2022-04-14 05:21

ザ・ドリフターズVSコント55号(4)徹底したネタとセット作り

お笑い界の頂点に君臨したザ・ドリフターズですが、実は苦しい時代もありました。ドリフの前に立ちはだかったのは「コント55号」。〝視聴率100%男〟の欽ちゃんの快進撃を前に、いかりや長介さんも勝負を諦めていたといいます。テレビ黄金時代、ゴールデンタイムで熾烈な視聴率戦争を繰り広げた昭和のライバル物語です。

平成16年2月に産経新聞に掲載された記事を基に再構成しました。

 

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ザ・ドリフターズVSコント55号の物語
競うライバル物語〈ザ・ドリフターズVSコント55号〉
ライバル物語
ドリフターズVSコント55号
ナビゲーターは、私、内田健介でお届けします。
徹底したネタとセット作り
頂点のドリフ、挑む金ちゃん
新たにスタートした8時台を全員集合で
ザ・ドリフターズと番組スタッフは、作り込まれたコントを目指した。
目標は、丸一日かけて番組ディレクターや作家などと
翌週のコントのネタ作り。
作家が書き上げた台本が、そのまま通ったことは一度もない。
どこが面白いの?これ。
唇を切るのは多くの場合、碇谷聡介だった。
誰かが新しいネタを提案するまで、沈黙が続く。
おも苦しい雰囲気の会議は、ほぼ毎回、深夜まで続いた。
番組制作に13年間携わった古谷昭菜は、
僕の中では全員集合は、イベントを仕掛けてそれをテレビ中継する。
会場に詰めかけた2000人を笑わせよう。
そうすれば、ブラウン管の向こうでも笑いが起きているはずだと。
そのためのネタ作りは、徹底してやったと語る。
金曜は翌日のリハーサル。
土曜も本番ギリギリまで稽古を続けた。
それでも視聴率は10%台。
コント55号はまだ遠く離れたところにいた。
メンバーの個人活動
全員集合の初代プロデューサーだった、
いづくりよしみは、一つの仕掛けを用意する。
当時、TBSの人気ドラムだった柔道一直線、
サインはV、キーハンターの出演者に、
3週にわたってゲスト出演してもらうという試みだった。
残りの1週は普段通り歌手のゲスト。
これで視聴率が下がるなら、
全員集合はそれまでの番組だ。
悲壮な決意で挑んだが、
視聴率は4週とも20%台を獲得した。
いづくりは、作り方が間違っていなかったと自信を深め、
番組開始の1年間、
視聴率が50%を超えるまでに成功した。
頂点を極めた2つのグループ。
しかし、コント55号は、
40年代後半になると息切れし始めた。
全員集合と同じ時間枠だったコント55号の
世界は笑うわ、
45年3月で初代プロデューサーだった。
世界は笑うわ、
世界は笑うわ、
世界は笑うわ、
45年3月で打ち切り。
萩本錦一は46年にスター誕生で、
初めて一人で司会にチャレンジし、
一方の坂上二郎はテレビドラマへの出演など、
俳優や歌手としての歩みをスタートした。
個人活動を始めた萩本と、
後にテレビ朝日で仕事をした人杉武夫は、
金ちゃんは家庭向け番組の司会などをしながら、
茶の間のテレビがどういうポジションにあるのか、
改めて考えていたのではないか。
金ちゃんの番組では本和化した笑いを作り、
下ネタは絶対にやらなかったと語る。
その萩本は50年4月にスタートした
金ちゃんのドンとやってみように勝負をかける。
AMラジオの日本放送で萩本がやっていた
視聴者から送られてくるギャグのハガキを読む番組を
テレビに持ち込みたいと、
世界は笑うの時のプロデューサー戸北久彦に持ちかけ、
そのまま番組化された。
放送時間は全員集合と重なる
土曜7時半から9時だった。
お相手は内田健介がお送りしました。
05:21

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