で、その後日本側は停戦するために何度も交渉薬を派遣して、
これね、1回目2回目ともソ連軍に交渉薬が射殺されてんだよね。
そう。で、3回目でやっと交渉薬の派遣によって、ようやくカラフト全土で停戦協定が成立した。
そう。この日が8月22日な。で、3戦巡覧事件があったのも8月22日なんでね。
という何かこの日付。こっからちょっと3戦巡覧事件入っていくんだけど、
8月13日から23日にかけてカラフトでは北海道へ船で住民を避難させる緊急疎開が始まった。
この北海道に行こうとする人たちの数ってどんどん費用ごとに増えていって、
船に乗ろうとする人で港はいっぱいになって、こう群衆に押されて海に落ちたりとか、
なかなか乗船できずに、乗れないって分かってても船に飛び乗って海に落ちちゃったりとかっていうのも人たちもいたんだよね。
そうそう。だから結構多くの死体が海に浮かんでいる状況もあったって言われてる。
で、北海道へ避難する船に乗るには、やっぱりこんだけの大人数を全員が乗せられないわけよ。
だから優先順位をつけたんだよね。これが女性と14歳以下の子供と65歳以上の高齢者が優先だった。
これでその枠に入らない優先されない成人男性とかいるわけじゃん。
長丸だったらどうするかっていうのをちょっと考えてほしいんだけど、
これね、実際の証言であって、妻と幼い子供がいる男性がいたのね。
まさにさ、うちらと似たようなケースじゃん。家族構成というか。
この人は妻一人で多くの荷物を持ってるわけだから、子供をさらに連れて乗せるっていうのは心配だから、
船内まで遅らしてほしいって言って、本当は入れないんだけど取り締まってる人に許可をもらって船内に入った。
で、この男性っていうのはそのまま家族とともに船内から戻ってこなかった。
こういうケースでね、ちょっといくつかあったんだよね、実際。
なんかこれって、まさにタイタニックの映画でも似たような光景が描かれてたと思うんだけど、
ああ、そうだね。
なんかあの、確か成人男性が助走して救命ボートに乗って助かったっていうような。
なんかタイタニックはさ、ちっちゃい小舟いっぱい出してさ、上流階級からどんどん乗ってってやつだよね。
そうそうそうそう。
なんかこれもさ、人の真理というかさ、もう一つのケースは同じ条件なんだけど、
家族が心配だから船内まで送り届けたのは一緒なんだけど、その後ね、船から降りてるんだよね。
うん。
で、カラフトの大泊り港っていうところに行くと、もうね、2、3万人の軍手が小笠原丸を待ってるわけよ。
うん。
その避難民たちを乗せれるだけ乗せて、広盤に立つところがなくなるまでこう乗船をさせたんだよね。
うん。
そう、約ね、1500名ぐらい。
で、これね、1回目ね、実際ね、無事に送り届けて、2回目の救助に向かったの。
うん。
で、その時も乗せれるだけ約1500名ぐらい乗せたって言われてて。
うん。
実際ね、ただ乗せた時に定員オーバーで約ね100名ぐらいは出港直前にね、降ろされてるっていうのもあるんだよね。
うん。
これが結構さ、後々運命のなんだろう、線引きというかさ。
うん。
実際に乗れなかった人が生き残ったケースもあるわけよ。
うん。
で、この小笠原丸っていうのは、2回目の時は、輪っか内に1回行って、約ね900名をね、そこでね、降ろしてんの。
うん。
その中に冒頭で言った昭和の名誉小綱大砲っていうのもいるんだよね。
うん。
そうそう、この人たちは助かってんの。
うん。
で、さらにこの船っていうのは小樽に向かったんだよね。
うん。
残りのね、600名ぐらいは降りずに、この小樽に向かったの。
うん。
これ多分あれやっぱり、輪っか内ってめちゃめちゃ北じゃん。
うん。
だからやっぱ小樽に行きたいって人多かったんだろうね。
あー、まあそうだね。札幌はね、全然小樽の方が近いしね。
そうそうそうそう。
で、ここで船ってさ、海軍の警備兵っていうのが乗船して、やっぱ戦時中だったから、
うん。
いつ攻撃されるかっていうのもわからないような状況もあったから、
この水中のね、超音レシーバーを使って、あの潜水艦からの攻撃っていうのは常に警戒してた。
うん。
で、8月22日になって、あのこれ早朝のね、4時頃なんだけど、
うん。
このレシーバーを耳に当てた兵士が魚雷音に気づくんだよね。
うん。
で、一発目は気づいて急旋回して魚雷を回避したんだけど、
うん。
すぐさまもう一発魚雷が放たれて、これが船にぶつかって、
うん。
で、激しい爆発とともにもうあっという間に沈んで、1分もしないうちに沈んだって言われてるんだよね。
うん。
で、後々の調査でわかったんだけど、攻撃したのはソ連潜水艦のL12って言われてるの。
うん。
これさ、小笠原が沈没して海に投げ出された人もいっぱいいるわけじゃん。
うん。
で、その中にソ連潜水艦っていうのは海上に浮上してきて、
助けを求める人々に向けてさらに機関銃を撃ち始めたんだよ。
うん。
で、ここで本当にさらにまた多くの人が亡くなるっていう。
うん。
そう。で、これってね、近くの海岸に必死にたどり着いた人がいて、
うん。
で、これで近隣住民が気づいて、
うん。
で、そこにはもう交番にさ、たくさんの女性とか子供も乗ってたわけよ。
うん。
それを目視で確認できる距離がありながら浴びせ続けたっていうのがあって、
うん。
で、実際にもう本当にすごい惨状になって、
首とか手が転がってきたりとか、
うん。
肉片がもう飛び散るようなすごい惨状だったんだよね。
うん。
この砲撃によって船の心臓部であるエンジンもやられて、
うん。
ボイラーなどが壊れて、こう蒸気が吹き出して、
で、船は沈んで、こう生きてる人は必死にこう海に飛び込んだわけ。
うん。
でもこれもまた海に飛び込んだ人たちに対しても、
ソ連の兵っていうのは、こう銃弾を浴びせ続けたっていうのが実際に記録として残ってるのね。
うん。
まあ、こんな惨状が3隻の船であったんだけど、
うん。
唯一さ、沈没を免れたこの第2新公丸なんだけど、
うん。
ルモイ港っていうところに何とかたどり着いて、
うん。
こうルモイの町の人って懸命に救助活動してくれたんだよね。
うん。
で、まずはその船の中にも遺体っていうのもかなりあって、
うん。
で、遺体の損傷がね激しくて、結構バラバラになってる遺体っていうのも多かったの。
うん。
で、これを同一と思われる部位を繋ぎ合わせてこう並べたりとかして、
うん。
で、識別がね、でもつかないものに関しては袋に入れて、
うん。
家族がまあその中に直接こう手を入れて、自分の家族の遺体なのかっていうのを探すっていうような、
なんかねもう本当にすごい惨状なんだよね。
うん。
で、このルモイの町の人っていうのは各家庭に生存者っていうのを泊まらせて、
うん。
その家庭にはさ第二振興まで積んであった米がねいっぱい積んであったのよ。
うん。
これさ当時日本中が食料なんで、
うん。
しかも北海道に避難民がいっぱい来たから食料不足が深刻だったわけ。
うん。
だから北海道町の養成でこの緊急疎開線に空太で結構備蓄があったから、
備蓄されてる米を運んだっていう経緯があったの。
うん。
で、その米ね、ただ海水に濡れてだけじゃなくて、
死傷者のこう血で染まったもうピンク色の米になってたんだよね。
うん。
そうそう。
実際ね何回も問いなんだけど、生臭くて匂いも取れなかったって言われてる。
うん。
ただ食料にこう余裕なかったから実際にもう食べるしかなかったっていう。
うん。
だからこれ米がさ、こんだけになるっていう相当の血の量というかさ、
うん。
いや、恐ろしいなってね。
まあそうだよね。だって結構な米の量があったわけでしょ。
そうそう。まあ全部ではないかもしれないけど、もう大半がそうだったっていう。
うん。
すごいよね。
で、結局その小笠原丸、台東丸っていうのは沈没をして、
うん。
第2新興丸は大きな損害を受けながら何とかたどり着いたっていうような。
で、このね、犠牲者、冒頭でも言ったんだけど推定ね約1700名ぐらい。
うん。
たださ、船に乗り込めるだけ乗り込んだから名簿も存在してないし、
うん。
正確な数は分かってないの、実際は。
うん。
で、この数字は海岸に打ち上げられた死体の数とか、
うん。
生存者やこう亡くなった家族が申告したものからカウントしてるのよ。
うん。
だから、一家全滅した場合とか、死体も見つからないっていう場合のケースはカウントされてないの。
ああ。
ということは、もっとこれ以上にいるっていう可能性は高いんだよね。
ああ、そうだね。
で、これさ、ソ連の立場っていうのは日本はさ、8月15日を終戦としてるじゃん。
うん。
で、ソ連はさ、戦争を継続してるっていう認識なんだよね。
うん。
これはさ、9月2日に幸福文書に日本は調印して、
うん。
その日をソ連だけじゃなくて、アメリカとかも終戦としてるんだけど、
うん。
たださ、仮に戦争中だとしてもさ、
うん。
民間人を乗せた救助船を攻撃していいのかっていうところに行き着くんだけど、
うん。
潜水艦が浮上してさ、女性子供高齢者ばかり乗ってるってことを目視で確認もしてるし、
うん。
それでいてさらに銃撃をして、
うん。
で、実際にもう海に投げ出されてる人に対してさ、攻撃をしてるわけよ。
うん。
しかもさ、3戦目のさ、大東丸に関しては、
うん。
エンジン停止して、白旗を挙げて、降参の意思表示もしてるわけよ。
うん。
で、これって当時でさえ戦時国際法違反なんだよね。
うん。
だけど、戦争に勝った国っていうのは一切裁かれないし、
うん。
これ今でもロシアは公に3戦巡覧事件っていうのを認めてないんだよね。
うん。
じゃあなぜこの事件がソ連によるものかっていうのが分かったかっていうと、
うん。
1991年だいぶ経ってから、
うん。
タクショク大学の教授がソ連国防省に調査を依頼して、
うん。
回答が届いたんだよね。
うん。
で、そこには旧ソ連太平洋艦隊の潜水艦L-12とL-19による攻撃っていうのが確認できる資料があったの。
うん。
細かくね、そこには魚雷攻撃とか砲撃の回数っていうのもその当時記録されているのが資料として残ってるんだよね。
うん。
まあそんな3戦巡覧事件なんですけど、中丸、どうでしょうか。
そうだね。まあその戦時国際法違反とかもそういう括りで言ったらもちろん違反なんだけど、
うん。
やっぱり日本がさ、終戦ってところでさ、日本ってどうしてもこう間をついたというかさ、
うん。
グダグダだったわけじゃん、もう一言で言うなら。
うんうん。
で、軍備もさ、解いちゃってたっていうのもあるしさ、もうやられ放題だったんだよね、やっぱりその時って。
うんうん。
だからそこがすごい難しいところでさ、やっぱ軍備を解くからにはそれなりにちゃんともう大丈夫って時に軍備を解かないと本当はいけなかったとは思うんだよね。
うんうん。
でもね、まあ趣味主導の戦いとかもそうだけどさ、結局解いちゃったがために北方領土まで取られちゃってるわけだし。
そうだね。
うん、だから耐えようと思えばもしかしたら千島列島の奥の方で耐えられたかもしれないわけじゃん。
まあね。
まあ、カラフトは多分ね、ダメだったと思うけど、おそらく。
ああ、まあでももうその余裕さえもなかったんだろうね。
うーん、まあそうだね。だから戦っちゃうとさ、やめてないじゃんでまた原爆落とされるかもっていうのも多分あったんだろうね。
うんうん。
でも戦ってる相手が違うじゃん、ソ連じゃん。
まあそうだね。
ね、でアメリカが別に守ってくれるわけじゃないし、アメリカもほらソ連とヤルタ海談で密約結んでてさ、もう穴勝ちまあいいやって思ってたわけじゃん、要するに進行してくる分には。
うんうん。
っていうのも多分あるんだよね。だから結局本当に戦勝国にいいようにやられちゃったっていうのはあると思うんだよね。
ああ、確かにね。
ね、だって言ってもやっぱ攻めてきてるわけだからさ、軍備解かないでね、守るべきだったところにやっぱ守れなかったっていうことがね、まあ犠牲を生んでるわけだしさ。
うん。
戦いたくても戦えなかったっていう兵隊がすごい多いわけじゃん。やっぱりマンシュンの時もそうだし。
うんうん。
もう武器捨ててさ、降伏してシベリアに連れてかれちゃってるわけじゃんみんな。
そうだね。
うん。なんかひどい話なんだけどね、そう考えると。
うん。
って感じかな。
ね、あとさ、これさ、カラフトって起こった出来事とかって対象的なその沖縄とかと比べると全然そのメディアにほとんど取り上げられないんだよね。
うんうん。
教科書にも参戦中な事件ってもちろん載ってないんだよね。
ああ、そうだね。
そうそう。で、自分もさ、何回かこの北のさ、カラフトも含めてさ、エピソードとして試みたんだよ何回も。
うんうん。
でも結局資料とかがなさすぎて諦めたりとかもしてるんだよね。
うーん、そうだね。
うん、すごい対象的だなって思って。
うん。
うん、なんかそれはやっぱソ連が関わってるからなのかなっていうのもちょっと思って。
ああ、だろうね。結局ソ連にもう口止めされちゃってって言えなくってっていう人も結構多いわけじゃん。シベリア浴露なんかもそうだけど。
ああ、そうだね。
っていう圧力かけられてたのかもしれないし、だってなんかかわいそうなんだよね。結局さ、ソ連側にこう捕まった人たちってさ、解放されても結局赤なんじゃねえかっていうんでさ、日本国内でも疑われちゃってたわけだからさ。
そうだね。
すごいそうかわいそうなんだよね本当に。別に本人は被害者じゃん完全に。
うん。
なんかすごい南と北でこんなに違うんだっていうのはすごい思うよね。
うん、確かに。
まあ南もっとひどかったけどね、そんなこと言ったら。沖縄戦なんてもう何人死んだんだってぐらい死んでるわけじゃん。
まあ規模はすごいね。
うん。
そう、だから何だろうこれ日本映画の歴代興行収入の3位がタイタニックなわけよ。
うん。
だからこれイギリスの豪華客船に注目するのはいいんだけどさ、本来ならこの三船巡覧事件をもっと注目されるべきだよねって思って。
まあそうだよね。同じ沈没、まあタイタニックとは沈没の理由が違うけど。
ね、そうだよね。
何それ。
まさか普通に返されると思わなかった。
いえいえいえ、でもそうじゃん。
いやでも本当にそう思う。
ね、映画としても描かれてももっと何だろういろいろ注目されるべきかなと思って。
うん、まあ事件としてはさ、聞いたことあんなぐらいな人は結構多いと思うんだよとは言っても。
ソ連がそうやって攻めてきて、船沈められましたっていうのはなんとなくこう知ってる人はいると思うんだけど。
やっぱりワードとしてさ、どこにも載ってないんだよ。
教科書には載ってないし少なくとも。
うーん。
そう、教科書の悪いところってさ、8月15日終戦で終わりにするでしょ。
ああ確かに。
そう、この機会だからちょっと言っちゃうけどさ、いや終戦って9月2日なんだよ。
うん。
そう、世界的に見てね。
でもさ、日本の教科書って8月15日で終わりにしてさ、北方領土問題とかもすごいうやむやにしようとするじゃん。
うーん。
そう、だからそれが良くないんだよねやっぱり。
8月15日って何の日かっていうとさ、ただただ天皇がさ、戦争をやめますっていう放送しただけじゃん要は。
まあね、15日に関してはね。
ほら、だってポツダム宣言受託したのは14日じゃん。
うん。
15日って何にもないんだよ本当に、玉音だけなんだよ。
うん。
でも終戦の日は15日でしょ日本って。
ああ、でもそれもあれなんじゃない?日本の思惑もあるんじゃないの?
まあやっぱり天皇が玉音放送したからっていうのはもちろんあると思うし、でもやっぱりそこでもう終わりにしたいっていうなんか
黙殺してるっていう感じもあるよね。
ああ、あと北方領土も県もあるから15日にしたいとかいうのもあるんじゃないの?
うん、だって結局戦闘はさ、カラフトだってさ、そうだしシムシトウだってそうだしさ、継続してたじゃん。
ああ、まあね。
15日以降も、そう。
うんうん。
ってことは、え、戦ってるのに終戦っていうさ、なんかそのすげえ単純な矛盾があることにさ、なかなか意を唱えないっていうかさ、そんな普通に考えておかしいじゃん。だって戦ってんじゃんみたいな。
うんうん。
日本軍が戦ってるじゃんっていうさ、しかも日本の領土で戦ってるのに終戦なわけだよ。
そうだね。
そう。っていうのをやっぱり教科書とかにはこう載せてほしいんだよね。
ああ、確かに。
そう、だからやっぱり載らないからさ、みんなそこに注目しないわけでさ、調べようとも思えないしさ、知らない人多いわけじゃん。
うん。
もう日本は8月15日をもってもう戦闘を終了してますみたいなさ、多分そういう人多いと思うんだよね。
うんうん。
俺だって別にさ、はっきり言って学生の時知らなかったし、そういうのを。
うん。
教科書に載ってないから。
そうだね。
そうそう。で、やっぱり社会人になってさ、こうね、やっぱり歴史好きだから、タイミングで調べる時に、え、普通に継続してんじゃんみたいなさ。
ね、こう調べてくとちらほら出てくるよね、いろいろね。
そうそうそう。なんかやっぱりそういう気づきっていうかさ、なんかなんだろうね、事実を隠されてるような感じがすごいしちゃうんだよね、俺はやっぱりそういうのが。