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思考のハンマー投げラジオ。
毎朝5分のアウトプット週刊。
思考のハンマー投げラジオ。
時刻は8時8分、令和3年12月20日月曜日ですね。
ちょっとチャックの音が聞こえたかもしれないけど申し訳ありません。
こんにちは。ちょっと放送をやめて、あとインプットもちょっと休憩して、
家族のことに集中しようかなと思ってます。
自分のことばかり考えている時間が増えてきたのかもしれない。
そうすると家族との関係がこじれてしまうという気がするので、
家族のことを考えるっていうのが土日の時間かな。
それで子供がもっと大きくなったりとかしてきたら、
土日も自分のために使うことができるのかもしれないんですけども。
やっぱり株にしても、株というか投資ですか。
投資、資産運用にしてもポートフォリオ。
あとは戦略読書っていう本があるんですけども、
その中にも戦略的な読書ポートフォリオっていうのもあるんですね。
どんなことにどんな時間を割くかっていうことを、
意識的に考えていくことが必要だと思うんですね。
7つの習慣という本にも重要なことと緊急なこと、
重要ではないけども緊急なこととか、重要だけども緊急ではないこと、
その4つの分類があって、
重要だけども緊急ではないことの時間を増やしなさいということですね。
家族のことっていうのはすごい重要なことなんですけど、
毎日一緒にいるので、ある意味緊急なんですけど、
毎日一緒にいるので先延ばしにしてもいいかなっていう意味では、
緊急ではないことにもなってしまうということですね。
ただ先延ばしにしていると、
ふとしたきっかけで関係が崩れてしまったりとか、
そういうことになってしまうと。
いつの間にか知らず知らずのうちに緊急なことになってしまっていると。
そういうふうに気がつかないっていうことが一番恐ろしいことですね。
ということでございます。
なので土日はインプットもアウトプットもちょっと休憩しようかなと思ってます。
アウトプットしたものを整理して図にしようかなと思っています。
アプリとかマインドマップとか、
はずみ車とか4商言とか使って、
一週間考えたことを図にして、
またアウトプットしようかなと思っています。
最近図にしたことといえば、アウトプットのテーマで3つですね。
課題局、自由局、相性局って言ったんですけど、
もう1個は練習局っていうのをちょっと入れて、
練習局がまず一番の基礎で、
外から提供されたもの。
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新聞とかニュースフィックスとか事業構造とか、
この基本となるものを固めるんですね。
次、課題局ということで、
これも外から提供されたものですけども、
ちょっと背伸びをするということで応用的な感じ。
新しいこと。
ノートのお題とか、ボイシー発想書館で書いた本とかっていうのを、
自分の課題にして課題局としてそれについて話をするっていう。
それもそれが一つ。
相性局っていうのは、
自分の基礎を深めていくっていう感じですかね。
自分の今まで考えてきた自分史とか、
あと家族のこと、大切な家族のこと。
あとお金。
お金っていうのが今、現代社会では基本的なことなんですけども、
それをいかに使っていくか、
生かしていくかっていうことを考えていく。
それは基本的なことだと思うんですね。
ただ深くしていかなきゃいけない。
自分のことなんで内波的なこと。
最後、自由局っていうことで、
自由局っていうのはコンクールとかでも発表するわけで、
伝えなきゃいけないですね。
ただその課題局とは違うっていうのは、
人から用意されたお題ではなくて、
自分でこれが素晴らしいものだ、
この歌はすごいいい歌だって。
それを私たちはこういうふうに解釈して表現するんだっていう、
強烈な熱意があるっていうことですね。
それを評価してもらえるかどうかっていうところ。
だから自分の熱意と、
あと相手に対する届け方。
相手がどう感じるか。
審査員がどう感じるか。
観客がどう感じるかっていうところを想定して、
ただ一人用意ではなくて、
伝えるためのものなんですけども、
課題局とは違うというのは、
本当に自分のオリジナリティという、
自分が考えていることを伝えるってことですね。
ライフワーク的なところ。
これが私がノートでやりたい3つのこと。
知的生産のこと、あと生き方のこと、
あとお産女児のことっていうのが、
この自由局の領域に入ってくるのかなと思います。
この4つの証言でアウトプットをしていきたいと思うんですね。
アウトプットするために、
インプットが必然的に必要になってきて、
インプットしたものをただアウトプット、
うのみさるまねするんではなくて、
自分の中で咀嚼して、解釈して、吸収して。
これがダイジェストの過程であって、
私が考える植栽思考、植栽的な作用。
植栽というのは、生態植栽というのは酵素と呼ばれていて、
唾液とか胃液とかの中に含まれている食べ物を分解したりするもの。
分解するという植栽もあれば、
何か合成するという植栽もあるかと思うんですけども、
何かを何かに変えるというものですね。
それ自体は変わらないというものが植栽なんですけども、
私は植栽になりたいと。
植栽になることによって何かを変化させて何かにして、
それを誰かがまた使うということ。
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その連鎖をしていきたいというふうに思ってますね。
それが植栽思考。
なので植栽的に生きていきたいという。
それが知的生産の根本ですかね、私の。
いろんなものを学ぶわけですね。
それを自分のものにする。
それを自分が自分のものにしたことに対して、
じゃあ誰かに伝えるという。他者に伝えるという。
その他者に伝えた結果フィードバックがあるわけですね。
フィードバックがないということもフィードバックかもしれないですね。
反応がないということも。
反応があったら反応があったということもフィードバック。
それに対して自分がフィードバックをまた再解釈するというね。
気づきを得ると。気づきを得ると、 また自分が知らないことっていうのが明確になってくるんですね。
好奇心がまた刺激される。 そうするとまた新しいことを学ぶ。
新しいことを学んだら自分のものにして、 それを他者に伝えてフィードバックを受けて、
気づきを得て好奇心が刺激されて、 また新しいものを学ぶ。
そういう弾み車が回っていくのかなという風に思っています。
それを読書とか、いろんな一部都言に対して回していくという風に言って、
学ぶことからじゃなくて発信することから始まるというのが 課題曲なのかなと思いますね。
ノート・ノーダイとかボイス・ハッシャー。 図書館で書いた本というのは学ぶところから始まりますけど、
いろんなところ、いろんな出発点があるので、 どこから出発しても循環が回っていくという、
そういう風にやっていきたいと思います。
あとは特命。
顔写真を出していたんですけども、 いろいろ思うところがありまして、
友人とも話をしたりして、 顔出しのリスクというのがあるんですね。
身分がバレるというリスク。
私の職業はバレるという表現はあれかもしれないけど、
別に何も悪いことをしゃべってないので、 悪さって構わないんですけども、
その追うべきリスクなのかどうかというところですね。
当時にしても追うべきリスクを追うのか、 追わなくてもいいリスクまで追うのか、
そのリスクを追った結果、得られるリターンが、
それ相互のものなのかというところを 考えていきたいと思うんですね。
顔を出すというのはリスクはリスクだと思うんですね。
例えば特定されて攻撃されるという。
よっぽど変なことを言わなければ、
特定されて攻撃されて炎上することはないと思うんですけども、
そのリスクを引き受けられるのが、 私一人で引き受けられるのかということですね。
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私一人で受けられるんだったら、 追ってもいいと思うんですけども、
家族とか組織とか会社とかそういったものに迷惑をかけてしまう、
そういうリスクは私一人の責任で追うことはできないですね。
得られるリターンというのは、 エンゲージメントってよく言うんですけども、
私に対する親近感とかそういうものが 得られるのかもしれないですけども、
別にそれを私が求めているわけではなくて、
私は責任を追うことによって発信の、
私の信憑性というのを上げようかなと思ってたんですけども、
それはもう私自身の、私の課題なので、
顔を出すか出さないかというのは また別物かもしれないですね。
あともう一つリスクとしては、
取り返しがつくリスクと 取り返しがつかないリスクがあるんですね。
取り返しがつくリスクというのは、
単純な切り傷とかそういうのは取り返し効くんですけど、
指を切っちゃうとか、目がなくなるとか、
そういうのは取り返しが効かないリスクですね。
例えば顔をバレして名前が明らかになっちゃうと、
それはもう取り返しがつかないですよね。
取り返しがつかないリスクで、
しかも自分で引き受けられないリスクというのは 絶対に追っちゃダメだと思いますね。
自分で引き受けられるリスクで、
取り返しがつかないリスクで、
そのリスクを許容できるかどうかというのを判断して、
許容できないんだったら追わない。
取り返しがつくリスクだったら どんどん追っていくってことですね。
お金の使い方とかも同じだと思います。
では、8時18分になりましたので、
仕事に行ってまいります。
皆さん今日も頑張っていきましょう。
今日月曜日ですね。
ではまた。