きていることがわかりました。
しかもこれは、CTEの診断基準であるリン酸化タウの蓄積があるかどうかに関わらず観察されました。
ですから、タウの蓄積がCTEの原因であるというよりも、タウの蓄積は脳内の異常の結果現れる二次的な所見であって、頭部衝撃の蓄積こそが脳に直接ダメージを与えているという可能性が示されたわけです。
今回の研究は、初期段階の細胞レベルの病態を示したことで、若いアスリートに見られる認知症状、精神症状のメカニズムの解明に一歩前進させるものです。
特にリン酸化タウが現れなくても、脳内では異常が起きていることを明確に示しています。
また血管細胞とミクログリアに異常が見られるということが明らかになりましたから、これらがCTEの予防・治療へのターゲットとなる可能性も示しているといえます。
しかし同時にこの研究は、従来のCTEの基準に当てはまらない人でも、脳の中では異常が蓄積しているということを示していて、頭部衝撃を伴うスポーツの危険性を明確にしています。
この研究センターに検体されるのは、何らかの異常が見られたアスリートが多いので、コンタクトスポーツをしている全ての人に当てはまる結果というわけではないんですが、脳震盪を伴うような極端な衝撃の経験がないアスリートでも、
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通常の試合とか練習で起こるレベルの衝撃で認知症状、精神症状が起きるということは、これまでにも報告されています。また、脳自体が揺れることが衝撃となるので、ヘルメットの改良などの対策の効果も限定的なんです。
さらに、脳の障害はアメリカンフットボールだけの問題ではなくて、ボクシングやレスリングのような格闘技はもちろん、ラグビー、アイスホッケー、頭でボールを扱うサッカーでも見られるものです。
しかし、頭部への衝撃による脳障害を予防する方法が確立していないわけですから、これらのスポーツが継続する限り、一定数脳の損傷による死を生み出すことは避けられません。
コンタクトスポーツは巨大な産業として成立していますが、娯楽として、そしてビジネスとして、その利益の多くを、生命のリスクを直接負わない立場の人々が享受しています。
今回の研究は、この構造の倫理的妥当性を問うものとも言えます。
そしてさらに問題なのが未成年です。冒頭のワイヤット・ブラムウェルのケースは一人のことなので、彼の自殺がCTEと直接関係あったかはわかりません。
しかしリスクがあるのは確かであって、まだ危険性を理解して同意する年齢にない多くの未成年が、このようなリスクの高いスポーツに参加しています。
ワイヤット・ブラムウェルの死について公にしたのは、彼の両親です。そしてそれは、突然起こりうる悲劇について多くの親に知ってもらいたいという思いからでした。
じゃあ今日はこの辺で終わりにしたいと思います。最後までお付き合いありがとうございました。