EP24 【対談】自分の中にある防衛パーツ(ゲスト:あざらしさん)
2026-06-30 39:01

EP24 【対談】自分の中にある防衛パーツ(ゲスト:あざらしさん)

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今回は野田徳子主催のコミュニティー「インナーコンパス」から、メンバーのあざらしさんをお招きして、あざらしさんがIFSを使い中がら毎日感じていらっしゃることなどをお聞きしました。

❤️  対談の中で出てきたIFSの本『「悪い私」はいない』はこちらから購入できます。
 私のIFS仲間(先輩ですが)が翻訳しています。

❤️  今回ゲストで来てくださった、あざらしさんのノートコムのページはこちら

https://note.com/ikuji_pukapuka
 

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■ note https://note.com/nodanori

 

【プロフィール】 野田徳子(Noriko Noda) ニュージーランド在住。総合診療科医、メンタルヘルスプラクティショナー。脳科学、ポリヴェーガル理論、内的家族システム(IFS)を使ったモダリティ「親も育つ子育て™︎」を提唱。

【注意事項】 ※このポッドキャストは教育・情報提供を目的としており、個別の医療診断や治療に代わるものではありません。

#脳科学 #親も育つ子育て

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サマリー

今回のエピソードでは、野田徳子氏が運営するコミュニティ「インナーコンパス」のメンバーであるあざらしさんをゲストに迎え、内的家族システム(IFS)の概念について語り合いました。あざらしさんは、IFSの本を読み進める中で、自身の中に「エグザイルパーツ」が存在することを発見し、それが子供の集団不適応という課題とどのように関連しているかを深く掘り下げました。対談では、パーツの悪循環ループ、怒りや罪悪感を感じるパーツ、そしてそれらのパーツが幼少期の経験とどのように結びついているのかが語られました。また、セルフ(本来の自己)との繋がりを深め、パーツの声に耳を傾けることの重要性や、それによってもたらされる変化についても話し合われました。

ゲスト紹介とIFSへの導入
こんにちは、親も育つ子育ての野田徳子です。 本日も、私の運営するコミュニティ、インナーコンパスから、メンバーのお一人をお招きして、対談したいと思います。
では、あざらしさん、お願いします。
あざらしさん、よろしくお願いします。あざらしです。
ちょっと自己紹介した方がいいですかね。
うん、じゃあ、お願いします。
5月からコミュニティに入らせていただいています。
私自身は、子供が2人いて、上の子が今ASDの診断を受けていて、下の子はまだ診断はしてないんですけど、2人とも集団に対して不安が強いという特性があって、
終始、自宅を行くと家庭学習をしている身で、ちょっとコミュニティで、私自身がもう少し自分自身のケアをしたいかなと思って入らせていただいています。
ありがとう。お子さんの年齢は何歳ぐらいでしたっけ。
上の子が今6歳で、小学校1年生。下の子が今3歳で年少ですね。
今日はコミュニティを通して、より深く学んでみたいと思って、IFSをテーマにした本を読んでみて、自分自身にエグザイルパーツがあったことが見えてきたということで、雑談をしてみようかなと思ってこちらに参加させていただきました。
お願いします。
浅瀬さんが最初にIFSを知ったのは、私がそういう話をしていたから、そこで知ったのかな。
そうですね。コミュニティを通して、やっぱり週に1回少しずつやってみて、自分の中にパーツがいるっていうのを徐々に実感してきて、それがあったからこそ多分この本がちょっと読みやすくなったかなと思うんですけど、
まだちょっと第1部までなんですけど、読めてるのが。
そうですね、それはIFSを作ったリチャード・シュワーレスが書いた本ですけど、もしよかったら題名とかも教えてください。
題名が悪い私はいないというので、内的家族システムモデルによる全体性の回復っていう本です。
IFSの悪循環ループと個人的な経験
これがそうですね、コミュニティにいるときにちょうどいろんなパーツが悪循環のループに入ってしまったときがあって、それをちょっと今少しずつそのパーツが抱えている重りをちょっと下ろせてきている状態で、まだちょっとパーツはいる感じはするんですけど、
そのパーツたちが守ってきているものがちょっと見えてきた感じがしました。
IFSで言うとそのパーツが重りを下ろすというよりは、たぶん新しいさんが経験されているのは、新しいさんがパーツに気がついて話を聞くようになったので、
一つIFSの、例えばIFSは心理療法なので、その療法のゴールにすることとしては、一つのパーツとか一つ二つのパーツが極端な大声を出さない。
自分の中でパーツがなくなることはないし、パーツはその本で言っているように悪いパーツはいないので、私たちはパーツにちゃんといてほしいし、彼らはいなくならないんだけれど、そのとき自分自身が自分のパーツの声を聞くことで、
パーツがギャーギャー言わなくてもよくなるというか、新しいさんのパーツなら新しいさんのセルフが聞いてあげることで、気がついてくれてるんだありがとうみたいな、そういうバランスが取れた感じ、たぶんそういう感じをちょっと経験されているのかも。
IFSの用語から言うと、かもしれないなと思って聞いてました。
ありがとうございます。
具体的に挙げると、この本で書いてある悪循環のループ、本当だなって思ったのが一個あって、この中だと過食症の人の例だったかな。
過食してしまうパーツがいて、過食するパーツに対してそんな過食したらダメだろって怒ってる批判のパーツがいて、その批判のパーツが強くなると今度、やっぱり自分は過食してしまうダメなやつなんだっていう自分を
罪悪感を感じるパーツがいて、またそれを紛らわすために過食するパーツっていうのがずっとループするっていう例文を読んで、一緒な状態に入ってたなっていうのがすごく感じたんですよね。
それがやっぱり息子がその集団に入れないっていう特性が、今ちょっとまだ不安が強くて入れないところで、学校とか医療とかとちょっと衝突というかぶち当たったところがあって、そこに対してやっぱりスムーズに入学してる子とか、
そういう保護者とかを見ると、やっぱり隣の芝生が青く見えすぎるというか、そういうところで、すごい頑張っててもやっぱり理解を得られなかったり、自分が思ってたようにスムーズに進まないこと自体が怒りに発展していって、怒りに発展していく一方でもっと上手い伝え方があるんじゃないかなとか、私のやり方が悪いのかなっていう自分を責めるパーツ、
自分の無力感を感じるパーツがいて、だけどそんなこと言ってるとやっぱり潰れちゃうから、周りのせいにしようみたいな、周りに対しても怒りみたいなのが出てきたりとかして、ずっとループしてるみたいな。やっぱり息子に関しては年中の頃から同じような感じで集団に馴染めなかったので、
そこをある程度許すじゃないけど、諦めるじゃないですけど、のんびりやっていきたいと思ってたパーツがいる一方で、集団に馴れさせるためには集団に入らないとって言われたときに、また頑張らなくちゃいけないのかっていうところで、
コントロールできない息子をまたコントロールしなくちゃいけないっていうところに、やっぱりおかしいなって思うパーツとか、今までこうやってうまくいってきたところ、またそういうやり方をするのかみたいな、また自分の中でも不安に思ってるから、やっぱりその方法するしかないのかなとか思ったりとか、すごい迷ってしまって、
結果、そうやっているうちに息子がまた完全に不登校な状態というか、外出もできない状態になってしまって、そういうのをまた目にしてるから、この家一人がスムーズにいけばこうならなかったのにっていう怒りとか、そういうのでずっとなってましたね。
パーツのトリガーと平和な状態の喪失
そうですよね。多分、これを聞いてらっしゃる方の中にもそういうことに、本当だなって気がつかれる方もいらっしゃるかなと思うんだけど、なんか、新しいさんの話を聞いていると、あるところではこう自分の中で内的システムがちょっと安定して、いやいやその生かせなきゃっていうパーツだけじゃなくて、いかなくても何とかなるんじゃないかっていうパーツと、折り合いが少しついてたというか、みんなの声を聞けたところに、また学校側から行かなきゃとか言われると、
またそれが別のパートがトリガーして、そっちの声が大きくなって、せっかく平和な感じになってたのに、またこうなっちゃうって感じですかね。
そうですね、そんな感じですね。なんかやっぱり、多分私自身も集団に生かせなきゃっていうパーツはやっぱりいて、だけどやっぱりそれをあんまり、なんだろうな、やってもうまくいかなかったっていうところが過去にあったので、
思いはしても、息子のペースを守らないと結局うまくいかないって思い続けて、なんとかセルフを保ってきたところがあったんですけど、やっぱり将来どうなるかとか、そういうのを言われちゃったりとか、
いろいろ、お母さんもっとこういうことをやったらいいとか、外に連れ出して運動させた方がいいっていうのを言われるたびに、わかってるよっていうパーツが、そんなのわかってるよみたいな、考えてないわけないじゃないかみたいなパーツが出てきたりとかして、かき乱される感じがやっぱりずっとあったなっていうのはありましたね。
他の人のパーツがアドバイスをくれて、反応しちゃいますよね、自分のパーツが。
なんかこの本を読んでて、逆になんでこんなに反応しちゃったのかなっていうのを考えたときに、やっぱり選択肢を奪われるというか、自分が選択できないっていうか、っていうところに対してすごく怒りのパーツがあって、
この本を読んでると、パーツって実は結構幼少期の頃のパーツだっていうのを書いてあって、本を読んでると10代以下のことが多いって書いてあったんですよね。
で、読んでいくうちに10代とか20代の人もいるんですけど、そこに傷つきの経験があって、その傷つきを守るために怒りのパーツがあるんだっていうことが、なるほどって思って、確かにちょっと怒り狂ってるときは、今の私じゃなさそうだなっていうのはすごく感じました。
幼少期の経験とパーツの形成
そうですね。以前にお話したときは、アザラシさん、そういう怒りとかはいつあったからありましたかって聞いたときには、そのときはまだアザラシさんは息子が何歳ぐらいになってからかなとか言ってたんだけど、
アザラシさんがおっしゃったように、IFSではエグザイル、追放者っていう自分のパーツたちが守ってるパーツがいて、それが生まれたのは、自分で意識してないかもしれないけど、結構本当に5歳とか6歳とか赤ちゃんのときとか、本当にすごくうまい。
で、そのときにパーツが生まれたから、パーツ自身も幼いといえば幼い、そこからずっと、例えば大人50歳60歳だったら、そこからもうその歳までずっとパーツが働き続けているってことがあるので、パーツたちも幼い頃からやってるし、それが出てきたというか、もう頑張らなきゃいけなくなったのが本当に幼いときからの経験。
なので、アザラシさんが今気がついているより、もう本当にもうちょっと心理療法的にいくと、もっと小さいところで、ああって見えてくるものがあるかもしれないですよね。それが本を読んでいるときに気がつくかもしれないし、例えば心理療法してみたら気がつくかもしれないんだけど。
自分自身が多分、無意識化だともしかしたらもっと幼い時期かもしれないんですけど、明確にちょっとつらかった時期が、10歳ぐらいに1回転校していて、転校した先でやっぱり、ちょっと周りと話題が合わなかったみたいなところがあって、
だけど、必死だから周りに合わせて生きてきたっていうのがそこから始まってるんですよね。結構。やっぱり転校は本当はやっぱりしたくなくて、で、もともとの学校が良かったみたいなところをずっと抱えてて、やっぱりだから私の前世紀は10歳までが楽しかったっていうところが結構ずっと思ってて。
だけど、やっぱりそんなこと思っても仕方ないから今に生きようっていうので、ちょっとそれを封じ込めてたんですよね、やっぱり。そういう保護パーツというかそういうパーツがね、もうしょうがない。行きましょうみたいなね。だからもう選ばれ、自分で選ぶんじゃなくて、選ばれたところで一生懸命頑張るしかないんだっていうのをずっと言い聞かせてきたから、多分そういう自分自身もまあ、まだあんまり選べない状況だけど、
せめて子どもたちにはなんかいろんな選択肢を選び取ってほしいっていう気持ちがやっぱり強いんだなっていうのが、この本読んで気づけたなっていうのは思いました。
IFSの次のステップとパーツとの対話
たとえば、そうすると、IFS的にもうちょっと深くいくと、たとえばじゃあここに、ザラシさんが子どもたちには選べるようになってほしい、そういう環境を母親として作りたいって言ったときに、たとえばそのパーツがいつもいつも出てきて起こるとかしたときに、
その次のステップとして、そのパーツが出たときにもうちょっと声を聞いてあげる、また出てきたねみたいな、それはもう今、ザラシさんがやってらっしゃると思うんですけれど、その次のプロセスとしては、そのパーツともうちょっと心の中で会話をしていって、
それもちょっと、その本とか私の本を読むともうちょっと聞けるかなと思うんですけれど、最終的にはそのパーツがどうして出てくるのか、そのパーツは、ザラシさんのパーツは、ザラシさんを守るために出てくるので、どうやって私を守ろうとしているのか、つまり、
あなたがそのパーツが出てこなかったら、私がどうなるってことを心配しているのかっていうのを、そのパーツに聞いてみる。たとえば私のパーツで、いい医者だって見られないといけないっていう気持ちがすごくあって、患者さんが、今日の診療は全然役に立たなかったとか言われたときに、自分でドキッとこうしたら、
なんかイライラしてるって、そのパーツに気づき、あなたはいつもそういう場面で出てくるけど、あなたが出なかったら、私が喉のりこがどうなることを心配しているのかっていうことを、頭でできるだけ考えずに、ちょっと心で聞いてみる。
そうすると、たとえば、私がいい医者だって思われなかったら、私がいる意味がないんじゃないかって思う。いる意味がないって思ったら、それ自体がすごい大きな痛みなんですけれども、本当に気持ちがどんどん落ちていって、本当にいてもしょうがない、私の存在はいてもしょうがない。
それを私に感じさせないように、たとえば、患者さんがそう言ったときに私が怒ったとしたら、いや、今日はちゃんとしたでしょ、みたいな。それを私に感じさせないように、そのパーツが出てくる。
そうすると、その新しいさんの息子には、子供には、ちゃんとした機会を与えたいっていうパーツがいつも出てきて、何かを教えに来たら、もしもそのパーツが出てこなかったら、新しいさんに何が起こることを心配しているか。
それを頭で考えずに、ちょっと静かに見ているときに、もしもそのパーツと対応できたら、何を心配しているの、もしも出てこなかったら。心配しているのは、そうやってそのパーツが当たらなかったら、子供たちに機会がなくなる。
じゃあ、子供たちに機会がなくなったら、新しいさんに何が起こることを心配しているか。子供に何が起こるのではなくて、それらのパーツをみんな、その人を助けようと思っているから。そこに行くのが、またそういうのをIFSの心理療法でやるんですけれど、そうすると、どうして本当に、どうして出てくるのかっていうことを、もうちょっと深く知ることができる。
はい。
そうですね。
パーツとの向き合い方と瞑想
なんか、なかなか、この本を読んでてもいろんなエクササイズが出てくるんですけど、結構落ち着いた状況だと、状況じゃないと難しそうだなっていうのは、結構私の中でパーツが常に、常にね、この同じ部屋でこう座ってるみたいな感じがしてて。
そうですよね。
一人一人、なんかパーツをちょっと脇に寄せて、セルフと一対一で話すのが大事って書いてあるんですけど、なかなか複数人ずっといるみたいな感じが難しいなって思いながら、ちょっとずつやるしかないのかなって思うんですけど、やっぱちょっと考えてしまう癖があるなって思いました。読んでて。
そうですね。でも考えるのもパーツだから、考えることは比較的安全なので、もしも考えるのが、例えば安全でいけるならば、まあ最終的に考えるだけではうまくいかないと思うんですけれど、考えるとこから始めても別に問題は問題はないです。
はい。
はい。
ちょっと客観的に、ああそうそう、今はね、この子とこの子とこの子とこの子が喋ってるなみたいなことをこう、セルフとして見られると、じゃあでも今日はじゃあこの子ね、この子と話をしてるからっていうプロセスがもしかするとちょっと楽になるかもしれないかなと思います。
そうですね、なんかたくさんいるので、でも今日も、今日もでもこのポッドキャストを撮る前にすっごい緊張したパーツがいたんですけど、でもこの本にならってできるだけちょっと一人じゃないよって言ったり、私に任せてっていうことを言ったら結構スーッと落ち着いたので、なんかこうやっぱりパーツに信頼してもらうことが大事なんだろうなっていうのをついさっき感じました。
はい。
最終的には。
本当です。
孤独感、繋がり、そして自己受容
心配しないで、心配しちゃう気持ちはわかるんだけど大丈夫だからっていうので、一人じゃないよっていうので、やっぱりどうしても孤独を感じやすい環境かなっていうのが自分自身も自覚してるんですけど、だけどやっぱり誰かとつながるとやっぱりこうちょっとしたずれとかがあったときに、
なんかそれ全部こう、なんだろうこううまくいかないことに対してこうもやもやしてしまうっていうパーツが結構出ちゃうので、やっぱりまずは自分自身で自分の味方にとりあえずなる練習をもうちょっとしたほうがいいのかなって、そこから始めて周りの人ともちょっとずつ、
コミュニケーションをとれるようにスムーズになるのかなっていうのがちょっと最近、自分の中で課題として思っているところですね。
孤独感とか難しいですよね。やっぱり一人では痛くない、つながりたいって、人間だからほとんどの人は思うと思うし、でもつながるとまた誤解されるから、でも一人のほうがいいとか、そういう明らかに孤独で一人がいいパーツと一人じゃ嫌なパーツが混在しているので、
そのあたりが、やっぱり環境によっても、例えば一人で痛くないパーツが喋っているときに、周りの人がすべてもちろん自分を理解してくれているような人たちばっかりだったら、なんとなく穏やかでいられるけど、そうでなければやっぱり一人がいいじゃんみたいな、またそっちの一人だほうがいいよみたいなパーツが喋ってくるし、周りの環境にも本当によると思うんですよ。
新井さんがいらっしゃるところは、やっぱり周りの環境が必然的に大変。いろんな人のパーツがあるというか、いろんな人の意見がある先生の、学校の先生の意見、病院の意見、医者の意見とかね、みんながパーツで喋りかけてくるから、それがまた大変ですよね。
そうですね。夫につい最近言われて、ちょっと楽になったことがあって、やっぱり私が専業主婦をやってた時とか、働いててもそんなに大きい企業では働いてなくて、その組織とのやりとりみたいなところの経験値が多分そもそも少なくて、
自分がどれだけ分かったつもりになっていても、いろんな人の考え方があって、結構一つの答えを出すのもすごい時間がかかることなんだよって言ってくれてて。
自分さえ分かっていればうまくいくんだって思いすぎてたっていうところは、確かに反省だなと思って、そこをうまく伝えられればいけるんだろうけど、でもなんかそれって結局自分を完璧にしないと支援が届かないっていうこと自体にすごいモヤモヤしちゃうんですね。
誰でもやっぱり支援が届くアクセスがしやすいことをやっぱり望んでいるというか、子どもたちのためにもそういう社会であってほしいみたいなちょっと社会主義的な、そういう社会に対してちょっと怒りを感じているパーツも結構大きいなって最近思ったので、
そことの付き合い方もちょっと改めて考えたいなって最近思いました。
マネージャーパーツと感情の抑圧
やっぱり配偶者の方が言われた言葉は、まあ社会的には本当に一理あると思うんですけど、結局はこう、
アザラシさんがおっしゃったみたいに、じゃあ合わせていかなきゃとか、じゃあもうちょっと読まなきゃとかいう、そのアザラシさんのマネージャーパーツがもうちょっと頑張って働かなきゃダメなんだよみたいな、まあIFS的にはそういうメッセージになってしまう。
で、アザラシさんの優秀なマネージャーは、じゃあまあできないわけじゃないから、もうちょっとやらなきゃねみたいな感じになって、それが悪いわけじゃないんですが、やっぱりIFS的に考えると、その時出てきた、また合わせなきゃっていう、やっぱりそういういろんな声を聞いていく。
合わせなきゃってがっかりしてる声はもう、君がっかりしててもこの社会ではダメなんだからってこう、例えばアザラシさんが抑えてしまうと、結局はそのパーツはアザラシさんに話を聞かれない。
問題解決を求めることは大切ではあるんだけど、結局問題解決って、やっぱり問題解決するマネージャーパーツにもっと頑張ってもらって、そうじゃなくてその状況を悲しんでるパーツとか、こういうことじゃ世界はダメだとか、そういうことを持ってるパーツを、もう無駄だからいなくていいよみたいな。
そういうことになるんじゃないかなと私は思うんですよ。
IFS的に、もうちょっと皆さんが自分を許して、そこを悲しいと思ったり、そこに腹が立ったり、ここの不条理に怒っているパーツに、もうちょっと注意を受けてあげて、本当に不条理だよね、本当に悲しいよって聞いてあげることが、
目に見えた問題解決にはならないけれど、それが自分に優しく本当にIFS的にセルフとして生きるっていうことだと思うんですよ。
だから私がやってることが、直接子育てのアザラシさんみたいに、大変なジャンルにいるときに配役に立つじゃないけれど、その中で、やっぱり自分のいろんな感情、どの感情も押し殺さずに聞いてあげるってことが、最終的にその人の中で、バランスが取れたシステムが、
アザラシさんの優秀なマネージャーが、本当だ、こういうアドバイスを受けて、こうだって思ったりするのが悪いことではないけど、だからといって、本当にこの不条理に腹が立つ声を聞かないわけじゃなくて、その声も聞いてあげる、それぞれ聞いてあげるということが、
長期的にアザラシさんの中で、この後何かがあっても、配偶者の方のアドバイスに従っていっても、あるところでうまくいかないこともあると思うんですよ。そうすると、この聞かれてなかったパーツが、でしょ、みたいに来たときに、やっぱりこのパーツのことも知ってて、本当にね、本当にでしょって思うよね、みたいな、やっぱりそれをすることが、IFSのワークというか、自分のことに知ることになるんじゃないかなと思います。
傷の手当てとサイクルを切る
そうですね、本を読んでてもなんだっけ、やっぱり結構私の中で批判者、批判的なパーツはずっといて、それでどちらかというと嫉妬してきたというか、嫌なことがあっても、できるだけ違うところに意識を向けて、ちょっとマインドフルネスをしたりとか、
どちらかというと嫌な感じは忘れる方向に、忘れよう忘れようとして過ごしてきたところがあるんですけど、なんかそうするとやっぱりずっと声を塞がれてたりというか、そういうパーツがやっぱりすごい負荷が高くなると、ガーっていってて、
解決的なことでやることで、光が見えることもあるんですけど、しっかり癒されれば意欲が湧いてくるなっていうのは確かにそうだなと思って、とりあえず傷をまず手当てしないと、次に気持ちがいかないんだなっていうのが、ちょっと気づきとして大きかったなって思いました。
多分私がこう怒ってた時は、やっぱりそれだけ傷がある状態なので、次にやっぱり向かえなくてずっと、どうやって解消するのかがザーってなってて、ちょっと今かなり軽くはなってきたんですけど、
それはちょっと息子が改善の方向に向かってきたからちょっとあるんですけど、でもやっぱりこれから先もこういうことがきっとあるだろうから、どうやって傷を癒していこうかなっていうので、ちょっと今向き合っている感じですね。
そうですね。香音さんと前回のもうちょっと話したかもしれないんだけど、やっぱり周りが自分のマネージャーがなってほしいようになってくれてうまくいってるときは私たちの心も落ち着いてるけど、うまくいかないときにやっぱりまたこう、いろいろイライラしてくるっていう。
それが最初にあざらしさんがおっしゃったパターンで結局。そしたら最終的に、じゃあもっと頑張りましょうって、もっとマネージャーパーツが頑張らないといけないって言って、ただいくら頑張っても自分がコントロールできない、自分のことだけでもコントロールできないことがあるので、先生が何て言うかとかコントロールできないこと、子供がどんな行動をするか。
なので結局あるところでは、マネージャーが思ったようにはやってくれない。世界は動かないので、そうするとまたファイヤーファイターパーツが出てきて、そうするとまたマネージャーがこんなことにならないようにまたもっと頑張りましょう、皆さんみたいな感じにね。
それをそのままサイクルをどうやって切るかの、やっぱり一段階があざらしさんが今やってらっしゃるように、それぞれのパーツに、社会的に見るとこんなパーツは良くないっていうパーツ、例えばダラダラしちゃう、もう疲れてダラダラしちゃうパーツとか、その人によってはすごい怒っちゃう、怒っちゃうとか叩いちゃうとかね、すごい肌から見ると良くないことをしている、そういうパーツに対しても、
排除するんじゃなくて、どうして君は出てこないといけないのかな、どうやって君は私を守ってくれてるのっていうことを理解することが、結局はこのサイクルを切る、第1歩だと思うんですよ。
第何歩?10歩くらいまだあるけど。そこでこういう考え方をやめましょうっていう、よくやる私たちのやり方で、うまくいこうともあるんだけど、なかなか続きしないことが多い。
それをやっぱりネガティブと思うような感情とか行動とかそういうことも、自分の中の一部の悪いパーツじゃないパーツとして、どのようにこう受け止めて話を聞いて繋がってくれるか、そこが最終的にやっぱりサイクルを切るとか弱めるとか、サイクルの中でも反応があまり大きくならないようにするとか、
そういうことにつながっていくと思います。
ブレンド状態とセルフエネルギー
そうですね、はい。
ブレンド、そのパーツがぐちゃぐちゃになったブレンド状態から、ブレンド解除をしたりまた戻ったりっていうのを今繰り返す。結構難しいですね。
でもそれが難しいと気づいている時点で新しい人はそれをやろうとしているってことは、もうセルフエネルギーがあって、ある一瞬ブレンドされてたとしても、ブレンドされてるなってことに気づくっていうことがもうセルフエネルギーがあるので、
世の中のやっぱり多くの人は、もうブレンドされたまんまで、こっちにブレンドされ、あっちにブレンドされ、もう今日はウキウキしてるので、誰かが何か言ったら腹が立つので、もう腹が立った人間になっちゃうみたいな。
そうではなくて、少しメタ認知できているとか、常に100%できていなくても、本当だ、なってる、なってる、みたいなことに気づけるっていうところが、私から見ると大きな違いだと思うし、
アザラシさんがどう感じているかわからないけど、アザラシさんの中には、こんなんじゃダメだみたいな、もうちょっと悟らなきゃとか、そういうパーツもいると思いますけれど。
子どもとの間では、わりとブレンドせずに過ごせていることが多くて、それはすごくありがたいなって思っていて、ほとんど家にいることになってしまったけど、やっぱりコミュニティで教わったことをやっぱり一つずつ積み重ねると、
最近すごく調子が良くなってきたので、やっぱり子どもとの間の方が多分私が色々予測できるからだとは思うんですけどね。そこはでも本当に良かったなって思っています。ありがとうございます。
いえいえ、本当に良かったです。
子供の気持ちの変化と神経系
お子さんのアザラシさんへの対応とかも、アザラシさんがIFSを知って、私のモダリティをちょっと知って、それを使ってて、お子さんの中でお子さんからアザラシさんへの対応の仕方とか、そういうのも、アザラシさんがどう対応するかによって、もちろんお子さんがアザラシさんにどう対応するかっていうのは違うと思うんですけど、
なんか変化があるなとか思うようなことはありますか?
子ども側から、そうですね、息子はちょっとまだ、でも割と自分の気持ちを話してくれることが増えてきていて、ちょっと状態が娘よりは悪いのであれなんですけど、娘は結構話をしてくれるようになりましたね。
自分の気持ちを話したりとか、頑張ってる様子がわかるような、パーツとはさすがに言ってないんですけど、自分のパーツが反応してるっていう話まではしてないんですけど、
今ちょっと具合が悪いからとか、ちょっと調子が悪いからこれできないとか、ちゃんとできない理由とかは話すようになったかなって思いますね、今は。まだちょっと幼いので、それほど言語化が難しかったりするんですけど、
でも行動、私から見るとやっぱり行動で気持ちがちょっとずつ見えるようになったかなっていうのは思います。
今より。そうですか。年がね、もちろん進んでるというか、年が経ってるっていうこともあると思うし、それの前途前夜の発達がやっぱりしてくるので、そういうことも関係すると思うんですけどね。
どんなに声かけをしても、やっぱりうまくいく時とうまくいかない時の差は結構神経系が大きいんだなっていうのは結構気づきましたね。
というのは、怒ったりしてる時には何を言ってもダメとか、そういう感じのことかな。
息子の場合はYouTubeをやめられない時っていうのが、だいたいその不調と重なってるんだろうなっていうのが見えたので、一応声かけはしても、すってうまくいく時とうまくいかない時に、うまくいかない時にあまりこだわらないようになりました。私も。
これはいくら言ってもダメだみたいな。うまくいく時はやっぱり土台が整ってるというか、朝から調子がいい時は同じ声かけてもうすっとやめられたりするので、こちらの努力とか向こうの努力じゃなくて神経系が安定してるかどうかで結構違うんだなっていうのはちょっと見えてきたかなって思います。
アザラシさんが自分のコミュニティとかでいて、自分の神経系をちょっと見るどんなモードでいるのか、闘争モードでいるのかって、それを応用してというか、お子さんの中でもわかるような感じになったみたいな感じですかね。
なんか程度はどうであれ、私も子どもたちと同じ課題持ってるじゃんっていうのはちょっと思いました。あまり偉そうなこと言えないんだなっていうことがすごくちょっと身に染みたというか、自分のことがわかってくると、なんとなくこう、人として対等にちょっと付き合えるようになったかなっていうのは思います。
みんなね、一緒ですもんね。子どもも人間だし、私たちも人間だし、別に親だからって私たちが偉いわけでもないし、同じような反応し、同じようなパーツがあって、それをただ大人の私たちが最初に自分を意識できて、自分が今怒ってるから今言ってもしょうがないなとか、なんかそういうことがだんだんわかってくると、
それがやっぱりお子さんにポジティブな影響を最終的には与えるんじゃないかなと、私は思っています。
はい、ありがとうございます。
今後の展望とIFS瞑想
新しいさんは、この後、じゃあもうちょっとこんなことをしていきたいとか、こういうことを理解したいとか、なんかそういう。
そうですね、私の批判的なパーツは、できるだけセルフになってくれて、もっと会場をうまくやってほしいっていうのは言ってるんですけど、
ちょっとまずは、IFSの瞑想っていうのがこの本に書いてあったので、できるだけそういう時間をとって、
政府でいる感覚をちょっとでも長くするというか、ちょっと習慣づけたいなっていうのはちょっと思いました。
やっぱり自分の時間大切ですよね、自分だけの。
お風呂の時間みたいに。
そうですね、はい。
ポドキャストの中にもちょっと私も試しに2つか3つぐらい瞑想を入れてみたんですけれど、
もしもよかったら聞いていただくか、もうちょっとどうやってやったらもうちょっと皆さんが聞きやすくなるかなと思って、
いろいろ試行錯誤しているので、またフィードバックとかいただけたらありがたいと思います。
ありがとうございます。聞かせていただきます。
エンディング
じゃあ本日は本当にありがとうございました。お忙しいところお時間をとっていただいて。
ありがとうございました。
それではまたコミュニティでお会いしましょう。
よろしくお願いします。
ありがとう。
39:01

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