画家ゴッホは言った、このまま行けと僕の中の僕が命じるんだ。
始まりました。大人の近代史、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。ゴッホはね、有名だよね。
ねえ、これなんだろうね。僕の中の僕が命じるんだって。
まあ、なんかあれじゃない?ちょっとおかしくなってた頃の話なんじゃない?
ねえ、ゴッホってすごいよね。なんかパッとちょっと生涯見たらすごい人生だね、あの人。
うん、ちょっとおかしかったんでしょう。わかんないけど。
ああ、そうなんだ。
うん。
今日はね、ゴッホにも大きな影響を与えている人のお話をしたいなって思います。
はい。
最もね、この大人の近代史で扱った中でも有名な日本人かもしれないですね。
最も有名な日本人。
うん。日本だけじゃなくて、世界でもその名が知り渡ってる人物。
今日のテーマは、
はい。
ガキョウロウジン、万字です。
知らない。
知らない?
うん。
うそ?ごめん、なんか俺言い方が間違えたかもしれない。
ガキョウロウジン、万字だよ。
知らない。
そう。これ、あの、葛飾北斎です。
ああ、葛飾北斎ね。
そうそうそう。この人、あの、いろいろさ、画号ってペンネームみたいなのをさ、書いてるんだよね。生涯で30回ぐらい書いてるって言われてて。
うん。
この晩年のね、さっき言ったのが画号なんだよね。
あれ、葛飾北斎は本名ってことだよね?
あ、この北斎っていうのも、40歳頃から数十年使った画号なの。
ああ、そうなんだ。
そうそうそう。デビューの時はね、俊朗っていう名前、あの、画号だったり。
うん。
そうそう、いろいろ書いてるんだよね。
ああ、そうなんだ。
うん。こうやってさ、あの、長さ、有名になった医師が、自分の画号を捨ててさ、他に変えるっていうのは普通考えられないわけよ。
まあ、普通そうだよね。だって、無名からまたスタートするようなもんになるわけじゃん、変えちゃうと。
そうそう。ねえ、藤子藤代Aが藤子藤代Bになるみたいなもんじゃん。
いや、それはなんかわかるけどさ。あ、変えたのね、みたいな。
それはね、確かにね。いや、だから、それぐらい、まあ、実力も自信あったのかもしれないけど、
うん。
まあ、あとなんか、画号売ってお金を得てたっていうのも、なんか言われてたりするんだよね。
ああ、そうなんだ。
うん。まあ、あと彼自身ね、やっぱね、名声には興味がないんだよね。
うん。
で、ひたすら絵を追求したっていう人なんでね。
ああ。
そう。で、幸いさ、あの、頻繁にこう、画号を変えたことによってさ、
うん。
まあ、今日においてさ、出版順序を想像しやすくなったわけよ。
うん。
この時期の作品なんだなっていうのが、後から追えるわけよ。
ああ、なるほど。
そうそう。まあ、そういうメリットも実はあるんだけど。
うん。
で、この人って言ったら、やっぱ江戸時代後期の浮世絵師なんだよね。
どういうことだ。
そぞろっていうのがさ、漫画のまんっていう漢字を当てるんだけど、
なんとなくっていうような意味なの。
だからまあ、気の向くままなんとなく描いたっていうような、
まあそういう彼らしいタイトルなんでね。
そっからだいぶ経って、70過ぎてからようやく富岳三十六計っていうのが出版されるの。
で、彼はさ、さっきも言ったけど、江戸時代後期の浮世絵師として有名なんだけど、
まずさ、浮世絵ってそもそもなんなのっていうちょっと漠然としてる概念で、
大人の人もちょっとライトに入ってほしいんで、
一応こっから説明するんだけど、浮世絵の浮世っていうのはさ、
それまで戦国時代はさ、戦乱が続いたこう辛い時代だったんだよね。
この頃と浮世って言い方するんでね。
で、その時代が終わった江戸時代ではさ、この世を浮かれて楽しもうっていう、浮世の浮きって漢字が浮くっていう漢字に変換されて、
今の浮世絵の浮世の字が当てられた。
で、そんな時代の日常を描いた絵画のことを、全般的に浮世絵って言うんだよね。
よくさ浮世絵って言うとさ、木版画のイメージを持つ人がいるんだけど、
これはね、必ずしも正しくなくて、浮世絵にはね、肉筆画と木版画って大きく分けて2つあんの。
で、肉筆画っていうのは、絵師が直接描いたこの世に1枚しかないものなんだよね。
だから、これは値段も高くてさ、庶民が手に入れて楽しむってことは難しい。
で、晩年の北斎が力を入れたのも実は肉筆画なんだよね。
で、富角三十六景にしてももう1つの木版画で描かれてるんだけど、
これはさ、絵師が描いた絵を彫り師がさ、木の板に彫って、そんで擦り師が擦って浮世絵を制作するんだけど、
当時さ、やっぱりコピー機なんてない時代だからさ、
こうやって大量生産することで、庶民でも安価に絵を手に入れることができたんでね。
そうそう。で、ちなみに最初の木版画っていうのは、墨1色だけだったんだけど、
技術が進んで、二色絵って言われるさ、いくつかのこう色を組み合わせてすることができるようになったの。
前ね、長丸と見に行ったよね、二色絵ね。
見に行ったね。
横浜んとかね。
そうそう。
色ごとにさ、木版を彫るんだけど、そこに色を重ねていくっていう感じなんだよね。
例えばさ、5色使いたかったら、5枚の木版がそれぞれ必要で、
これは青だけの木版で彫って、そんで青を当てて重ねるんだよね。
で、次は赤だけの木版を重ねるっていう具合にやっていくんだけど、
これがあの富岳三十六景もこの二色絵になるんだよね。
あー、そうなんだ。
そうそう。で、初期の浮世絵っていうのはさ、美人画と役者絵っていうのが人気があったの。
そこに風景を描いた名所絵っていうジャンルに火をつけたのも、
この葛飾北斎が描いた富岳三十六景なんだよね。
で、これ名所絵っていうのはさ、日本各地の名所の風景を描いた絵で、
江戸時代になってさ、庶民の中で旅行がブームとなってたんだよね。
これはさ、絵じゃないかの時もやったけどさ、伊勢参りの影響もあるんだよね。
で、お参りだったらさ、旅行手形が取りやすいっていうのがあって、
とは言ってもさ、今のようにインフラが整ってるわけでもないから、
庶民が気軽に旅行することは難しい時代だったんだよね。
だからさ、こうやって名所絵を見て思いを膨らませて、
今でいう旅行パンフレットみたいな役割でもあったわけ。
そこにさ、目をつけたのが、富岳三十六景の阪本っていうんだけど、
阪本ってオーナー兼プロデューサーみたいな立場なんだけど、
永住堂、西村屋、与八っていうのがあって、
ここが阪本なんだけども、浮世絵の木版画ってさ、この阪本がいて、
世の中のトレンドから何が売れるのかっていうのを考えて、
絵師や彫り師とかに要望を出して作らせて、
大価を払うっていうような関係性なんだよね。
その絵師に選ばれたのが、当時実力のあった葛飾北斎なんだよね。
で、富岳三十六景っていうのは、三十六の絵からなっているわけではなくて、
全部でね、四十六図あるの。
そうそう。もともとね、最初はね、三十六図の予定だったんだけども、
人気があって好評だったので、後から十図を追加して出版してるんでね。
ああ、そうなんだ。
そうそう。で、出版される前にね、阪本っていうのは広告を出すんだけど、
広告文がね、「その絵は富士の形のそのところによりて異なることを示す。」って出してるんだよね。
富岳三十六景の富岳っていうのは富士山のことで、
いろいろな場所から見た風景と、そこから見える富士山っていうのを描いてるの。
これ、なんで富士山なんだって思うかもしれないけど、
富士山っていうのはさ、そもそも古来からの信仰の対象でもあったんだよね。
特にさ、江戸時代っていうのはさ、富士公っていう信仰が民衆の間に広まっていて、
これはさ、富士山を崇拝してさ、拝むために集団で登ったりとかさ、
各地に富士山の神を祀った富士塚っていうのを作って参拝したりとかもしてたんだよね。
こんな風にさ、注目されていた富士山と旅行ブームを掛け合わせたのが富岳三十六景だ。
広告にはさ、藍づりであることをさ、強調してるんだけど、
この藍づりっていうのはさ、富岳三十六景の中でも最も注目されるところでもあるんだけど、
鮮やかな青、藍色が使われてるんだよね。
これね、北斎ブルーって言われるぐらいさ、この色が今でもね、世界中の人を魅了してるんだけども、
まさにこれがね、青の革命とも言われてるんだよね。
この色ってさ、18世紀の初めにプロイセン王国のベルリンの職人がいて、
赤い顔料を作ろうとしてたところに、偶然できてしまった人工顔料なの。
で、これね、西洋ではプルシアンブルーって言われたりするんだけど、
現在ね、日本ではベルリンの発音が詰まってベロアイって呼ばれてるの。
ベロにアイ色のアイでベロアイなんだけど、
それまでさ、日本ではさ、青の色を出すのに梅草とかさ、植物を使ったりしてたんだよね。
たださ、水や湿気に弱くてさ、扱いにくくて、変色しやすかったんだよね。
で、思うような青が出せなかったんだけど、そこに人工顔料のこのベロアイっていうのが登場するの。
で、当初はさ、これ結構高価なもので、ただ19世紀に入ってくると中国で大量生産がされて、
価格がね、大幅に下落してった。
で、日本の浮世絵にも使われるようになったっていう経緯がある。
だから当時のね、日本ではね、まだ珍しいこのベロアイをふんだんに使ったのが富岳三十六経で、
最後に出た十図以外の三十六図の輪郭線にもベロアイが使われてるんだよね。
でね、自分でちょっと今回図書館行ってさ、閲覧のみできる原寸大の富岳三十六経っていうのがあるの。
大判って言われるサイズなんだけど、縦がさ、26.5、横が39センチあるんだけど、
A4サイズよりちょっと大きなサイズで、それをさ、全部一つ一つちょっと見てたんだけど、
やっぱね、ものすごくベロってんだよね。
なんでベロってるんだって。
いや、なんかベロアイからちょっときつい。
言ってる意味がよくわからない。
いやでもほんとね、なんか単純にすごくベロベロしてて。
ベロベロ?
これさ、こうやってさ、ベロアイが使われたからこそさ、今でもこの北斎ブルーっていうのがさ、美術館とかで楽しむことができるんだけど、
これがさ、例えば梅草とかの植物から色を出してたらさ、今現在かなり変色が進んでるかもしれないんだよね。
あー、まあそうだよね。
で、ちょっと富岳三十六経の代表作だけ一部抜粋して紹介したいと思うんだけど、
まずちょっとさっき長間の中で出てこなかったんだけど、これが出てくるかなと思ったんだけど、
でそれを自己流の解釈で表現してるの。
だからさただの日本の古典的な絵じゃなくて、
彼が描いた絵っていうのはヨーロッパの人たちにもあのどこかこう馴染みのある絵でもあったんだよね。
そうだからこそ人気を得たんじゃないかって言われてる。
で最後はさあのちょっとさっきの3つ目にも関わってくるんだけど、
彼の絵は西洋に評価されたからっていうのがあるんだよね。
浮世絵ってさヨーロッパに渡ったことで突然こう価値が上がったわけで、
もちろんさ当時の日本でも北斎っていうのは人気があったんだけど、
それだけならさ今のような価値にはなってないはずなんだよね。
これはさ幕末期にさ来日した外国人によって多くの浮世絵が持ち替えられたんだよね。
それがさパリの印象派のさ画家たちを中心に人気が出たりとか、
有名なモネとかルノワール、ゴッホとかの画家に大きな影響を与えてるんだよね。
そうゴッホなんかさ500点ぐらいさ浮世絵を実際集めてたりって言われてるんだよね。
でこんな風にさなんで人気が出たのかっていうとさ、
神奈川沖縄村がさ最も人気をさ得てることからも、
それまで西洋の美術っていうのは波っていったさ自然だけがテーマになるような作品っていうのはほとんどなかったんだよね。
これは西洋の美術っていうのはさギリシアローマからスタートしてて、
宗教画をルーツとしてるの。
だからさ神を頂点として自然界は神が作ったっていう考えなんだよね。
だから作品も聖書や神話を題材にしたものが多いんだよね。
そこにさ北斎の波だけを描いた作品を目にして驚かされるわけよ。
日本ってそもそも多神教の世界観だからさ、
自然界は全て神が作ったっていう概念はなくて、
自然をテーマとする作品っていうのは珍しいことじゃないんだよね。
あとさ、さらにさ西洋の美術っていうのはさ、
見たままを美化することなくありのままに描くっていう写実主義っていう流れがあって、
そこからさ写真の出現もあってさ、
見たままの現実を見てる人の印象を加えて描く印象派っていう流れができたんだよね。
で、その時に北斎の絵っていうのは注目されるの。
なぜなら北斎っていうのはさ、ただ風景を描いてるだけじゃなくて、
独自の視点だったり構図を描いてるし、
さらに色とか形も自由に表現をしてるっていうのがあるんだよね。
で、結果さ幕末明治時代にかけてもさ、
多くの浮世絵が注目されて海外に流出してったんだよね。
で、北斎の絵を海外のコレクターが多く所蔵してるっていう現実もここにあるんだよね。
確かにその昔さ、ほらいわゆるさ、一番わかりやすいので言うと平安美人みたいな価値観あるじゃん。
あるある。
のっぺりした感じの、今の美の感覚とは全く違うわけじゃん。
そうだよね。
なんかやっぱりその辺って西洋的価値観がさ、もう完全に根付いちゃってるのかなっていう気は、
まあそれ言われて、そういえばそうだよなって思ってさ。
でもなんかそれがさ、当たり前のようにもう受け入れてるもんね。
なんか、ああそういうもんなんだって。
で、変な話さ、完全にそれに飲まれちゃってる自分もいるわけじゃん。
そうそうそう。
だからさっき言ったさ、浮世絵に出てくるさ、たとえばその女性、美人画の女性がさ、
見たとしても別に美人じゃないよなみたいな感じに思っちゃう自分はいるわけじゃん。
これなんか人によってすげークレームきそうだけど。
だってでも事実じゃん。
まあ確かにね、全然違うよね価値観がね。
いやまあ今の価値観、だってそれこそさっきのさ、そのドクモみたいな言葉も出てきたけどさ、
じゃあドクモがあんな人いるかって言ったらいないわけじゃん。
いないわけ、アナウンサーもいないわけだよね。
そうそう、だから価値観は今そっちに行っちゃってるわけじゃん、美の価値観が。
まあ人がどう思うかはもう別としてね。
全体的なさ、美の価値観はそっちに置かれてるわけじゃん。
そうだね。
それはやっぱり西洋的価値観なのかなってちょっと今こう改めてね、おって思ったよね。
そう、ちょっとすごい着地地点に行ったんだけど。
まあ北斎自体はね、俺全然さ、美術師ってわかんないからさ、
今日小片郎がさ、説明してくれた神奈川何たら波浦と、
沖浪浦。
沖浪浦と赤い富士山しかわかんないからさ。
確かにね、大人の近代史でもね、こういう芸術とかなんかアートみたいな関連の初めて扱ったからね。
さすがなんかね、もう美術の魔術師と言われた小片郎であるよね。
いや、ど素人だよ。
でもほら言ってもさ、小片郎何でもできる人じゃん。
どっちかっていうとさ、その絵的な才能っていうか、写真好きじゃん。
いやいや、とは言ってもだよ。
いやいや、そういうなんかなんだろうな、ちょっとこうね、バランスよく才能を持ってるからさ、
その辺はすげえなって思う。
俺だったら絶対扱わねえもん、美術師とか。
ちょっと挑戦でもあったんだよね、今回は。
いや、すごいね。
まあね、うちらはあれだよね、前にね、その墨田北斎美術館行ったからね。
あの入口だけね。
受付でね、あの若い女性に、あの一人いくらですか?つって。
たっけ?
2000円って言われて。
ちょっと横で考えていいですか?つって。
何を横で考えるんだ、こいつらみたいな。
本当にさ、横でさ、あの受付見える位置でさ、2人で財布もさ、どうしようかなって相談してたんでね。
2000円だぜみたいな。
そこで決断したのがまさかの行かないっていう。
いや俺はあれは英談だと思ってる。