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あの、痛みに悩む人っていうのは、実は非常にたくさんいるんですね。 腰痛、神経痛、がんの痛み、原因のはっきりしない慢性的な痛みなど、世界全体で見ると人口の約3割が、何らかの継続する痛み、慢性頭痛を抱えているとも言われています。
痛みの治療には、いくつかの薬があります。 ロキソニンやイブプロフェンみたいな非ステロイド性抗炎症薬がよく痛み止めとして使われるんですが、これらでは抑えられない痛みに使われるのが麻薬性鎮痛薬です。
モルヒネがその代表例で、オピオイド重要体と呼ばれるタンパク質に結合して、非常に強い鎮痛作用を示します。 モルヒネは手術やがんでの痛みに使われていて、今でも医療の現場ではなくてはならない重要な薬です。
しかし、モルヒネを含め麻薬性鎮痛薬には大きな問題があります。
依存性があり耐性があって、量が多すぎると呼吸が抑制されるっていう副作用です。
つまり、医療での管理から外れてしまった時には依存性があるので使い続けますし、耐性ができると同じ効果を得るための量が増え、最悪の場合オーバードースで呼吸停止に至ることになるんです。
ですから鎮痛効果はあるのに、耐性も依存性もない薬っていうのが長年望まれてきました。
実は過去にそれに近い薬ができたって信じられたことがあったんですね。
それが1990年代にアメリカで発売されたオキシコドンです。
当初はモルヒネなどと違って依存性が低いとされ、様々な痛みに広く処方されたんです。
しかし実際には依存性は高く、処方された多くの人がこの薬に依存することになります。
これがアメリカでは深刻な社会問題となって、やがて高価な処方薬から違法に流通するヘロインやフェンタニルへと移行し、事態はさらに悪化していったんです。
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現在アメリカでは毎年10万人規模での薬のオーバードースによる死亡が報告されていて、依存を抱える人も100万人を超えると推定されています。
ただし通常医師の指示のもと使用している限りはそこまでのリスクはないんですが、それでも麻薬性鎮痛薬は諸派の剣であって、もし副作用のない麻薬が開発されれば公衆衛生面での利益は測り知れないということになります。
ではそもそも痛みとは何なんでしょうか。
痛みには大きく分けて二つの側面があります。
一つは物理的な感覚としての痛み、痛いっていう感覚です。
もう一つはその感覚を嫌だ、辛いと体験する否定的な感情としての痛みです。
例えば熱いものに触れたときに私たちはすぐ手を引っ込めます。
これは感覚としての痛みによるものです。
しかしその痛みを不快だ、苦しいと感じるかどうかはまた別の話で、実はこの二つは脳の中では分けて処理されていると考えられています。
医療上問題になるのは後者、感情としての痛み、あるいは常動的な痛みと呼ばれるものになります。
この感情としての痛みに深く関わっている脳の部位が全体上皮質、ACCと呼ばれる場所です。
その根拠ですが、まず人のファンクショナルMRI解析によって、主観的な痛みの不快さがACCの活動と強く相関するということが報告されています。
さらに50年以上前のことですが、非常に重症で治療できない慢性頭痛患者に対してACCを切除する手術が行われたことがありました。
この手術を受けた患者は痛み刺激を感じることはできるのに痛みに苦しまなくなる。つまり刺激から感情としての痛みが切り離されることが知られているんです。
ただし、これについては症例数が少なく脳を切除するという極端で不可逆的な介入なので、詳しい仕組みまではまだわかっていませんでした。
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また、マウスなど動物実験でもACCが痛みに働くことが示されていて、慢性頭痛ではACCの神経の働きに異常が見られることもわかっています。
でも、マウスみたいな動物を使って感情としての痛みを調べるのは難しいんですね。
人なら苦しいと伝えることができるので、快不快がわかるんですけど、マウスはそれができないので感情として感じているのか、それとも反射として行動を変えているのかの区別が難しいんです。
それで、従来のマウスの多くの研究では、感覚としての痛みと情動的な痛みを切り分けて評価できていなかったんです。
今日は、この点を解析する方法を確立して、感情としての痛みに関わる神経細胞を特定した研究を紹介します。
ホットサイエンティストへようこそ。サトシです。
今日紹介するのは、ペンシルバニア大学のコリナ・オズウェルラによる研究で、2026年1月のNatureに発表されたものです。
さて、マウスでの痛みの解析ですが、これまでの動物実験では、熱や痛み物質を加えて逃げるかどうかを見るっていうのが主流でした。
しかし、それでは、ただ感覚として感じているのか、痛さで苦しんでいるのかが区別できません。
そこで、感情としての痛みを計測するために、筆者らは非常に手の込んだ手法を確立しています。
まず、マウスの行動を長時間にわたってビデオで録画するんですが、対象となるのが3種類のマウスです。
何も処置していないマウス、足に痛み物質を注射したマウス、神経を傷つけて足に慢性的な痛みを起こしたマウスになります。
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このビデオ映像をAIで解析して、その時撮っている行動を分類します。
ですから、静止、歩行、立ち上がり、毛づくろい、足を舐める、といった具合です。
これで、いつどの行動を撮っていたっていうのが情報として得られて、今度はそれを統計的に解析していくんですが、特に重要になるのが足を舐めるっていう行動です。
古くからゲート制御理論っていう考え方があるんですね。
これは、痛いところをさすったり舐めたりすると触覚の神経が働いて、代わりに痛みを伝えるっていう働きが脊椎レベルで抑えられるっていうものなんです。
ですから、辛いから舐める、舐めると少し楽になるっていうフィードバックがあるっていう考えです。
なので、足を舐めるっていう行動は不快さによって起こると想像できるわけなんですね。
でも、この研究では単純に舐めているかどうかを見ていくわけではないんです。
痛くてもずっと舐めているわけではないですから、注目したいのはあくまでも痛いっていう状態なんです。
それで、マウスの行動を時間で区切って状態として解析するっていうことをしてます。
先ほど挙げた足を舐めるとか静止するとか歩行するっていう状態がどのような頻度で出るかで状態を分類していったんです。
特に足舐めがよく出る時間帯、そのよく出る状態を痛がっている状態と呼ぶことにしました。
この時点ではそれが本当に痛がっている状態かわからないんですけれども、次に痛みを与えた時にこの定義した痛み状態が増えるかどうかを見ていて、実際に増えていたんです。
さらに痛みを和らげる作用のあるモルヒネを注射すると、その状態の時間が減っているっていうことがはっきり示されました。
これでもって、この痛み状態と定義したものが感情としての痛みを表していると考えることができます。
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さらに別の実験でモルヒネを投与した時でも感覚としての痛みは感じられるということを確認しています。
それでも痛み状態の時間は減っているわけなので、モルヒネは主に感情としての痛みを減らしているということになります。
というわけで、ここまでで行動を記録してそれを自動解析すれば、マウスの痛みの状態を知ることができるということになったわけです。
これでマウスが感情としての痛みを感じる仕組みを調べていく土台が整いました。
次に筆者たちは脳のどこがこの痛みの状態を作っているのかを調べます。
このために注目したのが全体上皮質、ACCです。
まず最初に、ACCの中に痛みに特に反応する小さな領域があるということがわかりました。
しかも、ここにある神経細胞はモルヒネの標的であるオピオイド充合体を持っていたんです。
だからこの領域にある神経細胞はモルヒネの標的になり得るということになります。
さらに、この受容体が働かないマウスというのも調べていて、そういったマウスではモルヒネによる鎮痛効果が低下するということも示していました。
ですから、痛み、そしてモルヒネによる鎮痛はこの領域の神経細胞群と関係がありそうだということがわかったわけです。
さらに次は神経細胞の活動を直接記録する実験を行っています。
神経が活動すると光るタンパク質があるので、それをこの領域の細胞にまず作らせます。
そして小さな顕微鏡を頭に埋め込んで、自由に動いているマウスで神経の活動を記録しました。
するとまず神経の活動から痛みの状態を識別できるということがわかったんです。
つまり、痛み状態にあるマウスとそうでないマウスでは活動している神経細胞が違っていて、痛い時にはこの神経が活動しているみたいな脳の領域の状態があるということがわかったんです。
しかも痛い時に反応する神経は痛みの種類が違っても、あるいは痛みではなくて苦みみたいな別の嫌なものを与えた時でも共通して反応している割合が比較的高いということがわかりました。
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つまり、嫌なものを与えた時にはACCの状態が似ていたということなんです。
でも甘みとか心地いい刺激にはこれらの神経はあんまり反応してなかったんですね。
ということは、この領域にある神経細胞は単に痛いということだけではなくて、快・不快、良いか悪いかを勝ちづけしていると考えられるわけなんです。
ですから、痛みによる不快というのもこの一つであって、痛いという刺激がある時には脳のこの部分が不快を表現する状態になるということがわかったということになります。
さらにこの領域の神経活動は足舐め行動の起こりやすさと強く相関しているということもわかりました。
ただし、直接舐めろって指令を出している神経というわけではなくて、この部位が痛み状態そのものを表現していて、その結果として足舐めが引き起こされる、そういう関係だと解釈できるということだったんです。
かなり複雑な実験をしていてややこしかったんですけれども、ここまでの結果からわかったことをまとめます。
まず、ACCの特定の神経細胞群が感情としての痛みを表現しているということがわかりました。
痛みをもたらす刺激があると、この部位の神経の活動が変化して、それが不快を表しているということなんです。
さらにモルヒネはそれを抑制するということがわかったんですね。
だからこの不快というのの表現を抑えることで、痛みによる苦痛を和らげているという仕組みが創造されるということになります。
じゃあ、このACCの神経細胞だけを抑えたらどうなるでしょうか。
モルヒネはこのACCの神経を抑制しているわけなんですが、薬として投与すると全身に作用するので依存性があるということなんです。
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なので、もしこの感情としての痛みに関わる部分だけを抑えたら、モルヒネみたいな副作用なしに苦痛を取り除くことができるのではないかということになります。
これをするために使われたのがドレッドという改造タンパク質です。
ドレッドは受容体なんですが、体の中にある物質には反応しないように改変されたものなんですね。
人工薬物であるDCZというのを投与したときだけ、このドレッドが働いて、ドレッドのある神経細胞の働きを抑制するというものになります。
この人工受容体ドレッドをACCにあるモルヒネの標的の神経細胞だけに作らせたんです。
そうすると、DCZを投与したときに、このACCの神経の活動が抑えられるという仕組みになります。
繰り返しですけれども、モルヒネを投与したときは、モルヒネの受容体というのは脳のいろいろな場所にあるから、いろいろな部位にモルヒネが作用するわけなんですけれども、
DCZの場合はドレッドがACCの特定の神経だけで作られるようにしているから、この神経だけが抑制されるということになります。
このドレッドマウスに痛みを与えてみました。
そうすると、DCZを投与したときに痛み状態が減っていました。
つまり、足舐めみたいな痛み関係の行動が減少していたんです。
しかも、この効果は繰り返しても弱まりませんでした。
少なくとも、実験期間中には耐性が起きなかったんです。
では、依存性はどうでしょうか。
依存は報酬性があるときに起きやすくなります。
つまり、その物質が好ましいという感覚を引き起こすから依存が起こりやすくなるというわけです。
なので、この神経が抑制されることをマウスは好きかどうかというのを調べたいわけなんですけれども、
実験としては、今度は別の遺伝的な仕掛けを作って、マウスにこの神経を抑制するか選べるようにしました。
具体的には、マウスは場所を選べるようになっていて、
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こちらの部屋に行けばスイッチが入って、その結果この神経を抑制する刺激が脳内でオンになるという感じです。
もしこの刺激が好きであれば、神経が抑制される部屋に移動していくはずです。
でも結果はそうではなかったんです。
ですから、この神経が抑制されること自体は報酬にはならないということになって、
だから依存性はなさそうだということになります。
ちなみに慢性的に痛みがあるときにも、これと同じ実験もやっていました。
この場合は、マウスはこの神経が抑制される部屋に行ったんですね。
この部屋に行けば、痛みの辛さを起こす神経を抑制しているわけですから、
辛さが減るのでこの部屋を選んでいたと考えることができます。
今回の研究では非常に手の込んだ仕組みを作って複雑な解析をしているんですけれども、今回の結果をまとめます。
まず、マウスで痛み状態を測定する方法を作りました。
それを使って、ACCという領域の中に感情的な痛みに関わる神経細胞群を見つけました。
そこがモルヒネの標的になっていることを示したということになります。
さらに、この神経だけを抑えると、少なくとも今回の条件では、耐性とか依存性を伴わずに痛みによる苦しみを和らげるということがわかったということになります。
麻薬性鎮痛薬は非常に重要な薬なんですが、耐性と依存性が問題だったわけです。
今回の研究は、標的を絞れば副作用を抑えながら、痛みによる苦しみを減らせる可能性を示していると言えます。
ただ、ここで行っているマウスの実験では、遺伝子の改変によって標的を絞った作用を起こしているんですね。
人間ではこんなことをするのはかなり難しいので、これがすぐに神経の治療法の開発につながるわけではありません。
でも、どこを狙えばいいかがはっきりしたということは大きな前進と言えます。
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次は、どのようにしてこの神経を人で抑制するのかが課題となります。
今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
最後までお付き合いありがとうございました。