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こんばんは。 こんばんは。こんにちは。
O沢イズミのたつだん放送第31回、O沢イズミとは、 原作担当のO沢イズミです。
作画担当のO沢イズミです。2人で同人漫画を描いています。 今日は何の話をしましょうか。また映画シリーズ。
映画の感想を話す会で、
何の映画ですか。メインとしては、 羅小平戦記2になるかなと思うんですが、
羅小平戦記2を見て、いろいろ考えたときに、 一緒に
タイミングもあって、テレビで、
ズートピアと、 あと柳瀬隆子のチリンの鈴の再放送をやっていて、
これを一緒に考えてみるという回。 羅小平戦記2は2025年。
ズートピアは2016年。 チリンの鈴は?
1980年とかその辺。
70年代の可能性もあったかな。 79年とかだったかな。
ちょっとあやふやです。あの辺。 すいません。 という3大話で。
どれも弱肉強食みたいなところがあるかなと思って。
強いものと弱いものの対立。 共存みたいな話。
どっから話したらいいかわかんないんだよね。 まず、羅小平戦記2見たっていう話。
そうだね。 初めて私4DX
体験したかもしれません。これで。 どうでしたか?
集中できない。
集中できなかった。 私は1回2Dで見て、
もう1回4DXで見たんですけど。
2Dの方では聞こえない音がさ、4DXはさ。
いろんなものが吹き出す音がすごい聞こえるのが、 私は結構苦手かもしれない。
なんかあれだよね、銃弾が打ち込まれた瞬間に、なんか耳元で風がピシュってなったりとか。 そうそうそう。
これは映画の本来の音ではないものが鳴ってるっていう。
あと背中蹴られるみたいな。 咳も揺れるし。
私は咳が揺れるのと、あとプシュっていう音が鳴らない、斜め上とか、いろんな方向からファンで風を送られるやつはいいんだけど、
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なんか水しぶきとプシュって音が鳴るタイプの風は、
やめてほしかった。 なんかむしろ没入感が削がれるよね。
あと水は本当に、その日はコンタクトレンズでしたけど、メガネの人とか本当困るでしょって、だから止められるようになってるけど、
なんか集中しにくい。
それはそれとして。 どうだった?
えっと、 シャオヘイが強くなってて暑かった。
可愛いよね、シャオヘイは。 今回も可愛かった。
シャオヘイの服が良かった。
なんかちょっとフードがついたジャケットみたいなやつ着てさ、
ジャージ、ズボンに、なんかあの子供が履いてる感じのかっこいい靴。
あるじゃん、なんか。 子供が履いてる感じのさ。
運動靴。 運動靴ってかなんかね、かっこいい靴。
可愛かったね。
あとは、兄弟子、姉弟子のルイエも良かったですね。
みんな服が良いよね、デザインが。
ルイエの視点を通してみんなシャオヘイの無邪気さを見るみたいな感じ。
ルイエはさ、師匠に甘えられなくてさ、
そうだよね。
色々複雑な気持ちがあって師匠に甘えられなかったけど、
シャオヘイは何のくったくもなくさ、
素直に。
師匠に甘えてさ、それを自分はそうできないっていうルイエの感じ。
あれも可愛かったですね。
シャオヘイが自然に師匠と手を繋いでたり、あいつをねだったりして。
だけど最後にさ、ルイエも甘えてもいいかもってなるじゃん。
精一杯の甘えとして、時間があったら会いに来てって言って。
可愛い。
前作からこのシャオヘイの成長が胸が熱くなるものがありましたね。
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そうだね。
どういう話だったかっていうと、
妖精と人間がいる世界で、
妖精のなんか偉い人が人間に殺されちゃうんだよね。
そうね、冒頭でね。
冒頭でね。
その犯人、容疑者にシャオヘイの師匠の名前なんだっけ。
ムゲン。
ムゲンが容疑者になってしまって、その疑いを晴らすためにその犯人を、
真犯人をね。
真犯人をルイエとシャオヘイで探しに行くっていう話。
で、その犯人を探していくと、
だんだんその真犯人が妖精のある人だってことがわかってくるみたいな話。
で、そいつと戦って。
なんか、1、ロシアオヘイ戦記の1も、
その人間と妖精の共存をめぐる話ではあるんだけど、
今回もやっぱり、そうはそうなんだけど、
そこがその妖精対人間っていうわけじゃなくて、
妖精の中にもいろんな派閥というか、考え方の人がいて。
1は恩恵派と過激派の戦いだったよね。
でも、今回の2を見ると、
まあ、そうともまた複雑だなみたいな、結構難しい話。
その、前回は結構、二項対立的に、
その風刺派と館派とみたいな対立があったけど、
今回ちょっともう一歩進んで、
なんか私としては、
現代っていう複雑な社会を描こうとしてるっていう感じがしましたね。
なんか、そのマジョリティとマイノリティっていうのが、
その一歩はこっち、一歩はこっちって決められるわけじゃなくて、
09:00
この点で見ればマジョリティだけど、別の視点から見ればマイノリティになるみたいな、
なんかそこもすごい入れ替わるし、流動的なもの。
かつその、争いの種の発端となる部分っていうのも、
その人間と妖精のパワーバランスが変化していくことによって生まれてきた。
人間に対する妖精側の恐れとか焦りとか、そういうもの。
そこもやっぱりパワーバランスが変わってきてるっていう変化する部分みたいな。
数で言うと、一応人間が多数派で、妖精が少数派。
だけど個体としての能力みたいなところで言うと、
妖精のほうが強くて、人間のほうが弱い、ざっくり言うと。
人間には持ってない力がそれぞれある。
だけど人間は科学の力っていうのがあって、
その科学の力を使って武装とかをして、
それをだんだん妖精にとって脅威になってきているっていう。
だからいつかその力をつけた人間が妖精を倒しに来るんじゃないかみたいな、恐れが妖精の中にはあって。
そのどこまでその人間の文明とか、考え方とか価値観とかも含むのかもしれないけど、
そういうものをどこまで受け入れるのかみたいな感じ?
だけど基本的には外交とか使って、直接会いに行ったりとかして、
有効的に共存していきましょうっていうのが大きな路線としてはあるけれど、
だけどそれで本当にいいのかって思ってる妖精も中にはいる。
変な話してたらすいませんって感じだけど、
毎日その批評っていうものは新しい解釈とかそういうものを提案することで面白くなるものだから、
当たり前のこと言ってもしょうがなくて、批評やるんだったらそんな見方はおかしいよって言われることもあるけど、
新しい見方を提案するっていうことで言えば、今回は中国の現代史と重ねるというか、
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ロシア和平戦記2っていうのが世界の中の中国のあり方をどういうふうに中国自身がというか、
政策側がどういうふうに考えてるかっていうのが結構見えるんじゃないかなっていう見方を今回はしておりました。
1で描かれたフーシーたちが住んでいた島とか、フーシーが理想とした社会っていうのは経済面での共産主義。
平等に、得たものは平等にその島にいるものに分配する。
だからフーシーたちが夜、火を囲んだ時に食べ物やいろんなものを分け与えることをやるじゃん。
そういう平等に分配して、みんなで暮らすっていう共産主義の理想的な明るい部分、善の部分っていうのがフーシーの理想を求めた何かだったかなっていうので。
フーシーは人間がやってきて、自分たちの住んでいる場所が奪われたっていうことで戦いに入っていくわけだけど、やっぱり人間社会っていうものが
象徴しているのはその西洋の文化だし、資本主義だと思う、あの映画では。だからこう人間の社会っていうものの良さを描くときに、携帯とかマクドナルドとか
なんか、やっぱり経済発展によって得られるものっていうのがすごく重ねられていると思う。
で、中国は戦争の第二次大戦の後、日本がいわば急速に近代化して力をつけて、それに対してこのままだとまずいってなって、
その共産主義から資本主義を受け入れる流れになっていくじゃん。その経済の発展の遅れを取り戻そうっていう動きがあって、だから
ある程度その経済の部分では、共産主義から自由経済っていうか、そういうものを受け入れて、それでまあ
国民の暮らしを豊かにするとか、経済的に豊かになるっていうことを目指してやってきた。
だけど、それによって生まれた弊害っていうのがあって、例えば環境破壊とか、自由主義に経済になるっていうことは、みんなが平等じゃなくて、持ってる人と持ってない人に分かれるっていうことだし、
都市と地方の格差が広がるっていうことで、そういうことで発生してきた格差の問題とか、あとは
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中国で言えば、韓民族が9割いて、他の少数民族もたくさん実はいる。数としては少ないけどいるっていう、そういう少数民族の問題とか、あるいは西洋からそのLGBTとか自由とか
いろんな新しい考え方が入ってきたときに明らかになってきた、そのマイノリティの問題とか、なんかあるよね、新しい考え方が入ってきたときにあれ?みたいになる、なんか
なんかそういう豊かになった代わりに、基本主義化した代わりに現れてきた
良くない部分みたいな、弊害とかそういうものが結構風刺っていう存在だったかなっていう気がした
まあもちろんそれって
妖精社会の中でその人間の技術とか豊かなものをどこまで受け入れるのかっていうことで、それぞれ違う
妖精たちの中でも意見が分かれているっていうのも、なんかそういう中国の中に暮らしているみんなが同じじゃなくて、それぞれちょっとずつ思うところがあるっていうか
良いものなんだから受け入れればいいじゃんっていうポジティブな人と、でもやっぱり急速の変化っていうもので
こう、ちょっと待ってってなる人がいるのも分かるし
なんかそういうちょっと待ってっていう感じが風刺の中にあるなーっていう
差は伝わらない
いや、えっと
あの
無限とか、あの館の人たちは基本的にはその人間の
もたらしている科学の恩恵っていうのをもう享受しつつ、人間と織り合って生きていきたいっていう
行こうとしている人たちだよね
で、それに対立している風刺は
えっと、その人間がもたらしている
負の側面
科学とか、まあその資本主義の負の側面で、まあ被害をこむったりしていて
だから人間や資本主義を拒絶するっていう人だよね
関わらないでいきたいっていう
だけどそれは現実社会ではもはや不可能だったから
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だから中国と重ね合わせると、まあもともと共産主義とか社会主義っていう
大義を抱えながらやってきていたけれども
えっと、西洋と資本主義と織り合っていきましょうよっていうのが
まあ、無限たち
で、えっと、その時に
あの
反動というか
そうそう、やっぱそこが出てくるよねっていうのは
一の話だと考えている
なるほど、そうだね
中国もね、政治の面と経済の面というのは分けて考えたいところだけど
経済の面ではやっぱり西洋のやり方を
どんどん発展しているところは発展してっていう
しかもこう、基本的にその共存、共栄っていうものがキーワードにあるような気がするなあ
現代史においてはっていう
中国の?
実利を取っているかもしれんっていう見方かもしれないけど
共存、共栄っていうのはどういう意味で使われてるんですか?
その、まあ対外的にも
その
貿易とかはするじゃん
アメリカとか相手であろうと西洋諸国と一緒であろうと
資本主義の国とも共存するし
それによって自分たちも豊かになろうっていう路線でもあるし
一応その内政の面でも
多分その少数民族の部分とか
その台湾とか
あの香港とか上海とか
こう、自治をある程度認める地域があるじゃん
だからそこも
中国の中で
共存して一緒に栄えましょうっていうのを
がある限りは共にやれるっていう感じ
経済的互恵関係みたいなやつ
そうだね、経済において本当にそうだと思う
なるほどね
だけどこう
その
そのやり方を
両手放しで
いいものとしているわけでもない
っていうのがあるかな
結構このロシア和平戦期全体を通して
結構科学に対しては
楽観的というか
科学万歳みたいな
あのトータルで見るとなんかそういう印象になるから
21:01
なんかそこが結構珍しいっていうか
でも経済面では本当にそうじゃない?
受け入れてるでしょうも処方主義っていうか
いやなんか日本とかでさこういうのをやるとさ多分
その負の側面に結構フォーカスしたりしがちな気がするよ
なんかそんな
そう、その時にもののけ姫の話をしましたね
我々の中で
人間社会と森で生きる山犬とか山とか
山の側から人間は敵だっていう感じとかを出してたし
でもロシア和平戦期言うと
その山がもうピストルとか持っちゃってるみたいな
スマホとか持ってるし
人間のことは憎いけれど
それはそれとして人間のもたらす科学の
なんか恩恵は素晴らしいみたいな
でもそこもじゃあその西洋的な価値観っていうものを
全部受け入れるかって言うと
そうでもないっていうのが今回やっぱり
じゃあ人間と本当にうまくやれるのかみたいな時に
その妖精を攻撃できるルオムっていう物質みたいなやつを
人間が持つことは良しとしないし
みたいなところとか
そのやっぱり人間を脅威と感じて
その争う攻撃の理由を作ることをやるっていうところも
でその中国とこのロシア和平戦期を重ねて考えた時に
2はどういう話になるんですか
でもそこも基本的にはやっぱり争いたいわけではない
じゃん中国もアメリカとかと対立することもあるけど
バトルはしないじゃん
その感情の部分とその理性の部分で
その館の人が人間の偉い人と話に行ったりしてる時に
その妖精の国と言い換えてもいい妖精界の人たちは
パワーはあるけど理性的な人たちだっていう言い方をしてて
なんかそれが中国のあり方なんじゃないのっていう感じもします
やっぱりその人間社会っていうのが中国の周りにある
その共産主義社会主義じゃない国がたくさんあるわけで
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そういう国ともうまくやりながら外交をしながら
でもまあ戦いにならないように理性によってコントロールしましょうっていう
戦う意思はないですよでもパワーはありますよみたいな
攻めてきたら攻めてきたらっていうか
まあ中国もね武力はすごい持ってるし
まあパレードとかやってるしね軍事パレードみたいな
思って向きはその理性的に外交しましょうだけど
その妖精の中にはさ結局この2のオチとしてはさ
妖精の中にその西洋を倒したい
倒して支配したいと思ってる人がいて
でそいつがその黒幕がその妖精を攻撃できるロームを人間に横流しして
そしてで人間に妖精を攻撃させることによって
その人間を叩き潰す法術を作ろうとしていたっていう話だったよね
なんかそういう部分はすごい日本でもあるなと思うし
その多分他のところでもそうでしょ
その戦争が起きているところではグライナーやロシアでもそうだし
それ以外でもそうだしアメリカとかでも
攻撃させて攻撃する理由を作るみたいなこと
そっちが攻めてきたからこっちは対抗してるだけだっていう理由があれば攻められるみたいな
だからそこは中国がどうこうっていうか
戦争とか対立するものが争うときにどういうふうにそのメカニズムになってるかっていうところ
なんかその無限の存在っていうのがすごい面白いっていうか
絶妙だなっていう
なんかあの圧倒的な強さを持ってる無限って何なんだろうみたいな気もして
中国の政治の部分っていうか
農村階級というかその階級としては下の方にある人がトップに立つ独裁の方式というか
ここは本当に勝手な部分ですけど
その中国においてやっぱり中国共産党っていうものがすごい圧倒的な力で
27:02
政治の部分においては支配してるっていうのと
ちょっとこうあそこまでどんな武器も跳ね飛ばして
妖精も人間も手出しできないパワーがある存在ってなーってちょっと思いました
全然関係ないかもしれないんですけど
無限様強すぎだよね
でも中国の政治の形ってそうじゃない
なんかトップなり中国共産党が圧倒的パワーで支配してるっていうか
でもそれでね恩恵を受けてる部分もあるっていうのがその館の存在とかってそうだと思うんだよね
一応その力でもって弱者を救済するっていうことも一方ではあり
でも産むは言わせねえみたいな感じもあり
さっきの構図で言うと
妖精がその共産党
で人間が西洋資本主義
っていう構図を考えると無限は共産党というよりも
なんかアメリカ人が共産党のためにめっちゃ頑張ってるみたいな
だからそこが微妙な
でもそこはやっぱり無限が
無限は無限でマジョリティの側じゃないこともあるっていうか
妖精界の中では人間っていうマイノリティでしかも自分のことをよく思ってない人間が
妖精もいっぱいいるっていう
なんかその点ではやっぱり絶対的なマジョリティとか強者ではないっていう感じもある
なんかちょっとわかんなくなってきた
そのなんていうかその完全にこれがこうこれがこうっていう風には対応するものではない
ですよ絶対に
深読みの部分もあるし
でもまあそれをそーっとして書いたらさ通らないと思うし
ストーリーも
でもまあ
そういう
社会の複雑さとか
中国国内のこともそうだし
世界の中にいるチュープっていうものを見た時にも
単純じゃないし
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っていう部分をやっぱり単純じゃないようにやってるっていうのが私はすごいかなって思った
あんまりそういう中国の道行とか考えて作ってるわけじゃないかもしれないけど
でもまあ妖精界っていうものがとかを書く時になんかこう
その理性的にあろうとするとかその実利を取っていこうみたいな部分ってすごい中国的だなって思う
なるほどね
私まあ
それをね妖精が絶対に正しいっていう書き方もしないじゃん
その争いになった時には勝った方が正しいってことになるんだっていうことも言うし
やっぱり妖精の中にもフーシーみたいにそれで苦しんでる人やそれに反抗する人や
まあいろんな存在がいるっていうこともを書くっていうことだから
まあそんな感じでロシア王兵戦記2を見て
それから魔王風にちょうどズートピア1がテレビでやってて
ちょうどあれですよねズートピア2が公開になる
タイミングでテレビでズートピアをやってそれを改めて見たんですけど
同じような構図の話でしたね
まあやっぱ弱肉強食のロシア王兵戦記の方は結構二向対立にならないっていうところがあるかなと思うんだけど
ズートピアは割と肉食か草食かとか
田舎か都会かとか割と対立がわかりやすいような気は
でもこれもね弱いものと強いものとかその
かつて対立していたものが一緒に暮らすズートピアっていう社会の話だから
さっきのロシア王兵戦記2で攻撃するために攻撃させるみたいな
ロシア王兵戦記の場合は妖精が人間を叩くために人間に攻撃させるっていう構図だったけど
ズートピアも同じような感じで草食動物が肉食動物を叩くために肉食動物をあえて凶暴化させて
その肉食動物への恐れを利用して草食動物の地位を向上させようみたいな感じも
33:05
だから同じような構図の話だなと思いましたね
ロシア王兵戦記の場合はその強い側というか
一応のその妖精っていうしかも妖精のすごい偉い力のある場所にいる人が
その種を蒔くわけですけど
ズートピアの場合は草食動物っていう弱者側という感じはあるけどでも
結局弱者の側にはいつつ副市長みたいな立場だから地位はあって
弱者の振りをするみたいな感じあるよね
そうだよねめっちゃムキムキの羊とか出てきたからね
副市長もね結構権限使ってたでしょなんか監視カメラとかさ
ズートピアで良かったのは
ジュリーがマイノリティの弱者の感じで出てくるじゃん
草食だし田舎から出てきて新人で女性でみたいな
でもそのジュリーも偏見とか差別を
自分の中に持ってるっていうことを書いてるところ
だけどそれを乗り越えてニックと連帯できるというか
バディになれるっていうそれを乗り越えようとする話だよねズートピアは
そういう立場を超えて
ユートピアを実現しようっていう
私は結構権力とか
警察とかそういうものの危険性というか
そういうのもあるかなと思っているので
弱いものであるジュリーが都会に出てきて
警察っていう権力を持つ存在になろうとする話っていうふうに見ることもできるじゃん
私としては一回ジュリーが
自分が失敗をしてある意味権力を乱用したような感じ
不良意に発言をしたことでその社会が不安定になってしまった
それを引き受けてやめるじゃん一回警察
36:02
でやめてそのニックと共にやめた状態で
警察に戻らないっていうパターンもありではって思うんですよ
だけどそこで最終的にニックも警察の方に回収されて終わるのが
結局権力を持っているものになるのかい?みたいな感じがしてちょっと思い出したんですけど
まあそうね
別に警察にならなくても正義を成すことはできるけど
でもそれでもジュリーは警察に戻るし
まあ夢だったからねそれが
ニックも一緒に警察に誘って警察になっちゃう
なんかあれは私はさ
警察じゃないから
その詐欺師をやってたニックだからできる操作方法っていうか
戦い方をジュリーと一緒にやってるから
そこの良さはあると思ってて
私その組織にいることで
そのストレスになる部分もあるから
そことは自由な場所で
共にあるっていう共存するっていう
部分もいいかなと思うんですけど
でもまあこの映画においては
警察は社会のヒーローとして描かれるので
まあジュリーとニックは警察の中でも外れ者っていう
そういう存在ではあると思うけど
警察が本当はやらないようなはちゃめちゃな操作をして
成果をあげるみたいなのがジュリーとニックだよね
2は?
2は私は見たんですけど
ワンだと草食と肉食っていう二項対立だったところに
実は三者目もいるんですわっていうことで
爬虫類とかが出てきて
爬虫類はそもそも
昔町から追い出されていて
その爬虫類が
ズートピアに帰っていくまでの話
妻弾きにされていた爬虫類たちが
ユートピアに戻ってくるために
ジュリーとニックが頑張るみたいなそういう話なんですね
あとはそのニックとジュリーの
バディ関係みたいなところがまだ不安定で
39:04
それが途中いろいろ喧嘩とかしつつ
バディ関係を安定させていくまでの話みたいなところも
同時に描かれるという
だからズートピア1だと
種族と種族の共存っていうことを
書いていたけれども
ズートピア2は一応その
同じような形で
その個人と個人の違いを
お互いに違うけれども
バディとしてやっていくっていう
そこの話でもありましたね
ロシアオフェイ戦記との比較でいくと
ズートピアはアメリカの国内のことをやってますっていう感じがあるね
まあいろんな人がいる国
なんか差別とかの歴史もあり
戦獣の人たちがね
いるところにその新大陸って言って
やってきた人たちの国だから
でもあんまり国外はどうこうとかは全然なくて
国内のズートピア
国内の話
そうね
そういういろんな人がいる
社会の中で連帯しようっていう
しかもその連帯できるっていう
その理想が揺らがずにあるっていうか
ってことじゃないのか
その最終的に爬虫類も仲間に加わるとすると
こう包摂していこうという
まあうまくいかない部分もあるけど
やっぱりズートピアっていう名前だけあって
ユートピアを目指そうという希望というか
理想主義的な面はあるのかな
ただし意識高いやつ限定みたいな感じだよね
その田舎のお父さんとかお母さんとかはさ
ちょっと排除されがちょっとね
まあなんかちょっとその意識が低い
ちょっとバカにされてるのかって感じもあるよね
位置描き方ちょっと数でどうなってるか
私わかんないんですけど
数も同じ感じで
田舎保守的でみたいな
なんか時々電話してくる
ちょっとうざい両親みたいな感じでしか描かれなくて
42:03
でワンが持ってた
ちょっとね田舎に対する無意識の差別みたいな
その柳は特に
人参でも作ってるみたいな
なんかそんな言い方みたいな
それも2では別に回収されることはなかったですね
なるほど
そしてそれに対するチリンの鈴
ズートピアはウサギのジュディが何にでもなれるって言って
それまでウサギがなったことがなかった
警察になって活躍する話
その男社会の警察の中で
女性でしかも田舎から出てきた新人のジュディが頑張る
チリンの鈴は羊が狼になるために頑張って
そして狼でも羊でもない
化け物になって終わる
本当に辛いよね
見てる、見た人にはわかると思うけど
見てほしいいろんな人にと思うけど
本当に辛い
物語、音楽とともに
山瀬隆がこれをって思うよね
結構私最初見た時衝撃だったから
なんか70年代80年代って
アニメって子供のものみたいな
時代にこれを作って子供が見た時の感じって
とか思う
子供向けに作っているのか?みたいな
これも巻き場の中で平和に暮らしてた羊が
自分から弱肉強食の世界に出ていくんだよね
チリンは
一応ちゃんと説明すると
狼のウォウが巻き場にやってきて
自分の母親を殺すんだよね
チリンの母親
そしてチリンはウォウを追いかけて行って
お母さんを返せって
で、なんかそうしてるうちに
自分が何をしたいかっていうのは変わってきて
自分もウォウみたいに強くなりたいんだって言って
僕は狼になるって言って
ウォウの弟子になって
修行して
そしてめちゃめちゃ強い羊になるんだよ
2人の殺し屋として
45:00
世の中に知らぬ者はいない最強の殺し屋みたいになる
という話ですね
本当に辛い
テーマソングみたいなやつから辛いもんね
これもあれですね
指定関係萌えみたいな
シャオヘイとムゲンの
石入りして
どんどん強くなるみたいな
そしてなんか最初は嫌いだったムゲン
第一印象最悪のいい人ってシャオヘイは言うけど
第一印象最悪のウォウのことが
だんだん父親のように思えてくる
チリンとウォウの子の関係
熱い
だけどね最後にお前は
あの羊たちを殺すんだって言われて
そして僕にはできないってなって
そう巻き場に行って
羊を殺そうって言われて
自分の幼かった頃みたいな子羊が
俺が手本を見せてやるって言って
ウォウが羊たちを殺そうとするところを止めて
そして師匠たるウォウのことをね
チリンは殺すんだよね
そしてウォウが
俺を殺すのがお前でよかった
俺は喜んでいるって言って死んだ
関係性萌えの部分もあるんですけど
でも今日ずっと見てきた
見方でいくとチリンは
やっぱり過去の日本っていうものと
重なるかなって思いますね
この弱肉強食の社会っていうのが
支配と非支配の関係で
その支配するものと支配されるもの
その狼に一方的に奪われるだけの羊でいるのは
もう嫌だっていうチリンの
奪われないものになりたいっていうのは
その植民地主義みたいなものが
第一次第二次世界大戦の前後と言いますか
やっぱり他の国を植民地にしてたじゃん
西欧もアメリカとかも
なんかその中で日本が
その西欧に負けない力を持ちたい
自分たちもそのウカウカしてるとやられるから
そのどんどん力をつけて奪う側になりたい
っていうそういう欲望から戦争になるんですけど
だから力こそ全てみたいなチリンの
この修行パートって
すごい軍国主義化していく日本みたいな感じがして
48:03
そしてその強くなる過程で
ヘビから鳥を守ろうとして
結果的に卵もダメにするじゃん
あの辺もなんか
なんかねアメリカっていう鬼畜米から
その自分が支配したい地域の人を守るんだ
大日本帝国としてみたいな
そういう正義感みたいなものを振りかざして
いろんな地域の人を結果的に殺したり
傷つけたりしてきたわけでしょ
みたいななんかその
自分が奪われないものになりたいっていう
その欲望のもとで
どうしても弱者を傷つけてしまうことの
チリンのなんか絶望のシーンっていうか
そしてそれがさなんか
ズートピアの場合は結構弱肉強食を乗り越えて
共存できるみたいな理想があるんだけど
チリンの鈴の場合は
結局その狼にも羊にもなれずに
その強い孤独なものになってしまうというか
孤立するじゃん
あそこのシーン本当に辛いよね
狼を倒して自分はまた
その羊たちに受け入れられるかもしれないって思った
チリンがさ
あの牧場の戸がバタンってしまった時の
あの絶望の目がさ
本当にすごいと思ったね
でもちょっとやっぱりこれを作った時代とかを考えても
ちょっとその反省は絶対にあるじゃん
軍国主義化して結局負けて
そのアジアの地域や
まあ日本そのもの日本の国民っていうかね
日本の土地っていうか
そういうものをめちゃめちゃにしてしまったから
その自分の過ちを
戦前の日本に名取られるのであれば
小さい島国だった日本がどんどん武装化していって
そして一応戦争で勝ったりとかして
そしてなんかだんだん周りの国から孤立していって
51:00
そこまでがこのチリンの鈴で描かれたところで
その後日本は戦争に負けるわけだけど
その話で言うとチリンはこの後
何かより強いものに殺されて終わる
この映画では描かれないけど
なんかそういう結末を予想させるよね
まあチリンより強い何かが現れるっていうか
やっぱりその孤立とか孤独とか
そういうものから勝てないよねチリンは
もう何者にもなれない自分は
しかも自分でね王のことも殺しちゃって
本当に辛い絶望の感じ
だけど絶望の感じなんだけど
同時にちょっと仏教っぽいなって私は思って
その損に
仏教的ですか
なんか仏教でも摂取は禁じられてるじゃん
だけど生きる以上他者の命を奪ったり
傷つけたりすることからは逃げられないっていう
それをまず自覚しないといけないっていうところで
そうやってしか人間は生きられないって思って暮らすじゃん
多分仏教ってって思ってるんですけど
そういう人間のあり方の諦めっていうか
あの歌詞にあるのは本当に寂しさと悲しみ
それはそういうものとして生きていくしかないっていう
なんか反省もあるけど
でも実際自分がやってしまったことからは逃れられないし
みたいな気がして
なんかまあその自然な流れとしては
羊は羊として狼は狼として生きるのがあくまで自然なことであって
羊が狼になろうとするとそれは狼にはなれずに
化け物になってしまうっていう話だから
本当にズートピアとは対照的
本当に何者に誰でも何にでもなれるっていうのが
ズートピアの理想だけど
ウサギはウサギとして
っていうことになっちゃうんだねチリの鈴のワールドでは
なんかこうやって日本とアメリカと中国の
54:04
なんかそれぞれの世界の認識の仕方っていうか
アメリカみたいなユートピアをさ
日本はちょっと思い描けなかったよねこの多分
特にこの時代っていうか
まあ今でもそうかもしれないなって思いますけど
それとも私が本当にそうなのかもしれない
理想主義的になれないのかもしれないけど
でも理想を持ってこそ社会が変わっていくっていうこともね
そう思いたいけど
まあ今の日本人とかは
なんかズートピア的な理想は一応頭にある気がするけど
でもどうなんだろうね
なんかみんな心のどっかでは
その所詮カエルの子はカエルっていうか
自分の身の程っていうのがあって
なんかそれに抗って生きることはできないみたいな
なんかそういう空気はあるよね
その親ガチャみたいな言葉ができたりさ
この経済のいろんなどん詰まり感っていうか
あんまり楽観的になれない空気
その格差は格差としてあるし
みたいなさ
モテるものはよりモテるものになり
みたいな空気もある
しかしそれを跳ね返していこうっていう
バイチャリティーが
アメリカにはまだちょっとあるのかもしれない
アメリカのだから意識高い奴らでしょ
ズートピアは田舎の両親とかは
ジュディの兄弟とかは人参作ってるもんね
これが自分の身の程なんだっていうことを思って
人参作るのも素敵な仕事よって言って
暮らしてるもんね
それをちょっとマイナスな感じで描いてるよね
ズートピアはそうだね
こいつらは推し的な意識の低い
ちょっと感じるよねその感じね
感じる
はいという感じでロシャオ兵船旗
57:04
ズートピアチリンの鈴について
語ってまいりましたけれども
すいませんでした
偉そうに喋ってすいませんでした
そういうことを考えたよっていう感じですよ
本当にいつもなんですけど
何か言い残したことありますか
ズートピア2はあまり面白くなかったです
そうなのすごい評判いいくない
そうなの
いい気がするけど
まだ公開したばっかなんであれですけど
なんとなくポジティブなコメントを
ズートピア1で感じたような感動はなかったし
結局ズートピア1と同じような構図の話だから
またその同じような話をやるんですかっていう感じもあったし
あとはあんまりギャグも笑えなかったし
何か言い残したことありますか
言い残したこと何かあるかな
ロシャオ兵船旗2は偉いと思います
偉いと思います
何か言い残したことありますか
何か言い残したことありますか
ロシャオ兵船旗2は偉いと思います
偉い
偉いと思います
何かやっぱり物語的に分かりやすくしようとすると
単純化するけど結構難しいもんね
何か人間の側が何を考えてるか分かんないっていうのもさ
しかも何か一応人間対妖精のようにも見えるけど
でも人間のとはいえその黒幕である敵に
そのかされた人であって人間全体じゃないみたいなところも
怖いなみたいな気もする
何かね妖精と人間の感じ面白いよね
妖精は妖精として人間社会ではいられないじゃん
妖精であるってことを隠して生きてるっていうのも
妖精のみんなは人間の作った科学を結構来産するでしょ
スマホめっちゃ便利
1:00:00
マクドナルドも美味しいし
人間に抑圧されてる部分もあって
人間に対する憎しみを持ってる人も中にはいるけど
それはそれとしてその人間の作ったものをさ
表示するじゃん
何かそこが面白いというか
嫌いなやつの作ったものが面白かった時にどうするのか問題みたいな
作品は面白い
昔見て面白かった映画の監督が不祥事を起こして
今の世の流れは
不祥事を起こした人間の作品も含めて全部キャンセルするみたいな
そういう風潮があるけれども
切り分けることもできるよねっていう
それは対立する勢力同士が複雑に書かれてるっていうことと同じで
同じ人間の中にも色んな部分があって
素晴らしい作品を作る光の部分と
あとは
褒められない汚い部分と
今は汚い部分があるものは光の部分も含めて全て
否定してしまえっていうそういう感じあるけど
でもそこは
そんなシンプル考えでいいんですかっていうのは
思うよね
中国でもね
経済の発展はいいけどでも多分
中国共産党の支配のやり方に関しては
やっぱり批判もあるし
大きい声で批判できないとかね
その言論だったりの自由とか
思想の自由とか宗教の自由とかっていうのが中国では結構弾圧されてるから
そういう部分とでもそれはそれとしてその経済の発展に導いた
中国の政治っていうものをプラスに捉える面もあるし
でもそれでも全部を良しとはできないよなっていう
1:03:04
でも政治のやり方がマイナスだからといって全部を否定するわけにはいかないからね
だから
批判するとこはしつつ
受け入れる部分は受け入れてるっていう
そんな感じですかね
大丈夫?この回
わかんねえ
不安だわ
大丈夫じゃないですか
分かりにくいところはあると思うけど
でも
我々の限界ということで
分かりにくいんだもん社会が
いや
そういうことではない
私たちの説明が
プレゼンの分かりづらさってことですね
能力の限界がある
だけど
羊は狼にはなれないからさ
そうだわ
そういうとあれだね
羊は狼になれないって言い直って
わかりやすく説明することを
怠るなって言われそうですし
その通りだと思いますけど
じゃあこんな感じで
本日は
ロシャオ兵船記2と
ズートピアそしてチリンの鈴について
話しました
はいここまでありがとうございました
おやすみなさーい