どうも、TAZAWAです。
どうも、WATAです。
あのね、ちょっとね、最近ある本を読んで、非常にね、感銘を受けて。
おー。
勝利にね、こう、おすすめする本としては、僕の中で今までともう、わけが違うというか。
すごいですね。
そうですよね。
相当本読んでらっしゃる方ですけど。
まあね、衝撃を受けましたね、僕の中では。
はいはいはいはい。
まあ、えっとね、今の僕らが読むには、まあ自己啓発的な要素がある本だと思うんですけど。
なんかね、正直僕の、今までこの番組でも、小出しにしてきたと思うんですけど。
趣味思考というかね、生き方とか、大事にしているものとかね。
全部この本に書いてある。
だし、僕はその、ここで書かれている話というか、道がね、僕が大事にしているものだったんだっていうか。
僕は逆に、なぜこれを知らずに、こういう考えを持ってきたのかなと思ったぐらい。
へー。
なんですよ。
明治時代の本なんですけど、意外と当てようと思ったら当てられるかもしれないですね。
明治時代。
明治時代の本。
何だろうな。
新古今和歌集。
いやいや、明治時代じゃないけどね。
学問のすすめ。
惜しいっすわ。
惜しい?そっち系?
言ってしまうと、武士道です。
武士道?
はい。二十兵衛謎の。
あー、はいはいはいはい。
二十兵衛謎。
いや僕ね、この本なんで今まで読んだことなかったのかと思ったんですよ。
はいはいはいはい。
いや、とはいえ。
武士道のイメージとか知ってます?
いや、僕も全然わかんないです。それで言うと。
武士道って本って、その名の通り、武士の精神というかね、そういうものを書いてる本なんですけど、
これ、二十兵衛謎が英語で外国人向けに書いてあるんですよ。
だから原書が英語なんですよね。
武士道、ザ・ソウル・オブ・ジャパンって書いてますね。
かっこいい表紙で。
で、これなんで書かれたかっていうと、二十兵衛謎が外国で暮らしてて、ある有名な学者さんとね、こう喋ってて散歩してる時にね、
日本のその宗教とかの話になって、でその外国人の方が、え、ということは日本には宗教教育っていうのがないっていうことなんですか?みたいな。
で、二十兵衛謎は、まあそうですねって言ったら、え、宗教がないのにどうやって日本人は道徳の教育をするんだって言われたんですよ。
はいはいはい。
で、その時に二十兵衛謎がもう答えられなかったって言うんですよ。
それで、その後ずっとこう、なんで日本人は宗教がないのに道徳ってものを教えられるんだろうって考えたら、
行き着いた先がこの武士道であって、でこの日本人の先進を外国の人に教えたいっていう思いで書いたのが武士道なんですよ。
そう、だから今の僕らって多分当時の外国人と同じ感覚だと思うから、今の僕らが読むとすごい新鮮に見えると思いますね。
で、日本人の本来の魂みたいなものが書かれる本かなっていう。
なんていうんですかね、例えばその僕が自分のその生きる上で大事にしてることが全部書かれてるみたいな話で言うと、
まあ例えば人類を大切にするとかね、あと言い訳しない人のせいにしないとか、まあ人によって態度を変えないとか、
まあ誠実でいるとか、あとまあなるべく品よく言いたいとかね、そういう僕の中でこうあるんですけど、全部それが入ってるのが武士道なんですよ。
これまあ当然武士道っていうからには、まあその武士としての所作、立ち振る舞い、なりわいみたいな、そういうのがベースになってて、ということなんですね。
ただ書かれたのがまあ1900年なんですよ。で、水戸稲造自身も武士の時代ではないんですよね。
一応武家、武士の家庭に生まれたんですけど、で武士としての教育は一応受けてるんですけど、まあ時代としては明治一新後なんから。
なんかモダンなイメージしかないです。 五銭札のね。 五銭札の七山っぽい感じしかないですね。
だから彼なりにその武士とはこういうものだっていうことをまあ外国人説明したっていう感じなんですけど、
武士道っていうことでその武士としての戦うその道みたいなイメージがありがちなんですけど、実はそうじゃなくて武士って江戸時代に入ったら平和になったじゃないですか。
だから戦うことがあんまなくなったんですよ。だから江戸時代に入ってから武士って支配階級になったから自分自身は働かなくてもよかったりするじゃないですか。
そういう時に人の上に立つ場合、統治をするっていう時に規範として生き方をこう見せていかなきゃいけないんですよね。
でそういう時に大事な精神っていうのが武士道だっていうそういう意味ですかね。
僕も今いろいろ調べてる中で僕のイメージというかこれよく言われることなんですけどハガクレ。
武士道って常に死と向き合ってて基本的にやっぱりあの摂政の話という受け取り方をしてる人が多いと思うんです。僕もそうなんですけど。
たぶんハガクレとかの時代もっと前なんで、もっと極端な戦う武士道。そっちの意味での武士道だと思うんですね、ハガクレは。
でどっちかというと二戸稲造の武士道はもっとこう今の僕らが日常生活の中で取り入れられるような感覚の武士道が書かれてるんで。
なるほど。
例えば武士道には三つの厳選があるっていう風に言ってて、仏教と神道と儒教この辺りがベースになってるって言うんですよね。
仏教ではどんな時にも受け入れるというか、同時な遺生史みたいな。神道とかは先祖を大切にするとかね、そういうのとか。儒教も割と近い。孔子の儒教とか近いんですけど、そういうところベースにはなっていて。
でね、これ武士が大事にしているという特目がいろいろあって、これがまたグッとくるんですよ。ちょっと渡さんに送りますね。
武士にはこう七つ特目、これちょっと聞いてる方調べたら出てくると思うんですけど、忠義の忠とか義とか礼とか優とかね。
まず義っていうのは武士にとって何より大事なものってまず言われてて、僕らのイメージする義ですよね。義理とかの義。
人間の体でいうところの骨に当たるというか、骨がないと首が座らないみたいな。少なくとも義を持っていれば武士の資格はあるって言われてるくらいまず義は大事。
でその義の精神を支えるのが勇と知と仁なんですよね。勇気だったり知恵だったり。仁は思いやりとかね、武士は情けって言われてる。
この辺りお金備えてるからこそ義を支えられるっていう。で礼とかね。
でこの義とか礼とかね、ものの一番頂点にあるのは忠義の忠ですね。
これはまあ職に使える時の忠義なんですけど、この忠義っていうのが今の日本人からしたら一番評判が悪いと言われてて、実際に武士にとっての忠義っていうのは僕らがイメージする忠義とちょっと違っていて、犬になるみたいなイメージあるじゃないですか僕らの。
どちらかというとあれですよね、権力者を称えるために敬うための姿勢として持っておくべきものだというふうに教えられがちですよね。
日本の今の社会のシステムからすると、名上の人を大切にしなさいとか。
そうですね。だから逆に言うと忠義が大事だとは言いつつ、ゴマを吸ったりすることは一番もう良くないことだと言われてる。
なるほどね。
全く別物。だからちゃんとその主君が間違ったことをしてる時には間違ってるってちゃんと言うことがそれ含めての忠義だっていうことなんですよね。
まあその忠義が一番大事なんですけど、その裏にあるのは名誉だっていうことで、なんだかんだ言って武士にとって一番大事にするべきものは名誉だっていう。
このあれですね、この図の中にフィジカルの強さが行きさえも入ってないっていうのがいいですねやっぱね。
そうですよね。
だって武士って言ったら武じゃないですか。武を司るもの。
まさにそうですよね。僕が思ったのは武士道の中に能力の話って書いてないんですよ。
書いてないですね。
基本的にやっぱりその考え方、思考性とかの話ですもんね。
だからね、僕ってなんだかんだでずっとこういう人が好きとかね、いろいろ言ってたと思うんですけど、武士道っぽい精神を持ってるものが好きだったんですよ、結局全部。
ああなんかでもそれはわかる。
逆にそれから外れたものが嫌いだったっていうか、なんか自分でねああそういうことだったんだと思ったっていうか。
これでもすごいよね、その宗教的な倫理規範ではある種補いないようなところもこの武士道で補うというか、
たぶんなんか道徳の考え方をその宗教的な考え方じゃない形でコントロールというか、そういうのを自制していくみたいなさ。
そうですね。
これなんか他の国には確かないことだよね。
そうなんですね。他の国には宗教で教えられてるんですね。
宗教だよね、基本的に。
僕らが子供の時に親にしつけをされてるようなことって武士道的なところなんだと思いますね。
ってことですよね。
僕はこの武士道の中で紹介されてるような話で、外国から見た時の日本人に対する誤解、この風習に対する誤解みたいな。
だから僕らも日本人の悪いところとして捉えてるものがいくつかあって、なるほどなと思ったんですけど、
例えば昔の人って自分の奥さんのことをぐさいって呼んだりするでしょ。
ああはいはいはい。
愚かな妻って書いてぐさい。これって今の時代からしたらとんでもないじゃないですか。
あのあれですよ、母校されますよ、女性の権利団体。
だからその発想になってしまうこと自体が全然日本人の精神を理解してないですよ。
なぜぐさいというのかって。外国だと欧米は個人主義だから自分は自分、奥さんは奥さん。
だけど日本人は自分と奥さんで一人なんですよ。だから一体なんですよね。
だから一体だからこそ自分を謙遜するっていう意味でぐさいっていう表現なんですよね。
これは別に奥さんをグッて言ってるわけじゃなくて、一体の人間としての謙遜の意味なんですよね。
こう思うとね、奥行かしいなと思うんですよね。
そうですね、それを知らないと結構ね、鬼嫁とかそういうワードと一緒になるから。
ぐさいってワードなかなかでも思いつかないわけなんですよ。
まあでも確かにそれは時代の考え方もあるからあれですけど、
自分に司るというか、自分というものがあって妻があって、
自分のこととして奥さんを捉えてるってことなんですよね。
そうですよね。すなわち自分に対して謙遜しているというか。確かにね。
僕ら戦後の教育でやっぱり欧米型の思考性に染まっちゃってるからさ、
ベースがあんまり男女とか年齢とかそういうスタンスで評価しないっていうものが染み付きすぎてて、
言葉の意味とか本来の文化を理解せずに表面的に捉えるっていうところがすごい出ちゃってるんだろうなっていうのがあって、
それが逆に言うとあれかもね、そういう逆に女性の差別とかを実は生んでて、
本来そんな解釈じゃなかったのに何か勝手にこう欧米的な解釈をしちゃって、
女性男尊女卑じゃないかとかそういうことを言いがちだなっていうのはすごい思いますよ、それで言うと。
無理やり解釈してるというか。
そうですよね。それと同じような意味合いで、よく日本人が贈り物あげるときにつまらないものです。
つまらないものですか。
これもやっぱりいやいや失礼だろうって、逆に今の感覚だと、このツッコミが一番浅はかな、よくやるツッコミですよね。
よくやるやつね。
だけどその奥にある意味としてはね、だから欧米の場合は素晴らしいあなたにこの素晴らしいプレゼントっていうのが欧米的な考え方ですよね。
直接的なやつですね。
日本人としてはあなたが素晴らしすぎるからこそこの程度のもの最高だというのはあなたに失礼だっていう意味で、
立派なあなたにとってはもうこの程度のものでつまらないものですかって意味なんですよね。だから相手を立ててることには変わらないんですよ。
まあ確かにね。自分視点じゃないってことですよね。基本的に必ず相手の視点に立って物事が考えられてると。
そういうふうに思うと日本の風習ってやっぱ好きだなと思います僕は。
だからだいぶその個人主義っていうところで言うと、どんどん個人主義になってきちゃってるわけなんですが、
その辺の今だから一番重要だって言われてるその利他性というか、あんまり自分中心で物事を考えないみたいな。
そこが多分詰まってるんでしょうね。この武士道にはね。まさにね。本当多分日本人の良さみたいなところって今も語り継がれてる部分あると思うんですよ。
日本人が、例えば海外のスポーツとかで言うとさ、やっぱこれはだから日本のサッカー選手すごいマナーがいいとか野球選手もそうですけど、
負けた試合なのに相手のアウェーの試合でもうピッカピカにロッカールームを掃除して帰るとかって、やっぱりそれは相手の国にお邪魔して、
試合させてもらって応援もしてもらってっていう、ちゃんと恩をちゃんと感謝する気持ちみたいな。
だからああいうのって多分こういう武士道精神からベースがあって、それが受け継がれているものじゃないですか。
だからそういうのは多分日本人の良さみたいな感じでフィーチャーされると思うから。
どうしてもね、その日本人っぽさってネガティブなところばっかりフィーチャーされるからね。
そうだね、だから、物事をはっきり言わないとか、場の空気を読んで、輪を持って唐突となすじゃないですけど、そういうなんか結構ね、空気を読んだこと言っちゃうとか、強く意見が言えないとか。
まさに二戸稲造がそういうイメージを持たれているからこそ、武士道を書いて本当の日本人の精神を伝えたかったらいいですよね。
そうですね。
なんかそういうちょっと小話みたいなエピソードみたいなのがいくつかあって、ある外国人の女性が歩いているときに、遠くから日本人の将郎の男性が日傘をさしてきて、知り合いだからね。
どうもどうもって挨拶して、その場でおしゃべりをしているときに、その男性は自分がさしていた日傘を下ろしてたんですよね。
それが外国人からすると考えられないと。こんな暑い中、わざわざ自分で日傘さしてきているのに、なんでしゃべっているときにわざわざ日傘を下ろすんだって思うわけですよ。
これ日本人っぽい感覚らしいんですよね。
確かにね。
日本人の感覚としては、この辛さをあなたと共有することが礼儀だと思っている。だから自分だけその、みたいなことはできないわけですよ。
でもこの感覚って超日本人っぽくらしくて、びっくりしたっていう話はあったりとか。
それで言うと、江戸時代とかもそうですけど、お裾分けの文化ってあるじゃないですか。
あれなんか僕好きなんですけど、あれもなんか日本独特の考え方というかさ、すごい物質主義な現代で考えると、
物をあげるっていうのはもちろんプレゼントとかっていう意味合いでやることはあるんだけど、
お裾分けってさ、プレゼントっていうのもさ、困ってる人に、お腹空いてる子供とかに何かを与えるとか、
あとは食材とかちょっと余っちゃったからこれ食べないとかって言って与えるとかっていう、
あの考え方ってプレゼントとは違う、そもそもベースが物中心ではなくて、
一緒に生活している、その生活圏に居る、共存している人として、相手をこう称えながら共存しようとしている姿勢っていうのが現れてるんじゃないかなと思って、
そこにあんまり利害関係がないっていうのがすごい良いなって思うんですよ。
で結局プレゼントってさ、あれ利害関係じゃないですか、プレゼントをあげることで相手によく思われるっていう
ギブアンドテイク ギブアンドテイク、そうそうそうそう。
押すわけがない、ギブアンドテイクがなくて、厳密に言うと押すわけしたら押すわけされた相手も何か返したりとかあるんだけど、
もうちょっとその利害がない状態でナチュラルにできる考えて、あれもなんか日本的というかあんま海外にこう寄付とか寄付の文化とか、それこそプレゼントの文化なんですよ。
押すわけってあんま海外にないんだよね、感覚的に。
共有するというかシェアするというか、なんかそこも多分その日本独特の利他性というか、なんかそういうのがあるのかなって。
まあ自己犠牲とかね、そういう感覚ありますからね。 そう、自己犠牲とかそうそうそうそう。
まあメッシー、メッシーを代表するっていうのね、日本人はね。
だからさ、やっぱ現代的な欧米型の考え方はどうしても物が中心になっちゃって、物をあげたり渡したりはあるんだけど、
結局利害関係の上になっているから、結局人が置き去りになるから、そういうコミュニティとか信頼形成が難しくてみたいな。
なんかさっきさ、これちょうど打ち合わせの時に話したんですけど、会社辞める時にお菓子を配る文化みたいな。
なんかあれは僕はやっぱ、ある種日本っぽいっちゃ日本っぽいんだけど、でもなんか欧米型な感じというか、あそこに多分本来の気持ちの部分とか、そういうフィーリングのところがあんまりないんだろうなって思ってて。
だからあれをこうさ、やる文化。あれ自体はいいんだけど、そこにあんまりこう、利他性が実はないというか、すごい利己的な形としてのお別れのお礼というか。
まあお礼をすることはいいんだけど、ああいう境外的な物質のやり取りみたいなのが飽和してるから、個人間のコミュニケーションがすごく難しいんだろうなと思って。
もっと自然なものじゃないですか、多分。江戸時代にやったような裾分けの文化とかっていう。だからそもそもその武士道的な、利他のところがあるかどうかみたいな。
すごい日本人の本来の性質を出せるかどうかみたいなね。
武士道って非合理主義の塊なんですよ。
本当にそう。だから1ミリも理解できない人はいると思うんですよ、武士道って。
この、そうね、時効実績のところに。
そうそう。結構ネットメディア見てるといるイメージはある。
僕もバランスですかね、当然今の価値観は知った上で、日本人の非合理な部分をいかに自分の生き方の軸にできるかみたいなところ大事かなとは思いますね。
外国人から見て意味わからないナンバーワン、たぶん切腹とかあると思う。
切腹ね。
クレイジーすぎるでしょ。
切腹は怖いよね。
切腹でなんかその裏にある背景みたいな、なるほどなと思ったんですけど、切腹の意味、要するにその人が腹の中で何考えてるか。
でも震い立たせてた部分もあるんでしょう。
なんかかなりでも相当ビビってたっていう説もあるよね。
とはいえ。
そうですよね。だから日本が例えばだって明治維新前まで鎖国してたわけですよ。
でも国開いた途端に日清戦争で勝ち日露戦争で勝ち、それほどまで日本人で実はめちゃめちゃ強かったっていうかね。
強かったっていうとその戦いでっていうとあれですけど、外国と競争した時に競争したら勝てる力を持ってるっていうね。
なんかやっぱりこういう武士道の精神があったんだろうなと思うんですけどね。
だからその利害関係個人主義ではまかないない部分が出てくるじゃないですか。
だからそこがもうやっぱり他の国から理解できないし、理解できない部分があるっていうのは一番怖いですよね。
だから何してくるかわかんないしね。
切腹するような奴らだから。
奴らだから。
だって何かやってもビビらないわけでしょ。恐れをなさないっていうのが一番怖いじゃないですか。
で、なんかそれに対しての報復活動もこっちが何かやったら何を示唆してくるかわからないっていうその読めなさもあるし。
自分の命を犠牲にしてまで何かしてくる人たちですから。
あとまあ喜怒哀楽を表に出さないっていうのも武士道の一つで。
そうですよね。読めないんだよね。
苦しい時にこそふっとこう笑うっていうか、それもこう日本人らしいというか。
なんかジャパニーズスマイルっていうらしいんですけど。
聞いたことありますね。
辛い時にこそ笑みを浮かべるっていうね。その辺も理解不能な部分でもあるし。
そうですよね。
だから僕こういう武士道の魅力みたいなことを語るときにね、そういう考えが軍国主義に繋がるんだっていう意見って絶対あるんですよね。
ありますよね。
だからこれがね、なんだろう。武士道の悪用のされ方の一つとしてあるらしいんですよ実際。
忠義。武士道さっきの話で言うと忠義ってところを悪用すると、戦争中の考え方悪い方向であるんですけど。
それをいかに今の僕らの日常生活、現代の社会に置き換えて考えられるかってことが大事かなと思ってて。
直接反映させたら危ない考え方になるけれど、当時の武士が大事にしていたものって今の僕らにとって何なんだろうとか。そういう置き換えが大事なのかなとは。
散々武士道の魅力を晒してきましたけど。
晒して。ガーシーみたいに言われてもらっていいですかね。悪いことではないと思いますよ。
これからまでも晒してきますよ。タイミングで。
ガーシーのトーンでちょっと言うの。どんどん晒してってもらって。
ちなみにいいところだけじゃなくて、ちょっと端緒があるって話が面白くて。
武士道ね。
武士道の端緒で一番わかりやすいやつが、商売に向かないっていう武士道の精神って。
商売に大事な考え方って今の話した武士道とから全部反対なんですよ。
利害の話ってこと?
尊徳とかね。だから実際明治維新以降武士がいなくなったじゃん。
廃刀礼があって刀取り上げられて、武士の人たちも働かなきゃいけなくなったんですよ。
その時に武士は全然ダメだったって言うんですよね。商売が苦手だから。