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スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
で、約1年後に再び南極に訪れたら、その2匹の太郎と二郎が生存してたんだよね、っていう話なんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
そうそう。まあこのテーマって結構いろいろ考えさせられるなーって調べてたと思ったんだけど。
うん。
まずさ、あの、これ南極観測隊って言うんだけど、北極じゃないんだって思う人もいるかもしれないんで、ちょっと補足をすると。
スピーカー 2
ちょっと待って、ごめん。何言ってるかよくわかんないんだけど。
え?
何?北極じゃないとかどういうこと?
スピーカー 1
いやいや、あの、北極って南極ほど観測隊って言ってないわけよ。
スピーカー 2
あー。
スピーカー 1
そうそうそう。あ、それ何でだろうなーと思ってて単純に。
うん。
っていう話で、あの北極と南極。
スピーカー 2
あー、そういうことね。
スピーカー 1
北極とさ、南極ってそもそも、これはまあ長丸はもちろん多分地理に詳しいから知ってると思うんだけど。
スピーカー 2
なんかもうだいたいわかったわ。
スピーカー 1
そうそうそう。北極は海なんだよね。
うん。
南極は大陸っていうこのね、ちょっと基礎知識がね、僕は危うかったんで。
そうそうそう。
あ、そうだよ。
で、北極っていうのはさ、海の上に氷が寒い時期って浮かんでるんだよね。
うん。
で、南極っていうのは陸だから、で、陸の上にその氷がこう何層も厚く積み重なってるって感じなんだよね。
うん。
そう、だから氷の厚さも北極は数メートルほどに対して南極はもう数千メートルって圧倒的にまあ多いんだよね。
うん。
そうそう。しかもまあ寒さもちょっと違って、北極は平均だとマイナス20度ほどだったりするんだけど、
南極はね、マイナス50度とかまあ地球上で最も寒い場所の一つなんだよね。
うん。
そう、まあこれはさ、標高が高いっていうのもあるんだよ。平均約2000メートル以上とか言われるぐらい高いんだよね。
うん。
まあそのためさ、北極はイヌイットとかその人類が暮らしてきたっていう過去があるんだけど、
うん。
南極にはさ、人が暮らしたっていう記録はなくて、まあむしろ暮らすことができなかったんだよね。
うん。
そう、で、それはさ、寒さもあるし、あと北極と違う点で他の大陸から離れて孤立してる点なんだよね。
うん。
しかもその南極に行く時のその難位40度とか70度にかけて強い偏西風が吹いてて、この海域ってあの世界で最も荒れるって言われてるんだよね。
スピーカー 2
ああ、あの南アメリカのところだよね。
スピーカー 1
ああ、そうそうそうそう。今でこそさ、丈夫で大きな船でたどり着くことできるけど、昔は通って無理だったんだよね。
うん。
だからこそあのこの南極っていうのは人類にとっても未知の大陸で、今の感覚で言うと当時は宇宙に近い存在かもしれない。
スピーカー 2
ああ、まあだろうね。だって行けないわけだから実際。
スピーカー 1
で、この集められたその隊員のメンバー達っていうのも、これ優秀で、隊長がね、永田隊長って言うんだけど、
この人ね、30代の若さで東大教授となって、地球物理学の中で世界的にもこう流し知られた天才学者って言われてたんだよね。
うん。
そう、で、他にもね、学会等から推薦された研究者で、相当なね、エリートの人たちが多かったんだよね。
うん。
でね、選考基準にね、死ぬかもしれない場面にあいながらも、死ななかったものっていうのがあったんだよね。
うん。
それでね、まず選ばれたのが、元海軍特攻隊員の人で、この人はね、終戦が2,3日遅れてたら命がなかったっていうような人なんだよね。
うん。
で、戦後は太平洋をイカダとかタグボートに乗って輸送する仕事をしてた人で、こんな人も選ばれてる。
うん。
ここでね、ちょっと紹介したいのが、南極へどうしても行きたい25歳の青年がいたんですよ。
うん。
彼は京都大学院で地球物理学を学んで、大学の三学部にも在籍してたっていう経歴を持ってたんだけども、
うん。
ただ、自分にはそんな南極隊に選ばれるっていう特殊な経歴もないから、っていう風にちょっと悩んでたんだよね。
うん。
だから、この兄弟ってだけでも十分すごい経歴だけどって思ったんだけど、
うん。
多分それほど難しかったんだろうね。
ああ、そうだろうね。
ね、行きたい人もいるし、数が限られてるから。
うん。
で、南極へね、希望する人たちの多くは当時、自動車免許を取りに行ったんだって。
おお。
これは南極でさ、雪上車って、雪の上をキャタピラで動くやつ。
うん。
自分が要求されるから、取っておこうっていう人たちが多かったらしい。
おお。
そう、でも彼はね、ふとね、中学生の先生が教えてくれた言葉を思い出したんだって。
うん。
それはね、「諸君はパイオニア的人生を送りたまえ。」って言われたんだって。
うん。
ここで、この人はね、南極隊に選ばれるために、他の人とはちょっと違った行動をしたんです。
それは何でしょうか。
スピーカー 2
いや、仕様わかんない。
スピーカー 1
で、むずいよね。これね、犬ぞりを習いに北海道の輪っか内まで行ったんでね。
おお。
いや、俺この発想すごいなって思って。
スピーカー 2
まあ、そうだよね。
スピーカー 1
そうそうそう。いや、この大胆だしさ、なんかその、エビぞり好きとしてはどう思う?
スピーカー 2
え?ああ、小片郎ってなんか、そり系はもう全部極めてるじゃん。
スピーカー 1
なんかやめたほうがいいそう。
スピーカー 2
え?
スピーカー 1
そんなんじゃないんだよ。
スピーカー 2
あ、そうなの?
スピーカー 1
そう。彼はさ、この犬ぞりを習得したことによって、南極隊の中でも冬を越して1年間過ごす、その越冬隊員に選ばれてるんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
そうそう。これ11人しか選ばれないんだけど、そのうちの数少ない1人なんだよね。
スピーカー 1
おお。
なんか当時ね、その南極隊って雪上車だけじゃなくて、犬ぞりも活用したんだって。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
雪上車は今ほど発達してなくて、故障して動かなくなることも多かったから、犬ぞりも使ったらしいんだけどね。
ああ。
そう。だから現在ではね、犬ぞり使ってなくて雪上車とかヘリコプターを活用してるんだよね。
うん。
で、ちょっとこの犬ぞりについてなんだけど、引っ張る犬っていうのは、カラフト犬っていうのが選ばれてるの。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
これ名前の通りカラフト出身の犬で、戦時中まではさ、カラフトの南半分は日本の領土だったんだけども、ここ出身の犬なんだよね。
うん。
で、この犬はさ、コグマみたいにゴツくて毛がフサフサな犬なんだよ。
うん。
で、このカラフト犬が選ばれた理由っていうのが、まず1つに寒さに強いってことなんだよね。
うん。
マイナス20℃とか30℃でも素足で平気で外にいられるんだって。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
でね、2つ目はね、忍耐力があるっていうことで、
うん。
あの、重い荷物でも長い距離をこう走ることができるんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
そう。で、3つ目がね、食べ物なんだけど、カラフトもさ、南極もそうだけど、冬は野菜がほとんど摂れないんだよね。
うん。
でも犬はさ、肉食で、例えば南極で言ったら、冬でもさ、アザラシの肉なんかを食べることができるんだよね。
うん。
で、あの、グリーンランドとかアラスカとかの寒い土地でも同様に犬が人や荷物を運んでるんだよね。
うん。
そうそう。だから草食である馬や牛じゃないんだよね、ここではね。
あー、そうだね。
そうそう。で、そんなさ、カラフト犬っていうのは北海道にもいて、
例えばさ、湾下内では魚を運んでたりしてたから、その関係でね、魚市場でカラフト犬が売買されてたりしてたんだよね。
うん。
で、南極隊は北海道内で犬ぞりに使えそうなカラフト犬を飼い主と交渉して集めて、これをね、第1次の南極隊に連れて行ったんだよね。
うん。
で、1956年11月にいよいよね、第1次南極観測隊が東京から出発をした。
うん。
で、メンバーはね、観測隊員が53名で、カラフト犬はね、22と連れて行ったんだよね。
うん。
特にあの、まだ子犬だったタロとジロっていうのもいた。
うん。
でね、あとね、ミケネコ1匹とカナリア2羽を連れて行ったんだって。
うん。
俺これ、普通に書いてあったんだけど、え、なに、なんで連れて行ったって思っちゃって。
これね、ちょっと調べたらね、カナリアを連れて行ったのは、南極でね、建てる予定の建物が、
当時の家屋に比べると、隙間をできるだけなくした機密性に優れた作りだったんだよね。
うん。
だからあの、室内で一酸化炭素なんかの有毒ガスによる事故を防ぐために、カナリアを使ったんだって。
スピーカー 1
で、このね、太陽がなくなるお別れを記念してね、各日本の隊に関わらずパーティーをするんだって。
そこでね、日本の隊もいつもより豪華なディナーをみんなで食べるっていう催しをしてたりしたんだよね。
で、このね、南極隊はね、大きな目標があって、基地からね、約200キロ南にポツンヌーテンっていう岩山があったんだよね。
そこをね、登頂して測量や地質調査を行うことだったんだよね。
なんか私自身もね、ポツンとした人生だったんだけども、このポツンヌーテンっていうのは、
スピーカー 2
そこ突っ込んだ方がいいか。
ちょっと自然にね。
ポツンとしてないよね、尾形郎は。
スピーカー 1
いや、ポツンとしかしてなかったんだよ。
スピーカー 2
いやいや、尾形郎つったらもうさ、常にさ、人気者だったわけじゃん。
スピーカー 1
徳賀でいつもポツンと教室に座ってたじゃん。
スピーカー 2
そういうネタはいいからさ。
スピーカー 1
このポツンヌーテンって、ノルウェー隊の航空写真によって発見されていたらしくて、
ただね、いまだ誰もその人が登ってない山だった。
標高はね、約1500メートルぐらいで、周辺高度がね、1000メートルぐらいだから、
ま、実質登るのは500メートルほどで、決して高い山ではないんだよね。
ただ往復400、500キロもあるから、しかも南極だしね、っていうこの結構過酷な旅なんだよね。
しかも雪上車の調子がその時悪くて、犬ぞりで行くことを決意したんだよね。
そこでカラフト犬たちが懸命に引っ張って、約10日ぐらいかけてポツンヌーテンに到着してるんだよね。
で、南極隊が登頂に成功して観測などを行ってる。
で、それからまた往復で帰って、結果27日間の長い旅になったんだよね。
犬たちの体重はね、1頭あたり平均約5キロぐらい減ってたっていうから、それくらいね、結構過酷な旅ではあったんだよね。
ただこの当初の大きな目標っていうのは達成することができたんだよね。
で、ちょっとここでね、犬たちのその後にかかる大きな出来事があるんだけど、
ある調査の帰りにね、基地まであと10キロのところで15頭全員をロープから解放したんだよね。
これはね、自分のペースで基地に戻っておいでっていうような思いだったんだけども、
そしたらね、3頭がその日に戻ってこなかったんだよね。
で、翌朝ね、1頭がやっと戻ってきて、その後もね、隊員があたりを探しに行って、もう1頭を見つかったんだけども、
最後までね、結局1頭だけ戻らなくなっちゃったんだよね。
こういうこともあって、あとね、第一次南極帯の調査期間の終盤あたりに犬が1頭鎖が外れて、その辺を走り回っちゃったっていうことがあった。
スピーカー 1
その基地にいた3人を早く戻して脱出しなきゃいけないって言われたんだよね。
この時に第1次南極隊からせめて子犬と母犬だけでも連れて帰ってほしいっていう要望をして、
ただ天候が悪くて1回しか飛行機が飛ばせないような状況で、そのギリギリの中で隊員とその子犬と母犬と残りの荷物を乗せて、
さらにちょっと重量制限がギリギリだったから飛行機の燃料を捨ててギリギリで帰還しているんだよね。
こうして15頭の犬たちは鎖に繋がれたまま残されるってことになったんだよね。
この取り残された犬たちのことをそのいち早く日本にいる人々に伝えられたんだよね。
まだ帰ってないその船の中で電報がどんどん飛び込んできて、
一刻も早く全部の犬を早夜に運べとか、犬の音を忘れたのか、もし犬を残すなら11人は帰るなとかそういう結構厳しい非難の声がたくさん届いたんだって。
彼らはその後も再び基地へ行けないかって探っていたんだけども、天候は結局回復せずに断念して日本へ帰国をしている。
日本に帰ってきた第一次この南極越冬帯の11人っていうのは昭和基地を建設したし、
価値ある南極のデータを持ち帰ったってことで称賛されたんだよね。
その一方で犬たちを置き去りにしたっていうことで非難する人たちも多くて、
実際に他院個人の家に嫌がらせの手紙なんかを送りつけるって人もいたんだって。
しばらく時が流れて1回目の南極越冬帯の成果が評価されて、また次の南極越冬帯が再開されることが決まったんだよね。
この中に犬係だった1人の隊員が次の観測帯にも行くことを決意したんだよね。
これは調査する目的もあったけど、やっぱりその残した犬たちの供養をせめてやりたいっていう気持ちがあったらしいんだよね。
1959年、第3次南極観測帯が約1年後に南極にやってきたんだよね。
前の年の経験もとに船に大型ヘリコプターを詰めるように改造したりして、よりたくさんの重量を運べる体制で行った。
ヘリコプターが昭和基地っていう名前なんだけど、その基地に近づくと操縦士が黒い犬2頭が動いてるのを確認したんだよね。
現地に降り立って、前回も言ってる犬係の隊員が犬に近づいて、でも犬たちは警戒して後ずさりをしてたんだよね。
野生化もしてたし、小熊ほど大きくなった犬を見て、どの犬かその隊員はわからなかったんだって最初。
スピーカー 1
何度か色々な名前を呼んでるうちにタロとジロっていう名前を呼んだら、しっぽが反応して、そこで隊員が犬たちを抱き寄せて再会を果たしたっていうエピソードがあって。
一方で7頭は鎖につながれたまま遺体で見つかってるんでね。
残りの6頭は首輪から外れていて、ただ姿はなくて行方不明になってるんだよね。
なんでこのタロとジロ、この2匹だけが生き延びられたのかっていうのは、これは結局誰も見てないから憶測にはなっちゃうんだけど。
まずさ、首輪が外せたことだよね。
犬は1週間くらい食べてないと痩せてきて、そのために運良く首輪が抜けたんじゃないかって言われてるんだよね。
ただ7頭に関しては首輪が抜けなくて、だから犬係の隊員は前に言ったさ、別れ前にさ、首輪の皮の穴を一つずつ詰めちゃったことを悔やんでたんだよね。
2つ目はさ、タロとジロって15頭の中で一番若くて、当時2歳だったんだよね。
他の犬より生き延びる体力があったんじゃないかって言われてる。
3つ目はね、小さい頃から南極にいて育ったから、昭和基地が家のような存在だったんだよね。
だから基地の周辺から離れなかったんだよね。
他の首輪を抜けれた犬たちっていうのは、おそらく基地から離れて彷徨ったことで、氷の裂け目なんかに落ちて亡くなっちゃったんじゃないかって言われてるんだよね。
こうしてタロとジロだけが助かったんじゃないかって言われるんだけど、
じゃあさ、この犬たちって何を食べて生き延びたのかっていうのも疑問で、
基地にあった食料にはさ、食べた形跡はなかったんだって。
だからね、おそらくペンギンを襲って食べたんじゃないかとも言われてる。
これね、第一次越冬体がいる頃から時々犬たちはペンギンを食べてたんだって。
あとね、南極にはアザラシもいるんだけど、2頭だけだと大きくて倒すのは難しいからね、
おそらくアザラシの糞を食べたんじゃないかって言われてる。
このアザラシの糞にもさ、栄養がたくさんあるらしいんだよね。
で、その後ね、隊員たちが7頭の遺体を丁寧に包んで、ソリで海まで運んで、1頭ずつ沈めて手を合わせたんだよね。
こんな話だったんだけど、この第一次南極観測隊でちょっと自分が思うのはさ、
個人的には鎖だけは外してほしかったなっていうのは後から言えることなんだけど、
でもさ、彼らの行為を非難するつもりもなくてさ、むしろあの状況の中で賢明な対応だったなっていうふうには思うんだよね。