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  2. #6『わたしは真悟』楳図かずお
2021-12-19 27:33

#6『わたしは真悟』楳図かずお

『わたしは真悟』楳図かずお

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この番組は、本が好きな人たちが集まり、本から始まる様々な思い、広がりを記録して繋いでいく番組です。
楳さん、最近はどうでしょうか?
最近ね、まあいろいろと、本読んだりとかしてますよ。
12月になると、何かこう、周りの影響っていうか、焦る感じないですか?
焦る感じ?
なんかこう、人が外に出ても、12月ってなんか人が多くて、スーパーとかでもなんか物をたくさん余計に買ってしまうみたいな。
なんかそういうところないですか?
いや、僕はないですね。
ないですか?
でもね、ブックオフとか…
セールやりますよね?
セールね、年始に、年末年始、年始かな、年始にやるんで、その前に行っちゃいますね。
チャンスな、あれですよね、20%オフとか。
あ、そうですそうです。
でも先に取られたくないんでね、年末とかに行っちゃうパターンありますね。
あと大掃除とかで、本をきっと売る人も多いんでしょうね。
あー、そうでしょうね。
で、その処分した本がまた在庫が増えるから、さらにこうセールをして、商品が売る人と買う人が増えるみたいな。
なるほど。
じゃあ早速、本題に。
そうだ、この間のバーお疲れ様でした。
あ、いえいえ、こちらこそ。ありがとうございます。
どうでしたか?
いや、まあまあ、良かったですよ。結構面白かったです。
そうですね。
私、お客さんとして行って、やっぱりなんか知らない人と会うのは楽しいけど、
やっぱりなんか疲れるところはあるなと思って。
人疲れみたいな。
特に出採の場合なんか色々責任とかも、なんか変に背負い込んでしまったりして、
そういうので疲れないかなとかってちょっと思ったんですけど。
まあ、3回目やったんでね、結構慣れてた感じはありましたよ。
本が当日にめちゃくちゃ本持ってきたりとか、本も買いまくってたから重かったですね、本がね。
まあ、それぐらいかなっていう。
まあ、でも本がない限りは始まらないって感じですよね。
そうですね。
私、今回紹介するのは、私はシンゴという漫画なんですけど、
ここでなんで漫画の作品なんだって感じる方もいるかと思うんですけれど、
いわゆる文学作品と漫画というものを比べた場合に、
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やっぱり漫画は子供向けというか文化的に悪いもののような認識が、
昔は強かったかと思うんですけれど、
今現在はもう文学と同じように芸術表現のジャンルの一つとして論じられるようになってきていて、
それには多くの素晴らしい漫画家たちがたくさんの良い作品を生み出し、
作品としての質を進化というか上げていった結果、
その積み重ねがあってのものだと思うんですけれど、
今回紹介するこの私はシンゴの作者の梅津和夫先生も、
その功績の大きな取りだと思います。
簡単に作者の紹介ですけれど、
1936年、和歌山県生まれ奈良県育ち、現在85歳。
作家でいうと柳田邦夫さんとかと同世代。
黒田夏子さんが梅津先生の一つ下。
今年亡くなられた斉藤孝夫さん、あのゴルゴ13のあの方が同い年です。
高校生の頃から歌詞本漫画で仕事を始めて、
最初は少女向けのラブコメものと恐怖ものを書き分けながら独自に進化していきます。
代表作は週刊誌に連載して後にアニメとか映画化された
マコトちゃんや恐竜教室14歳などがあります。
恐怖というものの持つ奥行きを漫画の表現で広げた人だと思うんですけれど、
私が幼児の頃に覚えていて強烈なのはマコトちゃんという作品で、
主人公が幼稚園児でうんちとかすぐどこでもしたり漏らしたり、
ギャグ漫画なんですけれど、
赤塚富士夫とかのギャグとはまた種類の違う、笑えるんだけどなんか怖い、気持ち悪い、
めちゃくちゃ変な漫画だったなというので強烈に覚えていて、
マコトちゃんたちが何しでかすか分からなくて放送しまくるんですけど、
多分おそらく今だったらアニメで放送してたんですけど、
今だったらもう放送できないようなクレームがきそうな内容で、
マコトちゃんは障害者なんじゃないかとか、
子供の教育上悪影響なんじゃないかとかって言われそうなような内容でした。
人間の衝動というか怖さ、気持ち悪さ、おかしさを、
あんな風に漫画で描いた人ってなかなかいないと思うんですけれど、
後にこの山上達彦のガキデカとか、
ハターリロとかその後に続く系風もあるんでしょうけど、
古谷、ミノウルとか、
塚さんきっとそういう系の漫画詳しいんで後でちょっとお話ししたいなと思うんですけれど、
最近の梅津和夫先生はタレント活動とかでテレビとか雑誌で見かける機会はあったんですけれど、
もうずーっと作品を発表していなかったので、
特にもうそういう表現活動引退されたものだと思っていたんですけれど、
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なんと今年の夏ぐらいに今新しい作品を書いていますっていう突然ツイッターで発表があって、
それが来年の1月に東京で梅津和夫の大開庫展みたいな模様誌があって、
そこで新作を発表されるそうなんです。
その新作がなんとその私はシンゴっていう作品の続編らしいんです。
私はこの漫画買ったの10年ぐらい前で、その話の続きってどうなんだろうと思って、
終わり方が続きなんかないような漫画だったって記憶していて、
ちょっと慌ててまた読み返してみたんですけど、
その熱が冷めないうちに今日この作品を紹介したいなと思いました。
私はシンゴ梅津和夫作、これは1982年から1986年小学館のビッグコミックスピリッツで連載された作品です。
それまでは恐竜教室や誠ちゃんとか少年サンデーっていう子供向けの漫画で連載していたんですけれど、
ビッグコミックスピリッツというこの青年向けの雑誌で連載するというのは、
おそらく本人の中でも大きな変化があったと思います。
内容をざっくり説明しますと、漫画最初から最後まで全編を通して、
天の声のようなナレーションが過去を回想するような形で物語を語っていきます。
最初はサトル少年という無邪気な12歳の小学6年生の子供がいて、
誠ちゃんほどではないですけど子供らしいバカなことばかりをして遊んでいるんですけど、
周りがもう6年生だからだんだんそういう遊びとかに付き合ってくれなくなっていって、
クラスの中ではサトル少年は浮いた存在でした。
お父さんが筋肉もりもりのちょっと間抜けなキャラで町工場のようなところに勤めてるんですけれど、
ある時そのお父さんが勤める工場にロボットが配属されるという話を家庭の中でサトル少年は聞きます。
サトル少年はそのロボットっていうのにすごく強く反応するんです。
子供らしい好奇心が旺盛なので、いろんなロボットからいろんな妄想を広げて、
ロボットって一体どんなものなんだろうってことを考えているんですけど、
そうしたら小学校の課外授業でみんなでその工場にロボットを見学に行くことになって、
行ってみたらサトル少年が期待していたような鉄人28号とかガンダムとかそういうようなロボットではなくて、
クレーン車のような先っぽがハサミ型になっていて、
アームがただついていて、物を掴んで組み立てるような無骨な産業用機械だったんです。
工場の人が面白がって、バリリン・モンローの写真を印刷して板に貼り付けた貼りボテを作って、
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ロボットの上にパッとくっつけて、モンローって名前で呼んでいたり、
同じ機械がもう一台あって、そこにもリリーという女優の写真を貼り付けていて、
そういう姿もサトル少年には情けない存在に見えました。
その工場見学に行った時に、サトル少年がちょうど帰る時に、他の学校が入れ替わりで見学に来るんです。
列に並んで。その時に偶然、マリンという同じく小学6年生の少女に出会います。
2人はパッとすれ違って、お互いを見るだけで、
一目惚れというか運命というか、余計な説明は一切なくて、
パッと会って、瞬間で2人は好きだとか、愛してるとかになるんです。
その展開の速さに戸惑うんですけれど、清々しいというか、気持ちよさを私は感じました。
その後、2人は連絡を取り合って、子供らしくいろいろ一緒に遊んだりするんですけど、
2人には共通している大きい思いというのがあって、
それは自分たちが大人になったら世界が変わってしまう。
自分たちにはもう時間があんまりないんだというような焦りというか、
絶望というのが2人の根底にはあります。
遊びの中で、いろんな遊びをするんですけれど、
工場に忍び込んで、そのロボットにいろんなことを教えるという遊びをします。
パソコンみたいに操作画面みたいなのが付いているんですけど、
そこに最初は文字とかひらがなとか文字情報を入力して教えたり、
あとはロボットにカメラがついているんですけど、
そのカメラに自分たちの顔を写して、2人の画像を認識させたりします。
サトル少年のお父さんはそのロボットの操作係になっているんですけど、
そのお父さんはもう筋肉バカで、全然機械には興味を示さないし、
むしろその機械をバカにしていて、うまく扱えないんですけれど、
サトル少年はマリンもそうですけど、子供だから好奇心に任せて、
どんどんうまくロボットを操作して、ロボットがどんどんできることが増えていって、
機械が少しずつ賢くなっていくような感じになります。
そのうちマリンが家庭の事情でイギリスに行くことになってしまいます。
マリンの家庭は外交官から消費者の娘みたいな感じでお金持ちなんですけど、
サトルは団地に住んでいて、ちょっと貧乏な感じです。
ここで2人は離れ離れになってしまって、
どうしようどうしよう、これからどうしたらいいんだろうというような感じになります。
そのうち2人は家出をして、2人で彷徨って捜索願いとかが出されて、大事になっていきます。
マリンがイギリスに行ったら大人になるまでも会えないわ、
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もう子供の時の私たちに会えないわ、うわーとかって言って、
見開きページでよくある梅津和夫さんの目がギャッと見開いたような絵で、
大雨の中マリンが泣くんです。
捕まる前に結婚して子供を作るしかないという思いに行き着きます。
子供だからもうどうしていいかわからないので、工場に忍び込んでロボットに聞くんです。
文字を打ち込んでどうしたら子供が作れるのかというのをロボットに聞きます。
そうするとロボットの回答が333から飛び移れという回答の画面が出てきます。
この画面とかこの数字は一体何なんだという諸説あるんですけれど、
気になった方はいろいろ自分で想像したり調べたりして面白いかもしれないですけれど、
この回答が出て、2人は非常に戸惑って一体何なんだろうと考えたりするんですけど、
東京タワーの高さが333メートルで、そこにロボットから飛び移れば子供ができるんだという風に信じるんです。
もうええという感じの展開なんですけれど、これが前半のクライマックスシーンで、
2人が視界が広いと怖いからと言って、夜まで待って東京タワーに登っていくわけです。
マリンがその途中で一生のうちで今が一番幸せなのかもしれないわとか言って、
泣いたり怖がったり喚いたりしながらですね、東京タワーに忍び込んで手すり階段みたいなところを登ったり、
はしごのようなところで、もうマリンは怖がって目をつぶりながら登っていったり、
雨も途中から土砂降りだし、雷は鳴っているし、もう先端の方は東京タワーの先端だからグラグラ風に揺れていて、
何度も落ちそうになりながら、それでも2人は最終的に登りきるんです。東京タワーのてっぺん。
でもその上で、もうまさに恐怖の頂点、カタルシスの先端のようなところで、
そこからサトルとマリンは12歳の2人が手をつないで飛び移るんです。
見開きのページで、もうカラーで、あの独特の絵で、わーっと2人で手をつないで飛び移る。
実際はヘリコプターに助けられて、子供が生まれていなくて絶望するんですけれど、
その瞬間に天からピカーって光が射して、奇跡が起きて、あのロボットに意識が宿るんです。
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そこでマリンはイギリスに行ってしまって、サトルが一人で工場に忍び込んで、
マリン、僕は今も君を愛していますという文字を文字情報でプログラムして入力して、
天の声では、私はその時からそれが精神の全てになったと言います。
2人は別れてしまうんですけれど、その時にマリンとサトルはさようなら、
あなたのことを絶対に忘れるから、忘れるからってお互いで言います。
よくあるドラマみたいに彼のシーンで、あなたのことは絶対に忘れないからとかではないんです。
ここが私はとても感動したんですけれど、あなたのことを絶対に忘れるからって言って別れるんですね。
そうしてサトルの父親は会社をクビになってしまって、もう用無しだみたいな感じで、
従業員みんなクビになってしまうんですけど、新潟に引っ越して母が水商売を始めたりして家庭崩壊みたいになってしまいます。
マリンはイギリスで一見親切そうな、すごいでも悪いロビンという若者に体を狙われたりしたり、
もうすぐそこに来ている大人になってしまうという恐怖に怯えて、気が狂ってしまったようになります。
意識を持ったロボットは、産業用ロボットとしては動きが悪い機械になってしまって、
機械としてはありえない行動をしたりするので、工場の社長とかから怖がられて、
工場の社長の奥さんに壊して売られそうになります。
解体屋があって壊されそうになるんですけれど、ロボットはもう意識があるので壊されたくないと思って、
そのロボットを固定しているボルトを外して、コードをぶち切ったりして、解体屋に逆らって、解体屋を殺したりして工場から逃げ出すんです。
でも産業用ロボットだから足もないし、うまく動けなくて、先端についているアームを使って尺取り虫みたいに胴体を引きずって武骨に歩いていくんですね。
でも気づいたらゴミ捨て場に埋もれていて、自分はこれからどうしたらいいのだろうと悩みまして、サトルに会いたいと思うんです。
サトル一家が出て行ったその団地の部屋に新しく引っ越してきた家族がいて、そこには植物人間のような話すことも見ることもできないような肉の塊みたいな娘を持つ家族が出てきます。
その女の子とロボットがテレパシーみたいに会話をして、お互いが友達になってとか言い合って、ロボットは地下水道を渡って、サトルの部屋に行けばサトルに会えると思っているので、
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その部屋に向かっていくんですけど、そこにはもうサトルがいなくて、肉の塊みたいなテレパシーみたいに会話をしていた子供と対面をして、私たちは友達、あなたは誰みたいなやり取りがあって、機械が私はシンゴですと言うんです。
マリンのシンという字とサトルのゴというのを合わせてシンゴなんですけれど、少女が私は人間です。機械に向かってあなたも人間ですと言います。その時に機械のモニターの画面に頭の大きな胎児みたいな目の黒目が四角くなった宇宙人みたいな画像が出てくる。これが自分の姿みたいな感じで認識します。
サトルの最後の言葉の私は今でも愛していますという言葉をマリンに伝えなくてはいけないという一心でその後シンゴは行動していきます。そんな機械を大人たちは機械がそんな一人で歩いたりするっていうのは怖いし、全く理解できないから何としても壊そうとします。何度も何度も壊されそうになるんですけれど、その度に奇跡が起きて
子供たちやおばあちゃんや動物たちが命がけでそのシンゴはロボット機械を助けようとするんです。でも子供とかおばあちゃんがどんどん死んでいきます。その度に機械がコンピューターや世界中の機械とか人工衛星とかにまでつながって膨大な情報をどんどん得ていきます。
体は機械なんですけど、意識としてはすべての世界中の機械を動かせるようになってしまいには自分を構成する物質とか機械も地球の一部分で成り立っていて、すべてがつながったから自分が宇宙そのものみたいな全能の神みたいな巨大な力を持つまでに至るんです。
その時にイギリスにいる場人が、体の中から時計の音が。
いいですか。
喋るすぎじゃないですか。
もうちょっとで終わります。
僕ね、私のシンゴ読んでないんで、これ以上聞きたくないですよ。
聞けない感じになってきます。
もうだいぶ後半に来てるんですけど。
そうです。いらない。いらない。
いらない。
絶対ね、喋りすぎですよ。
もうちょっと喋りすぎたくなるぐらいの内容なんです。
そうですけど、読んでない人は自分で読む楽しみなくなっちゃうんで。
じゃあもうどうしような。これもう後半なんですけど、とにかくマリンが大人になっていくっていう恐怖で。
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僕聞かなくていいですか。
いいですよ。終わったらお知らせします。
どこまで言ったかな。
とにかくね、機械になった私はシンゴ。
シンゴがマリンがどんどん大人になっていくのを助けようと思ってマリンのところに行くんですけど。
もう自分はロボットというか地球のような存在になってくるので何でもできるんです。
マリンを助けようと思って暴走するような感じで。
ミサイルを撃ったり、破壊と修復。
マリンと妄想がもうごちゃごちゃになっているような状態になって。
宇宙にある人工衛星みたいなものを一部分落下させて悪いイギリスの今マリンをたぶらかしているその若者にぶつけようとするんですけど。
そこで偶然がちょっと起きてしまってマリンに落とすものが当たってしまうような。
それを回避しようとその2人がいる現場エルサレンまでものすごい勢いでシンゴが行くんですけど。
0.03秒間に合わない。
またこの3という数字が出てくるんですけど。
そこでまた奇跡が起こってロボットから本当の赤ん坊みたいな人間が一瞬生まれてて。
お母さんとかって叫んでマリン身代わりになって落下物ちょうど十字架の形をしているんですけど。
そこにぶつかって赤ん坊みたいなものが消える。
キリストみたいな犠牲になって神になるような感じで。
その瞬間シンゴが神のような力を失ってしまってマリンの子供も終わってしまいます。
一番恐れていたことになってしまって。
その後マリンはロボットのシンゴの残骸を見ても火とかって言って機械を投げ捨てたり。
サトル君と別れてしまってから私は今まで夢を見ていたんだわとかって言って物語から消えてしまうわけです。
その後もシンゴはボロボロになりながらサトルに私は今もあなたが好きですというマリンの言葉もこれ嘘なんですけど。
それを伝えようとサトルに会いに行こうとします。
その後もいろいろボロボロになりながらサトルの元に行くっていう話があって。
なんか妙な日本人の意識という謎の集団とかあとはシンゴが途中で毒のおもちゃを世界にばらまくとか謎の計画とかいろんな話が出てくる。
それは話し越しくなるから私もよくわからなかったのでそこは触れません。
そこでとにかくサトルの元に会いに行くところで物語が終わります。
もしもーし。
もしもーし。今ちょうどあらすじみたいなものが終わりました。
あらすじっていうかネタバレじゃないですか。
これネタバレになっちゃうんですけど実はね、もっきり端折ってるんですよ。
このサトルとマリンの物語以外にもいろんな伏線があるんですよ。
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そこはもうさっくりちょっと抜かしてみたんですけど。
この作品を読んで、ナレーションみたいなシンゴの声がソウマ島のような感じで、死ぬ前に思い出すような思い出とか記憶って。
もうその瞬間瞬間は奇跡の連続みたいなものだろうなって思うんですけど。
なんかもうそのありえないことが漫画の中で起きるのが、ありえないんだけど現実みたいな感じで。
現実と漫画がもうぐっちゃりなるような感覚で読みました。
今も津勝さんとこういうふうに離れて話したりとか。
10年ぐらい前にお生で津勝さんを画面越しに見て、ここから私も津勝さんも10年間とはもっとかな、そういう時間を置いて。
なんかこう今画面を通して話してるとかってことも、インターネットとかズームとか科学技術とかそういうので説明はするけれど。
明日死ぬってなった時にいろんな思い出の中の一部分だったら、まあもう奇跡みたいなもんじゃないですかね。
なんかそういうことを私は感じましたね。
こう読みながら。作品の中核の大人になる怖さっていうのが、途中で人が死んだりとか梅津和夫の漫画のような気持ち悪い顔とかいろんなとこ出てきて怖いんですけど。
その大人になる怖さっていうのを主人公たちが怖がってて。
なんかそれは見えない怖さで、まあそれって何なんだろうとかすごく怖いなって考えさせられましたね。
本当にその続きっていうのが来年一回どうなんだろう気になります。
津勝さん梅津先生の作品で何か印象に残ってるのとか好きな漫画ってありますか。
まあ漂流教室は14歳とか好きですよ。
恐怖漫画とかはまだ調節されてない。恐怖の種類っていろいろあるけど、梅津先生の書く恐怖って独特ですよね。
そうですね。
あそこまで恐怖を追求するような、なかなかいないなって。だからこそ津勝の一人なんでしょう。
梅津先生は多分ね、人の顔を描くのめっちゃ怖いじゃないですか。
だからあれは、あの人が怖いんじゃない。
だからあれは恐怖している人の顔じゃないですか。
本当は。
あの人自身が怖い怪物とかじゃないわけじゃないですか。
なのに、その恐怖している人をこっちからしたら怖く映してるっていうのが新しいんじゃないですかね。
本当に人が怖がったときは、その人の顔も歪んでしまうから、それを見て、あ、こんだけ怖いんだみたいなが我々に伝わるわけじゃないですか。
そういうメタ恐怖みたいなのを生んだのかなっていうのは思っていますね。
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恐竜教室とかになると、もう恐怖だけでもなくなってきますよね。
そうですね。
なんか希望を書こうとしたり、SFみたいな感じにも入ってくるし。
そうですね。
ご視聴ありがとうございました。
次回をお楽しみに。
大阪ブックラショー
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