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3歳児にハッとさせられた、親の敷く見えないレール #30
2026-06-08 11:51

3歳児にハッとさせられた、親の敷く見えないレール #30

ティーチャーティーチャーで親御さん向けのペアレンツプログラムの講師をしているkumiが日々の気づきをシェアしていく番組。


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保護者サポート歴7年 / スクールソーシャルワーカー / 社会福祉士 / 福岡在住3児のママ


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サマリー

本エピソードでは、3歳の息子さんとのやり取りから、親が知らず知らずのうちに子供に「正解」のレールを敷いてしまっていることへの気づきが語られます。子供が「正解がないのがいい」と言ったことに衝撃を受けた話し手は、子供の豊かな感性や自主性を育むためには、大人が用意したレールから一歩引いて、子供が自由に発想できる「正解のない世界」を大切にする時間を作ることの重要性を説きます。親の愛情ゆえの先回りが子供の輝きを曇らせる可能性に言及しつつ、親としての葛藤と、子供の個性を尊重する子育てのバランスについて考察します。

はじめに:保育園の荷物運びとハッとした出来事
この番組は、ティーチャーティーチャーで、親御さん向けのペアレンツプログラムの講師をしているKUMIが、日々の気づきをシェアしていく番組です。
はい、みなさんこんにちは。ペアレントークパーソナリティーのKUMIです。
最近少しずつ暖かくなってきて、いや、もはや暑いですね。
福岡は梅雨に入っております。
まあ、とはいえ朝はまだ少し涼しい状況ではあるので、我が家のポンちゃんは今、自分の荷物をちゃんと持って保育園に行くっていうのを目標にして日々頑張ってるんですけど、
その自分の荷物を持って保育園に行くっていうチャレンジをしている最中に、ハッとする出来事があったので、
今日はそのハッとした出来事から考えたことっていうのを皆さんにお伝えしたいなと思っております。
いつもお話ししているような子育てのテクニックとか理論のお話はちょっと一旦横に置いておいて、
今日は私なりに感じたことと気づいたことと、どういう風にそれを解釈していこうかなっていう話をお話ししたいなと思っています。
今日お話しする内容は、多分私だけじゃなくて皆さんもハッとさせられることなんじゃないかなって思うし、
でもそれに気づいた時に焦る必要はないよなっていうのが結論で、そこと付き合っていきたいなっていうお話です。
なので気楽な気持ちで聞いていただけたら嬉しいです。
3歳児の言葉「正解がないのがいい」
ということでどんなことがあったかと言いますと、保育園まで自分の荷物を持って行くよっていうチャレンジを今彼は頑張ってるんですけど、
やっぱり慣れないことなので重たいんですよね。
重たいって言っても大したもの入ってないんで全然軽いんですけど、
3歳児の子供にとっては大変なことかなと思いつつも今頑張ってるので応援してるんですけど、
歩きながらもう疲れたってなりますよね。
疲れたってなって、歩けないとかやっぱりなっちゃうんですよね。
そんな時にじゃあ楽しい歌歌おうって言うと、ぽんちゃんが歌を考えてくれてね歌ってくれるんですよ。
最初の曲に歌ったのが、お母さんがいい子になる歌っていう謎の歌を作って歌ってました。
そんな感じでルーティン化してきたので、またうんって疲れたってなった時に、
じゃあ歌歌おうよっていう流れになって、今度はお母さん歌ってよって言われたんですよね。
で、分かった。じゃあ働く車歌おうかって言ったんですよね。
そしたらぽんちゃんのその後に言った一言がめっちゃ私の胸にグサッと刺さったんですよ。
ぽんちゃんが何て言ったかというと、
お母さん、それって正解じゃんって言ったんですよ。
え?と思って、正解だったらダメなの?って聞き返したら、
そうだよ、正解がないのがいいって言ったんですよね。
三歳児の口から正解がないのがいいって、そんな言葉が出るとは思わなくて、
めっちゃびっくりして、なんかもう頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けました。
まあ彼が言いたかったのは、作られた歌じゃなくて、
それじゃ面白くないじゃんって創作してね、作った歌。
ぽんちゃんは最初、自分で作った歌を楽しそうに歌いながら言ってたので、そう思ってるんですよね。
だけど、私は、なんか歌うよってなったらやっぱり既存の歌を歌っちゃうし、
それでいいじゃんって思ってるんだけど、
三歳児から正解じゃないのがいいって言う言葉が、えーと思って、
私は正解を、なんか正解に囚われてるというか、
なんかこう、何て言うんですかね、知らず知らずのうちにレールを敷いてしまってるんだな自分はみたいな、
そんな気づきがあったんですよね。
もしかしたら共感してくださる方もいると思うんですけど、
親が子供にレールを敷いてしまう理由
なんか私たち親って、やっぱり子供の豊かな感性とか自主性を育てたいって思ってるし、
口でも私とかそんなこと言ってるし、
で、自分の頭で考えて行動できる子になってほしいって、
クリエイティブであってほしいみたいなことを考える人は結構多いと思うんですよね。
だけど、どうしても日常のやりとりの中で、
知らず知らずのうちに子供を大人が用意した正解のレールに乗せようとしちゃってるんじゃないかっていうことに気づいたんですよね。
で、多分今回の歌の例もそうなんですけど、
働く車の歌を歌えば、本人も好きな歌だし大好きな歌なんですね。
歌詞も決まってて正解があって、親としてもコントロールしやすいというか、
多分スムーズにその時間が流れる。
これだときっとうまくいくみたいなことも勝手に脳が考えてるんですよね。
でもポンちゃんが求めてたのは、そんな決まりきったレールの上を歩くことじゃなくて、
今この瞬間に自分が思いついたぐちゃぐちゃだけど、
歌詞もなんかよくわかんないけど新しくて正解のない世界を求めてたんだなって思って、
実はその真っ白な創作意欲とか自主性の目を、
大人の都合のいい子を正解で上書きして壊しちゃってる。
まあこれ言い過ぎかもしれないけど、そうなんじゃないかなっていうふうに思って、
ああ申し訳ないなっていう気持ちと、
なんでこうなっちゃうんだろうなっていう気持ちが出てきました。
で、なんで私たちがそうやって、
私たちというかね、私がそういうふうになってしまうのかっていうことをちょっと考えてみたときに、
やっぱ無意識に子供に正解を教えたいし、レールに乗せたがってしまう生き物。
親というのはそういう生き物なんだと思うんですよね。
それはコントロールしたいとかそういうものっていうよりかは、
やっぱり親にとっての不安とか子供を思う愛情がそうさせてるんじゃないかなって。
この子がこの世界を生きやすくするためには、この正解を知ってた方がうまくいくよねって。
そうすれば傷つくことも減るし、うまくこの世の中を渡っていけるよねっていうふうにやっぱり思ってて、
どうしても社会に出たらルールを守らなきゃいけないし、誰かを傷つけてはいけないし、
失敗したりして傷つくことがあるかもしれないけど、それは最低限でいてほしいし。
だから最短ルートで安全に効率よく正解にたどり着けるように、
どうしても先回りしてレールをきれいに敷いてあげたくなる。
それがもう親の愛そのものなんだと思うんですよね。
だからその社会のルールとか生きるためのスキルっていうある種正解だと言われているものを教えるっていうことも、
親としてはめちゃくちゃ大事だと思うんですよね。
だけど本人が自分を表現するための正解のない世界っていうのも同じぐらい大事。
どっちも大事だからこそ、このバランスをどうとっていったらいいんだろうっていうのを最近すごく考えているんですよね。
「正解のない世界」を作るための工夫
じゃあどうしたらいいからっていうのに、これもまた正解はない話なんだろうけど、
自分が敷いてしまうレールっていうのを完全にゼロにすることは無理だし、
しようとしなくてもいいと思うんですよね。
だって生活のルールっていうのは最低限やっぱ教えてあげないと本人が困るっていうのは事実なので、
ただ大事なのは、今私また先回りして正解のレールしようとしちゃってたなとか、
自分で気づける余白を心の中に持っていくことが大事なのかなと思いました。
気づくことさえできれば、そこでおっとと言って立ち止まって、
ごめんごめんそうだよねって、正解がない方が面白いよねって、
じゃあ今からママがもうすごい楽しい曲歌うからさ、ポンちゃん続き作ってよとか、
そういう風に切り替えていくとか、
今はもうクリエイティブな時間にしちゃえみたいな時間を作ってみるとかね、
結構私がやってたのは、ちょうどコロナの時にお家から出れないみたいな時期があった時に、
上のお兄ちゃんと真ん中の子をお家で見なきゃいけない時があったんですけど、
その時に新聞紙をとにかく好きなようにしようぜみたいな、
もう破ってもいいし、丸めて投げてもいいし、何かくっつけてもいいし、
折ってみてもいいし、なんか服みたいな作ってもいいしみたいな、
そんなクリエイティブな時間を作った時があるんですけど、
それはそれはもう楽しくて、どんなに散らかっても起こらないし、
一緒になって楽しむみたいな、
そんな時間を作った時にやっぱめちゃくちゃ心地よいし、
本当に何をしようが評価されない時間なんですよね。
あなたの作品がこんなにいいけどこっちは良くないとか、
これを作らなければならないとか、
ここにたどり着かなければいけないとか、
そんなものが全くない世界っていうのを、
作る時間を作るみたいなこと。
そこにね、子どものクリエイティブな世界に大人も一緒にダイブしていくみたいな、
そんな時間を作っていくことみたいなことが大事なのかなと思って、
でも日々の生活は生活として最低限で頑張らなきゃいけないところとか、
生活のスキルを身につけるみたいなことは頑張るし、
でも今はとにかくクリエイティブに行こうぜみたいな時間を大事にして、
その子どもの中にある正解がない世界に思いっきり浸る時間っていうのを、
大事にしていく必要があるんだなっていうふうに思いました。
やっぱりその親の敷いたレールからはみ出したところにこそ、
本当の子どもの輝きとかその子らしさっていうのがあると思うんですよね。
だからこれができるからあなたは素晴らしいとか、
ここまで頑張ったからあなたはいいとか、そういうことじゃなくて、
もうそこにいるだけであなたが素晴らしくて自由に思い描いていることこそが、
あなたの素敵なところなんだよっていうふうに伝えることもそうだし、
そんな時間を作る、子どもがそう思える時間を作ってあげるっていうのが、
やっぱ大事なんだなっていうふうに思いました。
リスナーへの問いかけと今後の子育て
皆さんはどうでしょうかね。
ちょっと個人的でありかつ、現在進行形の私の中の葛藤をお話しさせてもらったんですけど、
皆さんももし子どもさんとのやり取りの中で、
私今レール敷いちゃったなーってハッとした瞬間とか、
逆に子どもから出た言葉でハッとされた一言とか、
そんなものがあればまたお便りホームから送っていただければ嬉しいなと思います。
そんなこともありながら、子育て一緒に頑張っていきましょうね。
はい、ということで、本日も最後までお聞きいただきありがとうございました。
また次回の配信でお会いしましょう。
11:51

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